タイトル:【共鳴】いのちの欠片マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/15 13:16

●オープニング本文


●2009年12月 〜グリーンランド〜

 氷の平原に、バグア兵器の残骸が3機、黒こげになって転がっていた。
 アヌビスの上半身にレックスキャノンの下半身を無理やりくっつけた異形の機体だ。
 肌色のペイントは傭兵が放ったグレネードで黒く煤け、特徴的だったプロトン砲はどれもへし折られ砕かれ、原型を止めてはいない。
 為したのはもちろん、UPCの傭兵たち。
 そして彼らが高速艇で現地を離れて暫くした頃−−。

「‥‥ンだよ、Qが絶対の自信作って言ったから見に来たっつーのに」
「ンもォ〜〜 Agたん、膨れない膨れない☆ データが取れただけ、めっけもんサァ☆」

 距離的にはさほど遠くないバグアの隠れ家的基地。
 殺風景な居間のようなオフィスのような部屋で、二人の「ハーモニウム」が、モニタ画面を眺めていた。
 映像は肌色のレックスキャノンが8機のKVに屠られていく様を、淡々と再生している。
「あァン、僕のレックスキャノンのお尻がたくましいツノ(※注・バイコーンホーンらしい)にっ!? 敵ながらゾクゾクしちゃうよねっAgたんっ」
「ゾクゾクには同意しないが、傭兵も容赦ねえなぁ」
「ンッフ〜、そこに痺れる憧れるゥ」
「‥‥ま、次は精々頑張って強いの作ってくれや。と、俺は暗くなる前に帰るわ」
 画面全体に広がるグレネードの炎から目を逸らすと、Agはソファから立ち上がった。
 脇に置いてあった飛行帽を猫耳の上から無理やりかぶり、防寒グローブを手に嵌める。
「ああそッか、ノア置いてきたンだもんね。と、肝心なコトを忘れるトコだった、ちょっと待っててねェん」
 Qもぽんと手を叩き、ソファから立ち上がった。足早に隣の研究室へと身を翻す彼に、虎猫が苛立った声を投げつける。
「あァ? おまえ俺にクソ趣味悪ィレックスキャノン見せびらかす以外に、まだ何かあったのかよ」
「ノンノン、レックスキャノンのお披露目は、遠路はるばる来てくれたAgたんへのおもてなしサァ〜」
 そんなおもてなし頼んでない。
 言いたげなAgのもとに、Qが戻ってきた。手の中のものを、友人の掌に乗せる。
「はい☆」
「何だコレ?」
 それは直径3センチほどの丸い金属片だった。2枚あるのは、2人分だろうか。
「コインか? ニンゲンが使っているものとは違うみたいだが」
 厚さは一般的な硬貨よりやや分厚く、表面に文字らしきものが刻印されている。
「ン、幸運のお守りっていうか、いのちの欠片ってトコかな〜☆ ひょっとしたら役に立つかもしれないし、役に立つ前に全てが終わるかも知れないねェ」
「全然わかんねーんだけど」
「アッハァ〜ン、それでいいのさ! 何かの時に思い出せば、その時がきっと、使い時‥‥。大事にしておいてねェ☆」
 謎かけのような問答を、先に切り上げたのはQ。
「ふーん。ま、貰っとくわ。‥‥そのうちアザラシでも狩りにいこうぜ」
「オッケー。ノアによろしくねェ」


●2010年11月 〜カンパネラ学園〜

 ノアが突如倒れた日の夜遅く。
 監視域のバックヤードで、宮本 遙(gz0305)はAgと対峙していた。
「グリーンランドのねぐらに行きたいですって?」
 エミタ適性を持たない学園講師に危険が及ばないように、長躯のハーモニウムはメトロニウムの枷で動きを大幅に制限されていた。さらにすぐ後ろには、3人の学園生がAU−KVを装着して警戒にあたっている。
 多くの人間にとって、強化人間やキメラは恐れの対象となるものだが遥は全く動じなかった。
「あんたね。さっきあれだけ大騒ぎしてはいそうですか、って言って貰えるとは思っていないでしょう? いいこと、人間の組織を動かすにはそれなりの理由が要るの。あとできれば、『効果』もあるといいわね」
 教え子に話すのと似た調子で、Agにぽんぽんと言葉を投げる。
「ねぐらに‥‥Qがくれた『いのちの欠片』がある」
「『いのちの欠片』? なに、それ」
「何かはわからない‥‥でもQ、あいつはヘンなとこもあったけど、信頼できるやつだ。Qが『思い出した時が使いどき』って言ってた。だから今、あれがいるんだ」
「‥‥」
 まともな感覚では、お話にもならないレベルのやりとり。
「困ったわねえ」
 ブラックコーヒーを一口啜って天井を見上げる遥を、一人のドラグーンが呼んだ。
「宮本先生」
 Agの右後方、リンドヴルムで身を固めた笠原 陸人(gz0290)だ。
「こないだ授業で報告書を読んだんですけど‥‥『Q』は強化人間の治療薬を作るのに成功してるみたいです。ノアの分じゃなくて、ディアナさ‥‥」
「あ、こら」
 あわや捕虜の前での機密漏洩。横にいたドラグーンが、慌てて陸人の口を塞ぐ。
「ディアナが、どうかしたのか!?」
「あんたと話をしているのは私よ」
 陸人に食ってかかりかけたAgを、遥がぴしゃりと制した。
「‥‥」
 訪れた沈黙の中、頭をフル回転させ
(‥‥笠原の読んだ報告書が信頼できるものなら‥‥、Qが何らかの『可能性』を、友人であるAgに託している可能性は高い‥‥もしそれを入手できれば、ノアは勿論、確保しているハーモニウムを懐柔するのに役に立つわ‥‥)
「いいわAg。その願い、上にかけあってあげる。ただし」
 一旦言葉を切り、目を覗く。
「あんたの一挙一動は、ノアの命に繋がっていること。それを忘れては駄目よ」
 それは彼女にとっても、ひとつの賭けだった。



