タイトル:戦う理由を教えて下さいマスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/27 15:08

●オープニング本文


 カンパネラ学園。
 ラスト・ホープに付随する人工島に建設されたそこでは、日々年若い能力者たちが特別な教育を受けている。
 基本は全寮制であるが、ラスト・ホープ本島および周辺学研都市に家族を持つ生徒は、自宅からの通学も認められていた。
 家族。
 近しい者が能力者であった場合、その反応は様々だ。
 1000人にひとりであるエミタ適性、そしてエミタ埋め込み手術を、喜んで受け入れられる者ばかりでは、決して無い。
 否、そこまでは渋々受け入れたとしても。
 近しい者が「世界を護るため」に、その身を危険に晒す不条理。それを許せないものは少なくなかった。
 彼らの言い分は、こうだ。
「バグアと戦うのは別に、他の大勢の能力者でもいいじゃないか」
 地球が危機に頻している状況下では、エゴ丸出しの我侭勝手な主張と映るかもしれない。
 しかし多くの人間にとって、世界の核は自分であり家族であり近しい者であり、それらは取替えの利かないマスターピースなのだ。
 規範と、情緒。どちらかが間違っているわけでも、排除されるべきものでもない。
 ただひとつ確かなのは。
 板ばさみにあって悩み苦しむのは、能力者であるということだ。



 ラスト・ホープにほど近い学研都市、その一角に建つ小さなマンション。
 某メガコーポレーション関連企業の営業部に籍を置く南 淳紀は、カンパネラ学園生徒である弟、笠原 陸人(gz0290)とダイニングテーブルを挟んで睨みあっていた。
 テーブルの上には、陸人が先日受けた小テストの答案用紙が広げられている。
 先手を打ったのは、兄だった。
「リク、僕は君の‥‥否、能力者の立場が特殊であることは理解しているつもりだ。だけど、この数学の成績は酷いと思う」
 眼鏡の縁を指で押さえつつ、赤ペンで印のつけられた答案を指差す。たくさんの×の中に、大きく25、と点数が記されていた。ちなみに100点満点である。
「こ、これはたまたま‥‥方程式とか苦手だったから‥‥!」
「得意不得意があるのはわかるよ。でも25点だぞ? 100点満点の25点。理解すべき内容の4分の1しかわかってないってことだぞ? それでなくてもカンパネラは、一般の進学校には、授業レベルが及ばないというのに」
 淳紀は言葉を切り、瞑目した。陸人はその隙にそーっとテストを手元に引き寄せ、小さく折りたたみ腕の下にしまう。
「おれは能力者だし‥‥勉強は買い物とかが出来ればそれでいいかなーって‥‥」
「君に能力者として、類稀な才があるならそれでもいいさ。でも、そうじゃないだろう? リクのエミタ適性は、平均かやや下ぐらいだと先生に伺っている」
 静かだが異を挟ませない兄の口調に、陸人は危機を感じていた。営業マンである彼に口で勝てるとは最初から思っていないが、穏やかなのがとてつもなく恐ろしい。そもそもカンパネラ学園に在籍すること自体を良く思っていないだけに、尚更だ。
「‥‥ジュンキは何がいいたいのさ」
 陸人は俯いたまま、ぼそりと問うた。
 エミタ手術を受けたのは、唯一の家族となった兄を、守りたいと思ったからだ。だけど彼は、それを望んでいないことも知っていた。
 望まれているのは−−。
「リク、今からでも遅くない。普通の学校に転校しないか」
 テーブルの上に、学校のパンフレットがそっと置かれた。紺色の表紙に金色で「全寮制男子校 私立白薔薇学園」と銘打たれている。
「きちんと勉強しなおせば、まだ間に合う。きちんと進学して、就職して。わかるかいリク、今は大事な時なんだ」
 普通で、あること。
「おれは能力者だよ! 戦う責任がある!」
「じゃあ僕にはリクを、真っ当な大人にする責任がある。君の亡くなったご両親も、それを望んでいると思う」
「ジュンキの言う真っ当って何さ」
「少なくとも根無し草の傭兵生活で、戦場で部品のように使い捨てられる人生ではなく、いつか大切な人と出会って、幸せな家族を持つ人生かな」
 バグアが攻めてくる以前に作られた「普通」に乗っかって生きること。
「あんた何言ってんの? そんなのバグアをやっつけてから考えればいいんだよ! おれは卒業後、そりゃUPCに行きたいけど無理なら傭兵でもかまわないよ! それが幸せじゃないって、なんでジュンキが決めるの!?」
「戦争で英雄になることは、もっと才のある能力者に任せておけばいいんだよ。リクにはリクの身の丈にあった幸せがあるし、それに」
 これは僕のエゴだけれど。 兄は前置きして言葉を継いだ。
「君が戦死した世界なんて、僕にとってはバグアが征服した世界と同じぐらい、絶望に満ちたものさ」


