タイトル:【共鳴】命弄ぶ者の末路マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/07 10:08

●オープニング本文



 グリーンランド北部、バグア軍・チューレ基地。
 極北の拠点を預かるイェスペリ・グランフェルドの隻眼には、凍てついた色が宿っていた。
「量産型スノーストーム(SS)6機に、キメラ工場を失ったと‥‥」
 執務室の窓から見える空は鉛色で塗り潰されており、雪は止む気配もない。
 代わり映えのしない景色を眺める司令官の視線が、執務机の向こう側で床に膝を付き、頭を垂れる科学者達に移る。
「それで代わりの手土産は何かあるのか?」
「申し訳ございません‥‥」
 眼差しに以上に冷たい声色に、失態を重ねた部下は酷く怯えた。
 地に額を擦りつけ、垂れた前髪の隙間から上司の顔色を窺う。
 その様が更に彼の苛立ちを募らせるとは知りもせずに。
「頭を下げられても我々の得には一切ならんよ。そんな暇があれば身体を鍛えた方がまだ有意義だと思わないか」
「‥‥仰せの通りで」
 イェスペリは情けない部下の姿に舌を打つと、執務机のコンソールを操作した。
 壁のスクリーンに、空撮映像が表示される。
 吹雪の中の建物は、グリーンランドに点在するUPCの基地の一つだ。
「この基地は競合地域付近に位置する、人類側の重要拠点だ。ここを破壊してこい」
 投げやりな命令が、執務室に短く響いた。
「はっ! ありがたき幸せ!」
「必ずや!」
「解凍したての『セカンド』を10体つける。自由に使って構わない。‥‥帰って来たら特別褒賞を出そう。何が欲しいか考えておくといい」
 勿論彼らとて悟っていた。声音で。視線で。
 隻眼の司令官が、自分達にも任務の遂行にも、さして興味はないだろう事を。
 そして
「よい報告を期待している」
 失敗は、死を意味することも。



「イェスペリ先生」
 扉を開ける音と、少年の幼さを残す呼び声。
 振り返ったイェスペリは、軽く眉を顰めた。
「ロウ、この部屋には勝手に入るなと言ってある筈だが」
「え、先生が俺に『セカンド』をあいつらのHWに運んどけって言ったんじゃん。終わったから報告に来たんだよ」
 ロウは唇を尖らせて言った。足元に付き添う狼が、尻尾をパタンと上下させる。
「ああ、そうだったな。失念していた」
 今思い出した様子で、イェスペリは呟いた。
 目の前の強化人間の記憶を弄り、師への尊敬や憧れを刷り込んだのは、確かに己や上層だ。
 だが己や上層に取って、この少年はヨリシロ候補でもなければ教え子でもなく、キメラと大差ない。
 即ち関わり合いなど、無意味だと言うこと。
「搬入は終わったんだな。ご苦労だった。戻りなさい」
 だから彼は、執務室と廊下を隔てる扉を視線で示した。去れ。早く出て行け。
「はい」
 労いの言葉に潜む拒絶を察したのか、ロウがソファから立ち上がる。足元の狼も一緒に身を起こした。
 まっすぐ扉に向かう1人と1匹。
 開ける直前に少年が振り向き、イェスペリを見上げた。
「先生、準備した『セカンド』さ‥‥あれ、まだ体が完全に固まってなかったよ。あいつらの戦力になれるかなあ‥‥」
「奴らは無能だ。与えた『セカンド』も規格外の出来損ないだ。競合地域の基地をひとつ潰す爆弾にしかならん」
 無垢に近い黒い目に見つめられようとも、動じることなく答えを返す。
「先生は、あいつらが成功するとは思ってないのか?」
 重ねて投げかけられた問い。
「ああ。それがどうした?」
 短い答えに、「教え子」の表情は一瞬曇った。



「ガウル。先生は、あいつらを処分するつもりなんだ」
 執務室と、自室がある一角まで繋ぐ長い長い廊下。
 ロウは途中で立ち止まり、相棒である大きな狼の頭を撫でながら、そっと話しかけた。
 量産型SSで出撃した昨年2月のチューレ戦役で重傷を負い、ほぼ1年間冷凍睡眠を施されていた彼にとって、ガウルの名を持つ狼型キメラは、唯一無二の親友だ。
 今、基地にいるのはアストレアと、見覚えのないアンジーという少女だけ。
 Qも、フィディエルもウィルカも、ディアナもサルヴァドルもファルコンも、シアもヘラも、Agもノアも、誰もいない。
 何故、こうなってしまったのか。
 誰に訊ねても、ロウの納得出来る答えをくれはしなかった。
 だから彼も、いつしか問うことを止めた。

「決めた。俺、行く。あいつらを放っておけない」
 逡巡の後、ロウは一人、決意を言葉にした。 
「あいつらに俺、用事があるんだ。わかるだろガウル。おまえを狼のカラダから、出してやるためさ」
 傍の狼が耳を動かし、少年の顔を見上げる。
「だってあいつらは、メロンと熊をくっつけたり、死体を生き返らせたり出来るんだぜ? ウソかホントか知らないけど、Agとノアを作ったって話も聞いたことがある。動物同士をくっつけられるんだから、逆だってできると思うんだ」
 狼は頭を振り、ロウの制服の裾を咥えた。
「なんだよ、止めるなよ。大丈夫だよ、俺には必殺技があるんだぜ。寝てる間に夢でたくさん考えたしな!」
 ニッと笑い、廊下を駆け出す少年。
 狼は暫しその場に足を留めていたが
「ガウル! 行こう!」
 親友に名を呼ばれて、ゆっくり歩を進めた。



