タイトル:Inferno−極寒の焔−マスター:熊五郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/13 23:26

●オープニング本文


「スタンバイ」
 ロシア西部。オペレーションDRの戦地からは遠く離れた廃墟の町に、エコー6隊長のリベット・ワーグマン大尉の鋭い声が響く。ワーグマンの視線に頷いたルイスは、コンクリートと鉄筋のオブジェと化したビルの影から半身乗り出すと、GPMGを掃射した。おおよその当たりを付けた指切りバースト射撃は手慣れたものだ。が、ルイスの瞳には狂気が浮かんでいる。その瞳が映し出すのは、燃え盛る隊員の遺体。BDUはとうに燃え尽き、炭化した皮膚がボロボロとこぼれていく様を瞳に焼き付け、舌を打つ。遺体の耳から伸びたブームマイクが、ぼろっと砕けて落ちた。
「犬っころが。ライター代わりにしてやるってんだ」
 真っ赤な体毛は、炎そのものなのか。全身から炎を吹き上げ、人を一瞬で焼き尽くす犬。近付かれなければどうにかなろう。が、速すぎる上に数が多い。近付かれる前に集中弾をお見舞いし、退かせるのが精々だ。ダメージなど、あるはずもない。
「行け行け行け!」
 ルイスの牽制射によって身を翻したキメラを見て、ワーグマンが叫ぶ。最後尾に着こうとして、ルイスは肩を叩かれた。
「俺が。少し休め」
 金髪を血に染めたヘイルだった。バカを言うな、と言いたいところだったが、傷の具合で言えばルイスのほうが余程悪い。すまねぇとにやけ顔で言って、一歩前に出る。
「E2はどうなってんです?」
 ふと思い出して、後ろのヘイルに尋ねる。
「さあな。町に逃げ込む前に分断されてそれっきり。銃声も聞こえやしない。一人はあそこで燃えていたところを見ると、俺達より先に町に入ったようだが、待ち伏せでもされたか」
 今横断した通りで燃えていたE2隊員を思い出し、ルイスは苦い顔をする。分断前に既に、三人やられている。展開する位置が逆だったなら、立場も逆だったに違いない。
「ってぇと、少なくとも向こうは四人やられてる計算になりますね」
「五人だ。そこのビルの上見ろ」
 ワーグマンに言われ、全員が一瞬視線を上向けた。すぐに視線を戻すも、首を落とされた挙げ句、矢張り燃やされていた死体は瞼にこびりついた。
「‥‥ったく。こっちが六人勢揃いってのが信じられねぇな」
 敵重要施設への破壊工作という任務形式に合わせ、通常の一小隊八人から二人削り、六人という編成で臨んでいたのはE2も同じ。となれば残るは一人。全員の視線がワーグマンに集中する。探すのか、見捨てるのか。
「ここからLZの公園までおよそ2km。この入り組んだ街では到達には時間がかかるだろうが、ハンクなら俺達がそこに到達するまでには必ず増援を寄越す。一所に固まるなんて策は有り得ん。ただでさえ包囲されかかってるんだ。とにかく南に抜ける」
 言って、ワーグマンは隊員の顔を見渡した。それからやれやれと頭を振る。
「エンリケのことは、耳だけで探せ。生きているなら、必ず何か合図を送ってくるはずだ」