●2010年11月 〜グリーンランド〜

 チューレ基地からさほど遠くない北部の山間に佇むキメラ研究所兼製造工場。
 その建物は吹きすさぶ吹雪に埋もれることもなく、きらきらと妖しい輝きを保っていた。
 未だ人類が扱えない、バグアの科学技術を誇示するかのように。
 
 2人の科学者がコンピュータのモニタを覗き込む研究室の一角。
 文字の羅列の中身は、つい先ほど彼らの上司から送られてきた新しい命令書である。
「遺棄された『ハーモニウム』の拠点を、速やかに破壊しろと。‥‥ま、人類に次々捕まってるからなぁ、漏洩の芽は潰しておくにこしたことはない」
 きちんと椅子に腰掛けていた男がふぅ、と溜息をつく。
「人類に知られちゃ困る情報なんざ、連中が持っていたかねえ」
 一方、その左隣。椅子の背を抱えるように座っていた男は肩をすくめて見せた。
「命令は命令だ。とりあえず近場から片付けていこう‥‥」
 真面目な方が、キーをいくつか叩いた。命令書の画面の横にサブウインドウが開く。
「‥‥ここは‥‥ああ、あいつらの」
 それはかつての、人類側の駐屯地だった。朽ちてボロボロになった金網や街路、そして古びた廃バスが大映しになる。
「ああ、我々が合成した猫どものねぐらだ。‥‥俺たちが片付けるのは、ある意味筋が通っているかもしれない」
「え、おまえ出動すんの?」
「まさか。改良したリビングデッドの在庫、まだ残ってただろ?」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
山下・美千子(gb7775
15歳・♀・AA

●リプレイ本文



「チューレ基地」より南へ数百キロ。敵勢力のただ中に、UPCの北部駐在所はあった。
 傭兵たちがそこを訪れたのは、まだ夜の帳が周囲を覆っている頃合。
 紫の空から白い花が風に煽られて舞う最中だった。



●AM9:30 
 壁まで凍てつく駐機場。夜明け直前の温度は氷点下10数度の酷寒。
 開け放されたシャッター傍に停まっているのは嘉雅土(gb2174)のジーザリオだ。
 まもなく出発するのだろう、エンジンは既に駆動している。幌の色は作戦行動に合わせた白、素材も寒冷地用に取り換えられていた。
「ノア君の‥‥ううん、他のハーモニウムや強化人間のためにも」
 荷物スペースに愛機アスタロトを積み込みながら、プリセラ・ヴァステル(gb3835)が呟く。
 純白の機体で雪原を駆けるであろう彼女の表情に宿るのは決意だ。
「この依頼は完遂するの」
 雪を孕んだ風が吹き抜けた。
 ダウンジャケットを着込んだ白虎(ga9191)は首をすくめ、ジーザリオの運転席に乗り込む。
「いのちの欠片‥‥本当に、助けになるものなのかにゃ」
 知る人ぞ知るカオス集団「しっと団」総帥の顔つきも、いつになく硬い。
「そろそろ出発かにゃ」
 車載の時計とメーターを覗き込み、小さく頷く。クラクションに手をかけ、軽く押した。
 短く2回。警告音が、冴えた空気を裂く。
 それは、駐機場と薄い扉で隔てられた一室にも届いた。
 すなわち、擦り切れた合皮のソファが1台と丸椅子が数脚とテーブル、灯油ストーブが2台あるだけの休憩室に。

「出立だな」
 ついと椅子から立ち上がったのは須佐 武流(ga1461)。
 カールセルとケリュネイアブーツで身を固めたペネストレイターだ。
「この任務がハーモニウムの子達の未来に繋がれば良いのだけれど」
 ストーブ傍でアーミーナイフの手入れをしていた風代 律子(ga7966)も武流にならう。
「Ag君、一足先に行っているわね。ノアちゃんを死なせないため、私は全力を尽くすわ」
 ソファに居心地悪そうに座るAgに、視線を向けた。
「軽々しく、ノアの名を呼ぶな」
 不信と苛立ちが露わになった青い目に怯むことなく、言葉を続け
「その眼で良く確認しなさい。貴方達の事を真に想っているのは誰か、そして貴方達の下すべき決断とは何なのかを、ね」
 返事を待たず、駐機場に通じるドアノブに手をかけた。
 開いた途端、冷気が吹き込む。
 黒髪を風に乱し、武流が一言残した。
「Ag。バスに赴いて『欠片』の他に持ち帰りたいものがあれば持って帰れ」
「?」
「二度と戻れないだろうからな」
「ゴチューコク、イタミイル」
 何処かで覚えたらしい言い回しを使うキメラと目は合わせず、室を後にする武流。
(いのちの欠片か‥‥何を持って「いのち」か‥‥動いて言葉を話せばそうなのか‥‥)

