タイトル:【L】山太マスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/23 02:53

●オープニング本文


 雑誌の積み重なる机の隅に置かれた鏡餅と会話を楽しんでいたロイス・キロル(gz0197)は、先ほどから鳴り響く煩わしい着信音を止めようと電話線に足を伸ばしたが、短足のため届かなかったので渋々受話器を持ち上げた。
「はい。ロイス・キロルです。返品はお断りしております」
「返品?‥‥ええとハミングウェイという雑誌の編集長を務めているミラーと申しますが」
「あ、お世話になっております。私はまた、売れないから本を引き取ってくれという電話かと思いまして」
 ロイスは部屋を埋め尽くす処女作『七不思議のアリア』の山を見ながら頭を掻いた。
 新年早々に「在庫が凄いんですよ。邪魔なんで引き取ってくれませんか。返金は必要ないんで」と若い声の男から失礼な電話を受けたロイスの心中を察したのかはわからないが、ミラーはさりげなく語尾を濁して本題に入った。
「実はロイスさんがキメラについてかなり詳しいと部下に聞きまして」
「いえ、そんな。キメラについての簡単な冊子を書かせて頂いた程度です」
「十分ですよ。実は今度『ハミング・ウェイ』で珍しいキメラの特集をすることになりましてね」

 現在では他の週刊誌と似たような内容の雑誌になっているため、時々記事を寄稿するロイスも忘れていたが、ハミングウェイは元々UMAと呼ばれる未確認生物の情報を主に掲載する雑誌として創刊された歴史がある。けれどもバグアの登場により珍しいキメラが各地に現れ、いつしかUMAの存在が忘れられていくと同時にハミングウェイは内容の方向転換を余儀なくされたらしい。

「そこまでご存知であれば話は早い」
 ミラーは少しだけ悲しそうな声でロイスに頼む仕事の詳細を語り始めた。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
九条・陸(ga8254
13歳・♀・AA
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
月村新一(gb3595
21歳・♂・FT
月島 瑠奈(gb3994
18歳・♀・DF
土御門・姫命子(gb4042
19歳・♀・ST

●リプレイ本文

 暗雲の垂れ込める空は低くて暗い。雪は舞っていないが歩くだけで足首まで雪に埋まる。
 町はそれほど陰気ではなかった。キメラによる死傷者は出ているはずだが、死者を悼み沈んでいる雰囲気はない。
「推理小説に出てくる町を想像していました」
 山崎・恵太郎(gb1902)の冗談に隣を歩く土御門・姫命子(gb4042)が笑いを返した。
 二人は情報収集がてら住民に今夜決行されるであろう作戦の概略を伝えて歩いている最中だ。
 町を貫く中央通りの左右は瀟洒な建物の並ぶ商店街で、昼日中でも人が多い。
 住民の反応は上々だった。皆がキメラの被害に遭っている、協力を惜しまない、と真剣な顔で答えてくれた。
「しっかり戸締りをして食料を厳重に保管しておいてくださいね」
 特におばさん連中の評判がよい。
「それはもちろんだけどお嬢ちゃんも戦うのかい。危ないよ」
「まったくだね。能力者だとはいえ危険を承知でねえ」
 近くで買い物をしていたおばさんも会話に入り能力者の身を案じた。土地柄なのか皆のんびりしている。
「それが仕事ですから。キメラは私たち傭兵が退治します」
「まったくおかしな世の中だね。あんたみたいな可愛い女の子が命を懸けるなんてさ」
 おばさんたちは苦笑を浮かながらもぽんぽんと土御門の肩を叩いて労い、再び買い物に戻っていった。

