●リプレイ本文
●映画館内
町の中央にある映画館は、多くの人で混雑している。人の多い理由は、本日封切りの『宇宙怪獣ノジマVS正義超人マルトラパン』だった。
『それいけブレストマン』の人気には及ぶべくもないが、宇宙怪獣ノジマは怪獣映画の雄であり、正義超人マルトラパンは、マルトラがパンの袋に書いた落書きが好評を博し、グッズが女子高生の間で流行ったことがある。
そのせいか、子供と若い女性が客筋の大半を占めている中に、最上 空(
gb3976)がいた。
髪は淡い緑色で、端整な顔立ちをしているけれど、服装は人智を遥かに凌駕するほどに奇抜だ。
「おじさん。ホットコーヒーひとつ。砂糖は十個でお願いします」
さらに彼女は、究極の甘党だった。が、体は非常に華奢で均整が取れている。
最上は未だ砂糖の浮くコーヒーを持ちながら、
「ドーナツを全種類下さい。あと、キャラメルポップコーンを大盛りでふたつ」
売り子さんは、最上が大勢の友人と同伴していると考えたが、これらは全て彼女一人の腹に収まるのだった。
最上はドーナツを頬張りながら席に着いた。キャラメルポップコーンはすでに空になっている。彼女の名前は“くう”ではなく“から”と読むのかもしれない。
最上がふたつ目のポップコーンを食べ終えたころ、ようやく明かりが落ち、巨大なスクリーンに制作会社の名前が映し出された。が、機械の不備か、隅に巨大な影が映り込んでおり、機械音が不快に耳を撫でる。
「むぐむぐ。ん?」
すでにドーナツを食べ尽くし、就寝しようとしていた最上は、素早く立ち上がって映写幕に目をやった。
おそらくは映写幕を確認しようと思ったのであろう、営業員と思しき影は、最上の横を走り抜けて壇に上がった途端に、ふたつに分かれた。
「キメラですか。折角のオフが台無しです。覚悟してくださいね」
溜息をつきながら最上が周囲の民間人に避難を呼びかけ、最上自身は巨大ぴこぴこハンマーを取り出して、映写幕に向かって客席を走り出した。
息抜きに映画を観に来ていた最上は、武器の類を携帯していない。取り出したぴこはんも、SESを搭載していないので、武器とは呼べなかった。けれども、大振りの鎖鋸にさえ気をつければ、翻弄するのは容易だ。
「一度ぴこはんでキメラを叩いてみたかったので、これは僥倖かもしれません」
窮地にも拘らず、最上は薄い笑みを浮かべた。
「それにしても、なぜ典型的なサンタの格好に鎖鋸なのでしょう。他に思いつかなかったのですかね。まあ、バグアなぞにサンタを理解をしてもらおうとは思いませんが」
ぴこっ、ぴこっ、ぴこっ。
間の抜けた音を立てながら独り言ち、最上はぴこはんを続けざまに叩きつけた。ダメージは皆無だが、それなりの効果はあったようで、キメラはぴこはんから逃れるように壇を転がり、客席を押し倒しながら出口に向かった。
「逃げたみたいですね」
最上もキメラの後を追って出口に向かったが、なにかを思い出したように先ほどまで腰を下ろしていた席に戻り、ホットコーヒーに口をつけた。そのまましばらく腰を下ろしていたが、やがて思い直したように立ち上がり、
「映画の続きは無理みたいですね。残念です」
最上は欠伸をして、出口に向かった。
●見えたっ!
