●リプレイ本文
●巨大要塞ガオウ
八人が現着したとき、既にガオウは戦火に包まれていた。取り付こうとするゴーレムを、UPC軍の陸戦部隊がどうにか押しとどめている。渓谷を埋めるように作られた超巨大な要塞各所から、夥しい数の火砲が放たれる。
八機をエスコートしてきた第88教導戦闘飛行隊の編隊は、そのまま上空の味方機と合流し、ヘルメットワームとの空中戦を繰り広げている。
爆炎と轟音。墜落するヘルメットワームの残骸。火砲の乱打に沈むゴーレム。それを乗り越え殺到する増援。
見るからに激戦区と化した要塞ガオウ。その後方に建設された滑走路に降り立った八機は、上空からのプロトン砲掃射に気をつけつつ、変形したKVを疾走させ、迅速に持ち場についた。
「こちら赤猫。データリンク開始。上空の情報はカット。主砲発射までは二十秒」
夜十字・信人(
ga8235)の岩龍は、最後尾を走り、要塞前面に突き出た45口径46センチ砲の銃座へと着いた。砲と機体のFCSを接続すると、HUDに表示されていた周辺情報に、砲の情報が加わる。
「了解ですよぉ。さてさて、どれほどの規模で来るのやら」
ヨネモトタケシ(
gb0843)のアヌビスは先行すると、20mmバルカンを敵牽制部隊に掃射しつつ、要塞右翼のKV用バンカーに飛び込む。バンカーは、一般的な人用のものを巨大化させただけにしか見えない。ただし、コンクリートでは強度を保てない為、メトロニウム合金による補強がなされている。プロトン砲の直撃も、一発二発ならばどうにか堪える程の防御力を誇る。
最上 憐(
gb0002)もナイチンゲールを左翼バンカーに滑り込ませると、お世辞にも広いとはいえない空間でスナイパーライフルを構え、モニターを睨んだ。
「‥‥ん。敵。来た。沢山。来たね」
砂塵を巻き上げて殺到するのは、バグア軍の本隊と見えた。
「数えるのはやめだ。見るといい」
レーダーを見て辟易した様子の信人が、呆れ口調で言った。転送されてきた広域レーダーの情報に、同じくため息がいくつか続く。
「まったく騒々しい敵だ。戦前のお祈りを諦めたのです。その分は、彼らに悔い改めてもらいましょうか」
要塞内に安置された死者のために祈りたいと言っていたサンディ(
gb4343)だったが、戦闘が既に始まっている状況を見て目の色を変えた。祈っている間に死者が増えては冗談にもならない。中央付近のバンカーにフェニックスを滑り込ませる。
敵に思考能力があれば、狙われるのは信人の46センチ砲。その直近に位置する中央バンカーは、もっとも苛烈な攻撃を受けることになるだろう。
皆がレーダーを埋め尽くすような光点に目を奪われている中、一人46センチ砲を見つめている者がいた。
「すごく‥‥大和です‥‥」
「‥‥ん?」
キャプテン・エミター(
gb5340)のつぶやきに、シフォン・ノワール(
gb1531)が首をかしげる。
「今まで獅子奮迅の働きをした大隊を送る為の戦いだ、彼らには指一本触れさせん! ガオウ、無駄に朽ち果てる前に訪れた機会、その力を存分に示して見せろ!!」
気合を入れるキャプテン・エミターを横目に、シフォンは黙々と右翼の60口径15.5センチ三連装砲にシュテルンを接続する。銃座には簡単な防弾シールドがついているとはいえ、その強度は高が知れている。敵が一機抜けただけで、動けないシフォン機が大破する可能性は十分にある。
「‥‥いやな圧迫感ね。KVに乗っているのに、動けないというのは」
「それも、この要塞が打ち捨てられていた原因のひとつでしょう」
同じく三連装砲との接続を終えたキャプテン・エミターが返す。なるほどねと呟いて、シフォンはレーダーを睨んだ。半径一キロメートルラインに、いよいよ敵が侵入しようとしていた。
