●リプレイ本文
●校庭
「よくわからねえ。化け物はいなくなったはずだった。薄気味悪くて誰も近寄りはしなかったけどよ、傭兵が帰ってからは、キメラのキの字も見当たらなくなったんだ。それなのに、急に山から大挙して押し寄せてきてよ」
作戦に入る前に愛輝(
ga3159)の聞いた話は、どれも似通っていた。
「初めて現れたキメラについても、最初は不良の悪戯くらいにしか思わなかったらしい。前回の唯一の生存者、長井金髪が警察に駆け込んだときの話だ」
「そっか。金髪さんも死んでしまったんだね」
斑鳩・南雲(
gb2816)が複雑な表情を浮かべると、斑鳩と同様に前回の作戦にも参加していた熊谷真帆(
ga3826)の円らな瞳が俄かに鋭くなった。
「金髪の敵は討ちます」
「せやな。気合を入れなあかんで」
熊谷の肩を叩く水無月 霧香(
gb3438)の肩を斑鳩が揉みながら、
「うん。頑張ろうね。頼りにしてるんだからっ」
じゃれ合う三人の近くで新品の懐中電灯を確認していたフィオナ・シュトリエ(
gb0790)は、
「それにしても、七不思議のうちのみっつなのに、数は多いってなんだろうね」
「前回はバグアの実験だったんじゃないか? 今回はその総仕上げとして、量産したとか」
ヒューイ・焔(
ga8434)の考えに、「そんなものかな」とフィオナが首を傾げた。
「それじゃあ、準備はいいかな。手早く片付け」
勢いよく立ち上がった斑鳩は、頭をぐらんぐらんと揺らす小さな影に目を留めた。
「夢ちゃん、大丈夫?」
斑鳩の心配そうな声を聞いた織那 夢(
gb4073)は、
「ん。夢、ねむくないよ」
そういってふらふらと立ち上がった。
霧香が、夢のあまりの可愛さに思わず抱きつこうとしたが、自重して手だけを差し伸べた。
●ピアノ犬
それは、音もなく校舎を背景に姿を現した。
「獣型とは聞いていたけど、なかなかに面白い外見をしてやがるな」
ヒューイのいうとおり、ピアノ犬は巨大な口が体の大半を占める剽軽な姿をしている。
口は蛇のように裂けており、胸元の蝶番に似た開閉装置が月明かりを反射していた。
頭部は直接丸い胴体に繋がっており、手足は短く太い。
どうにも不恰好だが、もしキメラでなかったら、女性に人気が出たかもしれない。
まず、熊谷と愛輝がキメラの背後に向かって移動を開始した。同時にフィオナが側面に位置を取る。
霧香は『先手必勝』で一番手前のピアノ犬に近づき、氷雨を急所に突き刺し、返す刀で前足を切り裂いた。
「なんや、こいつ。めちゃくちゃ硬いで」
金属のような硬さではなく、肉を極限まで圧縮したような感覚で、フォースフィールドを軽々と貫いた氷雨の鋭い刃を以ってしても、足を切り離すには至らない。
「ばらばらだよね。あはははっ。ばらばら。ばらばらにするのおっ」
ピアノ犬の硬さに驚愕していた霧香は、闇夜を引き裂かんばかりに甲高く響く愛らしい声に耳を奪われた。
「ゆ、夢ちゃんか?」
呆然とする霧香を追い越した夢は、先ほどまでの眠そうな顔はどこへやら、背中と両腕から生えた漆黒の羽を羽ばたかせ、微笑を浮かべながらピアノ犬に切りかかった。両手の月詠が風を纏ってピアノ犬の薄皮を切り裂く。
「あはは。ばらばらばらばら。あっはっはっは‥‥、あ?」
夢にめちゃくちゃに切り裂かれていたピアノ犬は、「大きな口が弱点に違いない!」と考えた斑鳩の拳によって吹き飛ばされ、長く太い牙を砕かれて悶絶した。
が、ピアノ犬はすぐに起き上がり、フィオナに向かって前足を振り上げた。フィオナは咄嗟にイアリスを突き出して受け、丸見えの腹部めがけて足を飛ばした。
体勢を崩したピアノ犬の隙を狙って、自称忍者の霧隠・孤影(
ga0019)が、シルフィードを振るう。
けれども、やはり大したダメージは与えられない。再び吹き飛ばされたピアノ犬は、地面を転がりながら丸い尾で向きを変え、新調したばかりの斑鳩の「ミカエル」に突っ込んだ。
僅かな月明かりの下で、闇に紛れる黒毛を視認するのは存外に大変だ。
斑鳩が直撃を受けて腹を押さえた瞬間に、別のピアノ犬が熊谷に向けて巨大な口を開いた。熊谷は、二、三歩後ろに飛んで口から逃れ、「葬送曲を奏でなさい」と、スコーピオンを構える。
足を撃ち抜かれて呻くピアノ犬に、熊谷が『急所突き』を叩き込み、深紅に光る瞳を暗闇に浮かべる愛輝が、機械剣αを突き刺した。
「こいつら、知覚攻撃に弱いぞ」
愛輝のいうとおりに、機械剣は深々と突き刺さり、ピアノ犬の体内を蹂躙する。
瞬く間に二体を倒した能力者たちは、最後の一体を囲んだ。まずはヒューイが『両断剣』で切りつけ、フィオナと夢がそれぞれイアリスと月詠でピアノ犬を攻め立てる。
