タイトル:【共鳴】急襲!マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/03 09:15

●オープニング本文


※この依頼は「【共鳴】ふたつの決断」と、連動して進行します。(時系列的には、こちらが先になります)
※この依頼の結果は、上記依頼の難易度に、直接影響を与えるおそれがあります。
 逆に、上記依頼の結果がこの依頼に影響を与えることはありません。
 双方、内容的には密接に関わっていますので、上記依頼のOPや
 作戦卓をご覧いただくと、よりお楽しみいただけるかと思います。

※この依頼は、機体陸戦です。生身戦闘をご希望の方は「【共鳴】ふたつの決断」をご検討下さい。






「はい、UPCヌーク基地です。はい、はい、おちついて。まずあなたのお名前と現れたキメラの特徴を‥‥」
「‥‥こちらカンパネラ学園。私は講師の宮本 遥(gz0305)です」
「って何だ。カンパネラの先生ですか。ご用件は?」
「そちらで把握している、キメラの工場のデータを至急、転送してください」
「‥‥や、キメラ工場たって数あるんですけど‥‥」
「まず、稼動が確認されることが第一条件です。なるべく島南部がよいですね、支援の面で」
「‥‥できれば人類側に近い立地と‥‥難しいな」
「立地はこの際、妥協しますよ」
「了解、どっちかっつーとチューレ寄りですが、ここですかね‥‥ほらいつぞやの、メロン熊が出たあたりですよ」
「メロン熊‥‥ちょっと記憶にありませんが、報告書を確認してみます。ご協力感謝します」
「お安いご用ですよ。じゃ、そういうことで」

 グリーンランドより何千キロもの距離を経たラスト・ホープ。
 付随するカンパネラ学園に籍を置く、宮本 遥のもとに1件のデータが届けられていた。
 それは チューレ基地からさほど遠くない北部の山間に佇むキメラ研究所兼製造工場のものだ。
 位置データのほかについていたものは、不鮮明な2枚の画像。
 ひとつには吹雪に埋もれることもなく、きらきらと妖しい輝きを保つ建物が。
 そしてもうひとつには、岩陰に隠れるように駐機したヘルメットワームが映っていた。
「ふむ‥‥この規模なら襲撃は可能ね」
 エミタ適性を持たない教員はデータを眺めながら、眉をきゅっとしかめ
「さて、依頼をあげておかなくちゃだわ」
 手元のコンピュータで、UPC本部へアクセス。受付のオペレータ嬢と、ボイスチャットで短い会話を交わした。
「工場自体は小規模だから少人数でいけそうだけど‥‥チューレが近いから、KVもあったほうがいいのかしら」



 チューレ基地からさほど遠くない北部の山間に佇むキメラ研究所兼製造工場。
 その建物は吹きすさぶ吹雪に埋もれることもなく、きらきらと妖しい輝きを保っていた。
 未だ人類が扱えない、バグアの科学技術を誇示するかのように。
 否、技術だけにあらず。
 この工場と、工場を預かる異星人は、人類には越えられないであろう業の深い術を有しているのだ。
 すなわち、猫やメロンや熊や、はたまた人の亡骸をも材料にして、獣を合成する術を。
 

