●リプレイ本文
●満身創痍
あちこちから火花を散らす機体。装甲版が剥がれ落ち、内部構造を剥きだしにしている機体。腕を失った機体。どの機体にも言えることは満身創痍ということ。
「敵、確認。機数六。上から見た限りではゴーレムですね」
飯島 修司(
ga7951)は着陸し変形を済ませると、レーダーを睨みながら言う。そうしながら、修司はコクピットに無数にあるボタンのうちの一つを押した。ディアブロが弾切れのUK−10AAMをパージする。火薬の破裂音と共にパイロンからはじけ飛んだランチャーが地面に落ちる。
「幸いまだ余裕がある。俺も行くよ。こんな光景、見過ごすことはできない」
最後に降り立ったのは、幡多野 克(
ga0444)だった。機体状況は八機の中では比較的良好。とはいえ、射撃兵装主体に構築された雷電のうち、人の多い市街地で使用できる兵装は限られている。唯一の近接兵装であるディフェンダーをメインに戦っていくには、装甲の状況は悪く、心許ないことこの上ない。
「各機、互いに状態を把握してフォローしあって」
ラウラ・ブレイク(
gb1395)が機体を進めようとするも、左腕の肘から先を失ったアンジェリカは大きくふらついた。姿勢制御系に指示を送るも、なかなかうまく働かない。あちこちに受けたダメージによって、制御系にも少なからず影響が出ていた。あとは、機体動作を徹底的に考慮するほかに、手はない。
『‥‥死なないわよね? 信じてるから』
撤退した雷電乗り、アネット・パークスからの通信。なんて不吉な女なのだろうか。フン、と堺・清四郎(
gb3564)が鼻を鳴らす。
「愚問だな。死ぬのは嫌だが何かできるのに見捨てて自分だけのうのうと生きるのは死ぬよりも嫌なんでな‥‥」
『それ、死ぬってこ――』
「突っ込むぞ!!」
清四郎の号令に、各機が続いた。
●近接戦闘
「機体の状況は、最悪ですか。いえ、ハンデにはちょうど良いくらいですね」
エネルギー変換機構に大きなな損傷を受け、機体出力に異常を来している如月・由梨(
ga1805)のディアブロ、及び西島 百白(
ga2123)の阿修羅が先頭を切り、大通りを抜けていく。道は広く、通り沿いの建物は皆KVよりも背が高い。周囲に睨みを利かせていた由梨は、不意に視線を向けた百白の阿修羅を見て、眉根を寄せた。損傷がコクピット付近に集中していたのだ。よくもあれで降りてきたものだと思う。無論人のことなど言えないが。
「会敵注意。反応、如月機左方へ四百メートル」
「こちらでも確認。先手は取らせていただきます!」
「面倒だが‥‥行くか‥‥っと、お!?」
秋津玲司(
gb5395)の報告を受け、由梨、百白が交差点を折れる。逃げ惑う人の波が、突如として現れた二機に驚き真っ二つに割れた。
「動きが取れない」
パニックによって半ば暴徒と化している市民の数は、八人の予想を大きく上回っていた。危害を加えないように注意しては、一歩足りとて動けない。由梨と百白は周囲を人に囲まれる直前に跳躍し、たった今抜けてきた通りへ戻る。
「迂回するしかなさそうね」
アンジェラ・ディック(
gb3967)の冷静な声に頷いて、八機は一つ前の交差点まで戻る。ビル上を走ってもよかったが、火災によって取り残された人が、ビル内に残っている可能性が非常に高い。実際、今も窓から身を乗り出して助けを求めている人が幾人も見受けられる。そんな彼らの頭上を走って、ビルが倒壊しては元も子もない。碁盤の目のように張り巡らされた通りを地道に走るほかに、ゴーレムに近付く方法がなかった。
「‥‥これは少々、酷い。冷静に冷静にと努めてはいますが」