 不意に、目を覚ました。視界が霞む。
 何故俺はこのクソ寒いのに上半身裸なのか。それは、瞼に焼き付いた気絶する直前の光景が教えてくれる。上着は、失ったのだ。この極寒のなかで、炎に巻かれて。
 目覚めたのは僥倖だった。手足の感覚と、途切れない吐き気からして、恐らくあれ以上眠っていたらそのまま死んでいたことだろう。
「‥‥っく」
 這いつくばって、窓際――窓なんか無いが――まで移動して、外を睨む。まるで覚えのない眺め。高さからして地上四階程度、ということしかわからない。建物に入れば少しは風から逃れられると思ったが、どこもかしこも廃墟ばかりで、まるで吹きさらしの外と変わらない。それでも多少は、マシなのだろう。
 ピックアップポイントまで残り何メートルだったか。思い出そうとして、エコー2のエンリケ・ブレナー軍曹は舌を打った。記憶が混濁して、まともな思考を行えない。手に持ったスイッチが、一体何だったのかすら思い出せないのだから重傷だ。
 とにかく、自分を信じるしかない。ここがLZのすぐ近くだと信じるしかない。このスイッチが、己の命を救うと信じるしかない。
 今にも落ちようとする瞼をこじ開けて、軍曹は目を凝らし、耳を澄まして、仲間の姿と音を探った。



 出発前は概ね、どいつもこいつもめんどくさそうな顔をしていた。気持ちはわからんでもないとハンク・ネルソン大尉は思うのだ。俺だって現場には行きたくない。灼熱の砂漠も、湿気でぐじゅぐじゅの熱帯雨林も、寒さに比べればまだ御しようがある。寒さというのは、ただそれだけで人間のあらゆる能力を低下させ、殺す。ブリーフィングルームに集まっていたのはSRPなんて呼ばれる特殊部隊の面々だが、特殊部隊と言ったって所詮は人間。拷問紛いの訓練の成果で一般人より優れてはいても、非能力者。寒けりゃ凍えて死ぬ。
 だが、誰が予想しただろう。そいつらが今、炎に巻かれて死のうとしているなどと。
 ロシアへの潜入工作のため送り出されたのは二小隊。エコー2、エコー6だった。このうち、通信が入った時点でエコー2から三名の殉職者が出ている。いずれも焼死。火を吐くキメラに焼き殺されたと言うのだから、まったく冗談にもならない話だった。
 ハンクは一人、UPC本部の高速艇発着デッキでぴくりとも動かずに待機している。じきに、依頼を引き受けた傭兵達がやってくるだろう。急ぎの依頼のため、打ち合わせは艇内で行うことになる。
 珍しく、焦りを隠そうともしないハンクの様子を、近しい者が見たら驚くことだろう。エコーが窮地に陥っても、大抵この男は軽口を叩く。それは彼らの技量と、己の能力者としての経験を信じているからだ。あいつらならやれる。そう信じているからこそ、ハンク・ネルソンという男はいつも不遜に構えていられるのだ。
 その経験が、今回はまずいと警鐘を鳴らしていた。三名どころではない。全滅もあり得るぞと。
 自分が飛んで行けたらどんなにか楽なことか。だがそれでは意味がない。今更自分一人で乗り込んで、一体何人を救えるというのか。救えればまだいい。例え懲罰房にぶち込まれても、救えたのならいい。だが現役を退いて一年のこの体が、キメラ相手にどこまでやれるというのか。
 思い出したかのように奥歯を強く噛み締めたハンクの手が動き、虚空を掴む。幻視したのは無数のドッグタグ。これまでハンクが失ってきた、無数の仲間達の最後の証だった。

●参加者一覧

ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
沢辺 朋宏(ga4488
21歳・♂・GP
アンジェリカ 楊(ga7681
22歳・♀・FT
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
エリザ(gb3560
15歳・♀・HD
那間 樹生(gb5277
22歳・♂・BM

