タイトル:アナートリィ、帰郷マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/02 12:38

●オープニング本文


 ブリュンヒルデII。
 UPC特殊作戦軍、マウル・ロベル中佐が艦長をつとめるヴァルキリー級空母である。
 数多の戦線を翔け抜けてきた純白の戦乙女であったが、ここ一月ほどはラスト・ホープのハンガーでゆっくりと羽根を休めていた。
 遠くない日に訪れる、出撃の日に備えて──。


 艦がメンテナンス中ということは、当然乗務員も非番であったり島内待機であったりするわけで。
「トーリャさん、お届けものなの」
 白瀬 留美少尉が、アナートリィ大尉のもとに島外からの小包を持参した時、KVハンガーには彼以外誰もいなかった。
「アナートリィちゅ‥‥大尉です」
 己より幼顔の留美に愛称で呼ばれるのが居心地悪いのか、若きKV隊長はいちいち生真面目に訂正する。とはいえ未だ昇進した実感は伴っていないようだが。
 もっとも留美はそんなことには全く無頓着だ。伝票の左下をとんとんと指で叩き、ポケットからペンを取り出す。
「ここにサインする決まりなの」
「あ、はい‥‥てか、少尉がわざわざ持ってきてくれたんですか」
 署名しながら、アナートリィは首を傾げた。留美はお世辞にも気が利く方ではないし、そもそもこれは彼女の仕事でもない。
「荷物の中身が気になったからなの。それ、トーリャさんのママからなの」
「!!!」
 にこり、いや、にやりと笑う留美。なるほど彼女のいうとおり、差出人の欄に綴られているのは、流れるようなロシア文字だ。
「ピロシキなの? ジャムなの? マトリョーシカなの? ウォッカなら没収なの」
 この分では封を開けるまで、彼女は立ち去らないだろう。
 アナートリィはため息をつきながら、テープをぐ、と引っ張った。一抱えもある、大きな、重い箱だ。
「‥‥書類、としか書いてないな‥‥」
 品名の欄に疑問は残るが、まぁいい、開ければわかる。

「‥‥すごいの、女の人の写真がいっぱいなの」
「え? あ? ちょっと少尉何勝手に出してるんですか!」

 段ボールの中身は、10冊はくだらないお見合い写真だった。
 いずれもブロンドで碧眼緑眼、おっぱいぼよんぼよーんのロシアン・ビューティである。
 そして、ロシア語で綴られた、息子を案ずる母の手紙が一通──。

『トーリャへ
 元気ですか。ちっとも連絡をよこさないので母さんは心配しています。
 おまえがUPC軍の大尉に昇格したという話は、ロシア軍の駐在兵さんが教えてくれました。
 3年前にビーツ農家のナターシャちゃんがピロシキ早食い選手権で優勝した以来の快挙ですから、近所ではニュースになったんですよ。母さんも鼻が高いです。
 吉報を知った村長さんや隣町の町長さん、それにニシン漁船の船長さん‥‥他にも多くの皆さんが、ぜひうちの娘を嫁にとお見合い写真を下さったので一緒に送りますね。
 どのお嬢さんもとっても綺麗で、おまえにはもったいないほどの娘さんですよ。
 一度帰ってきて、ぜひお会いしなさいな。母さんも老い先短い身、早く孫の顔がみたいの。
 トーリャの大好きなピロシキをたくさん揚げてまっていますからね。  母』
(※原文はロシア語です)