 自室に引き上げた陸人は、寝床にひっくり返って天井の染みを眺めていた。
 兄の言い分は、わからないでもなかった。陸人自身兄に言われるまでもなく、己の能力が突出したものでないことは理解していた。
「おれが戦いたい、まもりたいと願うことは‥‥」
 身の程知らずで、間違っていて、誰かを不幸せにすることなんだろうか?
 自問自答しても答えは出ない。更けゆく秋の夜、17歳は何度も寝返りを打った。
(いやでも、白薔薇学園はカンベンして欲しい‥‥)



 翌朝。
 カンパネラ学園に登校した陸人は、職員室に宮本 遙(gz0342)を訪ねていた。
「白薔薇学園! ちょっと面白すぎるんだけど! 入学してレポート送ってよ!!」
「笑い事じゃないですよ先生‥‥僕は真剣に悩んでいるんですからっ」
 兄が寄越した転校先候補のパンフレットに爆笑する講師に、悩める17歳は思わず愚痴をこぼす。
「そこに入学するのは絶対に嫌だけど、兄の言うこと自体はわからないでもない気がしてきて。僕はどうしたらいいのか、どうしたいのか。わからなくなっちゃったんです」
「それにしてもわかりやすく、アイデンティティを見失ったわねえ。笠原ぐらいの年齢にはありがちなことだけど」
 うな垂れる教え子の姿に、遙は思わず苦笑した。手にしていたパンフレットを返し、冷めたコーヒーを一気に流し込む。
「そういう時はね、私なんかじゃなくて、迷ってない連中と話をするといいわよ。放課後とかどうせ暇でしょ」
「迷ってない連中?」
「自分の選んだモノゴトに、理由と責任を持ってる連中よ。もちろん彼らのそれが、そのままあんたの答えになるわけじゃないけどね。いいこと笠原」
「はい」
「どうしたらいいのか、どうしたいのかわからないっていうことは」

 責任を取りたくない、決めて欲しいって言ってるのと同じよ?

●参加者一覧

アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
L45・ヴィネ(ga7285
17歳・♀・ER
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF

●リプレイ本文


 カンパネラ学園、学生食堂、16時。
 聴講生−−自らの意思で学びに来る傭兵−−講座があった為かか、普段よりも人の数は多い。
 窓際の丸テーブルでカフェラテを楽しむ獅月 きら(gc1055)もその1人だ。
 「講座、面白かったね」
 一方、向かいに座る橘川 海(gb4179)は学園生。
 立場は違えど、講座で隣席になった間柄。2人はすっかり打ち解けていた。
「遙先生のお話は興味深いから、次回が楽しみ」
 教科書を広げるきらが、海には少し不可解に映る。
「私はAU−KVの実習が好きだけどなぁ」 
 どうやら彼女は、実践派のようだ。
 と、そこに。
「早速復習とは熱心ね」
 先刻の講座で教鞭を執っていた宮本 遙(gz0305)が現れた。
「獅月、橘川。ご一緒してもいいかしら?」
「勿論です、どうぞ」
 まずトレイを、その後抱えた書類をテーブルに置く遙。
「先生、それは?」
 きらが声を上げた。書類の中に「白薔薇学園」と記された、男子校のパンフレットを見つけたからだ。
「ああ、昼休みに笠原が持ってきたの。進路相談で」
 途端。
「陸君転校しちゃうのっ?!」
「橘川?」
「海ちゃん?」
 海ががたんと席を立ち、食堂の外へと走っていった。
 取り残された2人は呆然。暫くして、きらも立ち上がる。
「ん、私もいってみますね」

