タイトル:支配地域に郵便をマスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/29 00:11

●オープニング本文


 マタンゴ郵便公社の本社ビル役員会議室で、様々の年格好の男たちが唾を飛ばしていた。
「ULTだと? あんなものに頼らんでも、我が社には能力者がいるじゃないか」
「おいおい。先日の配達事故を忘れたのか? 二人の能力者がいながら、ULTの手を煩わせただろう」
「あれは、不慮の事故だと思うがね。なにせあそこはキメラの数が多いことで有名だ」
「ならば今回の配達先はどうなんだ。バグア支配地域だぞ。地図を見てみろ」
 隅に畏まっているのは、話題に上がった「先日の配達事故」を起こしたメンバーの一人だった。
「どうにも旗色が悪いですね」
 古川一樹(gz0173)が顔を向けると、白髪の老紳士が愉快そうに笑った。
「まったく、現場も知らんくせに、好き勝手いっておる」
 老紳士の言葉は存外に大きかったため、一瞬静寂に包まれた場の視線は、自然と老紳士に集まった。
「何様のつもりだ」「まったくだ。なーにが『現場も知らん』だ」「ふんっ。偉そうに」
 まるで子供の喧嘩である。それぞれに派閥があり、売り言葉に買い言葉で喧騒は増す一方だった。
 けれども、罵る言葉に尽きると、再び話は元の議題に戻っていく。

「古川君。前線に立つ君の意見が聞きたい」
 ふいに話を振られ、古川が慌てて立ち上がる。
「はい。今回は先の大規模作戦の影響により、未だにキメラの活動が活発な地域です。能力者のみで構成したチームを組む以外に配達を成功させるのは困難だと思います」
 無理な要求ということは理解している。配達員の中に能力者は少ない上に、危険がつきものとあって重傷者も多い。
「能力者のみのチーム? そんなことは不可能だ」
「当然だろう。だからこそ、ULTから能力者を派遣してもらうという話が出ているんだ」
「それでは、なんのための配達員だかわからんじゃないか!」

 再びスタート地点に戻った論争を、老紳士は鼻をほじりながら聞いていた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
マーガレット・ラランド(ga6439
20歳・♀・ST
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST

●リプレイ本文

●集落A
 ULTの高速移動艇から降りる八人の能力者を、マタンゴ郵政公社の配達員三名が迎えた。
「ぼいんです。本日はよろしくお願いします」
 古川一樹(gz0173)の前に立つ長髪の女性が頭を下げると、続いて女性の隣の貧相な男も倣った。
「僕は和木屋久と申します。よろしくお願いします」
「古川さん、お久しぶりです。その後、お体のほうは?」
 美環 響(gb2863)が、神秘的な微笑を浮かべながらて尋ねると、
「うん。問題ないよ。なにせ、マタンゴの配達員だからね。ぼいんさんも平気だ」
 そういえば前回の依頼で、ぼいんも意識不明だったと思い出し、響が呆れながら驚いていると、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が前に進み出た。
「早速だが、集落と集落間の地図はあるか?」
「ぼいんさんに渡してあります」
「それと、BC間で車を隠せそうな場所を知りたいんだが」
「洞穴があったはずです。意外と大きいので、車なら隠せると思います」
 地図を渡しながら答えるぼいんに古川が笑顔を送り、車に乗り込んだ。
「それじゃあ俺は別の配達先に向かいます。また迎えに来ますので」
「配達員のつもりで頑張ります!」
 マーガレット・ラランド(ga6439)が元気よく手を挙げ、
「ほむ。手紙はとても大切なものです。その中にこめられた思いを、必ず届けます」
 赤霧・連(ga0668)が親指を立てた。
 古川は二人にガッツポーズを送り、ゆっくりと集落を出ていった。

 集落Aの配達を終えた能力者一同は、再び集落の入り口に集まった。
「バグアの支配下で配達とはな。手紙をやり取りする相手がいるというのも稀有かもしれない」
 呟く白鐘剣一郎(ga0184)に、ホアキンが頷いた。
「マタンゴでなければ請け負わない仕事だろうな」
 話しこむ二人の近くでは、セシリア・ディールス(ga0475)が地図を指差している。
「配達以外で班に分かれる必要はありませんね‥‥。Bまでは車‥‥。無線機が使えない場合を考え‥‥」
「やはり一直線に移動するよりは、ここを回ったほうがよさそうだな」
 地図に印をつけながら、ホアキンが提案する。同意したラランドの服がなぜか破けた。
「な、なんだ、あんた」
 南雲 莞爾(ga4272)が下着姿になったラランドに目を見開く。
「私、覚醒すると服が破けちゃうんですよ」
 ラランドが照れたように頭を掻き、「でも寒いですね」と鞄から服を取り出して着た。
 一同はしばらく驚いたようにラランドを見ていたが、配達が終わるまでの間は覚醒を維持しなければならないことに気づき、一人二人と覚醒していった。最後に赤霧が覚醒し、純白から漆黒に染まった長髪を風になびかせた。

