タイトル:おじさんの愛娘マスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/24 21:07

●オープニング本文


「マタンゴでーす」
 軽快な声に釣られ、作業着のおじさんが鶏舎から顔を出した。
 ぼいんが水気の多い道を軽やかに走り、腰の鞄から手紙を取り出しながら男性に近づく。
「こんにちは。マタンゴです。今日は封筒と小包です。サインをお願いします」
「ちょっと待ってな。手が汚いから洗ってくるよ。よかったら事務所でお茶でもいかがかね」
「どうします?」と小首を傾げるぼいんに、盛田盛男が時計を見て頷いた。

 事務所の中は、四人がけの机とストーブ、冷蔵庫があるのみで、他の空間は、卵を詰める機械と大量の箱に占領されている。足の踏み場はあるが、相当に狭いつくりだ。
「こんなものしかなくてすまないね」
 おじさんの差し出した餡子の饅頭を見て、盛田が満面の笑みを浮かべた。
 彼は筋肉質な外見とは裏腹に、肉よりも餡子を愛するナイスガイで、養鶏所のおじさんも承知していて、今では盛田のためだけに饅頭を用意してくれているようだ。
「景気はどうですか」
 お茶を啜るぼいんに、おじさんが肩を竦めた。
「卵だけじゃ腹は膨れないからね。未だに下落しとるよ。そもそも、うちは鶏の数が少ないから、どうしても他のとこには勝てないね。近頃じゃ、野犬まで邪魔をしよる」
「野犬が出るんですか。罠とかで追い払えませんかね」
 おじさんが首を振った。「罠が引き千切られとるんだ。うちの鶏のおかげで精力がついとるらしい」
 がはは、と笑うおじさんに引き攣った笑みを返し、ぼいんが盛田と古川一樹(gz0173)に顔を向けた。
「罠を野犬が引き千切るなんてことが可能でしょうか?」
 盛田が唇についた餡子を舐め、古川に鋭い視線を送った。頷いた古川が軽快な動作で事務所を出ていく。

 戻ってきた古川は、
「おそらくキメラの仕業でしょう。鶏の被害はどの程度ですか?」
「そんなに大したことはないが、キメラなんぞがこの辺りに? 気のせいじゃないかね」
「念のためにULTに話をしておいたほうがよさそうですね」
 古川がいうと、盛田とぼいんが古川の肩を叩いた。
「任せた」
「任せました」
 最後におじさんがにやりと笑い、
「ここには電話がないからね。古川君、頼んだよ」
 最近は妙にULTに縁があるな、と古川は肩を竦めながら思った。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
レディオガール(ga5200
12歳・♀・EL
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
琥金(gb4314
16歳・♂・FC

●リプレイ本文

●養鶏所
 寒村の中央を走る、自然の多く残る獣道とも形容すべき坂をゆっくりと上っていくと、途端に視界が開け、鶏の鳴き声が耳に届くようになる。やはり田舎らしく、車両も人も満足には通らない静かな佇まいを見せているが、寂しげというよりは、ある種の癒しを与える、そんな雰囲気に包まれていた。
 養鶏所は存外に広く、鶏糞を乾かすビニールシートからは、仲良く並ぶ鶏舎が一望できる。左手にはおじさんの寝起きする平屋があり、鶏舎の奥には青い屋根が僅かに顔を覗かせている。
「あれが事務所ですね」
 リゼット・ランドルフ(ga5171)の指差す方に顔を向けた能力者たちの目が、作業着を着た中年の男性を捉えた。
「ゆーえるていの傭兵さんかね」
「‥‥はじめまして。紅 アリカ(ga8708)です」
「はじめまして。石動 小夜子(ga0121)です」
 同時に頭を下げた二人を見て、おじさんが微笑んだ。
「ここいらは若い女性が少ないからなあ。いや、眼福眼福」
 おじさんは眩しそうに額に手を当て、
「儂は小父蔵というんだ。気軽におじさんと呼んでくれ。うん。立ち話もなんだから、事務所に案内しよう」
「その前に少し、養鶏所を見せてもらってもよいでしょうか」
 リゼットに頷き、先に立って事務所に向かうおじさんを追いかけ、鶏舎周辺で戦闘をする可能性や、夜間に明かりを点す可能性を小夜子が説明すると、おじさんはそれにも快く頷いた。
「本当にキメラとやらの仕業かどうかはわからんが、まあ配達員のいうことだから、可能性は高いんだろうな。キメラが出てこなくても、休暇のつもりでゆっくり遊んでいってくれ」

