タイトル:【共鳴】リビングデッドマスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/10 09:55

●オープニング本文


 凍てつく大地、グリーンランド。
 北部の山間に、その研究所兼製造工場は在った。
 軽金属できらきらと輝く外観は美しいが、どこか座り心地の悪い意匠。
 それはこの建物が、人類の美意識とは異なった基準で作られたからに他ならない。
 未だ人類が扱えない、バグアの科学技術が産み出すものは奇怪なる合成獣、キメラだった。
 「お待ちしておりました、イェスペリ様」

 研究所からの報せ−−傭兵の心理的弱点を突いたキメラ部隊の生産に成功した−−を受けて駆けつけたバグア軍グリーンランド司令官、イェスペリ・グランフェルドは、研究室に整然と並ぶキメラを見て言葉を失った。
 「‥‥これは、強化人間ではないのか」
 しばらくして、ようやく、喉から声を絞り出す。
 彼の目の前に居たのは、10代後半と思しき少年少女10名だった。
 実験部隊『ハーモニウム』に与えた制服と同じものを身に纏い、身じろぎひとつせずイェスペリに視線を向けている。
「いいえ、キメラです」
 イェスペリの横に立つ研究者は、微笑みながら司令官の問いを否定した。
「強化人間は生きた人間の素体を必要としますが、これは競合地域で採取した『部品』をリサイクルしたものです。欠損部分は培養で補うあるいは、複数の素体の部品を合成致しました。強化人間よりはるかに低いコストで、量産が可能です」
「部品‥‥か」
 研究者の言外の意味を悟ったイェスペリは、暫し瞑目した。
 彼もれっきとしたバグアであり、人類寄りの生命倫理は持っていなかったが、それでも思うところはあるようだ。
 なるほど、研究者の言葉を裏付ける如く。少年少女は皆、肌の露出が極端に低かった。
 少年は首まで釦を止めたシャツに長いズボンに革靴、少女は長袖のブラウスにミニスカート、但し脚は濃い色のタイツで覆われている。
「心理的弱点を突くというのは、どういうことなのだ?」
 イェスペリはつとめて穏やかに、案内の研究者に問うた。
 正気の沙汰とは思えないが、この工場のキメラ生産レベルが極めて高いことは、彼自身よく承知していた。
 実際目の前のキメラは、ぱっと見「生きた人間」にしか見えない。屍体を繋ぎ合わせて作ったと、耳で聞いたばかりだというのに。
「イェスペリ様は、実験部隊『ハーモニウム』に対する人類の反応を、如何思われます?」
 研究者はついと司令官の傍を離れ、コンソールのモニタのスイッチをオンにした。
 ハーモニウムとして活動をしている強化人間の画像が複数、横並びに表示される。
「如何、とは?」
「有体に言えば、対キメラや無人兵器との戦闘に比べて、人型兵器には躊躇が見られるという事実についてです。現に『ハーモニウム』のネイムドの生存率は、突出して高い」
 ネイムド、とは言葉どおり、上層に名を認識された個体を指す。
「チューレ戦役でスノウストームに乗っていたノアが生け捕りにされたのは、戦略的意味もあったのでしょう。だがそれ以降のAgやヘラまでもが、殺害されず捕獲されている。先日のフィディエルに至っては、何十人もの人間を屠っているのにも拘らず、です」
「ふむ‥‥」
 イェスペリは改めて、目の前の少年少女を眺めた。
「奴等はおそらく、自分と似た姿のものは殺しにくい。それが少年少女なら、なおさらなのでしょう」
 戸惑いにも見て取れる視線が、おそるおそる返ってくる。
「理屈はわかった。だが、ただの人形に騙されるほど、人類は愚かではないと思うが‥‥」
「高度の精神活動は出来ませんが、強い仲間意識の設定と、勝たなければ殺処分の条件付けはしてあります。ネイムドの中ではノアに近い情動のパターンですね。もっとも奴より低レベルですし、発現してしまった人類への友愛‥‥それに類するものが生まれる可能性は除去しましたが」
 背の低い「少女」と、イェスペリの視線がぶつかった。
「タオセバイイノデショウ‥‥? ソウシタラミンナ、タスケテクレルノデショウ?」
 呻き声と鳴き声の中間のような、醜悪なイントネーション。「少女」はすがりつくような視線を、研究者とイェスペリに向ける。
「まずは近隣の村を襲わせて、テストを行いたいと思っております。人類の心理的な弱点を突くことが明らかになれば、画期的な戦力増大に繋がるでしょう。ぜひご許可を」
「そうだな」
「少女」から目を逸らし、イェスペリは頷いた。
「テスト運用を認めよう。よい報告を期待しているぞ」
 期待しているといいつつ、顔色は冴えない。