映画館の前に停めたリンドヴルムに腰かけていた姫咲 翼(
gb2014)は、突如として映画館から飛び出す人波を傍観し、なにごとかとしきりに首を傾げていたが、やがて半狂乱の婦人の言動からキメラの存在を知ると、
「町の中心に、突然キメラが現れるものかね。映画館の催し物じゃないか?」
けれども、婦人の様子は尋常ではない。姫咲はなおも首を傾げながら、蛍火を手に立ち上がった。
「お。あれは間違いなくキメラだな」
真っ赤な服に大きな袋を背負い、一見するといかにもアルバイトのサンタに見えるが、片方の袖からは鎖鋸が覗いている。姫咲は慌ててリンドヴルムに飛び乗り、奇声を上げて走るキメラを追って車道に出た。
「えーと、今ね、お母さんへのプレゼントを選んでるよっ。うん。え? ちょっと待ってて」
可愛らしい制服に身を包み、携帯電話を耳に当てていた橘川 海(
gb4179)は、目を擦りながらしばし呆然とした表情で騒がしい車道を眺めた後に、表情を強張らせた。
「ごめんね。かけ直す」
携帯電話の電源を押して覚醒をした橘川を見て、畏怖を覚えたのか、それともどこからか響くバイクの音に怯えたのか、サンタキメラは背を向けて逃げ始めた。
「んー。今日はリンドヴルムを着けてないんだけどなあ。武器もバトルブックだけだし‥‥」
とはいえ、見て見ぬ振りはできない。橘川は近くに放置されていた自転車に飛び乗った。
「とりゃー!」
橘川の声が通りに響き、逃げ惑っていた民間人は、思わず声の方に顔を向けた。
自転車に乗った女子高生がキメラと衝突をする光景というのは、なんともシュールだ。これが曲がり角で、少女がパンを銜えていて、キメラが美男子の高校生であれば、成人向けのゲームを彷彿とさせるのだが‥‥。
「見えたっ!」「見えたっ!」「見えたああああ!」
男たちが拳を突き上げて叫ぶのを聞きながら、橘川は自転車とともに海に落ちていった。
「なによ。スパッツじゃないの」
おばさんが口を尖らせたが、周囲の男たちは気にせずに、「見えた」と五分ほど叫び続けていた。
●遊園地
町の端には、海に臨む遊園地がある。あまり規模は大きくないが、時期のおかげで、男女の連れ合いが多い。
さすがは聖夜といったところだが、能力者同士のカップルは少し珍しいかもしれない。
「先日もでかけましたけど、やっぱり楽しいですね」
如月・由梨(
ga1805)が笑顔を浮かべていうと、終夜・無月(
ga3084)も嬉しそうに頷いた。
「ただ、こう連続で出かけると、いつもなにかが起こるのですよね。杞憂だとよいのですが‥‥」
「心配要りませんよ。今日も楽しみましょう」
終夜が由梨の手を引いてジェットコースターに向かった。由梨はジェットコースターが好きではあるものの、さすがにKVの迫力には劣る。が、それでも「脱水機」と名づけられたジェットコースターは、かなりの速度でありとあらゆる方向に小刻みに揺れ動き、存外に迫力があった。
入場口の看板に、「おむつの用意はいいですか」と書かれているのも頷ける。
歓天喜地の由梨は、続いてお化け屋敷に引きずられていった。
やはり入り口の看板に、「おむつの用意はいいですか」と書かれている。
「由梨はこういうのが苦手ですか?」
終夜が由梨の顔を覗き込んで微笑むと、「い、いえ。だだ大丈夫です」由梨が強張った笑みを浮かべた。
内部は、吸血鬼だのチュパカブラだのお岩さんだの口裂け女だのの他に、十字架に墓石に血の川まで、古今東西の恐怖が入り混じっていた。特に見所はお岩さんで、爛れた皮膚や声に現実味がある。
終始悲鳴を上げていた由梨を、「大丈夫ですよ」と慰めながら外に出た終夜は、
「クリスマスのイベント?」
と首を傾げながらも、すぐに覚醒した。終夜の瞳が月を思わせる金色に変わる。
サンタキメラはメリーゴーランドに乗ってくるくると回っていたが、終夜を見て裂けた口を広げた。
「げぎゃぎょぼぎょろぼぎゃぎょぎゅぎゅぎょぎゃぎょぎゅ」
