タイトル:奇跡の車酔いマスター:熊五郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/29 23:31

●オープニング本文


 早朝の田舎道で、一台のバスが停車している。街の幼稚園の送迎バスで、黄色の車体が朝陽に照らされて、眩しいくらいに輝いていた。バスはかれこれ三十分ほど停車していた。エンジンも切られ、外から見た限りでは、車内に人はいないように見える。
 しかし実際は、十二人が乗っている。じっと息を凝らし、車内に這いつくばった十二人。その内訳は園児十人。運転手一人。付き添いの保母が一人。というものだった。
 運転手は心臓の高鳴りを、三十分もの間抑えられないでいた。彼の目には、エミリーという園児の、きょとんとした顔がずっと映っていた。
「せんせえ‥‥あたしもう大丈夫だよ?」
 エミリーが体調不良を訴え出なければ、一体どうなっていたことだろう。運転手は顔を引きつらせる。
 三十分前、車に酔ったと騒ぎ立てるエミリーを落ち着かせるために、車を止めた。街の近くに出るまで、激しく揺れる砂利道を通るから、よくあることだった。そういうときはバスを一度止めて、しばらく待つ。大抵の子は、そうして保母が背中をさすってあげれば、良くなった。
 バスを止めてから三分ほどして、一度目の異常事態が起こった。背後から近付いてきた車が、バスを追い抜いた途端にスピードを上げて道から外れ、畑に突っ込んでいったのだ。
「なんです?」
「わからない。酔っぱらいじゃないかな」
 そんな呑気なやり取りをした直後に、もう一台が接近してきた。今度は前から。そして、運転手と保母は目撃した。それは、ランス(馬上槍)を構えた中世の騎士のようだった。両側の畑から飛び出してきた数名の騎士は、馬のような下半身を自在に操り、車を待ち伏せると、突然のことに驚き戦く運転手を、サイドウィンドウごと貫いた。操縦者を失った車は、矢張り道を外れ、遙か彼方へ暴走していった。
 不幸中の幸い、とはこのことを言うのだろう。園児達はエミリーの周囲に集まっていて、誰一人その光景を見ていなかった。目の前で人の頭が爆ぜる光景など見せられない。
「キメラだ‥‥なんでこんなところに」
 吐き気を必死になって堪えながら、携帯電話を取りだして通報した。道が封鎖されたのか、それ以降車はやってこない。
「もう少し待ってねエミリー。みんなもね。先生の気分が悪くなっちゃったの。だからみんなもちゃんと床におねんねするのよ」
 保母のアシュリーも錯乱していることが覗えるセリフだが、この期に及んでも子供達を第一に考えるその姿勢は大したものだ。
 とにかく子供達には姿勢を低くするよう徹底した。もしまた車が来ても、決してこの子達に見せてはいけない。大人の、三十も過ぎた自分がトラウマになりそうな光景を、こんな小さな子供達には絶対に見せたくない。
「助けは、きますよね」
 アシュリーが、子供達の前では見せない表情で、伏せる運転手に声を掛けてきた。子供達にも、不安が広がっている。これだけ長い時間停車したことは、これまでにない。子供は敏感だ。アシュリーのいつもと違う雰囲気に、ただ事ではないと感付いている。アシュリーの体調が悪いということにしてなんとか凌いでいるが、これ以上はグズる園児が出てくるだろう。今まで誰一人泣いていなかったことが奇跡だ。
 だが、決して声を出させてはいけない。運転手は、この道を通過しようとすると攻撃される、と考えているが、音が原因である可能性だってある。とにかく頭を上げず、声を立てず、身動き一つしないで救出を待つしかない。
「来てくれるさ」
 信じるしかない。

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
金 海雲(ga8535
26歳・♂・GD
佐倉・拓人(ga9970
23歳・♂・ER
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP

●リプレイ本文

●先手必勝
『送迎バス確認の向こう100mの左右に二匹。更に向こうの右手に一匹。今のところ、残りは見えない』
 車両に乗り込み、敵を引きつける攻撃チームは、金 海雲(ga8535)からの無線連絡を受け、意識を集中させた。
「やりましょうか」
 ジーザリオの運転席に収った周防 誠(ga7131)の呟きに、別車両の三名が了解の返事を寄越す。前方には、エンジンを切って、まるで放置されたように佇む幼稚園バス。その内の状況を考えると胸が痛い。
 誠はギアを噛ませると、すぐさまアクセルを踏み込んだ。出来る限り派手に、キメラが飛びつかざるを得ないように。
 やや遅れて、後方から佐倉・拓人(ga9970)のランドクラウンが追走する。
 あっという間にバスを追い抜く。同時に、誠は左右の畑に意識を向けた。ジーザリオよりも背の高いキメラが二匹、茂みから飛び出してきた。情報通り、甲冑に身を固め、ランスを構え、一直線に誠目掛けて突進してくる。
 交差するタイミングで、誠はサイドブレーキを引き、後輪をロックさせる。ろくに摩擦のない砂利道で、槍に貫かれたジーザリオがキメラごと尻を滑らせた。派手に吹き飛んだキメラが立ち上がるよりも早く、追走していたランドクラウンから、三人の能力者が飛び降りる。
 三匹目のキメラが、同じく飛び降りた誠の至近へ迫っていた。誠がアラスカ454を構えるよりも早く、疾風のように駆けた漸 王零(ga2930)が、その長大な刀でキメラに斬り掛かる。キメラは咄嗟に方向転換をするが、アラスカ454による追撃に、大きく吹き飛ばされた。
「汝らの好きにはさせん‥‥無用だったか?」
「いえ、助かりました」
 不敵に笑い合う二人の真横を、ディッツァー・ライ(gb2224)と拓人が駆ける。
「あちらへ誘導します」
 拓人が指したのは畑の只中。戦い辛いが、子供には見えない。ディッツァーが頷く。
「着いてきやがれ!」
 三匹のキメラは、まんまと四人に追従した。

●護衛
 四人は至って真面目だった。畑の中を、ゆっくり慎重にバスに近付いていく姿は、恐らく何者にも見つからないだろう。時折漏れる、吹き出すような笑い声さえ無ければ。
「しかし見つからないのが前程のはずなのになぜ俺はこんな格好をしているのでしょうねえ」
 原因は、早坂冬馬(gb2313)の姿にあった。自身の覚醒姿が、幼稚園児には刺激が強すぎるだろうと踏んで、早坂はコスプレのようなことをしていた。衣装でも買えればよかったのだが生憎難しく、BPU−α版に黒の画用紙で作った簡単なマスクを取り付け、全身をとんびコートで覆っていた。相当に、キている姿だった。
「あちらのチームは上手くやっているようだ」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が吐息のような声で言う。早坂を視界に入れないようにしていた。
「ええ、他に潜んでいるキメラがいても、アレだけ派手にやっていればこちらには来ないだろうし。早坂さん、何度も言うけど似合ってますよ」
 ヒューイ・焔(ga8434)が珍しくにやけ顔で言う。
「散開しよう、バスが近い」
 海雲が言い、四人はバスを取り囲むように散開した。張り詰めるような緊張感をもって、それぞれが自身の担当域に睨みを利かせる。
 だが、配置についてきっかり三秒。四人が全員弾かれたように立ち上がった。そしてそれぞれの状況を無言で確認し合う。
 ――ハメられた。
 全員が認識を同じくする。今まで気配すら気取らせなかったキメラが五匹、四人を大きく囲むように現れた。そういった能力を持っていたのか、騎士みたいな姿をしているくせに姑息なこのキメラは、最初からバスを餌に待ち構えていたらしい。
 最早、園児にばれるばれないの話ではない。そんなことを気にしていたら、バスごと貫かれてしまう。
「ふははははは! 見つけたぞ戦士ヒューイ! シュコー」
 と、唐突に冬馬が高笑いをした。ヒューイはハッとして、ヒーローマスクを着用する。
「貴様、暗黒卿! 幼稚園バスを狙うとは卑怯者め!」
 バスの中から、ざわめきが聞こえてくる。チラっと運転席を見たヒューイは、表情を引きつらせている運転手と保母を見た。それは、キメラに怯えているのか、それとも突如現れた変質者二名に怯えているのか、どちらかと問い質したかったが、事態は逼迫している。
「我が幼稚園バスを狙う? シュコー」
 ノリノリの冬馬に背後からキメラが襲いかかる。思わず身を乗り出しそうになるヒューイを制して、早坂が試作型機械刀をキメラ目掛けて振った。また、バスから死角になる位置から、シンが射撃をする。不意打ちにランスを弾かれ、たたらを踏むキメラ。
「この星は我のものだ! キメラなどにはやらん! シュコー」
 バス内から歓声が上がる。彼らを守りながら五匹、倒せるだろうか。四人は額に汗を浮かべながら、キメラと対峙した。

