タイトル:【共鳴】ふたつの決断マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/06 09:58

●オープニング本文


※この依頼は「【共鳴】急襲!」と、連動して進行します。(時系列的には、こちらが後になります)
 この依頼の難易度は、上記依頼の結果によって変化することがあります。
 逆にこの依頼の結果が上記依頼、に影響を与えることはありません。
 双方、内容は密接に関わっていますので、上記依頼のOPや作戦卓をご覧いただくと、
 よりお楽しみいただけるかと思います。

※この依頼は、生身依頼です。機体搭乗(陸戦)をご希望の方は「【共鳴】急襲!」をご検討下さい。



 年の瀬も押し迫ったカンパネラ学園、地下研究所第三キメラ研究室。
 「さてと‥‥」
 主任である羽住秋桜理は、顔見知りの講師から預かった金属片を、壁際の解析機にセットしていた。
 細い指が慣れた手つきでコンソールのボタンを操作し、最後にエンターキーを、ぱしんと押す。
 人間の目よりはるかに精密な機械のそれが、僅かな駆動音とともにコイン状の金属片を走査しはじめた。
 汚れや侵食を補正しながら、表面の模様、素材の配合などを次々に読み取り、順番にモニタに映し出してゆく。
「これ、何だろうなあ。アルファベットの羅列にしか見えない」
 解析機の傍の椅子に座っていた研究員エリックが、うーんと唸って上司を振り仰いだ。
「バグアが持ってたんだから、人類に読めない状態になってて当たり前でしょ。馬鹿じゃないの?」
 エリックに向かって秋桜理は半ば呆れたように呟き、書棚から分厚い本を取り出した。
 世界各国古今東西のアナグラムや符牒、果てはパズルや縦読みなどについて記載した専門書である。
 画面と本を根気よく照らし合わせていた秋桜理だったが、
「‥‥んー‥‥何かしら‥‥暗号の類だとは思うんだけど‥‥文字の配列が独特ね」
 数分後に、根を上げた。
「困りましたね」
 エリックも困ったように肩を竦める。
「何が書いてあるのか解らないんじゃ、解きようがないわね。作成した本人か、親しい者でもいれば別──」
 そこまで言って
「居るじゃない」
「いますね」
 2人は顔を見合わせた。


 所変わって学園研究棟の地下に在る特別監視域の応接室。
「解析が出来たのですか? 随分と早い仕事で」
 ノアとAgを預かる宮本 遙(gz0305)は、羽住 秋桜理の来訪を受けていた。
「うちには優秀な研究員とフィディ‥‥もとい、情報源がありますから」
 管理している「ハーモニウム」の構成員を呼びかけた秋桜理に、遙が得心した笑みを浮かべる。
「ああ、そういうことですか。そういえばそちらのお嬢さんは優秀だと言ってました、うちの子たちが」
「それはそれは。いずれ会わせてやりたいなとは思うのですが」
 軽く言葉を返しながら、秋桜理はブリーフケースの中身をテーブルに広げはじめた。
「そのあたりの判断は、我々では出来かねますからね‥‥と、こちらが解析結果ですか」
 それは数枚のレポートと「いのちの欠片」だった。
 白い紙には化学式がいくつも並んでおり、件の金属片は綺麗に磨かれて、ケースに収まっている。
「結論から申し上げます。まずひとつめ。この『いのちの欠片』は、薬の素材となるもので、そのものではありません」
「‥‥」
 遙の目に、喜びとも失望ともつかぬ色が一瞬宿った。
「そしてふたつめ。この素材は精製次第で、2種類の薬となりえます。効果は相反するものとなりますが、我々が入手できるのは、いずれか1種類、1体分です」
「‥‥1つだけ‥‥ひとり分‥‥」
 秋桜理はレポートに目を落とし、一旦言葉を切った。
 薬学にさほど詳しくないであろう遙にわかるように、要点だけを選んで、ゆっくりと続ける。
「ひとつは、キメラ組織の増強‥‥これは報告されている『Q』が用いたものと近い原理と思われます。対象は一旦元気になるでしょうが、寿命は短くなるでしょう。‥‥そしてもう一つは、組織の抑制。これは人間の医者が終末期の患者に使う薬と似ています。すなわち昏睡にまで意識レベルを落とすことで、命を永らえさせるものですね。いや、緩やかな死を与えるという方が正確かもしれません」
「‥‥」
 嫌な、沈黙が流れた。
「あまり魅力的ではない選択肢ですね」
「そうですね‥‥ただ、いずれかを選ばないと、そちらの『ノア』は早晩死んでしまうでしょう」
「‥‥理解しています」
「そして問題がもう一つ。先ほども申しあげましたが、我々が持つのはあくまで素材。これをバグアの技術を以って、加工しなければ始まりません」
 秋桜理はレポートの束をまとめ、遙に手渡しながら言葉を継ぐ。
「キメラの工場か、生産プラントのような施設を抑える必要があります。そうですねあまり規模が大きくなくて、傭兵でも確保できるようなところが理想でしょう」
「これまた難問ね」
 淡々とした答えに、遙は天井を仰いだ。
「とはいえ、やらないわけにはいかないでしょうよ」
 壁の時計が黒い瞳に、逆さまに映る。針が指すのは16時30分。
「‥‥ご協力、感謝します。Dr.羽住。フィディエル嬢にも、よろしく」