「‥‥なんというか、リア充もげろなの」
「ななな、何言ってるんですか! 僕は艦ちょ‥‥いえ、結婚にもお見合いにも興味はありませんっ。母さんのピロシキは惜しいけど、すぐに断りの電話をしなきゃ‥‥」
 アナートリィは、慌てて携帯端末を取り出した。一方留美はお見合い写真を片っ端から開いてにやにやしている。
 と、そこで。
「話は聞かせてもらった!」
 野太い声とともに、ハンガーのハッチが開いた。現れたのは
「キバy‥‥じゃなくて、中佐なの」
 既にブリュンヒルデIIの正式メンバーっぽいが実は出向中の、リチャード・ジョーダン中佐その人であった。
「ちゅ、中佐誤解です、僕は職務放棄などこれっぽっちも‥‥」
「あぁ? 何いってんだボウズ、いいお袋さんじゃねえか、電話一本で断って泣かせんじゃねえよ?」
 ごつい手がアナートリィの手から携帯端末を取り上げ、ぱたんと畳んで脇に置く。
「とはいえブリュンヒルデIIとしても、おまえに下艦されちゃあ困るってわけでな、ガハハハ!」
「僕は下艦しませんってばっ」
「わかってるっつーの。いいかボウズ、おまえのお袋さんは本気で孫の顔をみたがってる。だからボウズも、本気でそれはムリだって言ってやんなきゃならねえ」
「‥‥はい」
 笑いながらも真摯に案じてくれる上官に、アナートリィは頷いた。
「でも‥‥僕の仕事の内容を話しても、多分理解できないんですよね‥‥」
「ん〜、まぁそれもそうだろうがよ‥‥女心ってのは俺ぁ苦手で、どうしたもんか」
 思案にくれる男2人に、留美が口を挟む。
「トーリャさんのママが納得するような人を、彼女だって連れて行けばいいと思うの」
「そんな人がいたら苦労しませんよ…‥」
「別に本物の彼女でなくてもいいの。演技でいいの。で、『彼女と仲間と一緒に戦うのが僕の仕事だから(キリッ』ってやれば、きっとママも孫は待ってくれるの」
 ふふん、とささやかな胸を反らす留美に、ジョーダンがぽんと手を叩いた。
「さすが白瀬、名案じゃねえか!」
「め、名案ですか?」
「よし、話はきまった。白瀬はすぐに高速艇の手配、ボウズは暇な傭兵ん中から、ロシアまで付き合ってくれる連中を見繕え。ボウズ一人じゃボロがでそうだからな、ガハハハ!」
 ガハハハじゃねえよおっさん。とはいえ上官の命令は絶対でありまして。
「待って中佐、彼女役はどうするの、なの?」
「あぁ? 傭兵にまかせとけ、あいつらのが頭いいからな!」
 どうみても丸投げです、本当にありがとうございました。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
ユキメ・フローズン(gc6915
19歳・♀・FC
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文



 ブリュンヒルデII、居住区。人気のない廊下に、怒号が響く。
 どうやら会議室で何か揉めているようだ。
「お見合いで嫁を選び放題のリア充ライフだと!」
「おのれ、ボルネオで助けてあげたというのに、その恩を忘れ僕を差し置いてリア充になろうとするとは!」
 そっと様子を伺うと、作戦卓をアナートリィ大尉と白瀬 留美少尉、そして8人の傭兵が囲む様が見えた。
「これはしっと団として阻止に走らざるを得ない!」
 声を荒げているのは白虎(ga9191)、佐渡川 歩(gb4026)。二人はラスト・ホープのカップル撲滅テロ組織(?)「しっと団」所属の「しっ闘士」である。彼らの主義主張的にはアナートリィは「粛清対象」に他ならなかった。
 勿論、傭兵皆がしっと団かといえばそんなことはなく
「ええい、このロシア美女の写真は没収!」
 どさくさに紛れてお見合い写真の束をランドセルに押し込もうとしていた歩を、獅月 きら(gc1055) が制した。
「佐渡川さんっ、着服はよくないですよっ?」
 ハーモナーの口ずさむ穏やかなメロディが、歩を瞬く間に夢の世界へと誘う。
「くっ‥‥リア充が‥‥」
 作戦卓に突っ伏して眠る歩を見やり、白虎は歯噛みした。だがしっ闘士たるもの、怯まない。
「まぁいい‥‥るみるみ、じゃなかった白瀬少尉!」
「はいなの」
「少尉には『しっと団の証』をあげよう! しっと団ブリュンヒルデ支部担当しっ闘士として共に戦おうぞー」
 作戦を団員獲得に切り替え、留美に段ボール製の団員章を手渡す。
「シットダン? よく分からないけれど貰っておくの」
 これも勧誘成功とカウントしていいのだろうか。疑問は尽きないがそれはさておき。
「そろそろよろしいでしょうか。本題に入りましょう」
 コント的やり取りが一段落したのを見計らって、綿貫 衛司(ga0056)が一同の顔を見渡す。
「アナ太郎、今回はお前が悪いな!」
 間髪入れず村雨 紫狼(gc7632)が、アナートリィを指さした。
「ア、アナ太郎!?」
「おうよ。今が譲れねーんだったら、おふくろさんとぶつかって分かってもらえばいーじゃねーかよ!」
「仰る通りですが‥‥まだ、とか今が、とかではなく‥‥」
「ほー」
 歯切れの悪い答えに、アレックス(gb3735)がほくそ笑む。
「時期の問題じゃないのか」
「良い人がいるならすればいいのに。結婚も悪いものではないですよ。『守るべき者』が明確になる分、軍務に張りが出ますしね」
 既婚者である衛司も、穏やかに口を添えた。
「良い人って‥‥僕‥‥いえ私の気持ちだけでは‥‥」
 おそらくアナートリィは、私生活を訊かれることに慣れていないのだろう。
「っていうか、大尉は今気になってる人とかっているのか?」
「わ、私は軍人です、そのようなことは」
 そわそわと紅茶を含み、平静をとり戻そうとするが
「どんなタイプの女性が好みなんだ? やっぱりマウル中佐みたいな人とか?」
「ぶっ」
 アレックスの一言で、噴出するハメに陥った。
「トーリャさん、汚いのー」
 被害を受けた留美が悲鳴を上げる中、二人の傭兵は顔を見合わせる。
(もっと冷静かと思ってたんだが‥‥)
(凄くわかりやすいですね)
「まぁいいや、きら、手はず通りに」
 アレックスはおさげの少女を振り返り、短く声をかけた。
「了解です、アレックス傭兵少尉♪」
 きらはおどけて階級込で友人の名を呼び、一礼して会議室から退く。
「そーいや白瀬少尉は偽装彼女、って路線を考えたんだったな」
「トーリャさんがこんなに顔に出るんじゃ難しいかもなの」
「っていうかるみるみ! 息子想いのかーちゃんを騙すのマジでキツクねえか? くっそ俺、情けなくて涙出てきちまうぜー!」
 紫狼は道義的に、偽装彼女作戦には反対のようだ。
 そしてそれは、ユキメ・フローズン(gc6915)も同様であった。
「奥様もご子息を思う一心でのこと‥‥誠心誠意お話するほうが」
 芯の強さを感じさせる口調に、キリル・シューキン(gb2765) が具体的な案を示す。
「まずは軍務について資料などをお見せし、一般女性との結婚は難しいと説明するのはどうだろうか」
「賛成です。白瀬少尉、在駐ロシア軍から広報官の支援を仰ぐことはできませんか? 相手は一般人だ、専門職に説明して貰うのが最良でしょう」
「綿貫さん、人を借りるのは難しいの。資料なら貸してくれそうだけど」
「ならば資料だけでも。特殊作戦軍の任務については綿貫と俺で説明するとしよう。この方向でよろしいですか、капитан」
 キリルのロシア語が、アナートリィの心を和ませる。
「да‥‥異存ありません」
 その肩を紫狼が力強く叩いた。
「アナ太郎、気合入れていくぞ!」