 この町がまだ村で食糧が圧倒的に不足していた時分に少年がサンタクロースの話を聞いてご飯をたくさんお願いした。しかしサンタクロースの代わりに現れたのは非道な盗賊の集団だった。
「サンタを曲解したのが伝わっているんじゃないでしょうね」
 と考えた月島 瑠奈(gb3994)の考えもあながち間違ってはいない、とホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は老人の話を思い出しながら考えた。
 ホアキンは主に山太の伝承について聞いて歩いた。特に気になっているのは礫の効果である。逃走に用いるのであれば閃光弾や爆煙、爆音から悪臭まで様々の効果が考えられる。
 が住民の話によると礫は大砲のような威力ではあるが見た目は普通の小石と変わらないらしい。
「私も礫については尋ねてみました。威力は凄まじいそうですが、それだけのようです」
 フェイス(gb2501)がホアキンの話を補足した。伝承を下敷きにしているだけあって、情報は入り乱れている。
「山太か。どうにも別のものを想像してしまいますね。プレゼントの中身に天地の開きがありますが」
 九条・陸(ga8254)が顎に手を当てて呟くと
「後年に伝わる際にこじつけられたのだろうが、若い女性の間ではサンタクロースと関連のある説が人気だ」
 ホアキンは月島を一瞥したが、月島は興味がないようだ。
「あーあ。早くシャワーを浴びたいわ」と汗の浮く額を指の腹で撫でた。
 情報収集を終えた能力者一行は落とし穴を掘る作業を行っている。
 適当な場所がなかったため町外れの牧場を借りることになったが作戦に支障はない。
 シャベルを使って穴を掘りダンボールで蓋をしながら、互いが得た情報を交換している。
「世の中にはいろんなキメラがいるものだね。夜な夜な食料を盗んで回るキメラかあ」
 山崎の独り言にフェイスが頷いた。
「さすがにこれは誰かの創作でしょうけれど、昔は“やまた”と読んでいたそうで、八岐大蛇からきているとか、諸説は色々ですが、食糧の不足と強奪とは私の聞いた話にも出てきました」
「冬の山間部では備蓄の有無が生命にかかわるというのにな。‥‥迷惑なサンタさんだ」
 ホアキンが村人から借用したシャベルを地面に突き刺して唸った。

 ロイス・キロル(gz0197)は先ほどまで作業の様子を撮影したり能力者の集めてきた話を聞いていたが
「お邪魔になりそうなのでそろそろ自分の足で面白そうな種を探してきます」
「キメラはまだ現れそうもありませんし、ロイスさんがいても大丈夫でしょう」
 フェイスが気を遣ったがロイスは手を振って牧場から出ていった。
 邪魔と述べたが特に気にしている風はない。もう少し詳細な話を聞きにいったのだろう。
 フェイスがロイスを見送っていると近くの小屋から透明感のある声が聞こえた。
「餌の設置は終わったわ」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)が小屋から顔を覗かせた。山崎や九条、フェイスも住民から餌となる食料を手に入れていたが、ケイは手持ちの骨付き肉やハムを使ったようだ。
「これで思いつくことは全部したね。うまく引っかかってくれるといいけれど」
 月村新一(gb3595)の言葉にケイが頷いた。早めに出発したことと役割分担ができていたことにより、落とし穴の作成と山太をおびき寄せる餌の設置、情報収集に住民の理解とできることはすべて終えた。
 後は夜が更けてキメラの現れるのを待つのみだった。けれども月村は不安に苛まれていた。
 ――作戦に不備はない。でも予想外の行動を取られた場合に対処できるのだろうか。
 月村は胸によぎる不安を抑え無表情のまま、ホアキンがダンボールで落とし穴を隠すのを見つめた。

 夜が更けた。天空には目映いばかりに月が輝き、人影はおろか物音さえ疎らな牧場を照らしている。
 その牧場の外れ、眼下に広がる街路灯の明かりが一望できる場所に、能力者たちは息を潜めていた。
 能力者は二班に別れている。一次班は敵の包囲と誘い出しを二次班は待ち伏せを担当する。
 キメラの群れは都合よく牧場に現れた。偶然にもキメラの生息区域が牧場の背後に広がる山岳だったことが能力者の味方をしたといえる。もしキメラが牧場を襲わずに町に散開していたらどうなったかはわからない。
 ひとまずは自身の不安が的中しなかったことを、月村は身を潜めながら安堵した。
「これは食べている音ですか。伝承とは食い違いますが」
 月村の隣で土御門が独り言ちた。ホアキンが小屋を中心に包囲の輪を狭めながら唇に人差し指を当てる。
 その様子をこっそり見ていたロイスはどうにも違和感を拭えなかった。書籍で読んだだけの知識は当てにならないが、包囲というものは一部の隙もなく綺麗な円形を描くものではないのだろうか。
 ロイスの心配どおりに小屋から飛び出した山太の群れは包囲の穴を突いて逃走を開始した。
 けれども能力者たちに動揺はない。それどころか狙っていたといわんばかりに陣形を崩してキメラを追い始めた。