「砲身安定。照準正常。発射」
●ガオウ砲
本来、その砲はたった一キロ向こうの敵を狙うものではない。遠く遠く、数十キロ単位で離れた目標を破壊するために存在する。そのため砲身は二十メートルなどという規格外の巨大さで、回転速度も遅い。敵に殺到されればなすすべなく破壊されることだろう。それでも、この近距離防衛戦において、威力だけは一級品だった。
まるで衝撃波が空中を伝播していくのが見えるようだ。冗談ではなく大地が震えた。上空のKVやヘルメットワームが、一瞬止まったかのような錯覚さえ覚える。地上にいた能力者たちも、KVのコクピット内にあって、耳を塞ぎたい気分だった。真横の信人に至っては、目を見開いて絶句していた。
「こりゃ、使えんわこの要塞」
気付けに後頭部を叩きながらこぼす。
「威力のほうは流石、といったところですねぇ」
タケシが前方に濛々と立ち上る黒煙を見て言う。大地が砕け、一緒に無数のゴーレムが残骸となって散らばっている。
「敵部隊視認。第一波、速度350で接近、三つ子の射程内まであと五秒」
46センチ砲の一撃によって、敵前衛の一塊は吹き飛ばしたが、後続は切れ間なく続いている。信人の報告に応じた15.5センチ三連装砲の二名は、HUDに上書きされた照準を睨む。
「三、二、一、今だ」
合図と同時に、ガオウの両端に位置する合計六門の砲が火を吹いた。46センチ砲と比べれば、15.5センチなど豆鉄砲のように感じてしまうが、口径だけで言えば戦車の主砲を上回っている。もちろんそれだけで威力の程が決まるわけではないが、少なくともかつて艦船の主砲をも務めた砲弾は、一撃でゴーレムの装甲を貫き、当たり所次第では一撃で破壊することができる。
「‥‥まるで射的ゲームね」
「しかし回転が悪い。やはりこれだけでは押し切られる」
断続的に爆音が響き、撃ち出された砲弾によって次々にゴーレムが沈黙していくが、それでも焼け石に水の感は否めず、ゴーレムの軍勢は数に物を言わせて合計六門の掃射を突破してくる。
「敵の頭、五百メートルライン突破」
「‥‥ん。そろそろ、かな」
憐のナイチンゲールがスナイパーライフルを持ち出し、銃眼からバレルを覗かせると、タイミングを見計らってトリガーを引く。三連装砲の轟音と比べれば鋭く高い発砲音。
「‥‥撃破」
次の獲物を捉えながら、憐が呟いた。
●前衛
「我々の出番ですね。よろしくお願いいたしますよ」
「‥‥こちらこそ」
要塞の前面に、二機のKVがその姿を晒していた。僚機のように身を隠さず、突出した敵を刈り取り、後衛の安全を確保するのが飯島 修司(
ga7951)、皇 流叶(
gb6275)の役割だった。機体を掠める味方KVや軍の砲火の中、悠然と待ち構える二機は、それぞれの得物を手に疾走した。
修司はレーザーガトリング、流叶は機槍を、飛び出してきたゴーレムに叩き込む。三連装砲によって損傷があるゴーレムではあったが、簡単に爆発した。修司は無表情に、流叶はアテが外れたような顔で、敵の戦力を分析する。
事前の情報通り、急ごしらえなのか他に理由があるのか、普段相手にしているゴーレムと比べても、かなり貧弱だった。敵の装備は全て同様。ブレードに、中距離をカバーする光学兵器。囲まれなければブレードもレーザーも、二機に掠りもしないだろう。
バンカーの前方百メートルほどの位置で待ち構える二機に、次々とゴーレムが殺到していった。
「さっそく、囲まれてしまいましたか」
