●リプレイ本文
強い日差しの注ぐ岩石地帯の一角に、周囲の岩に守られるようにして建つ平屋がマタンゴの営業所である。
営業所には普段は二、三人が常駐するばかりだが、三日ほど前から付近の配達を担当する配達員たちが詰めかけている。とはいえ彼らは、偵察をしたり村までの道を確保するのみで、本格的に村の捜索はしない。
それは、配達員の中には能力者が少ないために、二時遭難を起こす恐れがあるからというのが大きな理由だが、能力者でもある盛田盛夫は果敢に村に向かい、途中で幾度もキメラの迎撃に遭って挫折している。
「また駄目だった。能力者でない配達員のために重火器の強化をする必要があるな」
泥に塗れた顎鬚を拭いながら事務所に戻ってきた盛田は、待合室の長椅子に能力者がいるのを見て立ち止まった。
「さすがは新年度。あっちで作戦こっちで依頼と激しく忙しいですな」
鈴葉・シロウ(
ga4772)の叩く軽口に苦笑しながら、盛田は八人を見回した。
「ULTだな。情報不足のところをすまない」
「なにかつかめましたか」
鳴神 伊織(
ga0421)の質問に盛田は黙って首を振った。鳴神は頷いて質問を変える。
「キメラの情報は入りましたか」
「どれも野生の獣がモデルのようだ。俺が確認したのは、犬、虎、熊、狸くらいか。巨大な蜘蛛の目撃情報もある」
「村の構造については?」
サルファ(
ga9419)が尋ねると、盛田は懐に手を突っ込んで薄汚れた紙を取り出した。
盛田がいうには、今回の作戦のために作成した村の地図らしい。手書きではあるものの、民家や地形の高低までもが詳細に描かれている。さらに盛田は村までの地図もサルファに手渡した。
地図に視線を落としながら鳴神が近道について聞くと、盛田は頷いて手早く印をつけた。
「古川一樹(gz0173)の話によると、お前たちは先行班と後続班に分かれて村に向かう手筈のようだが、AUKVのバイクではこの近道は通れないから注意してくれ。生身にしても地形が複雑だから、十分に気をつけてもらいたい」
情報を得た能力者たちは、盛田を営業所に残して、ジーザリオに乗り込んだ。
「村の状況も酷いみたいだし、コトは緊急を要するよーだネ。とばすカラ、しっかりつかまっててよー!」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が運転席で叫び、ジーザリオを勢いよく発車させた。ジーザリオは営業所の周囲に屹立する岩石を器用に避けて細い道を上り、少しだけ広い道に出るとさらに加速していった。
八人はそれぞれが先行班と後続班とに分かれている。
先行班は鳴神、鈴葉、山崎・恵太郎(
gb1902)、姫咲 翼(
gb2014)の四人で構成されており、その誰もが移動速度に秀でている。山崎と姫咲はドラグーンであるから、AUKVをバイク形状にすれば細い道でも高速移動が可能だし、鳴神と鈴葉の二人は足が速いから、先行はお手の物だった。
余談だが鈴葉と鳴神の二人の足は尋常ではない。二人の生足の美しいのはいうを待たないが、そういう話ではなくて、一キロを一分かからずに走ってしまうから驚嘆するしかなかった。
どこかのMSの計算が間違っていなければ、二人は四分十秒で五キロを走破する。当然ながら足場は悪く、所々に岩石の頭を出していたりして計算どおりにはいかないのだが、それにしても尋常ではない速度だ。
ところで二人の時速が何キロであるかは、――計算が難しいので割愛する。
鈴葉と鳴神とは、そろそろ村に着こうかという辺りで、配達員の一人を発見した。
配達員は、鳴神の選択した近道の途中に倒れていた。命からがら逃げてきて、森に迷い込んだものらしい。救助に来たマタンゴの配達員たちが発見できないのも無理のない場所だった。
命に別状のないことを確認した鳴神は、鈴葉とともに走り続けながら、無線機で後続班に連絡を入れた。
武器であるフリルパラソルを開いたまま高速で走っていたミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が連絡を受けて、隣を走るラウルに伝えた。
この時点で、すでに後続班も車を乗り捨てている。盛田に聞いた細い道の左右の崖になっている場所以降は、車で通るのは不可能ではないが起伏の激しい道が続くため、
「むう。この辺が限界、カナ。走った方が早そう」
と運転席で判断したラウルの判断に同意して、それぞれが車を降りたのだった。
ラウルは気息奄々の配達員に手を差し伸べた。
「もっかいいくのイヤかもだけど、一人放ってもおけないしネ。僕達がちゃんと守るから」
