タイトル:発明展覧会のお知らせマスター:久米成幸

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/05 15:31

●オープニング本文


 空港の片隅に建てられた粗末なプレハブ小屋の中で、大勢の人が揉みくちゃになっていた。
 その中心で忙しなく動き回っているのは、貧相な顔のオメメ・パッチリーだ。
「それはモグラドリルといいまして、頭からすっぽりと被って使うのです。はい。ええ。前は見えなくてですね、それはまあ、改良の余地があるというこ、あ、それは触らないでって、ああっ!」
 展示されていた中古車の屋根に取りつけられたプロペラが凄まじい勢いで回転を始め、風圧で張られたポスターだの肖像画だの細かな部品だのが周囲に飛び散り、スカートの捲れた婦人が悪態をつき、鬘の飛んだ親父が怒り狂い、慌てて逃げ出した人の波がプレハブ小屋から溢れ出した。
「これは駄目だ。お手伝いを‥‥、くそっ」
 彼はULTに、今回の展覧会のための傭兵を頼んでおいたのだが、残念ながら誰も依頼を受けてくれなかった。
 仕方なく昔の同僚の伝を頼り、未来科学研究所から部下を借り受けたが、聡明な印象の部下は、パッチリーの発明品を検分し、「どういう仕組みかしら」とか「奇抜な発想だわ」と頷くばかりで、まるで役に立たなかった。

 慌てて自動車に飛び乗ってスイッチを切ると、パッチリーは散乱したポスターを掻き集めながらプレハブを出た。
「まったく、ここは子供の遊び場じゃないんだが‥‥」
 煙草に火をつけた途端に、風が煙草を吹き飛ばした。
「か、金があればもっとまともな施設を借り受けられたんだ‥‥」
 恨めしそうにKVと共に飛び立つ旅客機を見上げ、紫煙と共に口を吐き出した。
「ねーねー、おじしゃーん」
 顰めっ面で振り向くと、破顔した少女が両手を広げていた。
「あのじどうしゃすごいね。わたしのりたいの」
「お父さんかお母さんはどこかな?」
「どっかいっちゃった」
 パッチリーは煙草のパッケージを握り潰して泣いた。

●オメメ・パッチリー発明展覧会のお知らせ
・超絶美男子博士の発明品で遊んじゃおう!
・空飛ぶ車や土竜になれる発明品が盛りだくさん!
・○月○日は、○○空港脇の展覧会場で僕と握手!

●プロペラ自動車
小型の自動車。プロペラで空を飛ぶ。二メートル程度しか浮かない。

●スネークボード
寝転んで使うスケートボード。自動で百足のように蛇行しながら進む。実際のスケボーのように、重心を移動させて方向転換をする。

●モグラドリル
頭からドリルをすっぽりと被って使用する。前は見えないが、高速で地面を掘り進むことができる。

●スペシウム電子レンジ
細長い電子レンジ。肌を好みの色に焼くことができる。元の色に戻すことも可能。

●吸収水着
全身を覆う薄い生地は、水を吸収すると風船のように膨らむ。水に浮くかもしれない。

●好感剤
対象の髪の毛を混ぜて飲むと、対象が好意を抱く。効果があるのは三十分で、対象に衝撃を与えても効果が切れる。

●参加者一覧

/ 藤田あやこ(ga0204) / ドクター・ウェスト(ga0241) / 鳥飼夕貴(ga4123) / 八坂・佑弥(gb2037) / 鳳覚羅(gb3095) / マヘル・ハシバス(gb3207

●リプレイ本文

●チアガールから秘書へと華麗な転身を遂げた女性の話
 お手洗いの鏡を凝視しながら、あーでもない、こーでもない、と唸る女性の名は藤田あやこ(ga0204)という。
 教職員を思わせる眼鏡の奥から、鋭い視線で自身の顔を確認し、最後に艶のある長髪を梳いて「今日は気合を入れるわよ」と拳を握り締め、肩を怒らせてお手洗いを飛び出した。
 彼女の容姿は、通り過ぎるたびに大抵の男を振り向かせるほどに優れていたが、それにしても空港をチアリーディングの格好で闊歩するのは如何なものだろう。別の意味で注目を集めている気がしないでもない。