●リプレイ本文

●展開
 高速艇のハッチが開くと同時に、つんざくような風が全員の皮膚を叩いた。防寒具で身を守ってはいるが、顔や、覆っていては武器の使用に差し障る指などは露出している者が多い。八人は高速艇から飛び降りると一様に顔をしかめた。
「なんって寒さなの! こんなの正気じゃない!」
「本当にたまらんな。では、頼んだぞ。俺もお前達が戻るまでコーヒーは我慢するとしよう」
 アンジェリカ 楊(ga7681)が腕をさすりながら言ったのを見て、ハンクがにやりと笑いながら返す。振り返ったアンジェリカが睨んだときには、ハンクは閉まるハッチの隙間に消えるところだった。
「なんて男」
 苦笑混じりに言って、アンジェリカはS−01を構える。ハンクなりの励ましも、その底意地の悪そうな面と不器用な言葉では効果がない。
「天候は良好。風は強いようですが、吹雪かれなければどうにか」
 夏 炎西(ga4178)が離陸する高速艇を見上げて言う。
「‥‥キメラの姿は無いようですね」
 油断無く銃を構えたフェイス(gb2501)は、視線と同期させた銃口をあちこちへ向けつつ、ぼそりとこぼす。彼の瞳が捉えるのは、純白の雪に包まれた、人の営みが失われて久しい廃墟の街だった。
 八人は確認を行うべく、一定の距離を取って周囲に視線を飛ばす。高速艇が吹き上げた雪が視界を遮ったが、それが落ち着いてもキメラが襲ってくる気配はなかった。代わりに、全員の耳朶を打ったのは、ビルの残骸に反響する銃声だった。GPMP特有の、重く速い射撃音が断続的に響いている。
「時間との勝負だ‥‥」
 紫煙をくゆらせていたファファル(ga0729)が目配せすると、エリザ(gb3560)は小さく頷き、バハムートに飛び乗った。機内で、既にエコーの位置の特定は済んでいる。
「では、わたくしは先行させていただきますわね」


●暇
「ホットドッグうじゃうじゃって聞いてたんだが」
 ガトリングシールドをどっしりと構えた夜十字・信人(ga8235)が、眼下を睨みながら欠伸を一つ。目尻に涙を浮かべながらぼやいた。涙も凍りそうな寒さだ。
 手近なビルの屋上に上がり、睨みを利かせる信人の位置からは公園がよく見渡せた。五十メートル四方と広い公園では、他の三人が周囲を警戒している。
「情報ミスで実は一匹二匹しかいないっていうなら歓迎だが、経験上こういうときはどばっと来る」
 沢辺 朋宏(ga4488)はあちこちを見て回っている。
「対象がチワワなのかセッターなのかは分かりませんが、ハウンドだとして考えると、不思議ではないかもしれません。ハウンドには基本的に逃げるものを追う習性がありますし、現在は様子見の段階でしょう。どうやって追い散らすか、考えているのかと」
 双眼鏡を覗くフェイスがこぼす。信人から受け取った懐炉を手袋越しに揉みほぐしていたアンジェリカが、片眉を吊り上げほう、と溜息をついた。
「取り囲まれてるかもってわけね、ここ」
「遠吠えの一つでも聞こえたら、殺到してくるかも」
 ガトリングシールドのトリガーに指を掛ける信人も、懐炉をもみもみしながら言う。
「どのみち気を抜ける配置じゃない。いつも通りにやればいいだけさ」
 朋宏がS−01を強く握りしめた瞬間、それが聞こえた。甲高い、どこから響いてくるのかまるで読めない遠吠え。朋宏は目を白黒させて、
「噂話が聞こえたらしい」
 と薄く笑う。
 呼応するように、遠吠えの音が一つ二つと増えていく。それはまるでお預けを食らっていたペットそのものの狂喜っぷりで、冷静なフェイスも思わず苦笑いするのだった。
「どこからでも来なさいよ‥‥燃え滓になって貰うから」
 キメラが雪を踏みしめ殺到してくる音を聞きながら、アンジェリカが声を抑えて言う。