 ジーザリオの車輪が凍る土を砕き、回り始める。
「ご武運をにゃー!」
 先行の4人を見送りに出たのは、西村・千佳(ga4714)。
 助手席のプリセラと手を振り交わし、小さくなる車両を暫し眺めた。



●9:50
 傭兵達が出発した駐在所、目的地である駐屯地跡。
 いずれともから100kmほど離れた山間に、バグアのキメラ研究所兼製造工場が在った。
 裏手の駐機場には、中型のヘルメットワームが一台鎮座している。
「全員乗ったか? 出発するぞ」
 ワームは使い込まれた旧型だ。帯びた任務は戦闘ではなく、輸送であることは想像に難くない。
 白衣の上に防寒衣を着込んだ科学者が、大声でキメラを誘導する。
「ハーイ」
「ミンナ、ノッタヨー」
 揃いの制服に身を包んだ人型のキメラたちは、行儀良くハッチからワームへと搭乗した。
 頭数を数えた科学者は一人頷き、操縦席に走る。
「収容完了。行こうか」
「おう」
 彼が座るのを待ち兼ねたように、既に操縦桿を握っていた男がコンソールを弄る。
 ふわりと、機体が空に舞った。
 途端、窓の外に、白い花が舞い散る様が広がる。
「ワーキレーイ」
「ユキー」
 キメラ達の歓声と裏腹に、科学者は億劫を隠さない。
「結局俺たちも出動か。吹雪くかもしれんな」
「仕方ないだろう、コイツらに報告とか判断とか出来ねえし。ま、我々は機体で留守番していようぜ」

 バグアの科学者が運ぶのは、合成獣キメラ。
 人間を強化した戦闘要員ではなく、あくまで使い捨てのキメラだ。



●10:00
 先行班が既に発った駐在所。
 ジーザリオが停まっていた駐機場では、中型の幌付きトラックがやはり暖機運転をしていた。
 幌付きトラックの中には既に嘉雅土とアレックス(gb3735)のパイドロスが積み込まれている。
「そういえば、アレックスは?」
 ミカエルの整備を終えた愛梨(gb5765)が、スロープを使ってトラックに積み込む。
 声をかけた相手は同じくハイドラグーンのナンナ・オンスロート(gb5838)。
「隊長なら、奥でAgと話していると思いますよ」
 ハンドル周りを弄りながら答えるナンナに、愛梨は眉を顰めた。
 Agは捕虜であり、作戦に必要な情報を提供する者でしかない。馴れ合いは人類としてとるべきではない。そう言わんばかりに。
「いい気なもんね」
 トラックの車輪止めにミカエルを固定し、助手席へと回る。荒っぽい足音から察するに、苛立っているようだ。
 ナンナはそんな愛梨を暫く見つめていたが、ついと時計に目をやった。バハムートから降り、休憩室に通じる薄い扉に視線を移す。
「時間ですね、呼んできましょう」


 Agは休憩室のソファに座ったまま、体を捻って外を眺めていた。
 青い目に映るのは鉛色の空と真っ白な地面、そして舞う白い花。彼に取っては懐かしい光景。
「ねぇ、チョコ食べない?」
 迎撃班として参加する山下・美千子(gb7775)が、ついと立ち止まる。
「?」
 怪訝そうなAgに構わず、取り出したるは板チョコ。包装紙を剥がし、中の銀紙ごと2つに折って、一片をAgの膝に載せた。
「ちょっと食べとくといいと思うよ」
 自分のチョコを一口かじって見せると、ストーブから離した丸椅子に戻ってゆく。
 Agは渡されたチョコの半片をしばらく見つめていたが
「俺より、ノアのほうが美味く食うんだ」
 膝上から指先でつまみ上げた。
 枷が嵌った手で、上着のポケットにしまおうとするが
「あ」
 上手く行かず、床に落とす。
「ほら」
 室の片隅で愛槍の手入れをしていたアレックスが目ざとく見つけ、半片を拾ってやった。上着のポケットに押しこんでからAgを眺め、ぷっと吹き出す。
「UPCの兵装かよ」
 なるほど彼の言うとおり。大柄なキメラは、兵卒の制服を着ていた。耳隠しに軍帽までかぶっている。
「カガトが持ってきた。さいずがコレしかないらしい」
「まぁ変装という意味では、悪くない選択だ。似合わなくもない」
 槍をAgから離し、アレックスは隣に腰掛けた。
 暫し、無言。ストーブの上のケトルが蒸気を吐く音が響く。
「Ag、詳しい話は後でゆっくりするが‥‥ディアナが、生きる為にバグアから逃げて来た」
「!?」
 青い目が、隣に在る緑の目を見返した。
 何故? 無事なのか? 会えないのか? 表面にめまぐるしく感情を映しながら。
「大分具合がやばかったんだが、Qが遺した薬で落ち着いたみたい、だ」
 アレックスは短く言葉をつなぐ。
「だから、今回の『いのちの欠片』も。きっとQは」
 アレックスはQの拘り──キメラと人体の融合──の理由を知っていた。
 力無き者はただ死を待つべきなのか? 否! その思想を。
 Q自身は得た力で傭兵と戦い死を遂げたが、共に居た少女にはひどく優しかったことも。
「ああ」
 再び、言葉が途切れる。
 破ったのは駐機場へ通じる扉を外から叩く音。
「隊長、発ちましょう」
 ナンナは一言だけ告げると、踵を返した。



