タイトル:最速の誓いマスター:熊五郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/06 21:55

●オープニング本文



 ある二つの町をつなぐ道路がある。道は小さな山を越えるため、緩やかなワインディングロードになっている。山の東側には小さな田舎町がぽつんと存在していた。山の西にある少し大きな町へ仕事に向かう者以外には、ほとんど使用されない道路だった。
 最近、その峠道で事故があった。亡くなったのは、西の町の若者。東の町の者ではないが、適度なカーブが連なる峠は、彼の所属する自称レーシングチームにとっては絶好の遊び場所になっていた。毎夜響き渡るエンジンの咆吼も、誰にも聞かれることはない。若い猛りを発散するには、実に都合のいい峠だったのだ。
 事故があっても、彼らはその遊びを続けた。警察の調査が終わり、厳重な注意を受けても、この最もエキサイティングな遊びをやめる気にはなれなかった。むしろ、人が死んでしまうようなワインディングを上手く走れることが、彼らの自尊心を満たした。
 臓腑を震わすエキゾーストノートに誘われて、一匹の怪物が山に住み着いたとも知らずに。
 流行は、東から西へ抜けるコース、しかもそのヒルクライム面だった。西から東も悪くはないのだが、東から峠に入る直前の長いストレートで十分に加速するのが、彼らの流儀のようなものにだった。
 しかし、さすがに仲間が死んだということで、ここ最近は西から進入するコースを走っていた。西から入り、頂上付近で車を止め、また西へ引き返していく。でもそれは、矢張り何か物足りなかった。
 だからその日、チームは久しぶりに東からのコースを走ることにした。
 一台の車が時速160kmで峠に進入していく。ルームミラーを見ると、遙か後方で待機している仲間の車のヘッドライトが煌めいている。そこに、一瞬黒い影が映り込んだ気がした。しかし進入後はすぐ目の前にブレーキングポイントが迫っている。ドライバーは気にせず前方を見据え、ブレーキを踏み込んだ。
 バケットシートに沈めた体が前に飛び出そうとするのを押さえ込みつつ、時速120kmまで落とす。第一コーナーは緩やかな左周りの半径130度のコーナー。難なく抜けるが、そのあと僅か100mで右回りの、少しきついコーナーが待っている。第一コーナーを抜ける瞬間に僅かに加速すると、すぐさまブレーキを踏み込む。ギアを二速まで下げ、速度も80kmまで落とした。
 激しいスキールを木霊させ、それなりに手慣れたアウトインアウトの軌跡をテールランプで描き、小柄なスポーツカーは第二コーナーを抜けた。
 悪くない走りだった。既に、黒い影のことは頭になかった。走り慣れた道とはいえ、そのコーナーのほとんどは、木々に遮られてブラインドコーナーとなっている。別のことを考えていては、かつての仲間の二の舞になってしまう。
 第二コーナーから300m後の第三コーナーは難関だ。ガクっと勾配が上がる上に、左回りのコーナーの頂点でその勾配がぴたりと無くなり、平らになる。おまけに、ここから左ガードレールの向こうは谷になる。左カーブのため、落ちる心配はないが、森へ突っ込んでしまえば悲惨な目に遭うのは確実だった。
 200mを使って加速し、50m手前で一気に時速60kmまで落とす。慎重にインにつき、コーナーの頂点へ。浮遊感のあと、グリップが戻ったのを確認すると、バックファイアを吹きながら一気に加速する。今度は350mの直線登り勾配。越えればいよいよ第四コーナーだった。チームメイトが死んだ場所。ふとルームミラーを見て、ドライバーは凍り付いた。
 ――なんだ、アレ。
 黒い何かがいた。目が真紅に燃やした何かが。一度前方を見た。速度は時速100km‥‥110kmどんどん加速していく。なのに、そいつはついてきた。
 見間違い? 違う。間違いなくそいつはそこにいる。時速120kmで走る車についてくる。いやそれどころか、アレはどんどん近付いてきているんじゃないか。
 自分が震えていることに気付く。なんとなく、頭の片隅に思ってしまった。それは車が加速するにつれて、何かが近付いてくるにつれて、どんどん大きくなってくる。そうか、そういうことなのか。
 歯を食いしばって、車を加速させた。第四コーナーは右のヘアピンで、言うまでもなく最もきつい。時速は40kmで限界だ。それ以上なら確実に谷底に落ちる。
 なのに、ブレーキを踏めなかった。時速150km。コーナーが迫ってくる。全力で踏まなきゃ死ぬ。いや、もう踏んでも死ぬ。なぜなら――
「てめぇがやりやがったのか!」
 怪物は車目掛けて飛びかかってきていたのだから。
 強い衝撃を受けると、車は大きく浮き上がった。谷底へ落ちていく刹那、そいつと目があった。テールランプで瞳を真っ赤に染めながら、こちらを見下す猫科のキメラと。