 所変わって、生徒会事務部部室。
 雑用係の笠原 陸人(gz0290)は机の上に紙を広げていた。
「‥‥生徒会定期報告会のお知らせ、と」
 行事のポスター作りは、彼の仕事であり趣味である。しかし作業は、前触れなく中断するハメに陥った。
「陸君!」
 勢いよくドアをあけ、海が入ってきたからだ。
「海ちゃん?」
 驚く陸人に構わず、無駄なく間合いを詰め、がっしと両肩を掴むハイドラグーン。
「私は陸君が転校しちゃうの、さみしいよっ?!」
 溢れる純粋な感情とともに、激しく揺すられる肩と頭。
「う、うみちゃ‥‥世界が‥‥ゆらy‥ら」
 無論、海に悪気はない。
「りっくん、こんにちはー」
 きらが訪れた時、陸人がかくーりとなっていても、それは事故なのだ。

 かくして10分後。
「もう、転校はしないよぉ」
「なーんだ、びっくりしたぁ」
 早とちりに気がついて舌を出す海を、きらは微笑みながら見つめていた。
 そして瞳はついと逸れ
「そうか、2人とも遙先生に聞いて来てくれたんだ。ごめんね」
 曖昧に笑う少年を映す。
「ん、心配したよ。でも、心配してないのも本当」
「?」
 禅問答のようなきらの答えに、陸人は目を丸くする。
「りっくんのほんとの気持ちなら、どんな答えでもそれが正解だと思うから」
「ほんとの気持ちかー」
 意図は、理解できたようだ。
 だが答えは、定まっていないようで。
「わかんないんだ。あ、白薔薇学園にはいかないけど」
 押し黙る。
「じゃあこれからも学校で勉強したり、依頼も一緒に行けるね!」
 海が笑顔を向けるも
「うん。でも」
「でも?」
「僕は兄に借りがあるから。わがままだけで、生きちゃいけない気はしてる」
 どこか煮え切らない。
「りっくんのいう『借り』って、なに?」
「ひとつは兄の『現在』を、僕が邪魔してるってこと。もうひとつは、昔住んでた街がバグアに襲われたとき、僕を助けるために兄の両親が亡くなったこと」
「そう、なんだ」
 きらは頷いた。同級生の語る内容は、珍しいものではなかった。
 だが「ありふれている」ことは、癒しにも救いにもならない。彼女はそのことも、よく知っていた。
「僕のいのちは、兄の両親が繋いでくれた。だからエミタ適性が見つかって、嬉しかった」
「?」
「産みの親を早くに亡くしたらしい僕が、生きてる意味がわかった気がしたから。僕を育ててくれた人が守りたかった『兄』を、代わりに守るために、僕は在るんだって。でも」
 兄にはわかって貰えないんだよね。どうしてだと思う?
 首を傾げる陸人を前に、海ときらは顔を見合わせた。
「私のお母さんも、鐘学に入るとき何か言いたそうな顔してたけど‥‥」
「りっくん。私は家族を失った真っ暗な世界を知ってる。だから、お兄様の気持ちも‥‥わかる。傭兵はコマ、取り換えのきく兵隊さん。だけど、それだけじゃない事も、傭兵になって分かった」
「うん、僕もそれは感じるよ。ここできらちゃんや海ちゃんに会えてよかったって思ってる。でも兄が望まないことを、僕が望むのは正しいのかな」
「‥‥」
 おそらくは正解などない問い。3人とも、押し黙る。
 間を埋めるように、電子音が響いた。陸人の携帯電話だ。
「はい笠原‥‥ヴィネさん? え、学園に来てるんですか?」