 その頃きらはブリッジの艦長席に、マウル・ロベル中佐を訪ねていた。
「まーうーるーさんっ。中国の打ち上げ以来、ご無沙汰しておりますっ」
「元気そうで何よりよ、もうあれから随分経つのね」
 大気圏外に出る準備は整っているのだろう。臨戦時とは異なる穏やかな空気が艦橋を満たしている。
「ねーマウルさん、訊きました? トーリャさんのこと」
「実家から見合い写真が来たって話ね? 親御さんの気持ちはわかるけど、この非常時に」
 同性同士の気安さもあって、マウルは感情──僅かな苛立ちを隠さなかった。きらは少し考え、言葉を継ぐ。
「悪いのは、時期だけですか?」
「な、何よ?」
「ねね、マウルさんから見て、トーリャさんは優秀な軍人さんですか? この艦に欠かせない方、ですか?」
「ええ」
 間を置かずマウルは頷いた。
 ──エミタ適性だけなら、彼より上のKV乗りは沢山いる。でも。
「この艦のKV部隊はトーリャにしか任せられないわ」
 迷いのない答えに、きらは破顔した。
「それを、トーリャさんのママに伝えてもらえませんか? マウルさんだからこそ、価値のある言葉だと思うんです」
「‥‥」
 今度は、マウルは即答しなかった。
「全く、手のかかる部下だこと」
 ため息をつき、うんざりを装いようやく答える。
「ありがとう! トーリャさん、きっと喜びます!」
「べ、別にトーリャのためじゃないんだから!」


