タイトル:【Gr】亀裂の空に雨マスター:熊五郎

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/02 01:15

●オープニング本文


 ソレの噂は聞いていた。きっと、その噂を聞いたことのないパイロットなど、今の世の中どこにもいないだろう。
 ろくなブリーフィングも無いまま飛び立って、空で初めて当該空域における脅威を聞かされたとき、心の底に絶望の沼がわき出した。KV無しでHWと遭遇する可能性をどこかに捨て去って、そちらにばかり気がいっていた。冗談だろ、と。
 噂自体は、キメラが世に出た頃からあったらしい。スティックと言えば? と尋ねられて操縦桿、なんて物騒な返答をするようになるよりずっと前。俺がプロテクターに食われるようにしてアイスホッケーに全力を傾けていた頃からだ。
 言っちまえば、噂ってのはミサイルキメラのこと。こっちよりも速く飛び、曲がり、そして突っ込んでくる最悪の兵器だ。口にしただけで最低の気分になる。きっとシャークマウスだ、なんて笑ってられるやつは、真っ先に墜ちてくれと思う。
 一度でいいから、野戦防衛用のSAMサイトのまっただ中に突っ込んでみるといい。鳴り止まないアラートは心拍を上昇させ、全身を発汗させ、呼吸も忘れさせる。クスリでイっちまった頭でも、死ぬと強制的に理解させられる。それでも頭のどこか片隅が冷静でいられるのは、ミサイルには対処法ってやつがあるからだ。いくら改良されようと無機物でしかないミサイルは、8割の運と2割の実力で回避ができる。だがもし、ミサイルが生きていたら。
『ズィーター各機、間もなく戦闘空域だ』
 隊長機からの無線に答えると、操縦桿を握る手を汗が伝う。この時点で普通じゃない。目は血走り、あちこちに視線が飛ぶ。
『渓谷に飛び込むぞ』
 眼下に大地を真っ二つに切り裂く裂け目が見える。順番に機首を下げ、飛び込んでいこうとしたそのとき、俺の目は、ごく小さな何かを見た。
『全機ブレイク! 避けろ!』
 白煙を吹くでもなく、けたたましいビープをかき鳴らすでもなく、静かに、そして鋭く、いくつもの何かが飛んでくる。何か? バカを言うな。ミサイルキメラに決まってる。
「ついに出やがった!」
 操縦桿を引き、ラダーを蹴り、スロットルを全開近くまで押し上げ、四機のF-16が回避機動を取る。むち打ちになるほど首を巡らせ、彼我の位置を必死に確認する。
 白煙の軌跡が無いのは最悪だった。機動自体は常識外れではないが、位置のあたりをつけることさえ困難。ついでに、これも想像通りといえばそうだが、奴らは思考している。こっちに突っ込むための最適なコースを読む。最悪パイロットの癖まで読んでいるかもしれない。事実、俺の尻にぴったりとついたミサイルは、こちらがどんな機動で振り払おうと試みても、むしろ近付いてくるようだった。
 緊張で音と色が飛ぶ。真っ白になった世界で、俺は隊長機が墜ちるのをしっかりと見た。そして次の瞬間には、俺はミサイルを見失っていた。まあ、俺が冷静なら、翼下に隠れたと気づけたかもしれない。対処法を体が勝手に実践したかもしれない。だが、長年の悪夢が叶っちまった頭はそんなことを忘れ、
「どこに消えやが――」
 こうやって取り乱して、空の塵と成り果てるのが、精々だった。


「目標は渓谷を移動する敵輸送部隊。皆さんにはアタッカーチームと護衛チームに別れて頂きます」
 ブリーフィングルームに集まった傭兵を見渡して、恭しく頭を下げたオペレーターがブリーフィングを始める。薄暗い部屋のプロジェクターに投射されたのは、ジブラルタルを南に置いた地図だった。
「近頃あちこちで騒がしく動いているのでご存じの通り、グラナダ南西を走る渓谷での作戦依頼です」
 レーザーポインターが、マップ上のグラナダからジブラルタル方面へ伸びる亀裂を指す。
「グラナダ要塞の偵察を行った特殊部隊が、この渓谷を敵の輸送部隊がグラナダ方面へ向けて進行している、との情報を持ち帰りました。皆さんには、この偵察部隊を殲滅していただきます」
 コホン、とオペレーターが咳をする。
「輸送部隊は通常のトレーラーを使用しており、脆弱ですが、当該空域の制空権はバグア側のものです。予想される脅威としては、ヘルメットワーム、地対空ミサイルキメラ及びミサイルキメラ発射キメラ、最後に巨大拡散プロトン砲、ということになります」