修司が強く奥歯を噛み締める。
街中からサイレンの音が響いている。パトライトの輝きもところどころに反射して見えるが、燃え盛るビルが吹き上げる黒煙はそれこそ無数。焼け石に水とはまさにこのことだろう。消防車も救急車も武器も何もかもが足りない。何人があの業火と煙に巻かれているのか。これまで既に何人が死んでいるのか。
「そこを右折した先にゴーレムの反応。三機。更に左折した先で三機」
「二手に別れましょう」
克の報告。アンジェラ機がスナイパーライフルを構える。交差点へ差し掛かった瞬間、ゴーレムからの一斉砲撃。全弾が外れるも、着弾点は全てビル。誰かが舌打ちをした。どこもかしこも人だらけの現状では、正解はむしろ自機で受けること。ボロボロの機体で無茶苦茶だが、それ以外に方法がない。
アンジェラ機、由梨機、百白機が交差点を折れ、信号機をなぎ倒して疾駆する。幸い、この通りに人はいない。それも当然だ。ゴーレムの侵攻ルートだったらしい通りは、既に焦土と化していた。ビルは穴だらけで燃え盛り、道路には黒こげの遺体がいくつも転がっている。が、今はそれを気にとめているときではない。
「コールサイン『Dame Angel』、機体停止するまで足留め・救助開始」
敵弾の雨を避け、最初に敵に取り付いたのはアンジェラ機。スナイパーライフルをゴーレムの腹部に押しつけ、トリガー。
「射程が半減していようと、この距離ならば関係ないわね」
装甲を砕き、超大型ライフル弾がゴーレムの腹をえぐる。
「いきます!」
たたらを踏んだゴーレム目掛け、由梨機が跳躍。限られた出力が許す限りに渾身の力をこめて徒手空拳のままで。五メートル以上飛び上がったディアブロは、そのまま強化コーティングされた足を突き出し、跳び蹴りを腹に見舞った。
ゴーレムが大きくのけぞる。その先にはビル。由梨は思わぬ失態に歯を噛み締めた。どこに人がいるかはわからないのだから、全てのビルが防衛目標となる。機体の調子が万全なら、腹を貫いていてもおかしくない一撃だったというのに。
「‥‥そっちに行くな‥‥面倒なやつめ」
百白の阿修羅が四脚を唸らせて、ゴーレムとビルの間に入り込む。ただ受け止めるためではない。ストライクファングが風を切り、二人が損傷を与えた腹部を貫いた。同時に、百白機のあちこちから火花が散る。
「すみません」
「さすがの蹴りだ‥‥一機撃破‥‥いけそうだな」
「後ろ、下がって」
「‥‥了解」
アンジェラが叫ぶのと同時に、ゴーレムが巨大なブレードを手に百白機へと肉薄する。
「させませんよ」
修司機が割り込み、Hディフェンダーによってブレードを受け止める。一発目を撃ち、すぐに後退していたアンジェラが、修司が止めているゴーレムに接近、同じようにスナイパーライフルを撃ち込む。
「素晴らしい」
「貴方こそね」
一瞬の視線交錯のあと、二機は左右に散った。ブレードを構えたゴーレムが二機、接近してきていた。
「あら?」
由梨が嬉しそうに呟いた。
「ブレードを抜いてくるとは」
「ありがたいわね」
●近接戦闘2
克、ラウラ、清四郎、玲司は残る三機へ猛攻を仕掛けていた。だが、こちらの三機は近接戦闘に乗ってこない。やや距離を取っての砲撃に徹しており、四機は被弾を甘受することでどうにか街への被害を抑えていた。最も厳しい状況にあるのは、機体制御の難度が極端に上がっているラウラ機。次いでラウラとの連携を重視している清四郎だった。
「二人は少し下がって」
「これ以上、やらせはしない‥‥」
