タイトル:【共鳴】ソンザイリユウマスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/22 22:39

●オープニング本文



 2011年4月。グリーンランドからバグアの基地は去り、土地と人々は援助を必要としていた。
 具体的に言うならばそれは治安の安定と、伝統的な農漁業に代わる雇用の創出である。
 故に2011年夏。UPC欧州軍は氷の地に新たな軍施設を建て、鉄道敷設事業へと乗り出した。
 拙速ともいえる工事。政治的な需要が背後にあったとしても、何らおかしくはない。

 真新しい軍施設は関係者にも周辺住民にも「ホスピス」と呼ばれていた。勿論終末期医療施設ではなく「ハーモニウム・セカンド」達の処遇を中心に行う施設である。
「セカンド」とは「ハーモニウム」の名をつけられてはいるものの、戦闘訓練すら行われていない子ども達だ。彼らは集団生活を送りながらメンタルケアを受け、肉体の改変をリセットする「施術」の順番を待ち続けていた。
 そして処遇の一環としてカンパネラ学園の生徒とともに
「2人は外に出るの、初めて? 僕は笠原 陸人(gz0290)、よろしく」
「ハイ」
「ヨロシクデス」
 外の世界に、出かけることもあった。


 ホスピスを出たジーザリオは、はるか高みから見ると黒い点。真っ白な永久凍土を切り裂くように、真っ直ぐ走る。
「車だわ……どこへ、行くのかしら」
 翡翠色の髪の少女はぽつり呟く。ホスピス上層階、厳重警戒区域の格子窓ごし、外を眼下を、眺めながら。



 陸人とセカンド2人が目指したのは、ホスピスから約20キロ離れた街だった。
 UPC駐留軍への物資調達を一手に引き受ける店の他、沢山の店が軒を連ねる城塞型の街である。入口付近には既に何台もの雪上車に、古びたオフロードバイクが1台在った。
「うわ、今日も混んでるなあ」
 バイクの横の狭い隙間に、陸人はジーザリオを停める。背負った鞄から黒猫が顔を出し、バイクを見つめて鼻をひくつかせた。
「ほら、ノアはちゃんと入ってて。2人とも、行くよ」
「ハーイ」
 ドラグーンの少年に続くのは、カンパネラ学園の制服と外套に身を包んだ「セカンド」の二人だ。
 一行は街の中心部まで歩き、ひときわ大きな店の扉を開いた。
「こんにちはぁ」
 カウンターの中で、小柄な老人──店主が眼鏡をずり上げた。
「ああ坊主、よく来たね」
「えっと、いつものパンと牛乳の他、保存の利くお肉かお魚があったらお願いします」
 孫のような少年から発注書を受け取り店主は頷く。
「塩漬けの豚肉が入っとるよ。かさばるが大丈夫かの」
「大きい車で来てるから楽勝です」
「よし、じゃあ待っとれ。坊主も毎週買出し、大変じゃの、すまんの。すまんとは思うが」
「ん……」
 陸人が口を噤んだ。
 駐留軍への物資調達を一気に引き受ける店に、学生が物資を引き取りにくる理由。
 それは「ホスピス」=強化人間収容施設への配達を、店主が頑なに拒んだからに他ならなかった。
「だがワシは、バグアに食いもんを届けるなんてことはまっぴら御免じゃ」
「ううん、売ってくれるだけでもありがたいって思ってる」
 食料を店主から受け取った陸人は、パンと豚肉を「セカンド」に手渡し、最後に一番重い牛乳を抱えた。
「だがの坊主、あのホスピスが建ってからロクなことが起こらない。今年は雪が多いし、キメラの被害も増えてきてるし……きっと強化人間どもが、何か企んどるんだ。早く壊した方が……」
 偶然だよ、言いがかりだよ。 喉元まで出かかった一言を飲み込んで、少年は店を後にする。
「キメラなら僕が退治するから、大丈夫。じゃあまた来週ね」
 俯く「セカンド」を外に出し、振り返って笑顔で手を振り、扉を閉めてため息をついた。
「気にすんなよ。大丈夫だから。バグアがいなくなったら、偏見なんてなくなるから」
「ウン、ヘイキ」
「ハーモニウムを助けたいって願った人が大勢いるから、僕は君らと一緒に過ごせてるんだよ」