 彼はやや、優しすぎた。
 実験部隊『ハーモニウム』と長く関ったゆえか、生来持つものか。それは定かではない。



 数日後。
 UPC辺境基地で、大怪我をした少年が保護された。
「‥‥むらに、ハーモニウムが‥‥たすけて」
 息絶え絶えの彼が残したのはひとつの組織名。「むら」の場所は基地からさほど離れていない、小さな集落だった。
「妹が‥‥きっとどこかに隠れてるはず‥‥」
 場所柄、キメラ退治の要請が出されることは珍しくなかったが、瀕死の重傷者によるものは流石に例がない。
 少年が医療用ヘリでヌークへと運ばれたあとも、基地の空気は硬いままだった。
「彼の安否もきになるが、まずは村の保護と『ハーモニウム』の排除だ」
 基地の職員はコンソールに座り、緊急の回線を開いた。
 傭兵の手配を、するために。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
L45・ヴィネ(ga7285
17歳・♀・ER
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
夏子(gc3500
23歳・♂・FC

●リプレイ本文


 「‥‥ハーモニウムが‥‥たすけて」
 瀕死の依頼人が案じた村は、駆けつけた傭兵の目の前で陥落しようとしていた。
 キメラ避けの高い塀は半壊し、綺麗に整えられていたであろう広場も滅茶苦茶に荒らされていた。
 極寒に耐えうる建物の多くは、黒煙と炎をあげる瓦礫と化している。煤と埃が舞い、周囲の見通しは悪い。
 惨状は予想以上だった。歴戦の遠石 一千風(ga3970)ですら、一瞬呆とした程に。
「酷い‥‥」
 だが気を取り直し生存者の捜索を開始する。
「救える命は救いたい」。それは医師を志していた頃と変わらない。
 だが。
「‥‥!」
 瓦礫の影から覗く手足。地面に横たわる小さな身体。いずれも既に命はなかった。
「‥‥どうして‥‥」
 ルノア・アラバスター(gb5133)も、悲しげに首を横に振る。
「被害は大きいでゲスね‥‥早く村の平和を取り戻すでゲス」
「ええ、相手はバグア。‥‥手加減する必要なんてないわ、全力で戦うだけよ」
 AU−KVを装着した愛梨(gb5765)と跨った夏子(gc3500)は、破壊者への憤りを隠さない。
 周囲を怠りなく観察し、得物を構える。
「生存者です!」
 塀の残骸の影から聞こえる呻き声を捉えたドラグーン、萩野 樹(gb4907)が仲間に叫んだ。
「うにゅっ!」
「‥‥よかった!」
 急ぎ救出に加わったのは、プリセラ・ヴァステル(gb3835)と獅月 きら(gc1055)。
 発見されたのは軽傷の少年と、重傷の母親だった。
「もう大丈夫にゃ」
 まず、西村・千佳(ga4714)が少年を引っ張り出す。
 自力で移動できる彼と裏腹に、母親は意識すら危うい。その場の能力者の注意が彼女に集中した。
 その一瞬の隙に。
「危ない!」
 L45・ヴィネ(ga7285)の声と地面を蹴る音、乾いた銃声が響いた。

 凶弾を放ったのは、銃を構える少年と、黒髪の少女だった。
 燃え残る建物の屋根に佇み、無表情に傭兵たちを見下ろしている。
「コノムラツブスノ ボクタチノカダイ」
「ジャマハ、ユルサナイ」
 2人は揃いの制服を身につけ、透き通るように色が白い。まるで血が通っていないように。
「ハーモニウムか!」
 身を挺して守った少年を、胸の下敷きにしたままヴィネが叫んだ。
 2人組は無言で、銃口を少年の母親に向ける。
「何故‥‥ッ!?」
 パイドロスを装着した樹が、その身を盾とし立ち塞がった。
「‥‥」
 2人組はやはり無言のまま。
 だが分が悪いと判断したのだろう。建物の裏側へと身を翻す。
「舐めた真似しやがって!」
 須佐 武流(ga1461)が怒りとともに覚醒した。
 金のオーラをゆらめかせ、地面を蹴り跳躍。2人組が去った方向へと、身を躍らせる。
「武流お兄ちゃん! ひとりでは危ないにゃ!」
 千佳の声も、怒れるペネストレーターには届かない。
 AU−KVを装着した夏子が、小さく叫んだ。
「須佐さんに敵が集中すると不味いゲス‥‥!」
「うむ。急ごう」
 ヴィネも身を起こし、少年をルノアに託す。
 千佳、プリセラ、愛梨も後に続いた。