 十分に下見を終えたリゼットとアリカは事務所に戻り、警戒に当たる小夜子と琥金(gb4314)、新条 拓那(ga1294)は、鶏舎の周辺を巡回することに決めた。
 レディオガール(ga5200)は事務所から椅子を持ち出して、おじさんの小屋の前に位置を取り、機械の立てる騒々しい音と鶏の甲高い声を聞きながら、安穏そのものの養鶏所を一望した。
「平均的な成人女性くらいでしょうか」
 レディオガールの耳に、丁寧な言葉遣いが入る。顔を向けると、餌小屋から鹿嶋 悠(gb1333)が顔を出すのが見えた。彼は丹念にキメラのものと思しき足跡を観察し、首を捻りながらレディオガールの前を通り過ぎる。
 リゼットやアリカと同様に、鹿嶋も事前の下調べを行っているようだ。下を見ながら歩き、おじさんの小屋の裏庭に当たる部分まで調べ、再びレディオガールの前を通って事務所に戻っていった。

●卵尽くしのお昼ご飯
 狭い鶏舎の中で、素早く卵を取ってトレーに詰めていくおじさんの動きを見、新条が驚嘆した。
「たかが鶏なんて侮れないなあ。こんなに手間がかかるんだ」
 しかもおじさんは、腹でカートを進めている。両手は左右の卵を選別するのに必死だ。
「キメラになんか、絶対にやれないですね、これは」
「そうだなあ。儂から見れば、この子たちは愛娘と変わらないんだよ。妻より可愛い。‥‥それでも、卵を産めなくなったら手放すしかないんだが、我が子を失うのと同じくらい辛い」
 隣の列で卵を取っていたおばさんの表情が俄かに凍りついたが、新条は気づかない。
「そうね。よく泣いていましたわよね」
 僅かに上擦った声でいうおばさんに、
「こいつと結婚をしたのは、鶏みたいな顔だからだよ」
 爆笑するおじさんの大きな口に、卵が放り投げられた。

 養鶏所の仕事は数多あれど、午前中にする仕事は餌やり以外に、商品である卵の箱詰めが主だった。
 まずは前述のとおりに鶏舎で鶏の産んだ卵を取り、事務所に戻ってから、おばさんが専用の巨大な機械に卵をセットしていく。機械は、おじさんの待機する場所までゆっくりと卵を運ぶ最中に、洗浄と仕分けを行う。
 この箱詰めの作業は、存外に大変だ。トレーに大きさにより決まった数を入れ、重さを合わせ、それから大きさごとに判子を押して事務所に積み上げていく。おばさんが卵を入れる量が多すぎるとおじさんの手が回らないし、少ないとおじさんは楽だが、仕事がいつまで経っても終わらない。
 機械はかなり騒々しかったが、能力者は物珍しそうに見学したり、おばさんと一緒に卵の罅を確認していた。

 やがてお昼を回り、おじさんとおばさんは自宅に戻った。すぐにおじさんだけが食事を持って戻ってくる。
 ハムエッグと目玉焼きが大皿に山を作り、茶碗蒸にだし巻き卵まで並ぶ様は、見ているだけで食中りを起こしそうだった。おまけに卵スープがそれぞれに配られている。
 けれども、口に入れた途端に、全員の硬い表情が崩れた。「ほう」と頷く声も聞こえる。
「儂もどうかと思ったんだけどね。杞憂でよかっ」
 おじさんは、なぜか卵料理におやつの海苔を巻きつけるレディオガールを見て声を失った。

●容易ではない
 おじさんの言葉である。が、理由があった。それも当然である。五右衛門風呂なのだ。
 五右衛門風呂は足が伸ばせないため、窓の外――、自主規制入ります。
「儂の先代が使っていたもので、しばらくは誰も使っていなかったんだが、あんたらが来るというんで試してみた。問題なく入れるよ。安心してくれ」
 不安そうな顔の琥金に微笑み、おじさんが浴室の戸を閉め、戸に背を預けた。別におじさんが男色というわけではなく、おそらくは犯すであろう過ちを指摘するために待機しているのだ。
 その過ちは、後に入ったレディオガールは引っかからなかったが、五右衛門風呂に被さっている蓋を取って中に入る行為のことだ。当然釜の下では火が燃えている。さすがに人の入るころには消えない程度にまで抑えられてはいるが、それでもじかに尻を下ろすと相当に熱い。この蓋をお湯の中に沈めて入るのが正しい入浴方法なのだ。
「はっはっは」と豪快に笑うおじさんに苦笑し、琥金は尻を撫でながら再び浴室に入った。
 五右衛門風呂は体の芯まで温まるという。琥金は冷え切った体を釜の中に丸め、心地よい気分に浸った。