克、玲司がそれぞれ二人を庇うように飛び出す。対するゴーレムは、矢張り中距離を維持し続けていた。KVを敵と認識し、それ以外への攻撃を行おうとしないのは僥倖ではある。が、苦しい状況に違いはなく、コクピットに響き続けるレッドアラートを聞きながら、玲司は冷や汗を流していた。だがそれでも、
「飛び込んで一発お見舞いします。幡多野さん、掩護を」
先輩傭兵の奮戦を見て、滾らずにはいられなかった。
「了解。隙を見てこちらも一撃入れる‥‥」
ロングボウはブースト点火後、弾雨をかいくぐるようにして三機のゴーレムのうち一機に肉薄。六連装のロケットランチャーを、脚部目掛けて撃ち込む。ゴーレムの装甲を貫いたロケットが連続で炸裂する。が、接近される直前に抜いていたブレードが、着弾とほぼ同時に玲司の機体を貫いていた。ロングボウがよろめいたのを見てすかさず逆袈裟斬りに振り抜こうとした刃を、すんでのところで克のディフェンダーが防ぐ。
「く、すみません」
固まった二機目掛け、ゴーレム二機が射撃。装甲を削り落とされながら、克は眼前の一機目掛けてディフェンダーを叩き込む。
「こっちは任せろ! そいつをやってくれ」
清四郎が射撃するゴーレムに飛びかかっていく。玲司、克の集中攻撃によって、ゴーレム一機がようやく大破するが、前後から挟まれる形で蜂の巣にされた清四郎機は、危機的状況にあった。コクピット内の清四郎も、大作戦の後ということもあり、疲労は極限状態。右に跳べば安全なのか、左なのかはたまた斬り掛かるのか、判断が遅れていた。
「こうまできついとはね‥‥」
清四郎よりやや遅れて駆け出したラウラのアンジェリカは、バランスを崩しながらも一直線に片割れのゴーレムへ向かっていた。残った右腕には、金属の筒。
「後ろは私がやる! 前に集中して!」
「おう! わかった!!」
清四郎の怒声にも似た声に頷いて、ラウラは機体をゴーレムに体当たりさせる。押し倒したゴーレムの胸部に突き付けたのは練剣「雪村」。大きな練力と引き替えに、絶大な破壊力を生むレーザー刀身を作り出す知覚兵装だ。無論、今のラウラ機にその負荷に耐えるだけの余力はない。
「あとは、任せるわよ」
KVの拳が柄を握りしめ、超圧縮されたレーザー刀身がゴーレムを一瞬のうちに真っ二つにする。ゴーレムの撃破を確認すると、アンジェリカも機能停止。ゴーレムに折り重なったまま、微動だにしなくなる。
「ラウラさんを逃がす。雷電、堪えてくれ‥‥」
残り一機となったゴーレムがアンジェリカのコクピットに照準を合わせているのを見、克が機体を盾にすべく飛び込む。同時に清四郎が斬り掛かり、ラウラはその隙にキャノピーを開けて飛び降りると、市民誘導と救出のために、人波の方角へと駆けていった。
「あと一機ですね。決めたいところです」
「いや、待て。音が‥‥」
●掃討部隊
百白の機体は既に限界だった。原因は、すぐ近くで救助活動を始めたレスキュー隊にある。良くないことに、この近くの燃え盛るビル群には、山のように取り残された人々がいるらしい。敵を目前にした消火活動に、指一本でも触れさせるわけにはいかない。一歩も退けない状況に陥った四機は、鉄壁の構えで自機を壁とし、ひたすら堪え忍ぶしかなかった。特に、コクピット付近への被弾が多いためか、百白機が狙い撃ちにされていた。近付いてきたゴーレムに、クラッシュテイルを叩き込んだところで、百白機の胴体が不気味に膨らんだ。
「‥‥すまない‥‥俺らは‥‥限界だ‥‥面倒事は‥‥任せた‥‥」
「吹き飛ぶわよ。脱出を」
「‥‥だめだ‥‥脱出装置‥‥ぶっ壊れた‥‥」
「なんですって‥‥飯島さん!」
