●リプレイ本文
●増援
もうもうと立ち上るレッドスモークには目もくれず、エコー八人は射撃を続けていた。ほとんど連なるようにして鳴り響く銃声は、時折キメラの足を止めさせていた。だがそれだけ。キメラはその巨体が霞むような速度で、前後左右自在に回避する。ヘイルは右目で照準を合わせつつ、左目で変電所の向こうを見た。車両のものと思しき土煙が二つ。さすがに早いと感心しながら、トリガーを引いた。
『これより援護に急行する。全員無理せずに、近づかれたら牽制しながら後退してくれ』
ヴィンセント・ライザス(
gb2625)の声をインコム越しに聞く。だがそれは無理な相談だ。エコーは全員べったりと地面に伏せていて、その射撃でキメラの前進を妨害している状態。ついでに、下がりながら撃てるようなかわいげのある銃でもない。
『感謝する。だが撤退はできん。意地ではなく、できん。たとえ裸でも、走って逃げるにはきつい相手だ』
想定通りの隊長の返答を聞きながら、ヘイルは左目で見た。早くもキメラに追いつかんとする二人乗りのバイクを。
●地平線の彼方まで
ふっふっふ、公然と女子高生に抱き着ける幸運! なんて状況では決してなかった。年若い少女にしっかり掴まってね、と言われれば、鴇神 純一(
gb0849)とて男だ。キメラ退治の最中のちょっとした役得を堪能しよう、くらいの気持ちはあった。が、アリエーニ(
gb4654)の細い腰に回された手には助平心の欠片もなく、振り落とされまいとしがみつくので精一杯だ。
荒い路面に吸い付くようにブースト全開で飛ばすAU−KVは、弾丸もかくやという速度。アリエーニは腰を浮かせ、前方を睨んで平然としている。だが後部の純一には路面の状況を把握する術はない。衝撃をそのまま受け続けて十数秒。持ち前の適応能力でショックを逃がす姿勢を見つけるも、それは丁度目指すキメラの背中が見えてきたところだった。
「しっかり掴まって!」
二度目のセリフは、一度目よりも切羽詰まった声色だった。さすがに荒れ地でブーストは無茶があったらしい。降りたら活躍せねばと気を引き締めた純一は大声で了解を告げる。AU−KVは直ぐさま車体を横向けると、土煙を盛大に巻き上げながら減速していく。途中、キメラの巨体を追い抜いた。純一はそこで初めて二体目の姿を捉えた。体長はおよそ五メートル。腕と足を使って走る様はゴリラだが、威圧感が違う。血走った目は、二人になどまるで興味なしという様子で、エコーが潜んでいるライ麦畑を睨み据えている。と、その巨体がかき消えた。直後に何かが風を切る音。そして、大地がひび割れる。エコーの射撃をキメラが回避したのだと気付いて、純一は苦笑した。仮にも覚醒した状態の自分を攪乱するほどの速度とは、と。
「今!」
アリエーニからの合図で、純一はAU−KVから飛び降りた。速度はほとんど死んでいて、難なく着地。直ぐさま弓を構え、再び走り出そうとするキメラ目掛け、弾頭矢を放つ。一射目は鼻先を掠めた。それで、キメラは純一の存在をようやく認めた。唸り声を上げ、エコーを襲うか新たな邪魔者を襲うか思案しているキメラの鼻っ面に、弾丸が一発、二発と打ち込まれる。AU−KVを纏ったアリエーニの射撃だった。
「無視されるのって、あまり良い気分ではないかな」
「その通り。嫌と言うほど知ってもらおうか」
純一はにやり、アリエーニはにっこりと、意外にも息のあった様子で笑うのだった。
●荒っぽい
クライブ=ハーグマン(
