●リプレイ本文
●急行
増援に駆け付けんとする八名は、遠くに吹き上がる黒煙を見て顔をしかめた。空高く吹き上がる黒煙は二本。考えるまでもなく、それは墜落したという二機の戦闘機が吐き出しているものなのだろう。その向こう側で、アネットがキメラを抑えているはずだ。
「では、後ほど。救助班、ランディング用意」
「了解」
飯島 修司(
ga7951)は眼下の荒野を走る一本の道路を見下ろして呟き、速度、および高度を下げていく。九十九 嵐導(
ga0051)、月村新一(
gb3595)、澄野・絣(
gb3855)の三名も続き、隊は二手に別れた。
●ずたぼろ
戦闘班四機も、すぐにその高度を落とし始める。
「聞こえるか? あと少しで降下に入れる、一瞬で良いから何とか隙を作ってくれ」
通信機に向けて言った龍深城・我斬(
ga8283)が、最初に降りることになっている。まだ米粒のようにしか見えないアネットのリッジウェイは、掩護を行える状態なのだろうか。
『聞こえてる。敵は現在四匹。引きつけるわね』
我斬は、その報告を聞くとスロットルを絞り、ランディングギアを伸ばすとやや鋭く進入角度を取り降下した。他三機のうち、次に着陸する予定のラウラ・ブレイク(
gb1395)が大きく上空を旋回し始める。
我斬の雷電は、接地と同時にフルブレーキ。道路が狭いなどと言っていられる状況でもない。不意に視線を横向けた我斬と、進入を開始したラウラ、そして上空待機中の芹架・セロリ(
ga8801)、フェイス(
gb2501)が目の当たりにしたのは、元が新品だったとは思えないほど損傷したリッジウェイだった。カエルに囲まれ、身動きも取れそうにない。
「一瞬でいいという話だったはずですが」
「リッジウェイ、囲まれてますね」
「‥‥ったく」
我斬は減速中の雷電をすぐさま変形させアネットの元へ向かう。
「お嬢様、害獣駆除はご入用ですか?」
「大急ぎでお願いできると嬉しいな」
一機が降りられたら、あとは余裕がある。ラウラは我斬の掩護を受けつつ、アネットの背後目掛けてストール寸前の機体を降下させる。
「いくわよ、3、2、1‥‥今!」
着陸とほぼ同時に、アンジェリカもまた変形する。重心を落とし、四肢をつき、砂埃を煙幕のように巻き上げながら減速していくアンジェリカを、カエルが睨み付ける。雷電の3.2cm高分子レーザー砲と、リッジウェイのヘビーガトリング砲が、ラウラ目掛けて舌を伸ばそうとしたカエルを、容赦なくミンチにした。
ラウラに続くように、フェイス、セロリの二機が降下、変形を済ませる。が、
「‥‥さて、増援にきたつもりだったのですが」
フェイスが思わず苦笑いする。
「拍子抜けもいいとこです」
セロリが続く。
四体いたカエルは、片っ端から倒された。先に降りた我斬と、ラウラだけであっという間に。
「私の苦労は何かって話よね」
「あ、でも」
と、セロリのウーフーの腕がずっと遠くを指す。まるでノミの大移動だ。カエルキメラの群れがずどんずどん跳ねながら向かってきている。
「敵の増援みたいですね。十体確認しました。やれやれ‥‥こんなに沢山‥‥。食べ終わるのは一体何時になることやら‥‥」
セロリの報告の後半部分はスルーして、それぞれ増援に備える。
「とにかく、アネット君。選手交代と行きましょう」
「ええ、そうね。お任せするわ。ありがとう」
そう言って、アネットは煙を噴いてるKVを、村の方角へと走らせていった。
「1分で片付けるわよ」
アネットを見送ったラウラが、指を鳴らして言った。
●瓦礫の山
酷い有様だった。四人は、何か言われるまでもなく、それぞれ四区画に向けてKVを走らせた。響き渡る怒号と、うめき声が、KVに乗っていても嫌というほどに聞こえてくる。軽口も、愚痴も、吐くような気分にはなれない。
墜落した二機は、黒煙をもうもうと噴き上げている。救助隊の無線会話を聞く限り、本来ならば放水車その他も急行するはずだったようだ。爆散したとはいえ、一機はまだその形状を保っていた。いつ二度目の爆発が起きても、何らおかしなことはないだろう。
修司は感情を抑えた瞳で周辺を見渡し、北東区域に回った。最も酷い有様なのが、ここだ。倒れた給水塔と、戦闘機に押し潰され、また墜落しあちこちに破片をばらまいた戦闘機は、見渡す限りの家屋に被害を与えていた。
「待ってたぞ! このあたりにはあと三人いるはずなんだ。あの家にいるって情報はあったんだが‥‥わかるだろ? 頼む」
ディアブロの巨体を見上げながら、救助隊の一人が叫んだ。修司は指された家屋を見る。倒れた給水塔が直撃したのだろう。小さな一軒家は、丸ごと潰れてしまっている。最悪の結果が脳裏を過ぎるも、修司は慌てずにディアブロを操縦し、瓦礫の除去作業を始めた。
