●リプレイ本文
●暗雲
「そのようにお願いします」
優(
ga8480)は、作戦を説明するとIFVから飛び出した。全員で力の限りに迎撃。そしてある程度追い払ってから、IFVに乗車し後退。追いつかれたら再び降車し戦闘。護衛対象二両は、二百メートルほど後方にて待機。そういう作戦だ。
一号車――ブラッド1車長の表情は暗い。能力者による防衛は心強い。だが本当に捌けるのか。あの、地平を埋め尽くしかねないキメラの山を。
現在搭乗している装甲戦闘車は、平地で最高時速66kmを誇る。が、後方の護衛対象は最高で45kmだ。そして、あの蜘蛛たちはそれよりも速い。
「まあいい」
呟いて、車長は息を吸い込んだ。
「TOWもあるだけぶちまけろ!」
その瞳は怒りに燃えていた。
●交戦開始
指揮車を巻き取った蜘蛛の行動は迅速だった。瞬く間に車両に殺到し、ハッチを食い破り、乗員を食った。翠の肥満(
ga2348)と霞澄 セラフィエル(
ga0495)という二名のスナイパーによる射撃は、幾匹ものキメラを四散させたものの、目的を達することはできなかった。
「クソッ」
残渣を零す銃口を指揮車に向けたまま、翠の肥満が漏らす。残心のまま動きを止めた霞澄は無表情に、しかし確実に怒りを孕んだ瞳を、キメラに向けていた。
能力者の行動も迅速だった。各車乗員に作戦説明を行う一名を残し、他はすぐさま指揮車の救援、またその掩護を即座に行える状態にあった。それでも、絡め取り、引き寄せる、という二手を制された状態からでは、対応は不可能だった。それこそ、指揮車ごと一瞬で吹き飛ばす以外に、乗員を”救う”手立てなどありはしなかった。
「名誉挽回と行きましょう。‥‥一匹たりとてこの場から逃がしません」
救援のため、いつでも飛び出せる格好だった斑鳩・八雲(
ga8672)が、視線をブラッド1に向けながら言う。25mm機関砲の咆吼は鳴り止まない。見れば、砲手は泣きながら怒りに震えていた。
「なんやねん、この数」
やや前方に位置取った烏谷・小町(
gb0765)が放たれた粘着糸を避けながら、辟易したように呟く。
「それに、速いですね」
優は月詠を構え、迫り来る蜘蛛に備えた。時速50kmほどは出ているように見える蜘蛛達は、減速することなく、一直線にこちらへ向かっていた。
「数で勝負をかけてくるなら、早々に数を減らせば良いだけの事‥‥なんですけどね」
早坂冬馬(
gb2313)が苦笑しながら言う。
「そう簡単にはいきませんわね‥‥ソーニャ、暴れますわよ」
鷹司 小雛(
ga1008)はソーニャと呼んだエネルギーガンを撫でた。
狙撃眼を発動させた翠の肥満が発砲する。次に霞澄が矢を放つ。そして前衛の優、小町が地面を蹴り、突出した蜘蛛目掛けて疾走。さらに撃ち漏らした蜘蛛を、小雛、八雲、冬馬の三名が倒していく。
「クソッ、この数じゃ当てるより外す方が難しいぞっての!」
突発的に出来上がった前線の様相は地獄だった。蜘蛛の体が飛び散っていくのに、その数はまるで減らない。そればかりか、次々と殺到してくるため、増えているようにさえ思えた。
「あかん、近接戦なんかやっとったら‥‥!」
「保ちませんか‥‥これは」
小町と優は、飛び出してきた数匹を相手にしては下がり、を繰り返していた。しかし、そのたびに別の集団が取り囲みに来る。後衛の射撃がそれを許しはしないが、一瞬も気を抜けない状況だった。
「しかし、一匹一匹は本当に脆い。速度さえ無ければ、ここで食い止められるものを」
八雲が苦い表情をする。言うとおり、どの傭兵の攻撃を食らっても、ほぼ一撃で蜘蛛は行動不能に陥っていた。それ故の速度なのか、そして物量なのか。
