●リプレイ本文
●だめ親父
集まった八人が手渡された釣具を手に、各々配置につく。と言っても、あまり真剣な風ではない。中には釣るぞー! と息巻いている者もいるが、空気はやや弛緩している。
ハンクは自前のキャンピングチェアに腰掛け、同じく自前のテーブルに足を投げ出して、真っ昼間っからビールを呷っていた。ハンクはなにやら不可思議な行動に出たドクター・ウェスト(
ga0241)の様子を眺めている。ウェストは釣具のあちこちをいじりまくるが、一向に釣りを開始するそぶりを見せない。視線に気付いたのか、ウェストはけひゃひゃと笑いながら近付いてきた。
「どうした」
「あそこにフォークリフトがあるのが見えるかね」
指さした先に、確かにフォークリフトがある。
「アレを使ってしまってもいいかね」
「あまり派手にはやるなよ」
「了解了解。しかし良いご身分だね君」
じろり、と見開いた目がハンクを捉える。
「依頼主の特権だな。何をするかは知らんが、頑張ってくれよ」
けひゃひゃと、ウェストは去っていく。変なヤツだと呟いて、ビールを呷る。なんとなしに向けた視線の先には桟橋‥‥アネットが居た。物憂げな表情で、釣り糸を垂れる姿が心底笑える。そこに、水枷 冬花(
gb2360)が近付いていく。聞き覚えのある名だった。
「‥‥ああ、あのときの」
彼女も釣る気はほとんど無いらしい。一応肩に釣り竿を掛けてはいるが、やる気が伝わってこないのでなんとなくわかる。ハンクとしては仕事をしてもらえれば問題ない。しかし、なんで参加したのだろう。まさかアネットを気にして、というわけでもなかろうが‥‥。
どれどれと聞き耳を立てる。
「こんにちは、アネット。私の事は覚えてる?」
アネットはゆっくり振り返って冬花を捉えた。
「もちろん。あのときは助かったわ。冬花、よね」
微笑み合う二人。
「おいおい‥‥」
微笑みあうのは良いが竿をよく見ろ。しなってる。盛大に。
「これ来てるんじゃない?」
冬花が気付く。
釣りの仕方はレクチャーしてある。翡焔・東雲(
gb2615)や、ロジャー・藤原(
ga8212)の手助けもあって、比較的まともに伝えることができた。
その通りにやれば、さほど難しいことでもないのだが。
「あ」
アネットと冬花が同時に声を発する。どうやら逃げられたらしい。
「先が思いやられるね」
ビールを呷って、呟いた。
●雨衣、ロジャー
防波堤では、ロジャー・藤原と雨衣・エダムザ・池丸(
gb2095)の二名が、命綱を腰に巻き、それなりにやる気を見せていた。雨衣は釣りの経験が一切無いらしく、AU−KVを装着し、ロジャーの指導を受けつつ、おっかなびっくり糸を垂らしている。
「き、きま、した」
雨衣の竿が大きくしなる。グッと竿をしゃくり上げ、針を深く突き刺す。
「お、頑張れ」
キメラの力は確かに強く、一般人ではおよそ釣り上げられない。しかし能力者ならば、どうにかなるレベルだ。あとは道具が保つかどうかだが、こちらの強度も並のものではない。
「重い」
右へ左へ泳ぎ回るキメラに合わせるように、しかし自由を奪うように、雨衣は意外なほど器用に竿を操った。
「釣り上げられるか? できそうになければこれで弱らせるが」
AU−KVの中で歯を食いしばっているであろう雨衣のサポートをすべく、ロジャーはスピアを構えている。
「あ、おねがい、します」
おどおどしながら返す雨衣。ロジャーは頷くと槍を肩の上で構え、じっとそのときを待つ。
懸命にリールを回し、糸をたぐり寄せる。良い調子だった。残り5m、2m、ときたところで、ロジャーが槍を投擲した。
「よし」