●AB間
 マタンゴの郵便車が使えないので、緋室 神音(ga3576)と白鐘が用意した車に、八人の能力者と二人の配達員が五人ずつに分かれて乗り込んだ。
「少々狭いが、我慢してくれ」と、ハンドルを握る白鐘がぎゅうぎゅう詰めの後部座席を見て苦笑する。
 移動中は、キメラの襲撃を警戒する必要があるが、休憩をするにも都合がよい。
「どうせ移動には時間がかかるのだから、順番に休憩しておこう」
 ホアキンの言葉に頷いた響が、覚醒を解いた。
 神音の車で移動しているA班も交互に休憩を取っている様子で、現在はラランドと赤霧が周囲を警戒している。
「ここは敵地。ひとつひとつの行動に注意が必要ですネ」
 赤霧の言葉に、ラランドの声が重なった。
「あれは野生の牛でしょうか」
 白鐘の車で双眼鏡を覗き込んでいたホアキンとセシリアも、ラランドと同時に牛に気づいた。
「野生にしては妙な動きをしているが」
 唸るホアキンにセシリアが同意する。
 響が覚醒し、無線機のスイッチを入れるが、ノイズが酷くて使い物にはならないようだ。
「大丈夫。‥‥A班も気づいたみたいです。白鐘さん、配達員さんと郵便物の安全を第一に‥‥」
 先ほどの話し合いで、戦闘はできるだけ避ける方針を立てたばかりだ。
「みんな、手近なところに掴まれ。郵便物を落とすなよ!」
 白鐘が注意を促し、ブーストを起動した。ジーザリオが爆音を轟かせ、荒々しく加速する。
 神音のジーザリオを追ってハンドルを捌く白鐘の横で、ミラーを確認していた響が小さく呻いた。
 ミラーには、巨大な岩に衝突して宙に脳漿を撒く牛が映っていた。
 どうやら牛はキメラではなく、なにかの病気で不審な動きをしていただけのことらしかった。

●集落B
 以後キメラに遭遇することなく集落Bに到着したB班は、配達員の和木屋久の提案で、車両を置いて配達に入った。
「集落は一軒一軒が中途半端に離れており、細い通路が入り組んでいるので、足で配ったほうが早いのです」
「班の中でさらに分かれたほうが効率的ですかね」
 響が提案したが、ホアキンが首を振った。
「時間はある。安全に確実に、落ち着いて届けよう。俺が前衛かな」
「では俺はひびきんと後方を警戒するか」
 白鐘が響を手招きして丸山の後ろについた。
 四人が和木屋久を囲み、手早く配達を終えていく。和木屋久は能力者ではないので動きは鈍いが、さすがに配達員だけあり、遺漏のない仕事振りを見せた。
 支配下地域といっても、この辺は親バグア派やキメラの活動がそれほど活発ではないらしく、特に問題の起こらぬまま、能力者八人は再び集合し、班毎に車に乗り込んで集落Cを目指した。