「急所脚! 機械剣一閃です!」
霧隠の膝から下が発光したと思った次の瞬間には、ピアノ犬の喉から鮮血が迸った。
流石は現代の乱波。その身のこなしは、遥か昔に実在した伊賀や甲賀の精鋭を彷彿させる。
霧隠が引くと、入れ替わるように斑鳩が拳を連続で叩き込み、熊谷がイアリスで止めを刺した。
●校舎
ピアノ犬との戦闘を終えた能力者一同は、そのまま校舎に潜入した。
奇妙な七不思議キメラの発祥の地ともいえる場所は、月夜に照らされて静まり返っているが、やはり胡乱な雰囲気に包まれて、能力者たちは顔を強張らせている。
「やはり山奥は冷えるな。季節外れもよいところだ」
呟く愛輝に、斑鳩がどこか嬉しそうな声色で答えた。
「季節外れの七不思議‥‥。でも、それもきっと浪漫だねっ!」
「南雲はんは相変わらず元気やなあ。その元気、ちょっと分けて欲しいわ」
斑鳩が霧香の腹に突っ込みを入れたが、「ミカエル」の一撃だから堪らない。
「あ、そういえば真帆ちゃんは、今回もブルマを持ってきたのー?」
急に話題を振った斑鳩に、熊谷が苦笑しながら答えた。
「もちろん今回も、ブルマで囮役を頑張ります。でも寒いから、出番までは制服姿でいさせてね」
「ちょっと待ちいや!」霧香がドロップキックで斑鳩に突っ込みを返すと、斑鳩が吹っ飛んで夢を巻き込んで倒れ、「夢、ねむくないよ」と夢が目を擦っていった様子はなかなかに面白かったらしく、霧隠が爆笑した。
●麦藁少年
能力者たちは何事もなく校舎を抜け、ボールの跳ねる音に釣られるように渡り廊下を抜けて体育館に潜入した。
「さて。スカートを畳んでっと‥‥。人類代表、真帆いきます!」
熊谷が艶のある美しい足を折り曲げ、体育館に飛び降りざまに、バスケットのゴールを撃ち抜いた。
「地獄の釜へダンクしなさい」
熊谷の挑発を受けて、並んでボールをついていた麦藁少年二体が、凶悪な目を向ける。
「HEY BOY! 二人きりで遊んでないで、お兄さんとも遊ぼうぜ!」
ブルマ姿の熊谷の背後から、ヒューイが気さくな調子で声をかけた。
奇妙な唸り声を上げた少年二人は、同時に大量のボールを投げた。
金属音が体育館に轟き、ボールを切り裂いた霧香が「あっちゃー」と場にそぐわぬ声を上げた。
「刃が欠けてもうた。なんや、これ。直せるかな」
霧香の声に、フィオナの呻きが混じる。ヒューイはエアストバックラーでボールを防いだが、フィオナは生身でボールを受け止めていた。『自身障壁』を使っていたとはいえ、無傷なのは賞賛に値する。
今度は驚愕と思しき声を発した麦藁少年は、『瞬天速』で近づく愛輝と夢に気づくのが遅れた。
「Lightning Decapitation」
愛輝が『急所突き』を織り交ぜてキメラを疲弊させ、夢が『瞬即撃』でキメラ一体を撃破する。
「Did not you have a pain in it? ばらばら? もっとばらばらがいいのおお?」
瞬く間に死亡したキメラを丹念に細切れにする夢の横を、熊谷が『流し斬り』で駆け抜け、残る一体を壁に追い詰めると、スコーピオンでボールを吐き出そうとした口を集中的に射撃した。
「なるほどな。ボールは口から出るのか」
愛輝が冷静な口調で述べ、
「まあ、季節も格好も間違え過ぎだろ」
と機械剣を水平に振るった。
腹を抱えて咳き込み、ボールを次々と口から吐き出す麦藁少年は、ヒューイのイアリスで脳天を両断されて息を止めた。割れた頭部からは、脳漿に混じって、次々とボールが溢れ出した。
フィオナがキャスケットを直し、「残ってる七不思議を解決するとしますか」とキメラに背を向けた。
●山林
ランタンの明かりは先ほどと変わらないが、今度は熊谷ではなく、霧香が自前のランタンを点している。月明かりが枝々の隙間から八人を照らし、長い影を描いてはいるが、やはり肉眼では相当に見えにくい。
「なにか聞こえるですか?」
周囲からは、激しい銃撃戦が展開されているであろう銃撃音がひっきりなしに聞こえてはいるが、霧隠のいったのはその音ではない。愛輝は先ほどから、無線機で周囲の部隊に連絡を取っていた。
「山林にいる部隊は、校舎から南下しながら戦闘を行っているようだが、銃撃音のせいでよく聞こえないな。ただ、『深追いはするな』と下達があった。能力者の中にも怪我人が多く出ているようだ。香取線香(gz0175)中尉は、無理をせずとも殲滅できると考えているらしい」
「あの人はつんつんしていて嫌いです」
霧隠が作戦の説明を受けた時の様子を思い出し、唇を尖らせた。
――天井裏にいなくていいのか?