 ブリーフィングルームがざわつく。なかなか豪華なメニューだ。
「皆さんにはジブラルタル側から渓谷に侵入し、アタッカーチームによる爆撃で、輸送部隊を殲滅します。この輸送部隊を逃がすことは許されません。そのため、アタッカーにはこちらで指定した爆弾を装備していただきます。機動を制限する代物ですので、護衛チームはしっかりアタッカーを守ってください」
 静まりかえったブリーフィングルームを見渡して、オペレーターがほう、と息を吐く。
「このような強行作戦に出るのは、グラナダで開発されている小型ギガワームの完成度に、例の輸送部隊が直接影響すると予想されているからです」
 無理は承知の上、とオペレーターは言っている。
「渓谷に入る前にHWに発見された場合は、即座に撃墜してください。それから渓谷に突入となります。わざわざ渓谷を飛ぶのは、渓谷内部のミサイルキメラが、渓谷の外より少ないため。そしてプロトン砲の射界から外れるだろうとの予測からです」
 プロジェクターが映し出していたマップが、渓谷を中心に拡大される。
「30kmほどの亀裂です。突入地点から20kmほど行ったところに、輸送部隊がいると思われます。幅は最も狭いところで70m。最大で300m。深さは概ね300mとなっています。渓谷内までHWに追跡されると、必然的に渓谷から出なければ対応できません。ミサイルの雨とHWの攻撃の双方に見舞われます。生き残るのは困難でしょう。注意して下さい」
 以上ですと告げて、オペレーターは顔を下げる。表情は暗かった。

●参加者一覧

赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
榊原 紫峰(ga7665
27歳・♂・EL
佐竹 つばき(ga7830
20歳・♀・ER
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●ハンガー
 グラナダ攻略戦を目前に控えた基地は、あちこちが忙しなく動いていた。ハンガーで待機する七名の傭兵は、その光景を我がことのように真剣な眼差しで見つめていた。
 七名は恐らく、程なく行われる攻略戦にも参加するのだろう。偵察任務によって露呈した小型ギガワームの進捗に直接関わる今回の任務は、攻略戦に直接影響する重要な依頼だった。
「なんとしても潰しておかんとね」
 不意に呟いたのは、愛機のカナードに腰掛ける篠原 悠(ga1826)だった。四機編隊の部隊を一瞬で壊滅させたミサイルキメラ。その脅威は如何ほどなのか。悠のワイバーン――ポチの翼下に立ち、マグカップを傾けるレティ・クリムゾン(ga8679)は、静かに頷いた。
「少しでも攻略戦の掩護をしておきたいところだ」
 七人は現在、アタッカーの役割を果たす二機が爆装を終えるのを待っていた。戌亥 ユキ(ga3014)、赤村 咲(ga1042)のアタッカー担当二名は、それぞれ愛機のもとで作業を見守っている。
「しかしでかいな。小さい島くらいなら吹き飛ばしそうだぜ」
 アスファルトにあぐらをかいた砕牙 九郎(ga7366)が、呆れたように言う。その運用目的上、通常の戦闘機とは比べものにならないほどハードポイントの強度は高く設定されているKVだが、それでもどこか不安になるほど巨大な爆弾が二つずつ、二機に取り付けられようとしていた。
「輸送部隊の殲滅には、本来一発で十分だそうですよ」
「目標はキメラを護衛に従えてるとはいえ、普通のトレーラーらしいですからね」
 鳳 つばき(ga7830)と榊原 紫峰(ga7665)が、それぞれ悠の機体の周りに集まってくる。九郎は二人にマグカップを手渡しながら、ほう、と漏らす。
「残り三発はだめ押しか。当然かもしれない。相当重要なものを運んでいるようだし」
「一機が落とされても、まだまだ余裕があるってことか」
 レティに続いて九郎。ギュ、と拳を握ったレティの瞳が、遙か彼方のグラナダ要塞を睨んだようだった。


●出撃
 重い。咲はタキシング中にラダーを操作しながら、まだ飛んでもいない相棒の変化に気付いていた。経過次第では、渓谷を抜けた後フランスに飛ばなければならない関係上、燃料は限界まで積んでいる。本来その程度で機動に制限を受けるワイバーンではないが、たった今取り付けられた爆弾によって、飛行特性すら変わってきそうだった。