 というのが概要だそうです。この方はなんとか生還したようですので、このように詳細な事情がわかりました。
 依頼内容は、峠に出没するキメラの撃破です。車が一台で東から時速150km以上で峠へ進入したときにのみ現れています。そして、被害は二度とも第四のヘアピンで起きています。
 別の傭兵に山の捜索を頼みましたが、残念ながらキメラは発見できませんでした。
 谷底へ突き落とされる危険がありますし、もし損壊した場合保証はできかねますが、事件当時の状況を再現することをおすすめ致します。
 それでは、頑張ってくださいね。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP
セフィリア・アッシュ(gb2541
19歳・♀・HG
ヴァン・ソード(gb2542
22歳・♂・DF

●リプレイ本文

●受難
 六人の傭兵が、峠のキメラを倒すらしい。
 その噂は、キメラ出没の報に怯える東の町と、この峠を遊び場にしていた走り屋の青年達の耳に、すぐ届いた。
 青年達は、峠から一キロほど離れた場所に車を集め、いつものように話し込んでいた。いや、いつもよりはずっと、真剣だったかもしれない。何せ、先ほど通った二台の車と、一台のバイク。その乗員にしこたま睨まれたのだ。怖じ気がするほどの鋭い眼光は、彼らが自分たちとは異なる存在であることを、雄弁に物語っていた。
 青年達からそう離れない位置に、車が一台とまっている。傭兵が二名車外に立っている。レティ・クリムゾン(ga8679)と篠原 悠(ga1826)の二名が、最終確認を行っていた。
「レティさん、よろしく」
 悠に差し伸べられた手を取って、レティが「こちらこそ」と返したのが既に二時間前。辺りはすっかり暗くなり、キメラが出没したと言われる時間に、さしかかっていた。
「早坂さんはまだ戻らないのだろうか」
「そろそろ時間だし、戻ってくると思うけど」
 と、前方から野太いエキゾーストノートを響かせて、一台のスポーツカーが走ってくる。その助手席から、早坂冬馬(gb2313)がひょっこり顔を出す。
「遅れました」
 運転席に乗っている青年は、青ざめた顔だった。レティが何度か峠を確かめるように走ったあと、「生身でも追いつけるんでしょうか」と言い出した冬馬によって、走り屋の一員である青年は、身柄を拘束されたのである。
 その顔を見れば、車に乗っているのに人間に追い回された恐怖が、見て取れる。
「怖がりまくりやなあ。大丈夫やった?」
 悠が青年に哀れむ目を向ける。
「結果はどうでした?」
「さすがに走るだけでは無理ですが、瞬天速なら瞬間的に肉薄は可能です」
「なるほど。あ、待て」
 冬馬をおろした青年は、いそいそとアクセルを踏もうとしたが、レティに呼び戻される。
「言ったと思うが、人は通さないでくれ。せっかくいるんだ。使わせて貰うぞ」
「ああ、はい‥‥いつもやってますので、大丈夫です」
 ビクビクしながら、青年は返事をするや仲間達の元に戻っていった。
「そろそろ始まりやな」
 悠は言って、レティのシザーリオ(レティのジーザリオの愛称)に乗り込んだ。

