●リプレイ本文
●一日目 2216
十二人での行軍は、能力者と隊員二人一組のバディを、十メートル間隔に六つ配することで行われている。白い息を吐きながら、急ではないが長く苦しい斜面を、十二人は物音一つ立てずに登っていた。
先頭に立つのは、南雲 莞爾(
ga4272)と潜水艦内でラウラ・ブレイク(
gb1395)にちょっかいを出しては軽くあしらわれていたE6のルイスだ。
二名はこの任務上最も危険な場所にいる。彼らが切り開いた道を、後続は寸分の違いもなくトレースしなければならない。彼らの目に誤りがあれば、部隊は壊滅するだろう。何より、もしトラップに気付かなければ、最初に死ぬのは二人だった。
二人の冷たい目は、前方のほんの僅かな歪みも逃がさないと光っている。日頃から冷静な莞爾は当然だが、ルイスもプロだった。軽薄な英国似非紳士の姿はない。
暗視鏡を覗いていた莞爾の眉が跳ね、すぐさま右手が挙げられる。ルイスが掩護の姿勢を取ると、後続もその場で屈み、周囲の警戒に当たった。
「二時方向にトラップ。見えるか」
「ああ。こいつは回避。左に進路を取ろう」
莞爾の囁くような声に、同じような調子で応え、二人は慎重に歩き出した。
●二日目 0158
SASウォッチを眺めてみれば、時刻は午前二時になろうとしていた。ここまで回避したトラップ数23。解除したトラップ数8。幸い、キメラとの遭遇は避けられている。が、寒い。更に、足への負担は想像以上だ。三番目を歩くツィレル・トネリカリフ(
ga0217)は、徐々に足が言うことをきかなくなってきているのに気付いていた。隣を歩く隊員も同じか、より酷いだろうとその横顔を眺めて思う。
ただの登山なら、ここまでの疲労は無いと断言できる。しかし無数に散りばめられたトラップと、いつキメラに襲われてもおかしくない状況への緊張が、ストレスとなって全員を襲う。それが、余分な疲労を生んでいた。
ここまでに一度休憩を取った。目的は足を休めることだが、寒いのがよくない。厚い防寒具の下は汗塗れだというのに、外気は恐ろしく冷え込んでいるため、汗が冷え熱を奪っていく。その耐え難さたるや尋常ではなく、本当は足を休めたいのに、体は早く歩けと警鐘を鳴らしてくるのだ。ワーグマンが出発と号を発したとき、十一人全員が小さく安堵したように思えた。
ツィレルは油断なく周囲を警戒しながら、ふとして頭上を仰ぎ見る。山頂は暗く穿たれた空のすぐ目前まで迫っていた。
不意に肩を三度叩かれる。一つ後ろの蒼河 拓人(
gb2873)からの、休憩の合図だった。ツィレルはぴったり十メートル前を行く榊原 紫峰(
ga7665)の元へ音を立てずに駆け寄り、同じように三度肩を叩いた。
ラウラが偶然見つけたという窪地で風をいくらか遮りながら、十二人は一塊のように寄り合う。そうしていなければ、凍えてしまう。
隊員達がそれぞれの歩幅から換算した予測地点を出し合っているのを横目に、傭兵達も極小の声で状況を確認した。
「足にきている。皆はどうかね」
「同じく。まさかこれほどとは思っていませんでした」
ツィレルの問いに苦笑紛れに神浦 麗歌(
gb0922)が応じると、皆少し笑んだ。自分だけじゃないと知って、安心したのだろう。
「E6の人達、平気なのかな‥‥なんか今にも声出して笑い出しそうだけど」
拓人の心配げな視線を五人が辿る。足が臭いだなんだと罵り合う隊員の姿と、それをにやにやしながら眺める姿があった。
「まさか。身体能力は非覚醒時でもこちらに分があるだろう」
莞爾が否定すると、ラウラがクスクス笑う。
「あれは拓人が、みんなが緊張しませんように、って笑っているのと一緒ね」