頭を上下に激しく動かし、両手の鎖鋸をやたらに振り回しながら近づくキメラを見、
「由梨。失礼しますよ」
と終夜が由梨の腰を引き寄せて後退し、『豪力発現』を発動して看板を蹴飛ばした。
キメラは容易く看板を切り裂いて、二人に追い縋る。
が、いつの間に覚醒したやら、赤々と瞳を染めた由梨が、キメラの首に氷雨を刺し込んだ。
「無粋にもほどがあります」
呟きながら『先手必勝』でキメラに近づき、血を撒き散らす首に再度氷雨を突き刺した。
終夜は由梨の豹変振りに舌を巻きつつも、冷静に民間人を避難させ、『先手必勝』で由梨とキメラの間に入った。 『紅蓮衝撃』により全身を赤く燃え滾らせた終夜が、キメラに銃弾を撃ち込む。
「人の恋路を邪魔するキメラは、馬に蹴られる前に俺が滅して差し上げましょう」
ヒーローショーよりも危なげのない戦闘に、つい目を奪われていた民間人が歓声を上げた。
二人は拍手から逃げるように、観覧車に乗り込んだ。
「大変な目に遭いましたね」
人心地がついて、終夜が苦笑を浮かべた。由梨も苦笑し、終夜の腕を取って体重を預ける。
キメラという闖入者はいたが、二人はすぐに恋人特有の甘い空気に浸り始めた。
●書店前
水無月 湧輝(
gb4056)が書店から出ると、子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。
水無月は声の方に顔を向け、少年の体を覆い隠す真っ赤な格好の男の背後に移動した。
「おい。なにをしているんだ」
声をかけながら、道路を横切る別のサンタに顔を向けた水無月は、ふいに殺気を感じて身を屈めた。
水無月の長い髪を掠め、鎖鋸が地面を抉る。
「なるほど。走っていったのもお前も同型のキメラというわけか。見つけた以上は排除しなくちゃならんな」
唸りに近い声を発し、水無月がバトルブックを振り下ろした。
「怪我はないかな? お兄ちゃんがやっつけるから、君はみんなと一緒に安全なところにいてくれ」
頷いて走り去る少年を見送り、水無月が身軽な動作でキメラの攻撃を躱した。
傍からは、中肉中背の男がサンタを本で殴っているようにしか見えないが、やがて派手な音とともにキメラの首が折れ曲がると、中年女性の鶏に似た悲鳴が上がった。
「クリスマスくらい、少しは大人しくしていてもらいたいものだな」
水無月はキメラの死亡を確認して、先ほど走り去ったキメラを追いかけて歩道を駆け始めたが、
「人が多いのは厄介だな」
と呟いてじきに立ち止まった。
キメラの出現もあってか、歩道には民間人が溢れ、満足に走ることもできない。
仕方なく歩道に飛び降りた水無月は、見知った顔を見つけて両手を振った。
瀟洒なバイクが水無月の前に急停止し、座席の姫咲が目を見開く。
「湧輝さん。あんたもあのキメラを追ってるのか?」
「そうだ。広場まで少し乗っけてくれ」
「クリスマスツリーのある広場か? わかった。乗ってけよ」
●裏通り
人気のない裏通りを、桃色の鳥の着ぐるみを着て、ローラーブレードで進んでいく女が一人。
「スンスンスーン。今日はーエロスの開放日ー。今日はエロスの開放日ー」
格好も奇妙であれば、口ずさむ歌詞も奇妙である。まるで奇妙が服を着ているようだ。
奇怪な女はふいに止まり、怪しげな店の戸を開けた。
「ちゃっちゃーす。おっちゃん、また来たよ〜。例のもの来てるー?」
「おおっ。火絵 楓(
gb0095)ちゃんか。いらっしゃい。これだろ」
「そうそう、これこれ! これで当分のあたしの欲求は‥‥、むふふっ」
一般人は立ち入り禁止である。門前払いでもある。入れるのは限られた超人のみ。そんな店を、楓は鼻歌を口ずさみながら物色していく。顔には素晴らしい笑みが浮かんでいた。
どのくらい時間が経っただろう、ふいに機械音が聞こえて、小さな戸が細切れになった。
「ええ? なにこれー」
驚く楓のさらに上をいく驚愕を見せて、店長が泡を吹いて引っくり返った。