 グリーンランド中部。人類とバグア軍が激しい攻防戦を繰り広げる競合地域。
 規模こそ小さいが、周辺の管制を担う基地の上空にヘルメットワーム(HW)が現れたのは昼下がりのことだった。
「上空にHW出現!」
「敵機急降下! KV全機、緊急出動! 目標、降下中のHW!」
 悲鳴に近い指令を受けたKVが2機、凍りついた滑走路を駆け空に舞い上がる。
「バグアめ! 真昼間にのこのこ飛んで来るとはいい度胸だ!」
 能力者の尉官は、コクピットで悪態を付いた。操縦桿の真ん中の釦に力を込め、躊躇なく押す。
 青い空で交錯するレーザー、ミサイル。
 時間にして僅か数十秒。
 鉛色の空で、小さな火球が沢山爆ぜる。
 それはKVの主翼や尾翼部分で。
「‥‥糞、人間が!」
 あるいは、HWの動力部分で。


 被弾したHWは黒煙を噴きながら、よたよたと白い地面に向かっていた。 
「撃墜したとはいえ‥‥旧型のKVにこの様か‥‥」
「このHWは捨てるしかないな。不時着して地上戦で片をつけよう‥‥おいお前たち、出るぞ」
 二人のバグアは連れてきた『セカンド』を一瞥し、メインモニタに視線を戻す。
 見えるのは、先刻撃ち落としたKVの残骸と、駆けつけたUPCの兵士達。全員重装備で、武器を構えている。
「見ろよ連中、我々を確保するつもりらしいぜ?」


 そしてこの事件は、不躾な宣戦布告で、幕を開けることとなる。
「HW駐機場外れに不時着! ‥‥中からバグア2名‥‥おい、動くな、止ま‥‥!」
 即ち、確保に向かった兵士の通信が途切れ、代わりにどさりと倒れる音が響き
「やあ、UPCの諸君。こちらも首が懸かっているのでね。この基地と貴殿らの命、まとめて頂くよ」
 重力波通信機を通したバグアの声が、届けられたことで。

●参加者一覧

西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP

●リプレイ本文


 グリーンランド中部、バグアとの競合地域に位置するUPC辺境基地。
 突然飛来したヘルメットワーム(HW)によって、そこは修羅場と化していた。


●駐機場 15:00
 滑走路奥の駐機場には、既に一機のナイトフォーゲルも残されていなかった。
 HWを迎え撃つため出撃した2機は瞬く間に撃ち落され、鉄くずに近い姿に変わり果ててしまっていたのだ。
 今、整備施設に在るのは、戦う術を持たない技術者が数人と、武器には成り得ない様々な機材だけ。
「絶対に、シャッターを突破させるな!」
 来襲する強化人間に対して彼らが出来たのは、鋼鉄のシャッターを下ろして施錠することと、ありったけの機材でバリケードを築くこと。そして──
「駄目です、持ちません!」
「諦めるな! もうすぐ傭兵どもが来る! ‥‥悔しいが化物の相手は俺達じゃできねえ、せめて連中が来るのを信じるんだ!」
 外から破ろうとする音に耳を塞ぎ、来るべき救援を待つ、ただそれだけだった。