『1番機2番機、離陸を許可する』
「了解」
「それじゃ、お先に〜」
 ディアブロとワイバーンはA/B点火すると、みるみる加速していく。
『三番機、準備はいいか』
 レティと悠が離陸する前に、つばきのウーフーが滑走路に入る。初めてのKVによる戦闘を目前に控え、やや緊張したような面持ちのつばきが息を吐く様子が、咲からもよく見えた。が、再び顔をあげたつばきの表情は、しんと静まっていた。
「いつでもどうぞ」
『緊張してるのか?』
 管制官は、それまでの硬い口調を一変させ、砕けた調子で言う。つばきは計器のチェックをしながら、ぽかんとした顔を管制室に向けている。
『楽に行け。離陸を許可する』
「はい」
 つばきを見送り、咲のワイバーンとユキのS−01改が滑走路に入る。
『アルファ1、2、離陸を許可する。頼んだぞ』
「任せてください」
「ばっちり決めてくるよ」
 応え、スロットルを押し込む。機体を揺るがす轟音が腹に響く。キャノピーを振動させるのは、身重なワイバーンとS−01改を大空へ押し上げるための咆哮だった。
 いつもならカタパルト射出さながらに加速するワイバーンが、この日ばかりはやや遅い。左後方で同じく加速するユキも、同様の感想を持っていた。
「そちらも重そうだね」
「飛んだら実感凄そう」
「追いついちまうぞー」
 苦笑いのユキに被せてきたのは、九郎だった。もちろんそんなことはない。
「千切ってしまっても、護衛しがいがないでしょう?」
「言うなあ」
 紫峰が笑うのを耳にしながら、咲、ユキの両名がスティックを引く。一瞬重く沈み、地面に張り付こうとする機体が、突然負荷を無くしたかのように浮き上がる。シートに押しつけられつつ高度を稼ぎ、水平飛行に移ったところで、ラダー、エルロン、エレベーターの各種操縦系統を軽く動作させる。
「んー。かなり重い」
 同じように試していたユキがぼやく。事前情報の通り、HWとの激しい戦闘には耐えられそうになかった。無力ということもないだろうが、全ての動作がいつもの感覚よりもコンマ数秒遅れている。致命的だった。
「聞いての通りです。矢張り、戦闘は皆さんにお任せすることになりそうです」
「そうだね。これはちょっと苦しいみたい。霞払いくらいならできると思うけど」
 見栄を張る理由もないし、何より危険だ。自機がどのような状態にあるのか、僚機や護衛機に伝えるのは当然のことだった。
「ああ、わかっている。安心して、とは言わないが信頼はしてくれると嬉しい」
 冷静な口調のレティの通信に、悠のうんうんと頷く声が続く。
「そうだぜ。後ろは任せろ。な、榊原」
「そうそう。しっかりやりますよ」
 九郎と紫峰は、いつの間にか背後にぴたりとついていた。アタッカー二機に合わせ、やや速度を落としているウーフー、その前を行くディアブロとワイバーンも合流し、七機は亜音速でグラナダ目掛けて飛び去った。


●空を割く一撃
 基地を発ち、数分と経たないうちに、通信が入った。
『こちらジャグラー。貴隊、アルファ及びブラボーの空中管制を務める。よろしく頼む。両隊は現在WP(ウェイポイント)1を通過。WP2へと向かっている。進路よし、高度は400落とせ。WP2通過予定は60秒後。渓谷進入予定は12分後となる』
「了解」
 先頭を行くレティが応える。
『WP2から先では、敵巨大砲の射程圏内に入るとみられる。砲の位置は、方位085に200キロ強。こちらでも観測しているが、何しろ光学兵器だ、異変を感じたら即座に回避しろ』
 緊張感に満ちた声で言った管制官は、ブラボー3、とつばきを名指しした。
「はい」
『データリンク・スタンバイ。こちらで観測したデータは逐一そちらに回す。そちらで得た情報と共に精査し、状況判断に役立ててくれ』
「はい。スタンバイ」
『データリンク開始‥‥‥‥確認』
「確認しました」
 ウーフーのコクピットに備え付けられたモニター類が出力するのは、レーダーをはじめとした、空域のありとあらゆる情報。本来なら複座にし、専任の者が必要な情報量だが、電子戦機を名乗るKVは皆単座式だった。それはKVを主に使用する能力者の情報処理能力が高いこと、もう一つに能力者のほとんどが一人一人独立して動いていることが多いこと、そして何より、わざわざKVで電子戦機を作るとコストがバカにならないことが、要因としてある。KVの電子戦機の役割は、通常の電子戦機では入り込めないような激戦地にてデータリンクを確立し、バグアのジャミング下でも安定した作戦遂行が行われるように、というものである。