「ちょっと! こちくるな」
キメラは、折れ曲がった足を引きずりながら楓に近づく。楓は仕方なくバトルブックを取り出したが、楓の『両断剣』が入る前に、いつの間にいたのやら、モップを手にした橘川がキメラの頭を小突いた。
海に転落した橘川は、民間人に救出されて、病院に運ばれていた。
「ごめんね、ごめんねっ! 痛いかな、痛いよねっ?」
「いや、大丈夫だけど‥‥」
救助してくれた人は慇懃に断ったが、橘川は無理やり手を引いて血の滲む皮膚にバンダナを巻きつけ、礼を述べて病院を飛び出した。それから橘川は、キメラを発見して後を追い、怪しげな店に突入したという次第だった。
激痛に頭を抱えるキメラの喉元に、橘川のバトルモップが突き刺さる。橘川はただの女学生にしか見えないが、棒術の心得があるらしい。
キメラは必死に鎖鋸を振り回して反撃を試みたものの、
「ちょ! 当たったらどうすんのさー」
楓に容易に避けられ、バトルモップとバトルブックに乱打されて息を引き取った。
「ふうー。この本があってよかった。‥‥む。これは助けを呼ぶ声。おっちゃん。また来るから、よろしくねー」
気さくに手を振ってローラースケートで店から出ていく楓を追って移動を開始した橘川は、全身を硬直させた。
「な、なんなの、この店‥‥」
店長は橘川の服装を見て、「未成年お断りっ!」と叫んだ。
●怪人レッドファントム
「はははっはははっははっはははっははははっはああははははっははあはあ‥‥。聖夜を汚す者よ、確かにいちゃいちゃといちゃつくカップルとかはむかつくけれど、可憐な少女を苛めるとあらばっ。とおー!」」
怪しげな蝶のマスクをつけて赤いマントを翻す変態は、馬鹿笑いの後にゴミ箱の上から跳び、華麗に着地した。
「この私、レッドファントムが、黒服のサンタにかわって成敗してくれる! あといちゃつくカップルへの怒りも込めてだー!」
叫びながらサイクロン21をキメラに向けて走り、すれ違いざまに銃弾を撃ち込む。
腹を撃ち抜かれて悶えるキメラに蹴りを飛ばして、レッドファントムは低い声で呟いた。
「貴様が遅いわけじゃない。私が速すぎただけだ‥‥」
満足そうに笑うレッドファントムに向けてキメラが足を伸ばしたが、レッドファントムには掠りもしない。
「見える、見えるぞ! 私にも敵の攻撃が!」
その言動や服装の奇怪なのはキメラの比ではないが、少女は目を輝かせて勇姿を見守っている。
おそらく少女は、これからレッドファントムに憧れて一生を過ごすのだろう。
人格形成の大事な時期にレッドファントムを見てしまった少女は、不運なのか幸運なのか‥‥。
「助太刀するよっ」
レッドファントムが振り向くと、橘川がモップを一振りして親指を立てた。
「うむ。よろしく頼むぞ」
二人のあまりの活躍に文字数が嵩み、6382文字が削除された後に、二人は抱き合って互いの健闘を称えていたが、レッドファントムは唐突に鬼の形相で叫び始めた。
「な、なにを‥‥、なにを見てんだ、こんちきしょー!」
怪訝そうな顔をしていた男女が、命からがら逃げていった。
●ランジェリーショップ
女性向けの下着店の中では、砕牙 九郎(
ga7366)が不自然に天井を見つめながら、御巫 雫(
ga8942)と歩いている。目のやり場に困るのだろう、恥ずかしそうに俯いてみたり、窓から外を眺めて「雪が降りそうだな」と呟く九郎を見て、御巫が口角を吊り上げた。
「ふふん。見てみろ。兄上の三枚1000Cのパンツとはわけが違う」
御巫は、九郎に見せつけるように下着を手に取り、ひらひらと振った。
「よいか、兄殿。見えないところにこそ、お洒落に気を使うものだ」
「お、男ってのは、細かいところにゃ拘らないもんだろ」
「さて、これなんかどうか、兄殿。兄殿の好きなスケスケだぞ?‥‥おお、こっちの下着なぞ、ほとんど布地が」
九郎が慌てて口笛を吹き始め、顔を天井に向けた。