 10月のロシアは、既に初冬の趣。
 海沿いの村に降り立った一行を出迎えたのは北風と、アナートリィの母親であるザイチェフ夫人だった。
「トーリャ! 立派になって!」
 夫人は軍服姿の息子に駆け寄りひしと抱きしめ
「母さん、あの、離してくだ」
「今回はゆっくりしていけるんでしょう? あらお友達もご一緒なのね」
 きまり悪そうに身をよじらせるわが子の困惑など全く意に介さず、お友達=傭兵に微笑みかける。
「カンパネラ学園所属、アレックス傭兵少尉であります」
「Очень приятно UPC傭兵軍曹のキリル・シューキンと申します」
「綿貫傭兵伍長です」
「はじめまして、奥様。以後、良しなに‥‥」
「お母様っ! 大尉は僕と恋人同士なので、結婚はさせませんっ」
 礼儀正しい挨拶やしっと団の謀略(?)に向けられた眼差しは、とても親しげだ。
「可愛らしいお嬢ちゃんまで、よく来てくれました。トーリャと仲良くしてね。あの子は8歳まで夜中一人でトイレに行けない弱虫だったのに、今じゃ見違えるほど‥‥」
「母さん!!」
 母親にとって、息子は永遠に小さな「坊や」で在り続けるらしい。
「ささ、どうぞこちらへ。お嬢ちゃんはママが抱っこしてあげますよ」
「う、うにゃー」
 夫人は子どもをあやすようにゴスロリワンピース姿の白虎を抱き上げ、すぐそばの自宅へと歩を進めた。
「本当に可愛いわね、トーリャの小さな頃みたい。あの子もドレスがよく似合ったのよ」
「母さんッ!」
 その後ろに苦悶するアナートリィと傭兵たち、そしてマウルと留美が続く。
「くくぅ‥‥ゴッドマザーには小細工は通じませんでしたかッ‥‥!」
 最後尾を往く歩の瓶底眼鏡の縁が、日差しを受けて光った。