 というわけで再び戻った学生食堂。
 最奥の席で、陸人はL45・ヴィネ(ga7285)と向かい合って座っていた。
 はちきれんばかりの胸をブレザーに押し込んだ少女の姿に、男子生徒がちらちら視線を向ける。
 とはいえヴィネ当人は気にするでもなく
「陸人、あの2人はなんだ?」
 顎で少し離れた席を示した。金髪と薄紅色の髪の少女が2人、新聞の隙間から様子を伺っている。
「‥‥尾行‥‥いや、つきそい‥‥というか、友達です」
「‥‥相変わらず日々楽しそうだな。ところで白薔薇学園とやらに転校すると聞いたが」
「ちょ、ヴィネさんまで。誤解ですよぉ」
「そうか、ならばいいんだ」
 苦笑するヴィネと口ごもる陸人は、運んできたメニューにそれぞれ手をつけた。
 栗とチョコアイスが可愛らしく飾り付けられたパフェと、ブラックコーヒーだ。
「よくそんな甘ったるいものが食べられるな」
「ヴィネさんこそ、そんな苦くて熱い汁が飲めますね。僕より年下とは思えない」
「経験値の違いだ」
「経験値か。‥‥ヴィネさんは能力者とか傭兵になって、後悔したことってあります?」
 眼鏡を指先で持ち上げ、ヴィネはブラックコーヒーを含んだ。
「私は正直な処、幸せになりたいとか誰かを幸せにしたいとか、そんな事は考えた事が無かった。能力者になった切欠も、父親面して私の人生を縛ろうとしてくる男への当てつけだったしな。いや、事実父親だが」
「ハンコーキってやつ?」
「かもな。とにかくあいつから一刻も早く解放されたかった、それだけなのかも知れない‥‥だが」
 ヴィネは言葉を切った。コップの氷がからんと音を立てる。
「それでも後悔した事は一度だって無い。色々な知識や経験を得、様々な友や愛しい義姉達にも出会えた。陸人、お前ともな」
「て、照れます」
「ふふ。友や義姉達の為に、微力でも力になりたい。それが私の戦う理由だ」
「そうですか‥‥」
 ヴィネに目をむけたまま、陸人はスプーンでアイスをすくう。ヴィネは頼りない友人に、畳み掛けるように訊いた。
「‥‥で。陸人。お前はどうしたい?」
「どうしたいって?」
「お前の人生はお前のものだ。兄のものでも、無論私のものでもない。誰が何を言おうが関係無い。お前はお前のやりたいようにやれば良い。私はそう思う」
「本当に、それでいいの?」
 勿論。
 ヴィネが頷くより一瞬早く、またも無粋な電子音が響いた。今回も陸人の携帯電話が音源だ。
「あ、もうこんな時間。ヴィネさん時間あいてます? 今日宮本先生が紹介してくれた傭兵さんが2人僕の家に来るんですけど、よかったら一緒にごはんどうですか? きらちゃんと海ちゃんも来るよねー?」



 秋の短い陽が暮れ落ちた午後7時。
「ああ、もうこんな時間か」
 夕闇の中、南 淳紀は家路を急いでいた。地味なスーツに銀縁の眼鏡をかけた、ありふれた会社員である。
 強いて違いをあげるとしたら、彼の「弟」は能力者であるということぐらいか。
「リク、腹減らしてるかな」
 ひとりごち、古びたマンションに入る。階段で3階まで上がり、金属の扉を開けて
「ただいまー」
 そこで、絶句した。