 殲滅班を見送った救援班の4人は、助け出した母子を軍用車へと収容した。
「これは‥‥只の殺戮。この動機は、なに?」
「間違ってる、ハズなのに。戦わないといけないのか?」
 すぐさま樹ときらが応急処置に励むが、状況は予断を許さない。
「現時点で、重傷者2名。まだ、増えると、予想されます‥‥。住民の保護を、お願いします」
 一方、基地に救援要請を送ったルノアは、不安そうな少年の視線に気がついていた。
「お母さん大丈夫‥‥? 学校に逃げた村の人たちは‥‥」
 縋るような目に優しく微笑み、そっと頭を撫でてやる。
「大丈夫‥‥、安心、して」
 一千風も力強く頷いた。
「君はここで、お母さんと待っていて。必ず皆と一緒に帰ってくるから」
「ホント? 約束だよ」
「ええ、約束」


 殲滅班の5人は、ハーモニウムと武流が向かったのと同じ方角に歩を進めた。
 前を行くのはAU−KVで身を固めた夏子と愛梨、真ん中に生身の千佳とヴィネ。後備えをつとめるのは野兎色のアスタロト。中身はプリセラだ。
 元は笑い声が響く住宅街だったのだろうが、いまや見る影もない。あるのは入り口の広場と同様、瓦礫、黒煙、埃。
 時折吹く風が、不気味な静寂を破って鳴る。人影はいくつも転がっていたが、声を出す者はいなかった。
「相手はハーモニウム‥‥凄くやり難いの‥‥」
「猫さんたちの友達なのかにゃ‥‥」
 重苦しい雰囲気の中、千佳とプリセラの表情は硬かった。
 ハーモニウムの一端にその手で触れ、見た経験がある故だ。
「しっかりしろ。『あれ』がなんであろうと関係はない。戦わねば村人の犠牲が増えるだけだ」
 超機械「牡丹灯籠」を携えたヴィネが、淡々とした口調で後を引き取る。とはいえ彼女が冷血なわけでは勿論ない。
「ヴィネさんの言うとおりでゲス。例え子供の姿をしていても容赦はしないでゲス‥‥」
 夏子も口調こそおどけてはいたが
(駄目だ‥‥なんかイライラする‥‥)
 無理をしていることは、傍目にも明らかだ。
 再び押し黙り、無言の行軍。破ったのは
「あれ!」
 愛梨の鋭い声だった。
 ミカエルに身を固めた少女が指差す先。
 すなわち数十メートル先の崩れた街区に「標的」は居た。