深々と槍に貫かれ、キメラは力を失った。すっぽ抜けるようにして、雨衣の竿が起き上がり、体長1.5mはあろうかというカジキキメラが宙を舞う。
どさ、と防波堤に落ちたキメラを、雨衣はじっと見つめて、微笑んだようだった。
「やったな!」
自分のことのように喜ぶロジャーだが、自分の竿が海中に没していることには、気付かなかった。
●東雲、冬馬
数十分後、「キメラ獲ったどー!」というロジャーの雄叫びを背に、既に熾烈な争いを始めている二名がいた。冬花達とは別の桟橋に居る、東雲と早坂冬馬(
gb2313)の二名だ。東雲は経験者らしい的確な動作できびきびと動き、冬馬は少し離れて東雲に負けじと竿に意識を集中する。両名は開始一時間で既に五本ずつ釣り上げている。恐るべきペースだ。
「後ろを失礼します」
冬馬が、ぐったりと動かなくなったキメラをハンクの元へ届けるために、東雲の背後を通る。東雲は格闘中だった。
「やりますね。経験がお有りですか」
「ああ――っとデカいぞコイツ」
派手に水しぶきをあげて、キメラが抵抗する。だがそんなものはお構いなし、とばかりに巧みに竿を操ると、着実にリールを巻いていく。
「これは少し分が悪いですか」
冬馬は苦笑して、その場を後にする。そして見た、ハンクがふんぞり返って酒を呷っているのを。
思わず冬馬はうなる。振り返り、東雲を見る。
「よっしゃ、六本目だ」
ここまでは膠着していたが、細かいところで差がつきつつある。恐らくこの先は離されていく一方だろう。
もう一度ハンクを見る。美味そうに飲んでいる。
「何事も全力で。酒を飲むのも全力で」
言い訳のように呟いてから、自分も飲んでやる、と決めた冬馬だった。
●ドッグ
女性を前にすると挙動不審になってしまうことを自覚しているドッグ・ラブラード(
gb2486)は、覚醒前にそそくさとポイントを定めると、一人釣りを始めていた。一人になれてよかったと安心しつつ、キメラ以外いなくなったという湾の状況に心を痛めたりしていた。
「せめて、我々の糧となれ」
そんな彼の釣果は現在3本。丁寧にシメ、血抜きをしてハンクの元まで運ぶ律儀さで、多少出遅れているものの、それを気にしている様子はなかった。無事にキメラを全て釣り上げ、いつか海が元通りになれば、それが一番だ。
そして何より楽しみなのは釣りのあとに控えている食事。ブリーフィングでハンクがあれだけ美味い美味いと言っていたのだから、さぞ美味いのだろう。
実際ドッグが触ったところでは、身も引き締まり、脂も適度にのっているようで実に美味そうだ。
「お、三本目か」
キメラを運んでいると、ハンクに声を掛けられる。
「ええ。なかなか難しいですね」
「だがいいペースだ。この調子なら夕飯には間に合うだろう」
そうですか、と胸を撫で下ろすドッグ。全力で掛かる釣りは体力を消耗するらしく、思いの外腹が減っていた。
●菜々美
「また逃げられた‥‥ああもう、次です!」
六道 菜々美(
gb1551)の声に、冬花とアネットが反応した。菜々美はハッとして顔を前に向けて、いそいそと餌を針にくくりつける。頬が赤い。
菜々美は今のところまだ一本も釣れていない。向こうで談笑しながらやっている冬花が一本釣っているのにどういうことなのか、と思わずにいられなかったが、力で強引に釣ろうとするからなのだろうな、と薄々気付き始めてはいた。
再び餌を付け、糸を垂らして餌を泳がせる。そうすると、すぐにアタリがきた。
「ええと、アタリがきたら思い切り竿をあわせる」
東雲に教えられた通り、ぐいと竿を立てる。感触があった。今度こそ、と意識を集中する。力任せにしないで慎重にじっくり‥‥。
死闘は十分にも及びそして――
「えい!」