 その日、2人の科学者が研究室の一角で、コンピュータのモニタを神妙な顔つきで覗き込んでいた。
 モニタの中に居るのは、隻眼に義腕の男、イェスペリ・グランフェルド(gz0238)。
「量産型のスノーストームを12機配備して欲しい、と?」
 チューレ基地を預かる彼らの「上司」は、部下の申し出に右の眼を僅かに動かした。
「貴様達の工場は、さしたる成果を上げていないと認識しているが? 先日もハーモニウムの所持品を、人類に奪われたと聞いている」
 液晶は、義腕が天井からの照明を受けて、冷たく光る様まで再生している。彼の感情がモニタを通して、伝わってくるようだ。
 睨まれた科学者2人は息を呑み畏れを露にし、それでも何とか、言葉を続ける。
「おそれながらイェスペリ様‥‥我々の工場で生産している『リビングデッド』は、小動物キメラ並のコストと時間で生産できる、知恵を有したキメラです。ハーモニウムの『ファースト』が概ね壊滅状態に陥った今、あれらに教育を施すことは決して無駄ではありません。幸い12人の候補生は、非常に高い適性を記録しています、何卒、チャンスを」
 ハーモニウム。グリーンランドで培われた、強化人間の実験部隊。
 構成員の記憶と感情を操作し、組織への「忠誠」ではなく構成員同士の「依存」を重視した運用は、芳しい成果を上げていなかった。
 バグアの誤算は、人類の挙動だったのかも知れない。
 敵である「ハーモニウム」を救おうと奔走する傭兵が、決して少なくなかったこと。
 そしてその働きに、呼応してしまうほどハーモニウムの心は、脆弱だったこと。
「ハーモニウムか。あの計画は今、見直すべき時期にある‥‥が」
 それでも司令官は、転送された計画書を見るだけはした。
 6人のパイロット候補生のデータに目を落とし、しばし考え込み、ゆっくり口を開く。
「ふむ、死にぞこないにしては悪くないスペックだ。いいだろう、配備を認めよう。ただし」
「は、はい」
 2人の科学者は、背筋を伸ばして固唾を呑んだ。
「スノーストームは6機だ。何とかそれで、成果を上げてみせろ。今度こそよい知らせを期待している」
「はっ」
 ぷつんと音を立てて、通信が途切れる。
 ふーっと息をついた科学者の一人が、不満そうに舌を打った。
「たった6機か‥‥ケチくせえなぁ。今年は温暖化だかの影響で気温が高くって、やりにくいってのに」
 もう一人の科学者が、宥めるように言葉を返す。
「まぁ、そう言うな。結果を出せばチューレだって認めてくれるさ。見てろよ人間ども‥‥」
「とりあえずチューレで実機を引き取って、周辺で陸戦の訓練をさせよう。慣れてきたらUPCの駐在所か村を、襲わせればいい」


 この時、科学者たちは知らなかった。
 傭兵たちが彼らの根城であるキメラ研究所兼製造工場を標的とした、作戦行動を開始していたことを。

●参加者一覧

井筒 珠美(ga0090
28歳・♀・JG
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
佐倉・咲江(gb1946
15歳・♀・DG
神宮寺 真理亜(gb1962
17歳・♀・DG
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN

●リプレイ本文


 バグア軍が優位を誇るグリーンランド北部の空は、今日も鉛色だった。
 気温は零下10度以下。凍てついた地面はどこまでも白い。
 その、ただ中を。
「ん、真面目に戦うのもAU−KV着るのも始めてだけど頑張る。‥‥流石に寝ないよ」
 北へ向けて、3機のKVが疾走していた。佐倉・咲江(gb1946)の駆るのは獣人アヌビス(真)。
「猫君たちの未来の為にも、ここはお兄さんも頑張っちゃいますかね」
 五十嵐 八九十(gb7911)の機体「エクイリブリオ・ベオーネ」も咲江同様アヌビス(真)だ。搭乗者の戦闘スタイルを踏襲したのか、携える武器は双機刀、それにナックルフットコートγである。
 先頭を行くのは、雪原にひときわ映えるメタルレッドのS−01HSC。
 操縦席のルノア・アラバスター(gb5133)の瞳は、真紅に彩られている。
「基地の、中、には、大切な、お友達‥‥絶対に、負ける、訳には、いき、ません‥‥ふたりの、為に‥‥なんて、ね」
 宿る感情は、生身で作戦行動に参加している友人への想いと、勝利への決意、そのふたつ。
 そんなルノアの手元で、電子音が響いた。少女はモニタに目をやり、僚機に回線を開く。
「間もなく、目標‥‥目視でも、確認、できます」
 白と鉛色を分ける地平線の境目に、きらきら輝く建造物が姿を表した。
「あれがキメラ工場ですか。悪趣味な作りだ」
 人類の美意識とは異なる意匠に、八九十が嫌悪を表す。
「ん、今のところ、敵の気配は‥‥ない?」
 前進を続ける咲江と八九十に先を譲り、ルノアは後方で周辺地域、空域の電子探索を始めた。
 ほどなく、S−01のレーダーが鋭い警告音を放つ。
「ふたり、とも、止まって、ください‥‥。上空に1機、地上に6機、熱反応が、有り、ます」
「‥‥がぅ」
 僚機への連絡の後、すぐさま既存のデータと、たった今情報を照合する銀髪の少女。
 弾きだされた答えを確認すると、再び回線を開いた。今度は後方にいる3機に向けて、だ。
「こちら、先行部隊、ルノア・アラバスター。目的地、付近、で、スノーストーム(SS)6機、確認です。上空には、ヘルメットワーム(HW)。幸い、まだ、こちらには、気づいて、いません。至急、合流を、願います」



