●リプレイ本文
●高速艇
八人は機内で現場の航空写真と地図を穴が開くほどに見つめ、その詳細を記憶した。特に、小さな路地などの、キメラの裏をかくのに必要な経路を重点的に頭に叩き込んだ。
「戦況は変わらん。相変わらず食い止めているが、それ以上でも以下でもない。だがあのクソったれのワーグマンは優秀だ。諸君の要望には可能な手段で必ず応えるだろう」
機内で状況説明を行っていたハンク・ネルソン大尉が無表情に言い放つ。やがて、高速艇はその高度を下げていった。
「到着だ。幸運を祈る」
ハッチが解放される。
●現着
八人は檻から西に五十メートルほどのところに降りると、すぐさま物陰に身を隠した。
『ワーグマン大尉だ。早速だが仕事に就いてもらう』
八人の無線機が、ワーグマンの通信を拾う。風間 静磨(
gb0740)のものはハンクから借りた、溶けたり削れたりしている使い古した代物だったが、正常に機能するようだ。
「ここからではキメラの姿が見えないが、現状はどうなっている?」
ヴィンセント・ライザス(
gb2625)が周囲を窺いながら言う。
『十字路から南に四十メートルの位置で停止している』
「動きを止めているなら好都合ですね」
「今のうちに、配置につこう」
榊 刑部(
ga7524)に頷いた井筒 珠美(
ga0090)が提案する。
八人は覚醒すると、それぞれ決められていた通りに移動を始めた。
『忌々しいハンクから聞いているだろうが、ヤツの尻尾はまるで槍だ。長さは目測で十メートル。気をつけろ』
ファファル(
ga0729)は近場のビル内に入り込むと、一気に階段を駆け上がり、扉をぶち抜いて屋上へ上がり、キメラの近くまで移動する。
キメラを見下ろしたファファルは、とりあえず紫煙を吐き出した。
『機内でちらっと聞いたんだが、あんた方の分類でいうと、MBT、とか言うんだったか?』
寿 源次(
ga3427)が苦笑いしながら言う。大尉はため息を吐き『その通りだ』と返す。
「‥‥成る程‥‥確かにMBTらしいな」
ファファルは煙草をもみ消すと、スナイパーライフルを構えた。黒く輝く甲殻は到底刃が通るように思えず、鋏はアスファルトをバターのように削るだろう。そして何よりも、太く長く異様な威圧感を持つ尻尾は、人に恐怖以外の何物も与えないように思えた。
「まあいい‥‥仕事をやるだけだ」
●攻撃開始
他の七人は、地上で展開していた。源次が練成弱体を掛けるのが、行動開始の合図となる。各員は物陰に潜みながら、それぞれの反応で、キメラを見つめていた。
「大きいサソリですね‥‥」
「よくこんなデカブツ止められてたな‥‥」
リリィ・スノー(
gb2996) と五條 朱鳥(
gb2964)が呆然とその巨体を見上げる。
「刃に返しが付いているぞあの尻尾」
「悪趣味ィ」
珠美と静磨があきれたように言う。
「毒を打ち込む用途ではなく、ひたすら貫くための代物か」
ヴィンセントが冷たく笑った。それに、刑部が頷く。
「薙ぎ払いなら堪えられるかもしれませんが、貫かれたとなると‥‥」
ぞっとしない話だ。直径にして五十センチの尾で貫かれれば、ひとたまりもない。
「気をつけよう。準備はいいか」
源次が飛び出す態勢を取る。皆が頷くと、道路に飛び出し、キメラに練成弱体を掛けた。突然の乱入者に気付いたキメラが、尾を揺らしながら源次目掛けて歩き出す。その顔面に、ファファルの撃った銃弾が叩き込まれる。キメラにとっては生まれて初めてのダメージだった。痛みにすくみ、動きを止めたキメラ目掛けて、十字砲火が浴びせかけられる。