御巫は小さく笑い、九郎を引きずるようにして店内を散策し、やがてひとつのブラを手に取ると、店員を呼んだ。
詳しくはわからないが、わざわざ胸囲を測ったりするものらしい。大変だなあ、とは思いつつも、視線を定める場所を探す九郎の苦労には到底及ばない。
「ん?」
ふいに九郎は寒気を覚えて、窓を振り向いた。窓を挟んで、醜悪な顔と向かい合う。
瞬時に九郎が店内の人間に避難を呼びかけた途端に、キメラの鎖鋸が窓硝子を割った。
悲鳴と嗚咽に満ちる店内を一直線に突っ切り、九郎がキメラの前で泣き喚く少女を掴み、素早くレジまで戻る。
「子供を頼む。それと、後で回収にいくから、お代だけ抜いといて」
子供と財布を渡し、レジの店員が返事をする前に、九郎はキメラの眼前まで迫っていた。
「サンタが子供を泣かすんじゃねえよ!」
胸倉を掴み、引きずり回して転倒させると、馬乗りになって、腰の機械剣を突き刺す。
「ふふん。レッドキャップ風情が、サンタ気取りか」
御巫は試着している下着のまま飛び出し、レッグホルスターからデリンジャーを抜くと、セーフティを外して物陰に身を潜めた。どうやら九郎一人で問題はなさそうだ、と考えながら、窓を乗り越えようとするキメラの足を狙い撃ち、止めを刺してから、九郎を追って外に出た。
●熱血ヒーロー登場
「楽しいクリスマスを邪魔する者がいる。しかし、真に許されないのは、夢を壊すことなり! サンタ姿で人々を襲うこと‥‥、人それをKY(空気よめない)という!」
多数のキメラに囲まれながらも善戦をする九郎の耳に、元気な声が聞こえてきた。声の主は、「とあああっ」と気合を入れて登場し、両手の激熱でキメラを殴り倒すと、九郎に親指を立てて見せた。が、決めポーズを取っている最中にキメラの攻撃を受けて、派手に転倒した。
「くっ。俺はしぶといぜ! サンタごときにやられて、ヒーローが名乗れるかよ! 力があるとかじゃない! 心で負けたら終わりなんだ!」
リュウセイ(
ga8181)は、呆気に取られる九郎に片目を瞑って見せた。
合流した橘川が苦笑をしながらも、バトルモップで参戦する。
九郎はキメラの喉を描き切りながら、二人の動きを注視した。なるほど、二人の動きは素晴らしい。ただのヒーローマニアかと思いきや、二人とも歴とした能力者のようだ。
少年に振り下ろされたキメラの拳をリュウセイがヒーローマントで受け止め、拳を返す。
「激熱! 燃え上がれ!」
と叫ぶとおりに、リュウセイの体は炎のオーラに覆われている。
橘川は、リュウセイと背中合わせで、戦っている。協力しているというよりは、守られている感がある。
三人が前線で戦い、御巫が援護をする形で戦闘が進み、じきにキメラは全てが地に伏せた。
「ふむ。他に同じキメラがいるかもしれん。特に、イルミネーションツリーとか、人が集まる場所は要注意だな」
御巫が呟くと、九郎が首を傾げた。御巫はもどかしそうに靴下でアスファルトをとんとんと踏み、
「えと、その、‥‥いく? あ、あくまで、任務だぞ。勘違いするなよ、兄殿!」
その様子を見ていたリュウセイが、橘川に顔を向けた。
「よう。せっかくだから、俺たちも映画でも観にいくか? ポップコーンとか奢るし」
橘川はしばしバトルモップを弄んでいたが、黙って頷いた。
●デート
やはり聖夜の時期がくると、男女二人連れが多く見える。それが特に可愛い小物の並ぶ店になると、殊更に世界は桃色‥‥、といった勢いだが、ぬいぐるみを見ている二人は少しだけ初々しい雰囲気を漂わせている。
「うわあっ。このぬいぐるみ可愛いです〜」
真白(
gb1648)が歓声を上げると、美環 響(
gb2863)が何事か呟いた。真白が頬を染めるのと同時に、響の頬も赤くなったのを見ると、なにやら照れくさい台詞だったらしい。
響はぽりぽりと頬を掻いて、「その髪型も似合いますね」と笑った。
真白が普段はポニーテールにしている髪を撫で、
「ありがとうございます♪」