 オメメ・パッチリー主催の発明展覧会は、空港に隣接するプレハブで行われている。
 藤田は何度も服の乱れを直しながら、意気揚々と会場に向かった。
「きゃ〜! 美男子のパッチリ〜せんせ‥‥、ぱ、パッチリー先生ですわよね?」
 藤田の言葉に振り向いたのは、いかにも学者といった生真面目な風貌の男だった。
 顔は貧相でとても美男子には見えないが、大人の魅力が感じられるような気がしないでもないような気がするでもなくまたしないでもないそれはもう見事に平凡な顔立ちの男だった。
 が、婚期を気にする藤田にとっては、いかにも独身の風体のパッチリーは格好の獲物である。
「パンフレットには美男子って書いてあったはずだけれど、ま、いいですわ、十分合格ラインですわ」
 ぶつぶつと独り言ち、怪訝そうな顔で立ち竦むパッチリーの手を握った藤田は、
「本日は、私がパッチリー先生の秘書を務めさせて頂きますわ」
 そのまま引き寄せて腕にしがみつき、引きずるようにパッチリーと会場内に入った。
「えっと、君はお客さ」
「ねえ、先生、ご存知? 集客の秘訣は、女性の興味を引くことですって。理由は、家族や恋人同伴で訪れる確率が高いからだそうなの〜。あのパンフレットには先生のご尊顔がありませんでしたわ。もったいない〜」
 パッチリーは、機関銃を彷彿とさせる見知らぬ女性の早口を驚いたように聞きながら、助けを求めるように周囲を見回した。藤田の研ぎ澄まされた女の勘が、パッチリーと藤田を見つめる白衣の女性の存在を知らせる。
「あら。これはなんですの?」
 藤田が機敏な動作で人ごみに紛れ込み、さも興味のありそうな様子で展示されている水着を指差した。
「う、うむ。これは“吸収”水着といって」
「まあ。“吸湿”水着ですって? 着てみたいわ。ね、先生。しばらくお待ちになって」
 パッチリーの返事を待たずに吸収水着を手に取った藤田は、ウインクをして控え室に消えた。
 パッチリーは、きょろきょろと周囲を見回し、いそいそとその場から離れた。

●ご利用方法を守って正しくお使いください
「先ほどの女性は?」
 パッチリーに声をかけてきたのは、元同僚の部下を務めている研究員の女性だ。
「うん。なんだか知らないけれど、私の秘書を務めてくれるといわれてね」
 照れたように後頭部を掻くパッチリーにふうんと呟き、部下が顔を近づけた。
「あのお客さんには注意が必要ですよ。かなり知識が豊富のようです」
 パッチリーが部下の視線を追って、スーツに白衣姿の白髪の男、ドクター・ウェスト(ga0241)を見つめた。
「まったく、どこぞの猫型ロボットの取り出す道具じゃあるまいに。そもそも『スペシウム』って、火星まで採りにいったのかね〜?」
 ドクター・ウェストが、スペシウム電子レンジを調べながら吐き捨てているところに、発明展覧会の場にそぐわぬスクール水着姿の藤田が登場した。
「はーい、皆さん注目〜。特にそこの奥様、この水着をご覧ください」
 藤田は夫人に笑いかけながら電子レンジの上に立ち、
「皮下脂肪が気になる方には、この吸湿水着がお勧めです。着るとほらこの通り〜」
 空中で回転しながら床に着地し、電子レンジの蓋を開けて中に入った。
「パッチリー痩せますよ〜。スイッチオン!」
「うわっ。危ないよ」
 慌てて飛び出したパッチリーに満面の笑みを送り、藤田が親指を立てた途端に、電子レンジの筐体が湯気を吐き出しながら大きく左右に揺れ、爆音が会場内に轟いた。
「酷い音だね〜」
 肩を竦めるドクター・ウェストをよそに、藤田は電子レンジ内で死にかけていた。
 というのも、彼女は吸収水着を吸湿水着だと勘違いしており、掻いた汗を水着に吸い取らせて痩せようと思ったわけだが、藤田の意図とは裏腹に水着は膨れるばかりだった。
 吸収水着は、裏地の水分は吸い取らない。そのため、痩せる効果はないのだ。

