●リプレイ本文
●七不思議のアリア
昔々も大昔、お爺さんは山へ柴刈りに出かけ、孫は朝から晩まで土間に転がっていました。
あくる日のこと、お爺さんの堪忍袋の緒がようよう切れたと見えて、お爺さんは、堕落した日々を送る孫の尻を蹴飛ばし、寝てばかりいないで、この銛を持って魚でも獲ってこい、と怒鳴りつけました。
孫は重い尻を上げると、悪態をつきながら川に向かいました。
けれども川に差し掛かる土手に開いた穴に落っこちて、気を失ってしまったのです。
目を開くと、そこは七不思議の国でした。(ロイス・キロル『七不思議のアリア』)
以後の展開は、どこまでも凄惨で、暗鬱で、百足だの蛙だのの無数に蠢く水槽に全裸で突き落とされたような、凄まじい嫌悪感が全身を苛むこと必至だ。
「寓話ということで、興味深い話が聞けると思ったのですが」
斑鳩・八雲(
ga8672)は執筆に興味があり、今回の依頼主が現役の物書きとあって、興味深い話の聞けることを望んでいたが、『七不思議のアリア』を読んだ限りでは、どうにもあまり期待をしないほうが賢明のようだ。
●売れない作家
「本日はお集まり頂き、恐悦至極に存じます」
時代劇を思わせる口調で登場したロイスは、集まった四人が窮屈そうに座っていることにも気づかず、手短に自分の置かれている状況を説明した。
そのような次第です、とロイスが締め括ると同時に、叢雲(
gb3837)が口を開いた。
「この本の山はなんです?」
途端にロイスの笑顔が引き攣った。
「う、うん。そうね。まあ、一言でいうと、これは売れ残りなんですよ。ほら、私たち物書きの書いた本は、製本されて各地の書店に並ぶでしょう。しかし、売れなかった書籍なんて下駄の雪駄、無用の長物なわけだから、書店が出版社に返却するんですよ。でも返されたら出版社が困る。そこで、巡りに巡って私の家に辿り着いたわけです」
「はあ。物書きも大変なのですね」
「物書きは夢を売る仕事なんです。どれほど過激で残虐な作品だって、悪夢という夢を売っていることに違いはない。でも、俳優と同じで、実物を見たら幻滅する可能性もあるんです。私が写真を嫌うのはこのためです」
ロイスが立ち上がり、処女作をダンボールに詰め始めた。背中からは哀愁が漂っているように思えた。
「まあ、売れない物書きの話はこれくらいにして、早速ですが、キメラについて教えてもらえますか」
●多種多様のキメラ
「キメラには様々な種類がいることは知っているか?」
部屋の隅から聞こえる、錆を含んだ低い声にロイスが首を振った。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、緩い巻き毛を揺らして頷き、黒目がちの目をロイスに合わせた。
「キメラは、大昔に絶滅したはずの生き物を再現したものだったり、伝説や神話に基づいて生み出された怪物だったりする。その種類は、かなりの数に及ぶ」
ロイスは、トリケラトプスや八岐大蛇を思い浮かべた。
八つの頭と八つの尾を持つ巨大な生物が、身をくねらせて山を下り、人家を丸呑みにする‥‥。
当然、普通の人間などは泣き叫ぶのが落ちで、なす術もなく三途の川を渡ることになるのだろう。
ロイスは、ホアキンが巨大な刀で八岐大蛇と対峙する瞬間を想像し、身震いをした。
「それは、例えば窮奇のキメラなら、真空で肌を切り裂く能力を有するということですか?」
「きゅうき? 鎌鼬のようなものかな。ベースとなる生き物の性質をどの程度残しているかは、個体差が大きいのでわからないな。伝承にあるような能力を持っているなどと断言できる者はいないだろう」
ホアキンの後をついで、斑鳩が口を開いた。
「僕が以前に受けた依頼に、不思議な壷が出てきました。壷に魅了された持ち主が近づくと、中に潜んでいたキメラが飛び出して持ち主を食い殺すのです」
「そのようなキメラまで?」思わずロイスが感嘆した。
「キメラの脅威は、直接、間接を問わないのですよ。バグアの技術は、想像を絶する」
「バグアは、人間の知識にある生き物を、都合の良いように歪めて、勢力拡大の尖兵としているんだ」
ホアキンが少し考えて、口を開いた。「俺の個人的な印象だが」
ロイスが真剣な顔でメモを取りながら頷く横で、斑鳩がペンを片手に自前のメモ帳を開いていた。
「あなたはなにを?」
尋ねるロイスに、斑鳩が苦笑して答えた。
「作家の真似事です。現役の能力者が書いた本は、わりと反響があるような気がしませんか?」