ga8022)がハンドルを握るハンヴィーは、AU−KVからやや遅れてはいたが、およそこんな荒れ地を進むとは思えない速度で走っていた。地面の起伏も、頭ほどあろうかという石も、ハンヴィーという車に慣れ親しんだクライブには障害物たり得ない。誰かが酷い運転だと呟いたが、うねりを上げるエンジン音にかき消されて、誰にも聞こえることはなかった。
「アリエーニさん達は着いたようね」
ショットガンを構えたフォビア(
ga6553)は窓から顔を出し、金色の瞳でキメラを見つめていた。
「すぐに着くぞ。残り350メートル。準備はええかあ!!」
エンジンに負けない声で叫んだクライブに、車内に下半身だけ残した鳳覚羅(
gb3095) が、足で返事をした。直後、上部ターレットのミニミが、分速1000発にも達する発射音を響かせる。覚羅は時折飛ぶ曳光弾を標にキメラへ照準。先行した二人によって足を止められていたキメラへ吸い込まれるようにして、弾着していく。淡い赤色のフォースフィールドが連続して輝き、黄金のゴリラを守る。
「当たり前だが、ダメージはほとんどないな」
ロケット砲を携え、フォビアの逆の窓から身を乗り出したヴィンセントが呟く。
「でもこっちを睨んでるみたい」
「好都合だね」
お構いなしだ、と次々に撃ち出される弾は、見事な命中率でキメラを叩き続ける。アリエーニと純一はその射線に入らないよう大きく広がりながら、遠距離からチクチクとダメージを与えていた。
ハンヴィーとキメラとの距離が100メートルを切り、減速を始める。ミニミがけたたましい轟音を響かせる中、射程内にキメラを捉えたヴィンセントのロケット砲と、フォビアのショットガンもまたキメラ目掛けて殺到した。キメラはアリエーニと純一に攻撃する余裕もない、という様子で、転げ回るようにしながら、少しでも被弾を抑えようと躍起になっていた。
「ついたぞ貴様ら、降車、降車!」
停車直前に、四人はハンヴィーから飛び出した。
●二人きりのゴリラ狩り
夏 炎西(
ga4178)の左頬に、赤い飛沫が散った。己のものではないと、咄嗟に夜十字・信人(
ga8235)を見やれば、案の定腕から盛大に出血している。信人は即座に活性化を発動し、傷の回復に努めるも、傷は深そうだった。
「小型小型って言うから、感覚が麻痺してたかね」
信人はキメラから距離を取り、ニタリと笑っていた。信人の腕を抉ったのは爪だ。キメラは遠距離からの射撃に専念していた信人目掛け、一瞬で距離を詰めていった。驚くほどに素早い。
「同感。思いの外に強い」
炎西は酷薄に微笑んで、内心で舌を打った。二人で相手をするには、少々荷が重い相手だと、開戦直後、一度の交差で存分に理解した。
二人での戦いは、どうしてもどちらかがどちらかをサポートする形になる。キメラが炎西を狙っていればその隙を信人が、信人を狙っていれば炎西が。二人が同時に攻撃するのは難しく、火力が不足気味だった。せめてあと一人いれば余裕もあったのだろうが、今更だった。それに、小型と呼んだ個体でさえこの力。より大きな二体目が六人で間に合うという保証もない。
「大体、こいつ冷静そのものじゃないか」
飛びかかってくる小型をいなしながら、信人がぼやく。エコーの執拗な攻撃から逃れるための逃走かと思っていたのだが、もしかするとこちらの状況を知っていて、二手に別れての攻撃、というキメラの作戦だったのかもしれない。二人が立ちふさがったとき、小型はぴたりと逃走をやめた。急停止し、唸り声をあげ、全身から雷を発散して信人に飛びかかった。その間一秒あるかないか。炎西が避雷針代わりにと持ち込んだソードを地面に突き刺した瞬間の出来事、いわば奇襲だったのだから、信人が避けきれなくとも仕方のないことと言えた。