「顔に出ないようにしている? でもそれでは」
「安心してくれ」
紫峰の言葉を遮ったのは、いつの間にかこちらの話を聞いていたらしい、ヘイルという曹長だった。
「やせ我慢はしない。むしろ臆病なほどだ」
「そうだ。君たちにも心得はあるだろうが、邪魔にならなければ頭の片隅に置いておくといい。やせ我慢は戦場では必要ない。さあ、出発だ」
ワーグマンが続けると、全員が立ち上がる。
●二日目 0434
発見したのは紫峰だった。ふと見た斜面の一部に違和感を覚えたのだ。急いで全員に知らせると、慎重に道をそれていった。ツィレル、ラウラ、拓人が続く。最前の莞爾と最後の麗歌は防御のために残った。
「トラップじゃないといいけど」
紫峰が言う。一見すると他の土とほとんど変わらないが、触ってみると少し土の質が違う。全員を呼び、検証する。
土は、一枚のシートの上に敷き詰めてあったものらしい。しっかりと接着されていたそれを慎重に剥がすと、二メートルはあろうかという鈍色の板が現れた。当たりだ。防御にあたる面々を呼ぶ。全員の顔に緊張が走った。
「少なくとも、ここにバグアが何かを作っているのは確実になった。で、これは」
「これ見よがしな取っ手ね」
莞爾とラウラが指しているのは、板に溶接されたパイプ。おそらく、引けばこの板が外れるか開くのだろう。だが、開けた瞬間に全員が吹き飛ぶということもある。視線がワーグマンに集中した。
「ヘイル」
「了解。全員下がっていてくれ」
ヘイルはパイプを掴み、何度か感触を確かめる。どうやら左に開くらしいとあたりを付け、一息に引っ張る。と同時に自身は板の影に身を隠す。
衝撃に備えていた全員が、恐る恐る様子を窺う。
「‥‥大丈夫、みたい」
拓人が零す。
「穴‥‥通気口ですかね。それもしっかりしてる。歩いても音を立てることはなさそうですが」
麗歌が内部を覗き込む。
「入るぞ」
ワーグマンの命令に従い、十二人は得体の知れない穴に入っていった。
●二日目 0503
その穴は、使われていない通気口のようなものだったらしい。途中で別れ、曲がり、やがて広い空間に行き当たった。穴は直径1.5メートルと大きなものだが、人が動き回るには狭い。先頭のルイスと莞爾が息をのんだのを見て、後続が焦れる。
「‥‥柱? いや、まさか」
「そのまさかだろう‥‥なんてものを」
ルイスは愕然とした様子だった。莞爾が首を振って、後ろを振り返る。
「化け物だ。見ればわかる」
そう言って、ワーグマンに場所を譲る。ワーグマンは冷静な眼差しで、その空間にあるありとあらゆるものを睨んでいた。だが、どうしてもその目は一点に集中する。中央にある柱。大きく、巨大な柱。しかしそれは二人が言ったように、柱などではない。
「本当に、クソ食らえだ」
ワーグマンは歯を噛み締めた。直径十メートルは優にあろうかという柱は、今回の目標、巨大拡散プロトン砲の根っこの部分だった。砲身と思しきものの先は、はるか頭上で闇にとけている。全長は計り知れないが、それが山頂からせり出す様子を想像するだけで身震いする。
いつの間にか皆が息を殺して覗き込んでいた。
「リガルド、撮影しろ」
「‥‥200キロ以上の長距離射撃も頷ける。巨砲もここまでくると笑うのが精々って感じだな」
「開いた口がふさがらない」
ツィレルと紫峰が呆れたように言う。麗歌と拓人は、最早言葉もないといった様子だった。その異様は、根の部分を見ただけで理解できる。第二次大戦中の列車砲さえ霞むような代物が、目前にある。空飛ぶ亀だの巨大ミミズだのを散々見てきた頭が、巨大な砲というだけの代物を理解できない異常。