 揃いの制服に身を包んだハーモニウムは、無抵抗の村人を蹂躙していた。
 ある者は強化された拳で、またある者は携えた銃を振りかざして。
「ヒトツ、フタツ、コレデミッツメ!」
 拳を赤く染めた少年達は、足元に崩れ落ちた村人を踏みつけ無邪気に笑った。
「キットセンセイ、ホメテクレル!」
 銃で子どもを追い回し、たった今止めをさした少年達も、満足げに顔を輝かせる。
「ば‥‥化け物‥‥出て行け‥‥!」
 少年に寄り添う少女たちの足元で、傷ついた村人が苦しげに呻いた。
「コレモ、カダイ?」
 少女がすっと指で示し、ねだるように上目を使う。頷いた少年がハンドガンの銃口を向ける。
 その構図は、幼い恋人同士によく似ていたが、許すにはあまりにも咎が大きすぎた。
 故に。
「そこまでよ!」
 愛梨は叫んだ。
 ミカエルの脚に輝くスパーク。竜の翼で一気に距離を詰め、村人からハーモニウムを弾き飛ばす。
「これ以上、悪い事はさせないのよー!!」
 やや後方からエネルギーキャノンで援護するプリセラ。
 生き残りの村人を慮って出力は最少に絞っていたが、ハーモニウムの注意を惹くには十分だ。
「ダレ?」
 果たして思惑通り。忌まわしき「学生」たちは、傭兵に邪悪な目を向けた。
 どうやら多くのことを同時に処理する能力はないのだろう。隙を見て駆けた夏子が村人を確保し後方に離脱しても、反応は示さなかった。
「人の姿をしているが、やはりキメラか?」
 リンドヴルムの中で、首を傾げるドラグーン。ともあれ、懸案事項がひとつ減ったことは間違いない。
「そこまでにゃ! これ以上のおいたはこの魔法少女マジカル♪ チカが許さないのにゃ!」
 千佳が己を鼓舞するように、マジシャンズロッドを凛と構える。
(うにゅぅ、皆子供達にゃ。うー‥‥どうしてこんなことをするのにゃ)
「千佳、惑わされるな。子供とて敵は敵」
 友人の迷いを見て取ったヴィネが、超機械を手にしたまま、静かに叱咤した。
 後方の瓦礫の山の上にはキャノンを構えるプリセラ、両脇を固めるのは愛梨と夏子。
 ハーモニウム達は暫し、顔を見合わせた。
「アタラシイ、カダイ?」
「イママデヨリ、ツヨソウ‥‥デモ」
 逡巡、わずか数秒。仲間意識ゆえか、生存本能ゆえか。判断はとても早く。
「くりあ、シナキャ!」
 駆り立てられるような襲撃で、戦いの幕は開けた。
「にゃー!マジカル♪ チカ、本気モードでいくにゃよ!」
 並みのキメラ退治なら笑顔を絶やさない千佳だが、今日ばかりは違っていた。赤い瞳に燃えるのは怒りの炎だ。
 目の前のハーモニウムを透かして、その奥にいるであろう黒幕に対しての。
 超機械での初撃後、瞬速縮地で一気に距離を詰める。すかさず嵌めたナックルに全体重を乗せ、
「痛くて謝っても許さないのにゃ!」
 一気に、叩き込んだ。
 ぐらりと揺れる少年に、ヴィネが牡丹灯篭で追い討ちをかける。一体目が崩れたのを確かめて
「次!」
 練成強化を発動! 夏子の方天画戟の穂先を、淡く輝かせた。
「吹き飛びやがりたまえよ!」
 咆哮する、リンドヴルムが。
 長槍を振り回し少年たちを薙ぎ払い、弾き飛ばす。
「グァアアア!」
 緑色の体液を流し、苦しげに呻く少年たちに、少女が駆け寄った。
 フォースフィールドとは異なる色の光を纏った手で抱き起こし撫でさする。
「治癒だ! 女子から倒せ!」
 ヴィネが叫んだ。
「あんたたちも死にたくはないんでしょうけど、こっちも同じなのよ‥‥」
 薙刀「清姫」を手にした愛梨が、竜の翼で接近。少女型キメラを袈裟懸けに斬った。
「イヤァアア!」
 人間の娘に似た絶叫が、愛梨の心を苛む。散るのが赤い血ではなく緑色の体液でも、何の救いにもならない。
「‥‥殺るか殺られるか、よ!」
 それでも振り抜きざま、少年をも屠った。
「ヨクモォォォ!!」
 後方で銃を構えていた一団が、逆上して愛梨を目指す。
「うにゅっ! 獲物認識、狙い撃つのーっ!」
 瓦礫の山の上に陣取り、援護射撃を行っていたプリセラが、竜の瞳を発動。悲痛な祈りとともにトリガーを引いた。
 狙うのは、辛かった。見た目己と変わらない姿の敵を。
 完全に割り切って戦えるほどに彼女は大人でもなかったし、経験豊富でもなかったのだ。
 キャノンの砲撃音が、泣いている様にすら感じられる。
「狩られるのは君達の方なの!」
 正しいこと。やらなければ、ならないこと。わかってはいるつもりだったが。
「‥‥せめて安らかに、眠るのよ‥‥!」
 悪魔の名を冠したAU−KVの中で、少女は葛藤し続けていた。

 時間にして10分弱。
 5人は累々と転がるハーモニウムの死骸の中、立ち尽くしていた。
 誰の顔にも、笑顔は無い。
「‥‥行こう、まだ潜んでいるかもしれない」


 一方、単身ハーモニウムを追った武流は、屋根の上に2人を追い詰めていた。
 銃を片手に仲間を護りながら戦う個体と、脚爪を駆使した蹴り技を繰り出す歴戦の傭兵。
 勝負はついたも同然だったが、武流は決して、手を抜かない。
「俺は貴様らを救う気にはならん」
 目にも止まらぬ速さで、真燕貫突を乗せたキックを少年型キメラに叩き込んだ。
 吹き飛ぶ身体を踏み台にして、2撃目。
「救われる前に、代償を払うのが筋だ」
 身を挺して庇う少女ごと、スコルで蹴り落とす。
 地面に激突した少年型キメラは、動かなくなっていた。
 首があらぬ方向に曲がり、絶命しているのは傍目にも明らかだ。
 だが。
「コロサナイデ カレヲ コロサナイデ」
 少女型キメラには、わからないらしい。身体にすがりつき、醜悪な鳴き声で仲間の命を乞う。もはや失われた命を。
 苛立ちを感じながら、武流はキメラに問うた。
「お前は、死にたいか」
「カレヲ、タスケテクレル?」
 噛み合わない会話。
「お前はどうしたいか、聞いている」
「ナカマヲ、タスケテクレル?」
 縋りつく目。
「‥‥」
 武流は淡々と、止めを刺した。重なり斃れる二体を見下ろしても、爽快感も憐憫も沸かない。
 ただ。
「何だってんだ‥‥!」
 やりきれなさだけは、確実に去来していた。


