●リプレイ本文
●風のように
「いつもながら困難な任務を与えてくれるものだ。まあ、俺たちが戦えるのも補給物資があってのことだしな。護りきって見せよう」
作戦エリアを目前に控え、榊兵衛(
ga0388)が呟いた。敵中での着陸と聞かされれば萎縮しても何ら不思議は無いというのに、兵衛はむしろ楽しみにさえしている様子だった。
「無茶も毎度で慣れたものよね」
エリアノーラ・カーゾン(
ga9802)が冷笑を浮かべながら言う。
「とにかく、タイミング的に結構ギリギリみたいだから、急がないとね」
アーク・ウイング(
gb4432)に同意するように、各機は一路作戦エリアを目指す。
●諦め
TOW対戦車ミサイルが噴煙を吐き出しながらゴーレムに突き刺さって爆ぜる。多少は効くが、決定打にも有効打にもなりはしない。ゴーレムが避けようともしないのが、良い証拠だった。
頼みのM1戦車はかき回され、既に隊列を崩している。戦車で戦うのなら、隊列は重要なのだ。撃破も時間の問題だろう。
となれば望みは増援だけなのだが、果たして到着するのかどうか。全速力で後退しているものの、ゴーレムに比べたら鈍亀でしかない車両達は、あっという間に捕捉された。最早蹂躙を待つのみである。
APCのキャビンでは、兵達が戦々恐々と震えているだろう。抗いようの無い暴力に曝されているのだから無理もない。彼らをここで降ろしたところで、ゴーレムと、会敵が予測されているHWに薙ぎ払われるか、舌を出して追いかけてくる犬っころどもに噛み殺されるだけだろう。
「ヘルメットワーム、きました!」
聞きたくもない。APC一号車の車長は顔を顰め、TOWの発射を促す。弾薬を積んだまま死ぬなど、許されない。
「あの機影‥‥」
車外に身を乗り出し、40mmグレネード砲についていた射撃手が、エンジン音にかき消されるような声で呟く。
「KV‥‥?」
空で閃光が迸ったのはそのときだった。軍の編隊ではありえない、機種も配色もバラバラのKVが六機、頭上を掠めて飛び去った。特に一機、シュテルンと思しき機体が、他の機を圧倒する速力で空を貫き、敵中を食いちぎらんとする。そしてそのシュテルン諸共とばかりに、他の五機が放った無数の兵器が、大空に火線と煙の軌跡を描いて、今まさに車列に攻撃を加えんとしていたヘルメットワームの群れに一撃を加えたのだった。
「傭兵か? 空を抑える気か。だが地上は‥‥」
六機のゴーレムはKVには目もくれずに、車列に狙いを定めている。近接攻撃主体のスタイルであることが、唯一の救いだろうか。ほんの数秒ではあるが、猶予がある。
車長は射撃手の股の間から頭を出して、頭上を睨む。KV六機は既にヘルメットワームと戦闘に入っている。敵総数は同じく六機。ヘルメットワームは八機いたはずだ。集中的に攻撃された二機が、既に落ちている。ならばどうにかなるかもしれない。輸送車両は更に逃がし、APC及びM1戦車を前面に展開させ、ヘルメットワームを殲滅した傭兵が降りるのを待つ。戦闘部隊は全滅するだろうが、輸送物資を守れたのなら敗北にはならない。
不意に、巨大な火球が視界を覆い尽くし、直後に熱波が襲ってきた。傭兵が好んで使う兵器の一つ、フレア弾だ。ゴーレムの一部とキメラを巻き込んだ火球の脅威に、ようやくゴーレムはKVを敵と認識した。
「KVがギアダウン!」
無線機を力一杯に握りしめた車長が、飛び跳ねた。見上げれば、煙幕を盾にして、確かにKVがギアダウン。高度を下げている。ヘルメットワームはまだ六機も残っている。なのに着陸するというのか。
「はやまったか‥‥」
●強襲
強襲機三機が降下していく。それも悠然と。この辺りは土が軟らかく、さしものKVとはいえそう簡単に着陸できるものではない。慎重に、細心の注意を払いながら降りていく。それが可能なのは、
「御山さん、六時及び五時に敵。ラウラさん、六時方向及び三時方向」
「了解セラフィエル。それと、下に着かれているぞ」
「一機撃墜したわ。霞澄さんの掩護に入る」
アンジェリカ、シュテルン、フェニックスを駆る、霞澄 セラフィエル(
ga0495)、御山・アキラ(
ga0532)、ラウラ・ブレイク(
gb1395)の三名の奮戦あればこそだった。
「ゴーレムがうるさいわね。余裕があれば、一発お見舞いしてもらえない?」
エリアノーラ機が、地上からの機関砲掃射を受けていた。食らいながらも垂直着陸能力を使用し、素早く降下していく。大したダメージにはならないが、煩わしいことこの上ない。
「了解。ブレイク、頼む」
「後ろのは任せて」