 関取を思わせる姿で転がり出た藤田は、小麦色に焼けた頬を膨らませ、顔の横で指を二本立てながら、「ふおっふおっふおっ‥‥」と奇妙な笑い声を上げた。
「あー! 悪の権化、ブライトン星人だー!」
 人の輪から飛び出して叫ぶ子供に、藤田が巨体を波打たせながら襲いかかる。
 が、パッチリーが強引にドクター・ウェストと腕を組み、
「スチムソーンっ、ブレスト光線んんん!」
 と叫ぶと、ブライトン星人は派手に吹っ飛んで、周囲の人が歓声と共に拍手を送った。
「ふ、ふん。膨張を抑制できるなら、自信のない女性には好評かもしれないがね〜」
 照れ隠しか、唐突に水着に言及するドクター・ウェストに、藤田が噛みついた。
「まあ! ドクターの審美眼はその程度ですの?」
 パッチリーは口論を始めた二人を無視して、ブレザーにコート姿の青年に近づいた。

「ご興味がおありですか?」
「うん。これなら依頼で変装する時に役に立つかな。家に一台欲しいとこだね」
 鳳覚羅(gb3095)が顎に手を当てながら、未だに湯気を噴き出す電子レンジを見つめる。
「お目が高い。一般的な日焼け装置は発癌の危険が云々といわれていますが、このスペシウム電子レンジならその心配はありません。しかも元の色に戻せるところが画期的でして。これは――」
 なにやら複雑な話をし始めたパッチリーを、覚羅が手を振って抑えた。
「難しい話はいいよ。依頼で使えるものはないかな、と思って見学にきただけだからさ」
「そうでしたか。色々と面白そうなものがあると思うので、興味があれば遠慮なく声をかけてください」
 頷いて立ち去る覚羅を見送るパッチリーに、鳥飼夕貴(ga4123)が声をかけた。
「俺も試していいですか? 真っ黒になれるんであれば、マネキン代わりにして下さっても構わないんで」
「もちろん。では中に入って、目盛りを設定してください。あ、くれぐれも最強にはしな」
 パッチリーが話し終える前に、鳥飼が電子レンジの中に入り込む。
 再び大きな音で唸り始めた電子レンジの周囲があっという間に煙で覆われ、未だに議論を交わしていたドクター・ウェストと藤田が激しく咳き込んだ。
「‥‥なんかおかしくないか?」
 出てきた鳥飼を見て、先ほど「ブライトン星人だ」と叫んだ少年が悲鳴を上げて母親に抱きついた。
「紫色?」首を傾げる藤田に、「青紫だね〜」暢気な顔でドクター・ウェストが答える。
 これは不味い‥‥。鳥飼よりも真っ青になったパッチリーは、恐怖に震えながら鳥飼を見た。
 が、当の本人は見る者を魅了する美しい笑顔を浮かべ、
「あはは。元に戻せるのであれば、気にしなくていいですよ。目立つのは好きですし」
 気軽な口調でパッチリーに伝え、
「お前、ゾディアックの紫色座だなっ。お、俺がやっつけてやる!」
 泣き顔で構えを取る少年と戯れ始めた。
 パッチリーは、部下やドクター・ウェスト、藤田と一緒になってスペシウム電子レンジの修理に取りかかった。
「頭の上の蝿も追えないのか〜」
 ドクター・ウェストの言葉は、この際聞こえなかったことにしよう、と、パッチリーは心に決めた。