 再び所かわって、グリーンランド。
「はい、UPCヌーク基地です。はい、はい、おちついて。まずあなたのお名前と現れたキメラの特徴を‥‥って、何、カンパネラの先生ですか」
 夕食の途中に鳴り響いた外線電話を取ったオペレータは、落ち着き払った受話器の向こう側に舌打ちをした。
「え? 急いで把握しているキメラ工場のデータを送ってほしい? ‥‥や、キメラ工場たって数あるんですけど‥‥」
 隙を見て、ずるずるとレーション・ベジタブルパスタを啜る。
「稼動が確認されることが第一条件‥‥なるべく小規模で‥‥できれば人類側に近い立地と‥‥難しいな」
 ぶつくさいいながらも仕事は仕事。ほどなくオペレータは、1件のデータを弾きだした。
「どっちかっつーとチューレ寄りですが、ここですかね‥‥ほらいつぞやの、メロン熊が出たあたりですよ」
 スープを煽り、タンドリーチキンを咀嚼しながら、データを転送し
「じゃ、そういうことで」
 遙が受信したことを確かめて、再び夕食に戻っていった。

 何千キロもの距離を経て、遥のもとに届いた1件のデータ。
 それは チューレ基地からさほど遠くない北部の山間に佇むキメラ研究所兼製造工場のものだった。
 位置データのほかについていたものは、不鮮明な2枚の画像。
 ひとつには吹雪に埋もれることもなく、きらきらと妖しい輝きを保つ建物が。
 そしてもうひとつには、岩陰に隠れるように駐機したヘルメットワームが映っていた。
「ふむ‥‥この規模なら襲撃は可能ね」
 エミタ適性を持たない教員はデータを眺めながら、眉をきゅっとしかめる。
「工場自体は小規模だから少人数でいけそうだけど‥‥チューレが近いから、KVもあったほうがいいのかしら」