じりじりと音を立て、あちこちへ向けて雷光が散る。まるでテスラコイルのようだった。青白い光は美しいが、特別何をするわけでもないのに、こうして発せられると、なかなかどうして威圧感がある。
信人を睨み据えているキメラ目掛け、番天印のトリガーを引いた炎西は、咄嗟に飛び退いた。一際強力な雷光が、パン、と何かが爆ぜるような音と共に脇腹を掠める。
「余力を残すなどと、悠長なことを言ってはいられないようだ」
「熱‥‥いや、痛いか」
同時に、信人のほうへも雷光は伸びていたらしい。これはいよいよ極まった、と二人は辟易した。同時に多数への攻撃ができるというのなら、数的有利はほとんどなくなってしまった。どちらかを囮にするという作戦がだめなら、二人で攻めるしかない。
二人は顔を見合わせると、大きく距離を取って最大火力を叩き込んだ。
●戦局
エコーは相変わらずライ麦畑に身を沈め、スコープを覗き込んでいた。こうして眺めていると、どういった手でキメラが攻撃しているのかがよくわかる。大型、小型双方とも、無作為に飛ばす雷光で出鼻を挫き、狙い撃つ雷光で獲物を仕留めにかかるのだ。非常に有効な手だ。的は一体だというのに、雷光は十本以上も同時に飛んでくる。これは攻め手を緩ませるには最高だと言える。的が少ない分、攻撃のチャンスは確実に減る。実際、六人がかりの能力者達は、大きく距離を取り、無作為の雷撃を避けつつ散発的に攻撃するに留まっている。
「しかし、参ったな。あのバイクの少女がいなきゃ、本当に俺は死んでたぞ」
今はそのバイクを身に纏い、S−01で果敢に攻撃するアリエーニを眺め、ヘイルは肩を落とした。とっくに三十路を迎えた身で、自分の半分ほどしか生きていない能力者に助けられる。いつものこととは言え、どうにもやるせないものだ。
『曹長は英雄願望強すぎる。そういう時代だよ。時代』
余計なお世話だと口にするのも面倒で、代わりにトリガーに掛けた指に力を込めた。大型まではほんの二百メートル。能力者は半径十メートルほどの円陣を作る格好で、比較的読みやすい動きになっている。射撃から着弾までの誤差はゼロに等しく、直接火力支援は容易に行える。当たりさえすれば、25mm弾は優秀だ。傷の一つくらいは作ってくれるだろう。
問題は小型だ。距離にして1560m。エコーの装備の有効射程は2000mだが、1500mとなるとトリガーから着弾までの誤差はざっと一秒以上になる。おまけに小型と戦っている二名は、苦戦している様子だった。無理もないことではある。大型は六人に対処するため、雷撃の電圧を下げているのか、掠めてもそれほど酷いダメージを負っている様子はない。が、小型の二名を掠めた雷光は、ごっそりと二人の体力を奪い取っているようだった。明らかに、一撃の重みが違う。
「小さいと思って甘く見たな。ミスですよ、ネルソン大尉」
ヘイルは小型の支援に回るべく、スコープの中に映るキメラを睨み付けた。
●咆哮
リロードの隙を狙って、雷光がアリエーニ目掛けて飛んだ。食らっても致命的なダメージにはならないが、食らえば確実に動きが止まる。回避はもう遅い。一発もらった経験がそう判断し、歯を食いしばり衝撃に備えたが、危機を察したフォビアが一瞬早く月詠を抜刀し、雷光目掛けて投げつける。雷撃に打ち落とされた月詠を見、状況を理解したアリエーニは、恩人に目で礼を言ってS−01の連射を顔面に叩き込んだ。フォビアも何のことはない、とばかりにショットガンをぶっ放していた。
「雷撃に集中すると、動きはずいぶん鈍るらしい」
「その通りだな若いの」