 街の入口まで戻った3人は、手際良く食料を荷台に乗せた。まだ昼過ぎだというのに、空には雪雲が広がり、既に薄暗い。
「早く帰らなきゃな……ん?」
 冷たい風が吹くなか、リュックから黒猫が顔を出し、低く鋭く唸った。
「ノア、どした? 寒いのに顔出したりして」
 問いただすまもなく、陸人の目が見開かれる。
 果たして、白い地平の先には。
「な……!?」
 ビデオゲームに出てきそうなドラゴンと、蜈蚣に大きな羽をつけた如くのキメラが在ったのだ。
「キメラだ──!!」
 背後で、住人の悲鳴が上がった。



 ウィルカの旅の目的は、真実を知ることだった。
 仲間に刃を向けられ、一方で人間に「情」を感じた日に、はじまった旅。
 ハーモニウムに「先生」たちが教えてくれたことは本当だったのか。
「人間」は敵なのか。ハーモニウムとは異質な、滅ぼすべき存在なのか。
 だとすれば、何故? その答えを求めて。
 だが。
 たどり着いたチューレ基地には、なにも、何もなかった。
 スノーストームの駐機場も、研究施設も、鉄壁の守りを誇っていた司令棟も。あるのは瓦礫の、山だけ──。
「なんだ坊主、傭兵か? ここは立ち入り禁止だぞ」
 瓦礫の山を守っていたのは、人間の兵隊だった。彼らは、ウィルカの顔を見咎めなかった。
 ハーモニウムとして、この土地で様々な作戦を遂行したというのに。
 兵隊と同じ服をを着た連中だって、何人かは手にかけたというのに。
 ウィルカは悟った。自身の為したことは勿論、存在すら「なかったこと」になりつつあることを。

 ウィルカは何度となく自問していた。ハーモニウムとは何だったのかと。
 かつての友人は皆行方知れず、生死すらわからない。
「全て」だと想う少女を助ける術も、未だ掴めていない。
 真実が無理なら情報を。ウィルカ自身気づかぬうちに、旅の目的も滞在先も変わり始めていた。
 そんな彼が古びたオフロードバイクで立ち寄ったのは、商店が立ち並ぶ賑やかな街で──。


「はい、お待たせ」
 カウンターごしの女将の声が、ウィルカを現実に引き戻す。
「お兄ちゃんも『ホスピス』からの買出しに来たのかい? モノはウチのがいいから贔屓にしとくれよ」
「ホスピス?」
「おや、知らないってことは見立て違いだね。この先にUPCが建てたバグアの収容施設だよ。なんでもハーモニウムとかいう……」
「えっ!?」
 目を見開くウィルカ。だが女将の言葉は、大音量で鳴り響くサイレンと避難放送でかき消された。
『キメラだ──!!』
『西から逃げろ──!! キメラは東から来るぞ──!!』
「ヒィィィィ」
 女将がへたへたとその場に崩れ落ちる。
「お兄ちゃん能力者なんだろうっ キメラを退治しておくれよっ」
「え、あ、あの」
 前にもこんなことあったなぁ。ウィルカは苦笑した。
 とはいえ前回と決定的に違うこともあった。それはウィルカ自身がこの街に「情報源」としての価値を見出していることだ。
「あとでホスピスの話、詳しく聞かせて下さい!」
 ウィルカは一言言い捨てて、キメラの影が迫る店の外に出た。
 ──彼の、意思で。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN

●リプレイ本文



 凍土を疾駆する、綿貫 衛司(ga0056)のジーザリオ。
 「急ごう」
 鉛色の空を気にしながらハンドルを握るのは麻宮 光(ga9696)である。グリーンランドでのキメラ討伐、そして住民保護とハーモニウム捜索。彼にとって今回の仕事は、色々と思うところがあるようだ。
「前方5kmに目的地確認‥‥上空にでかいのが飛んでますね、2‥‥いや、3か」
 助手席で双眼鏡を覗く衛司は、敵の姿を伝えるべく、車載の無線機を手に取った。
 淡々とした報告は、前方をAUーKVで駆けるアレックス(gb3735)と、能力者用バイクで並走する五十嵐 八九十(gb7911)にも届く。
『綿貫サン、龍の姿は確認できるか』
「おそらくあれだろう、という黒い影なら見えますな」
『馬鹿弟、待ってろよ‥‥!』
 八九十のの表情からは、既に余裕が消えていた。街には彼が「弟」と可愛がる少年が居るのだ。
 翻ってジーザリオの後部座席。現地で増援を待っている笠原 陸人(gz0290)に向けて
「笠原、さん、聞こえ、ますか」
 ルノア・アラバスター(gb5133)と御鑑 藍(gc1485)はトランシーバでコンタクトを試していた。
「通信の状況がよくないですね、大丈夫かな」
 無線機が拾うのはノイズが大半。時折「‥‥アちゃん」「気をつ‥‥」などと言葉の欠片が混ざって聞こえる。──今のところ、無事らしい。
「飛ばすぞ」
 光の足裏がぐっとアクセルを踏んだ。前行く二輪車もフルスロットルだ。
 それぞれのタイヤが吠えるように唸り、氷の地を蹴った。

 目の前に在る龍。尻尾がしなるたびに、四肢が踏み下ろされるたびに地が鳴り響く。
「ちょ、待、タンマァァ!! アレックス八九十兄早くきてぇぇ!!」
 街の間近に迫った龍を身を挺して引きつけながらも、陸人は半泣きになっていた。何しろ相手はでかい。キメラとはいえ体長10m以上、しかも無駄に好戦的でブレスまで吐く「怪獣」である。
(って、諦めんな僕! さっきルノアちゃんと藍さんから無線が入ったじゃないか、皆そこまで‥‥)
 それでも少年は己を奮い立たせ、龍の関心を街から反らさんと動き回ることをやめなかった。
(あの子たちとノア、大丈夫かな‥‥2人はホスピスに来てからキメラ見たことない筈だし、さっきの店の対応で人間を怖がりそう‥‥)
 街には大勢の人々と、無力な「セカンド」がいる。能力者として彼らを守りたいという思いは忘れていなかったのだ。
 そう、忘れていなかったが。
「びゃあああ!!??」
 陸人の目前の城壁が音を立てて砕け散った。なぎ払ったのは龍の前肢。冷酷な目と、衝撃で尻餅をついた陸人の目が合う。
(──詰んだ)
 一瞬諦めかけたドラグーンの前方。
「やらせねェよ!」
「!?」
 つまるところ龍の背後で声がした。駆けつけたのは炎模様のパイドロス、跨る‥‥いや、纏うのはアレックスだ。
「インテーク開放‥‥イグニッション!」
 黒い篭手を装備した手が、ガトリングのトリガーを引いた。狙うは、頭‥‥着弾!
 不意打ち的先制に、龍が唸りながら振り返る。
「無茶すんな、馬鹿弟ッ!」
 その隙にバイクの八九十が陸人を引っ張り起こし、街の入口まで走った。
「ここは俺達に任せて、街の方を頼む!」
「了解。住民の避難と『セカンド』の保護に入ります」
 続いてジーザリオがルノアと藍を下ろし、八九十を追ってその場を離れる。
「笠原さんもタイミングがいいのか悪いのか‥‥」
「ゆっくり、お話とか、したいけど、まずは、お仕事‥‥」
「だな」
 龍を討つためにとどまった3人は標的を見上げる。
 一瞬の静寂の後、キメラが吼えた。
 開戦を、告げるが如く。