●秘書の悲劇
 無事にスペシウム電子レンジの修理を終えたパッチリーは、一人で会場を歩き始めた。
 先ほどから、発明品の不具合が妙に気にかかる。奇抜な着想が取り柄のパッチリーではあるが、それが仇になって確実性に欠けているのかもしれない。どれも画期的な発明であるという自負はあるものの、製品化をするには諸々の問題点が多すぎて、どうにも一筋縄ではいかないような気がしている。
 自然と頭に浮かぶドクター・ウェストの姿を見つけ、パッチリーは小さく悲鳴を上げた。
「ん〜。実際、寝転んでいる姿勢での重心移動は非常に難しいんだよ〜。そこらへんはどうなっているのかね〜」
 また何事か述べている。しかもそれが正しいというのがまたパッチリーの不安を煽る。
 物陰に隠れてドクター・ウェストを盗み見るパッチリーの視野に、なぜかブルマを穿いた藤田が入った。
「おや。少し痩せたんじゃないか?」
 開口一番皮肉を洩らすドクター・ウェストに、藤田が葡萄を投げつけた。
「うわっ。なにをするんだ〜」
「あら。ごめんあそばせ」
 これぞまさに故意犯! よく確信犯と誤用されるのだ! 恐ろしい! などと考えながら白衣の染みを確認するドクター・ウェストを放置し、藤田はスネークボードに寝転んでスイッチを押した。
 今度は藤田が悲鳴を上げる番のようだ。
 確かにパンフレットの通りに、スネークボードは百足を思わせる奇妙な動きでくねくねと進み始めたが、その扱いたるや、荒馬を遥かに凌駕する難しさだ。
 どうやら地面の衝撃を直に受けているようで、藤田はボードの上で締まった腹を跳ねさせている。
 さらに車輪にも問題がある様子だ。おそらくアスファルト等の硬い地面では試用したことがないのだろう。
 車輪が耳障りな音を立てながら蛇行し、床に轍を描きながら壁を突き破って外に飛び出した。
「重心移動どころの話ではなかったようだね〜」
 よくもまあ、こんな調子で展覧会を開けたものだと呆れるドクター・ウェストに構っている暇はなかった。
 パッチリーは、狂ったように笑い転げる子供を跨ぎ、壁に開いた穴から外に飛び出した。

●まともな発明品は果たして存在するや否や
 今までに登場した数々の発明品の中には、どうにか機能したものはあるけれど、不具合ばかりが散見される。
「機械工学に、先ほどのスネークボードはロボット工学。水着の材料工学に、日焼け装置は‥‥、電磁気ですよね。一体専門は‥‥?」
 マヘル・ハシバス(gb3207)が頭を悩ませるように、手当たり次第に分野を超えて発明を行っていれば、まともな品ができあがる道理はない。さらにこの好感剤に至っては、
「‥‥惚れ薬? これは薬学などではなく、魔法の領域では‥‥」
 どうにも疑問符ばかりが頭に浮かぶマヘルではあるが、技術屋にとって、こういった展覧会に参加することは有意義と考えている。改良方法や改善点を考えれば、学習にも役立つに相違ない。
「これはなんの洗脳薬だ〜!? 対象物のDNAから好む誘引香、いわゆるフェロモンを放つようになるのかね〜」
 マヘルが、ドクター・ウェストを一目見て、好感剤に視線を戻す。
 確かに、好感剤の原理はわからない。スペシウム電子レンジは、紫外線か、それに酷似したものを放射して肌を焼くのだろうし(サングラスがなくても目を焼かれる心配のない理由は不明だが)、スネークボードは前後に伸縮性のある発条かなにかを内蔵しているのだろうが‥‥。
「情報を引き出すときに使えそうだけど、相手の髪をどうやって手に入れるのかな」
 マヘルの隣では、覚羅が独り言ちている。
 好感剤は人目を引くのだろう。能力者三人の他にも、一般人が輪を作って色々のことを話している。
 そこへ、藤田に平謝りをするパッチリーが顔を出し、覚羅に
「髪を手に入れるのは簡単ですよ」
 と自分の髪を抜いて瓶に入れた。
 そりゃあ自分の髪なら簡単だろうと突っ込む覚羅を横目に、藤田が目を光らせて瓶に手を伸ばしたが、音を立ててパッチリーの髪が溶け出す様子を見ようと顔を突き出したマヘルに衝突し、瓶は弧を描きながら宙に舞った。
「あーっ!」
 大きな声を上げた藤田は、好感剤で顔を濡らしたマヘルとパッチリーを見比べ、しばらく様子を窺った。
 が、パッチリーは取り出したハンカチでマヘルの顔を拭うのみで、これといった変化は見られない。
「なんだ、欠陥品か」
 瓶を放り投げて立ち去る覚羅に、ドクター・ウェストが続く。
 けれどもパッチリーはふいにマヘルを見て顔を赤らめ、もじもじと体を揺す振り始めた。
「あの、カフェでお茶でもいかがぶふはあっ」