●BC間
 車両の移動は困難と聞いていたが、存外に長い道程を車で移動することができた。
 ホアキンがぼいんに聞いた場所を指示し、白鐘が車を停めた。神音も寄り添うように停車させ、白鐘と同様に、用意しておいたシートをジーザリオに被せた。
「ここからが長いです。道が悪いので」
 ぼいんのいうとおり、鍛えられた能力者であれば、さほどの時間は要さないだろうが、一般人には辛いであろう舗装のされていない細い道が、蛇行しながら山肌を這っている。
「こう景色が変わらないと、進んでいる気がしないな」
 南雲が汗に濡れる前髪を掻き揚げ、溜息をついた。彼の視線は、右側に聳える崖に向いている。
「そうね。このまま崖を上がっていったほうが早いような気がするわ」
 神音も溜息をつき、汗を拭った。覚醒はしているだけで少しずつ疲労が溜まる。
 とはいえ、神音と白鐘の二人は覚醒を自粛している。それは怠慢ではなく、覚醒の性質上、二人の体は光を発するため、覚醒しているとキメラに見つかる恐れがあるのだった。
 バグア支配下の地域で未覚醒という状況は、逆に疲れるのかもしれない。
 殿を務める赤霧は、同じく最後尾を移動している白鐘の呼吸が僅かに荒くなっているのに気づいた。
 赤霧の様子を察した白鐘が、「大したことはない」と白い歯を見せた。
 配達員の二名は、響、ラランド、ホアキン、セシリアに囲まれて移動している。誰かに郵便物の入った袋を持ってもらえば移動の速度は上がるが、キメラに強襲されたときにとっさに反応することができなくなってしまう。
「先行している二人は大丈夫ですかね」
 ぼいんと手を繋いでいるラランドが、眼下に見える道に視線を落としながら呟いた。
 崖の下からキメラに襲われるのを警戒しているらしい。
「大丈夫だと思います。変な音はしませ」
 響が微笑みながら答えた途端に、頭の上から何者かの走る音が聞こえてきた。

●戦闘開始
 ラランドの心配の数分前に、先行に出ていた神音と南雲は、不審の動きをする猿を発見した。
「共食いか?」
「どうかしらね。毛繕いをしているのかもしれないわ」
 薄暗くてよく見えないが、地面に倒れて動かない影に猿が覆い被さり、顔を近づけているようだ。
 牛の例と同様に、なにかの病気が蔓延したせいで野生の動物が奇妙な動作を見せているのかもしれないが――、首を捻る神音の目が、巨大な口を開けて影を飲み込むように咀嚼し始めた猿を捉え、僅かに動揺の色を見せた。
「やはりキメラだったようだな。まあ、そんな気はしていたが‥‥」
 南雲がアラスカ454を構え、嫌な音を立てて食事を続けるキメラに照準を定めたが、神音が手で制した。
「どうした? この場所では、ルートを変更してやり過ごすのは無理だと思うが」
「配達員のことがあるから、状況を伝えて奇襲されることは避けないと」
「なるほど。では俺がいってこよう」
 いいながら、南雲が普段は見せないような複雑な表情を浮かべた。
「無理に相手取ることはない。いつも通りにやればいい」
「わかっているわ」
 南雲は複雑な表情を浮かべたまま、草木を掻き分けて崖から飛び降りた。物音を微塵も立てずに下の道路に着地し、そのまま素早く後方を移動している仲間の下まで戻る。
「アイテール‥‥、限定解除。‥‥戦闘モードに移行」
 南雲の気配の消えたのを確認した神音の目が金色に光り始めた。ついで全身が虹色の燐気に包まれ、背中に一対の翼が出現した。仲間を待つほうが懸命だが、キメラの群れがこちらに向かって移動を開始したので仕方がない。
 神音は月詠の柄を握り、腰を落とした。

 合流した南雲からキメラの存在を知り、
「ようやく登場したようですが、キメラの諸君には手早く退場願いましょう」
 響が芝居がかった口調で述べた。
「そうだな」と答えた白鐘の全身が黄金の光を纏い、闇夜に筋肉質な体を浮かび上がらせた。
 瞬く間に覚醒した白鐘は、神音を案じて走り出した南雲とホアキンとを見送り、
「落ち着こう。配達員を間に」
 セシリアが頷き、先頭に立って小走りで移動を開始した途端に、響が警戒を促した。
 背後から、犬型のキメラの赤い目が凄まじい速度で近づいてきた。

 南雲とホアキンも、キメラに足止めを食らっている。南雲は負傷をしているようだ。
 暗闇に小柄な猿キメラの濃い毛が相まって、南雲ほどの優れた能力者でも避け切れなかったらしい。
 ホアキンが『先手必勝』の後に左手のイアリスを振るい、急所を切り裂いて迅速にキメラの命を絶ち、
「大丈夫か?」
 と手を差し伸べたが、南雲は首を振って自力で立ち上がった。
「神音が心配だ。急ごう」
 南雲の心配のとおりに、神音は苦戦を強いられていた。
 キメラの攻撃は存外に鋭く、どうにか攻撃を受ける前に素早く抜刀し、『二段撃』で二体を撃破したが、残る一体に腕を切り裂かれてしまった。神音の身のこなしをもってしも避けられないキメラの動きは、尋常ではない。