 独活の大木という言葉どおり。龍は図体の割に賢くはないようだった。
 何故ならアレックスが放った先制弾にこだわる余り、藍とルノアには殆ど目もくれなかったからだ。
「ドラゴン‥‥流石に、大きい、ですね」
 ルノアにとって今回の依頼は、イェーガーになってはじめてのもの。愛用のキャノンを抱えてはいるが、僅かな緊張は否めない。
「凍土ですし足場などには気を付けて‥‥頑張りましょう」
 覚醒反応が舞わせる淡雪に包まれた藍は、いつもの如く冷静だ。
「隊長、大丈夫ですか?」
 トランシーバを用い、先行くアレックスを気遣いながら、つかず離れずで2人は走る。
『今んとこ問題ない! ルノア、この先にどこか戦いやすい場所は?』
 距離が近いせいか、応答の声は極めてクリアだ。
『そのまま、街、から、離れ、れば、大丈夫。周囲、には、何も、ないから』
「オーケー」
 アレックスは頷いた。肩越しに振り返ると、怒りと衝動にかられた龍の姿が在った。
「事前の映像通り、か。10‥‥否、12mはあるな」
 その姿は、かつてグリーンランドで多くの命を奪ったキメラに酷似していた。無論その合成獣は亡い。わかってはいたが、心がざわめかないと言えば嘘になった。
「もうあんなことは、繰り返させない‥‥!!」

 アレックスのガトリングを再び頭に受けた龍は、破壊衝動を露に暴れ狂う。尻尾を振り回しバランスを取りながら跳躍、獲物を潰そうと躍起だ。
 単純なボディプレスとはいえ羽で上昇後降下、という技を使うため、藍は所属小隊長の身を案じずにはいられなかった。
「いくら隊長でも踏まれたら、潰れそうです」
「アレックスさん、なら、心配は、ない、かも‥‥?」
「え」
「とはいえ、羽根を、使えなく、するのは、よい、案。尻尾も、平衡機‥‥?」
 銀の髪を北風になびかせ、ルノアがキャノンの照準を覗き込んだ。
「行きます」
 狙うはまず、尻尾の根元! 衝撃で後ろに飛ばされながらも、すかさずもう一度トリガーを引く。2発目は、尻尾の中程に着弾。
 エネルギー弾に皮膚を割かれ肉を焼かれ、龍は苦悶の咆哮を上げた。ぐるりと振り向き、仕返しすべき相手を探す。探すが。
「こっちだ!」
 すかさずアレックスが、三度目の発砲。龍の関心をルノアから奪い返したのを確かめ、ガトリングを放る。
「藍、飛ばすぞ!」
「は、はいっ」
 小隊員の名を呼んだハイドラグーンは、鎧に宿る龍の加護を願った。力を貸してくれ、あいつを、倒すために──!
「隊長、行きます!」
 藍の爪先が、氷を蹴った。宙を舞う華奢な体に向けて、アレックスが拳を突き出す。踵が触れた瞬間
「いっけええ!!」
 パイドロスが目を醒まし、咆哮した。藍は跳躍し、龍のはるか頭上を超え、背中にひらり舞い降りる。
「この距離から、狙えば」
 翼の紋章が、翠閃の刀身と携える手の周辺を舞う。翼の付け根を狙いをさだめ、真燕貫突、発動──!
 藍の太刀が炸裂した瞬間。龍を覆う薄桃色の光がふっと失せた。
「フォース、フィールド、消失!?」
「隊長ッ」
 ──潮時だ。
「終わらせる」ため、アレックスは跳んだ。タービンが唸る篭手を嵌めた両拳が、今は彼の武器だった。
「砕け散れッ! 破邪の赫光!」 

 ずん‥‥と龍が凍土に崩れ落ちる。
「村に、戻り、ましょう。皆が、心配」」




 街へ入った衛司と光は、住人の救助と避難誘導を最優先で動いていた。
「建物内に残っている方は頭を低くして、静かに出てきてください」
 避難放送用マイクから流れる光の声に「見捨てられていない」と悟った住民たちは、皆落ち着いて指示に従う。
「綿貫さん、東街区で自力避難できる住人は概ね移動中だ。後は移動困難者の対応と、漏れがないかの確認が必要かな」
『了解。極力家屋の軒下沿いなどを伝って、西に抜けて下さい。敵さんは動体に反応する、途中移動が困難だと判断したら退避、待機する方向で』
「ああ、健闘を祈る」
 光は通話の回線を閉じた。屋根を掠めるように羽虫がひらひらと、街の中央へと泳ぎさってゆく。
「ヒィッ」
「気づかれてない。頭を低くして動かないで」
 怯える住人たちに待機姿勢を取って見せながら、頭の中で避難ルートを構築する。
「大丈夫。俺が必ず、皆さんを守ります」
 ──そうだ。彼らを守れないようで、どうやって『彼女』を護るっていうんだ。