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF

●リプレイ本文



 KV部隊の作戦行動より、時をやや後にして──。
 氷の大地を、一台の軍用車が北に向かって走っていた。
 車体は白で塗装され、荷台に能力者が4人、運転席と助手席に1人ずつ乗車している。
 彼らの間を埋める空気も、冬空の如く重苦しいものであった。
「ノア君達とお友達になってから、まだ半年も経っていないの。‥‥まだまだ、一緒にやりたい事は沢山あるの」
 いつも笑顔の元気娘、プリセラ・ヴァステル(gb3835)の表情も今日は硬い。
 西村・千佳(ga4714)は、両手で胸元を押さえていた。掌の中には袋に入れ首から下げた「いのちの欠片」が在る。
「僕達のただのエゴかもしれない。でも、それでも未来に賭けたいのにゃ‥‥」
 何があってもこれだけは守る。赤い瞳に映るのは、決意の色だ。 
 2人の向かい側に座るのは春夏秋冬 ユニ(gc4765)。見た目は10代の少女、その実既に母親である彼女はこの戦いに何を思うのか。
「ノアちゃん、早く元気になって遊べるといいですわね」
 口調に滲むのは、深い慈しみだった。義憤や友情とは違う、おそらくは母性に由来する類の。
 一方綿貫 衛司(ga0056)は、後部ハッチの窓越しに外を眺めていた。頭の中を巡るのは、KV部隊に参加した同期との言葉だ。
『若いモンに戦争の仕方だけ仕込んでそれ以外蔑ろって敵の遣り口が気に食わないんですよ。戦争が終ったらアレコレしたいってパッと出てきそうな年頃なのに「分らない」って。これが普通の少年少女ですか?』
 憂うべきは戦闘員の低年齢化、既定事実のように殺される若者はいてはならない。‥‥たとえそれが、敵であろうとも。
「数多の屍を地に晒して、一つの命を救う事が正しい事とは言えないよねぃ」
 運転席でハンドルを握るゼンラー(gb8572)は、人間が陥りがちな矛盾に想いを巡らせる。
 隣の獅月 きら(gc1055)も、言葉を紡ぐ。
「私たちはハーモニウムと出会い、手を取り合える距離にいる。今回のことが、未来へのかけ橋になるのなら。私は、人の技術と進歩、そして未来にかけたい」
 青臭い理想論ではあったが、溺れることのない客観視。それは性格か、サイエンティストである故か。
「ふむ。その過程に黄金の価値があるのであれば。尻込みしてる場合じゃないねぃ」


 やがて軍用車の前に、攻略目標であるキメラ工場兼研究所が姿を表した。
 ゼンラーが、建物から少し離れた岩陰に車を停める。存在が予想されていたヘルメットワーム(HW)の姿は見えない。
 想いはそれぞれ、為すべきことはひとつ。
「行こう!」




 いつHWが帰ってくるか、チューレからの増援が来るか分からない状況。
 故に傭兵達は、迅速に作戦を展開した。
 まずきらが「隠密潜行」を発動し、潜入経路を探索する。
 ほどなく彼女が見つけた裏口を守るのは、制服を来た2人の少年型だった。
「あれがリビングデッド‥‥」
 冒涜された死者に、ユニが嘆息する。
 明鏡止水を手に「瞬天速」を発動。
「ごめんね」
 せめて安らかな眠りを。祈りを込めた刃で屠った。
「いくの!」
 すかさずAU−KVを纏ったプリセラが先頭に立ち、突入。
 真ん中に「いのちの欠片」を持つ千佳、二人のサイエンティスト、ユニ。後ろを守るのは衛司だ。
 前室、廊下。注意深く用心深く、歩を進める。
 突き当たりの、扉を開けた。
「これは!」
 そこは壁際に、巨大な機械が立ち並ぶ工場だった。沢山の操作端末、間を縫って走るライン。
 やはり制服を来た少女が、そこかしこで作業している。
 無益な戦いは避けて制圧したい。口に出さねど想いは6人とも同じだった。
 だが、この状況では無理な話で。
「テキガキタアア!」
 鳴き声とも呼び声ともつかぬ声に、武装した少年型どもが奥から沸き出して来る。
「センセー! テキガキタ!」
 後方で少女型が機械に取り付き、喚いているのも見える。
「機械から離すにゃ」
 千佳が呟き
「工場を吹き飛ばす爆弾を設置しましょう!」
 ユニが頷いた。
 大仰に声を張り上げ、機械と反対側に走る。
「何かの製造装置のようだねぇ」
 仲間が作ってくれた、長くは続かないであろう隙。無駄にはできない。
 急ぎ機械やラインを、持参のデジタルカメラでゼンラーが撮影した。シャッター音が、二度三度響く。
「行きましょう」
 機械類を調べていたきらが、先を促す。持ち出せるものは、何も入手できなかったようだ。
 その間にも。
「もう迷わないにゃ! 大事な友達の為に、迷ってる暇はないのにゃ!」
 千佳は機械から引き離した少年型を、ロッドで次々と片付けていた。「いのちの欠片」を守るため、電磁波を用いた遠隔戦だ。
「うにゅっ。もう、あたしも迷わないの!」
 千佳に近づこうとする輩は、プリセラのマチェットが捌く。「竜の鱗」で淡く輝くアスタロトは、剣も爪も通さない。
「こっちよ!」
 ユニはその身を囮に使い、リビングデッドを分散していた。数名ずつ引きつけ、死角に身を潜め、隙をついて得物を奮う。
「‥‥コイツラ、ツヨイ」
「センセイ、ヨボウ」
 敵わぬことを本能的に察し、怯む2体の少年型。
 傭兵達が踏み込んで来たのと正反対、最奥の階段へと身を翻す。
 だが。
「この子を殺したくない、よねぃ? 生かしたいよねぃ」
 ゼンラーが、行く手を阻んだ。
 全身を赤銅色に染めた男は、手に掴んだものを足元に放り投げる。
「‥‥アァ」
 それは青黒い体液を頭から流した、少女型だった。
「なら、管制室、一番偉い人の部屋、工場を頼むよぅ?」
「ヒキョウモノ!」
 喚く少年型に、きらが言葉を添える。
「これは‥‥私たちの択んだ、覚悟です」