 先行部隊より後方数km。
「まさか、増援に、SS、とは‥‥」
 回線越しのルノアの報告は、後衛陣に衝撃をもたらしていた。
「『貸しイチだ、高くつく』とは言ったものの‥‥」
 例えば井筒 珠美(ga0090)は、ロングボウIIのコクピットで恨み言を呟いていた。相手は生身作戦に参加している所属小隊長だ。子どもの姿と心を持つバグアを救おうと奔走する彼に付き合う形でここに居るものの、SSが6機配備されているのは想定外だ。
「酒や飯の奢り程度じゃ済ませねぇぞ、あの野郎!」
 小隊長に罪はないが彼女の心情的に、悪態の一つや二つ、やむを得ないだろう。
 一方、巨大剣と同じ名のディアブロを操る如月・由梨(ga1805)は、比較的冷静だ。
「む、SSが6機ですか。直衛でしょうかね。以前は容易く下せましたが、今回はどうなることやら」
 どこか楽しげですらあるのは、覚醒反応故か。
「偵察部隊、こちら神宮寺 真理亜(gb1962)だ。まずは貴殿達と合流しよう。狙撃支援で援護する故、なるべく工場から引き離して欲しい」
 リッジウェイから銀髪のドラグーンが、前衛陣に通信を飛ばした。
 間を置かずに返ってきた了解に、3機は速度を上げる。
「行こう!」



 傭兵達が作戦を展開したのと同じ頃。中型HWが低空域で、白の地平を見下ろしていた。
 操縦席には、白衣を着た科学者が2人。正確には人間の皮をかぶった異星人である。
「まいったな。人間どもが工場周辺で作戦行動を開始している」
「SSはチューレからようやく引き出せた資源。何もせず倒されましたでは洒落にならん」
 風景を映すモニタと熱反応を示すモニタ。それぞれを交互に眺めながら2人は眉を寄せていた。
「傭兵は現時点で工場付近に3機、後方3機‥‥数量的には撃退可能か」
「むしろチャンスかもしれん。量産型とはいえSSも、搭乗させた連中の性能も悪くない。返り討ちにしてやれば、上層も我々を見直すだろう」
 何とか気分を上向けに修正したのも束の間。重力通信端末が、けたたましく鳴った。
 発信元は眼下のキメラ工場だ。
『センセー! テキガキタ!!』
 留守番に置いておいたリビングデッドの、困惑した声がコクピット内に響く。
「UPCの生身部隊か! 何とか持ちこたえろ、こちらにもKVが襲ってきてるんだ!」
『センセー、タスケ‥‥』
 科学者は追いすがる声を受信機ごと叩き切った。ついで別の回線を開き直し、大声で怒鳴る。
「訓練中のSS全機に連絡! 前方に敵機接近中! 全力殲滅、以上!!」
 眼下でSS達が右往左往しているのが見えるが、もはやどうしようもない。
「高度を上げるぞ、この機体では傭兵の相手は出来んからな」
「勝てるだろうか?」
「勝ってもらわねば困る。イェスペリ様ではないが、これぐらい倒せんようでは戦力外だ」



 工場から数百m離れた岩陰で合流した6機は、前方のSSに目を凝らしていた。
 上空のHWが指示したのだろう。臨戦体制をとってはいるが、工場を離れる気配はない。
「がぅ。とりあえず研究所から引き剥がす?」
「そうですね、基地に被害が出ない戦闘可能場所まで引っ張り込みましょう」
 それぞれ得物を構え、やや大仰なアクションをつけながらSSを誘う。
 少し距離を置いて、スラスターライフルを構えたルノア機も続いた。
 白の地平を闊歩し工場へと迫る青の2機と紅の1機。SSが視認しないわけもない。
 最前線に立つSS2機が、歩を踏み出した。
「‥‥来た!」
「がぅ!」
 すかさず咲江機がガトリング砲で牽制。掃射音と共に上がる雪煙が敵味方問わず、視界を白く烟らせる。
 追尾行動に転じたSSを、ひきつけたのは八九十。
 SSが手にするライフルの射程ギリギリまで追撃を待ち、発砲と同時に雪原を蹴る。
「駆けろ駆けろ! 今の俺は雪山飛狐にも勝るッ!!」
 足元で炸裂する弾を避け、僚機の待つ岩陰まで、2機を釣って疾駆。
「動揺を、装う、フリは、いらない、かな」
 アヌビス2機のアクティブな行動に、ルノアはコクピットで肩をすくめた。長い射程を誇るスラスターライフルの照準を、別の敵機の足元に合わせる。
 発砲、着弾!
 わらわらと動き始めた残り4機を見て、こくんと頷き
「全機、陽動、成功。迎撃、お願い、します」
 後方3機に、通信を飛ばした。
 だが、ルノアとほぼ同時に。
『01、04、停まれ! 基地周辺から離れるな! 赤い傭兵機を破壊次第、迎撃部隊に合流!』
『02、03、05、06はそのまま釣られてやれ! 敵は5機だがすぐに01と04が合流する!』
 HWからSSにも通信が飛んでいた。
『ハイ、センセイ』
 ルノア機を追いかけていた2機は追撃を停止し、攻撃手段をライフルに切り替える。
 もちろんルノアは、重力波通信の内容など知らなかったが
「‥‥ん」
 挙動の変化を感じ取りくるりと反転し、ルーネ・グングニルを凛と構えた。
「来ないのなら、こちらから、行きます」
 アグレッシヴ・ファングを発動させ、狙うは武器を持つ腕の関節部。
「撃ち、抜いて‥‥大神の、槍!」 
 重い一撃が、まず01と描かれた肩を抉り、引きぬきざまの2撃目で04機の肘から下を叩き落す。
「脆、い‥‥」
 金属の破砕音とともに赤黒いオイルが、血痕のように雪上に降り注いだ。