●待機
 第三コーナー手前で待機している後追いチームは、先行チームからの連絡を待っていた。何度となく走り込み、既に準備は万端である。如月・由梨(ga1805)のランドクラウンと、セフィリア・アッシュ(gb2541)のAU−KVは、木を幾本か根本から伐採し、森に突っ込むような形で停車していた。道に停めていては幅が足りず、先行組が通過できないためだ。
「ほんの数分の勝負だ‥‥気は抜けないな‥‥」
 ランドクラウンのシートを目一杯倒してくつろぐヴァン・ソード(gb2542)がぼやいた。
「特に私達は第三コーナー後の直線が勝負ですから。それこそ数十秒で決着はつくでしょう」
 由梨は運転席で目を閉じ集中していたが、うっすらと目を開けて応えた。
「‥‥それ以上伸びれば、先行車は谷底‥‥ですね」
 車外からの言葉に、二人は思わずそちらを見る。金髪を風になびかせ、バイク形態のAU−KVに跨ったセフィリアが、無表情に言った。ずん、と僅かに車内の空気が重くなる。
「それはさておき、いい車乗ってやがったなあいつら。どこから金が出てくるんだ」
「走り屋達の車ですか?」
 由梨が興味を示したように、ヴァンを見て呟く。
「このランドクラウンよりでしょうか」
「いや、それはさすがに‥‥」
 持論だがと前置きしたヴァンは、目を輝かせている。
「そもそもヒルクライムってのは、第一に車の性能だ。坂を登っていくわけだからな、登るパワーが無ければ話にならない。もちろんその上での腕の差ってのはあるんだが」
 そうなんですか。と由梨が相づちを打つ。
「彼らの車‥‥借りればよかった」
 AU−KVに跨ったまま、セフィリアが言い放つ。
「気は楽だったかもな。愛車壊しても、補償は無しなわけで」
「そう易々と壊されるつもりもありませんけど」
「‥‥キメラを壊さないと」
 セフィリアの返答に大きく肯いた由梨は、ギュッとハンドルを握りしめる。
 今回六人が採った作戦――一台がキメラを引き連れ、別の車とバイクが待ち伏せする――には、一つだけ気がかりがあった。それは、事件があったときはいずれも、被害者が単独で走行していたという点だ。峠に、被害者以外の車はおろか、人もいない状況。それが二件に共通する部分だった。
 つまり、山中に人を配しているこの状況で、キメラが現れるのかどうか。両車ともエンジンを切った状態でスタンバイしてはいるが、果たしてそれで大丈夫なのか、という不安はつきまとっていた。
 不意に、ヴァンの無線が音声を拾った。
『準備はええか?』
 ヴァンが由梨とセフィリアに視線を送る。二人は力強く肯いた。
「ああ、いつでもいける」
『了解。作戦開始や』

●作戦開始
「いくぞ、シザーリオ!」
 レティはギアを入れると同時にアクセルを踏み込んだ。唸りを上げていたエンジン音が一瞬なりを潜めたあと、シザーリオはタイヤでアスファルトを掴み、加減のまるで無い加速を始めた。遙か後ろで、青年達が唖然とする。その加速は彼らの車を凌駕している。そういう用途のものとは思えない車体が、まるで冗談のような走りを見せたのだから、彼らの驚きは正当だろう。
 作戦用に後部の幌を取り払ったため、車内に風が吹き込んでくる。後部に命綱を付けた悠、車両上には冬馬が待機している。吹き込む風と唸るエンジン音で、冬馬はもちろんのこと、悠の声もそうそう聞こえない。
 簡単に時速150kmまで達したシザーリオは、速度を維持して峠への進入に備えた。残り200mというところで、レティの全身に悪寒が走る。いる、とレティは確信した。もう目前に迫った峠。あの木々の影から、キメラが獲物を見定める目でこちらを見ているのだ。
 悠も冬馬もそれを感じたのか、前方に振り返っていた。ルームミラー越しに悠と目が合う。一度大きく肯いて、シザーリオはいよいよ峠に飛び込んでいく。
「来たな。相手が何者だろうと、前は走らせない」
 それは、峠に入るとほぼ同時に現れた。どちらから現れたのか、それすらわからなかったが、とにかくそいつは突然そこに現れた。
 きた、と言うまでもなく、悠は弓を射た。
 犬、というよりは狼に近いのか。ひたすらに巨大で、逞しい体躯は、成る程時速百キロ以上は優に出ることだろう。
 第一射を、キメラは横移動で容易く避けた。
 ほほー、と悠は楽しげに目を細めて感嘆した。
「避けても速度は変わらずなんか。ほな、こっちもいくで。アポロンの弓は伊達やないってこと、教えたる!」
 悠は第二射を番え、放つ。
 しかし、今度の射もアスファルトを深々と抉るに止まった。十メートル先のキメラは避けてもいない。車が跳ねたために、狙いがそれたのだ。悠は悔しげに顔をしかめた。
「第一コーナーきます!」
 冬馬が車上で叫ぶ。同時にシザーリオが減速した。後ろに転ばないよう踏ん張ると、すぐさま横にGがかかる。
「く、わかっとったけど、曲がってる最中はとても攻撃できんなあ」
 最も緩やかな第一コーナーで既に、どこかに掴まらなければ倒れかねない。命綱はあくまでも落ちないためのものであり、ブレーキ時やコーナリング時の力には、自分で対処しなければならなかった。車上でキメラの接近に備えている冬馬は、さらに厳しい状況だろう。
 第一コーナーを抜ける。第二コーナーは目の前だ。
「ふふ、さすがに爆風は避けられんやろ? たっぷりご馳走してあげるっ!」
 悠は第二コーナーまでの僅かな間に、弾頭矢を番え、放った。敢えて少し外して放ってやると、キメラは予想通り回避しなかった。目の前に着弾したそれが爆ぜる。ダメージはあるようだが、キメラは変わらず走り続けていた。
「攻撃してこない‥‥?」
 冬馬が車上で呟く。飛びかかろうと思えば、飛びかかれる余裕を、キメラは残しているように見えた。しかし、飛びかかってこない。
「あくまで脚で勝負か、面白い」
 レティも同様の疑問を持っていたが、そう解釈した。そしてそれは、恐らく間違いではない。