●10:10
 6人の能力者と1匹のキメラを乗せたトラックが駐在所を後にした。
 荷台には千佳、嘉雅土、三千子、ナンナ、そしてAgと3台のAUKV。
 運転席についたのは
「タイヤが4つある乗り物ってのは慣れないけど面白いな」
 AUKVの操縦との違いに戸惑いつつも順当にこなすアレックス。隣には
「事故らないでよね」
 冷ややかな愛梨が腰を下ろしている。
 出発の頃から舞っていた雪は激しさを増し、フロントガラス一面に舞っていた。
「『いのちの欠片』を回収するまでは死ねねェよ。カンパネラで『トモダチ』が待ってんだ」
「‥‥トモダチ、ねえ」
 愛梨は窓外から、アレックスの横顔に目を移した。
「あんたってさ。結局は自分の好き嫌いで敵・味方を決めてるんじゃないの?」
「‥‥」
 会話が途切れる。
「あんたはQを殺した。『トモダチ』の友達を手に掛けた」
「‥‥」
「教えてあげたの? アンタの『トモダチ』に。俺がQを殺したって。Qは死体も残らないぐらい、無残に散ったって」
「‥‥それは、まだ」
 愛梨の鋭い声が、重なる。
「アンタは自分のことばっかりなのよ。アンタの『トモダチ』は友達を殺した男に、形見を持ってきて貰って命を繋ぐのよね。どうなのよそれって」
 糾弾ではない。むしろ、疑問に近かった。
「私がその立場だったら」
 含みを残して、口を噤む愛梨。
「俺は」
 暫しの後、アレックスがアクセルを踏み込んだ。タイヤが石を噛んだのか、車体が小さく跳ねた。
「‥‥ダチを助ける助ける為なら、身勝手だと、悪だと謗られても構わねェ」
 きつい言葉にも悪路にも怯まず少年は先を目指す。
 もちろん気がついていた。己の矛盾には。
 手にかけた男が遺した言葉。
「誰かを助ける事は、何かを犠牲にする事だ」
 その重さも。
「全てを救うには、俺の手は余りに小さいし短すぎる。でも、だからこそ絶対に『トモダチ』だけは助けるんだ」
 横顔に意思を貫く決意を見て取ったのか、愛梨は一言吐いた。
「勝手にしなさいよ」
 ぷいと窓外に、視線をそらす。胸でざわめいている苛立ちの正体に、少女は気づいていた。
 ああこれは、羨望だ。


 Agとノアのねぐら、すなわち人類の駐屯地跡。
 数百メートル離れた針葉樹林の影に、ワームは着陸した。
「ついたぞー、集合」
 操縦席の科学者がキャビンを振り返り、窓の外を眺めていたキメラを呼び寄せる。
 集まってきた12人、否、12匹を前にモニタの映像を切り替えた。
「注目」
 映しだされたのは朽ちた道路の端にうずくまる廃バスだった。見通しが良いのは道路側だけで、前後には崩れた建物、背面には錆びた金網が迫っている。
「これが『課題』だ。皆で協力して壊してくること」
「ハーーイ」
 反射なのか条件づけなのか。キメラは一斉に手を上げた。
「ワームを降りて森を抜けて、少し進めば『課題』のある駐屯地だ。人間が来ないとも限らないから、さっさと片付けてくるように。では、しゅっぱー‥‥」
「待て」
 ハッチを開きかけた男を、同僚が制した。
「見ろ」
 モニターを遠景に切り替え、顎でしゃくる。
 そこには。