●お嬢様耐える
 遠吠えを聞いて臨戦態勢を取ったのはLZ確保チームのみではなかった。あちこちから響いてくる甲高い声を聞き、汚いスラングを口々に吐き捨てながら周辺警戒につくエコーを背に、いち早く彼らと合流したエリザは仁王立ちしていた。小柄な体を鋼鉄の鎧で覆い、身長の倍以上もの全長を持つ竜斬斧ベオウルフの柄を地面に突き立てて。
 無事LZの北五百メートルまで接近していたエコーの話では、キメラは路地からだろうと、屋上からだろうと飛びかかってくるという。まだキメラの強さの程も把握していない。集団で襲われて守りきるのは難しいと思われる。一刻も早く合流したいところだったのだから、この襲撃は間が悪い。
「右前方車の影から三匹」
 隊員の怒声。射撃しようとした隊員をワーグマンが腕で制すのと同時に、エリザが駆け出した。真っ赤な犬も、全身を激しく燃焼させながら三匹同時にエリザ目掛けて駆ける。一匹目が飛びかかる直前、エリザが斧を振りかざし、なんの捻りもなく振り下ろした。頭部を真っ二つに両断され、白雪に脳みそをぶちまけたキメラを一瞥、絶命を確認すると、そのまま二匹目へ振り上げる一撃。飛びかかった瞬間だったキメラは、今度は腹から真っ二つ。そのまま空高く吹き飛んでいった。三匹目は瞬く間に仲間を二匹倒されたショックからか一瞬硬直するも、危機を悟って大きく後退。そのまま口から火を噴く。
「獣のくせに飛び道具なんて感心しませんわね」
 涼しい声で言うが、回避は難しい。おまけに、
「後方から新手四」
 という隊員の声。迫り来る火球は諦めるとして、さてどう動いたものか。犬ころは速い。ほんの数秒後には、エコー6の何名かが焼き殺されることだろう。今すぐ新手のほうに向かいたいところだが、遠距離から攻めると決めたらしいこの一匹を放っておいてもいいものか。と、視界の隅にやけに分厚いライフルが映る。
「止まればこっちのもんだ。そいつは任せろ。四匹は頼む」
「了解ですわ‥‥っく」
 直後、火球がエリザに命中する。衝撃でたたらを踏むも、大きなダメージではない。下がった勢いをそのまま利用して振り向き、後方の四匹を睨む。同時に耳を劈く数度の轟音と共に、重装弾狙撃銃から25mm弾が飛び、キメラは酷い金切り声をあげて絶命した。
「更に新手。お嬢ちゃん一人じゃきついだろう。俺達も自由に発砲するぞ。いいか大尉」
 更に二匹を叩き切ったエリザが横目で隊員を流し見て、
「構いませんわ。わたくしに当てないくらいの腕はあるのでしょう?」
 挑戦的に言うのだった。
「当ててもくたばりそうにゃねえがな」