●合流
 レティのシザーリオのエンジン音が近付いてくる。ヴァンはシートを戻し、ウィンドウを開け放った。
「‥‥きた」
 セフィリアの呟きと同時に、300m先にシザーリオのヘッドライトが現れる。
「ほんとに乗ってるのか早坂は」
 ジーザリオ上の人影を見るに付け、ヴァンは思わず苦笑した。まったく正気の沙汰とは思えない。谷底に吹き飛ばされたら、さしもの能力者も軽傷では済むまいに。
「さて、こちらも始めましょう」
「‥‥楽しそう」
 わかります? とセフィリアに返して、由梨はセルを回した。
 見る見るうちにシザーリオは近付いてくる。作戦開始から一分と少々。既に作戦は佳境に入っている。
 由梨とセフィリアがエンジンを吹かし、アクセルを踏む。小気味良いエンジン音が二つ、山に木霊する。同時に、シザーリオが三名の眼前を抜けた。直後に黒い影。
「いきます」
 第三コーナーを曲がるために減速したジーザリオを、セフィリアが追う。二台は同時に飛び出したが、加速ではAU−KVにやや分があった。一直線に飛び出したセフィリアは、ジーザリオと同じく減速したキメラに、すぐさま肉薄した。
 キメラの状況を把握するために、できる限り接近する。
「右前足に裂傷‥‥顔面に裂傷と矢傷‥‥胴体部に矢が二本」
 もう少し続ければハリネズミのようになるかもしれない、とセフィリアは思った。キメラが邪魔者を睨み付けるが、セフィリアは冷静に距離を取る。そこに、由梨のランドクラウンが追いついてきた。
「ヴァンさん」
「おう」
 第三コーナーを抜けると、ランドクラウンはキメラとの並走を試みた。キメラはガードレールに押しつけられた。そこに悠の矢が容赦なく降り注ぐ。幾たびもの射によって、命中精度は格段に上がっていた。二本が突き刺さったとき、ヴァンは悠に合図して、ドアを開け放つ。
「篠原ナイス! 行くぜ!」
 助手席から飛んだヴァンは、ツーハンドソードを下向け、キメラに突き刺す。この世のものとは思えない絶叫が、キメラの口から漏れた。
「く、止まれ」
 そのままキメラにしがみついたヴァンは、大剣をさらに深く突き刺す。
 由梨はいざというときにヴァンが戻れるよう、並走を続けている。道幅は狭く、キメラとランドクラウン双方が並べる隙間はない。そこを、由梨は力業で押し通している。
「抜かせはしません!」
 穏和な雰囲気を投げ捨てた由梨の迫力に耐えかねたキメラが、ヴァンを載せたまま跳躍する。その先にセフィリアが先回りして、体当たりを仕掛ける。しかし、キメラは止まらない。ヴァンの一撃は致命傷になっているはずだが、それでも止まらない。第三コーナーまで悠一人で攻撃してきた状況では、火力がやや不足していた。ヴァンの一撃がトドメにならなかったのだ。
 ルームミラー越しに状況を睨んでいたレティがふと気付く。これほどの状況にあっても、あのキメラがシザーリオだけを見ていることに。
 直線は残り150m。ヴァンを回収しないことには、悠は矢を放てない。減速すれば、あのキメラは必ず第四コーナーでシザーリオを谷底に突き落とそうとする。自分が最速だと、宣言するために。
 残り100m。時速は130km。そろそろブレーキを踏まなければ、例えシザーリオでも間に合わなくなる。
 冬馬が覚悟を決めた。
「美人二人の上にのってるんだ。ここでやらなきゃ男じゃないさ」
「は?」
 とキメラに跨ったまま素っ頓狂な声を上げたヴァンだが、すぐに意図を理解した。
「安心してください。必ず拾いますから」
「大丈夫」
 ランドクラウンとセフィリアがキメラの背後に移動する。最早迷っている時間もない。試作型機械刀で命綱を切断すると、冬馬はそのままキメラ目掛けて飛んだ。ヴァンは大剣をキメラから引き抜くと、キメラの毛を支えに膝立ちになる。同時に、冬馬がキメラの頭部に機械刀を突き刺した。キメラの体が一瞬強張り、そして力を失う。
「すまんな、早坂」
 それを確認すると、ヴァンは頭から地面に突っ込む体勢の冬馬を、セフィリア目掛けて蹴り飛ばした。その反動で、ヴァンもまた大きく投げ出される。
「ぐふっ」
「ナイス‥‥キック」
 セフィリアは車体の尻を滑らせ、思い切り傾ける。飛んでくる冬馬と相対速度を合わせ、両腕で受け止める。タイヤが激しいスキール音をあげながら、激しい摩擦によって煙を吹き上げる。冬馬を受け止めたことで、想定外の負荷がかかり、AU−KVはバランスを崩し始める。
「まず‥‥い」
 ある程度減速したところで、セフィリアは冬馬を離した。
「受け身を‥‥ッ!」
 冬馬がアスファルトをゴロゴロと転がっている間に、ヴァンは由梨のランドクラウンの助手席に、上半身だけで辛うじて収っていた。
「踏みますよ!」
 由梨が言うが、ヴァンには急ブレーキに備える時間はなかった。顔面をフロントウィンドウに擦り付け、思わず悶絶する。
「ふう」
 由梨は車を停止させて、額に浮いた汗を拭った。ヴァンは無言で助手席に座り直し、大きく息を吐いた。
「‥‥いい腕だな」
「どうもありがとうございます」
 長いブレーキ痕を残して、シザーリオも第四コーナーを抜けたところで停止していた。助手席まで這っていった悠が、レティに「お疲れ様」と声を掛けた。レティはハンドルを一度撫でると、「ああ」と返した。