 八九十と咲江のアヌビスは、4機のSSを僚機が待つ岩陰まで誘導していた。
「破産するまで奢らせてやる!」
 珠美がロングボウのコクピットで喚き、ミサイルポッドCの照準を追撃してくる03機に合わせる。
 幸い降雪はなく、視界も良好。五十嵐機との距離も申し分ない。
「覚えてろ!」
 手袋を嵌めた指がボタンを押した。
 まっすぐ飛んだ弾が中空で爆散、細かい火球となって降り注ぐ。
「ん、そろそろ本格戦闘開始? ‥‥がう!」
 珠美のミサイルで中破した03機に向けて、咲江が駆けた。近づきざまに神天速Aを発動、威力と精度をオンしたレッドグリルで頭部に飛び蹴りをお見舞いする。
 白い煙をあげる機体を黙らせたのは、真理亜が放った頭部への一撃だ。
 鮮やかな連携の前に、SS部隊に動揺が走った。
 追う足が鈍る者、崩れた仲間へ駆け寄ろうとする者。パイロットの未熟さが見事に露呈する。
 だからといって。
「行きます!」
 由梨は見逃さなかったし、容赦もしなかった。
 僚機ともSSとも離れた02機に狙いを定め、ブーストを発動。一気に距離を詰め、手にしていたシヴァを振るう。
 切れ味の悪さを余りある攻撃力でカバーした巨大剣が、文字通り胴体を真っ二つに叩き斬った。
「爆発します!!」
 無線に叫び、すぐさま距離をあける。アヌビス2機もブーストし、岩陰まで一旦退避だ。
「アラバスター殿が既に2機仕留めている。今こちらで1機、あと3機!」
 仲間を破壊された怒りからか、SSの攻撃行動は衝動的になりつつあった。
 例えばそれは、八九十と対峙する05機にも明らかだ。
「ウチのバカ弟の友達が苦しんでるんでね、押し込み強盗は柄じゃないが頂かせてもらうッ!」
 真理亜の援護射撃を受け、なおかつ神天速Aを発動し、優位を得ている敵に対しても距離をおくことをせず
『ヨク‥‥モ』
 ただ闇雲に剣を振り回し、アヌビスの操縦席を狙おうとあがく。効率や勝算ではなく、情動。
 一瞬の混線がもたらした声の醜悪さと憤怒に、八九十は絶句した。
「‥‥的は絞らせませんよ!」
 だが彼とて練磨の傭兵。それで怯むわけでもない。
「命までは取らない、大人しくしろ!」
 05機に対し再び神天速Aを発動。双機刀の刃を左膝に叩き込み、押し切った。
 傾いで倒れた機体の急所は壊さず、視覚の入出力を司る頭部のみを拳で潰す。
「あと2機!」
 珠美の声に、シヴァを携えた由梨機が跳躍した。
 得物の重量で高さは出ないが、首の付け根から振り下ろされた巨大剣の衝撃は、強烈の一言に尽きる。
「あと1機、鹵獲を狙う」
 もはや孤立無援になった06機の操縦席に、真理亜のスナイパーライフルが狙いを定めた。
 試作型高性能照準装置を発動。
「終わりだ」
 必中のトリガーを、細い指が引いた。