●死守
 屋上のガトリングシールドが敵を薙ぎ払い、二挺のS−01そしてアサルトライフルがマズルファイアと共に弾丸を吐き出す。LZ防衛班は想定よりも多い敵の攻撃に晒されていた。
「一匹一匹は弱いわね。何発か当てれば簡単に倒せるみたい。問題はこの数」
「ああ全く、本当にうじゃうじゃと」
 キメラは数に物を言わせて攻め立ててくる。まるで射的ゲームのような状況だが、四人はそれぞれ僅かだが火傷を負っている。対処仕切れず接近を許したキメラ。或いは、遠距離からの火球攻撃によって。
「このまま攻め立てられると‥‥っと」
 朋宏がS−01をリロードし構えた瞬間、横合いからキメラが飛びかかってくる。食らうか、と思ったが、フェイスの掩護射撃によってキメラは力なく倒れ込んだ。
「ありがとう」
「お気になさらず」
 僅かに視線を交差させ瞳で語ると、二人はトリガーを引き絞る。
 不意に、信人の掩護射撃が途絶え、三人は横目で屋上を覗った。こちらに向けられた背中には、焦りが浮かんでいる。屋上にも敵が殺到しているようだった。
「自分でやるって言い出したんだから、一人で守りきってよね」
 キメラに触れられないよう立ち回るアンジェリカは、冷たい言葉を信人に言い放ちながらも視線を幾度も屋上に向けていた。表情は変えず、瞳だけを不安げに揺らしながら、キメラの合間を縫うように駆け回り、S−01をやたらと撃ちまくる。朋宏共々、使い慣れない火器だが、どこを撃とうとも当たるような状況だったのは、幸いなのかそれとも最悪なのか。
 三匹に囲まれていたフェイスが、何を思ったか銃口を屋上に向ける。信人の死角から忍び寄ろうとする一匹目掛けてトリガー。三点射された弾丸は見事にキメラの脳天を撃ち抜くが、フェイスは三匹の攻撃を正面から食らう。助けられたことに気付いた信人が奥歯を噛み締め、
「‥‥俺としたことがなんてザマだ‥‥降りるぞ」
 神妙な顔でガトリングシールドを掃射すると、立ち上がり、躊躇の一つもなく飛び降りた。五点接地で衝撃を逃がすと、朋宏の掩護射撃を借りて一気に三人の下へ駆け寄る。そして直ぐさまガトリングシールドを掃射した。
「すまん」
「さすがにこの数は想定外でしたからね」
 三匹をどうにか片付けたフェイスの防寒具は所々が破けてしまっていた。燃えた部分が少ないのはアンジェリカが咄嗟に水をぶっかけたためだった。
「こっちに多い分、捜索班の方に向かったキメラが少なければいいけど」
「確かに。それと、早く片付けないとフェイスさんの服が凍ってしまうんだがな。探索班が早く戻ってきてくれるのを祈ろう」


●顔真っ二つ
「次の路地を左だな」
 那間 樹生(gb5277)は無線機でエコー6と交信しながら、探索班三人と共に走っていた。先行したエリザにエコー6を任せ、他はブレナー軍曹の探索をしつつ合流、というのが理想的な流れだったのだが、エリザ達の前に現れたキメラの数が多く、急を要すると判断された。ブレナー軍曹の安否が気に掛かるが、そちらに気を取られすぎて無事が確認されているエコー6を死なせては意味がない。
「ファファルさん、LZは‥‥?」
「だめだな。連絡がつかん。まあ、きっと聞こえる通りの大混戦だろう」
 瑠璃瓶を装備し、馬鹿正直に真正面から襲ってくるキメラを貫く炎西と、無線機片手にサブマシンガンを掃射するファファル。彼らの耳にも、LZ方面から聞こえてくる絶え間ない銃声は嫌というほどに聞こえていた。
「この大騒ぎじゃ、軍曹の合図なんか聞き取れやしないな」
「その合図も、どういったものなのかはわからない。ネルソン大尉の話では、装備は失っている可能性が高いと」
 実際、軍曹は無線にも応答なし。赤外線ビーコンはもちろん確認できず。生きていて、装備も無事なら発砲くらいはするだろう、と無線連絡を入れたエコーも言っていた。状況は絶望的というわけだ。
「それでも、探さねばならん。最悪の場合でも遺品の一つも持ち帰らなければな‥‥」
 ファファルの言葉に、二人が無言で頷く。路地は目の前だった。
「今からお前等の前に出る。撃つなよ」
 樹生が直前にそう叫び転がり込むように路地を折れる。樹生の鼻先十センチのところに突き付けられたのは、エリザのベオウルフだった。
「うお!」
「大尉がよせと叫ぶのがコンマ一秒遅ければ、わたくしお尋ね者でしたわね」
「そいつぁ‥‥すげぇや‥‥って、おいあんた」
 樹生はあちこちが欠けた状態のAU−KVを見て唖然とする。エリザは息も絶え絶えの様子だった。
「まさに激戦‥‥手当てをしたいところですが」
「時間がない。戦闘は我々三人に任せろ。貴様はエコーの掩護についてくれ」
 エリザは頷き、大人しく下がる。
「さて、どうしたものか」
 炎西は唸り声をあげて様子を窺っているキメラの群れを見てぼやく。
「さっきも言ったが、時間がない。軍曹を捜す時間も必要だ」
「LZ組が無線連絡も入れられないところを見れば、こっちのキメラが少ないって状況なんだろう」
 三人はそれぞれの得物でキメラを倒しながら思案する。
「我々三人で身を盾にして突き進む。エコーの皆もそれで良いか?」
「美人にゃ従うぜ」
 聞いてもいない、軟派隊員が答える。
「結構。ではそうするとしよう」
 ファファルが踵を返し、元来た道を引き返そうとするが、その足は突然の爆音によってぴたりと止まる。大地が震え、続けて何かが崩れていくような音。
「何の音だ?」
「爆発音‥‥しかし何が?」
 能力者全員が身構えたとき、「C4だ」とワーグマンが呟いた。
「これが合図だ。イカレた野郎だな生きてやがった。すまないが、走り抜けてもらうぞ」