 今回の任務も、現在管制を行っているAWACSは、WP3通過後に離脱する運びとなっている。その先はつばきのウーフーが頼りだった。
『間もなくWP2を通過。8秒前』
 静寂を、管制官が破る。各機の挙動が、ほんの微かに乱れるのを、後方の紫峰が見ていた。彼のS−01改もまた、微かに機体を揺らしている。
『3秒前。2‥‥1‥‥今』
『WP2通過。進路よし。高度よし。速度よし。WP3到着予定は2分後。敵巨大砲に動き‥‥』
 管制官の声が途切れる。ウーフーの内部で、つばきの顔が跳ねた。
「全機、急上昇! 今すぐ!」
 上、という言葉に反応し、七機が急上昇を試みる。五機はすかさずスロットル全開。上昇した。が、人間の反射神経を凌駕した反応も、機体が鈍くなっていては意味がない。時間にすればコンマ数秒の世界。だがそれが、アタッカー二名にとっては無限の時間のように感じられる。
「重い‥‥!」
「上がれぇっ!」
 アタッカーの二機は五機に比べて緩慢な動きで機首を上げると、ようやく上昇を始める。全員の視界が真紅に染まったのは、次の瞬間だった。
 ほぼ直角に上昇する七機のパイロットは、後方に走っていく赤い稲妻を、呆然と見送った。幾重にも分かたれたそれは、幾何学模様を描きながら一瞬で空を分断し、炸裂した。
「なんなんだ」
 漏らしたのは九郎だ。
 空中で炸裂した無数の光線は、雷鳴など目ではない、と言わんばかりの轟音と、衝撃波を生んだ。話では聞いていた。地上部隊に向けて放たれたときの動画、写真、何度もチェックした。だが実物は桁が違う。まさにそんな表現がぴたりとはまるような、心から震えがくるような代物だった。
「アルファ各機、無事か?」
 機体を水平に戻したレティが後ろを振り返りながら尋ねる。
「機体に異常は無い、ようですね」
「掠めたーっ。危なかったぁ‥‥」
 胸を撫で下ろす
『無事‥‥な? ジャ‥‥グが酷‥‥ブ‥ボー‥‥せるぞ』
 ノイズが酷くて聞き取れないが、とにかく、ジャグラーとはここでお別れらしい。つばきはコホンと咳払いをして、
「よーし、張り切って管制しちゃうよー♪ よろしくねー」
 底抜けに明るく言い放った。


●襲来
 元々対地目的の砲は、対空目標を狙うようにはできていなかったらしい。あれからWP3、4と通過してきた間に、更に二度巨大砲の砲撃を受けた。最初の一発こそ正確に狙ってきたが、第二、第三射は狙いが逸れていたため、それほど逼迫した事態にはならなかった。
「くるとしたら、そろそろだな」
 九郎が鋭い瞳を左右に向けながら言う。
「ヘルメットワーム?」
 ユキが尋ねる。九郎は「ああ」と返した。
「ここまで来たら出てほしくない。先行した軍の編隊が撃墜された地点は、もう目の前だ」
 紫峰が言うが、きっと出てくると、彼自身も十分に理解していた。何せ、プロトン砲ははっきりとこちらを狙ってきていたのだから。
「だからこそ、出てくるんやろね」
「最も嫌な場所で、ですね」
 悠と咲は苦笑いするそのときも、そこかしこに視線を投げていた。連中は突然現れる。初動で誤れば、ヘルメットワームとて大変な脅威になるだろう。
 だが、初動さえ間違えなければ、七人には秘策があった。鍵は、とにかく先制すること。
「敵、正面」
 レティの声が響いたのはそのときだった。つばきが続く。
「中型ヘルメットワームが六機だね」
「きやがったか」
 予想よりはやや多い。だがやれない数ではない。問題は、手こずって時間を取られることだ。巨大砲のクールタイムが終わってしまうと、ヘルメットワームの上に巨大砲の警戒も必要になってくる。それぞれ単体ではそれほどの脅威ではないが、双方合わさったときの脅威は計り知れない。
「三十秒で決めないと」
 紫峰が時計を横目に言う。前射が一分半前。偵察の結果、巨大砲は次弾装填に二分間かかるとの報告が出ている。実際、第一射から第二射は二分半の間隔。二射から三射は五分以上間が空いたが、少なくとも二分と考えておいて間違いはない。