●カフェにて
 カフェは小さなプレハブの中にあるのだから、やはり規模のこぢんまりとした佇まいではあるけれど、空港にある飲食店から取り寄せた食事を摂れるというので、なかなかに盛況していた。
 適当に設えられた長いカウンター席でコーヒーを飲む覚羅は、このような胡散臭い展覧会によくもまあこれだけの人が集まるものだと、なかば呆れながら嘆息した。
 スペシウム電子レンジは便利に思えたが、好感剤があの様子では、過度の期待はできない。
 無駄足だったかなと思いつつも、気晴らしにはなるかと考えたとき、幼い子供が徘徊しているのを見つけた。
「おいおい。子供をほったらかしにして、親はなにをしているんだ」
 人助けが仕事であるからか、覚羅は迷いもせずに立ち上がって子供に声をかける。
 覚羅の優しげな表情に心を許した少年から話を聞くに、先ほどの好感剤前の騒ぎにて親とはぐれたらしい。
 確か迷子センターなるものがあったはずだ。覚羅は少年の手を引き、迷子センターに向かった。

 薄い戸を開けると、そこは柔らかいクッションだの玩具だのの散乱する小部屋になっていた。
 どうやら担当の者がいない代わりに、他の迷子もいないらしい。
 小机の上の機械で名前を放送しておき、親の迎えに来るまでしばし子供の相手をする。
 キメラやバグアの影響か、子供たちの間では今、「それいけスチムソンマン」が流行っているようだ。
 覚羅は侵略魔王ブライトン星人の役をして子供と戯れた。

「駄目ですよ、目を離しちゃ」
 若い母親を前に、覚羅が低い声で説法を説く。
 別に覚羅は仏教の教えを説いているのではない。説法には物事の道理をいい聞かせる意味もある。
「でも、人が多いか」
「いい訳にはなりませんよ。なんのための迷子センターなんですか」
「迷子センターの人が誰もいなくて‥‥」
 そういえば警備員だの従業員だのを一人も見ていないな、そう覚羅が首を捻っている隙に、女性は子供を抱いて走り去ってしまった。どうにもいい足りない気がしたが、悪い母親ではないようなのでよしとする。

「なぜだか後頭部が痛いのです」
 幾度も頭に手をやるパッチリーに、藤田が不自然な笑みで答える。
「後ろからドクター・ウェストが頭を小突いたのですわ」
 それはさすがにドクター・ウェストに失礼だろうと無関係の人間であれば考えるだろうが、パッチリーは、「やはり、そうだったか。あの男は私に嫉妬していたのだな」と納得してしまった。
「我輩がどうしたって〜?」
 この地獄耳が‥‥!
 とはいえない距離に座っていたドクター・ウェストから逃げるように、二人は足早にカフェに入った。

●意気投合
「ん。あなたは先ほどの」
 パッチリーが、入り口付近に腰を下ろしていたマヘルに気づき、僅かに頬を染めた。
「主催者のパッチリーさんですよね。初めまして。技術屋のマヘル・ハシバスです」
 コーヒーを手に戻ってきた藤田と共に、三人が同じテーブルに移動する。
「ほう。あなたもですか。もしかして、産業スパイかなにかかな」
 パッチリーのつまらない冗談に苦笑を返し、
「そんなところです。技術屋にとって、他人の発明品を見るのは大切ですから」
「それは重畳。で、どうです。同業者の目には、私の発明品がどのように映りますか」
 藤田が「重畳」の意味を思い浮かべ、薬の効果が‥‥、と心配そうな素振りを見せたが、二人は気づかない。
「先ほど吸収水着を拝見致しました。あれが水に浮くのであれば、救命胴衣として活用できますね」
「しかし問題は、膨張を制御できないため、膨れた水着で窒息するかもしれないことでしょうか」
「ん‥‥。わかっていながら、なぜ改良をしないのです?」
 パッチリーは急に鼻の頭が痒くなったようで、
「ところでお次はなにをご覧になられる予定ですか?」
 鼻を掻きながら話を変えた。
「パンフレットを見た限りでは、プロペラ自動車が一番気になっているのです。プロペラは天井にひとつでしょう? 一体どのようにしてトルクを打ち消しているのか。浮いた瞬間に車が大回転するような気がします」
「確かにヘリコプターの機体が回転しない理由は‥‥、ニュートン力学が‥‥、ジャイロスコープ‥‥、回転軸に対し‥‥、運動量の‥‥、そこはかとない‥‥、愛慕と恋慕が‥‥、初めて‥‥、これは‥‥、運命‥‥」
 生真面目な顔でマヘルに手を伸ばしたパッチリーは、ふいに藤田の昼寝をしている草食動物を見た肉食動物のような獰猛な視線を受けて手を引っ込め、狼狽しながら立ち上がった。
「実際に見たほうが早いでしょう」
 怪訝そうなマヘルの背中を藤田が押し、三人はプロペラ自動車の展示されている屋外に出た。