 セシリアたちの状況も芳しくない。背後から追ってきた三体のキメラの内、白鐘の『豪破斬撃』で赤く染まる月詠が軽々と一体の首を切り落としたが、未だに二体のキメラが身を伏せている。いくらキメラがそれほど強くないとはいえ、合流できないままに次々とキメラに襲われては、練力が切れて不慮の事態に陥る可能性があった。
「柔らかいぞ」白鐘の声を受けて、響が崖の上に向かってキメラの脆弱性を知らようと顔を上げたが、自分たちに向かって飛び降りてくる影に気づき、『自身障壁』を発動した。
 重力を利用したキメラの強力な一撃により、響が二人の配達員を巻き込んで派手に地面を転がる。
 奇襲に成功したキメラは、ラランドのスパークマシンβで手足を千切られながらも、受身を取った響により投擲されたイアリスを避けたが、セシリアの超機械ζから放たれる攻撃は避けられず、断末魔の悲鳴を上げた。
 セシリアは響と配達員が負傷していないことを確認し、殿の白鐘と赤霧を見やった。
 赤霧は、キメラの増援に気を配りながら、キメラに相対している。隣の白鐘は積極的に莫邪宝剣でキメラを切り裂いている様子だ。補助は必要ないかもしれない。セシリアが状況を確認し、神音たちの身を案じて移動を開始した。
 残り一体となったキメラは、しばし右往左往していたが、白鐘が一歩を踏み出した途端に逃走し始めた。
「あかちん!」
 白鐘の声を受けて、赤霧が「任せてくださいなッ」と叫び、『狙撃眼』と『鋭覚狙撃』を用いて長弓「クロネリア」を構えた。放たれた矢が空気を裂き、キメラの背骨を粉砕して腹から頭を出した。
 素早くU字路を抜けたセシリアは、『紅蓮衝撃』によって赤い光に包まれた神音を視認した。
「夢幻の如く、血桜と散れ――。剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 神音は小さく呟くや、月詠でキメラの体を切り裂いた。

●集落C
「お届けものなのです♪」
 赤霧に小包を渡された住人は、不審そうな顔を輝かせ、何度も頭を下げた。
「気にしないでください。お仕事ですから」
 赤霧が、満面の笑みを浮かべ、親指を立てた。
 ラランドも、「いつも笑顔のマタンゴ配達嬢なのです〜」と笑顔を浮かべ、赤霧と顔を見合わせて笑い声を上げた。
「その調子です」ぼいんまで笑っている。先ほど戦闘を終えたとは思えない和やかさだ。
「ほむ。やっぱり配達物を届けた時の相手の笑顔を見るのは嬉しいですネ☆」
 至極満足そうな赤霧に、ぼいんが何度も頷いた。
「荷物を受け取った瞬間のお客様の顔を見ると、疲れなんて吹き飛んでしまいます」
「‥‥手紙すら届けるのが命がけの時代なのよね」
 ふいに神音が呟いた。
「そうですね。ますます頑張る必要がありますね」
 ラランドが傭兵だか配達員だかわからないことを述べ、軽々と郵便袋を担いで元気よく歩き出した。

 無事に配達を終えた十人は、行楽帰りの体で集落の入り口に集まった。
「とりあえず配達完了か。お疲れ様だ」と、白鐘が一同を見回していった。
「お疲れ様でした。本当に、無事に終わってよかったです」
 ぼいんが神音と南雲を順番に見、大げさに胸を撫で下ろす。
「残念だが、あれが彼女が本命の一撃さ‥‥」
 南雲が苦笑し、腹に視線を落とした。露出した白い肌に、薄い線が並んでいる。セシリアの『練成治癒』により、傷跡はすぐに薄くなるに違いない。
 繰り返し礼を述べ、迎えに来た古川の車両に乗り込んだ配達員は、「またどこかで」手を振って帰っていった。
「あー、無事に終わりましたね」微笑を浮かべる響に、赤霧が同意する。
 ラランドなどは長い移動で練力が切れかかり、ドリル状に隆起した背中を心配そうに撫でていた。
「とはいっても、俺たちはこの後にもう一仕事だな」
 白鐘が苦笑すると、神音が頷き、南雲と顔を見合わせた。
 ホアキンも「面倒だな」と、柄でもなく溜息をついている。
 その最中にあって、セシリアだけは無表情のまま、美しい瞳を集落に投げかけていた。