タイトル:アーキア護送マスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/03 19:42

●オープニング本文


 小さな本社の一室で黒いスーツに身を包んだ男と研究員と思しき風体の男が額を寄せ合って何事かの思案をしている。内容は古細菌の研究に関わることであった。
 バグアの侵略により中国大陸のキメラが大陸を南下していた時期に研究所が踏み潰され、研究中であった古細菌が持ち去られてしまう事件があった。古細菌自体はULTの能力者によって無事に研究所に戻されたが、依然として研究所の復旧の目処は立っておらず、古細菌は未だに不完全な警備の元に置かれている。
「研究は迅速に進める必要がある」
 とは役員の総意だが度重なるキメラの襲撃によって研究所の復旧さえままならないのではどうしようもない。ULTから傭兵を借り受けて工事を進めることも話し合われたようだが親元の会社が軍隊を有していないために工事が終わった後もULTから傭兵を借り続けなければならない。
「そこで今は使われていない研究所を使う案が出ているのだ。すでに本社の技術員が何人か出向いて調整を行っている。そこならキメラの襲撃は考えられないし安心して研究に専念できると思うが」
 あまり乗り気ではない研究員を見て黒スーツが表情を和らげた。
「近くに町があるから生活の不便はない。寮の建設も進んでいる。しばらくはマンション暮らしになるとは思うが、寮は研究所と同時期に完成する予定だ」
「問題は古細菌の輸送でしょう。あの研究所の復旧が不可能なのは、キメラが繰り返し襲撃してくるからです。まるであそこが人類にとって大事な場所だといわんばかりだ」
「そこはULTに依頼するつもりだ。心配なら君たちも一緒に運んでもらう」
「私たちは引越しの準備がありますし家族とも話し合わなければなりません」
 黒スーツは神妙な顔で頷いた。

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522
23歳・♂・SN
リヒト・ロメリア(gb3852
13歳・♀・CA
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
柊 沙雪(gb4452
18歳・♀・PN
勅使河原 恭里(gb4461
14歳・♀・FC

●リプレイ本文

 研究所は累々に積み重なる瓦礫の散乱する廃墟と化した。瀟洒であったろう建物は度重なるキメラの襲撃により崩れ落ち以前の面影は微塵もない。土砂崩れの起きて削れた山もしくは津波に呑まれた海岸線を彷彿とさせた。
 能力者たちは破壊される前の研究所を知らない。が同行している研究員の沈痛な面持ちから想像はつく。
 古細菌とやらの研究が食糧難の時世の農耕よりも価値があるとは思えないけれど、自分にはわからない複雑な事情があるのかもしれない。繰り返される攻撃はそのなにかが関連しているのか‥‥。
 そんなことを考えながら柊 沙雪(gb4452)は
「こりゃまた派手にやられてんなあ」
 と呆れたような顔を見せる勅使河原 恭里(gb4461)と並んで研究所を見つめていたが、すぐに簡単な打ち合わせを行うために研究員と能力者との輪に戻った。
「研究所の見取り図はありますか」
「ありますよ」研究員の差し出す地図を手に取り、鳴神 伊織(ga0421)は入り口から古細菌の保管されている部屋までを指でなぞった。「意外に複雑ですね」
「こんだけ壊れてりゃ真っ直ぐにゃ進めねえだろうしな。ところで警備システムがあるって聞いたんだが」
「システムの解除は二箇所、警備室と保管室の手前の小部屋で行うことになります」
 恭里が回答を聞き鳴神を倣って指で経路を引いた。
 半壊した後の地図がなければ具体的な話し合いは不可能である。能力者たちは目的地の曖昧な位置と隊列とを確認するに留まった。
「それじゃ案内をお願い‥‥」
 小さく息を吐いて戦闘思考に切り替えた柊の言葉を合図に能力者と研究員とは隊列を組んで入り口を潜った。