「‥‥ッ」
巨大なコンクリート塊をどけて、修司は眉を顰めた。腕が、瓦礫の間から伸びている。慎重にマニピュレーターを動かし、下敷きになってしまっている人を傷つけないように次の瓦礫を持ち上げる。
「行方不明者発見です」
修司は低い声で、即死したであろう村人の収容を頼み、残る二人の捜索を急いだ。
嵐導が向かったのは、村の北西だった。そこでは、一両のAPCがワイヤーに繋がれ、瓦礫を引いていた。マニピュレーターでその手伝いをすると、APCの側面についていた隊員が、R−01に近付いてくる。
「どうしたらいい?」
「この辺りにはKVの手助けが必要な瓦礫はない。こいつを使えたからな」
隊員はAPCを指す。
「なら、降りて手伝おう。人手がいるだろ」
「ああ、それがいい。能力者の力は心強いよ。見つかっていないのは二人だ。よろしく頼む」
嵐導はKVから身軽に飛び降りると、細かい瓦礫をかき分けていく。複雑に積み重なってしまったコンクリート片をどけるのは、非常に神経を使う。どこに二人が埋もれてしまっているか、と言う情報はなかった。となると、今足蹴にしているこのコンクリートの下に、いるのかもしれない。
嵐導は渋い表情のまま、作業を続けた。
南西に移動した絣は、これが初めての依頼だった。覚醒した状態では感情の起伏を失う彼女だが、村の有様には息をのんだ。修司が向かった方向から、シートに包まれた人が担架に乗せられて運ばれてくる。頭まで覆ったシートの意味は、知っていた。
絣の担当する地域にも、最低でも二名の行方不明者がいるという。細かい救助作業はとにかく隊員に任せ、人の力ではどうしようもない瓦礫を慎重にどけていく。
辺りの隊員が騒ぎ出す。村人を見つけたらしい。瓦礫の奥から引きずり出されたのは、まだ幼い少年だった。じくじくと、胸の奥が熱くなるのを、絣は感じた。武器の扱いも、KVの扱いも、AIのおかげでそつなくこなせる。だがこの感覚だけは、きっとこうして現場に出なければわからないことだ。
「‥‥急ごう」
努めて冷静に、絣が呟いた。
最後に着陸した新一は、残った南東の区画に大急ぎでKVを走らせる。危険な状態の人もいるということだし、実際に修司のところでは死者も発見されたようだった。焦れる気持ちを抑えつつ、KVを操作する。
「こちらラウラ。救助班聞いてる? 現在敵増援多数と戦闘中。そちらの様子は?」
戦闘班に回っているラウラの声だった。増援多数、と言っている割には、声には余裕がある。
「暫くかかると思う。思ったよりも酷い有様だから」
「なるほど。ではさっさと片付けてそちらに向かいます」
絣の返答に、フェイスが矢張り余裕綽々といった声で言う。
新一の予想では、戦力を半分に割いたためやや苦戦するだろうとしていたのだが、キメラが弱すぎるのかはたまたあの四人が強すぎるのか。とにかくこちらは救助だけに集中できるらしい。ほっと胸を撫で下ろして、「了解」と返しておいた。
●楽勝
きっと、アネットが見たらショックを受ける光景だろう。十体ほど現れた増援のカエルは、アネットに対してそうしたように飛びはねて背後を取っては舌を伸ばす、という攻撃方法をとるのだが、飛んでいる間に撃ち抜かれ、着地しては撃ち抜かれ、まるでいいところがなかった。
「ふむ‥‥まだ無駄な動きがあるか」
SESエンハンサーを使用し、ビームコーティングアクスで踊るように叩き斬るラウラのアンジェリカ。
「まずは下ごしらえの時間です。舌は‥‥此処まで長いと邪魔でしょうから、取ってさしあげましょう」
と相変わらず不気味なことを呟くセロリはやや後方から3.2cm高分子レーザー砲を撃ちまくる。
あまりのキメラの弱さに、セリフを吐くことさえやめたフェイスは、無言でスラスターライフルやスナイパーライフルRのトリガーを引く。我斬はフェイスとは対照的に、熱く燃えたぎりながら武装を惜しみなく使用していた。
「む。本当に会敵から一分少々で終わっちまったな」
我斬がふと気付いて機体を停止させる。辺りは屍累々。真っ二つだったり穴だらけだったり様々な方法で倒されたキメラが、そこかしこに転がっていた。
「ごちそうさまでした」
セロリはきっとコクピット内で手を合わせているのだろう。
「セロリさん、何か反応はある?」
「特にないようです」
「となると、我々も村へ向かうべきでしょうね」
この程度の敵ならば村で捕捉してからの迎撃でも間に合うだろう。
「そうだな。かなり厳しい状況らしい」
四機は周囲の警戒を行いつつ、村へKVを走らせた。
●最後の一人