 凍りついた地面を疾駆するAU−KV、アスタロト。
 基地の敷地内に入って程無く、ハンドルを握る沖田 護(gc0208)が叫んだ。
「いた、強化人間だ!」
 緑の輝きを纏ったドラグーンが指差す先に、4体の強化人間の姿が見える。
 揃いの制服に身を包んだ彼らは、鋼鉄のシャッターを拳や得物で破壊しようと躍起になっていた。
「ハーモニウムの制服ね」
 アスタロトより先に整備場付近に到着し、身を隠していた風代 律子(ga7966)の声がトランシーバ越しに聞こえる。
 彼女の座標は護から見て3時の方向、正面に位置する整備場の端、壁と廃材の隙間だ。
「ハーモニウム、あれも彼らと同じ存在か」
 傭兵達の間でも名を聞くことが多いバグア軍の強化人間組織。護はそれに、己が関わった別の強化人間組織との戦いを重ねあわせていた。その時感じた想いや記憶が、脳裏に蘇る。
「強化人間‥‥か。俺は兵士を救うために強化人間を倒す
 アスタロトのタンデムシートで、秋月 愁矢(gc1971)が呟いた。【OR】Owl−Earを通してその声は律子にも届く。
「ええ、ハーモニウム達を救う『鍵』、必ず手に入れるわ」
「‥‥他のやり方は他の奴に任せるさ」
 気のないような答えと裏腹に、瞳には決意が宿っていた。
「俺は仲間を救う。それだけで良い」
 光学ディスプレイに映しだされる情報が、青い眼に映り込んで見える。
 と、その時。
「───ッ!」
 護と愁矢に気がついたのか、強化人間たちが呼び声とも咆哮ともつかぬ音を発した。
 鋼鉄のシャッターから敵意を二人にチェンジし、身を翻し地を蹴る。
 距離にして、60m。接触まで、数秒!
「最善の、結果を!」
 タンデムシートから愁矢が降りたのを確かめ、護が防御陣形を発動。プロテクトシールドを構えるガーディアンに、不可視の加護を授けた。
「退くなら良し‥‥来るなら戦うだけだ」
 迫る強化人間に怯むことなく、愁矢は凛と立つ。
「ジャマヲ、スルナァァァ!!」
 4人の拳が、得物が、一斉に襲いかかった。接触の一瞬前に発動した自身障壁が、それらを毅然と払いのける。
「お前たちの勝手に、させるわけにはいかない!」
 体制を崩しながらも着地した4人を圧倒するように前進する愁矢。繰り出される攻撃は避けずその身で受け、圧倒し陣形を乱れさせてゆく。
「この基地は、仲間は、俺が護る」
 振るうは壱式の赤い刃だ。
「ええ、迷わず倒しますよ!」
 その身を生きた盾とする愁矢を癒すのは、護の練成治療。ドラグーンは超機械ヘスペリデスをかざし、仲間の癒しを願った。
 次いで、竜の瞳を発動。
「竜の力、甘く見るな!」
 アスタロトの頭部にスパークが走った。
 距離を精度のブーストで相殺した知覚攻撃が、強化人間たちを見えない牙で蹂躙する。
 「───ッッ!!」
 機爪を装備した個体と、剣を携えた個体の体が傾ぐ。
「おイタはもう、お終いよ!」
 そこに、律子が身を躍らせた。瞬天速で一気に距離を詰め、がらあきの背中に回りこむ。
「連剣舞!」
 片赤目の漆黒の影が、強化人間達を翻弄した。ナイフの軌跡が輝く線となり、優雅に絡みつく。
 まずは肩先で咲く、鮮血の花。
「観念なさい」
 ついで手首、足元。
 律子の手によって崩れた2人に続き、愁矢の壱式が斬り伏せた2人が倒れる。
 後の2人は絶命していたが、律子はそれについて何も言わなかった。
「‥‥立ちなさい」
 ただ淡々と、息のある方の肩を掴んで、引き起こそうとする。
 だが。
「‥‥これは!?」
 律子の意に従ったのは、強化人間の肩から上のみだった。
 すなわちずるりと肉が崩れ、体の大部分は地面から起き上がること、かなわなかったのだ。
 制服の隙間から、液化の始まった組織が零れ落ちる。
 腐臭も断末魔の叫びも、そこにはなかった。ただ機械が動かなくなった、電池が切れた、そんな風で。
「‥‥この子たちは、一体‥‥」
「これも‥‥強化人間なのか‥‥」
 律子も愁矢も、それなりに場数を踏んだ傭兵だった。流血も命の終わりも、何度となく見てきていた。
 だがこれは。今回のこれは。
「‥‥命を弄ぶ行い、少しきついお仕置きが必要ね」
 ペネストレーターは憤りを飲み込んだ。憤るべきは目の前の肉塊に対してではない。
 ──奴らだ。
「これからが本番です、急ぎましょう!」
 アスタロトをバイク形態に戻し、跨った護が2人に声をかけた。
 既に整備場の中の安全は確認済みであり、気にすべきは兵舎と司令室の別動部隊である。
「ああ」
 愁矢が頷き、【OR】Owl−Earの回線を開く。
「こちら整備場班。状況はどうだ?」
「‥‥何とか、終わった‥‥」
 ほどなくして兵舎班からリアクション。声の主は明河 玲実(gc6420) だ。
「司令室からは応答がないな。大丈夫だろうか」
 厭な予感を感じたのか、護がアスタロトのスロットルを回した。
「秋月さん、乗って下さい。司令室に急ぎましょう!」
「そうね、うかうかしてはいられないわ」
 律子も瞬天速を発動する。
「うむ、行こう」


●兵舎 15:00
 競合地域の基地への駐在。そこで日を過ごすだけで神経が磨り減る過酷な任務。
 兵舎は本来、駐在する軍人や兵士を癒す場で在るはずだった。
 だが招かれざる客‥‥強化人間たちが、そこを修羅場に変えてしまったのだ。
 非番にくつろいでいた一般人兵士は、何が起こったかもわからないまま人生を終え、食堂や居室の床で冷たくなっている。
 難を逃れた生き残りたちは一室に纏まっているが、陥落は時間の問題といえた。
 敵は揃いの制服を身につけた強化人間4人。対して立ち向かう術を持っているのは、両手に機爪を嵌めた一人のグラップラーに過ぎなかったのだ。
「ここは、俺が!」
 グラップラーは、叩き上げの軍曹だった。
 エミタ適性を持たない小隊を任された、たったひとりの能力者だった。
「ドケ!」
 故に彼は、命を懸けて侵略者から部下たちを護る。
「‥‥退かぬわ!」
 職務意識故か、それとも別の何か故か。推し量る術は、残念ながらここにはない。