明らかに冗談だとはわかったが、嘲笑の響きを感じた霧隠は、未だに不満がある様子だ。
「あんなキャラなんやろな。仕事仕事の仕事人間や。笑いが足らんで。南雲はんを見習ってほしいわ」
霧香が肩を竦めた途端に、周囲の草木がかさかさと音を立てた。
「敵やっ!」
霧香が素早い動作で木を拾い、音のした方向に放り投げた。「むぎゅ」とか「ぐほっ」とかいう人間の声がして、ふらふらと、UPCの兵士二人が姿を現した。
「あっはっは」
爆笑する霧香と霧隠を、二人の兵士は冷たい目で見据えていたが、すぐに気を取り直して背後を指差した。
ヒューイが頷いて、
「あんたらは下がっていてくれ」
兵士二人が頭を下げて、足を引きずりながら校舎に向かって歩いていった。
●亡者
亡者は、月明かりのみでは見にくいが、緑色の皮膚が爛れた、気味の悪い姿をしている。前述のキメラ二体がどこか愛嬌のあったのに比べ、飛び出した肋骨や、水死体のように膨れた顔が、斑鳩の顔を歪ませた。
「あー! やっぱり気持ち悪いのがいたっ! 悪霊退散悪霊退散!」
ヒューイが深い息を吐いて首を鳴らした。
「さて。こいつらでラストか?」
「そうですね。学び舎を血塗るキメラは許しません!」
熊谷がスコーピオンで火蓋を切った。五体全てに命中し、亡者が僅かに足を止める。その隙を練って、愛輝が機械剣を亡者の頭部に次々に突き刺した。
「人を食らう亡者といえば、真っ先に狙うのは頭部だ」
愛輝の判断は正しい。亡者自身の攻撃はそれほど強くないとはいえ、噛みつかれたらただでは済まない。
夢は、とりあえずばらばらにしておけばよいという思考のようで、手足に狙いを定めている。
連戦なので疲弊しているかと思いきや、能力者の動きに乱れは微塵も見受けられない。
「このミカエルに接近戦を挑んだのが運の尽きだよっ!」
と、斑鳩が強力な一撃を亡者の腹にめり込ませ、
「疾風突き! シルフィードスラッシュです!」
と、霧隠がピアノ犬との戦闘の折に見せた高速の妙技を見せた。
けれども、腐ってもキメラはキメラだ。まずは夢が腕に噛みつかれ、続いて霧隠が強力な一撃を受けて転倒した。熊谷と愛輝はどうにか躱したが、後退を余儀なくされた。
そこで、事前に準備をしておいた肉が役に立つ。斑鳩が生肉をパックごと投げつけ、熊谷が先に食料をつけたイアリスを突き出して隙を窺う。愛輝は倒木で注意を引こうとしたが、やはり木よりは愛輝自身のほうが食欲をそそる。
能力者たちは、ぬかるむ地面と乱立する木立、月明かりと霧香のランタンのみの闇の中で、亡者との死闘を繰り広げた。実力は拮抗しているように思えたが、徐々に能力者が輪を縮め、亡者は防戦一方になった。
●完遂
「ほら。怪我しとるやろ? 腕出しいな。消毒液を塗り込んだる」
「えー。いいよ。夢けがしてないから」
「キメラやからって、亡者やで。殺菌しとかんと確実に汚いわ」
強引に腕を引かれて消毒液を塗られた夢は、拗ねたような顔をしながらも、少し嬉しそうだった。
「ええ。はい。わかりました。了解です」
夢たちの近くでは、愛輝が無線機で線香と話している。
「引き上げだ。作戦は成功。七不思議は駆逐された」
熊谷とヒューイが顔を見合わせ、斑鳩と霧香が歓声を上げて肩を組んだ。フィオナと愛輝は冷静だったが、霧隠は嬉しそうに「忍法勝利の舞!」とおどけている。どこか遠くのほうでも、勝ち鬨が上がっていた。
すでに日の顔を出し始めた山林の中を、能力者たちはゆっくりと歩いていく。途中で出会ったUPCの兵士二人が八人を呼び止め、校舎の中に誘った。鼻腔を刺激する仄かな香りに、瞼の閉じかけていた夢が飛び起きる。
愛輝が苦笑しながらも、夢の後を追って席に着いた。
「二宮金次郎はいないみたいだね」
斑鳩が教室を見回しながらいうと、熊谷が声を立てて笑った。