 ジーザリオを駐屯地の入り口付近に停めた白虎は、周囲と手にした紙に、交互に目をやっていた。
「当時の地図を一応借りてきたけど‥‥どこまで当てになるか‥‥」
 腰からトランシーバをとり、先に偵察に行った仲間を呼ぶ。
「こちら白虎。様子はどうにゃ?」
 やや間をおいて。
「うにゅ、目的のバスは発見したの!」
 少女の声が返って来た。雪兎仕様のアスタロトを装着したプリセラだ。
「特に敵の気配は感じられないの。何かが居るといった雰囲気も、罠も皆無なの」
 白虎に応答しながらも、プリセラは瓦礫や建物の影への警戒を怠らない。エネルギーキャノンを構えながら、廃バスへと慎重に歩を進めてゆく。
「目的地へ到着なの」
 静寂の中、響くのはAUKVの駆動音のみ。
 と、そこへ。
「お待たせ」
 ドラグーンとは別ルートの偵察を行っていた律子が現れた。
「プリセラちゃんのいうとおり、誰かが潜んでいる感覚は、私も得なかったわ。油断は禁物だけど」
 言葉を裏付けるように、得物をナイフからハンドガンへと切り替える。
「了解。では僕と須佐さんも一緒にそちらに向かうにゃ」
 白虎は通信を切り、傍らに立つ武流を見上げた。
「さてっと‥‥いくか」
 青年も頷き、足を踏み出す。
 ブーツの踵が、乾いた音を立てた。


「バス付近に、2人。入り口付近に2人」
 モニタで「敵勢力」を確認した科学者は首をひねった。
「4人だけか? 何しに来たんだ人間どもは」
「ノアとAgから情報を引き出したのかもしれん」
 もう一人の男が、口を挟む。
「ふむ」
 興味深そうにモニタをのぞいていたキメラも喚いた。
「アイツラモ、ヤッツケル?」
「ミナゴロシ?」
「ん、ああ、そうだな‥‥」
 曖昧に頷く科学者を、もう一人が諫める。
「待てよ、一応チューレに報告したほうが」
「所詮4人だろ? こっちは12体だ。さっさと終わらせて早く帰ろうぜ」
「‥‥そうだな」
 意見一致。科学者たちは、改めてキメラに向き直った。
「行け『ハーモニウム』! お前たちにならできる!」
「オー!」
 安っぽい鼓舞に、歓喜するキメラ。
 それは物悲しくもあり、滑稽でもあった。



●10:25
 アレックスが運転する幌付きトラックの荷台。4人の能力者はそれぞれ「するべきこと」を行っていた。
 例えば三千子は、宮本 遥(gz0305)に取り寄せて貰った駐屯地の地図を広げている。
 手に入ったのはバグア襲撃前のものだから、参考程度にしかならないが、ないよりはマシだ。
「んっと‥‥大通りは東西と南北に2本‥‥バスが停まっているとしたらこの道のどこかだと思うんだ‥‥車庫かバス停か‥‥うーん、頭使うとお腹空いてきちゃうね」
 眉を寄せながら考え込むエースアサルトに、ナンナが微笑む。
「終わったら美味しいものでも食べましょう」
「うん!」
 三千子が無邪気に返す笑顔と、ナンナの笑みは本質が異なる。前者は感情の表出であり、後者は技術だ。
 口の端をあげながら、彼女は別のことを考えていた。
(「いのちの欠片」は最後の希望、というわけですね。‥‥絶望に変わらなければ良いのですが)
 阻止したいのは誰の絶望か。
 ノアか? Agか? それとも、別の想う誰かか。


 2人と反対側の端に座ったAgは、嘉雅土と千佳に挟まれていた。監視と護衛の意味もあるが、どちらかというと
「えーにゃん、エッジ、銀さん、エージ、タイガー。どれがいいかにゃ♪」
「虎ニャンでいいだろ」
 作戦行動中の「Agの呼び名」を決めるという、重要(?)な話し合いの為だ。
「Agくんの希望を優先するにゃよ☆」
「‥‥お前たちが呼びたいように呼べばいい」
「じゃあ虎ニャン」
 即答する嘉雅土に、Agが口ごもる。
「いやそれは‥‥それとえーにゃんはちょっと‥‥エージっていう人間は知ってるし、タイガーは虎だし‥‥」
「どれでもよくねーじゃんよ! じゃあエッジな、文句ないだろ」
「‥‥」
 軍服の裾から伸びた尻尾が、ぱたんと一度車床を叩いた。文句ないらしい。
「あ、Ag、じゃなかったエッジ。これから取りに行くブツは、何処に置いてあるんだ? まさか忘れたとか言うなよ」
「ああそれは、俺のだいじなもの置き場に‥‥」
 と。
「敵が来たにゃー!」
 会話を遮るように、ナンナのトランシーバーから白虎の声が響いた。
「揃いの制服、数は10体以上! 至急応援頼むにゃー!」
 切迫した叫びに、緊張が一気に高まる。
「隊長! 停止して下さい!」
 ナンナが運転席に通じる小窓を明け、首を突っ込んで怒鳴った。
 急停止したトラックからバイク形態のバハムートを下し
「後ろに乗って!」
 三千子をタンデムシートに乗せ、スロットル全開!
「俺達も行く。車とAgを頼む」
「了解、気をつけて行けよ」
 みるみる小さくなるアレックスと愛梨の背中を見送った嘉雅土は、空になった運転席に登った。
「エッジと西村も乗れっ」
 2人が座ったことを確かめ、アクセルを限界まで踏む。
「荒っぽく行くぜ!」