 一方、ジーザリオで移動困難者のピストン輸送を行なっていた衛司は、商店が立ち並ぶ中央街区に羽虫が集まりつつあることに気がついていた。そこは逃げ遅れた買い物客や店員を回収すべく、彼が目指すエリアでもあった。
「厄介ですね‥‥麻宮さん」
 光に避難誘導後の合流を要請し、衛司は慎重に車両を移動する。
 既に2匹の羽虫は、路上に向けて攻撃行動をとりはじめていた。
「まずい、キメラが何かと交戦している‥‥」
 音を立てて商店のガラスが砕け散り、周囲に女の悲鳴が響いた。
「助けて、殺される!」
「!」
 衛司は咄嗟に駆けた。ぐるりと回り込み、羽虫から声の主を護ろうとして──絶句。
「こりゃまた妙な所で」
 彼が見たのは怯える女ではなく、1匹の羽虫を素手で確保し、頭上からのもう1匹の攻撃を空いた手で払っている少年の姿だった。キメラのブレスがその身体を掠めるたびに、FFが光を放つ。
 エースアサルトは、少年を知っていた。
「ウィルカ君!」
 だから躊躇わずその名を呼び、羽虫にショットガンを向け、発泡した。

 商店の店先でキメラと対峙するウィルカは、劣勢を強いられていた。その理由は、音に惹かれて余計な羽虫がやってきたことと
「兄ちゃん、頑張れ! エミタの力でバグアをやっつけておくれ!」
 窓越しに注がれる、雑貨屋の女将の視線にあった。
(‥‥やりにくい)
 ウィルカにも思惑があった。彼女に「ホスピス」のことを尋ねたい。故に「正体」を知られたくないという気持ちが。
 無意識は意図せぬ枷となり、ウィルカの手足に絡みつく。そしてそれが、破局を招いた。
「‥‥っ」
 彼が躱した羽虫のブレスが、商店の窓ガラスを砕いたのだ。
「危ない!」
 建物の中で動く新たな標的──女将に襲いかからんとする羽虫の尻尾を、咄嗟に素手で掴んだウィルカ。瞬間「敵」と接触した羽虫の尻尾とと彼の右手が、全く同じ薄紅色の光に包まれた。
「その光は‥‥ あんた、まさか」
「僕は──」
 ウィルカの声を、女将は悲鳴で遮った。
「助けて、殺される!」
 彼女にとっては、強化人間に救われた事実よりも、キメラと同類だという事実の方が重要だったのだ。
 露骨に示された嫌悪に、ウィルカの足が一瞬竦む。
 と、そこに。
「ウィルカ君!」
 乾いた発砲音が響いた。エースアサルトのショットガンが羽虫の頭を砕き、物言わぬ塊へと変貌させる。
「ホスピスに潜り込みに来た、ってのとは違う様ですね」
「エージ!?」
「詳しい話はまた後程」
 それは知己に接するが如く。衛司は壁を蹴り、空舞う羽虫にククリを向けた。残るはウィルカから逃れた1匹と、音に呼び寄せられてやってきた別の1匹だ。甲殻と刃との交錯音と鳴き声が響く中、別の発砲音が重なった。放ったのは、光。
「よう相棒。生きてて何よりだぜ」
 ペネトレイターは、屈託ない笑みをウィルカに向ける。
「‥‥」
 強化人間は得物を握り直した。
 彼らとなら窮地を、乗り越えられる。そんな気がしていた。