「犯罪者の回顧録でさえ、人気を博しているものもありますからね。それがゲームの中の勇者に近い存在のあなたがた傭兵であれば、かなりの人気が見込めるでしょう。私でよければお力になりますよ」
ロイスが堆く積まれた『七不思議のアリア』を一瞥し、「微力ですが」とつけ加えた。
●分解少女と無謀な少女
「あなたは、マーガレット・ラランド(
ga6439)さんでしたか。女性の傭兵は珍しいような気がするのですが、どのような経緯で傭兵になられたのですか?」
ラランドは褐色の頬に手を当てて僅かに考えてから、
「元々はドロームの社員だったんですよ。でも、試作兵器を分解して首になりました」
「分解、ですか」
叢雲が興味のある素振りでラランドに身を乗り出した。
「私は子供の頃から、どういうわけか、人形や飯事など女の子の遊びに興味がない変な娘でして、父の書斎に入り浸って本ばかりを読んでいたんです。この父が、難しい科学の書物を、まるで絵本を読み聞かせるように噛み砕いて教えてくれたのが、ドローム社の開発部に入ったきっかけでしょうか。本当に、とてもわかりやすかったんですよ」
ULTの能力者といっても、傭兵になった理由は様々だ。ホアキンを含め、他の三人が頷きながらラランドの話に聞き入っている。ラランドは天井に視線を送り、頬に当てた手を膝に戻した。
「ある日、電卓を見て、分解したことがあるんですよ。きらきら光る緑色のLEDに魅せられたのかもしれません。身につけたかったんでしょうね。気がついたら分解していました。父にはこっ酷く叱られましたが、父はそのときに、私の理系の才能を伸ばそうと、困惑しつつも黙認を覚悟したようです」
変ですよね、ラランドが頬を綻ばせた。
「それからの私は、目についた物を分解する困った娘だったようです」
妄想の好きなロイスの頭に、幼少時のラランドが浮かんだ。
少女が冷蔵庫を分解してアイスクリームを溶かしてしまったり、パソコンの筐体を抉じ開けて、基盤を眺めたりする様子は、御飯事で遊ぶ愛らしい少女とはまったく違う性癖ではあるが、父からすれば面白い子供だったに違いない。
温厚で理解のある父のおかげで、彼女は見事に成長し、聡明で優れた能力者になったのだろう。
「叱るだけが子育てではありませんよね。それで、ドロームを解雇された後に能力者になったわけですが」
「きっかけは、エミタの発見です。好奇心が抑えきれなくなったんです。後は、KVを分解してみたい」
「あはは。分解が本当に好きなんですね」
斑鳩に、ラランドが頷く。
「一日中、心ゆくまで弄り倒したい!」
ロイスもペンを走らせたまま笑い声を上げ、ラランドに顔を近づけた。
「科学者冥利に尽きるというものですね。単なる研究者では飽き足らなかった。ドロームの社員では役不足だったんでしょう。いやあ、私はてっきり、バグアへの復讐心だとか、金のために傭兵になる人ばかりだと思っていましたよ」
「そうだな」
ホランドが乱雑な机を見ながら、俄かに呟いた。
「これは知人の話だが、彼は貧しい国の出身でね、たまたまエミタの適性があって、食べていくために傭兵になったそうだ。あれはまだ、能力者になってまだ間もないころか。ワーウルフの棲家と化した廃村に戦いに向かう少女を保護する依頼を受けたそうだ。少女は、能力者じゃなかった。キメラにはフォースフィールドと呼ばれるバリアのようなものがあって、これはエミタを埋め込んだ能力者が、SESを搭載した兵器を使わないと貫けないんだ。それなのに、まともに戦えないのに、故郷を取り戻しいという一心で、少女は誰もいない村に向かっていった」
「金のために戦う傭兵と、強い感情に突き動かされた少女の出会いですか」
「俺の知り合いが少女を抑えている間に、仲間がワーウルフを倒したらしい。その時に初めて、己がなんのために、誰のために戦うのか、理解したといっていたよ」
自分のために仕事を受ける。生きていかなければならない人間なら当然のことだ。
けれども、誇りのために自分の命を犠牲にできる少女がいる。
ロイスは金のためだけに寓話を書こうとしていた自分を恥じた。
●キメラにまつわる不思議な話
これは同じ能力者である友人から聞いた話です、そう前置きして叢雲が話す内容は、とても興味深いものだった。
叢雲の友人には、一年前にキメラと戦って命を落とした戦友がいる。遺体さえ発見されなかったという。
戦友を失った彼は、キメラはもちろんのこと、元凶のバグアにも強い憎悪を抱いていた。
あくる日、市街地でキメラが発生したと報せを受けた友人は、妙な胸騒ぎに苛まれつつ出撃した。