柱を囲むように急造の足場が設置され、夜明け前だというのに人が忙しなく動いている。一様にみられる疲れの色は、夜通しの作業によるものだろう。そう、彼らは作業を行っている。
「未完成‥‥?」
ラウラが呟く。
「そのようだ」
隊員がシャッターを切る音が、やけに大きく響くが、それは作業の喧噪に飲み込まれていく。あちこちで火花が散り、次々と何かの部品が運び込まれてくる。
プロトン砲は、すでに一度撃たれている。あれが試射だったのかどうかはわからないが、とにかく最低一射ならば耐えられるのか。それとも行われている作業は、あの射で崩壊した部分の修繕なのか。十二人の目には、砲の損壊の様子は映らない。
「動き出した」
拓人が指さしたところに、巨大なパイプが一本通っていた。施設の床部分から、砲の根本に繋がっている。パイプの中には、巨大な筒状の物体が連なるようにして詰め込まれていた。その中身が、ゆっくりと移動をし始めた。
本体にも動きがある。本体底部の巨大な扉のようなものがゆっくりと開き、緩慢な動きで中からパイプの中にあった物体と同じ物を排出しようとしていた。ゆっくりと、緩慢な動きで。
「弾丸?」
紫峰の言う通り、それはベルト式弾倉に似ている。
「かもしれんな。中身は電気か、それとも未知のエネルギーか。どちらにせよ、あれがキモになりそうだ」
ワーグマンが唸る。二分ほどの時間をかけて、次の筒が装填される。あれが最速であれば、次射には最低二分の猶予があることになる。
「二分で、あんな大きなものを冷却できるかな?」
砲身の四方から突き立てられている棒にはそれぞれチューブが刺さっており、砲の隣にある巨大な建造物から伸びている。それが恐らく冷却装置ではないかと、拓人が指摘する。急速冷却は砲の寿命を著しく縮める。その常識が通用すれば、あのサイズの砲全体を冷却するのに二分では足りないようにも思えた。だが確証がない。今得られたのは、次弾装填に二分かかった、という事実だけだ。
不意に、後方の警戒にあたっていた麗歌が弓を構えた。
「何かきます」
何かってなんだとは誰も言わなかった。不気味な気配は、それが敵であると告げている。拓人も後方につくと、同じように弓を構えた。火器は使えない。いくら作業の喧噪があれど、発砲音は一発でバレる。また、近接武器を振り回すことも困難だ。いざとなれば突く構えで、紫峰、ラウラ、莞爾が武器に手を掛ける。その傍らで、ツィレルとワーグマンは視線を施設内部に向けている。
「蛇‥‥?」
麗歌が押し殺した、しかし驚きに満ちた声で言う。直径50cmはありそうな蛇。間違いなくキメラだった。
「なるほど、こいつのねぐらだったのか」
「あまりにも話がうますぎるとは思ってたけど‥‥」
莞爾と紫峰が苦笑する。ラウラは指示を求める顔でワーグマンを見た。ワーグマンは振り返り、巨大な蛇に嫌気がさしたような顔を見せると、手を振った。
麗歌と拓人が矢を放つ。顔面に矢を突き立てられ、野生の動物なら逃げ出すところだが、生憎と相手はキメラだった。怒り狂ったように這い、こちらに向かってくる。
続けざまに次々と矢を放っていく。キメラは止まらない。
「下がるんだ」
弓を持つ二名にキメラが迫ったところで、覚醒した莞爾、紫峰、ラウラの三名がそれぞれの得物を突き出す。大口を開けて麗歌を飲み込もうとした口、そのFFに守られていない、いわば弱点の部位を三本の剣が突き刺し、切り裂いた。
「帰還だ。もうここには留まれん」