「敵左翼が抜けました。対応します」
霞澄が言って、ブラッド1方面に流れた敵に向け速射する。文字通り矢継早に次から次へとキメラを撃ち抜いていく様に、ブラッド1の砲手が目を丸くする。
「それにしても妙ですわね」
「お、やっぱりそう思いますか?」
小雛の呟きに、翠の肥満が応じる。
「攻撃が、ほとんどないということですね?」
優が言うと、小雛が肯いた。
「とにかくここを抜けようとしている、そう感じますわ」
「なるほど、狙いはあくまでも車両と」
八雲の言うとおり、粘着糸による攻撃は、ブラッド1、2目掛けて放たれるものがほとんどだった。そのたびに武器を切り替え、それを切断していた。能力者達にも粘着糸は放たれるが、その頻度は極めて低い。狙いは明確だった。
「潮時ですね」
冬馬が超機械αで敵を蹴散らしながら言う。
「ですわね。敵の戦力も概ね理解しましたし」
小雛が同意すると、他の面々も肯いた。キメラは大きく広がるように展開していた。中央からの突破は無理と見て、左右に広がったのか。突出しているキメラを除けば、概ね70mほど距離を稼げたことになる。
どのみち、キメラの攻勢は止まって凌げる代物ではなかった。攻撃の手を緩めず、しかし急いで各車両に戻る。
●ブラッド1
「乗ったな!」
既に転回していたブラッド1、2は、履帯を全速力で回転させると、すぐさま疾走を始めた。翠の肥満がライフルを構えようとすると、どこからか声が聞こえてきた。
「銃、余ってへんかー?」
併走するブラッド2の小町だった。
「優さんは大丈夫ですか?」
車上で粘着糸の切断に当たっている優に尋ねる。
「ええ。加減を間違えなければ問題ありません」
翠の肥満は肯いて上部ハッチから身を乗り出すと、予備にと持ち込んでいたエナジーライフルを手に取り「とうっ」と放り投げた。
見事な偏差投擲はスナイパー故か、放物線を描いて飛んだライフルは、ブラッド2のターレットから後方に弓を射掛ける霞澄目掛けて飛んだ。
「おおきにー!」
「うまいものですね」
キャビンからショットガンを間断なく撃ち続ける八雲が笑う。
「投げるものではないですが、致し方ない。さて、どこまで逃げられるものか」
「この車両が現在時速45km。つまり前線基地までは20分かかる計算ですが‥‥」
八雲が表情を曇らせる。即座にこの先の展開を計算した彼の脳が導き出したのは、およそ達成できるとは思えない道のりだった。
●ブラッド2
小町と小雛は後部ハッチ伝いに車上に上がると、飛んでくる粘着糸から車両を護るべく抜刀していた。小町がクロムライフルがどうのと言い、ふとして首をかしげている間に、小雛は装甲にべちゃりと張り付いている糸に、ミネラルウォーターをぶちまけてみた。効果は見られなかった。しかし、何もなくともなんとか切断はできる。
「敵の速度はこちらより上です。目算ですが、仮に時速48kmとします。こちらとの分速差は50m」
キャビンに残っている冬馬がハッチから顔を出し、大声で言う。
「良い目だ小僧! 間違いねえ!」
ブラッド2の車長が怒鳴り声を上げる。
「どうも‥‥」
「つまり、さっきの戦闘で稼げた70mを消化するのに、1分と半分ほど、ですわね」
「実際には、車上から倒す分もいますので、2分からといったところでしょうか」
「ほんなら、撤退完了までに九度さっきみたいな戦闘を繰り返す必要があるってわけやな」
一瞬、静まりかえった。保つのかと、誰もが思った。
だが次の瞬間にはこうも思っていた。
「できますわ」
●大破
スナイパーが二名いるのは僥倖だった。また、八名のうち七名が銃による遠距離から攻撃を仕掛けられる状況にあることもまた、うまく進む要因となっていた。
