●リプレイ本文
●Cleared to engage
「超低空から奇襲!? HWのくせに‥‥生意気っ!」
戌亥 ユキ(
ga3014)が目を丸くして叫んだ。
高度一万メートルの高空は晴れ渡っている。雲の海を眼下に、銀翼が煌めいていた。八機のKVと管制機。八機はコールサイン「ブルードレッド」の直掩機。直下から急速上昇してくるヘルメットワームの群れに対抗すべく、KVは機首を下げ、翼で雲を描きながら高度を下げていく。
六機が迎撃。二機が超至近での防衛。絶対防衛線は二機の防衛機だ。人類側最新鋭の兵器であるKVは高々度でフルブレーキでも掛けなければまず失速を知らないが、管制機に機速をあわせ、防衛戦闘を行うには人間離れした観察眼と、敵味方の位置を的確に把握する思考能力、そして何より思考を的確に行動に移すテクニックが必要だった。
「では、お願いしますよ」
防衛を担当するフェイス(
gb2501)の口調が硬い。が、それも致し方ないこと。高々度での低空からの奇襲。空での防衛戦というのは、敵戦力が自分達より劣っていても大変な脅威になる。特に今回のように敵の目的が一機だけとなると、囮作戦が多大な効果をあげる。仮にヘルメットワームが一直線に並び、ダメージも気にせず突っ込んできたら、打つ手はないのだ。各敵を一撃で撃破できるなら手もあろうが、生憎とヘルメットワームはそこまで脆弱ではない。
そうならないためには、前衛が徹底的に攻撃をする必要がある。作戦の絶対防衛線をフェイス、そして御山・アキラ(
ga0532)の二人が担うとすれば、作戦の肝となるのは六機の自由迎撃班だった。
そのための、「お願い」は、しっかりと六人に届いた。それぞれから力強い返答。フェイスは操縦桿を捻って機体を天地逆さまに眼下を睨んだ。雲の海を突き破り、ヘルメットワームが飛び出してくる。
『こちらブルードレッド。全機、交戦を許可する』
●Trigger
先ほどまでゆったりと煌めいていた銀翼。それが激しく輝き始めた。ジェットエンジンはごうと唸り、ハイGマニューバを次々と繰り返しては、翼でコントレイルを縦横無尽に引いていく。揚力装置で生んだ人工的な力を限界まで駆使し、戦闘機の常識を覆す機動を行いながら、パイロット達は平然としている。かつて人が死ぬとして、見送られてきた域にまで踏み込んで尚余裕を見せるのが、能力者だった。
「数が多い。何度数えても十機だ‥‥って、平坂さん?」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)は機首を中型HWの群れに向けつつ指折り確認。だがそれはブルードレッドからの報告通り十機。辟易しながら右を見た瞳が、信じられないものを見た。
「あー、足引っ張るわけにもいかないんで、一発大きい花火を撃ち落とします」
平坂 桃香(
ga1831)の雷電が、ブースト点火し凄まじい速度で降下していく。降下、というより最早落下に近い。重傷を押しての戦闘でこの状況、となれば開幕の一撃で敵をごっそりと落とすしかない。混戦になれば、いくら機体が強かろうと動きが取れない桃香に活躍の目はないのだから。
K−02ミサイルの射程まで僅か。シーカーが動き回り、ヘルメットワームのうち五機を捉えようと動き回る。じっとトリガーに指を掛けて待ち――
「オーラルトーン! いけえ!」
蜘蛛の子を散らすように、コンテナからミサイルの雨が降り注ぐ。
多量の噴煙をまき散らしながらHW目掛けて一直線。その後に、UK−10AAM、及びスナイパーライフルの弾が追従。更にユキ機のロックオンキャンセラーの恩恵を一身に受けた五機のKVが続いた。桃香は機速を落とし、後部につく。
「いい狼煙だ」
アキラが上空から見下ろし、呟く。アキラとフェイスの二人は機をブルードレッド直下で旋回させつつ、眼下を睨み続ける。ブルードレッドがプロトン砲の射程圏内に入っていないか、入ってしまったなら当該HWを攻撃できる位置に味方はいるか。それも無ければ、自身の機を盾にする覚悟で。
「動かないで! これ当てるの結構難しいんだから!」
火絵 楓(
gb0095)がソードウィングで次々とHWを刻みにかかる。
「あ、M2さん一機抜けた!」
二機に当てたところで、三機目が楓の吶喊をひらりと回避し、一気に上昇。
「了解。任せて!」
スナイパーライフルで後方から掩護を行っていたM2(
ga8024)機は兵装を高分子レーザーに切り替え、機体を最小半径で旋回させ、上空へ抜けていこうとするHWに二発叩き込む。被弾によってガクっとふらついたHWに、ブレス・ノウを発動させたドッグ機が迫る。