村に到着したリッジウェイは、救助隊員達が不安がるほど損傷が激しかった。分厚い装甲のおかげで、走行性能に問題はないし、それでもAPCよりは頑丈だ。そう言ったのだが、救助活動に参加することは断られた。アネットは村の中央の十字路にリッジウェイを停車させて、次々と運び込まれる被害者の対応に追われていた。リッジウェイのキャビンには、救助された者の中でも特に容態芳しくない者達が乗せられていて、その誰もがうめき声を上げている。
能力者の動きはほとんど完璧だった。戦闘に出ていた四機も、現在は救出作業にあたっている。あまりの殲滅の早さに、さすがに少しへこんだアネットだった。
「一人頼む。肋骨と、右腕を骨折している。出血も酷い」
「任せて」
KVを降り、覚醒状態であちこちを駆け回る嵐導が、また一人重傷の者を担架に乗せて連れてきた。これで重傷者は六名。APCに乗せられた比較的傷の浅い者が十一名と聞いているから、死者二名を合わせて行方不明者二十名中十九名が見つかったことになる。だがあと一人が、かれこれ二十分ほども見つからない。これ以上見つからないようなら、リッジウェイだけでも先行しなければならなかった。
「アネットさん、包帯に余りはありませんか」
とキャビンに飛び込んできたフェイスは、KVの数は足りていると判断し、APCに乗ったけが人の手当てに当たっていた。
「ええ。たくさんあるから持って行って。こっちに必要な分は足りてるから」
「助かります」
包帯の束を抱えたフェイスは慇懃に一礼してリッジウェイから飛び出していく。その背中を見送るついでに外に出て、活動する六機のKVの姿を見つめた。残る一人のために、皆懸命に捜索していた。あちこちでかけ声と、呼びかける声とが響いている。
後一人、見つかれ。念じるアネットに応えるように、腰につけた無線機がじーじーと鳴いた。
「少年を見つけました。よかった、軽傷のようです」
修司の心底安堵したような声だった。ホッと一息つく間もなく、アネットは同乗している軍医に声をかけて、リッジウェイのコクピットに飛び乗った。行方不明者二十名全員を発見。うち二名は亡くなっていたが、それでも十八名は助け出せた。いや、まだか。アネットはリッジウェイのエンジンを始動させて、一刻も早く基地に運び込まなければならない六名のほうを見た。
●安堵
あまりの瞬殺っぷりに恐れをなしたのか、元々打ち止めだったのか、結局カエルキメラはそれ以上姿を見せなかった。基地へ戻り、負傷者を待機していたチームに預け、九人はようやく一息ついた。基地内の一室を借り受けて、飲み物を片手に報告を待っていた。帰還しても良いとは言われているが、重傷の六名の安否が確認できるまでは、基地で待つつもりだった。
「時に、墜ちた原因は何だったんです?」
コーヒーカップを傾けていたフェイスが、思い出したように尋ねる。ぽけーっと油断した顔をしていたアネットが、皆の注視を受けて驚いて跳ねた。
「ヘルメットワームに墜とされたって。この時期、活発に動いてるみたいね」
傭兵の間では戦略が確立されつつあるHWも、非能力者にとっては恐ろしい相手に違いない。
「なるほど、そういうことですか」
「しかし、アネットだったか? お前さん、碌に武装もない機体で良くやったよ」
再び話をふられて、アネットがたじろぐ。
「ありがとう‥‥でも、あなた達瞬殺したわよね。私が三十分間なんとか耐えたやつらを」
「そういえば、早かったですよね村に駆け付けるの」
肩を落とすアネットに続けたのは、絣だった。
「四機いたら楽勝だったわ。でも、的確な判断だったわね。救助隊に聞いたわよ」
ラウラは心からそう言ってくれていた。
「ところで、どうなったんでしょう、六人は」
セロリがぽつんと言った。かれこれ一時間ほど、九人はこの部屋で待っていた。
「無事だと思うけど、報告がないと不安だな」
新一が部屋のドアを見つめながら、落ち着かない様子だった。
「やれるだけのことはやったさ」
嵐導に肩を叩かれ、新一が頷く。
「ん、誰か来たぞ」
と、ドアが控えめに開かれる。
「救出作戦を担当した能力者の方達ですね?」
現れたのは若い兵士だった。
「運び込まれた方達は皆命に別状はないと伝えるよう言われてきました。では」
それだけ言って、兵士は部屋を後にした。能力者達は顔を見合わせると、心からの安堵の吐息を吐いた。
「よかった‥‥」
「さーて、これで帰れるな」
安心した皆が部屋を出て行く。
「LHに傭兵仲間が開いているIRISという雰囲気の良いバーがあるんですが、そこで祝杯でもどうです?」
と、これまで落ち着いた様子で居た修司が歩きながら誘う。一も二もなく飛びついたのはアネットだった。
「行くわ。飲みたい。だって‥‥」
飲んでもいないのに愚痴でもしゃべり出しそうな雰囲気だった。
「強くなってやる」
誰にともなく呟いて、アネットも皆の後を追った。