「戌亥さん赤村さんはあたしと少し下がろ−!」
 つばきが底抜けに明るい声で言う。
「了解しました。では、下がらせていただきます」
「鳳さん、駄目そうだったら守ってねっ」
 咲とユキの言葉を合図とするように、七機がブレイクする。
 いち早く飛び出したのはレティだった。作戦には、レティがまず先手を打つことが必要になる。ブーストを使用し、爆音と共に空を割いたディアブロは、六機のHW目掛けて一直線に飛んだ。
「作戦通りに」
「了解」
 高Gに晒されているレティに応じて、六機が追従する。アタッカーの二機と護衛のウーフーをやや後方に配し、それ以外はHWのプロトン砲に注意するような位置につく。各機が描く軌跡はいずれも直線的。一刻も早く倒すという意気込みが表れているかのようだった。
 一直線に飛び込んでくるレティ機に危機感でも覚えたのか、HW四機が猛然とレティ目掛けて加速した。相対距離は1000m。HWの主兵装であるプロトン砲のほうが、レティの切り札よりも遙かに射程が長い。歯を食いしばり、Gに耐えるレティの顔は、しかし冷静だ。いつ攻撃されても回避してやると物語る赤い瞳は、微動だにしない。
 相対距離が800mを切った瞬間、HW四機がほとんど同時にプロトン砲を放った。脳が避けろと叫ぶよりも早く、脊髄反射的素早さで、レティはラダーを蹴りつけ、操縦桿を捻る。取った機動はバレルロール。HWに意志があったなら、間違いなく恐怖しただろう。この局面で、更に前へ前へ進まんとする選択。迸る稲光四本のうち、一本が機体を掠めても、ディアブロは一切動揺しなかった。
 ディアブロが丁度ロールを終えたとき、レティは自機に鳴り響くオーラルトーンを聞いていた。トーンと併せて、HUDのRDY MSSLの表示は、回避機動を取っている間もフル稼働していたFCSが、今すぐ捉えた五機を撃ち落とせ、とがなり立てているようだった。
「いってこい」
 控えめに口元を歪め、切り札を解放する。アグレッシブ・フォースにより、攻撃力を大幅に強化されたK−01ホーミングミサイルが、待ってましたとばかりに白煙を吹きながら発射される。
 反転しようとするHW五機目掛けて飛ぶ無数のミサイルは、その全てがHWに致命的なダメージを与えた。一機はそれだけで撃墜され、直撃した他四機も飛行に障害が出るほどのダメージを負っている。
「うまくいったみたいだ」
 そのままヘルメットワーム達を掠めるようにして突き抜け、離脱を計ったレティが安堵の声を出す。
「あとは任せてもらうぜ」
「さっさと片付けんとねっ!」
 ミサイルが吐き出した大量の白煙の中から、雷電とワイバーンが飛び出してくる。一度、二度と交差した二機は、唯一無傷の六体目のHWを捉えると、左右から挟み込むような機動を見せる。互いが互いを囮として使うような動きに、HWは見事に引っかかった。悠のワイバーンに狙いを付けようとした刹那、雷電のヘビーガトリング砲から放たれた弾丸が、装甲をえぐり取っていく。続いて、ワイバーンのスラスターライフルが火を吹く。矢継ぎ早の攻撃に、HWはたまらず爆散した。
「いただきー」
 喜ぶ悠からやや離れたところでは、紫峰のS−01改が、レティが撃ち漏らしたHWの処理を行っていた。
「射的の的だね、これじゃ」
 そこへ、一度離脱したレティが加わり、HWは僅か十数秒で駆逐された。
「良い手際ですね」
 咲は感心したように頷いている。
「見てるだけっていうのは、なかなか新鮮かも。時間はどう?」
 ユキは暇そうだった。
「急いで態勢を立て直さないと。あと十一秒で第三射から二分経過だよ!」
 七機は再び編隊を組むと、目前まで迫った渓谷へと、機首を向けた。


●地対空ミサイルキメラ
 大地に亀裂が走っている。長い長い渓谷だった。あそこに飛び込み、二十キロ先の輸送部隊を撃破する。何度考えてみても、無茶苦茶な作戦だった。通常なら、先ほどのHW撃破で、祝勝会の準備が始められるところだ。その前に散々驚かされた巨大プロトン砲のことだってある。だが、どちらも前哨戦に過ぎない。本番は、ここからだった。
 ユキの体は武者震いしていた。心地よい緊張感と、恐怖。割に合わない依頼だ。だがだからこそ、やり甲斐もあるのかもしれない。大きく深呼吸をして、亀裂を見据える。