「予測開始、確実に当てる」
ツングースカが己を焼くような苛烈な放火を浴びせかけ、HWを蜂の巣にする。
「まず一機、ですね」
上空のフェイスが平坦に言った直後、HWが四散する。
「ドッグさんの脇から一機抜けそう!」
ユキはスラスターライフルによる掩護射撃をしつつ叫ぶ。
「食らえ」
言うが早いか、後方で状況を見守っていた桃香機からK−02ミサイルが再び白煙をまき散らしながら飛ぶ。既に被弾していたHWのうち一機が、瞬く間に爆炎に包まれていった。
「二機目! 次!!」
スラスターライフルを連射しながらM2が言うも、状況は苦しい。高度が徐々にではあるが上がってきている。順調に撃破してはいるが数では向こうが上。六対十という最低の状態からは脱したが、いまだ数の上では敵が有利。
「狙い打つよん♪」
明るい調子でHWを貫いた楓の三半規管は既に半分麻痺状態にあった。一体を追い散らしたかと思えば次。それを非常に短いサイクルで繰り返していると、脳が混乱し始める。通常の殲滅任務では有り得ないほどの負荷は六人を着実にむしばんでいた。
『こちらブルードレッド。良くない報せだ。敵増援がこちらに向かっている。極僅かだが反応があった。種別はヘルメットワーム。機数五』
「何分後だ」
アキラが苛立たしげに問う。
『2分』
●Cross fire
「きました、か」
更に二機を倒したところで、敵増援が到達した。10−4+5。小学生でもわかる。どうにか撃退した四機を帳消しにしておまけまで付けてくれたというわけだ。
「がっくし来るなあ」
ユキがうなだれる。
「前方の味方は大丈夫なんですか? 増援がくるなんて、向こうの状況がどうなっているのか不安ですよ」
HWを牽制しながらドッグが懸念を口にする。
侵攻してきた方向からして、このHW群がDCA機の警戒を突破してきたことは明白。あちらにも腕利きが何人もいるはずだが。
「より酷い状況ってこと? 大丈夫かな‥‥」
不安げに呟くM2は、あちらの戦域に友人がいるらしい。
「心配も不安も、とりあえずここを切り抜けないとですねえ」
桃香が溜息混じりに呟く。それこそごもっとも。十一機のHWを押さえ込むのは流石に苦しい。先ほどまでは緩やかな上昇だったが、増援によって戦線は一気に高度を上げた。現在高度およそ九千メートル。ブルードレッドが一万メートルを飛行中なのだから、プロトン砲の射程まで、猶予はほんの僅かしかない。
六機は更に攻撃のテンポを上げ、急旋回を繰り返す。
「二機、抜けます!」
ユキの叫び声は、上空待機の二人に向けられたものだった。わかってる。フェイス、アキラは既に動いていた。丸見えだったのだ。迎撃機は全て別のHWの対応に手一杯。
「来ましたね‥‥ここは抜かせません。アキラさんは後ろを」
「了解」
フェイス機がブースト全開で降りていく。二機は間隔を詰め、一気に上昇してくる。ブレス・ノウを発動したS−01HはKA−01試作型エネルギー集積砲を照準。被ロックアラームは無い。プロトン砲はブルードレッドを捉えているのだろうが、射線は潰している。最悪でも機体が盾になる。
いける。思った瞬間、トリガーを引こうとした指が硬直した。
「大丈夫だ見えている。行け」
HWの一機が機動を変えたのだ。しかしそちらはアキラが回ってくれている。フェイスは落ち着いてトリガー。収束した光が一条の光線となって、ヘルメットワームを貫く。大きく崩れ、落下しようとするHWが遅れて閃光を発した。悪あがきのように撃たれたプロトン砲がフェイス機を直撃する。
「この甕星(ミカボシ)在る限り、やらせてやるつもりは無い」
ノズルから火柱を噴きながら、アキラ機がプロトン砲の射線へ飛び込む。そのまま転回し急降下すると、第二射を放とうとするHWにバルカンの弾雨を降らせた。
「下の連中が被弾させていたおかげで、助かったな」
「まったくです。しかし、装甲を厚めにしたとは言え‥‥効きますね」
火の玉になって落ちていくHWの残骸を見下ろしながら、二人は息を吐く。
首を巡らせて損傷チェック。アキラ機は機体下部へのダメージ。フェイス機は翼の一部を損壊していた。計器の異常は見られない。あと二度くらいならば、当たり所さえ悪くなければ耐えられる、と判断する。
「何度もできるものじゃないな。撃たれる前に落とさないともたないだろう」
アキラに同意して、フェイスは再び眼下へ目を向ける。死闘は、途切れることなく続いている。各機が大なり小なり被弾し始める。だが手を出すことはできない。
「歯がゆいな」