「ゼンラー(gb8572)さん、兵舎が見えたのだ!」
 タイヤにチェーンを巻いたジーザリオの後部座席から身を乗り出した小野塚・美鈴(ga9125)が声を上げた。
「うむ‥‥? 敵の姿は殆ど見えないようだねぃ」
 ハンドルを握っていた巨躯のサイエンティストは、美鈴が指差す方に目をやった。
 敵影はおろか、不気味に静まり返っている。
 建物の内外を隔てる扉が破られていなければ、そして石段の上に兵士が倒れていなければ、見逃してしまいかねない程に。
 玲実が助手席で悔しそうに唸った。
「バグア‥‥! また人を、傷つけたのか!」
「急ごうかねぃ、中に入られてしまっているようだねぃ」
 アクセルを踏み込むゼンラーの脳裏には疑問が渦巻いたままだ。
(本格的な来襲にしてはワームが少なすぎる。‥‥生身で再度侵攻しているようだが、無策に過ぎる。何故だぃ?)
 もちろん口には出さないし、考え込みもしなかった。
 一番に為すべきことは、強化人間の排除と兵士たちの安全確保。
(まずは‥‥掃除かねぃ)
 探求はそれからでも遅くはない。

 兵舎の前にジーザリオを停め、3人は建物に足を踏み入れた。
 先頭はデルフィニウムを携えた美鈴。
「一応、待ち伏せしてないか、私が最初に入って探査の眼で探しなら進むね〜」
 真ん中にゼンラー、しんがりは利き手に蛍火、あいた手に救急セットを抱えた玲実だ。
 もっとも、探査の目は、殆ど意味をなさなかった。
「‥‥奥に‥‥化物が‥‥隊長‥‥ッ」
 息絶え絶えの一般兵が、震える手で廊下の先を示したのだから。
「情報、感謝するよぅ」
 ゼンラーが錬成治療でな傷を塞ぎ、玲実は救急セットを手渡し、首に呼び笛をかけた
「これで、仲間達を救ってあげてください。何かあったら、吹いて呼ぶように」
「ありが‥‥とう」
 一瞬の安堵。だがそれは
「───ッ!!」
 廊下の突き当たりで、4人の強化人間を見つけたことで終わりを告げた。
「‥‥傭‥‥か」
 扉を背にし、立っているのがやっとのグラップラーが待ちかねたように唇を動かす。
「遅くなったよぅ!」
 すかさず、ゼンラーが錬成治癒を発動。色めき立つ強化人間を一喝したのは、美鈴だ。
「これ以上はやらせないよ!」
 背丈より大きな戦斧を凛と構え、宣言した。
「覚悟は完了してるんだから!」
 紅蓮衝撃、発動!
「───ッ!!」
 挑んできた少女型強化人間の剣を、腕ごと叩き落す。ついで足爪をつけた少年の蹴りをかわし、デルフィニウムを薙いだ。
「ウアアアア!!」
 鮮血にも、悲鳴にも、エキスパートは怯まない。
「玲実お姉ちゃん、今なのだ!」
「ッ‥‥やるしかないのか!?」
 美鈴の声に、玲実が廊下を蹴る。覚醒反応で髪は紅く染まっていたが、心の準備は万全とは言い難かった。
 彼がラスト・ホープに降り立ってまだ2ヶ月。自分と同じ姿をした敵を屠るのは、無論初めてだ。
 それでも。
「基地の皆を、死なせるわけには!」
 迅雷を発動し、美鈴が討ち残した強化人間に間合いを詰める。蛍火を振るい、疾風を発動して離脱。
 だが強化人間の重い両手剣も、玲実の脇腹を抉っていた。
「距離を!」
 サイエンティストのスキルが傷を塞ぎ血を止めるが、強化人間の優位は揺るがない。
「玲実お姉ちゃん!」
 デルフィニウムをダンタリオンに持ち替えた美鈴も、戦いに必死だ。大柄な格闘家タイプの強化人間は、小柄な彼女には分が悪い。
「まずいねぃ‥」
 瀕死の軍曹を庇うゼンラーも、状況の悪さは把握していた。トランシーバを取り出し、別働隊へと回線を開きにかかる。
 と、その時。
「うわぁああぁぁ!」
 壁際の玲実が、悲鳴を上げた。断末魔ではない。恐怖と、驚愕に由来する声だ。
「アア‥‥‥ア」
 彼を追い詰めていた強化人間は、得物を取り落とし奇怪な声を漏らした。
 否、落としたのは武器だけではない。肘から下の組織を、ずるりと床に──。
「体組織が‥‥落ちるとは、ねぃ」
「れ、玲実お姉ちゃんっ」
 同様に、美鈴と対峙していた強化人間も、ぐずぐずと崩れ始めていた。制服の袖や裾から奇怪な液が大量に溢れ、白い骨らしきものがばらまかれ、脆く崩れ去ってゆく。
「‥‥腐敗‥‥では、ないのかねぃ」
 まごう事無き地獄絵図だったが、腐臭も断末魔も、幸いにしてなかった。
 実験用のスライムが溶けるように、凝固したゼラチンが温められて水溶液に変わるように、淡々と姿を変え
「何て‥‥ことなのだ‥」
 兵舎に、沈黙が戻った。
「こんなことした奴を、私は絶対許さないッ!」
 壁を叩く玲実の腰で、トランシーバが着信を告げる。
「こちら整備場班。状況はどうだ?」