エアブレーキを全開に広げたシュテルンは、急降下しつつ急激にその機速を落としていく。ゴーレムは輸送部隊から百メートルほどしか離れていない。まさに危機一髪。だが間に合った。アキラは無表情にゴーレムの群れの中心部へ照準すると、Gプラズマ弾を投下した。
着弾を確認するよりも早く、シュテルンはA/B点火。背後に迫っていたヘルメットワームをラウラに任せ、三機に追われる霞澄の掩護に入った。
「ストライクです」
眼下でGプラズマ弾が着弾し、青白い閃光が視界を奪う。霞澄のやわらかな声が響き、アキラは苦笑した――ような気がした。三機に追われていたはずの霞澄が、既にそのうちの一機を撃墜していたからだ。いくらか被弾してはいるが、まだまだピンピンしている。
「こちら榊。変形した。掩護に感謝する」
「アーク・ウィング、変形しました」
「エリアノーラ、変形完了。ゴーレムを蜂の巣にするわ」
地上からの通信を聞いて、空の三人はそれぞれが内心で舌なめずりをした。霞澄はやわらかく、アキラは無表情に、ラウラはクールに。もう何も気にすることはない。まだ到着してこそいないが、セグウェイ(
gb6012)によるアンチジャミングは効いている。残る四機のヘルメットワームなど、あっという間に蹴散らしてやろう。
●参上
強襲にあたった三機は、ゴーレムとM1戦車部隊の丁度中間に降り立った。ゴーレムは着陸態勢の三機を集中的に狙ったが、上空からの掩護もあり、三機の被害は、戦闘に支障のない程度。ゴーレムの兵装が近接主体であったことも、幸いした。
「我が槍の穂先に掛かりたい奴から俺の前に出るのだな。速やかに粉砕してくれようぞ」
兵衛が吠える。それが聞こえたのか否か、ゴーレムは手持ちの機関砲を構えると、六機全てによる一斉掃射。
「考えたわね」
「戦車、下がらせないとですよ」
「俺が挑発したからか?」
「違うと思うわ。たぶん」
弾雨は何も三機だけを狙ったものではない。あわよくば後方のM1戦車や、APCまで貫こうという算段なのだろう。狙いの甘い攻撃は、かえってそれが恐ろしい。爆発音がして、エリアノーラが振り返る。M1戦車が一台、黒煙を噴いていた。
エリアノーラは戦車隊を一纏めにし、その前面に立ってアイギスを構える。その左右に、PRMによって機体の装甲を強化したアーク、槍を前面に耐える兵衛がついた。
「ダメージは無に等しいが、動けないな」
「こっちは無に等しくないので、あまり食らっちゃうとまずいです」
驚異的な防御力を誇る雷電は、敵の火砲を真っ向から受けても平然としていた。一方シュテルンは致命傷にこそならないものの、装甲を徐々にではあるが削られていた。だがただではやられない。スナイパーライフルによる攻撃は、着実にゴーレムを抉っていた。
「輸送機、結構近場に降りたと思ったんだけど」
「噂をすればなんとやら、ってな。到着だ。行くぜ」
最高速度で疾走するスカイスクレイパーが、後方から一直線に向かってくる。そのすぐ後ろには、寿 源次(
ga3427)のリッジウェイの姿もあった。
「早かったな」
「降ろされたのがすぐそこだったのでな、ブーストで追従させてもらった。これで、形勢逆転だな」
二機は遠距離兵装を惜しみなくばらまきながら、三機のもとへ到着する。
「神槍兵衛! 迅雷の如く切り込み、その名を奴等に刻んでやれ!」
「無論」
一番槍は兵衛。溜まった鬱憤を晴らすべく疾駆した巨体が、弾雨を弾いてあっという間に、アークが手負いにした一機と密着。すかさず放たれた宇部ノ守が、ゴーレムを刺し貫く。
「一機」
膠着していた戦線が動いた。残るゴーレム五機が、刃を剥きだしにして兵衛の方を向いた瞬間、兵衛以外の機体も弾かれたように動く。同じく隊列を変更したM1戦車の主砲による掩護を借り、一気に接敵。ナックルフットコートによって強化された四肢で、ゴーレムを殴り飛ばすセグウェイに、機盾を巧みに操り、隙を突いて破壊していくエリアノーラ。この期に及んでも機関砲による戦車やAPCの撃滅を狙うゴーレムの攻撃は、源次が受け止めている。その源次の影から、安全にスナイパーライフルを構えるアークの一発一発もまた、敵に致命的な損害を与えていた。
「あ、なんか、すごいですよ」
アークが辟易して言う。彼女の視界には、大量のキメラが映っていた。しかも蜘蛛。気持ち悪いことこの上ない。
「これが、火を噴くっていう?」
エリアノーラが眉を顰める。
「突破していくな。くそ、これを全て相手するわけにはいかないぞ」