「いけそうだ、が」
鋭覚狙撃によって、珠美はキメラの関節部に弾丸を集中させていた。効果はある。しかし、甲殻に当たった弾丸は、威力を殺されていた。
「足狙った弾も弾きやがる!」
朱鳥が忌々しげに吐き捨てた。
十字路方向の道路から射撃しているのは、珠美、朱鳥、リリィと、練成強化に力を注ぐ源次。
路地からの射撃はヴィンセントと静磨。すぐ隣のビル上からファファル。ヴィンセントの背後では、刑部が斬り掛かるタイミングを計っていた。
「流石に固いな‥‥でも‥‥ッ!」
貫通弾を装填し、フォルトゥナとS−01の二段構えで射撃する静磨。効果は薄いが、着実に傷を負わせていく。
身を守るように硬直していたキメラがゆっくりと動き始め、尻尾が大きく振り上げられる。狙いはヴィンセント達。
「退がろう」
ヴィンセントはいち早く察すると、刑部、静磨を連れて奥に引っ込む。次の瞬間、ヴィンセントと入れ違うように、キメラの槍がアスファルトに大穴を開けていた。
「これは、痛いかも」
静磨が背後を振り返って苦笑いする。キメラは苛立つように尻尾を振り回し、ビルに叩き付けた。鉄筋ごと柱を砕いた威力を目の当たりにすると、さすがに肝が冷える。
「尻尾の素早さが尋常じゃない」
刑部が無線機に向かって言う。
『見ていまし‥‥きます』
リリィが言う。キメラはリリィ達四人に標的を変えたらしい。ヴィンセント達は次のポイントまで、路地を全速力で駆けていた。
別のポイントから三人が現れたとき、通りに展開していたチームは大きく後退していた。キメラは珠美達を追いかけるのに必死で、こちらには気付いていない。
「榊です。いきます」
刑部が無線機に向かって言い、外の射撃が止まったのを確認すると、路地から飛び出した。すかさず源次の練成強化が、得物の攻撃力を上げる。
キメラまでは十メートルと無い。刑部は一瞬でキメラに肉薄した。豪破斬撃を発動し尻尾に斬り付けようとするが、
「後ろに飛べ」
というファファルの声により、すぐさま飛び退く。尻尾は刑部を掠め、落雷のような速度でアスファルトに穴を開けた。
「ここだ」
あわやという状況だが、刑部は古武術特有の足運びによって体勢を失っていなかった。尻尾が引き抜かれるよりも早く、蛍火を一閃する。
「‥‥切断は無理ですか」
尾が再び振り上げられる。刑部はすぐさま態勢を整えると、全力で地面を蹴り、路地に逃れた。キメラはゆっくりと向きを変えると、刑部が消えた路地を睨んでいた。
「どこ見てやがんだ?」
その声は、間近から聞こえた。ずる、と音がして、キメラから槍が引き抜かれる。朱鳥が、よそ見を始めたキメラに近付き、一撃を加えたのだった。
「蠍のくせに、逆に刺される気分はどうだ?」
装甲の薄い腹部から、どす黒い血が噴き出す。キメラは苦し紛れに尻尾を振り上げる。その尾目掛けて、ヴィンセント、珠美、ファファルが射撃する。静磨とリリィは、脚部関節を撃ち抜いた。朱鳥はその隙に射程外に逃れると、大きく息を吐いた。
「いい一撃でした」
リリィに言われ、朱鳥は少し照れた。
●反撃
不意にリリィの眼が、大きく見開かれる。爆発音のようなものの直後、全員が路地に退避した。キメラは突如、何かが吹っ切れたかのような、機敏な動きを見せた。
「尻尾が、伸びた」
リリィと同じ路地に飛び込んだ源次が頷く。
『おまけに脚部関節の甲殻が大きく開いたように見えたが』