 おじさんは風呂の火を確認し、夕食を食べ終えた辰巳 空(ga4698)に呼ばれて鶏舎に向かった。
 早速、待機していた辰巳から話を聞く。
「やはり難しいですか?」
 説明を終えた辰巳の問いに、おじさんが難しそうな顔で考え込んだ。
 辰巳は警備の一環として、鳴子の設置を考えている。効果は抜群だ。が、問題は騒音にあった。
「すまないが、近所迷惑もある。もう少し小さくできないかな」
「難しいですね。これ以上小さいと、事務所まで音が届きません」
 おじさんは再び考えて、小さく頭を振った。辰巳は素直に頷き、準備してきた品を仕舞う。
 確かに効果的ではあるが、鶏に影響が出ては元も子もない。が、転ばぬ先の杖ともいう。実際に鳴子は、おじさんの杖になるはずだった。

●襲撃
「寒いのは嫌い。でも、夜が一番危険だから」
 琥金が真面目な顔でコーヒーカップを机に並べた。鹿嶋と辰巳がほぼ同時にカップを手に取り、礼を述べる。
 すでに周囲は静まり返り、鶏の声さえしない。まるで肝試しに来ているような気さえする。
 が、それは見回りをしている新条が最も感じていることかもしれない。
「草木も眠る丑三つ時には少し早いかな。このまま何事もなく過ぎればよいのだけれど」
 新条は独り言ちながら、懐中電灯を手に、ゆっくりと鶏舎の間を歩いている。
 鶏舎の中からは、鶏が餌を啄ばむ規則正しい音が聞こえてくる。空は薄い雲が月を覆い隠してはいるものの、雲の隙間からは僅かに月が覗き、懐中電灯はなくとも歩くのは容易いが、さすがに能力者といえども、波打つアスファルトと酷くぬかるむ道では、油断をすると転倒しかねない。
 新条が地面に埋まる足を引き抜くと同時に、耳を穿つ低い悲鳴が聞こえた。
「おじさんか!」
 新条の想像通りに、おじさんの小屋は、凄惨な様相を呈していた。突如として現れた一体のキメラが、窓を突き破って、寝ているおじさんの上に飛び降りたのだった。おじさんは腹を庇って外に転がり出た。
 入れ替わるように小屋に飛び込んだ新条は、懐中電灯の切り取られた空間に浮き上がる血の染みたシーツに舌打ちをひとつ、呆けたように座る猿キメラを凄まじい形相で睨みつけ、強力なツーハンドソードを振るった。
 鋭利な刃が天井に傷をつけながら高速で猿型の頭蓋骨を砕き、臍の辺りまで切り裂いた。

 そのころ、事務所は無人だった。新条の無線が届く前に、声を聞きつけた辰巳、琥金、鹿嶋の三人が素早く就寝中の者を起こし、移動を開始していた。事務所の硝子を割りながらキメラが飛び込んだのは、その後のことだ。
 キメラは細長い機械の上から跳躍し、隅に重ねられた卵の入った箱を蹴倒して、流れ出た卵黄を舐め始めた。
 他のキメラは、鶏舎に向かっていた。その数は存外に多い。小夜子と琥金が待機していたために数体は亡骸となって転がったが、さすがに二人では抑えきれない。
 辰巳が気合を入れて発した『真音獣斬』により、鶏舎に群がるキメラの一体が衝撃波に吹き飛ばされて地面を転がり、続けて鹿嶋が零式装甲剥離鋏を振り回して、ようやくキメラが怯み始めた。
 リゼットが懐中電灯で周囲を照らし、浮かび上がるキメラに向けて、レディオガールが矢を射る。
「リゼットさん。背後にキメラが。猪型です」
 アリカがガラティーンでキメラを両断しながら叫ぶと、リゼットが頷いてベルセルクを振るった。
 鹿嶋は、攻撃を避けずに受け止めたが、キメラの体重が軽いからか、存外に容易く受け流して、自慢の鋏で首を飛ばした。最後に事務所から飛び出したキメラの足を切り裂いた小夜子が、始末を琥金に任せて鶏舎に飛び込んだ。
 眼前に広がる凄惨な光景と鼻を衝く血の臭いに、小夜子は僅かに顔を顰めた。