「おかえりなさい、陸人さんのお兄様」
 2DKの茶の間には、折りたたみ座卓が広げられていた。
 しかも冷製かぼちゃのスープ、サーモンムニエル、牛のパイ包み、サラダなどが所狭しと並んでいる。
 否、特筆すべきはそこではない。座卓を大勢が囲んでいるのだ。
 3人は弟と同じ年頃の少女、もう1人は一見若そうに見えて大人な気配も漂う女性、さらにもう1人
「ジュンおかえりー」
 自分と同世代の男が、陣取っているではないか。
「リク、友達が来るなら前もって言っておいてくれ」
「おれ昨晩言ったよ? アンタ酔っぱで頭にネクタイ巻いて帰ってきたから覚えてないかもだけど」
「‥‥そ、そう」
 弟の証言は全く記憶になかったが、とりあえず争わず座る兄。
「あ、紹介するね。兄です。ジュンキ、右からきらちゃん、海ちゃん、ヴィネさん、春夏秋冬 ユニ(gc4765) さん、そんでもって」
「アッシュ・リーゲン(ga3804) だ。よろしくな、ジュン」
 件の年長の男が、陸人の言葉を引き取った。缶ビールを寄越してくるが、淳紀は受け取らない。
「弟のお友達ですか? カンパネラは受け入れ年齢が広いんだな」
「いや、俺は学生じゃない。傭兵だ」
「そうですか。では弟とは、違う世界の方ですね」
 堅い表情の一般人に、若干気色ばむアッシュ。
「それ、何でアンタが決める?」
「何故? 僕はリクの保護者だ。リクの幸せの土台をつくる義務がある」
「義務ねぇ」
 アッシュは肩をすくめ、缶ビールのプルタブを起こした。
「『幸せな人生』って言うのは『何時、誰が、何を基準にして』判断するんだろうな?」
 一口含んでから、訊く。口調は軽いが、真剣な眼で。
「俺は14、5の時から『命があるから生きてるだけ』って感じるようになってな。18、9の頃にそれが我慢出来なくなって、失踪同然で家を出て色んなトコ見て回ってそしたらいつの間にか銃を握ってた、つーワケだ」
「‥‥根無し草って奴か」
「ジュンキ、失礼だろ!」
 眼鏡ごしに冷たい眼を向ける男と、傭兵の卵的少年を交互に見つめ、ぽつぽつと言葉を繋ぐ。
「‥‥ま、撃たれたり落ちたり餓えたりと死にかける事も多かったが、そういう時にこそ「生きてる」実感は湧いてた。胸を張って『楽しい人生だった』と言えるぜ。ジュンはどうだい? 人生楽しいかい?」
「あなたには家族はいますか? いない筈だ。いたらそんなこと言えるはずがない」
「生憎妹がひとりな。能力者になってるが辞めろとは言わない、歩く道を選ぶのも『歩く本人』だけの権利と、こっちは『義務』とも思ってる」
「僕がリクを大切に思うことは、リクの権利を侵害していると?」
 感情を露にした淳紀に、アッシュはにたりと笑った。
「ムキになるってことは、思い当たる節があると見た。違うかい?」
 視線を陸人に向け、続ける。
「ま、そんなわけでリク。俺に言えるのは『後悔の少ない最期』を迎えようぜってことだ。それぞれを選んだ時に今何を得るか、失うか。選んだ先で何を得られそうか、失いそうか。それらを良く考えろって事」
「後悔の少ない最期‥‥」
 もごもごと繰り返す陸人に、ユニも声をかけた。
「あなたにとってお兄さんが大切なように、お兄さんにとって陸人さんは、何より大切なんですよ? 私にも子供がいるので、よくわかります」
「はい」
 俯く少年を慈しむように見つめた後、淳紀に向き直る。
「お兄さんも。弟さんはもう子供じゃないんです。彼の生き方を尊重して、後ろから手助けをするのが保護者の役目ではないでしょうか?」
 滲み出る母性が、仲直りを促したのか。兄弟は何とはなしに、顔を見合わせた。
「リクの生き方か。きみは、どうしたいんだ?」
「とりあえず、白薔薇学園には転校したくない」
「あの学校が厭という意味で?」
「そうじゃない。おれは」
 しばし沈黙。
 陸人は、右手を左手で押さえて口を開いた。
「ジュンキが心配してくれてるのは知ってる。でも」
 掌のエミタに力を借りるかの如く。
「でもやっぱり、能力者でありたいんだ。この先も心配かけるかもだけど、力は手放せない」
「何故拘る?」
「父さんと母さんに助けてもらった意味がなくなるから」
「意味?」
「おれね、あんまり適性は高くないけど、それでも普通の人間よりはジュンキを守れるだろ。ジュンキを守れないと、父さんと母さんはきっと悲しむから。だから」
 ようやく意思を伝えた。
「‥‥リク、きみは」
 何かいいかけた兄を遮るように、電話のベルが響いた。今度は携帯ではなく、固定電話だ。
「リク、電話。西村・千佳(ga4714)って子」
 小声で電話に出る陸人を眺めつつ、アッシュが呟く。
「んじゃま、俺らはそろそろ引き上げるかなっと。なぁジュン、リクはいい弟だと思うぜ?」