 能力者は二班に分かれている。研究員を中心に六人が並ぶ護衛班の遥か先をハイン・ヴィーグリーズ(gb3522)と御沙霧 茉静(gb4448)とが偵察班として進んでいる。
「このような体でなければ手こずることはないのですが、ままならないものです‥‥」
 研究員の後ろを歩く鳴神は別の依頼で負った傷が完治していない。ただでさえ白い顔が今は青白くも見えた。
「大丈夫か。無理はするなよ」
「ええ。せめて足手まといだけは避けませんと」
 研究員の右側で警備に立つ愛輝(ga3159)が身を案じた。鳴神が頷いたと同時に、呼び笛の音が反響する。
 先行に出ていた茉静の眼前に唐突に現れたキメラは艶のある肌に極彩色の緑鮮やかな蛙の容貌をしていた。
 丸みを帯びた可愛らしい外見をしているけれど開いた口は幼児を丸呑みにできるほどに大きく、人間のような形の前歯の欠けた部分から突き出された舌は蛭や蛞蝓を思わせる。全身に薄気味の悪い雰囲気を含んでいた。
 瞬時に覚醒し全身から揺蕩う白いオーラを纏う茉静にキメラの舌から飛び出した濁った沼を思わせる液体が触れた途端に、全身の皮膚が熱を発し凄まじい痛痒感が脳髄まで突き抜けた。
 毒ではない。おそらくは酸であろう。サバイバルベストの穴から覗く皮膚は赤く爛れ幽かに白煙が上がっている。
 蛙は酸を連続で吐き出した後に大きく距離を取ろうとしたが死角から迫る天照に右足を貫かれて転倒した。

 同時刻に離れた場所を偵察していたハインは、全身を毛で覆われた醜悪な猿型のキメラと遭遇している。目元さえも毛が生い茂り皮膚は僅かに唇の周辺を晒すばかりだ。
 その口の下からは長い尾が左右に揺れている。身長は一メートルと少しだが異様に太い腕をしていた。
 尾を揺らし近づく猿人に向けてハインは『強弾撃』を放った。
 勢いよく飛び出した弾丸が尾を掠めて喉元にめり込む。
 喉を押さえて倒れたキメラの前に護衛班の先頭にいたサルファ(ga9419)が拳銃の形をした奇妙な剣ラグナ・ヴェルデを片手に高速で移動し『スマッシュ』を含む強力な斬撃を繰り出した。
 キメラは血を撒き散らしながらも尾を飛ばしてサルファを狙ったが容易く避けられて蹈鞴を踏んだ。
 その隙に接近した柊が氷雨で額を裂き、痛みに呻く猿人に向けてハインがアーミーナイフを投擲する。
 猿人がナイフの痛みにハインを振り向いた瞬間に恭里が『円閃』を無防備の脇腹に叩き込んだ。
「はっ。目ン玉ついてんのか? こっちにもいるぜ」
 背を丸めて悶絶するキメラの腹に強力な恭里の拳が続けざまに打ち込まれた。
 覚醒を示す彼女の右手首のリボンが風圧で見目鮮やかに揺れ動く。

 天照で短く太い足を切り裂いた茉静はしかし酸により受けた痛みに顔を顰めた。が形勢は不利と理解しているにもかかわらず逃走は考えなかった。幼少より鍛えられた強い精神が茉静を支えている。
 ――キメラであろうとも命を奪いたくはない。
 決して弱気ではない信念も彼女の切迫した表情を際立たせている。
 ふいに蛙は二の足を踏んだ。気圧されたのか茉静の一撃が効いたのかはわからない。蛙は救援に来た愛輝を見て身を強張らせ長い舌を突き出したがその先から酸の出る前に愛輝の機械剣に体を両断されて地に塗れた。
 蛙の断末魔と研究員の叫びはほぼ同時に狭い廊下に反響した。
「もも、もう嫌だっ!」
 研究員は自分を抑える鳴神とリヒト・ロメリア(gb3852)の腕を振り払おうと身悶え地団太を踏んだ。
「いきなりどうしたんですか」
 鳴神の質問に答えずに研究員はひとしきり暴れた後にへなへなと座り込んだ。
 閉塞感のある研究所、どこに潜んでいるのかわからないキメラ、度重なる襲撃――、様々な要因が積み重なり研究員は気が触れてしまったのか。
 大の大人が駄々をこねるのは気色が悪いけれど置いていくわけにはいかない。
「私が地図で案内します。愛輝さんお願いできますか」
 愛輝が頷いて研究員の手を取って立ち上がらせた。一頻り暴れた後だからだろうか研究員はおとなしく従った。