 逡巡の後。
 少年型リビングデッドは6人を伴い、地下への階段を降りていた。
「ココ、ナカマノ、ザイリョウ」
 突き当たりの扉の鍵を開け、両手で押す。
「材料?」
 白く凍った冷気と僅かな生臭さが流れ出てきた。
 烟る視界の奥に、金属棚が見える。そこには──。
「な‥‥!」
 人体がパーツごとに分類され、行儀よく並べられていた。
 腕、脚、腹、頸部から上。
 大きさは細分化されていたが、皮膚の色は無頓着だ。
 悪夢としか、言いようのない光景。
「子供から選択権を奪い更に死体を弄って‥‥一番嫌いなやり様です! ‥‥戦争だからって何でも好き勝手していい訳じゃない」
 衛司が憤怒を顕にしたのも、無理はなかった。
「この書類を作ったのは、だれ?」
 きらが壁際の机に置かれたファイルを手に取り、少年型に問う。
「センセイガ、ツクッタケド、イマ、イナイ」
 綴じられているのはメロンと熊の合成獣の他、過去にこの地で散見されたキメラが数種、さらに。
「ノアくんにゃ」
「うにゅ、Ag君もいるの!」
 北米軍学校の制服を来た生徒の写真だった。ノアとAgに似ているが、猫耳は付いていない。
『合成後ライフスパン・12〜36ヶ月』
 書き殴りに近い付箋が、意味なすものは想像に難くなかった。
「さて、先生のお部屋に、案内してもらうよぅ」
 ゼンラーの言葉に、少年型は黙って頷く。
 その間にきらは机に備え付けられた重力波通信機をもう一人の少年型に操作させ、全館への通信回線を確保していた。
『ミナ、ハナシ、キイテ』
『すべてのバグア兵に告げます。あなた達の仲間を3名確保しています。傷つけたくなければ抵抗せず、協力して下さい』