珠美が言った。三人の目は正しい。キメラは、それまで関節部さえ甲殻で覆っていた。のろのろと動いていたのは可動域が極端に狭かったためだ。だが窮地に追い込まれ、キメラはその在り方を変えた。関節部を解放し、また蛇腹状になっていたらしい尾を伸ばしたのだ。
『全員無事か? 一度態勢を立て直そう』
ファファルの息が上がっていた。直前に巻き上がった煙は、キメラの尻尾によって、ファファルが立っていた建物が倒壊したときのものだった。
「傷はどうか? ライザスさん、あなたもだ」
源次が尋ねる。
『無茶な回避はしたが、傷はない』
ヴィンセントの息もまた荒い。彼が居たのは、倒壊した建物の脇の路地だった。
『こちらも平気だ。背筋に冷たい物は走ったが、すぐ隣に逃げたからな』
「ならよかった。傷を負った人はいないか?」
『あー、軽く貰っちゃいました。回避前に自身障壁張ったから、浅いけど』
静磨の声だった。
「すぐ向かう。念のためじっとしていてくれ」
『了解』
『近付いてきている。移動しよう』
珠美の声を受けて、源次とリリィは路地の奥へ移動する。キメラの足音が近付いてきていた。北へ向けて歩いているようだった。
『‥‥ッてー‥‥どうします?」
静磨が尋ねる。
『南で待ち伏せ。エコー6におびき寄せてもらう、というのはどうです?』
「賛成です」
刑部の提案にリリィが乗る。
『あたしもそれで構わない。っつーより、待ち伏せでもして一気に決めないとヤバいだろ、あんな動きができるんじゃ』
と、朱鳥。
『やりにくくはなったが、幸い関節が丸見えだ。向こうもこちらも、短期決戦を決め込むというわけだな』
『ではそうしよう』
向かいの路地で身を潜めている珠美、朱鳥に目配せして、源次達も移動を開始した。
●勝敗は一瞬
『エコー6北班、奴さんの顔面を引っぱたいてやってくれ!』
了解、とだけ応えて、ヘイルははるかに速度を増したキメラを、照準した。北から撃って、南に退避させればいい。能力者達は迅速に移動し、待機している。
源次、ファファルが同じビルの上。向かいのビル上にヴィンセント。リリィ、珠美は向かい合った路地。ビルを挟んでまた向かい合った路地に、朱鳥、刑部の近接組と、その掩護に回る静磨。
射撃組はその全ての弾丸を、尻尾、及び脚部の破壊に費やす。ビル上の射撃チームが尻尾を。路地の射撃チームが脚部関節を、といった具合だ。そしてトドメに、近接チーム二名の渾身の一撃。
作戦自体は先ほどと変わっていないが、能力者達には余裕があるようだった。素早く、広くなった攻撃は確かに脅威だが、アレで手品は出きったという確信があった。
「目標の接近を確認」
『そちらに行くかもしれんが、任せろ』
ヘイルは息を止めた。
「北班、射撃」
二つ、銃声が響き渡る。
「ほら見ろ」
食らったキメラは怒り心頭だ。顔を真っ赤にして、猛然とこちらに向かってくる。
『南班、射撃』
そこに、遅れて銃声が四度鳴り響いた。南からのものだ。さらに二度続けて聞こえてくる。キメラはもっと顔を赤くして、反転した。罠だとも知らずに、南へ一直線。
ため息を吐きながら、ヘイルはその後ろ姿を見送った。
『百メートル‥‥七十‥‥射撃開始』
ファファルの合図と同時に、銃口が一斉に火を噴いた。
まず足が二本飛んだ。大きく前のめりに突っ伏したキメラに、更に攻撃が加えられる。足が更に二本飛んだ。もう立てない。悟ったのか、キメラは尻尾を振り回した。ビルをなぎ倒すが、来るとわかっていれば、連中にとっては縄跳びのようなものらしい。ヴィンセントは簡単に隣のビルに飛び移って回避した。
そして、尻尾が落ちた。
体液を吹き上げながら、キメラが絶叫する。動けなければ、残った鋏も使えない。