配達員のジョニーは「オーケーオーケー」と立ち上がり痛みに顔を顰めた。
ラウルは肩を貸しながら歩き始めて、ふとジョニーの顔を覗き込んだ。
「配達員サン、あと何人くらいいるのカナ?」
一番に村に入った鈴葉は「たのもー」だの「ちょっと通りますよーっ」だのと叫びながら配達員の捜索に入った。
相変わらず剽軽な印象だが、ふざけているのではなく、声を出して配達員に知らせる意図があるのだ。
けれども警戒をしているのか配達員たちは姿を現さない。代わりに現れたのはキメラだった。
犬は極端に痩身なものの、それが逆に獰猛で俊敏な印象を与えるし、蜘蛛はその昔に流行した女子高生のふっかふかの靴下を思わせる足を素早く動かして気色が悪い。能力者であってもあまり出会いたくない姿形をしている。
鈴葉の臨戦態勢を取るのと、鳴神のメガホンを手に捜索しながら鈴葉と合流するのがほぼ同時だった。
「別に倒してしまっても構わんですよね」鈴葉に頷き「倒しましょう」と鳴神が銃を蜘蛛に向けた。
毛が多いから物理攻撃はそれほど効果がないと思いきや、蜘蛛は弾を撃ち込まれるたびに痙攣しつつ後退りした。ルーズソックスから噴き出す緑色の血が気色悪い。
鈴葉は自慢の足で蜘蛛と犬とに近づき、槍を高速で操った。突くのはもちろん、薙ぐ速度も相当に速い。
鈴葉は、勢いよく吐き出された蜘蛛の酸を躱して槍を回転させ、無数の眼球に槍の穂を突き刺す。鈴葉は覚醒をすると頭部がシロクマに変化するという面白い体質だが、見た目に反して戦闘能力は相当に高い。
鳴神の銃撃もあって瞬時に腹を空に向けた蜘蛛から視線を外し、鈴葉は血と脂肪とで皓々と輝く槍を犬の痩せ細った脇腹に刺し込んだ。が、犬も負けてはいない。長い舌を垂らして鋭く唸るや、鳴神に向かって跳躍した。
「これで終わりですね」
跳ねるのは確かに威圧感があるけれども、愚かな行為に相違ない。刀を腰に引きつけて構えを取った鳴神は、
「――さようなら」
『ソニックブーム』で犬の体を断ち割った。
遅れて村に入った山崎と姫咲とは、AUKVを装着して警戒と捜索とに加わった。
「ちっ。ひでえな、こいつは」
姫咲の一声は存外に大きい。鈴葉と同様に生存者に知らせるためと、キメラを引きつけるためである。
現れたのは巨大な熊であった。美しい毛並みを雄々しい筋肉が内側から押し上げ、不恰好ながらも凄まじい存在感を発揮している。しかし能力者たちは躊躇せずに熊を取り囲む。
「俺の刀でそんなに斬られてえか!」
姫咲の挑発に乗って熊は腕を振り下ろしたが、鈴葉は難なく躱して槍を突き刺した。
体勢の崩れた熊に、鳴神が『スマッシュ』と『紅蓮衝撃』とで追撃を食らわせる。
「――灼雷」鳴神の静かな声とは裏腹に、強力な斬撃が易々と熊の太い両足を切断した。
熊型のキメラは体勢を崩しながらも、眼下の姫咲を押し潰そうと体を反転させて倒れようとしたが、
「こりゃ重そうな一撃だな」
姫咲は冷静に落下速度を見定めて悠々と巨体を避けながら、蛍火を振るった。熊の手が切り離されて、谷懐の小さく切り取られた空に揺曳する妖雲に重なる。
腕を切り取られては、着地することも、下で鋭いナイフを手に待ち構えている山崎から逃れることも不可能だ。
山崎はナイフを熊の太い首に刺し込み、熊の倒れるのに任せて手を引いた。
熊の喉笛が裂けて、血飛沫が雨のように降り注いだ。
続いて到着したのは、後続班のサルファと九条・嶺(
gb4288)とである。
九条は鳴神と同様にメガホンを使って配達員を捜索し、サルファも捜索をしながら先行班に捜索範囲を確認する。事前に受け取った地図に印をつけながら捜索をすれば、同じ場所を探さずに済むから効率がよい。
それにしてもこれだけメガホンを使ったり、戦闘や捜索の物音がしても、配達員が一人も姿を見せないのはなぜだろう。――もしかするとすでに全滅しているのでは‥‥。
配達員の顔を出さない理由を承知しているのは、途中で配達員を拾ったラウルとミルファリアのみであった。
「そんな理由があったのですね。だとすれば配達員が自分たちから姿を見せることはなさそうですわ」
「どうカナ。照明弾なら出てきてくれるかも。‥‥気づいてくれるとヨイけど」
呟きながらラウルが照明銃を空に向ける。
犬、蜘蛛、熊を撃破した鳴神たちは、駆け寄ってきた配達員を囲んだ。全身が血に塗れ、性別も定かではないが、声を聞くに女性のようだ。おそらくは盛田から聞いた、ぼいんという女性配達員だろう。
「大丈夫ですか? 依頼を受けて救助に参りました」
鳴神から受け取ったミネラルウォーターで喉を潤し、ぼいんは一息ついた。