「まだ基地を発って二十分だっていうのに、ずいぶん気疲れしたみたいだ。おまけに心臓バクバク」
 二十分もの間緊張し続ける、というのはそれなりに神経をすり減らす。反応が遅れれば死ぬとなれば尚更で、紫峰の言う通り、ユキの心臓も平常時よりもかなり早く脈打っていた。
「心拍数がいいリズムになってきたね。いよいよ恐怖のアトラクション開始だよ」
「身重なんですから、絶叫しすぎるような真似は控えてくださいね」
 どこか嬉しげなユキを窘める、というよりは乗ったような口調で、咲が笑った。
「さっちゃんも、『花火の中に突っ込みましょうか』とか考えてたんじゃない?」
「え? いや。まさか」
 ハハハ、と笑う咲の声には力がない。
「皆血の気が多いなまったく」
「クロウ君‥‥キミが言うか?」
 心の底から軽口を言い合っているのか、それとも恐れを隠すためなのか。どちらにせよ、つばきの「全機突入」という、なかなか聞けない指示を受けた瞬間に、それらはピタリと止んだ。
 機首を下げ、大気を切り裂き、急降下していく七機。キャノピーが震え、翼がたわむ。
「一時方向、十時方向に反応、ミサイルキメラ! 総数二! やっちゃってー」
 渓谷の周囲の崖の上から放たれたものだった。前衛のレティ、悠機では引き起こしが間に合わない。ならばと、急降下をキャンセルし機首を引き上げたのは、九郎と紫峰だった。
「落とすぜ!」
「狙いはあたしみたいだね」
 つばきが冷静に言う。生きたミサイルがどう思考するのかはわからないが、現状はまっすぐ降下しているつばき目掛けてミサイル二発は飛んでいる。ウーフーが部隊の肝だと判断したのは、ミサイルキメラ自身なのか、それとも発射したキメラなのか。
 紫峰は眉を顰める。噴射炎も白煙も無いミサイル、というのはどうしても奇妙だった。サイズもKVと比べると当然小さく、肉眼での目視が難しい。ただの細長い飛翔体にしか見えず、ロックオンが効くかも疑わしい。
「アラートは?」
「無いみたい。ちょっと、厄介かも」
 レッドアラートが無ければ、目視でどこに向かうか判断するしかない。構造上死角の多くなるKVにとって、まさしく天敵と言えるようなキメラだった。
 雷電のヘビーガトリング砲と、S−01改のバルカンが火を噴いたのはそのときだった。まっすぐつばきを狙って飛ぶ二機のミサイルへ飛んだ火線が一発を撃ち落とす。それでミサイルは狙いを変えたらしい。自分達を狙った忌々しいKV二機へと。
「そっちに行きましたよ」
 紫峰が叫ぶ。相棒を撃ち落とされたキメラは、雷電に狙いを定めたらしい。KVを上回る加速で追いすがると、ヘビーガトリングの掃射を避けてその尻についた。
「更に後ろにつけるか?」
「もちろん。タイミングはボクが」
 雷電、ミサイル、S−01改の順で、渓谷上空を掠めて飛ぶ。出来る限りミサイルに接近した紫峰は、トリガーに指を掛けてレティクルのど真ん中にキメラを入れるべく、両手両足を忙しく、そして細かく正確に動かす。
「3‥‥2‥‥1‥‥今!」
 紫峰の合図で、雷電が急旋回する。追いすがろうとするミサイルだが、ほんの一瞬遅れた隙を、紫峰は見逃さなかった。低い唸り声と共に銃弾の雨がミサイルキメラを襲う。数発が直撃しただけで、ミサイルは吹き飛んだ。バルカンでも容易に破壊できたことから、耐久性はそれほど高くないことがわかる。だが、雷電のガトリングを避けた動き、アレを渓谷内でやられるのだとしたら‥‥。
「助かった」
「いえ、それより‥‥」
 紫峰の言葉を遮るように、つばきが割り込む。
「ミサイル接近、総数二」
 二機は、急いで渓谷へと飛び込んでいった。

 九郎と紫峰はまだ上空にいる。この二発には悠とレティで対応する必要があった。
 渓谷内は想像以上に狭い。左右に百メートルほどの余裕があるはずなのだが、それを一切感じられない閉塞感がある。理由の一つに、崖がオーバーハングしていることがあった。そのせいで、上下動もかなり制限される。わかっていたことだが、回避機動の類はほとんど行うことができない。
 ならばどうするか。一つしかない。九郎、紫峰がやったように、近付かれる前に撃ち落とす。が、もう二人が行ったような作戦は取れない。やれば、囮になった機体はミサイルキメラか僚機の銃弾の直撃、また高確率で岩壁に激突しそのまま墜落という結果が待っていることは、言うまでもない。