キメラの粘着糸による攻撃が苛烈になる。IFVは停止し、九度目の降車戦が開始された。
全員、覚醒し続けるための練力は維持している。最も練力消費の多いのは翠の肥満、次いで優だった。扱える武器の射程上、またその性格上翠の肥満の消費が多いのは必然で、前線を駆け回り、スキルを多用していた優の消費もまた頷けるものだった。
「減っているんでしょうか、本当に」
ショットガンから刀に持ち替え、接近してくる蜘蛛を斬り伏せながら、八雲がこぼす。上空から見れば、確実に減っているとわかるだろう。しかし、相対するその目には、蜘蛛は相変わらずの勢いで、数で攻めてくるように思われた。
「見た目にはほとんど変わらんなあ」
エナジーライフルを撃ちながら、小町が言った。
「減ってる減ってる! たぶん」
先ほどの戦闘で粘着糸に巻かれ、肩で息をしつつライフルを撃っている翠の肥満が言う。糸に巻かれたのは彼だけではない。車両に巻き付いた糸を切断するために動き、そこを狙われた小雛と八雲。群れに囲まれ複数の蜘蛛に絡め取られた優。急襲されたUAV輸送車の護衛にまわった小町、冬馬も。その掩護のため正面を捨て、糸を受けた霞澄。それぞれの迅速な対応によって、連れ去られるという事態には至らず、肉体的なダメージは無かったが、確実に精神を削られていた。
最初の交戦からわずか二十二分。この程度のキメラ相手に、この八人が疲労困憊となるほど、数の猛威は凄まじかった。
しかし奮戦の甲斐あって、全車両はほぼ無傷だった。基地までも残り3kmを切っており、連絡を受けた基地の部隊が、基地から1kmの地点で防衛線を張っている。ここを守りきれば、勝利はすぐそこだった。
「これで最後になりそうですわね」
「はい」
言いながらも、小雛、優をはじめ、能力者達の攻撃の手が止むことはなかった。ここで押し止められれば、全車両を無事に帰せる。指揮車の惨状を思い返すに、八人は忸怩たる思いを胸の中に灯さずにはいられない。
――絶対に帰す。
八人全員が恐らくそう思い、獅子奮迅の構えでキメラを撃滅し続ける。
しかし、25mm機関砲の咆吼が一つ消えたとき、戦局に転機が訪れた。八人が八人そろって、ブラッド2に振り返る。砲手の両腕がバツ印を作っていた。意味するところは弾切れ。
弱った獲物を見つける野生のカンなのか。キメラは軍を二つに割った。護衛車両に向かうものと、ブラッド2へ向けて雨のように糸を降らせるものとに。
「これは‥‥」
「まずいですね」
霞澄、八雲が零す。ブラッド2目掛けて放たれる糸の数は尋常ではない。が、防衛戦を突破し、護衛車両へ向かおうとするキメラの対処に、ほとんどの能力者が追われている。
「掩護に!」
ブラッド2から最も近い位置にいた冬馬は試作型機械刀に持ち替える。
「わたくしもそちらへ。望美、正念場ですわ」
その間に一瞬で近付いてきた小雛が、月詠で車両に絡みついた糸に斬り付ける。冬馬もすぐに加わるが、捌き切れる数ではない。
「傭兵ども! ブラッド1に乗車して今すぐ護衛対象に向かえ!」
車長が叫ぶ。乗員は小銃による射撃を始めていた。無論25mmの弾雨と比べれば、おもちゃのような火力だった。
「さっさと行かんか!」
引きずられ始めるブラッド2に、さらに糸が巻き付いていく。見捨てろと、車長は言っている。それしか作戦は無い。糸を全て切断するには8人全員の手が必要だが、他の能力者達は自分の持ち場で精一杯だ。それにもしあと一人でもこちらに付けば、戦線は崩壊する。いや、6:2に分かれた現状で既に押し切られている。撃ち漏らしたキメラが次々と輸送車に向かって飛び出していくのが、二人の目には映っていた。