 千佳の電話から30分後。再びカンパネラ学園。
「千佳さん!」
 人気のない中庭の水銀灯の下、ベンチに座る千佳を見つけた陸人は、その姿に絶句した。
「あ、笠原くんわざわざ呼び出してごめんにゃ?」
 ワンピースから覗く細い手足に、包帯が巻かれていたからだ。
「どうしたんですかその怪我! ってかそんな身体でどうして!」
「迷惑じゃなかったかにゃ‥‥わわっ」
「迷惑とかそういう問題じゃないですっ」
 立ち上がりかけた小柄な身体を支えて座らせ、少し離れて陸人も座る。
「‥‥ひょっとして、白薔薇学園が云々で、来てくれたとか」
「みゅ、笠原君が悩んでるって聞いて‥‥来ちゃったにゃ」
「心配かけてすみません‥‥」
 俯く陸人の頬を、千佳の小さな手がむにゅーっと伸ばした。
「ふぁにふるんふぇすか」
 いきなりの行動に戸惑う陸人。だが、千佳の笑顔につられて何となく笑う。
「うに、笑顔にゃ♪ 僕は皆が笑顔で生きていける世界にする為に、能力者になったのにゃ。とりあえず笠原くんを笑わせられたにゃ♪」
「千佳さん、今はまず自分のことを考えないと! 大怪我してるんだから、僕のことなんか気にしなくていいんですっ」
「ん、僕が頑張ることで、笑って過ごせて幸せになる人がいるなら、僕は幸せにゃよ」
 水銀灯の光に照らされた千佳の横顔は、いつもより大人びて見える。
「笠原くん。他人が何と言おうと、僕は僕にゃ。自分の道は自分で決めるにゃ。だから笠原くんも自分がこうと決めたら突っ走るくらいでいいと思うにゃよ?」
「‥‥ヴィネさんやアーシェさん、ユニさんにも同じこと、言われました。だから僕も、兄に伝えました。わかってくれてればいいんだけど」
「ん、自分で決めたことなら僕は笠原くんを応援するにゃ♪」
 千佳は穏やかに笑んだ。
「笠原くん」
「?」
 怪訝そうな顔をする陸人に構わず、頬に一瞬、唇で触れる。
「え、あ、あの」
「元気になるおまじない‥‥にゃ♪」



 傭兵達が辞去し、同級生に呼び出された弟もいなくなった部屋で、淳紀はひとり考えを巡らせていた。
 耳に残るのは、陸人が言い切った一言。
 −−能力者でないと、意味がない。
「リク、そうじゃないよ」
 戦うことのみを期待される力持つ者の言葉に、持たざる者は首を横に振る。
「僕も、親父もお袋も、きみのエミタや適性なんかは」
 
 どうでも、どうだって、いいんだって。