「外すとまずいな」
「集中、集中」
 ミサイルは岸壁の凹凸が邪魔をして、視認しづらい。目をこらし、息を整え、タイミングを待つ。
 二人は同時にトリガーを引き絞る。二門のスラスターライフルによる弾幕は効果的だった。二機の目と鼻の先で爆発するミサイルキメラ二機。
「やったか」
「やったねレティさん。あ、本家、発射してるキメラの情報が欲しいんやけど、いけるかな?」
「ん、探してるんだけど、どうもうまく隠れてるみたいで」
 申し訳なさそうに言うつばき。
「了解。頼りにしてるよ」


●激戦
 歯がゆいものだった。岩壁にぶつからないように気をつけていればいい、という指示は、咲とユキに与えられた役割を考えれば当然のことではあるが、数発ずつ襲ってくるミサイルキメラの対応に追われている仲間をただ見ているだけ、というのはどうにも堪える。
 同時に発射されるミサイルの数は、現在のところ最大で三だった。だが、何か嫌な予感がするのだ。咲もユキも、恐らく他の五名も、それは感じているはずだった。嵐の前の静けさ、とでもいうのか。一分ほど、何も飛んでこない状況が続いている。沈黙が長引けば長引くだけ、嫌な予感は強くなっていく。困ったことに、嫌な予感というやつは、どうしてか奇妙な的中率を誇る。先ほどの、ヘルメットワームの襲来を誰もが予期していたように。
 それは、急なカーブを抜けた先で起こった。
「敵ミサイル発射キメラが四時方向にー‥‥山ほどいるーっ! ミサイル発射を確認。3‥‥5‥‥背後にも? 総数11!」
 それは最早、悲鳴だったと言ってもいい。前から六発。背後から三発。全員の血の気が引く。渓谷内のミサイルキメラの数が少ない、という事前情報にケチをつけたくなるような現実。かといって、渓谷から出る選択肢など有り得ない。外は更に大量のミサイルキメラがいる『はず』で、更なる苦戦を強いられる『はず』だからだ。
 咲とユキも、それぞれ操縦桿のトリガーに指を掛けた。回避はできない。これはバグアどもが仕掛けた罠だ。全員がブリーフィングとマップを思い出す。カーブの先は、渓谷内で最も狭いと説明された地点だ。幅は僅かに70m。KVが二機並んでしまえば、もう何もできないような狭さ。
 だからきっと全員が、覚悟を決めた。
 七機のKV全てが、全ての火力をもってミサイルの迎撃に力を注ぐ。次々と爆発していくミサイルキメラ。だが後方から襲い来るミサイルへの対応だけは、飛行形態のKVではどうしようもなかった。
「‥‥一か八かだな」
 九郎の雷電が急激に速度を落とす。紫峰が驚いたように振り返り、その意図を察して僅かに加速する。
「墜ちたら大変ですよ」
「気をつけるよ」
 ストールする寸前まで機速を落とした九郎は、襲い来るミサイルの雨を見てうへえと渋面だった。が、それも一瞬。狭い渓谷内を上下左右アトランダムにうねりながら飛行し、ミサイルを引きつけると、とっておきの兵装へと切り替えた。
「まとめて吹き飛んじまいな!」
 G−44グレネードランチャーを岩壁に向けて打ち込み、自身は一気に加速する。巨大な爆炎が視界を覆い、九郎の雷電もその中に飲まれていく。機体が破片と炎で激しく損耗していく中、一切の視界をなくした九郎はフルスロットルで爆炎からの脱出を試みる。爆風に流され、ろくに言うことを聞かない機体を、視界もきかず、計器と炎に包まれる直前の記憶を頼りに飛ばす。
 視界が開ける。眼前に岩壁があった。すぐさま右旋回して回避し、状況を確認する。グレネードランチャーによって、背後のミサイルの群れは全滅したらしい。おまけに、崖が派手に崩落したため、次が飛んでくることはまず無いようだ。一か八かの賭けには勝ったようだが、雷電の消耗は激しく、右主翼の一枚が破損。右エンジン一発の様子もおかしいが、休んでいる暇はない。レティ、悠、咲、ユキの四名が前方のミサイルの迎撃。つばきは迎撃と敵の位置情報の把握。紫峰はミサイル発射キメラへ攻撃を仕掛けていた。
 見れば、無事な機体は攻撃機の二体くらいのものだった。雷電ほど深刻な機体はなく、直撃ではなく近接信管作動による爆風やら破片を食らったのだろうと思える傷が、皆の機体に刻まれていた。
 ここにきて、どうやら雷電の通信機がイカれたらしいことに気付く。この混乱状態だというのに、誰の声も聞こえてこない、というのは少し皆冷静すぎやしないだろうか。