 薄暗くなった操縦席の中で、生き残り──05、06機──のパイロットは恐怖に怯えていた。
 仲間の機体が炎を上げ、壊れてしまったのは視認していた。仲間がもういないことも、悟っていた。
「パイロットの方、いるのでしょう? 名は?」
 倒すように命じられた傭兵たちに負かされ、降伏を呼びかけられていることも理解していた。
 だが。
 これから何を為すべきか。それを考える能力は与えられていなかったのだ。
 だから。
『センセイ‥‥ゴメンナサイ‥‥』
『センセイ‥‥タスケテ‥‥』
 2人、否、2匹は緊急通信用のマイクに縋りついていた。
 今まで一度たりとも、マイクから届く指示に間違いはなかった。だから今回も、きっと。
『ああお前たち、よくやったね。いいかい、コンソールの裏側に秘密のボタンがある。そう、蓋を壊してから力いっぱい押しなさい』
 やや間を置いて、HWから彼らに届けられた声はとても優しかった。
『ハイ』
 不首尾を咎めることもなく、すべき事を教えてくれる声に、疑いを抱くはずもない。
『センセイ? ナニカ、トケイノオトガ』
『大丈夫、その音が聞こえなくなったときに‥‥』



 巨大剣を収め、戦闘不能になった2機に降伏勧告を行っていた由梨は、様子がおかしいことに気がついた。
 パイロットの応答がないのはともかく、SSの駆動音が途絶えたのは何故か?
 これでは、まるで、自決──。
「!」
 傭兵の勘が、警報を鳴らす。
「離れて下さい!!」
 根拠は一切なかったが、僚機に退避を促し、己もブーストを発動する。
 ただならぬ気配を感じ取ったのか、5機がそれに倣った。
「!」
 撤収を待っていたかの如くタイミングで、2機の操縦席から炎と煙が噴出した。
「な!?」
 小さな炎だったのは一瞬。漏れ出たオイルに引火し、みるみる膨れ上がった巨大な火球は
「爆発する!」
 耳をつんざく轟音とともに雪嵐をふたつ、地上から消し去った。
「なんてことだ‥‥」
 絶句する傭兵達の通信に、だしぬけに誰かが割り込んでくる。
『どうやら我々は、あなた方を甘くみていたようです』
 それは地球上の交信手段よりも、鮮明で強い重力波通信だった。発信元のHWは、KVの頭スレスレまで高度を下げている。
「貴様‥‥」
 真理亜と珠美が狙撃武器を構えた。大破は免れない距離なのに、HWは何故か余裕だ。
『我々の施設に、あなた方のお仲間が潜入していることは存じております。武器を下ろしていただけないなら、施設を遠隔破壊せねばなりません』
 余裕の根拠を悟った八九十が歯噛みした。目の前に、撃ち落せる距離にいるのに手を出せない悔しさに。
『ご理解に感謝します。今回は我々の完敗、大人しく引き下がりましょう』
 HWは癪なほど優位を崩さない。
『あなた方のお仲間が、我々の施設にいかなる用があるかは存じませんが‥‥』
『もしかしてそちらでお世話になっている、ハーモニウムの延命をお考えで?』
「だと、したら?」
 質問に質問で返したのはルノア。赤い瞳が怒りに燃えている。
『生憎、ここは単なるキメラ工場。そもそもキメラや並の強化人間は使い捨て兵器。修繕して使う類ではありません』
『とはいえ、チューレには修繕の手段が一応あります。優秀な強化人間を使い捨てするのは惜しいのでね』
「がぅ。チューレ‥‥」
 咲江が小さく呟いた。科学者の言い分は、人類側にいるハーモニウムの証言と一致している。嘘ではない。
『それにしても』
『あなた方と戦ったSSのパイロットもお手元のハーモニウムも、ツクリモノであることに変わりは有りません。なのに片方を殺し、片方を救いたいと願う。人間は面白い精神構造を持つ生き物だ』
 傭兵達は答えを返さなかった。怒りとやりきれなさで、声が出せなかった者もいた。
『願いを叶えたいのなら、チューレを攻めるといいでしょう。あそこにはあなた方が救いたいと願う連中の同胞が大勢います。それらを屠る覚悟がおありならね』
『お喋りが過ぎました、失礼します。いずれ、戦場で」
 割り込みの時と同じ唐突さで、重力波通信が途切れる。
 武器を持ちながら為す術のなかった傭兵達を尻目にHWは高度を上げ、雲の中に消えた。

「‥‥落ち込んでいる暇はない。作戦は成功だ。工場へ急ごう」
「ああ、あの野郎‥‥飯食うまで絶対死なせないからな」
 真理亜の言葉に、珠美は視線を工場に移した。
 忌まわしい建物の中で、まだ戦いは続いている。何も終ってはいない。
 目の前のことを解決しなければ、未来を掴むことは、叶わないのだ──。