 警備室も酷い有様だった。千切れた肉片は転がっていないが代わりに家具は砕かれ窓は割れ床は抜けていた。隣室とを隔てていた壁は完全に崩壊し奥に見える壁にまで長い裂け目がある。
 リヒトは警備システムが活きているのか不安に思ったが、研究員はふらふらと硝子の散乱するモニタの無数に並ぶ前まで歩き何事か複雑な操作をして戻ってきた。
「開きましうっひゃー」
 研究員が裂けた隣室の壁の闇に見た目は幻覚ではなかった。
 彼の悲鳴を合図に虎型のキメラが壁を砕いて美しい毛並みを見せた。
 ハインに治療を受けていた茉静は直ちに立ち上がって剣を振ったが、キメラは流れるように躱して研究員に飛びかかった。鳴神が素早く盾扇を叩きつけて攻撃を避けようとしたが、散乱する木片に足をとられて体勢を崩した。
「やはり満足に動けませんか。なら無駄な動きを省く‥‥!」
 不恰好ではあったが鳴神の一撃はキメラの額を見事に捉え、頭蓋骨の割れる乾いた音とキメラの絶叫とが警備室に轟いた。けれどもキメラは足を止めなかった。
 骨と脳みそとを覗かせながら前進し、リヒトの両の腕につかまれてようやくその動きが止まった。
「‥‥させない。そのためにボクはいるんだ」
 飛び出した骨に皮膚を抉られながらも懸命にキメラを食い止めるリヒトの裏から愛輝が飛び出した。
 同時にサルファと恭里もキメラに襲いかかる。瞬く間にキメラの命の灯火が消えていく。
 虎は最後の悪あがきに爪を振り上げたがサルファは身を捩って『流し斬り』で厚い腹を切り裂いた。キメラは脂肪と血と臓物との海に顔を突っ込み痙攣をして果てた。

 研究員がスラックスを穿き替えるのを待って能力者一同は先を急いだ。
 粗相をしたことにより研究員は自棄を起こした様子で
「キメラなにするものぞ」
 と奇妙な高言を吐いていたけれども再びキメラの現れた時には涙声で神に祈り始めた。
 背後から現れた犬は野良犬にも見えたが明らかに野生の動物にはない歪んだものが表情に表れている。
 巨大な虎と対峙した後では子犬一匹など取るには足らない、と油断をしていれば不慮の事態が考えられたが能力者たちに隙はなかった。とぐろを巻いていた長い尾が音もなく床を走るのも見逃さない。
 鳴神が易々と尾を叩き落とし、尾と同時に接近した犬の背に刃を突き刺した。
 臓腑にまで届いた刃はしかしキメラの動きを止めるまでには至らず、それが逆に奏功してキメラは自分の背を自分で切り裂くことになった。
「ぶちかます!」
 威勢よく叫びながらキメラに突っ込んだ恭里の打撃にキメラが床を転がる。
 愛輝は『先手必勝』で素早くキメラの前まで移動し起き上がろうと足掻くキメラの脇腹に『急所突き』でもって機械剣を突き刺した。愛輝の真紅に染まった瞳の色と同様の血が愛輝と恭里との頬を濡らす。

 能力者の優位は誰の目にも明らかだった。それは研究員の誦する経の音量が下がったことでも窺えた。
 強力な力を有するとはいえ所詮キメラは獣である。引けばよいものを愚かにも四肢を踏ん張って全身を跳躍させたから仕方がない。溜息をついて前に出た茉静を犬は飛び越えて、悠久の年月を経て草臥れた布に似た薄い体から内臓だの血だのを垂らしながら一直線に研究員に向かった。
 能力者にとっては悪臭が部屋を横切ったに過ぎないが、命を懸けた悪あがきというのも時には始末に負えない。
 瞬時に研究員の眼前に身を呈した恭里の腹にキメラの長い吻が突き刺さった。
 以前の依頼で攻撃を受けた恭里は周囲の能力者もろとも吹き飛ばされてしまったことがあるので、今回は十分に注意をしていたのだが、放っておけば研究員が死ぬため止むを得ずの行為であった。
 前回と同様に研究員もろとも吹き飛ばされると覚悟したが死の淵に瀕したキメラに恭里を薙ぎ倒す力は残っていなかった。リヒトがアーミーナイフを突き刺し、柊が氷雨で首を狩り、恭里が拳を打ち下ろした。
 絶命したキメラは床に突き刺さり己の体を墓標とした。
「へっ。小っせえ体だけど盾の代わりぐらいにはなるぜ」
 リヒトに手を引かれて立ち上がった恭里は腹を押さえて白い歯を見せた。