 プロペラ自動車は、旧世代の車両の天井にプロペラのついた巨大なだけの玩具にしか見えなかった。
 存外に好意的なマヘルでも、思わず不信感の募る見てくれ(外観)だ。
「えっと、この車って、前に進めます?」
「もちろん。でなければ、自動車の形をしている意味がありませんからね。どうぞ試乗してみてください」
 毛虫が蛙に求婚している場面に出くわしたような表情のまま、マヘルが車に乗り込む。
 五分ほどパッチリーの説明を受けた後に、マヘルは意を決してエンジンをかけた。
 その爆音たるや、航空爆撃機が髪の毛に触れるほどの高度で飛び去っていく光景を思い浮かべるほどに大きく、思わずパッチリー以外の客が地面に伏せたほどであった。
 けれども、マヘルが真剣な表情でなにやら操作をすると、車は黒煙を吐きながらゆっくりと進みだし、やがてプロペラの作る揚力によってゆっくりと舞い上がった。
 身長180センチのパッチリーが手を伸ばすと車輪に触れられる程度の高度ではあるが、マヘルはある種の感動を覚えていた。パッチリーが頬を綻ばせる。
 このプロペラ自動車は、パッチリーがこの道に進む切欠になった発明品だった。
 幼少のころに漫画やアニメで見た、空飛ぶ車。
 パッチリーが手当たり次第に発明をしていた背景には、このプロペラ自動車の製作費用を稼ぐために、仕事を選り好みしなかったという理由があるのかもしれない。
 子供の夢が結晶になったプロペラ自動車には、あのドクター・ウェストの心さえも動かすなにかがあった。

「出力が足りないのは仕方あるまい。こいつの評価すべき点は、重量あるものを安定して空中輸送できることだ。KVに転用すれば、基地配備用の変型がオミットされたKVの短距離飛行用の装備として開発できるかもしれないね〜」
 ‥‥心は動いていないようだが、ともかくそれなりの評価はもらえたようだ。
「ふむ。こいつのテールローターは? ほう。ギア比かノーターで車体の回転を止めているのかね〜?」
 地上に戻った車を分析するドクター・ウェストの横に藤田が移動して、車を客に売り込み始めた。
「海釣りの季節、こちらのプロペラ自動車は如何ですか? アウトドアが変わりますよ」
 いつの間に着替えたのやら、チアリーディング服姿で一般客にロッタドリンクを差し出している。
「へえ。面白そうだわ」
 ドリンクを無視して近づく女性客に、
「でしょう? 空も飛べますから、子供さんたちも大喜びですよ」
「でも見た目がねえ」
「女性には懸垂健康器具としてお使い頂けますわ。このようにぶらさがって」
 藤田が窓に両手をかけ、膝を曲げてぶらんぶらんと体を揺らす。
「弛んだ二の腕と背中のシェイプアップに如何です?」