●10:35
 廃バスを確保した4人は、来襲したキメラの猛攻に必死で耐えていた。
「報告書にあったリビングデッドね!」
 バスの手前3メートルに陣取った律子が、ハンドガンを連射する。
 狙いは足。行動を封じるのが第一の目的だ。
 個々の戦闘能力は比べるまでもなかったが、数は2倍以上。おいそれと、防ぎきれるものではない。
「この子たちも戦争の被害者、何とか救う事は出来ないのかしら‥‥ッ」
 まして彼女は、来襲者の生命を奪うことに抵抗を持っていた。
 近接戦に持ち込まれてもなお、ナイフの刃先が鈍る。
「ドケ!」
 少年型キメラの蹴りが、律子の頬を掠めた。一筋の鮮血と、黒髪が雪上に散る。
「何が目的か知らんが、お前らの相手は、この俺だ!」
 バスの天井から、武流が跳んだ。
 律子に拳を向ける一体の顔面に両足飛び膝蹴りを炸裂させ、地面に着地。
 間を置かず繰り出したローキックで、もう一体の足を払う。
 転倒したところにスコルを打ち込み、まず一体を沈めた。
「生命をかけてバスを守れ!」
 バスを振り仰ぎ一声。そのまま次々襲い来るキメラに応戦すべく、拳と足爪を奮う。
「う、うにゅ!」
 エネルギーキャノンを構えたプリセラが、援護射撃の一発で応えた。
 竜の瞳と竜の角を発動、屋根に取り付こうとする一体に発砲。
「ギャアア!」
 人の叫びに似た鳴き声に、アスタロトの中の表情が歪む。
「近付いちゃ駄目なの!」
 ここで倒すことが慈悲と気持ちを切り替えるスイッチを押すが、なかなか入らない。
 それは彼女に限ったことではなく。
「頼む‥‥引き下がってくれにゃー!」
 黒いオーラを纏った白虎も同様だった。ガラティーンで少年型を傷つけても、治癒を担う少女が駆け寄ってくる。
 キメラと分かっていても、少女に剣を振るうのは本意ではない。
 数の面からだけではなく。
「ダメ、ダメなのよ!」
 感情を持つ能力者は、二重に不利といえた。
 バスに取り付くキメラは、いつの間にか複数体に増えている。
 プリセラのキャノンでも武流の蹴り技でも、剥がしきれるものではない。
 窓に手がかかる。
 ガラスが蹴破られる。
 そして遂に踏み込まれ──
「先にはいかせないよっ!」
 三千子の声が、凛と響いた。
 ナンナのバハムートから飛び降り、トマレを両手に構えて走る。
「援護します!」
 急ぎバハムートを装着したナンナは、スノードロップの引き金に指をかけた。
「グアアア!」
 虚をつかれたキメラに、強刃を乗せたトマレが炸裂。
 よろめいたところに次の手を叩き込むのは、白虎。
「10月に戦ったのと同じキメラ‥‥!」
 続いて到着したアレックスと愛梨も、それぞれ業炎と清姫を構える。
「オオゼイ、キタ‥‥」
「ドウシヨウ」
 キメラが戸惑う中、トラックも到着した。
「あれは、ハーモニウムか?」
 荷台から降りた嘉雅土が、パイドロスを装着。プロテクトシールドを構え、Agにそっと訊く。
「あの制服はそうだが、俺はあいつらを知らない」
「あの子たちはAgくんのお友達ではないにゃ。生き物でもないにゃ」
 以前、リビングデッドと対峙した千佳は苦しそうだ。
「グンジンガ、キタ!」
 リビングデッドの一匹が、Agを指差し、吼えた。
「ヤッツケナキャ! ミンナ ヤッツケナキャ!」
 バスに群がる者のうち4匹がアレックス、嘉雅土、千佳に襲いかかる。
「強行突破だ!」
 AUKVの2人が地を蹴った。メトロニウムの装甲でキメラをなぎ倒し、道を拓く。
「Agくんっ」
 獣の皮膚を発動した千佳がAgを先導するが、両手を拘束されたAgの動きは、思いの外鈍く
「にゃ!」
 AUKVと間隔が空き、キメラたちに囲まれてしまった。
「にゃー! お友達には指1本触れさせないにゃ!」
 千佳は自分よりはるかに大きなAgを必死に庇うが、4匹を振り払うまでには至らない。
「まずいな」
 バス近くまで走った嘉雅土が振り向く。目が合った。Agと。
「カガト!」
 瞬間、Agは叫んだ。
「行ってくれ! 『アレ』は、バスの運転席の下ーー」
「しーっ!」
 予想外の展開に、千佳が文字通り飛びついてAgの口を塞ぐ。
 そのままくるんと身を返し、近づく2体を獣突ではじき飛ばした。
 が、キメラたちもAgの言葉には気がついたらしい。
「『あれ』‥‥?」
「ナニカ、アルノ?」
 千佳の獣突を避けた2匹が、踵を返しバスへと走る。
「あンのバカ猫‥‥!」
「そう言ってやるな、Agは俺達を信じてくれたんだ」