 ホアキンの飛び出すのを横目にフェイスが照明弾を打ち上げた。
 山太は驚愕して礫を投擲したがホアキンには当たらない。
 月島もホアキンに続いて包囲の輪を狭めた。
 統率された動きに対するのは初めてであろう山太の群れは、フェイスのペイント弾に動転しながら森に向かって駆け始めた。
 ――能力者の失態! やはり能力者も人間だった!
 などというくだらない見出しを頭に思い浮かべるロイスの耳をキメラの慟哭が劈く。
「そうか。落とし穴があったのだった」
 節穴ロイスは思わず感嘆して我に返った。ロイスの視野が眩い照明弾の光に満ちる。
 照明弾は落とし穴に向けて放たれたようだ。穴の近くに潜んでいたケイと月村の手には、銃口から煙を吐く玩具の拳銃が握られていた。ロイスはケイが照明弾に照らし出されてもしばらくはケイだと気づかなかった。
 戦闘後に『隠密潜行』を使っていたのだと聞いて合点がいった。
「目が塞がっているうちに仕留める。連携をとられると厄介だからな」
 叫んで二刀流を振りかざす月村の反対側で、ケイが落とし穴を逃れたキメラを手招きした。
「お猿さん。こっちに黒猫もいるわよ?」
 凄まじい微笑を浮かべながら『影撃ち』と『二連射』でキメラの足を撃ち抜く。
 呻くキメラに向けて、ゲイルナイフから使い捨てカメラに持ち替えた山崎がレンズを向けた。
 月島も落とし穴に向けてシャッターを切っている。

 土御門は
「私はサポートに徹します。怪我をされた方は『練成治癒』で回復しますので仰ってください」
 といいながら山太に『練成弱体』をかけていたが、さっそくの負傷者が出て近づいていった。
 九条はショットガンで一次班の包囲を突破したキメラに攻撃をしかけ逆に礫の餌食になったのだった。
 礼を述べて前線に復帰する九条を見送り、土御門は『練成弱体』を別のキメラに使った。
 山太の攻撃は存外に凄まじい。礫は事前の情報収集でホアキンやフェイスが「ただの塊である」と聞いていたが、そこいらに散乱する小石と同程度の大きさであっても、威力は段違いのようだ。
 常人であれば頭蓋骨が四散して脳髄が破裂するのに違いない。下手をすれば顔が吹き飛ぶ可能性もある。
 けれどもここで引いてしまえば能力者の意味がない。そんなことを考えたのかはわからないが、ホアキンはなおも勇猛果敢に山太に接近した。
 強化されたイアリスが肋骨を砕き左腕を切り落とす。返す刀で額を切り裂き地を鮮血に染めた。
「鬼ごっこはここまでのようですね。もう好き勝手はさせませんよ」
 続いてフェイスが『強弾撃』で勢いよく飛び出す銃弾を山太の腹に撃ち込んだ。
 穴に落ちた山太を攻撃しているのはホアキンだ。『先手必勝』で機敏に立ち回り『ソニックブーム』を使って穴の縁から衝撃波を飛ばしてキメラを疲弊させていく。
 礫に対処するためだろう山崎もフェイスに倣って銃に持ち替えて攻撃に参加している。奇妙な名の銃から吐き出される強力な銃弾に、ケイの放つ銃弾が入り混じって山太を苛んだ。