「‥‥屈辱、ですわね」
八人はプロだ。助からないものを助けて任務を疎かにすることはない。が、それでもやりきれない感情があった。
小雛は怒りを堪えるように一度うつむいて、他の能力者同様ブラッド1に向かう。冬馬も息を一つ吐き、走った。
次の瞬間、引きずられていったブラッド2の装甲が食い破られた。
●全身全霊
ブラッド1は全速力で走行していた。車長、砲手の二名が顔を出していた上部ハッチからは、霞澄、翠の肥満の二名が身を乗り出し、前方――護衛対象へと迫る蜘蛛に容赦ない弾雨を浴びせ、優、小町は飛び交う糸をひたすら切断し続ける。八雲、小雛、冬馬は後方への射撃と、ガンポートから側面への攻撃を担当していた。
ほとんど蜘蛛の群れの中にいながら、ブラッド1は動く要塞と化して突っ切っていく。四方八方に向けて放たれる弾丸はまるで豪雨だ。
皆、しゃべらなかった。無言で、感情を押し殺してひたすら仕事をこなしていた。だが車内には明確な感情が充満していた。このままでは終わらせないと。
「追いつきました」
霞澄が、車長の代わりに報告する。
「よし。速度を落とし、護衛車両の後部につく。このまま基地まで逃げ切るぞ」
『了解』
そのとき、ブラッド1の通信装置がノイズを鳴らす。
『待たせたなブラッド1。こちら台風の目。害虫を確認、これより二十秒間の航空支援を行う。巻き込まれるなよ』
高空で待機していたガンシップからの交信だった。あと一分早ければ‥‥いや、言うまい。車長は両の拳を血が滲むほど握りしめた。
「ブラッド1了解。当てたら死ぬ前におまえを落とすぞ」
交信終了と同時に大空から放たれた105mm榴弾砲が、一帯を焼き尽くすほどの火力をもってキメラ後方に着弾し、キメラの破片と一緒に、熱風がブラッド1を襲った。
「派手やなあ」
「大火力で圧倒。それが通常兵器の対FF運用方法ですからね」
105mm榴弾砲、40mm機関砲の砲火が降り注ぎ、キメラを片付けていく。二十秒の支援攻撃が終わったとき、キメラはその数を激減させていた。
「さて諸君」
車長が声を張る。そして笑った。何かを企んでいるようだった。
「やるか」
皆、理解した。気を抜かなければ、作戦は成功だ。キメラの数は目に見えて減っているし、味方防衛戦までは1kmを切っている。八人の攻撃はキメラの前方に、ガンシップの砲火はキメラ後方に、それぞれ壊滅的な打撃を与えている。少数の蜘蛛など、八人の能力者にとっては問題にならない。
「話がわかりますなあ」
翠の肥満がおどけるように言った。
「そういうことなら、これ、ありがとうな」
小町はエナジーライフルを翠の肥満に返し、タバールを構えた。ニッと口角をつり上げる姿は、如何にも様になっている。
「加減はなしです」
呼応するように、しかし小町とは相反して、あくまでも静かに優が構える。
「上の二人はやる気満々のようですね」
そう言う八雲も、刀を抜き、いつでも飛び出せる格好だった。
「あら、人のこと言えますの?」
小雛は月詠を大事そうに胸に抱えている。冬馬は肩をすくめていた。
「止めろ!」
ブラッド1が緊急停止するや、能力者達は飛び出していく。
「クソッ、この数じゃ当てるの難しいぞっての! ねえ、セラフィエルさん」
「頑張りましたから」
スカスカになった戦場を、十数匹の蜘蛛が必死に走ってくる。その前に、八人は立ちふさがる。キメラに感情があったなら、恐怖に染め上げられていたことだろう。それほど八人の威容は凄まじかった。
「弔い合戦です」
冬馬の言葉を合図に、最後の猛攻が始まった。
了