●増援
「出鼻を挫く、飛び込み面ッ!!」
 ディッツァーが雷鳴のような怒号と共に飛び込み、キメラの頭部を強打する。余程頑丈な甲冑なのか、刃は通らない。が、衝撃は十分だったらしい。動きを止めたキメラに、漸が流し斬りを叩き込む。更にだめ押しとばかりにショットガンを至近で炸裂させた。キメラは堪えかねて後ずさる。拓人が待ち構えていた。
「飛んで火に入る夏の虫ですね」
 全力を叩き込まれ、三匹の内一匹は目に見えて損傷していた。好機、と誠が狙いを付けるが、邪魔をするようにもう一匹が飛び込んでくる。
「‥‥邪魔だ」
 容赦の無い銃撃が、甲冑を抉る。
 四人は完全にキメラを圧していた。直進し、突く以外にろくな攻撃手段を持たないこのキメラの特性を十分に理解し、避け、或いは先手を取って行動を封じ、連携を叩き込む。が、それは彼らに守るものが無いためだ。
「剣戟? まさか」
 漸が違和感に振り返ると、案の定の光景だった。バス防衛の四人は、五体ものキメラに囲まれ、決死の防戦を繰り広げている。彼らは攻撃チームのように避けられない。避ければランスがバスを貫くからだ。
「まいったね。こちらも、片手間で相手をできるというわけではないのに」
「ですが、劣勢は明らかのようです」
 キメラの突進を避けながら、拓人が言う。
「ならば救援へ迎え」
 と誠を指す漸。
「自分が? ああ」
 なるほど、と誠は己の手の内のアラスカ454を見つめた。最も早くその射程内に敵を捉えられるのは誠だった。すぐさま振り返り、全速力で駆け出す。二体のキメラが、その後を追おうとする。
「諸事情により、打たれ強さには自信がある。持ち堪えてみせるぜ」
 ディッツァーが飛び込み、キメラ二体の間に入るとそのランスを両腕で抱え込む。
「ぐ、ぬう」
 両脇腹を派手に抉られるも、邪魔者の登場にキメラはその突進を止める。代わりに瀕死状態のキメラが、その腕と一体化していると見えるランスを千切り、左腕で抱えた。
 誠狙いの投擲。漸が飛び込んだ。
「させん!」
 ショットガンが連続して撃ち込まれる。甲冑を砕かれたキメラは全身を痙攣させながら、畑を黒く染めていく。
「汝の悪しき業、全て我が貰い受ける‥‥流派奥義『無明』‥‥我に断てぬモノなし!」
 長大な刀を頭上に振り上げ、渾身をもって両断する。
「食らいなさい」
 拓人は漸の止めを横目に、ディッツァーが抑えるキメラに二段撃を叩き込む。左腕を切断され、ディッツァーから離れるキメラ。
「傷は?」
「こんなもの、傷の内に入らん」
 三人は悠然と並び立つと、二匹のキメラを見上げた。最早、二匹に勝ち目はない。