「売り物じゃあないんだけどな」
 などといいつつも嬉しそうに笑うパッチリーに、マヘルが近づいた。
 二人は藤田のセールストークをBGMにしばしの雑談を交わした。
「こういうイベントは技術屋の花ですから、憧れますね」
「そうですね。ただ、私のように不良品ばかりを展示すると恥を曝すことになります」
 マヘルは小さく笑い、
「とても楽しかったですよ」
「ありがとうございます。見てのとおり、どれも途次の品ばかりで申し訳ありませんでした。今回の展覧会で身に沁みましたよ。利用者のことを考えて安全な品を作り上げるのが真の技術屋だと。よければ一度、私の研究室に遊びに来てください。なにかアドバイスを頂けると助かります」
 パッチリーから名刺を受け取り、マヘルは軽く会釈して展覧会場を後にした。
 連絡があったかどうかは、二人以外に知る由もない。

●ドクター・ウェストの悲劇
 そろそろ展覧会もお開きとあって、客が帰り支度を始める中、覚羅はモグラドリルを見てはしゃいでいた。
「こっ、これはもしや、漢の浪漫兵器!?」
 モグラドリルを嬉しそうに持ち上げ、右手に装着して天井に掲げ、そのまま前に突き出したりしている。
 マヘルを見送ったパッチリーは、未だに藤田に腕を取られながら覚羅を通り過ぎさまに、
「それは頭に装着して地面を掘り進むものでして。お試しになりますか?」
 途端に笑みを引っ込めた覚羅は、興味の失せた顔で
「なんだ、武器じゃないのか。てっきり巨大化してキメラを貫いたり、ドリルの部分が飛んだりするのだと‥‥」
「いえ、そんなことは」
 パッチリーが説明を始める前に、覚羅はドリルを元の机に戻した。
「つまんない」
 パッチリーが悲しそうな表情でモグラドリルに手を伸ばしたが、それより先にドクター・ウェストがモグラドリルをつまみ上げ、構造を理解しようと回転させたり覗き込んだりした。
「反トルク上、これでは装着者の方が回転してしまう〜。大体、この形状で穴を掘れるわけがないのだ〜」
 パッチリーが口を開く前に、藤田が二人の間に立った。
「そんなことはありませんわ。二層構造になっていれば、使用中に体が回転することは防げます」
「いや、どうだろう〜。それに、相当の騒音が出るのだから、その対策もしておかないと鼓膜が破れてしまうよ〜。そもそも、これでは、削れたとしても露出している生身の体がずたずたになってしまう〜」

「うるさいわね! 実際に乗って試してからものをいいなさい!」
 藤田に胸元を掴まれたドクター・ウェストは、驚いてモグラドリルを落とした。
 藤田はモグラドリルを拾い上げ、不満そうな表情のドクター・ウェストに被せる。
「ちょっと、藤田君。一体なにを」
 さらに藤田はドクター・ウェストを抱え上げると、パッチリーにスイッチを押すように命じた。
 色々のハプニングを引き起こした二人のどちらに加担するか迷った末に、パッチリーは、勢いよくモグラドリルのスイッチを入れた。
 巨大な作動音が鳴り響き、藤田が思わずドクター・ウェストを取り落とす。
「あわわわわ〜。誰か止めてくれ〜」
 懸命にモグラドリルを外そうともがくドクター・ウェストが徐々に床に沈んでいく。
 奇妙な物体を被り、逆立ちのような体勢で回転するドクター・ウェストを見て、一般客が歩を止めた。
 けれども、モグラドリルは耳障りな音を立てるばかりで、それ以上は一向に掘り進む様子がない。
 ドクター・ウェストは俄かに覚醒してモグラドリルから脱出すると、
「ほら、我輩のいったとおりじゃないか〜」
 藤田は耳朶をマッサージするドクター・ウェストと、床を転がるモグラドリルを見比べ、
「ふーんだ! パッチリー先生の方がカッコいいもん。ねー、先生」
 パッチリーは恥ずかしいやら照れるやらで、どのような対応を取ればよいかわからず、曖昧な笑みを浮かべた。