●解散
 二台の車と一台のバイクが、作戦の成り行きを固唾を飲んで見守っていた自称レーシングチームの面々の前で止まった。
「どうなったんだ?」
 体中に包帯を巻いた一人が、一歩前へ出て尋ねる。セフィリアは、ヘルメットを外しじっと男を見つめる。
「倒しましたよ」
 男達を睨み続けるセフィリアに代わり、由梨が応える。面々は安心したように胸を撫で下ろした。
「ありがとう」
 包帯の男が言うと、シザーリオから悠がひょっこりと顔を出した。
「こんなご時世やし、遊ぶんならちゃんとしたとこで遊ぶんやな」
「まったくです。ま、好きにしたらいいですよ。結果逝っても最早僕等の知ったことではありませんし」
 悠と冬馬の言葉に、レティが同意するように笑う。
「‥‥キメラがいなくても‥‥いつか」
 じっと、威圧するように睨みをきかせていたセフィリアが言った。その先は、言われなくてもわかっていることだった。
「ああ、そうだな。さすがに、懲りた」
 包帯の男は静かに呟いて、背を見せた。
「サーキットでなら、相手をしますよ」
「そのときは俺も出てやるよ」
 その背中に由梨とヴァンが言う。男はもう一度だけ振り返ると、頭を下げた。
 以後、夜中の峠に派手なエキゾーストノートは、聞かれなくなったという。