●決死
「ぐっ! ‥‥どうやらバスに被害はないようだな。奴には後で三倍返ししなくてはな」
 シンがキメラの突進を受け、鋭い眼光で零しながら、ゼーレによって追撃を行う。
 戦況はやや分が悪い。キメラの強さだけを考えるなら、さほど苦労する相手ではない。が、バスを守りながらでは勝手がまるで違った。
「貴様らキメラにくれてやる物も命も時間もない! シュコー」
「貴様にくれてやるものもないぞ暗黒卿!」
 ヒーローショーを演じる二人も、その外見とは正反対に、冷静に戦っている。今のところ被害はない。ヒューイの言葉によって、園児達は静かにバス内で蹲っている。幸いだった。万が一こんな血みどろの攻防を見られては、園児の心に一生モノの傷を負わせかねない。
「エンジン、回しておいてくれ。万が一のときは、逃げてもらう必要がある」
 運転席近くに陣取った海雲が、弓を射ながら運転手に声を掛ける。運転手は慌ててセルを回し、バスのエンジンを掛けた。
 五匹は相変わらずバスを取り囲むように陣取り、隙を見つけては突進してくる。防ぐのが精々だった。何か、あと一押しあれば状況は一変するのだが、その一押しが見つからない。うまくこちらの虚を突いて攻めてくるキメラの動きは、敵ながら賞賛に値する。
「‥‥劣勢か。このままでは」
 銃声が響いたのはそのときだった。咄嗟に見た方角から、誠が走ってくる。シンは口角を吊り上げると、ゼーレのトリガーを二度引いた。
「増援か、ヒューイ! シュコー」
「年貢の納め時だぞ暗黒卿!」
 銃を乱射しながら走る誠が、繰り広げられる寸劇に目を丸くする。海雲は苦笑いする。と、全員が好機を得たりとキメラに肉薄した。
「茶番は終わりだ」
 キメラの横に素早く回ったヒューイが、流し斬りでキメラに斬り付ける。突如攻勢に出た能力者に虚を突かれ、大きな隙を見せたキメラは、もう一度流し斬りを食らうと真っ二つに切り裂かれた。
 他の面々も、それぞれ必殺の攻撃を繰り出していく。まるで、これまでの鬱憤を晴らすかのように。
「ただ守っていたわけもなし。そのダメージで受けられるか」
 ハルバードを振り抜いた海雲が、馬脚を叩き折る。派手に転んだキメラが見たのは、眼前に突き付けられたハルバード。そして、無表情に見下ろす海雲の姿。感慨も何もなく放たれた突きが、キメラの頭を粉砕した。
「三倍返し、と言っただろう」
 一方では、キメラの背後を取ったシンの苛烈な銃撃がキメラの頭部を割り、冬馬の機械刀が、別の一頭の首を寸断していた。
「他愛もない。シュコー」
 冬馬は演技を忘れない。
 残る一匹は、誠によって追い詰められていた。
「終わりですね」
 誠は強弾撃を放ったかと思うと、致命的なダメージを負いながらも構わず突進してくるキメラの前に立ちはだかり、ソードブレイカーによって急所を突いた。華麗な一撃に、思わずほう、と漏らしたのは海雲だった。
 五人はさて、と振り返る。少し派手にやり過ぎたのだろうか。無傷のままのバスの中から、園児達が頭半分を覗かせて、深刻そうに見つめている。園児達に傷一つないのは結構だ。しかし見られてしまった。全員の血の気が引く。
「返り血は?」
 ヒューイが皆に尋ねる。
「‥‥キメラの甲冑が幸いしたな、目立たないものだ」
 シンは自身を見下ろし、ほっと一息吐いた。
「俺は少々浴びましたが、元が黒いので目立ちませんが‥‥」
「まいったね。嫌なものを見せてしまった」
 冬馬と誠が顔を見合わせる。
「そうでもなさそうだ」
 言いながら、海雲が手を振った。と、その瞬間。
「まだだー! あんこくきょーをたおせーヒューイー!」
 海雲が、ほらな、とでも言いたげに四人を見る。
「なるほど。アンコールですよ暗黒卿」
「存分にやるといい」
 誠とシンはそのまま畑に身を沈め、ヒーローショーの観覧を決め込んだ。海雲は再び運転席に向かうと、このまま去るように告げた。何度も何度も頭を下げる運転手を制して、同じく畑に消える。
「シュコー‥‥さぁ、邪魔者は片付いた。戦士ヒューイ、今こそ貴様に引導を渡してくれるシュコー」
 冬馬が身を翻し、機械刀をブンブン振りながらヒューイと相対する。
「掛かってこい暗黒卿! 地球を貴様には渡さん!」
 深呼吸をして覚悟を決めたヒューイのセリフと同時に、二人が切り結ぶ。無論、最大限の手加減をして。
 そんな二人に熱い視線を向けながら、幼稚園バスがゆっくりと遠ざかっていく。バスが見えなくなるまでチャンバラを続けた二人は、やがてその手を止めて、その場にへたり込んだ。シンと誠のまばらな拍手が、二人を迎える。
「妙に疲れた」
 ヒューイに頷いて、冬馬はその場に大の字になった。


●クリーニングシャイン
 難なくキメラを倒した攻撃チームのディッツァー、漸の二名は、幼稚園バスが向かってくるのに気付き、畑に身を隠した。が、拓人がいない。
「む。彼は何をしている」
「‥‥しまった」
 道路上に残ったキメラを、一人で担ごうとしている拓人は、どうやらバスの接近に気付いていないようだ。
「あー! あんこくきょーの仲間ー!」
 大声で叫ばれて、ようやく気付く拓人。
「(まずい)」
 能力者としての全能をかけて変装した拓人は、通り過ぎる園児達の視線にたじろぐ。キラキラと何かを期待する目が十対。
「ふっ! 普段はしがないトイレ掃除のおじさん、しかしその正体は‥‥洗濯仮面、クリーニングシャイン! 悪は滅びた! さらばだ! ふはははは!」
 言って、キメラの死体ごと畑に飛び込む拓人。
「あ、危なかったですよ」
 誤魔化しきったつもりでいる拓人を、漸とディッツァーは盛大に呆れ顔で迎えた。拓人の顔は恥ずかしさからか真っ赤だった。
「まあなんだ。無事終わったし、帰ろうぜ」
 労うように拓人の肩を叩くディッツァー。
「またねー! くりーにんぐしゃいーん!」
「好評ではないか」
 漸にからかわれ、耳まで真っ赤にする拓人。

 こうして、地球の平和は守られたのであった。