 道路に面したバスの一片は、瞬く間に修羅場になった。
 窓枠にしがみつき侵入しようとするキメラを天井から迎撃するのは
「こいつらが‥‥いのち? 違う! 明らかに違う!」
 武流の蹴り技、そして
「邪魔は許さないの!」
 プリセラのキャノン。
 扉付近を守るのは白虎と三千子。2人の狙いは殺戮ではなく、戦闘能力を失わせることだ。もっともそれすら
「帰しても処分されるなら‥自分の手を汚さない僕が‥‥一番酷い奴なのかな‥‥だとしても!」
 葛藤を伴うものではあったが。
「今だ!」
 仲間によって作られた隙を、アレックスと嘉雅土のAUKVが駆ける。
「行きなさい! ハーモニウムとリビングデッド、どっちも似たようなもんだと思うけど!」
「私は大丈夫です。先に行って下さい。ここは食い止めます」
 追撃に転じようとする勢力は、愛梨とナンナのAUKVが封じる。
「待ってにゃー!」
 追いついてきた千佳が、先行く二人に合流。3人と1匹は道路の裏へと走り、金網との狭い隙間に身をねじ込んだ。
「早く入れ!」
 アレックスの背中を踏み台に千佳、Agが車内に飛び込んだ。次いで乗り込んだ嘉雅土は、周囲に視線を配るのを忘れない。
「よし!」
 まっすぐバスの運転席に走るAg。しゃがみ込み椅子下をごそごそと探り、埃と一緒に掌サイズの布袋を取り出した。
 嘉雅土が手際よくウォレットにそれを収め、Agの首にかける。
「うに、大切な物だからしっかり守ってるにゃよ? ノアくんの為にも」
 千佳が念を押しながら、軍服の下に隠した。
「退出だ」
「待ってくれ」
 Agが今度はバス後部に走った。一番後ろの長椅子に放り出された鞄を手に取る。
「ノアのお気に入りだ」
 侵入経路に戻りかけた二人と一匹のすぐ傍で
「ん、それも大事に持ってるにゃ‥‥ッ!?」
 轟音が響き、リビングデッド達が乱入してきた。
「ちッ」
 嘉雅土がAgの首ねっこを掴んで窓からアレックスに向けて放る。
「西村も行くぞ!」
「にゅ!」
 ついでに千佳も放り投げ、最後に自分が身を躍らせた。
「長居は無用だ、一気に走るぞ!」
 アレックスの先導で、三人と一匹が走る!
 道路側に出た途端、生き残りのキメラたちが群がってきたが足は緩めない。
 彼らの狙いは
「グンジン、ナニカ、モッテル!」
「アレ、ダイジ!」
 Agの抱える鞄だ。
「見事に騙されてくれてるなあ」
 AUKVの中で嘉雅土がにんまりした瞬間。
「!」
 Agの被る軍帽を、キメラの放った光線銃のビームが掠めた。
「オマエ」
 発動し輝くフォースフィールド。吹っ飛ぶ軍帽の下から現れた猫耳。
「‥‥ハーモニウムカ?」
 一瞬の静寂。
「ホントニ、ウラギリモノカ?」
 詰問。
「俺は‥‥!」
 逡巡。
 破ったのは。
 
「Ag君! 走るの!!」
 バスの上から発砲したプリセラだった。
「ゴメンね。君達は助けられないのー‥‥だからせめて!」
 装甲の中で、彼女がどんな表情をしているのかは見えない。だがトリガーを引く『狩人』の指に、躊躇いはなかった。
「ギャアアア!」
 エネルギー弾がキメラの肉を焦がす。
 慌てふためく隙をついて、嘉雅土がペイント弾を込めたパラキエルを連射した。
「グアアア!」
 視界を蛍光色で染められたキメラ達が悶絶する間に、アレックスがAgを担ぎ上げる。
「突破する!」
 その声に、ナンナが従った。
 彼女を先陣に「荷物」を抱えたアレックス、嘉雅土、千佳。しんがりを勤めるのは愛梨。
「ニガサナイ!」
 バスから離れたキメラ達が追撃に身を転じる。
「くそっ」
 Agを抱えている分、アレックスは速度が出ない。少しずつ差が、縮まる。
 そこへ。
「Ag君、抱えている鞄を『落として』」
 追撃隊を牽制する律子から、通信が入った。
「駄目だ、これはノアの‥‥!」
「ノアちゃんは鞄よりも、あなたが無事であることを選ぶわ」
「‥‥」
 数秒の後、Agは律子に従った。すかさず並走していた千佳が拾い
「大変にゃー! 大事なかばんがおちたにゃー! でも僕が拾ったから安心にゃー!」
 叫びながら、走ってきた方向へと瞬天速で駆けた。
「ワタスナ!!」
 実にわかりやすく、キメラの大半が千佳へ照準を移す。
 ノーマーク同様になったAUKV隊は何とかトラックにたどり着いた。
 AUKVをパージしたナンナが運転席に滑りこみ、三人と一匹が荷台に乗ったことを確かめアクセルを踏む。
「見捨てるのか!?」
 急発進した途端、Agが叫んだ。彼の視線はキメラと戦う能力者達に注がれている。
「人間は仲間を、こんな風に──!?」
「違う」
 アレックスが短く制し、親指で示した。その先には。
「信じてるんだ!」
 同じく親指を立てて返す、三千子の姿が在った。