 街はさながらゴーストタウン。衛司と光の避難誘導が上手くいったのか人影はなく、街路には八九十と陸人のバイクだけが在った。
「さて、迷子を早く見つけちまいましょう。住民と一緒に避難している可能性もなきにしもあらずですか」
「八九十兄、あの子達にとって怖いのは、キメラじゃなく人だと思う。だから隠れてるとしたら、人がいないところ。で、あそこから歩ける距離っていうと、この辺りだと思うんだ」
「セカンド」をよく知る陸人の見立てに、八九十は言葉を呑む。──何より怖いものが人間だとは。
「‥‥外道がッ」
 歪められた子供たちの前途を思うと憤りがこみ上げたが、今はそれどころではない。
「八九十兄、こっち!」
 二台のバイクが赴いたのは、東門に近い一角だった。住宅からは離れており、無人の倉庫がいくつか立ち並んでいる。
 そして食品や農耕器具が納められた建物の隙間から、すすり泣きと猫の鳴き声が漏れ聞こえているではないか。
「迎えに来たよ」
 陸人の声に気がついたのだろう、泣き声と鳴き声が止んだ。八九十は息をつき、携えていたトランシーバーのスイッチを入れた。、
「こちら五十嵐、迷子の確保が‥‥」
 と、その視界が、ふっと暗く陰る。‥‥見上げると頭上には、手負いの羽虫がいた。中央街区方向から、飛んできたようだ。
「ここは俺が食い止めましょう。子供たちを保護したら、すぐに西へ」
「は、はいっ」
 しばしの逡巡の後、陸人はセカンドの確保へと走った。
 その背中を見送った八九十は、強い視線を羽虫に向ける。
「俺に構わず、先に行けって奴な!」
 急降下してきた背を狙い、跳躍!
「弟の邪魔はさせんぞ!」
 男の決意を乗せた爪が、鮮やかな軌跡を描いてキメラの羽を根元から抉る。
 奇怪な断末魔が響き、どす黒い体液と甲殻の欠片が白い大地に散った。




 かくして街を襲ったキメラは駆逐され、ひとりの強化人間が人類側に確保された。
 実質最後の「ファースト」であったウィルカの確保を以って、「ハーモニウム」は名実ともに解体されたこととなる。

 白い凍土に建つ、白い建造物。
「ここが、ホスピス‥‥?」
 厳重なチェックを複数抜けて通されたのは、パブリックスペースと思しき場所だった。天井は高く中央は吹き抜けで、回廊がぐるりと中庭を囲んでいる。
「高速艇は30分程で着く予定です。もうすぐ綿貫さんの昇進手続きも終わるから、ここで待っててくださいね。僕とこの子たちは、ここで失礼します」
 離発着デッキにほど近い一角。ソファに座った6人の傭兵に、陸人はぺこんと頭を下げた。セカンド2人も、おずおずとそれに倣う。
「頑張ったな、偉かった」
 ぎこちないお辞儀にアレックスは目を細め、その頭を撫でてやった。
(関わった俺達が望んだから、今がある。‥‥だったら、俺達はどうしたい?)
「ドウモ、アリガトウ‥‥」
「少しずつでも、受け入れてもらえるように。俺達も頑張るから」
 ハーモニウムと関わり続けた彼にとって、「人を怖がる」セカンドはどう映ったのか──。

 アレックスと反対の端に並んで座ったウィルカと光は、ぽつぽつと言葉を交わしていた。
「そうか、先生には会えなかったのか」
「ハーモニウムとは何だったのか。‥‥まだわからないけれど、ヒカル達と出会って分かったこともある」
 強化人間は、傭兵の隣で呟く。
「答えは自分で見つけないといけないんだ。先生がいようといまいと」
「っていうか、まずウィルカは身体を治さなきゃだな。あちこち傷だらけだ」
 光は顔を動かさず、隣に座るウィルカの横顔を盗み見た。
 銀色の目に映っているのは、藍とルノア。側に在る少女達をうつせみにして「誰か」を探しているように見えた。
「ウィルカの調子が戻ったら『彼女』がどこに移送されたか、俺も調べようと思う」
 そしてそれは光にとっても、かけがえのない「誰か」だった。