●寒い、眠い
 銃声も、剣戟も、全部聞こえてはいた。それどころか、エンリケ・ブレナーの位置からは、飛び立つ高速艇が良く見えた。途切れない銃声。響き渡る怒声。鉄火場特有の、銃声に負けない声の張り方。距離はおよそ百メートルってところだろう。
 歩くのは無理だ。起き上がることすらできやしない。この極寒で上半身裸は心からやばい。自分から生気が抜けていくのが目に見えるようだった。
 目を覚ましてからおよそ一時間ほどが経過している。そろそろ限界も近い。その間に、どうにかこの手に持ったスイッチが何だったかは思い出した。装備も何もかも失った自分が生き残るための唯一の手段。今回の任務が敵地での破壊工作で本当によかったと思う。この見覚えのある機械は、プラスティック爆弾の起爆スイッチだ。
 今はもう押してしまったが、勇気が必要な行動だった。起爆スイッチだということはわかっても、どこに設置したのか、そもそも本当に設置したのかってところだけは思い出せないのだ。押した瞬間にビルが倒れて死ぬ、なんてのは笑えない。だがもう目を開けているのも困難だったので、エンリケはそのスイッチを押した。
 結果は最悪だ。倒壊にこそ巻き込まれなかったが、犬っころが嗅ぎつけた。今にも飛びかかってきそうな真っ赤な犬っころ。ぐるぐる唸ってうるせえったらねえ。そうだ、俺は猫派だしな、とエンリケは笑う。さっき、風に乗ってどっかの誰かが猫属性がどうのと言っていた。妙なやつがいる。できれば会いたかったものだが、どうにも間に合わんらしい。
 飛びかかってくる犬が、中国系の男の爪によって切り裂かれる光景を最後に、エンリケは瞳を閉じた。


●仕返し
「飲み会の約束も取り付けた。軍曹も生還。あとはなにかねツンデレ少女」
 エコー6とブレナー軍曹を乗せた輸送ヘリを見送りながら、信人が言う。ツンデレとは先ほどコーンポタージュを隊員達に振る舞ったアンジェリカの態度を指すものらしい。
「つん‥‥な、なに? なに?」
「‥‥まあまあ落ち着いて。あとは何か、なんでしょうね?」
 フェイスは余程鬱憤が溜まっているのか、浮かべている微笑が薄ら寒い。
「決まってんだろ。なあ」
 樹生がニヤニヤと見るのは、まだまだ山のように残っているキメラたち。
「‥‥皆殺しだ」
 ファファルが紫煙を吐き出しながらぼそり。
「わたくしのヴァルキュリアをぼろぼろにしてくれた仕返しですわ」
 エリザもやる気満々で斧を構える。
「奴らの不幸は、キメラとして生まれた事だな‥‥」
「ええ、まったく」
 朋宏、炎西は爪をきらりと光らせて戦闘態勢へ。
「では、始めますか」
 炎西の合図で、八人全員が身を翻す。
 キメラ撃破報酬及び軍曹生還報酬を八人が満額で手にしたのは、言うまでもない。