●司令室前 15時
 電子ロックで施錠された扉の前で、科学者の皮をかぶったバグア達は優越に浸っていた。
「‥‥人間とは、脆いものだな」
その足元には、一般人兵士が累々と転がっている。多くは事切れていたが、僅かに生き延びた者が漏らす呻き声は心地よいBGMに他ならなかった。
「まったくだ」
 勿論、煩いと思えば蹴り飛ばせばいい。か弱い生き物は、声の変わりに血を吐いて黙りこむのだから。
「貴‥‥様ら」
 そう、たった二人、傷だらけになりながらも起き上がろうとする能力者も同様だ。
 平均かそれ以下のエミタ適性で、バグアと対等に戦えると思い込んでいる浅はかな生物。
 たった今も足にしがみつき、倒れた部下を守ろうとしている。自分の命が危ういというのにだ。
「しつこいな。君らは引き際というものを知らないのか」
 科学者は苛々と瀕死の能力者の鳩尾を蹴った。一般人なら絶命する力を込めたにも関わらず、彼は死ななかった。
「‥‥う‥‥あ」
 吹っ飛んで壁に激突し、床に仰向けに倒れている。
「エミタの力か」
 もう一人の科学者が、伸びきった掌に視線をやった。
「どうだ、腕ごと落としてエミタを基地に持ち帰るのは」
「悪くない。きっとイェスペリ様もお喜びになる」
 司令官の名を口にし、顔を見合わせる科学者たち。ポケットから銃型の機械を取り出し、無造作に能力者に向ける。
「たすけ‥‥」
 指が、引き金にかかった。
 引かれるより一瞬早く。
「させるかああああ!!」
 不穏な空気を、少年の叫びが破った。白虎(ga9191)だ。
 廊下を瞬速縮地で一気に駆け抜けるビーストマンの姿は、少女のように愛らしい。
 だがその瞳は闘志に燃え、どす黒いオーラが高揚をはっきりと示している。手は行く手を阻んだであろう強化人間の血で染まっていた。
「加勢か!」
 ガラティーンで斬りかかる白虎に銃口が向けられた。発砲より一瞬早く、眩い刃が振り下ろされる。
「ガキが!」
 ヨリシロの体から血を流しながら、今度こそ引き金を引くバグア。
「にゃっ!」
 至近距離で非物理攻撃の衝撃を食らい、白虎の小さな体が数m吹き飛んだ。
 と、そこに。
「白虎くん!」
 バイクモードのアスタロトが廊下を疾走してきた。
 横たわる一般兵のギリギリ手前で止まり、操縦していたプリセラ・ヴァステル(gb3835) の体を包むアーマーへと変形する。
「うにゅにゅ、おじさん達、工場にいた人たちなのね!」
 純白の少女騎兵が、エネルギーキャノンを放った。目的は威嚇と、白虎が体勢をたて直す支援だ。
 ほぼ同じタイミングで、司令室棟めがけて走ってきたジーザリオが急ブレーキをかけて停まった。
 すぐさま防寒仕様の分厚い外扉を蹴破り、室内に入ってきたのは
「うに! 到着にゃ! 魔法少女マジカル♪チカ! 参上にゃ!」
 白虎と同じくビーストマンの少女、西村・千佳(ga4714)である。
「また、貴方達‥‥なの」
 続いて戦場に降り立った獅月 きら(gc1055)は、バグアの姿を見て怒りに声を震わせた。
 たくさんの歪な命を生み出し、ゴミのように扱った醜悪なる敵。やるせなさと憤りは、蓄積されている。
「おや、先日のお嬢さん方ではないですか。またお会いできて光栄です」
 不敵な笑みと慇懃無礼な物言い。
「うるさいにゃ!」
 感情を顕にする千佳と対照的に、きらは粛々と錬成強化を発動させた。千佳、プリセラ、春夏秋冬 立花(gc3009)の得物が、淡い輝きを帯びる。
「やれ」
 科学者は鷹揚に手を上げた。途端、2人の強化人間が猛然と少女たちに牙を剥く。
「君達の相手は俺がしてあげるよ‥」
 竜斬斧「ベオウルフ」を構えた鳳覚羅(gb3095)が、間に割って入った。
 柔らかい物腰と裏腹に、攻撃は苛烈だ。剣を巨斧で受け止め、抜きざまに関節部分を狙う。
「ギァアアアアアッ!」
 骨の砕ける音が響いた。
「グガ‥‥アァァ」
 だが強化人間たちは怯まない。
 腕をぶら下げ、傷口から血を流しながらも、命令を忠実に実行しようとつとめる。
「随分やる気ありますねー?」
 立花が小銃で、強化人間たちに制圧射撃を放った。撃ち込まれる弾丸が、2人の足をすくませる。
 哀れをも誘う姿。だがプリセラも、きらも惑わされなかった。
「ごめんなさいなの。あたしはノア君が、友達が一番大事なのー!」
「ごめんね‥‥私も命を弄んでる‥‥でも、決めたの。迷わない!」
 キャノンとシャドウオーブのエネルギー弾が、歪な命を削る。沸き立った血が皮膚を裂いて噴出した。
「‥‥これは!?」
 満身創痍の強化人間の体が、ぐずぐずと崩れてゆく。創傷部から肉が剥がれ、体を支える骨が露出する。骨はネジが外れるように関節からばらけ、床に落ち、それでも──。
「‥‥タオス!」
 能力者に向かうことを止めなかった。
「助けることが出来ないなら、せめてここで楽にしてあげるのにゃ‥‥!」
 千佳が涙声で叫んだ。
 白虎も、後に続く。
「こんなのは‥君達で最後にしなくちゃっ!」
 肉と金属の交錯音が響く。
 それがやんだ時、2人のビーストマンの爪は、赤に塗れていた。
「さあ、次はお前らの番だあーっ!」
 白虎が吠え、再びバグア達に挑む。
「舐めるな、小僧が!」
 一拍置いて、覚羅も参戦。白虎の初撃と間髪おかず、竜斬斧を横に薙いだ。
「笑止。この鳳凰を恐れぬのなら掛って来い!」
 磨かれた刃が光り、バグア達の膝関節にめり込む。
「ぐ‥‥あっ‥‥!!」
「これはノアの分!! Agの! Qの! ハーモニウム達の!」
 苦悶の声を上げるバグア達の顔面に、白虎の拳が叩き込まれた。
「お前達が弄び傷付けた人達の痛みだぁー!」