響の台詞が服装にも及ぶと、真白は益々嬉しそうに頬を赤らめた。
お世辞でない証拠に、真白のふわふわのワンピースの裾が揺れるたびに、店員が見蕩れている。
二人は互いに微笑みながら店を出た。
「うん。人が多いですね。手を繋ぎましょうか」
いちいち許可を得るところがまた微笑ましい。
少し強引に手を取った響は、真白の上気した顔を見て、再び赤面した。
二人はゆっくりと街を歩き、クレープ屋の前で立ち止まった。
「なににしますか?」
「私は、苺生クリームで♪」
最上といい、近頃の女性は甘いものが好きらしい。が、響も満更でもなさそうにクレープを頬張りながら、会話を楽しんだ。けれども、もちろんこの甘い空気は壊されることになる。
「んんーっ。せっかくいい雰囲気だったのにー!」
額に青筋を浮かせた真白の横を、響が『先手必勝』で駆け抜け、キメラの注意を引きつける。
「ここは人が多くて危険です! 場所を変えましょうっ」
真白が円を描くように回りながらホルスターからスコーピオンを取り出し、いくつか弾を撃ち込んだ。
『鋭覚狙撃』による精度の高い射撃がキメラの手を貫くと、キメラは猛って真白を狙う。が、響が二人の間に入ってキメラの動きを制し、今度は『狙撃眼』で真白がキメラを追い詰める。
響は真白を守ろうとして動いているだけだが、連携が型に嵌っていた。
雰囲気を壊されて未だに苛々している様子の真白に、響が声をかけた。
「ここ、なにも見えないでしょう?」
自分の顔の横で右手をひらひらと動かし、真白が頷いたのを見て、響は微笑んだ。
「この右手に、僕の左手を重ねます。なにか見えますか?」
「いえ。なにも見えないです」
真白はそう答えたが、響が両手を重ねて動かし始めると、徐々に顔を輝かせ始めた。
響は空中から紐のついた鈴を取り出すと、
「この鈴に見覚えは?」
「もしかして‥‥」
響は真白に鈴を手渡し、それから鞄を開けて、可愛いぬいぐるみを取り出した。
「先ほど真白さんが可愛いといっていたので」
「うわあっ。いいんですか? ありがとうございます♪」
喜んでぬいぐるみを抱きしめる真白を見ながら、響がぼそりと呟いた。
「え?」首を傾げる真白に、真っ赤に染まる首を振って、響が歩き始める。
――聖夜を精一杯楽しみましょう。僕のお姫様。
●ショッピングモール
「そろそろ妹と相棒の誕生日ですねえ。なににしましょう」
榊 紫苑(
ga8258)は、ふらふらとショッピングモールを散策しながら、商品を物色して歩く。
「んー。相棒には手袋でしょうか。妹は、このふわふわのショールなんか‥‥。あ、失礼」
プレゼント選びに集中していた榊は、曲がり角で大柄な男と肩をぶつけてしまった。
僅かによろめきながら下げかけた頭が宙で停止し、ふいに眼鏡の奥の目が輝きを増す。
「ふむ。サンタのキメラですか?」
少し肩が触れただけでキメラだと気づいた榊は、素早く天照を鞘走らせてキメラの腹を薄く裂き、悲鳴を上げて逃げ出した女性のコートを引いた。
「いいですか。落ち着いて聞いてください」
話しながらキメラの鎖鋸を避け、キメラの存在と周囲の皆を避難させるように告げて、コートを離した。
女性は涙を浮かべていたが、強く頷いて逃げていった
「この季節にまた‥‥、余計な仕事を増やしてくれたものです」
溜息をつきながら、両手の天照と氷雨を握り直す。
このショッピングモールは、映画館とゲームセンター、ボーリング場などが併設されており、平日でも人手は多いが、幸いにも榊のいる階層には人が少ない様子だった。
さらに先ほどの女性が店員に話してくれたらしく、すぐに避難を促す放送が流れた。
とはいえ、売り物の多い店内で戦闘をするのは賢明とはいえない。
「どうしましょうかね」
榊が頭を捻っていると、キメラがじりじりと後ずさりを始めた。
これ幸いと榊が重圧をかけ、エスカレーターまで追い詰めて蹴飛ばす。
偶然にも派手に転がり落ちて柵から一階に転落したのを見ると、榊は薄く笑って後を追った。