●そういえば発明品が目的ではない人がいましたね
 よくよく考えれば、ドリル自体はただ回転するだけの代物だ。
 例えば、木材に穴を開けるための電動ドリルを使う場合、スイッチを入れて放置しておいても穴は開かない。回転している先端を木材に押しつける力が必要だ。
「体を曲げて頭を壁につける要領で使えば穴を開けることは可能でしょうが、頭につける必要はありませんよね」
 冷淡な口調で述べる部下に、パッチリーは
「そりゃあそうだ」
 奇抜な発想ばかりに拘った結果、バッチリーは、扱い辛いものばかりを発明してしまっていた。
「まあ、改善は可能でしょう。どれも面白いものですし。それでは私は帰ります」
 白衣を翻して立ち去る部下の姿を呆けたように見つめ、パッチリーはふいに顔を横に向けた。
「色々な問題はありましたけど、無事に終わりましたね」
「お上品な言葉遣いは止めたのかい?」
 差し出されたコーヒーを啜り、パッチリーが笑った。
 藤田も笑って、
「元気を出しましょう。展覧会は無事に‥‥」
 モグラドリルやスネークボードで削れた床、未だに煙を噴き出すスペシウム電子レンジ、脱ぎ捨てられた吸収水着、綺麗に空になった好感剤の瓶を順番に見、
「無事でもないですが、大好評で終わりましたし」
「そうだね。ところで藤田さん。私は今、猛烈に感動しているのです」
「え?」憂いを含む藤田の端整な顔に、パッチリーが手を伸ばした。「これほどに美しい女性がいたとは」
 パッチリーの手をそっと自分の手のひらで包み、藤田が小さく笑う。
「今頃気づいたんですか?」
「私は馬鹿だった。あのドクター・ウェストとやらの真っ当な評価に弄ばれ、迷子の子供に気を取られ、マヘルという美しくも志を同じくする女性に惹かれたが、私は間違っていた。やはぶぼはっ」

 顔に似合わぬ臭い台詞を恥ずかしげもなく吐いていたパッチリーの脇腹に、見覚えのある少年の足がめり込んだ。
 腹を押さえて膝をつくパッチリーを見下ろした少年は、「ゾディアック親父座め! 覚悟しろ!」と叫びながら四つん這いで荒い息を吐くパッチリーに蹴りを飛ばす。
 ドラマの余韻に浸っていた藤田は、背後から聞こえる忍び笑いの主に視線を合わせ、目を見開いた。
「とととっ、鳥飼さん?」
 はっはっは、と豪快に笑いながら近づいた鳥飼は、眉間に皺を寄せる藤田の肩を叩き、
「お邪魔だったかな」
「邪魔も邪魔ですよ。せっかくいいところだったのに。わざわざこうかんざ」
 展覧会場が、一瞬だけ静寂に包まれた。
「好感剤。好感剤ね。そうか、そうだったのか」
 腹を押さえたまま立ち上がったパッチリーは、藤田の持つカップを見て、何度も頷いた。
「あ、先生。お怪我はありませんか?」
 科を作って駆け寄る藤田の背後から
「ごめんね。君が好感剤を入れるところを見ちゃってね。使う相手はわかったから、ブレストマンを呼んだんだ」
「正義の味方、ブレストマン!」
 格好よくポーズを決める少年に、思わず藤田が噴き出した。
 パッチリーも笑ったところで、スピーカーからBGMが鳴り、鳥飼が顔を上げた。
「では俺は帰ります。なかなかに面白かったですよ。青色にもなりましたし」
「はい。私も後片づけは翌日に回して、今日は帰ることにします」
 少年が母親に呼ばれて駆けていくのを見ながら、パッチリーがぽんぽんと手を叩いた。
「え、あの‥‥」
「いやあ、あの電子レンジはいいですね。完成したら、ぜひ連絡をください」
「もちろんですよ。大々的に売り出す前に、まずは鳥飼さんにご連絡を差し上げます」
 鳥飼は名刺を受け取り、手を振って会場を後にした。
「え? え?」
「それじゃあ、一日秘書お疲れ様でした」
 歩き始めたパッチリーを追うでもなく立ち尽くしていた藤田は、会場の扉が閉まる音を聞いた途端に、
「私はなんのためにここに来たのよー!」
 手にしていた衣装の入ったバッグを放り投げ、床に崩れ落ちた。

 バッグに名刺の入っていることに彼女が気づくのは、いつのことか‥‥。
 ともかく発明展覧会は、一人の怪我人も出ず、無事に終了したのだった。