不安げなセリフとは裏腹に、修司の表情は変わらない。あくまで冷静に、三方向から襲ってきたゴーレムの合間を縫って背後に移動。ロンゴミニアトをブレードで突貫してきた一機目掛けて突き出すと、たった一撃でゴーレムはぴくりともしなくなった。残る二体に振り向いた修司は、既に修司機の懐に飛び込んできていたゴーレムに気付く。
「させないよ、盾を‥‥忘れて貰っては困る!」
風のように飛び込んできた流叶機が機盾でブレードを防ぐ。
「これはどうも」
「問題ない」
愛らしい相貌に似合わぬ笑みを浮かべ、流叶が返す。
二人は二体のゴーレムに、ほとんど同時にそれぞれの機槍を突き刺した。
「手ごたえがないな‥‥」
「やりやすくて結構なことですがね」
並び立つ二機の脅威の程を知ってか、ゴーレムの波が逡巡するようにその進攻速度を緩めた。
「判断ミスですなぁ」
「ええ、まったく。狙い撃ちです」
バンカーからの射撃に専念するタケシ、サンディの攻撃が、攻め気を失ったゴーレムを次々に撃破していく。
慌てたように、狙いを修司、流叶の二機に定めて襲い掛かるも、既に遅い。シフォン、キャプテン・エミター両機の三連装砲によって、片っ端から吹き飛ばされていく。
「いいんですかね、こんなに楽で」
「‥‥いいんじゃない? そういえば、そろそろかしら? 二発目」
「ああ。いくぞ。前衛二機は下がってくれ」
了解の声を聞くや否や、二十メートルの巨大砲がその第二射を放った。
「‥‥どうだい。低スペックのKVに吹っ飛ばされる気分はさ?」
一瞬で出来上がった残骸の山を見て、信人が笑った。
●最終攻勢
第二射からおよそ二十分。上空の第88戦闘教導航空団所属のKVは、見事に敵HWを押さえ込んでいた。空と地上のKV各隊の活躍により、輸送ヘリは一機が軽い被弾こそしたものの、撃墜はない。要塞に残る人員は七十二名で、あと一度の輸送によって撤退は完了する予定になっている。
傭兵各機のダメージは蓄積しつつあるが、まだ戦闘に支障を来すレベルの問題は発生していなかった。敵の遠距離攻撃の集中射を受け、サンディのバンカーは破壊されたが、問題なく前衛の援護に回っていた。
「途切れましたね」
レーダーを見て、サンディが零した。この二十分間休む暇もなく攻め続けてきたゴーレムの波が途絶えたのだった。
「‥‥諦めるとは思えないけど」
「ですなぁ。ここまで虚仮にされて、おとなしく退くとはとても思えません」
シフォンとタケシの言葉に、流叶が頷く。
「くだらない策を巡らせているんだろう。小出しはやめていっぺんに、とかそんなところか」
「46センチの時間が稼げますから、望むところではありますけど」
と、再び巨砲を見つめるキャプテン・エミター。
「何にせよ、正念場ですね。気を抜かなければ、乗り越えられるはずです」
「‥‥ん。ここが。踏ん張り所。頑張る」
「きたぞ。凄い数だな。これは、苦しいかもしれない」
修司と憐の声に、信人が割り込む。要塞のレーダー施設とリンクして視野を広く持った岩龍のレーダーは、これまでで最大数の光点を表示していた。これまでは要塞からの援護射撃もあったが、その大半が撤退した今、八機のKVのみで乗り越える必要がある。
「敵機視認。ぶちかますとするか」
敵は最後の攻勢のつもりなのだろう。全速力で、この防衛ラインの突破だけを考えているらしく、凄まじい速度で進攻してきていた。
46センチ砲の轟音が山々にこだまし、大地を抉り、集団の先頭の悉くを吹き飛ばしても、その勢いに翳りは見られない。
すぐさま三連装砲の射程まで飛び込んできた。シフォン、キャプテン・エミターが迎撃のトリガーを引こうとするが、それを信人の声が遮った。
「左右の山から敵だ。速度は遅いが距離がある。15.5センチで片付けられるか?」
「小癪な!」