釣れた。巨大なキメラが桟橋に打ち上げられ、一気に力を失う。
「やた、釣れました!」
「おめでとう」
再び叫んで、ハッとする。背後にアネットがいた。
「え、あ、ええと」
「向こうに来たら? 一緒にやったほうが張り合いもできるし」
誘われるがままに着いていく菜々美。ふと思い出したかのようにハンクのところまで走って戻り、刃物を持ち出した。
「包丁?」
冬花が疑問の声をあげる。
「はい、アネットさん、私達が‥‥その、食べる分を捌く‥‥と聞いていますけど。ソレ、で?」
指さした先にはアネット愛用のルベウス。アネットは表情を凍らせた。まさに、ピキっと。まるでその事実を忘れていた様子だった。
「あの、こ、これなら‥‥キメラでも、捌けると思います、から‥‥その、良かったら」
と、自前の包丁を差し出す。
「ありがとう」
表情には出さないが、大声で泣き叫びたいほど、アネットは感激していた。
「大事みたいね、その武器」
冬花に尋ねられて、アネットの自分語りが始まる。しばらくして、忘れかけていたけひゃひゃという笑い声が、青空に響き渡った。
●釣りマシーン
完成した釣りマシーンを前に、ウェストはご満悦だった。フォークリフトの原型を失い、なんとも形容しがたい姿になったソレは、エンジンの唸りを上げつつ、申し訳程度に突き刺さった釣り竿を確かに操作しているらしい。
「お茶はやはり紅茶だね〜」
防波堤にマシーンを固定すると、ハンクのところから持ってきた椅子に腰掛け、優雅にティータイムと洒落込むウェスト。そこにロジャーと雨衣がやってきた。
「う、わ、すごい、です」
「ああ凄いな、色々と」
雨衣は素直に驚いているようだが、ロジャーは釣りマシーンとやらの不気味な様相に引きつった表情だった。
「アタリが来てるようだが、良いのか?」
「問題なく釣れるはずだね〜」
轟音を上げて、豪快にリールを巻いては止め、竿を操る釣りマシーン。
一時間後、雨衣はウェストの隣でティーカップを傾けていた。釣りマシーンは未だに格闘を続けている。
「釣れ、ません、ね」
もわぁと口から魂を吐き出しかねないような表情で、ウェストは放心していた。
●釣果
陽が沈み、辺りは暗くなり始めていた。二本を釣ったところでやめたアネットは、菜々美から借りた包丁でキメラを捌いていた。思いの外手慣れた様子で解体していくのに、冬花と菜々美は少し驚いたようだった。
「ねぇ‥‥魚を捌くコツとか教えてもらえたら嬉しいんだけど‥‥」
「あ‥‥私も少し‥‥興味あります」
「コツ? そうね、綺麗に解体することをイメージする、というだけかな。技術的なことはともかく、そう習ったから」
さっぱり参考にならない。
「終了」
ソナーによる調査は終えたハンクが拡声器に向かって叫ぶ。
防波堤の脇に用意された、特設ディナー会場に全員が集まった。
「釣果発表だ。水枷、アネット、二本。六道、ドクター・ウェスト、三本。藤原、池丸、五本。ラブラード、早坂、七本。翡焔、九本。翡焔がトップだ。よくやってくれた」
東雲が小さくガッツポーズをする。
「後半は個体数が減って、全体的にペースが落ちたようだが、十分だ。あと一時間早ければ完璧なディナータイムだったな。一本目は既に調理を終えてある、存分に腹を満たしてくれ」
ハンクの合図で運ばれてきたのは、炙りにステーキに串にムニエルにその他諸々、キメラの全身を使ったものだった。
「す‥‥すごい量‥‥です」
菜々美が唖然とする。
「ワインに日本酒にそのほかにもお酒、色々と持参しましたので皆さんもどうぞ」
「私も色々と持ってきましたよ!」