●命弄ぶ者との対峙+α
 ジーザリオのエンジン音とバイクの駆動音が近づき、すぐ傍で停まった。
「応答がないから心配しました」
 アスタロトを装着した護、愁矢、律子が営倉へ通じる通路を、
「生身のバグアニ名‥‥神風、かねぃ?」
 ゼンラー、美鈴、玲実が兵舎に通じる通路を塞ぐ。
「‥‥こんな、こんなことが‥‥」
 強化人間を失くし、傷を負い蹲るバグアは焦燥に囚われていた。今まで数多の体を乗り換えてきた中で、一番の焦りだった。
 何しろ手駒として連れてきた強化人間は、すべて朽ち果ててしまっている。
 退路は能力者どもに塞がれてしまっている。
 逃れようにも、骨が砕けて、動けない。
「もうそっちの負けは確定にゃ! おとなしく投降するのにゃ!」
「新しいハーモニウムは、失敗だよ。お前たちにはただの道具にすぎないんだろうけど」
 武器を構えた能力者の瞳の多くは、怒りと憤りに彩られている。今まで蹂躙してきた者たちのそれとは違う強い眼差し。
「‥‥人間風情が」
 久しく感じたことのない感覚。
 それは焦りではなく、恐怖に近いものだった。
「科学者っぽいのと子どもらしいのが数名‥‥噂のハーモニウムと言うやつか」
 龍斬斧を構えたままの覚羅が、眼をすうっと細める。
「ハーモニウムか。お前たちは本当に出来損ないもに拘るな。プロジェクトの方向性としては間違っていなかったと」
 言うべきか? 結ぶ前に。
「私は貴方達を、許さない」
 後方に立っていたきらが、シャドウオーブをかざした。黒色のエネルギー弾が放たれ、バグアの肩口で爆ぜる。
「貴さ‥‥!」
「命を弄んだものの末路、身をもって知りなさい!」
 続いて、もう一人の顔の横で炸裂。銀縁の眼鏡が粉々に壊れ床に落ちる。
「待って」
 立花がきらの元に走り、オーブを持つ手をそっと止めた。
 情報を聞き出さないといけない。制止の意味に気がついたきらは、黙ってオーブを下げる。
 見届けた立花が、一歩前に出た。眼前の敵に用心深く小銃の銃口を突きつけ口を開く。
「そろそろ投降しません? 優遇しますよ? 協力してくれるなら‥‥ね?」
 白虎が眼を見開いた。
「ふざけるな‥‥強化人間達は助けられないのに、そういう風にした元凶は生かせというのか!?」
「‥‥ノア君達の為なの。絶対、絶対に何か知ってるはずなの」
 プリセラがそっと耳打ちする。彼女とて心底納得している訳でないことは、その横顔から容易に見て取れた。
 ついと、律子が割って入る。ペネストレイターは、艶然と微笑んだ。
「ふふ、本当なら、貴方達は問答無用で処刑だけど、天寿を全う出来る方法もあるわよ」
 勿論眼は笑っていない。
「それは、こちらで預かっているハーモニウムの子達のメンテの方法を教える事だけ、簡単でしょ?」
 在るのは、圧迫だ。
「命と引き換えなら、凄くお得だと思わない?」
 ナイフの刃先が、科学者ふたりの頬を順番に叩く。
「‥‥ぐ」
 顔を見合わせるバグア。
 交渉、成立か?
 と、そこに。
「待てええええ!!」
 兵舎に通じる廊下から、少年の叫び声が近づいてきた。 
 駆けてきたのは、狼型のキメラと、背中に乗った黒髪の少年だ。
 今しがた倒した強化人間と同じ制服を身につけ、巨大な剣を背中に括っている。
「うにゅ!? 君たちは?」
 プリセラがキャノンを構え、威嚇のポーズを取る。ハーモニウムをよく知る彼女は、咄嗟に引き金を引けなかった。
「ガウル、跳べ!」
 少年の声に狼が頷き、跳躍した。
「!?」
「増援にしては‥‥?」
 ゼンラーがアスモデウスをかざし、宙舞う狼の腹に狙いを定める。ただし出力は最小、射出!
「ガウル、危な‥‥!」
「ギャウ!」
 エネルギー弾が、狼の脇腹を掠めた。
 狼は背中の少年ごと中空でバランスを崩したが、何とか両足から地面に降りる。バグア達と、律子と立花の間に割って入るように。
「あら、その制服は?」
 あからさまな敵意を感知しなかったのか。律子が少し表情を和らげた。
「もしかして、ハーモニウムさんですか?」
 立花も対話の姿勢を示す。
「な、何故俺がハーモニウムだと‥‥まぁいい」
 対する少年は、表情を緩めなかった。大剣を抜き構える一方で、ポケットから機械を取り出し一同の前に突きつける。
「聞け人間! こいつらにこれ以上手出してみろ、この重力波通信機で増援を呼ぶぞ! 俺が呼べば、仲間がすぐにここに向かってくる!」
「それは厄介だねぃ」
「フン、分かればいいんだ。‥‥ってお前たちも、俺がイェスペリ先生に一緒に謝ってやるから『突破』なんて考えるな。もちろん投降も駄目だ! 一緒にチューレに帰ってガウルを‥‥」
 だしぬけに少年の持つ機械が、音を立てて爆ぜた。ゼンラーのアスモデウスが再びエネルギー弾を放ったのだ。
「ちょ、何すんだ!」
「連れていかれると困っちゃうのー! あたし達は、ノア君を、Ag君を助けたいの!」
 プリセラが叫ぶ。
「ノア?」
 少年の表情が変わったことを、律子も見逃さなかった。
「私たちはノアちゃんのお友達よ」
 畳み掛ける言葉に、今度は身を乗り出した。
「おいお前たち、ノアを──」
 上ずった声。眼に見える動揺。
 遮ったのは。
「舐めるな、ロウ!!」
 包囲されたバグア達の怒声だった。
「謝ってやる、だと? 思い上がるな出来損ないが!」
「黙りなさい」
 咎めるように、きらが掌を2人に向けた。甲で黒色の水晶球が鈍く光りを放つ。
 だが2人は口を噤まない。
「ガウルか‥‥その獣を元に戻したいなら、自分の足を使え。心当たりを気が済むまでほじくり返すがいい!」
 その表情には、笑みすら浮かんでいた。自信と絶望、勝利と死。相反する感情を綯い交ぜにした笑みが。
「自爆‥‥!?」
 不穏なものを感じたのか、ゼンラーが2人の前に走った。小型超機械を手に「抗生操作」を発動!
「させない、よぅ」
 輝く線とクレストが超機械とバグアの間を繋ぐ。
 だが、数秒後。
「‥‥ぬぅ‥‥!」
 サイエンティストの手の中で、機械が変調をきたし壊れた。繰り返すも、結果は同じ。
「自爆だと? 強化人間の如き小細工、弄せぬわ」
 バグア達は、声を上げて笑った。
「我らが力、とくと味わえ」
「そして共に逝こうではないか‥‥!」
 首筋に、手の甲に、こめかみに。血管が浮き、開いた傷口から血飛沫と湯気が上がる。
「駄目だ、やめろ『超える』な!」
 ロウが叫んだ。
「これは、なに!?」
 きらが虚実空間を発動させようとするも、不発。
「糞どもがァッァアッ!!」
「後悔しろォォォォォ!!」
 蹲っていたバグアが咆哮した。筋肉が音を立てて膨れ上がり、白衣がちぎれ飛ぶ。
 侵略者としての知性も誇りをかなぐり捨て、彼らは最後の力を手に入れたのだ。
 そう。
 ──限界突破。
「超えやがった‥‥お前たち‥‥逃げろ! 無理だ、アレは、もう」
 ロウが化物と成り果てたバグア達を見上げ、声を震わせた。
 手負いの狼が立ち上がり、相棒の少年を背中に乗せる。
「ガウル無理だ、オマエだって怪我を!」
 叫びを無視し、獣は地を蹴った。
 ここに留まってはならぬ。本能で察したように。