由梨が、クラッシュテイルを真正面から浴びて大破寸前のゴーレムに虎の子のスラスターライフルを撃ち込む。
「お任せを‥‥失礼、しますよッ」
修司機がHディフェンダーを横に構える。狙いは阿修羅の風防。渾身の突きによって風防を砕かれると、最後の力を振り絞った百白が阿修羅から飛び降りる。案の定血まみれの百白は一度だけ奇妙に膨らんだ阿修羅を見上げたあと、路地に身を隠し、そのまま壁に背を預けると気絶するようにして眠りに落ちた。直後、阿修羅は胴体部から真っ二つに吹き飛んだ。
「油断は出来ないわね。あの消防車の車列に一発でも撃ち込まれたら、負けみたいなものよ」
と、ゴーレムが突然後退を始める。
「何でしょう」
由梨が首を傾げる。
「不利を悟って逃げ出した、というのは希望的観測というものですかね」
「どうかしら」
『上だ! 避けろ! 敵の曲射砲――』
聞こえたと思った途端に途切れたのは、清四郎の声だった。直後、少し離れた地点に降り注ぐ幾本もの瑠弾を確認。
「新手?」
「いけません。如月さん、アンジェラさん、射撃地点へ急がないと」
「‥‥どう考えても、誘われてますよね」
逃げたゴーレムを追っていけば、すぐに敵の増援の元へ辿り着いた。清四郎、克、玲司とも合流。が、由梨の推測通り敵は見事に待ち構えていた。逃がした二機とあわせて、総数は八機。遠距離攻撃に特化したゴーレム六機の増援というわけだ。とはいえ、曲射砲など撃たれては、KVを通り越して攻撃をされてしまう。誘いには乗るしかなかったのだ。
「あと少し持ちこたえてくれ、雷電‥‥!」
「まだだ、まだ戦える‥‥!!」
克の呟きをかき消すような大声で、清四郎が叫ぶ。
ゴーレム全機の砲が火を噴いた。ビル群を守りながら、避けることを許されない六機に、次々と広範囲を焼く砲弾が突き刺さっていく。
全機は被弾も省みず、突っ込んだ。最早それ以外に手段がない。克の雷電が黒煙を噴き上げ、それでも最後の意地とばかりに持ちうる兵装の全てをゴーレム目掛けて放つ。
「見た、か‥‥」
ゴーレム一機と相打つ形で大破した雷電だったが、脱出装置は健在だった。
「っ! 弾切れ。突っ込みます」
由梨はスラスターライフルを放り投げる。後方から見た戦場は酷い有様だった。万全なら、この近距離で射撃兵装しか持たないゴーレムなど物の数ではない。しかし今はその弾幕が恐ろしい。当たり所次第で吹き飛んでしまうような機体ばかりなのだ。
徒手空拳で突っ込んでいく由梨は、清四郎機が堪えきれず頽れるのを見た。アンジェラ機が片足を吹き飛ばされるのを見た。どうにか敵に接近したときには、残る味方は修司と玲司だけになっていた。敵はまだ六機。
『よく耐えてくれた。合図で頭を下げろ。三、二、一、撃て』
不意に声が聞こえて、三機はその場に倒れ伏した。直後、数え切れない弾雨が、見事な十字砲火でゴーレムを貫いた。
五機ずつに別れて展開した黒いS−01Hが、容赦のない弾幕を張っていた。無傷のKVがなんとも頼もしい。
「間に合ったんですか、増援。ああ、依頼者はこんな気分なんですね、いつも」
由梨が深い溜息と一緒にこぼす。
「もう味わいたくないものです。動けませんしね」
修司の声色から、安堵した様子が伝わってくる。
「あと一発でアウト‥‥だった‥‥」
玲司は呆然としている。
ほとんど動かずに射撃していたゴーレム達は、何発か撃ち返しているものの、ほとんどなすすべ無く大破していく。能力者達の捨て身の攻撃は、それだけのダメージを与えていたのだ。
『あ、動ける人、救助救助』
ゴーレムが全滅したタイミングで、ラウラからの無線連絡。まだもう一仕事。休むのはそれからでも、遅くない。