「聞こえてるか?」
 返事はない。無茶をしすぎたかと舌打ちを一つしてから、寂しくなるな、とぽつんと呟いた。

「クロウ君? 無事なのか?」
 何度目かわからないレティの通信を聞いて、ユキはいよいよ不安になってきた。先ほどから何度も通信するが、九郎からの応答はなかった。皆自分のことに必死で、雷電のコクピットを覗く余裕がない。九郎にはミサイル発射キメラの駆除に当たって欲しかったのだが、それができない状況となると、紫峰一人に頼むことになる。他の五人は、ミサイルそのものの迎撃に手一杯だった。一機でも手放せば、まず間違いなく壊滅するだろうという綱渡りのようなバランスの上での攻防。アタッカーを無傷で送り届けるという意地のようなもので、皆が自分と咲を守ってくれている。実際、二機に被弾は一切ない。
「新手のミサイル確認だよっ」
 どこからか舌打ちが聞こえてくる。額に汗が滲む。バルカンを当てるための少しの姿勢変更でも、一歩間違えれば壁に激突しかねない極限の緊張感。だというのに打ち落とせなければこっちが墜ちるという絶望感。本当に無茶な任務だ。当てつけるようにバルカンを撃ちまくり、一発でも多くのミサイルを打ち落とす。
 この狭い渓谷に良い点があるとすれば一つだけだ。それは、ミサイルキメラもあまり派手に避けたり狙ったり、ということができないこと。おかげで、今のところ撃墜された僚機はない。
 ユキはマップを思い起こした。そろそろ、輸送部隊が見えてくる頃だ。
「赤村さん」
「ええ。そろそろですね」
 次のカーブを抜けた辺りで、目視できるはずだった。爆撃態勢に入れば、皆の掩護をすることもできなくなる。
「任せて」
 混乱の中にあって、それが誰の声だったのかもわからない。けれど、確かに勇気は貰った。最後のカーブに入る。深呼吸を一回。何が出ても驚かない覚悟を決めて、七機がコーナーを抜ける。
「うじゃうじゃと!」
 また、誰かが叫ぶ。数えられただけでも9発のミサイルが殺到してくる。その向こうに、巨大なトレーラーの車列を見つけて、ユキは迷わず爆弾の投下ボタンに指を掛けた。
「みんなが守ってくれる‥‥大丈夫。恐れないで集中‥‥決めるよっ!」
 ミサイルは必ず皆がどうにかしてくれる。呟いて、ミサイルを視界から排除する。前方でワイバーンが被弾して大きく揺らぐ。その掩護に入ったディアブロもまた、爆風に飲まれそうになる。それでも、ユキも咲も進路は変えない。このチャンスを逃せば、次はない。
 護衛機の決死の攻撃で、ミサイルキメラは次々と迎撃されていく。それでも、悠、レティ、つばき、九郎、紫峰の弾幕をかいくぐり、一発のミサイルがユキのS−01改の目前まで迫っていた。
 今すぐバルカンで撃ち落とせば、墜ちることはないだろうか。だが、そのためにはコースを完全に外れる必要があった。爆撃を咲に全て任せるか。しかし、トレーラーはもう目の前――。
「レディーを落される訳にはいかないからな‥‥! っと、サンタからのプレゼントは、託しますよ」
 咲の声と同時に、ワイバーンの影がコクピットを覆った。そして、爆発音。コクピットを掠めるように交差していったワイバーンが黒煙を噴き上げたが、ユキは意図して目をそらし、爆撃ガイドモニターを睨む。トレーラーの車列がモニターに映る。あとほんの数百メートル。
「投下カウント。全機離脱準備よろしく!」
 3‥‥2‥‥1‥‥。
「投下っ!」
 ガコ、と大きな音が二度して、S−01改から爆弾が投下される。効果確認の悠以外の全機が、ブーストを使用して離脱する。ミサイルの直撃を受けた咲のワイバーンも、九郎の雷電も、しっかりと離脱していた。
 遅れて、地響きが大地を揺らす音が聞こえた。
「凄いねー」
「ああ、私達の機体もすごいことになっているよ」
 ぽかーんと爆炎を見つめるつばきに、応じたレティの声色には、さすがに疲れが見えた。
「よっし目標の破壊を確認っ! 完璧やね」
 マイクロブーストを使用し、ミサイルの追跡を一気に振り解いた悠も合流し、あとは西へ帰還するのみ。
「さて、プロトン砲に注意しながら帰りますか」
 紫峰が辟易とした様子で言うと、思い出した皆が黙り込んだ。

 追記
 無事に基地へ帰還した七名は熱烈な歓迎を受け、翌日までのどんちゃん騒ぎに巻き込まれたという。