●最後の戦い、そして‥‥
 数からすると、12VS2。能力者の優勢は、揺ぎ無いように見えた。
 だが相手となるバグアは、もはや人間(ヨリシロ)の身体に留まっていない。2mを優に越す巨躯に、増殖した体組織を持つ化物だ。
 眼が赤く光り、口から漏れる呻きには、知的生物らしさは欠片もない。
 戦いの場は屋外へと移っていた。基地の被害を抑えるため、傭兵達が外へおびき出したのだ。
「往生際が、悪いぞ!」
 愁矢がプロテクトシールドを、覚羅が龍斬斧を盾がわりに携え、2体と仲間の間に立ちはだかった。
「ノアくん達を助ける方法‥‥は、もう聞けないかにゃ‥‥!」
「ならば全力で倒すのみ!」
 ハーモニウムと縁の深い千佳と白虎が、敵を見据える。
 大人と子ども以上に体格差のある2人が狙うは、頸動脈。
 それぞれ瞬速縮地を使って駆け、急所に爪を叩き込まんと跳ぶ。
「千佳ちゃん、支援するの!」
「逃がさないし、死なせる気もないっ!」
 跳躍のタイミングに合わせ、プリセラがエネルギーキャノンを、護がヘスペリデスから電磁波を放った。
 それぞれのAU−KV頭部に輝くスパーク。命中を高めた初撃も、バグアの四肢を確かに捉えていた。
 だが。
「にゃっ!?」
 確かに首筋に食い込んだ千佳と白虎の爪を、バグア達は物ともしなかった。
 煩そうに引きぬき、人形でも投げるように地面に叩きつける。
「‥‥あ‥‥ぁ」
「やめるのだ!」
 砕けた氷にめり込んだ小さな身体が、蹴り上げられ再び宙に舞う。
「‥‥よくも!」
 激昂した美鈴がダンタリオンで、バグアに電磁波を射出! 肥大した筋肉を電磁波によって破裂させ、肘から下を吹き飛ばした。
 さらにもう一体の、膝下を狙う。動きを封じるためだ。
「グオォォ!!」
 足を潰されたバグアが、プリセラ、護、美鈴を狙ってレーザー兵器のトリガーを引いた。
「きゃあっ!」
 被弾した美鈴を、護がすかさず癒す。護とプリセラ、ドラグーン達の身を守るのは装着したアスタロトだ。
「もう、終りにしよう‥‥」
 怒り狂う2体を前に、覚羅が猛撃を発動! 薄い光を纏ったエースアサルトが、龍斬斧を振るう。
 一体のバグアの腹に、刃がめり込んだ。
「ギャアアア!!」
「くっ!」
 制御を失った肉組織が増殖し、刃を伝って覚羅の手元まで覆い喰らわんと暴れる。だがそれも束の間。
「‥‥な!?」
 強化人間が崩れたのと同じ突然さで、バグアの身体がずるりと落ちた。
 今まで乗っ取った力を無秩序に使い果たした生物は、ごく僅かの余命しか持てないようだ。
 そう、もう一体も。
「このまま死ぬなんて許さない‥‥!」
 欲しい物は情報、ただそれだけ。
 そんなきらの眼の前で肉塊に姿を変え始めていた。
 ぐずぐずと形をなくし、地面に広がる生き物「だった」もの。
 慈悲ではなく必要性から。崩壊を止めたい少女が発動する虚実空間も、変化を食い止める術にはならない。
「命弄ぶ者の末路か‥‥拙僧もなんらかわらんが‥‥」
 もはや為す術はない。悟ったゼンラーが、きらを制しつつ、ぽつり呟く。
「‥‥この道は、途絶えさせるわけにはいかないねぃ」
 命を弄んだ者の最期に己を重ねたのか、それとも別の感情に揺さぶられたのか。
「‥‥はい」
 俯くきらの眼の淵に溜った涙が、ぱたりと零れた。