冬馬とドッグが、それぞれ持参した飲み物をテーブルに並べていく。ハンクも持ち込んだドリンク類を広げると、テーブルの上は凄い有様だった。
「バイキングスタイル、あ」
雨衣がロジャーを見る。
「いやいや、関係ないぞ俺は」
「腹減った!」
と、東雲が皿を手に飛びつくと、少し遅れたディナーが始まった。
●男だらけ
「驚きましたね、これは美味しい」
少し離れたところで酒を呷っていたハンクに、冬馬が声を掛けた。
「白々しい、釣ってる最中一人で焼いて食ってたろ」
「おっと見られていましたか。ささ、一杯どうぞ」
と、日本酒を勧める冬馬。
「すまんな。と、サケか。LHで覚えた味だ。なあ、あんたもどうだ?」
「ラブラードさん、どうぞどうぞこちらへ」
女性陣を避けるようにして立ち食いしているドッグに声を掛ける。
「あ、ええ。助かります。いや、本当に美味しいですね」
ドッグはムニエルを堪能してご満悦だった。
「だろう。だというのにヤツは食う気など更々無いらしい」
と、一人食事もせずキメラを調べ倒しているウェストを見ながら言う。気付いたウェストは嘲笑した。
「ただでさえ細胞が変異した体だというのに、さらにバグアの作った細胞の摂取など我が輩には出来ないね〜」
「美味いものは仕方がない!」
フラッと現れたロジャーがステーキ頬張りながら同調する。
「むしろウェストの考え方が至極真っ当な気もするが。美味いからな」
ハンクがにやにやしながら言う。
「そう言えば、以前は傭兵をやっていたとか。何故やめたんです?」
心臓の塩焼きを美味そうに食っていた冬馬が尋ねる。
「‥‥依頼でミスって小隊が壊滅したのが切っ掛けだな。おかげでこの目だ」
ハンクは眼帯を外した。左目の瞼を上下で縫合してあった。左目からこめかみにかけて走る大きな傷が、かつてその瞼を吹き飛ばされたときのものだと、能力者達は一目で理解した。
「片目で傭兵してるヤツはいくらでもいるが、俺には恐ろしくてできんよ」
説教でもさせるつもりか、と酒を呷ったハンクは、その後飲めないドッグと苦手なロジャーにしこたま酒を飲ませて潰し、冬馬とウェストにひたすら絡んだという。
●女だらけ
「うまー!」
東雲はアルコールも手伝ってかテンション最高潮だ。その隣では、雨衣が疲れ切ってすやすやと寝息を立てていた。東雲がその頬をたまにつつく。
「美味しい‥‥です、でも本当に平気なんでしょうか」
菜々美が不安げに言うと、冬花が静かに微笑んだ。
「ダメならそれまでよ」
ひきっと硬直した菜々美を見て、皆が笑う。
「ネルソン大尉、だっけ? アネットは彼とはどういう関係なんだ。下世話な意味じゃなくて」
「先輩‥‥かな」
東雲の質問に答えつつ、グラスを傾けるアネット。
「能力者ですよね‥‥強いんでしょうか」
菜々美が尋ねる。
「どうなのかな。私が理解できるようになったときには小隊、解散していたし。今はぐーたら親父だし」
ああ、と一同は昼からぐでーっと酒を飲んでいた姿を思い出す。正直イラっときた。
「そういえば冬花、彼氏がいるって聞いたんだけど‥‥どんな人?」
「彼氏‥‥」
菜々美が反応する。
「聞いた? ‥‥だ、誰から?」
「ハンク」
冬花は目を白黒させ、東雲は愉快そうに笑った。
「‥‥消す必要がありそう」
「個人情報は駄々漏れか」
「わ、私も‥‥何か知られて‥‥いるんでしょうか」
アネットが意地悪く笑う。
「全て」
怯えた菜々美にすがりつかれて、雨衣が目を覚ます。
「ん‥‥どう、しました?」
「お、起きたな。そら飲もう!」
「そう、ね。それが良いわね」
「‥‥?」
うまい料理とうまい飲み物。
宴会はそれなりの盛り上がりを見せ、潰された二名を除けば、戦士達のつかの間の休息となったとか。
了