「なぜ出てこなかったんだ」尋ねる姫咲に「事情がありまして」
ぼいんの話したところによると、ここは親バグア派の組織が作った架空の村であるという。逃げ回っている間に、自然と強固な建物に辿り着いた結果、知った真相であった。
まさか無線が届いていたとは思わなかった、とぼいんは語った。であるから救助に来た能力者たちを親バグア派の組織の人間だと考えて、なかなか姿を現さなかったのだ。
サルファの放つ矢が、狭い路地の先に牙を剥き出す虎の体に吸い込まれるように飛ぶ中を、九条が細い体を捩じらせながら駆け抜ける。虎は敏捷性に優れているが、さすがに高速で飛ぶ矢をすべて叩き落すには至らない。それでも虎は九条を迎え撃つ構えを見せたけれども、鋭い爪は土塀を切り裂いたのみで九条には掠りもしなかった。
九条はスキルを発動するごとに、背中から眩い翼を生やす。ただでさえ長い金髪の艶やかなのに加え、覚醒をすると全身が淡い光に包まれるから、神秘的な上にも天女のように優雅で清廉な雰囲気を醸している。
『円閃』により九条の体は回転する。舞うように華麗な動きを彩るのは虎から飛び散る血液だ。
虎は長い腸を引きずりながらサルファに向かって突進したが、
「――きな」
いつの間に持ち替えたのだろう、虎が、血桜を構えたサルファに吸い込まれるように近づいた途端に、サルファの姿は掻き消え、虎の脇を風が通り抜けた。
『流し斬り』に『スマッシュ』を合わせた一撃は常人には視認することさえ困難だ。
「不用意に俺の間合いに入らないことだ。‥‥すでに手遅れだがな」
虎型のキメラは壁に衝突し、脳漿を撒き散らして息絶えた。
最後の生存者を発見したのは、ラウルであった。
「もう大丈夫ですわ。‥‥安心なさってください」
狸に追われて駆け寄ってくる配達員に優しく声をかけ、
「品のないキメラですわね‥‥」
ミルファリアはフリルパラソルを閉じながら呟き、滑るように前進して狸の心臓に『スマッシュ』を叩き込んだ。
傘の先は狙い通りに心臓を貫いたかに見えたが、肋骨に阻まれて息の根を止めるには至らなかった。
衝突した勢いのまま後方に倒れかけた狸を追い越し、ミルファリアは回転をして、狸の延髄にフリルパラソルを叩きつける。狸の視界は一瞬間だけ闇に覆われたが、すぐに体勢を直して、蛇のような陰険な目を炯々と光らせてミルファリアに正拳突きを放った。が、ミルファリアは踊るようにひらひらとスカートを広げながら優雅に狸の拳を躱し、再び『スマッシュ』にて掠めるように狸の顎を跳ね上げた。
「ミルちゃん、任せてっ!」と叫んだラウルの動きは、堂に入っている。
ラウルは、最初のミルファリアの突きが狸に決まる直前にサブマシンガンで弾幕を張っていたし、ミルファリアと狸とが交差した後の狸の動作に切れがなかったのは、ラウルの矢に肝臓を貫かれていたためであった。
「残念‥‥。僕のほうがエレガントでしたわね」
フリルパラソルを振るって血を落とし、軽快な音とともに傘を開いたミルファリアの動作は、誰が見てもエレガントだった。そのまま籠に入れて部屋に飾っておけば、さぞかし部屋が明るくなるだろう。
思うがままに村を蹂躙し、死体の山を築いたキメラの群れは、なんと能力者に髪の毛ほどの傷さえ負わせることもできずに壊滅した。それぞれの能力者の実力によるところが大きいのは確かだが、改めて一般人と能力者との戦闘能力の差を思い知ったぼいんは、サルファの治療を受けながら、しばし呆然としていた。
「歩けないようなら送ろうか? ただし今度はまったりとドライブになるが」
サルファに声をかけられて、ぼいんは間の抜けた顔を向けた。
「またあのでこぼこ道を走るのかよ」
姫咲の呟きに、九条が同意するように溜息を被せた。
「経済発展は交通の利便性に影響されると聞きます。田舎はそれだけ交通が不便ということですね」
「でも‥‥、車は楽ですわ‥‥」
ミルファリアの言葉に、鈴葉が白い歯を見せた。鳴神も端整な顔を崩して薄い笑みを浮かべる。
山崎も、まったくですよ、と頷きながら、配達員の手を引いて車に乗せ、一同を見回した。
「早く帰りましょうか。俺、疲れちゃいましたよ」
「では参りましょう、田舎の道を」
九条の言葉を合図に、能力者と配達員とは、緩慢な動作でジーザリオに乗り込んだ。
山崎と姫咲はドラグーンなので帰り道もバイクを運転することになる。早速バイクに乗り込んで村から出ていく二人を見送って、ラウルはふと無人の運転席に視線を止めた。
「まさかまた俺が運転じゃないだろうネ」
ラウルの声は、物音ひとつしない村に陽気に響いた。他に席が空いていないのだから仕方がない。