 漆喰の壁、緋色の絨毯、食卓を彩る花柄のクロス。通されたリビングは、典型的なロシア民家の佇まいだった。
 そこでユキメが持参した重箱を手際よく広げてゆく。中身は山菜稲荷に肉じゃが、ほうれん草の緑が鮮やかな卵焼き等だ。
「奥様、こちらは日本食なのですが。宜しかったら召し上がって下さい」
「まあ、綺麗なお料理」
「美味しいの。ママさんも遠慮せずどうぞなの」
 真っ先に留美が稲荷を頬張り、無邪気に夫人に勧めた。隣のマウルが眉間に皺を寄せているのには、勿論気づいていない。
「ところでトーリャ、送った写真の中に気に入った娘さんはいた?」
 肉じゃがに眼を細めながら、夫人がにこやかに本題を切り出した。
「母さん、そのことなんですが」
 アナートリィは口ごもり、「広報官」役の衛司とキリルに視線を送る。
「失礼ですがお母様は、現在ご子息である大尉が如何なる任務についているかご存じでしょうか」
 後を引き取ったキリルが夫人に問うた。途端、夫人の顔がぱあっと輝く。
「ええ、この子が検査に合格したとき教えて貰いましたよ。『すとらいくふぇありい』として、安全な大きな艦で機械を使うお仕事をしてるんでしょ、トーリャ」
 無邪気に誇らしげに息子の顔を覗き込む夫人に、一同絶句。
「ストライクフェアリーっていつの話だよアナ太郎! 本当のこと言ってないのかよ!」
「心配かけたくなくて‥‥」
 にわかに怪しくなってきた雲行きの中、それでもキリルは広報用パンフレットをめくりながら先を続ける。
「お母様、大尉は特殊作戦軍に在籍され、ブリュンヒルデIIと呼ばれる最新鋭の軍艦にてKV隊の隊長を務められております」
「ぶりゅん‥‥? けーぶい?」
 きょとんとする夫人に理解できるよう、衛司も言葉を選びながら説明を試みる。
「特殊作戦軍はかつての後方職や駐在所の部隊とは違い、世界中の戦線を転戦する部隊です」
「まあ、あちこちに出張があるの?」
「家庭を不在にするという点は似ていますが、概ね長期であること、期間と行先は軍機‥家族にも秘密になる可能性が高いこと、それと‥‥」
 元自衛官は一瞬躊躇った。嫁取りの話にはネガティブな告知も必要だと割り切れた。だが、今回は告げて良いものか、どうか──。
「それと?」
 促され告げる。暗い事実を。
「‥‥最悪戦死、もっと酷いとバグアにヨリシロにされる事もあり得ます」
 案の定、夫人の顔色が変わった。
「そんな‥‥適性検査の時、軍人さんは一言も」
「軍規により、告知はなされているはずですが‥‥」
 衛司は留美を振り返った。エミタ適性を持たない天才児、は短く答える。
「トーリャさんが検査を受けた頃は、今より戦況が悪くて、能力者がたくさん欲しかった頃なの」
「‥‥つまり、告知が不十分だった可能性もありか」
 キリルには取り乱す夫人を、同情を込めて眼差すしかできなかった。
「トーリャ! おまえはロクに手紙も電話も寄越さないで、たまに帰ってきたと思ったら危ない仕事をしているだなんて!」
「‥‥すみません」
「そんなに危険ならば、母さんはおまえを軍になんて‥‥」
 もはや見合いどころではない。夫人は恐れに囚われてしまった。
「いえ、まだ遅くはないわ。隣町の駐在所に父さんの親友がいるの。そこに移籍させてもらうように母さんが頼んであげる。そうしたら危ないことは‥‥」
「母さん、僕はブリュンヒルデIIを降りるわけにはいかないんだ」
 かつて夫を連れ去った死神が、次は我が子を攫うのではないか?
「‥‥どうして‥‥父さんがバグアに殺されて、そのうえトーリャまでいなくなったら‥‥」
 たった今知らされた軍の任務と、それを辞さないと言う息子の言葉が、不安を裏打ちしたのだ。
「母さんは‥‥」
 夫人の膝に抱かれていた白虎が、こぼれる涙にまず気がついた。
「う、うにゃー」
 ユキメが夫人の隣りに座り、震える背中を慈しみ撫でる。
「奥様、お辛かったでしょう」
 女性同士の気安さか、ユキメの持つ柔らかさ穏やかさ故か。
 夫人はしゃくり上げながらも、ひとまずは落ち着いたようだ。
 歳若いユキメは、夫人の労苦は分かれないと気づいていた。だけど理解はできなくても、寄り添うことはできる。
「大切なご子息ですものね」
 だから、この場に居る仲間に視線を送った。夫人に必要なのは、口先での保証や誤魔化しではないと。
 読み取ったマウルが、動いた。
「ご挨拶が遅れました。ブリュンヒルデII艦長、マウル・ロベル中佐です」
「艦長、さん‥‥?」
「ザイチェフ夫人、ご子息はひとりで前線に立っているわけではありません。沢山の仲間と一緒です。そうよねあんた達」
 そこでマウルは言葉を切り、8人の顔を順に見やる。
「おふくろさん、頼む!」
 まっ先にソファから下りて、夫人の足下に膝をついたのは紫狼だった。
「アナ太郎は、俺のダチは男として逃げちゃならねー大切な時なんだ! 俺たちはアナートリィに居て欲しいんだ! 俺達がいるから死なせたりしない!」
 歩も「幼女趣味」ネタでアナートリィを弄る作戦を一旦脇に置き、説得に回る。
「大尉は確かに危険な任務にも赴きます。ですがそれだけ重要な任務ですし、今まで戦いを生き延びブリュンヒルデと部下の命を守って来たんです」
 肉親を喪くす辛さを知るきらは、多くを語れず。一言だけなんとか、思いを告げる。
「‥‥大尉は、皆にとって必要な人なんです」
 言葉は違えど、そこにはそれぞれの真摯でひたむきな心があった。
「皆さん‥‥」
 涙目のまま、夫人が顔を上げた。
「トーリャ。いえ、アナートリィ大尉」
「は、はいっ」
 敬礼する我が子を見上げ、笑顔を繕ろう。
「あなたは良い縁に恵まれましたね。私の可愛い坊やは、もう大人になっていたのね。‥‥行きなさい、アナートリィ大尉。艦と仲間を護るために。ただし」
「?」
「母さん、孫は諦めませんからね」
 冗談めかした語尾には、涙が沢山混ざっていたけれど。



 ロシアの空を高速艇が駆け上ってゆく。
 居室では一同が、思い思いに過ごしていた。

「にゃー、偽装花嫁作戦は不発だったかー!」
「まあでも、大尉のお母さんに可愛いって言われたし、皆おみやげ貰えましたし」
「ぐぬぬ、今回は新たなしっ闘士を勧誘できただけでよしとするかにゃー」

「母親とは温かいものですな、大尉。私には朧げな記憶しかありませんが」
「ええ、実感しました」
「大事にしてあげてくださいねっ、大尉」
「なるべく元気な顔、見せてやれよ」
「そうですね」
「そうですねじゃねえよアナ太郎! 二度とおふくろさんを泣かすなよ!」

「奥様が一刻も早く、笑える世が来るとよいですね」
「ええ。孫は諦めないとの事でしたし」
「それはバグアをやっつけたとしても、難易度が高いと思うの」
「ふむ」
「ちょっと白瀬、綿貫も。何で私を見るのよ?」


 家族の別離が、ありふれた日常である時代。
 されど当人達には、棘となって胸に刺さる。
 それを目の当たりにした軍人と傭兵は、宇宙で何を為すのだろうか?