●名誉挽回
 次にキメラの襲撃してきたのは、すでに日が昇り、養鶏所全体が未だに朝靄に包まれている時刻だった。
「‥‥これからの時期、必ず必要になってくるものだから、‥‥絶対に守らないとね」
 アリカが唐突に呟くと、就寝中の仲間の毛布を直していた小夜子が静かに答えた。
「そうですね。これ以上の被害は絶対に出させません」
 彼女はおそらく、病院に搬送されたおじさんの身を案じていたに相違ない。小夜子が新条の毛布に手をかけた途端に、、無線がキメラの襲来を告げた。
「二度と不覚は取らない」
 新条の強い声を聞き、小夜子が頷いた。
 戦闘は、おじさんの小屋の周辺で起こっている。山に近いこの場所をキメラの侵入地点と見抜いたレディオガールと、見回りをしていたリゼットがほぼ同時に攻撃を開始していた。
 が、幾分敵が多く、レディオガールが『狙撃眼』で遠距離から狙撃を試みるも、戦況はあまり芳しくない。リゼットが『ソニックブーム』で援護をし、先頭を走る野犬の横に回りこんで『急所突き』で足を狙った。
 横に回りこむということは当然、キメラの群れに背を向けることになる。その隙を狙って熊型のキメラが爪をリゼットの華奢な背中に突き立てようと前足を上げたが、『ファング・バックル』により腕を白光に煌かせたレディオガールが、がら空きの腹をめがけて矢を射て難を逃れた。

 善戦する二人とキメラとの群れにいち早く飛び込んだのは、『瞬天速』で高速移動をした新条と小夜子の二人だ。
 新条が雄叫びを上げて『先手必勝』を使って切り込み、小夜子が小銃で援護をする。
 ただでさえ脆弱なキメラの群れは、瞬く間に数を減らして悲痛な叫びを上げた。
 能力者たちは容赦がない。辰巳が『瞬速縮地』で近づき、『獣突』でキメラの一体を吹き飛ばすと、小夜子が蝉時雨で別のキメラの足を落とし、アリカが真デヴァステイターで百足型キメラの硬い装甲を貫く。
 鹿嶋は『流し斬り』で零式装甲剥離鋏を大胆に使って次々とキメラを細切れにし、琥金も機敏に立ち回って息の根を止めていく。キメラが全滅したのは、まさしく一瞬のことだった。
 殲滅を終えた能力者たちは、再び椅子に座りこむレディオガールを残して事務所に戻った。

●お手伝い
 それから以後は、ただ静かだった。能力者たちは三時間毎に班を変更し、警護に当たった。
 が、キメラの音沙汰はなかった。
 やがて昼を回り、能力者たちの食事を用意してくるはずのおばさんは、遅れに遅れて午後三時に現れた。空腹の能力者たちは、鳴る腹を押さえて笑顔を浮かべた。
「死ぬなら愛娘たちの中と決めているんだ」
 微笑を浮かべるおじさんとともに食事を摂り、午前中に終えるはずだった作業の残りを手伝う。
「鶏。‥‥美味しそう」
 琥金の冗談に、おじさんが鬼の顔を作って見せ、また笑いが起きる。
「本当に助かったわ。給料を上乗せしなきゃね」
 甲斐甲斐しく働くリゼットを見て、おばさんが笑った。
 おじさんは「あんた、うちに嫁に来ないかね」と殊更本気をこめていう。
「まったくだわ。息子もそろそろ‥‥」
「息子さんがいたんですか」
 目を丸くして首を傾げるリゼットを見て、おじさんとおばさんが笑った。
「うむ。マタンゴなんぞに入社するといったから勘当したがね。今じゃ他人のようなものだが、あれのおかげでまだこの仕事を続けられそうだな」
「そうですねえ。最初に配達にやってきた時は驚きましたけどね、男は好きな仕事をしてなんぼですから」

 リゼットが黙って頷いていると、新条と琥金が何事かを話し合いながら近づいてきた。
「新条。向こうとペアを換わったほうがよかったんじゃ」
 琥金の言葉に新条が拳を振り上げて答えた。
 二人は養鶏所から下に広がる集落にいき、高速移動艇の到着時刻をULTに尋ねてきたのだった。
「そろそろ着くようだよ」
 新条がリゼットに伝え、二人はなおもじゃれあいながら事務所に向かった。
 おじさんは少し寂しそうにリゼットに微笑みかけ、
「楽しかったよ。任務、ご苦労様」
 こうして少々時間は延びたが、能力者たちは無事に任務を終え、帰路に着いたのだった。

 ところでおじさんの怪我は大したことがなく、内臓にも障害は残らなかったらしい。
 薬のおかげで痛みはなく、精神状態も正常で、
「どちらかというと、外に転がり出た際に硝子の上を転がってしまったのが不味かった」
 などと冗談交じりに笑っていた。
 けれども、やはり任務は失敗だろう‥‥、そんなことを考える小夜子の心を見通したように、琥金にからかわれていた新条が、さりげなく小夜子の肩に腕を回した。琥金が歓声を上げ、鹿嶋と辰巳が顔を見合わせた。
 レディオガールは電波の世界に飛んでいたために、騒ぎにはまるで気づかなかった。