 月村は照明弾で目眩しを狙った後に穴に踏み込んで自慢の二刀流を操っている。金色に煌く両眼と右腕を覆う銀色の炎が闇夜に映えた。本人は嫌悪しているようだが、覚醒後の動きは見るものを虜にさせる力を持っていた。
 月島は月村と違いどことなく優雅に見える。膝の辺りまで伸びている金髪が激しい動きによって揺れ動き、時折はラピスラズリのイヤリングが耳元で光を放っている。なにより背から生えた光翼が見目に鮮やかだった。
「これはいい。これはいいぞ」
 思わず狂喜して物陰から飛び出したロイスに、土御門が目を見開いた。
「ロロ、ロイスさん? なにをしているんですか!」
「しーましえーん!」
 慌てて走り去るロイスに溜息をつき土御門は壮絶な戦いに目を戻した。
 最後に残ったキメラはどうにか包囲を抜け出そうと礫をがむしゃらに放ったが、避けながら近づく月島の『流し斬り』によって両腕を絶たれ、フェイスの銃弾に眉間を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
「お遊びが過ぎたようね」
 ケイが黒猫を思わせる動作で音もなく山太に近づき歪んだ笑みを浮かべたまま止めを入れた。

 旅館の一室に紫煙が漂っている。フェイスは戦闘後の一服が好きだった。張り詰められていた神経が緩やかに流れる時間により解けていくのは至福であった。がフェイスの顔は弛緩していない。
「見ていたのであれば私が改めて話す必要はありませんね」
 ロイスの盗み見により少しばかり機嫌が悪かった。
「いやそんなことはありませんよ。見ていたのは途中からですし傭兵の目から見た様子も知りたいのです」
 慌ててロイスが手を振ったが土御門に睨まれて口を閉ざした。
 危険だから旅館で待機する――、作戦前にロイスはそういったが、職業柄か自分の目で見なければ納得ができないのか、のこのこと牧場に顔を現した。死んでも自業自得ではあるが能力者からすれば非常に寝覚めが悪い。
 なにも信頼されていないことからくる不満ではなかった。ロイスの今後を考えての“不機嫌”だ。
「うまく撮れているかはわかりませんがよければ使ってください」
 月島の差し出した使い捨てカメラと山崎の使い捨てカメラをおずおずと受け取り、ロイスはフェイスにぎこちない笑みを浮かべて見せた。
 フェイスは吸殻を灰皿に押しつけて溜息をついた。あまり責めても話は始まらない。
「まあいくらか参考になるでしょう」と前置きをして戦闘の様子を具に伝えていった。
 がそれほど話し込む暇もなく旅館の周囲が騒然とし始め、じきに騒音は建物の中に乱れた。
「なんでしょう」首を傾げる九条は声が悲鳴ではなく歓声であると知った。
 狭い部屋に殺到した住民たちはそれぞれが能力者を取り囲み、次々と労いの言葉をかけていく。
 ケイは骨付き肉やハムを手に押しつけられて困惑そうな顔を向けたが、月村とフェイスも照明弾の代金だといわれて金銭を渡されている。
「いや‥‥、報酬がありますから」
 月村は懸命に封筒を止めたが多勢に無勢でどうにもならない。
「必要ないわ。どうせ余っていたものだから」
 とケイも断る素振りを見せたが効果はなかった。
「ここいらじゃ滅多に花火も上がらないからね。花火の代金だと思って受け取っておくれよ」
「そうだよ。ようやく山太の亡霊ともお別れをできる。あんたらのおかげだ」
 老人の弾けんばかりの笑顔には勝てず、能力者たちはそれぞれが礼をいって受け取った。

「おかしな人たちでしたね」
 口元を押さえて笑う土御門を見、それから月島は眼下に広がる長閑な町並みを見た。
 町は暗雲が解け去り柔らかな陽射しに包み込まれている。月島の端整な顔にも作戦前のどことなく人形のような無機質な印象は消え、女性特有の優しさが感じられた。
「戦争が終わったらまたこようかしら」
「そういえば温泉があるらしいですよ。情報を集めているときに聞きました」
 九条がいうと山崎が両手を叩いた。
「混浴があるならみんなで入りましょうか」
 ケイが素早く山崎の頭を叩くと笑いが洩れた。
 高速移動艇は穏やかな空気に包まれながら、疲弊した能力者を乗せて蒼穹に紛れた。