「そうも言っていられませんが、ね」
●Reinforcement
それからおよそ二十分。まるで第二次大戦期のドッグファイトのような熾烈な争いは、傭兵達の勝利で終わっていた。落とした敵総数十五。相当の戦果だった。HAVCAP任務は傭兵の収入源としてそれなりの割合を占めている。大概は何事もなく終わる、比較的難度の低い依頼だからだ。仮に敵とぶつかっても今回ほど大がかりな戦闘になることは稀。むしろ、ブルードレッドのような鈍重な護衛目標が、これほどの規模の敵に襲われて無事で済んでいることが奇跡のようなものだった。
「どうにか、撃退できたか」
ドッグが額に浮いた汗を拭う。
「状況はどうなっているんです?」
『この空域はオールクリア。だがDCA機との連絡は依然としてつかない。戦闘を継続中なのだろう』
M2の問い掛けに、ブルードレッドから返ってきたのはそんな言葉だった。友人が気がかりなのか、M2の表情は沈んでいる。
「大丈夫だよきっと」
楓が慰めるように言う。
『まだ油断はできない。先ほどのように超低空からの奇襲は――何?』
管制官の驚嘆の声。八人の背筋に冷たいものが伝う。
「聞きたくないんですけど、一応教えてくれます?」
呆れた調子で桃香がぼやく。
『敵増援、総数十五‥‥ふざけるな‥‥これ以上は‥‥』
管制官はきっと八人のKVを見たのだろう。どれも損傷の激しい機体ばかり。守りながらの戦いでは仕方のないことで、同じ規模で攻められて切り抜けられるものではない。
「十五って‥‥」
ユキは今度こそ疲れ切った声だった。
全員が管制官の言葉を待った。彼らの任務はブルードレッドの護衛。ブルードレッドの任務とは別の部分で動いている。だから、ブルードレッドが残るならどうにかして増援も叩き潰す。だがきっと、それはできないだろう。
『――命令が下った。撤退だ。作戦は失敗。KV各機は追ってくるヘルメットワームを追い散らしてくれ。近隣の基地から航空部隊が急行している。それが到着するまで、頼む』
前線の部隊が何かしくじったのか。KVの被弾がもっと少なければ、別の展開があっただろうか。或いはそのどちらとも、なのかもしれなかった。
直ぐさま機首を翻し、撤退を始めたブルードレッドの護衛についた八人は、一言「了解」と口にしただけで、以降連携以外の会話はなかった。
●Hanger
近隣の航空基地へ着陸した九機は、ブルードレッドを除いて全機が派手に被弾していた。鉄の棺桶状態のKVを見て、基地で待機していた兵達が騒然としたのは想像に難くない。
八機はラストホープまで飛ばすのは困難として、全機が現在点検及び補修作業中だった。無論、応急処置に過ぎず、本格的なものはラストホープに戻ってからになる。
「我々の任務自体は成功ですが、どうにも後味の悪い結果ですね」
ハンガーで飛び散る火花と愛機を見つめながら、フェイスは煙草を吹かしていた。その背には、哀愁が漂う。死を覚悟していたブルードレッドの乗務員からは神が如き扱いを受けた。それは悪くはない。人命を守れたのは誇るべきだ。だがどこか、釈然としない思いが八人に共通してあった。
「今は彼らを救えたことを素直に喜びましょう」
ドッグは疲れた表情を隠せずにいた。
「桃香さん、大丈夫かな」
ユキはコーヒーを啜りながら、担架で運ばれていった桃香の心配をする。比較的元気な状態で着陸した桃香の雷電だったが、中身が大変だった。重傷状態での無理な戦闘は、肉体的には無事でも、精神に大きくダメージを与えたのだろう。
「さりげなく聞いてみたところによれば、平気だそうだ。まったく、無茶をする。ん? M2が戻ってきたな」
苦笑しながら言ったアキラが、ハンガーに駆けてくるM2を見つける。M2はフェイスからマグカップを受け取ると息を吐いた。
「友達は無事だったの〜?」
ユキの隣でへばっていた楓が、冷めたコーヒーを一気に飲み干したM2に問い掛ける。
「みたいです。向こうも大変だったみたいですけど、みんな無事だと」
その報告を聞いて、一同は胸を撫で下ろす。
敵に囲まれている前線の彼らを置き去りにした。事実とは異なっていても、それが胸につっかえていた。オペレーションダイアモンドリングの一端を担う作戦は失敗したが、参加者が無事ならば、今はこれ以上を望むものでもない。
「安心したら眠気が」
ユキがぐったりしている楓の隣で頽れる。
「眠るのもいいですが、作戦があったから今日は何も食ってないでしょう。飯にでもいきませんか?」
フェイスに言われ、誰かの腹が鳴った。明日を戦う前に、腹ごしらえをしなければ。
腹が減っては、戦は出来ないのだから。