 Ag達が十分離れたことを確かめた4人も、ジーザリオに飛び乗り脱出しようとしていた。
 囮役はバイクモードのアスタロトを駆るプリセラと、鞄を持ったままタンデムした千佳。
 2人が目をひきつける一方で、武流がボンネットに飛び乗ってくるキメラを迎撃する。
「行くぞー!」
 往路同様、ハンドルを握るのは白虎。しばし走ったところで、助手席の律子がトランシーバに向かって叫ぶ。
「千佳ちゃん、その鞄を『落として』」
 数秒後、アスタロトの後部座席で千佳が大声を上げた。
「にゃー、だいじなかばんがー!!」
 後方にすっ飛んでゆく鞄に群がるキメラを尻目に
「うにゅ‥哀れなの‥‥」
「そうだにゃ‥‥」
 プリセラはスロットルを開け、白虎はアクセルを踏んだ。



●21:30
 カンパネラ学園本校舎エリア研究棟地下層「特別監視域」。
 帰還した傭兵たちは、遥に回収物を手渡していた。
「これが、いのちの欠片‥‥」
 それは金貨に似た金属片だった。表面に何か模様と、文字らしきものが彫りこまれている。
 依頼主である遥は金属片を照明にすかしたり、眼鏡を近づけて覗き込んだりしていたが
「見たところ、薬そのものではなさそうね。この文字は何語かしら。わからないわ」
 即時での結論付けは諦めたようだ。
「先生、それは本当に治療薬かにゃ」
 白虎が、神妙な顔をして呟いた。
「どういう事?」
「それを作ったというQ‥‥。彼の倫理観は独特にゃ。悪意があるとは思わないけど、何があるかは分からないから、慎重な取り扱いと調査をお願いしたいにゃ」
「それが本当に薬足りえるかどうかはともかく、知識の塊なら色んな人にとってキーアイテムになると思います‥‥その方の悪意や善意に関わらずです」
 ナンナも、横から言葉を添える。
「成程ね。たしかにちょっと変わった子だったようね、Qは」
 遥は鷹揚に頷き、金属片を研究用のボックスに収納した。
「先生、私達は悪魔の箱を開けるかもしれない。ただ助けたいという気持ちが、全体の利益を損なうことはよくあることです」
「僕は、顔を覚えた人に死なないで欲しいだけだにゃ」
 そしてなおも不安げな二人に向き直る。
「調べてみないと何ともいえないわね。学内に、Qのアジトから発見されたビデオを解析した学者がいるの。彼女に依頼して、結果が分かり次第連絡するわ」
「はい、お願いします」
 ナンナがぺこりと頭を下げた。入れ替わりに嘉雅土が口を開く。
「ノアとAgは?」
「あんた達が出発してすぐ、目を醒まして持ち直したの。だから一旦箱庭に戻したわ。笠原が休日潰して、落ち着いて休める寝床を作ったのよ。学校の勉強もそれぐらい真面目にすればいいのにねえ」
 微笑み、箱庭を見渡せるモニタを指で示す。大きな木が茂っているあたりに白い天幕が見えた。
「仲直りして元気になったのかにゃ?」
 千佳が顔を輝かせる。
「仲直りはともかく、多分元気にはならないわ。小康状態ってとこね」
「‥‥」
 アレックスが悔しそうに俯く。
「うにゅ〜これで、上手くいってくれると良いの‥‥!」
 プリセラは祈りを込めて、モニタに視線を注ぐ。
 任務は完遂したのに、どこか重苦しい空気。 
「心配しなさんな、あんたたちの努力が無駄にならないよう全力を注ぐわ。カンパネラの頭脳を舐めるんじゃないわよ?」
 遥の言葉も、彼女自身をを鼓舞する類のものでしかなかった。 



●12:00
 傭兵たちがカンパネラ学園への帰途についた頃。
 グリーンランドでは、件の科学者2人がキメラ研究所兼製造工場へ帰還していた。
 往路はキャビンではしゃいでいたキメラの声が、今はひとつも聞こえない。
 それもそのはず、ワームには彼ら2人しか乗っていなかったのだから。

「とんだ骨折り損だったな」
 男は座席に投げ出された鞄を睨み、ため息を付いた。キメラが後生大事に抱えてきたガラクタで、中身は車のカギとマタタビの小枝だけ。こんなものを嬉しそうに差し出したものだから、彼は思わず光線銃で、その額の中心を撃ちぬいてしまっていた。
「何かしら偽装をされたと考えるべきか? 猫どもに限らず『ファースト』にたいした情報を与えたつもりはないが」
 もう一人の男は考え込み
「‥‥Qか」
 思い当たったように、亡き少年の名を呼んだ。
「可能性はあるな。猿の頭脳は飛び抜けていた。『ファースト』の連中は無駄な仲間意識を持っていたし、猿が『成果』なり『過程』を預けていたとしてもおかしくはない」
「猿の研究を、把握している者はいないのか?」
「確かいた。ハルト? 春遠? そんな名前の奴」
「そうか。今度基地に戻ったときに、調べてみようか」



 散らばっていた点が、線に繋がり始める。
 線が示す先は、未来か、絶望か?