 前もっての通信が功を奏したのか。
 傭兵達が2Fに上がった時、残っていた数名の少女型は、怯えた目を向けるだけで抵抗はしなかった。
「動かないで」
「いい子ですね」
 伴ってきた少年型2名少女型1名とともに壁際に座らせ、制圧するのは衛司とユニ。
「うに、何としても薬を作ってくるにゃ」
 自らを鼓舞するように声を上げたのは千佳。
 プリセラ、きら、ゼンラーと一緒に、フロアの奥へと走った。
 4人の背中を見送る衛司の腰で、トランシーバが着信を告げる。発信元は別働隊に参加している同期の女性だ。
「そうですか、SSの制圧を完了したと‥‥了解です。こちらも後は薬の精製を残すのみです。帰ったら飯でも酒でも好きなモン奢りますよ」
 少しの安堵を冗談に込める男。
 だが。
「敵さんが‥‥ですか。分かりました」
 返ってきたのは冷水の如き、悪い報告だった。
「死にませんよ、一緒に飯食うまではね」
 すぐ気を取り直し、同期が掴んだ情報を千佳達に流す。
『研究室班、作業急がれたし。敵は工場の遠隔爆破手段を持っています』




「やはりねぃ」
 研究室を物色していたゼンラーは、衛司からの通信と目の前の状況に唸り声を上げた。
 情報端末と思しき機械は見つけたものの、生体認証機能がアクセスを阻むのだ。頼みの「攻性操作」で何とか立ち上げたものの、浅い階層以降は、どうにも進めない。
「可能性は捨てずに、出来ることは全部やりましょう」
 一方きらは机の上の記憶媒体や紙束を手当たり次第に鞄に押しこんでいた。カンパネラに戻れば、解析の専門家と、ハーモニウムが居る。可能性は高くはないが、あるいは──!
 そんな2人と反対側の机で、プリセラは薬の精製に挑んでいた。
「うにゅ‥‥」
 ゼンラーの攻性操作で機械は起動し「いのちの欠片」を収めるトレイも見つかった。
 欠片が認証キーの役割を果たしているのか、エラーも出ない。後はボタンを押すだけだ。
 画面には既にメッセージと共に、選択肢が在った。
 
『ハーモニウムの同胞へ、必要な力を。未来を祈る』

 命と引換えに力を得るか、力と引換えに命を得るか。
「ノア君‥‥」
「僕達は未来を択ぶって決めたにゃ」
 傍らで周囲を警戒していた千佳が力づける。
「うん!」
 友人の励ましに、プリセラは2つ目の選択肢を選び、エンターを押した。
 機械が駆動音を立てる。もう選び直しはできない。否、選び直しなどしない。
 そのまま、待つこと数十秒。
「できたの!」
 錠剤を乗せたトレイが排出された。
 千佳がそれを胸の袋に仕舞い握りしめる。
「うに、脱出にゃ!」
 その直後。
『空き巣の真似事は終わりましたか?』
 狙ったようなタイミングで、研究室中のモニタが全て点灯した。
 画面の向こうには、白衣を来た男が2人。
『外のお友達に借りがあった故、少しお時間を差し上げました。しかしもうお終いです』
「‥‥だれ? この工場の、主?」
 きらが超機械を構えて問うた。2人のバグアは、モニタの向こうで不敵に笑う。
『聡明なお嬢さんだ。欲しい物はありましたか? なんなりとお持ちいただいて結構。理解出来るとは思えませんが』
『もしまた何か必要になったら、チューレでお待ちしていますよ』
「負け惜しみいうんじゃないにゃっ!」
 余裕を崩さない科学者に、千佳が激高する。
『おや威勢がいい。ではお別れです。5分後にあなたがたの居る場所は消滅します』
「うにゅ、卑怯なの!」
「待たれよぅ。リビングデッドは、どうする、つもりかねぃ」
 勝手極まりない科学者の態度にも、ゼンラーは冷静を崩さない。
『ゴミに等しいものですが、御入用でしたらお持ち帰りください』
『製造工場ごと潰すのはやや惜しいのですがね、そろそろ潮時でしょう。では』
 モニタがだしぬけに消灯しても、表情を変えなかった。
「‥‥祈祷はさせて、もらうよぅ」
 ただ低く呟き、踵を返す。
 重苦しい雰囲気を破るように、プリセラが叫んだ。
「ノア君の為なの‥‥絶対持って帰るの!」
 それが撤収の合図になった。