「本当に‥‥、ここはキメラの巣窟ですね」
 ふいに言葉を発したリヒトに先頭を歩いていたサルファが振り返った。
「俺も気になっていたんだ。なぜこうも敵はここへの襲撃を繰り返すんでしょうね」
 鳴神が無言で細かい瓦礫を乗り越えて溜息をついた。
「破壊が酷いですね。この研究所にはなにか秘密があるとしか思えません」
 心なしか息が乱れている。能力者とはいえ重体の身には存外に堪えるのかもしれない。
 研究員はネクタイを額に巻いて酔っ払いの風を装っていたがふいに真顔になって首を傾げた。
「わかりません。古細菌は医療に使えるだけで細菌兵器にはなりませんし」
「医療ねえ。どんな研究なのかはわかんねえけど、聞いたところで俺の頭で解るシロモンじゃないだろうし、第一今回のキモはそこじゃねえしな」
 恭里も顎に手を当てて考える素振りを見せたがすぐに肩を竦めて首を振った。
 研究員にわからないのだから自分たちに解明できるとは思えない。ただ単に先の大規模作戦で南下したキメラが研究所の付近に巣食っただけという可能性もあった。キメラにとっては護衛のいない研究所は冷蔵庫と変わらない。
 柊は口を開かないが頭の中では古細菌の価値について考えている。
 大した価値があるとは思えないが‥‥、その考えは研究員を除く全員が疑問に思っているのかもしれない。
 愛輝は詮索も考えもせずに、前回の入学式を思い出していた。

 能力者一行と研究者とは無事に研究所の外に出た。
「もし奇襲された場合、車の中にいたらすぐには対応できなくなりますので‥‥、時間はかかりますが徒歩で移動することになりました。その分安全ですのでご安心ください」
 リヒトの説明に研究員は虚ろな目で頷いた。精神状態が危ぶまれたがここでは治療のしようがない。
「二時間かそこらで到着するからね。心配はいらない」
 愛輝も研究員の状態を察したのか優しい言葉をかけた。
「二時間が長くなるか短くなるかはキメラ次第ですね」
 ハインが言葉尻を引き受けていい、先行するために前に出た。

 新しい研究所までの道は舗装されていないもののキメラの影もなかった。が油断はできない。特に研究員が泥酔した会社員のように激しく手を叩きながら歌うからなおさらだった。
「殴って引きずっていくか」
 恭里が冗談ともつかないことをいった。恭里の裏で警戒をしているリヒトが小さい笑みを返す。
 全体の隊列は変わっていないが鳴神と愛輝とは持ち場を交代している。本来であれば研究員に持たせるはずだった古細菌の容器を鳴神が持っているための措置だった。さらに彼女は重傷を負っている。
 とはいえ研究所での激しい戦闘や長い移動をしても傷には響いていないようだった。
 他の能力者たちも平然と獣道を上っていく。
 ただサルファだけは様子が違った。
 一刀の下にキメラを切り捨てて冷淡な表情で「雑魚に用はない」と呟いたり、死に瀕するキメラを蹴飛ばして「なんだ。もう終わりか」と冷笑を浮かべることが増えた。
 どこか塞ぎ込んだ変貌にリヒトが心配そうに顔を歪めたがサルファは気にせずにキメラを蹂躙していった。
 露出した肌に広がる黒い刻印と変貌とになんらかの関係があるのかもしれない。

 そうこうしているうちに先行していたハインが無線機で護衛班に連絡を入れた。ハインとは離れて偵察をしていた茉静もハインに合流し研究所の一角を確認する。
「はあ。これでひとまず安全ですか‥‥」
 常に覚醒を維持していた柊が安堵の笑みを見せた。覚醒を解いた柊は氷のような冷たさが影を潜め本来の穏やかな性格が感じ取れた。どこにでもいる普通の少女のように見える。
 能力者と研究員とは白衣を着た男女に出迎えられて所内に入った。
 通された部屋には豪勢な革張りの長椅子があり、机の上には湯気を立てる湯飲みが置いてあった。
 柊は腰を下ろして湯飲みを片手に、向かいに座った研究員に話しかけた。
「お疲れ様でした。大丈夫ですか? 疲れてません?」
「ええ。大丈夫です。ずいぶん恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」
 研究員は頭からネクタイを取って首に巻き、後頭部を掻きながら茶を啜った。
 新しい研究所の一室はとても穏やかな空気に包まれている。
 崩壊した研究所の内部に充満していた殺気や緊張した空気は完全に霧消していた。
 サルファも覚醒を解いたからか普段の温厚な青年に戻っていた。
「研究、頑張ってくださいね」
「ありがとうサルファさん。絶対に成果を挙げて世の中の役に立ってみせますよ」
「そうですね‥‥。ボク期待してます」
 リヒトの言葉に愛輝が頷いて見せた。

 鳴神は窓辺に立ち眼下に広がる小さな町を眺めている。
 ――もしキメラ襲撃の秘密が古細菌の研究にある場合には、この研究所も隣に並ぶ寮もそして町さえも壊滅するおそれがある。もしかすると再び研究所からなんらかの仕事が入るのかもしれない。
 鳴神は平和そうに見える町を一望して一人思案していた。