キメラの絶命を確認したワーグマンに言われ、隊はゆっくりと移動を開始する。最後まで施設を睨んでいたツィレルは妙なものを見た。場違いな東洋人が、小型のワームに何かを運ばせている。その顔に心当たりはない。しかし、引っかかる。回りに指示を出しているらしい素振りから、立場の強い者だと確信したツィレルは、皆に続いて撤退しようとしていた隊員からカメラを借り、シャッターを切った。
●二日目 1645
太陽は傾きつつある。行程のほとんどを終え、現在は潜水艦の浮上時間待ちだった。戦術ビーコン発信器によって、AWACSと連絡を取ることは可能だが、それは緊急でなければ使用することはない。その特性上、位置の特定が容易だからだ。
復路は日中だったため、不安が大きかったが、比較的隠れやすい場所、またトラップの位置などをラウラが細かく記していたために、驚くほどスムーズに進んだ。道中で二度キメラを遠くに見かけたがやり過ごすことで回避した。
だが疲労は隠しようがない。往路よりも時間をかけ、慎重に降りたとはいえ、山を降りるということはそれだけで重労働だ。往路以上に気を張り詰め、周囲の微細な変化も見逃さない姿勢による疲労は、能力者達でさえ抗い難かった。アルメリア近郊で藪の中に身を隠す十二人の表情は一様に重い。拓人の笑みも、疲れて見えた。
誰一人口を開かない。作戦中だから、ではなく、口を開く気力がなかった。喋れば、事前工作で設置してある小型ボートまで辿り着く体力まで、一緒に出て行ってしまいそうだった。
「そろそろ時間だな」
水筒の水を一気に飲み干したワーグマンが立ち上がる。ボートまでは五百メートル程度だ。
「油断はなし。下手な冗句で無しに、基地に帰るまでが任務さね」
その通りだ、とワーグマンが髭面を歪めて笑って見せた。
「ああ、帰ったらラウラとお楽しみだ」
「ん? 何かあった?」
とぼけるラウラを見て何かを理解したルイスは、しょぼくれた。
●二日目 1715
潜水艦に辿り着くと、乗り合わせていたハンク・ネルソンが傭兵達を労う。隊は行きと同じように、狭苦しい部屋に押し込まれた。傭兵達は緊張し通しだった二十四時間の任務から解放され、眠ったり、配られた食事と暖かい飲み物で心を落ち着けていた。
紫峰とラウラ、麗歌は暖かいスープカップを傾け、芯まで冷えた体を暖めていた。拓人は眠っている。
ラウラの視線の先では、E6の隊員がゲラゲラと笑い合っている。話題は二転三転し、とにかく笑っていられればいいという雰囲気だった。
「ボク等よりも、疲れているはずなんだけどな」
「死んでも長生きするわね、貴方たち」
紫峰に続けたラウラの言葉は、一人部隊から離れ、三人と同じように部隊を見ていたヘイルに向けられた。
「死んでもここにいる。だから記憶に残るために、ああするんだ」
胸を指して言うヘイル。ラウラの懐かしむような、寂しげな微笑に気付くが、続けて何か言う雰囲気でもない。
「まあ、無事で何よりでしたよ。戦闘も一度で済みましたから」
「感謝してる。この手の任務で俺たちの発砲がゼロとは、出来過ぎだ。君たちのおかげだな」
照れたように笑う麗歌から外した視線は、部屋の隅で渋い顔をしているハンクに注がれた。
ハンクは早速受け取ったネガと詳細なメモを見つめている。その左右に、莞爾とツィレルの姿があった。
「これか、撤収時に撮ったというのは」
莞爾がネガの一つを指して言う。
「知っているか?」
ツィレルがハンクに尋ねた。ハンクはじっとそれを見つめ、ふとして弾かれたように顔を上げた。
「背格好から見るにキョウタロウとかなんとかいうバグアの‥‥事実なら大物だぞ」
懸賞金付き。それもグラナダ要塞を取り仕切ると噂のカッシングよりも額が大きい。三人は複雑な表情で顔を見合わせる。グラナダで巻き起こる戦乱は、想像よりも大きなものになりそうだった。