 西の空が、赤く染まってゆく。
 悪夢の数時間が過ぎた基地から少し外れた荒野に、強化人間達を弔う即席の墓が作られていた。
 墓標は彼らが携えていた剣が数本。供え物のように機爪も、傍らに置かれている。
 その前に佇む影が二つ在った。ゼンラーと、覚羅だ。
「彼らの為に祈ってあげてくれないかな? 俺は祈りの言葉なんて知らないからね‥‥」
 エースアサルトが黙祷を捧げてから、隣のサイエンティストに向けて口を開いた。
 無論命を失ったのは敵である強化人間だけではない。味方である一般兵士も大勢殉職した事は承知している。
 だが。それでも。
 敵だから。それだけを理由に弔われない魂をよしとするほど、覚羅は冷徹ではなかったのだ。
「奪い、失われた命‥‥忘れない、よぅ」
 想いを受け取ったゼンラーが数珠を手に祈る。
「忘れない」。「仕方がなかった」で片付けない。
 それがせめてもの供養になると信じて。

 一方玲実は、負傷した兵士たちの治療に奔走していた。
 数えきれないほどの人々が痛みに喘ぐ様を目の当たりにして、彼は誓いを新たにする。
 もっと強くなって、誰も傷つけない、傷つけさせないと。
 最初の一歩は
「大丈夫ですか。傷を見せて」
 今救える人を、一人でも多く救うことだ。

 そして美鈴とプリセラは、重傷を負った千佳と白虎の枕元に、じっと座っていた。
 命に別状はないと聞かされたが、昏々と眠り続ける友人の姿を見るのは辛い。
「‥‥そういえば‥‥不時着したHWは自爆してしまったそうなのだ‥‥」
「うにゅ‥‥聞いたの」
「狼を連れたハーモニウムの男の子の行方は、わからないみたいなのだ‥‥」
「うにゅにゅ‥‥そうなの」
 少女達はため息をついてベッドに目をやった。‥‥千佳も白虎も目を覚ます気配は見せない。
 心に暗雲がのしかかる。
 会話は一向に続かない。大事な情報なのに、大切な事柄なのに。



 かくしてグリーンランドで、様々なキメラを合成していたバグア2体は地上から消滅した。
 だが凍土の平和は遠い。元凶たるチューレ基地は、未だ北部に在るのだから──。