砲弾をキメラの足下に着弾させるヴィンセントと、アサルトライフルをバースト射撃するクライブ。
「かいくぐって近接攻撃を試す。掩護よろしくね」
そう言って愛用の特殊兵装Ain Soph Aurの刃を展開した覚羅が身を翻し、低い姿勢で斬り掛かるのを、
「任せろ!」
電気工事士の格好で弓を持つ純一が、弾頭矢で掩護する。
接近してきた純一に注意をひかれたキメラの真後ろは、がら空きだった。覚羅にはちょっとした確信があった。どうにも、後ろを見せている相手への雷撃は、その精度を著しく落とすのだ。つまり、この忌々しい稲光は自動迎撃の類ではないということではないか、と。
果たしてその予想は見事に的中していた。多少姿勢を低くしているとはいえ、馬鹿正直にまっすぐ突っ込んでいるのに、雷撃は頭上を掠める程度。難なく射程圏内に飛び込むと、そのまま袈裟斬りにキメラの背中を切り裂いた。
「ッ! 危ない」
フォビアの声にハッとする。キメラの丸太のように太い腕が、ごうと音を立てて振り回され、覚羅を直撃した。咄嗟に武器を盾代わりにするも、ほとんどクリティカル状態で叩き込まれた衝撃を殺すことはできず、そのまま弾丸のように吹き飛んだ。
「だいじょ‥‥くっ」
駆け寄ろうとしたアリエーニを電撃が阻む。背中を切り裂かれたのが余程堪えたのか、キメラは完全に逆上して、最早制御も何もなく電流をまき散らしていた。大空を切り裂くような雄叫びは、耳を覆いたくなるような声量。
「後ろだな!」
負けず劣らずの声が響いた。
クライブがどうにか立ち上がった覚羅に向けて叫ぶ。ああ、と頷いたのを確認すると、クライブはキメラの真正面に立った。
「こっちだ、化けもんが!」
「おっと、こっちもだ」
「なら、こっちもだな」
逆上した獣は、いっそ頂点まで怒らせてしまえばいい。怒れば、攻撃は苛烈になるが、行動は単純になる。
クライブに続いて、ヴィンセント、純一が囮を買って出る。フォビアはアリエーニから月詠を受け取ると、地面を蹴り、刃を水平に飛び込む。雷撃が掠めるのをものともせず、覚羅がしたように背後を取ると、寸分の違いも躊躇いも無くキメラの心臓に月詠を突き刺した。
キメラの断末魔が蒼空に響き渡った。
●ぼろぼろ
「無事、ですか」
荒い息を吐き、覚醒する余力もない、といった様子の炎西が、キメラの返り血で真っ赤に染まった信人に尋ねる。赤髪は、ねっとりどろどろどす黒く染まっていた。
「そう、見える? いや、辛かった、ほんと。お互い様ですけど、ね」
信人も体力の限界という様相で、とっくに覚醒も切れていた。
「もう少し、スマートにいきたかったものですよ」
二人がへたり込む丁度真ん中で、小型のゴリライオンが息絶えていた。大型が倒されたのとほぼ同時に、二人の天剣「ラジエル」が、小型キメラを切り裂いたのだが、その様は割とスマートに決めた大型組とは一転、異種格闘技戦なんでもありのノーガード殴り合い、といった状態。立ち上がるのもおっくうだ、と言わんばかりに大の字になった信人は、じっと空を見上げている。やがて思い出したかのように無線機を掴み、口を開く。
「こちらゲシュペンスト、良い腕してるな。‥‥それと、俺は酒は飲めん。プリンシェイクを所望する」
『お前達のクソ度胸には負けるよ。なんでも奢ってやる。プリン地獄で溺れな。オーバー』
やや間を持って、エコーからの返答。炎西と信人は力ない声で笑いあって、腹の底から安堵のため息を吐いた。
「うわ! し、死んでないよね?」
AU−KVをぶっ飛ばして駆け付けたアリエーニに、言葉を返す余裕なんかありゃしなかった。