ここぞとばかりに、近接班二名が飛び出していく。文字通り虫の息の蠍キメラは、朱鳥に深々と貫かれた後、刑部の渾身の一閃によって、その脅威にピリオドを打たれた。ピクリとも動かない。
拍手でもしたい気分だった。ビルが幾棟か倒壊してしまってはいるが、戦闘自体は完璧だった。
『目標沈黙。とんでもないもん見ちまった』
ルイスがぼやく。
「まったくだ」
『静かにしろ。確認を取るぞ。目標周辺に集合。確認後は速やかに撤収だ』
「了解」
ヘイルは射撃体勢を解き、屋上をあとにした。
●解散
無残なキメラの死骸の元では、能力者達も集合していた。一足早く着いていたルイスは、早速リリィに興味を持ったらしい。
「訓練とか、一緒にどう?」
ナンパしてやがる。ヘイルはその頭を思い切り殴りつける。リリィは目を丸くしていた。
「曹長! ちょっと。何するんだ」
「その口、要らんと見える」
ルイスは大きく肩を落として、引き下がっていく。
「おいおいルイス。捻くれヘイルにやられっぱなしで悔しかねえのか?」
「自分が既婚者だからっていい気になんなこのやろー!」
遠くから叫ぶルイスを一睨み。懐から煙草を取り出し、一本をくわえる。が、火がない。基地に忘れてきたのか、とため息を吐くと、不意に人が前に立つ。ファファルだった。
「苦労しそうだな」
と、紫煙を吐きながら火を差し出す。ありがたく頂戴して、ヘイルは首を振った。
「隊長もそれなりにイロモノでね。そんなものとは無縁の男だあれは」
キメラの殲滅報告を行うワーグマン大尉を見ながら言う。怒鳴っているところを見ると、相手はハンク・ネルソンだろう。
「なるほど」
フッと微かに笑うと、ファファルは手を挙げて去っていく。
「アンタはなんでこの依頼を?」
じっと立ち尽くしているヴィンセントに尋ねる。
「母が昔特殊部隊にいた。部隊名は忘れたが、他人事とは思えなくてな」
「うちにいたって可能性もあるな。アンタ俺たちと同郷だろ。うちの隊も元は英国陸軍だ。今隊長と無線でやり合ってるネルソン大尉もうちの出身でね」
ヴィンセントは、高速艇で一緒だったハンクを思い出したのか「ああ」と頷く。
「食い扶持なくしたらうちに来たらいい。歓迎するぜ」
考えておこうなどと言って、ヴィンセントもその場をあとにした。
「ヘイル。集合だ」
無線を切って、隊長が言う。向かうと、そこには源次、刑部の二人がいた。
「支援感謝。貴方達が食い止めてくれなければ、この勝利は無かった」
「ええ、エコー6の方々の支援攻撃がなければ、倒すことはより困難だったと思います」
元々人に感謝されるようなところには出ない部隊だ。こういう風に言われると照れくさいが、悪い気はしない。あの戦闘を見せつけられたあとでは「まさか」という気分でもあるが。
「こちらこそ、間に合って貰わなければ死んでいたところだ。我々はこれで失礼する。また、何かあったらよろしく頼む」
隊長は珍しく敬礼などをして踵を返す。ヘイル達もそれに続いた。ルイスはリリィに手を振っていたが、当の本人は、キメラが美味そうだったとぼやく静磨を、幽霊でも見たかのような目で見つめていた。
「ありえねえ!」
「同感だ。さすがにコレは食えないだろう」
「ですよね」
静磨は、朱鳥、珠美、リリィの三人に全力で否定され、意気消沈していた。
「疲れは無い、か」
隊長が言う。ヘイルはもう一度能力者達に振り返り、苦笑した。
「俺たちロートル親父はさっさと戻って乾杯、と」
隊長が髭面を歪めてニタァと笑う。
「つまみはサソリだな」
了