「よい買い物をしました。喜んでくれるでしょうか」
会計を済ませた榊は、満足そうに呟いてショッピングモールを出た。
外は寒く、視野の隅には、ちらちらと白い雪が舞っている。
「ほう」感嘆し、榊はゆっくりと移動を開始した。
特にいく当てはないが、たまの休日、のんびりと町を散策するのも悪くないだろう、そう榊は独り合点し、薄く積もった雪を踏んで歩き出した。
●広場
中央の噴水はすでに水を吐き出さず、小さな豆電球で飾られている。赤や青や緑の極彩色が眩く点滅し、広場はある種の荘厳とした雰囲気に包まれている。公園の周囲は小さな木に囲まれ、そのどれもが噴水と同様の装飾を凝らされているが、やはり噴水に寄り添う巨木が目を引く。
噴水を取り囲むベンチには、先ほどまで、無数のカップルが群れを成していちゃいちゃしていた。怪人レッドファントムがその場にいたら、暴れだしていたに違いない。
カップルが姿を消した理由は、サンタキメラだ。プレゼントの代わりに恐怖と悲哀を与えるバグアの手下である。
広場に到着した姫咲と水無月の二人は、直ちにバイクから飛び降りて、噴水の前で暴れるキメラに向かった。
「させるか!」
姫咲が高速で接近し、蛍火で鎖鋸を弾く。
「うえーん」と泣き叫んで腹に抱きつく背中の頭を撫でながら、姫咲は返す刀でキメラの鎖鋸を切り落とした。
「おじちゃん誰〜? うえーん」
「あー、通りすがりの正義の味方。あれは悪者。だから、早く逃げな」
頭をぽんぽんと叩く姫咲に向かって、一斉に鎖鋸が振り下ろされたが、水無月がバトルブックで受け止める。
「まったく、とんだ買出しになったようだな。ささっと片づけよう」
唸りを上げて飛び上がるキメラの脛にバトルブックを押し当て、転倒したところを姫咲が切り込む。
サンタキメラの背負っていた袋が弾けて、老若男女の生首が転がり出た。
「待て、てめえ。その袋の中はなんだ!」
生首を見て、姫咲が激情する。
水無月は冷静にバトルブックを扱っていたが、目の前のキメラが銃弾で貫かれると、長弓を取り出した。
「やっと本業に戻れるな」
怒り狂う姫咲は気づかなかったが、九郎と御巫が広場に姿を現していた。また、噴水を挟んで反対の側では、ドーナツを片手に巨大ぴこぴこハンマーを振り回す最上の姿が見える。
「うおお! 燃え上がれっ!」
水無月がさらに首を巡らせると、全身に炎のオーラを纏ったリュウセイが、次々とキメラを殴り倒しているのが見えた。その隣では、バトルモップで応戦する橘川の姿がある。
「まさか、町にいた能力者が全員集まってきているのではないでしょうね」
冷静な声は、榊のものだ。散策ついでにクリスマスツリーを見ようと広場に入り、状況を察して戦闘に加わった。
榊の言葉を証明するように、デートをしていた終夜と由梨、響と真白が雪崩れ込み、広場は殺気に満ちた。
「はっはっはああうおっげほっごほっ。か、怪人レッドファントム参上!」
楓までもがコスプレをして登場し、キメラは瞬く間に壊滅した。
歓声を上げるリュウセイの横で、ふいに橘川が泣き出した。
「え? え? どうした」
慌てるリュウセイに、
「だって、死んじゃった人もいるから」
と散乱する生首を指し示す。
「全ての人は助けられないって知ってた。でも、理解はしてても、納得はできない」
嘆く橘川には、さすがの怪人レッドファントムも手が出せない。楓は変装を解いて、何度か橘川の肩を叩くと、ベンチに腰を下ろした。
広場に集まった能力者たちが次々に橘川の肩を叩いて慰める。しだいに泣き声は小さくなっていった。
「気に病まないほうがよいですよ」
榊に腕を取られてベンチに座った橘川は、ゆっくりと頷き、鼻水をかんだ。
リュウセイはただ黙って笑顔を浮かべ、橘川の頭を撫でる。
「なんだか」
「ん?」
「なんだか、お兄ちゃん‥‥、みたい」
リュウセイは照れ臭そうに笑って、橘川の耳元で何事かを囁いた。