 5分後。
 脱出した6人の傭兵は、合流したKV部隊とともに、工場が炎に包まれる様を見つめていた。
「‥‥忘れないよぅ」
 S−01HSCの掌の中で、ゼンラーが祈る。
 歪な命を弔うかのように、雪が舞う中で。




 作戦行動から一昼夜を経たカンパネラ学園、地下特別監視域。
「プリセラ、ちか、きら! ‥‥と、誰?」
 4人は宮本 遥(gz0305)、笠原 陸人(gz0290)と共にノアとAgの元に赴いていた。
「春夏秋冬 ユニよ。ノアちゃんの事は、娘から聞いているわ」
「ふーん、まぁいいや。おくすり、持ってきてくれたんだろ? 元気になるやつ!」
 寝床に腰掛けて満面の笑顔を向けるノア。
「どうした、の?」
 暫し沈黙が流れる。
「ノア。Agも、笠原君も、先生も聞いて」
 破ったのは、きら。
「私達は、ノアが眠る薬を択びました」
「‥‥え」
「ノアならきっと、眼を醒ましてくれるはず。Agもちゃんと、待っててくれるはず。‥‥私達はノア達の力を、信じ」
「やだ!!」
 真摯な言葉を、ノアの涙声が遮った。
「きら、嫌いだ!」
 刃のような一言が、少女を抉る。
「‥‥」
 唇を噛むきらの後を引き取ったのは、ユニ。
「このままじゃ、ノアちゃんは死んじゃうの」
「知ってる。だから元気になるくすり、欲しい」
「そうね。皆ノアちゃんが元気になれるように頑張ってるから、待ってて。このお薬を飲めば、眠ってしまうけれど生きていられるから」
 噛んで含めるように、優しく説く。
「やだ! それ飲んだら動けなくなるんだろ? Agと話も出来なくなるんだろ? イミないよ!」
「ノアちゃん、おばさんを信じて」 
「やだ!‥‥Ag、ノアやだよ!」
「ノア」
 助けを求めるノアにAgが、はじめて口を開いた。
「皆の言う事を、聞け」
 期待していたのと違う言葉に、ノアは目を潤ませる。
「‥‥Agはノアの事、嫌いになったのか? 騙したから? 嫌いっていったか」
「んな訳ねぇ!」
「じゃあ何で!?」
「‥‥こいつらは俺達に悪い嘘、つかなかったから」
 ノアの膨らんでいた尻尾がすーっとしぼんだ。
「だからノア、信じよう」
 ノアの頭の中に様々が巡る。グリーンランドの監視域、人質が乗ったバス。カンパネラでの日々。
 出てくるたくさんの顔は、確かにどれ一つとして、厭な表情をしていなかった。
 だから。
 長い沈黙を経て。
「‥‥わかった。でも、ひとつお願い」
 ノアは頷いた。
「‥‥眠る前、Agと二人で、おはなししたい」
「いいわ」
 遥は頷き、錠剤をAgに握らせる。
「Ag、頼むわよ」
 一同に目で合図を送り、ユニときら、陸人とともに踵を返した。
「ノア君‥‥起きたら、また一緒に遊ぶの。絶対なの」
「‥‥絶対、絶対笑顔でまた会おうにゃ」 
 名残惜しそうに、千佳とプリセラも後に続く。
「ちか、プリセラ!」
 扉の手前で、名を呼ぶ声に2人は振り返った。
 ノアが手を振り
「‥‥おやすみ」
 確かに、笑った。

 それから数十分後。
 ノアが眠ったことを確かめた遥は、バックヤードできらと、彼女が持ち帰った戦利品に向き直っていた。
「全力で解析を試みるわ。ありがとう」
「お願いします」
 陸人が淹れた紅茶を一口飲み、きらは言葉を探す。
「先生、笠原君、私。‥‥ただ待つなんて、無理」
「‥‥無理。そう」
 己に言い聞かせるように、紡ぐ。
「誰も出来ないのなら‥‥もっとたくさん勉強するから」
 それは決意であり、言霊。
「いつか必ず、私が薬を作る」
 未来を変える可能性を秘めた、言霊だった。