セグウェイが吐き捨てる。攻勢に出たとはいえ、ゴーレムも死に物狂いだ。そう簡単に全滅とはいかない。キメラに気を取られれば、巻き返されることも有り得る。
『抜けたのは、どうにかしてもらえる? 後方のキメラは、全て焼き払うから』
「頼まれた。そして頼んだ、ブレイクさん」
フェニックスが急降下していく。
「これなら、誤爆の心配もないわ。全て焼き尽くしてあげる」
見えるのは一面真っ黒の波だ。八本足の節足動物を真似たキメラのど真ん中へ、Gプラズマ弾が投下される。
源次はガトリングを掃射し、次から次へと雪崩れ込んでくるキメラを蹴散らす。それだけで足りないと気付くや、機体を縦横無尽に動かし、次々にキメラをひき倒していく。
キメラはM1戦車とAPCだけでも全滅させられそうではった。Gプラズマ弾によって、ほとんどが死滅しているからだ。しかし、それでも数は多い。一機大破してしまったM1戦車は仕方ないとして、これ以上の被害拡大を防ぐためには、源次が体を張る必要があった。
「ちょこまかと!」
攻撃されようとも、リッジウェイが傷つくことはない。だがちまちまちまちまと動き回る蜘蛛キメラは神経を逆撫でする。いっそ降りて戦ってくれようか、とさえ思う。
ガトリングを撃ちまくるリッジウェイの周囲のキメラが、突如吹き飛んだ。何事かと辺りを見回せば、いつの間にかAPCから降りていた歩兵二十名が、ロケットランチャーを肩に担いでそこら中に撃ちまくっていた。
「掩護感謝」
「こいつら程度ならどうにでもならあ! やっちまおう」
キャビンに押し込められ、余程鬱憤が溜まっていたのか、弾けるような攻勢によって、キメラは瞬く間にその数を減らしていった。
●釣り
上空は、霞澄を追っているヘルメットワームで最後だった。追っていると言っても、実際は追わされているのだ。霞澄が釣り、アキラ、ラウラが追う。基本的だが絶大な威力を誇る戦法だった。霞澄の機体は他二機と比べて被弾も多くなり、当然危険だが、彼女自身は喜んでその役目を自分からこなしていた。
「3、2、1――ブレイク」
アキラの合図で、霞澄機が左に転回。螺旋弾頭ミサイルが雲を引いてヘルメットワームに叩き込まれる。
「うまくいきました。さすがですね。下も片が付いたようです」
首を巡らせ、ヘルメットワームの撃墜を確認した霞澄が言う。
「そのようね」
蜘蛛は源次と戦闘部隊の活躍によって壊滅している。
アキラがゴーレムと戦う仲間の方を見やる。
「お前でラストだ!」
セグウェイが言いながら飛びかかり、ゴーレムの爪を回避し蹴り飛ばす。吹き飛んだキメラを待っていたのは、エリアノーラのソードウィングだった。
「はい、おしまいね」
●おわり
「思ったより、楽でしたね」
アークが呟く。全機はラウラの提案に乗り、このまま物資輸送の護衛につくことにした。他の輸送路も露呈しているというのだから、この輸送隊がこの先で狙われないという保証はない。せっかく助けたのに壊滅したと聞かされればさすがに堪える。
「作戦を聞いたときはどうしたものかと思ったが、上手く事が進めばどうということはなかったな」
「そうか? 初手でしくじっていたらと思うと、ゾッとする」
周囲を油断なく警戒する兵衛に、アキラが返す。
「確かに。状況はかなり逼迫していたようだし」
蜘蛛の体液でべちゃべちゃになってしまった大山津見を今すぐ洗浄したい源次。
「まあ作戦勝ちってところね」
「何にせよ、死者ゼロで作戦を完了できたんですから、良いことです」
ラウラと霞澄も話題に乗ってくる。
霞澄の言う通り、今回の作戦で死者は出なかった。M1戦車は大破したが、その後迅速に敵の殲滅に努めたため、救出が間に合ったのだった。
「ん? レーダーに反応だ」
セグウェイの言葉に、全員が緊張する。
「ゴーレム?」
「いや、さっきのキメラだな。この辺に配置していたんだろう。ラウラの言う通り、護衛を買って出て正解だ。うじゃうじゃいる」
ホッと一息つく。キメラならば、KV八機の敵ではない。
「じゃあ、源次に任せましょう」
「なんだって?」
「だってほら、体液、すごいじゃない? あの蜘蛛モドキ」
エリアノーラに言われ、全員が源次の機体を見た。ねばねばどろどろ状態。
「‥‥引き受けよう‥‥掩護くらいは、してもらいたい‥‥」
とぼとぼと、源次が機体を走らせる。
「冗談。じゃ、さっさと片付けましょう」
輸送物資は無事に届いた。また傭兵の奮戦の様子が前線に伝えられると、疲弊しきっていた戦線は俄に活気だったと言う。それが例え一時しのぎの幻想だとしても、疲れ切った兵達を、八人の傭兵が奮い立たせたのは、事実だった。