「市街地か‥‥」
彼は、醜悪なキメラを見ながらも、怒りを抑えた。怒りに任せて暴走すれば、被害が広がる。
が、キメラは彼の考えとは逆に、被害の拡大を願っていた。
逃げ惑う人々を無頓着に掴み、地面に押しつけ、長い爪で全身を裂き、地面に染み込んだ血の乾く間もないほどに、次々に人間を血祭りに上げていった。
当然だが、彼は苦戦を強いられた。能力者は、覚醒をしているだけで疲労する。
進退窮まる状況を幾度も経、とうとう彼は追い詰められてしまった。
前には巨大なキメラ、背後は壁。窮鼠猫を噛むとはいえ、疲弊した体ではいかんともしがたい。
彼は、鋭い爪を振りかぶるキメラを、苦虫を噛み潰したような表情で見上げていた。
ようやくお前に会える、などと戦友の姿を思い浮かべたかもしれない。
が、どういうわけか、キメラの爪は彼の眼前で静止したのだった。
「あのキメラには、死んだ戦友の遺伝子が混じっていたのかもしれない、キメラはまるで、目に涙を浮かべていた、と友人がいっていました。なんの因果か、その日は戦友の命日だったそうです」
叢雲が話し終え、斑鳩が長い溜息をついた。
「事実は小説より奇なり、とはよくいったものですね」
ロイスは、目に浮かぶ壮絶な死闘に叢雲の友人の苦悶の表情を重ね、静かに目を瞑る叢雲を見やった。
●斑鳩は「まだらはと」とは読まない
「斑鳩さんは、どのような理由で能力者になったのですか?」
唐突に質問をしたロイスを、斑鳩が驚いたように見つめ、それから女性を魅了する端整な顔に微笑を浮かべた。
思わずロイスの胸がどきゅんと高鳴った。
「強力なキメラといえば、大猿ですかね。あれは、どこだったかなあ。仲間と一緒に強力なキメラと戦いましてね。危うく殺されるところでしたよ。あの剛腕から繰り出される爪は凄まじかった」
先ほどのホアキンの話にもあったが、キメラの脅威は想像を絶する。能力者ではない人間がいくら束になろうと、容易には倒せない。だからこそ、雲の上の存在である能力者に対する興味は尽きないのだろう。
「ご家族は?」ロイスの質問に、「妹が能力者です。ドラグーンですね」斑鳩が答えた。
「能力者の条件はよくわかりませんが、なんらかの因縁があるような気はします」
「エミタを移植しても拒絶しない人間は、全人口の約1/1000でしたか。それでもかなりの数がいるでしょうね」
ロイスが、付け焼刃の知識を疲労すると、斑鳩が壁によりかかるホアキンに顔を向けた。
「能力者同士の関係は、広いようで狭いんですよ。例えば、ホアキンさんとは何度か依頼でご一緒しました」
「ああ。そんなこともあったな。あれはなかなかに興味深い仕事だった」
しばし話し込む二人を放置して、ロイスはラランドに話しかけた。
「あなたの生い立ちは‥‥、聞きましたね。確か、エミタに興味を引かれて能力者になったんでしたか」
ラランドは眠そうに目を擦り、欠伸をした。
「そうです。能力者について、例えば覚醒ってどんな感覚なのか、とか、後はキメラについても気になっています。依頼で倒したキメラを解剖したいんですが、なかなかUPCが許可をくれなくて」
「どうなんでしょうね。猿のキメラなら猿と同じような構造なんでしょうか」
「気になりますよね。キメラはバグアの技術ですから、謎ばかりです。フォースフィールドの原理なんて、超常現象の域に突入しているんじゃないかって思います。ぜひとも解明したいです」
●夜は更けていく
「本日は、とても興味深いお話を聞くことができました。本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げるロイスの肩を、ホアキンが叩いた。
「俺たち傭兵の提供するキメラの情報が子供たちの役に立つのなら、話してみるのも面白いと思って依頼を受けただけだ。役に立ったのならば嬉しい限りだ」
ホアキンに続いて、ラランドがロイスの頭をぺんぺんと叩いた。
「頑張ってくださいね」
あなたも、とロイスが頭を叩き返したが、容易に避けられてしまった。
物静かで人当たりのよい印象の叢雲は、斑鳩と同様に物書きに興味があるらしく、意気投合して何事かを話し合っていたが、斑鳩がロイスに顔を向けて
「寓話が完成したら送ってください。それと、私が本を出すときはお願いします」
後頭部を掻きながらいうと、叢雲も物書きについて色々のことを尋ねてきた。
今度はロイスの話す番がきたようだ。再び席に着く能力者を見回し、ロイスが口笛を吹いた。
「これ、なんだか面接みたいで緊張しますね」