 同じ頃。
 ルノア、樹、一千風、きらの4人は生き残りの少年の言葉を頼りに、小学校へと足を踏み入れていた。
 学校といっても小さな村の施設。店舗や役所の並ぶ商業区の一角に立てられた小さな建物にすぎない。
 門はこじ開けられ、校庭に並ぶ遊具もあらかた壊されている。
 しかし
「助けに、来ま、した‥‥安心、して、ください」
 校舎の奥に、子どもを中心とした数十人の村人を発見できた。
 身を挺して子どもを護ったのか、教師らしき怪我人も数人、壁にもたれている。
「あなたたちは?」
 救急セットを持ち込んだ樹とルノア、きらがてきぱきと治療にあたる。
「UPCから派遣された傭兵です」
「怖かった、ね。よく我慢、しました、ね」
 ルノアは主に軽傷の子どもの手当てと優しく触れることによるメンタルのケアを、
「大丈夫、ですから、しっかり」
 樹は深手を負った大人たちの治癒を受け持った。薬剤も包帯も、何もかもが足りない。
「ごめんなさい、急ごしらえで」
 きらは手持ちのハンカチで、怪我人の傷口をきつく縛る。
「基地に戻るまで、堪えて下さい」
 戻るまで。口に出しつつ彼女は胸騒ぎを覚えていた。
 帰ることができるの? 大勢を連れて、この村から脱出できるの? そしてその不安が現実になったことは
「敵が来たわ!」
 トランシーバから響く、一千歌の声が知らせた。
「どうしたの?」
 子どもが不安げな瞳を、ルノアに向ける。
「大丈夫、すぐ、戻って、くるから」
 ルノアは柔らかな笑みを浮かべ、子どもの頭を撫でた。
「いきましょう」

 樹たちが校庭に駆けつけた時、一千風は3人のハーモニウムと対峙していた。
 爪と脚甲で戦う彼女と同様のスタイルの少年型だ。如何に一千風が強くとも、3対1はいささか分が悪い。
「ねえ、どうして」
 きらがすかさず、制圧射撃を放った。
「こんなことを続けるのですか?」
 薄紅色の髪が北風と発砲の反動で舞い上がる。
「これ以上、戦わないでくれ!」
 樹が竜の咆哮を発動。パイドロスが音もなく疾駆、一千風から敵を引き剥がした。
 すかさずルノアが一千歌に向けて、練成治癒を発動。
 爪で引き裂かれた肌が、見る見る塞がってゆく。
「説得は、無理かもしれないわ‥‥」
 一千風は悲しげに、少年達を示した。
 血の代わりに緑の体液を流し、千切れかけた腕を引きずりながら立ち上がる異形のものを。
「ジャマサセナイ‥‥テスト‥‥ウカラナイ!」
「ラクダイ‥‥イキテ、イラレナイ!」
 裂けた制服の隙間から覗く肌は、醜い継ぎ接ぎだった。
 褐色、白色、黄色。さまざまな皮膚が無造作に繋ぎ合わされている。
「遺体、なのか‥?」
 樹が息を呑んだ。
「ウワアアアッ!!」
 意味のある返事はない。ただ生存本能にかられて、ハーモニウムは地面を蹴る。
「できない‥‥私にはこれしか‥‥」
 一千風が爪を繰り出した。
「なぜ‥‥こんな悲しいことを!」
 きらも銃の引き金を引いた。

 金属の交錯音と発砲音が数回の後、ハーモニウムの放つ奇怪なイントネーションの声は途絶え、代わりに。
「−−−−っ!!」
 樹の咆哮が、静けさを取り戻した村に響いた。、
 鉛色の空から、ぽつりぽつり。冷たい雨が涙のように降り始める中で。

「彼らはどうして‥‥生まれたの?」
 呟いたきらの声は、激しくなる雨音に打たれて消えた。


 日が落ち、雨が霙に変わる頃。
 到着した救急隊は、生き残り全員を収容し、一旦村を離れた。
 ツクリモノの「人間」に襲われた村が平穏を取り戻すまでには、もう少し時間が必要だ。