エミターは叫び、銃座を回転させて山を見上げる。急勾配の山を、木々をなぎ倒しながら、まるで転がり落ちるようにして降りてくるゴーレムがいた。
「‥‥見えた。火力下がるけど、お願いね」
シフォンも、逆サイドの山で敵を確認、トリガーを引く。三体ずつと少数ではあるが、発射サイクルの遅い三連装砲では片付けるまでに二十秒はかかってしまう。
「撃ち抜くッ!」
一発も外せないと自分を鼓舞し、照準に集中する。
主力である三連装砲の援護が消えると、形勢が途端に怪しくなった。
「バンカーがもちません。放棄します」
タケシの濃緑に塗られたアヌビスが、バンカーから飛び出して双機刀を抜いた。敵の猛攻に耐える前衛三機の元へ一気に駆け寄ると、双機刀で立て続けに二機を破壊。
「‥‥ん。バンカー。出て。近接戦で。足止めする」
続いて憐のバンカーがゴーレムのレーザー掃射によって破壊される。生き埋めの憂き目に遭う前に離脱した憐も、真ツインブレイドを両手に僚機の元へ駆け寄った。
「いけませんね。二機抜けました。サンディさん」
「了解です! とどけっ」
修司に言われ、咄嗟にSES−200を起動。ドミネイターを振り回すサンディ。一機を引き裂くことに成功するが、もう一機が抜けていく。
「‥‥ん!!」
憐の真ツインブレイドの切っ先がゴーレムの背中から突き出す。サンディはほっと一息ついて、ガオウを睨んだ。要塞に降り立った最終ヘリは、まだ飛び立たない。
「押されているか。癪に障るな」
機盾で味方を狙うゴーレムを阻止しながら、流叶が忌々しげに吐き捨てる。
「山は片付きました。援護に戻ります!」
「‥‥こちらの砲はだめになったわ」
近接班の周辺に砲弾を撃ち下ろすエミター。曲がった砲身を見、即座に接続を解除したシフォンは、背後で打ちあがった信号弾に気付く。
「‥‥大隊の撤退完了。皆、すぐに撤退を」
シフォンに言われ、信人はすぐに接続解除。が、衝撃その他に対応するためにがっちりと固定された岩龍が自由になるまで、かなりの時間がかかる。
「ゆっくりしていただいて構いませんよぉ! 堪えてみせます」
「いや。さすがに待っていられない。破壊してすぐに撤退する」
ブーストに点火した岩龍が、推力を利用して無理矢理に巨砲の銃座を離れる。派手に火花を散らす接続部は、もはや使い物にならないだろう。
「確かに、最終的には壊してしまうものでしたね」
「悪くない使い心地だった。じゃあ、先に失礼させてもらうよ」
レーザーの雨をかいくぐりながら、岩龍が開かれた要塞の門をくぐる。裏側には、短距離離着陸用の滑走路があり、そこから撤退する手はずになっているためだ。
シフォン、憐、エミター、修司、サンディが遠距離武器に切り替え、敵を抑えながら下がる。殿ではタケシと流叶が敵と刃を交えつつ、じりじりと後退していた。だが多勢に無勢。二機の装甲が悲鳴をあげる。
「ぐ、これは」
「まずいですねぇ。いや、あと少し」
『こちらアシール1。ヘルメットワームは片付いた。援護は任せろ』
見あげれば、黒塗りのS−01Hが急降下しつつ機銃を掃射していた。
「恩に着ます」
「任せるぞ」
『なに、こちらも早いところそのデカブツを破壊して逃げたいのでな』
タケシと流叶は得物を渾身の力で振り回すと、最大速度で疾走。要塞正門をくぐりぬけると、即座に変形して空高く舞い上がった。
編隊を組み、要塞に背を向け帰路につく。不意に、背後で轟音が聞こえた。振り返ってみれば、たった今まで激戦を繰り広げていた要塞ガオウが、その短い活躍を終え、爆煙に呑まれている。ゴーレムと共に消滅しようとしていた。
「要塞の破壊を確認。帰投する」
八人は二度と歴史の表舞台に立たない要塞の最後を、それぞれに見届けた。