タイトル:【共鳴】等価交換マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/11 01:58

●オープニング本文


 グリーンランド北部、UPC辺境基地。
 小さな町の小学校から出動要請が届いたのは、太陽が真上に昇りきる頃合だった。
「スクールバスが強化人間と虫型のキメラに襲われた? ‥‥被害は‥‥え? 立て篭もり? ちょっと状況が見えないのですが‥‥」
 中堅のオペレータは困惑して聞き返した。UPCに入職して随分経つが、こんなケースは初めてだ。
 この地に棲むキメラがすることといえば、家畜を襲うか食料を盗み食いするかといった分かりやすい「悪事」と決まっていたのに。
「強化人間はバスを乗っ取って何をしているのです? 要求は人質交換? ということは、バスの人質は現時点では無事? そう、それは不幸中の幸いです‥‥」
 死者はおろか怪我人も出ていないという報せに、ほっと胸をなでおろす。
「とりあえず、現時点の情報をもとに傭兵に出動を依頼します。すべての情報を転送していただけますか?」
 通報した教諭曰く、バスは学校を出て、遠くの村から通学する児童を送ってゆく途中だったらしい。
 乗車児童と運転手のデータに加え、バスの図面と位置情報が送られてきたのを確かめ、オペレータは通信を切った。
「ふむ‥‥交換条件は『ノア』の返還か‥‥『ノア』って何だ?」
 
 彼は知らなかった。3月の初旬に一体のキメラが、人類に捕獲されていたことを。

  そして事件の発端は、UPC基地に救援要請が届く数時間前に遡る。


**
 バグア軍の拠点からそう遠くない海岸線に、小さな集落の跡地が在った。
 もとは人類拠点の宿営地だったらしい。錆びた金網の向こうに、裂けたタイヤを持て余すバスがうずくまっている。
 走れなくなって長いのか、車両はすっかり傷んでいた。
 煤けたガラスの向こう側で、4つの影が動く。
 一つはこのバスをねぐらにする、猫耳猫尻尾付のキメラ。
 そして残りの3つは。
「こんな僻地まで呼びつけるとはどういう了見、バカ猫?」
 バスの後部、擦り切れたシートに腰を下ろしたフィディエル(gz0315)は、端正な貌に苛立ちを浮かべていた。
 あまり賢くない同級生に呼びつけられるだけでも腹立たしいのに
「普通、お客には紅茶とかケーキとか出すもんじゃないの?」
 彼女が期待していたようなもてなしは何もなかったのだ。
 妖精の如く美しい少女の無遠慮な物言いを、慌ててとりなすのは隣に座る少年、ウィルカ。
「フィディエル、そんなこと言うもんじゃないよ。Agごめん、気にしないで」
「うぜえんだよお前は」
 想い人の追い討ちにも凹む素振りもない。よく訓練されているようだ。
「んもォ、Agたん、ノアがいなくなってさびしいんなら、そう言ってくれればいいのにィ♪」
 フィディエルとウィルカと通路で隔てられた席で足を組んだQ(gz0284)が身体をくねらせつつ、前方の運転席に視線を送る。
「寂しい? 違う」
 そこに座っていた長躯の少年は、耳をぴくりと動かし立ち上がった。
 そのままゆっくり、同級生たちの元まで歩み寄る。
「ノアがここに居ないのは、変だ」
 3人の顔を見渡し、しばし沈黙。
「そうだろ? ハーモニウムは1人では生きられない!」
 切羽詰った声で、叫んだ。
「だから俺、色々考えた。でも、ノアを取り返す方法は思いつかない。わかってるのは、ノアは空飛ぶ艇に乗せられてどこか遠くへ連れてかれたってことだけ」
 長躯のキメラは、猫耳と猫尻尾の先をへにゃりと下げてうな垂れる。
 わかりやすい落胆っぷりだが、そういう仕草は可愛らしい女の子か男の娘がするから、絵になるのだ。
 まぁそれはさておき。
「‥‥春先の戦線でノアが捕獲されたのは知っていたけど、グリーンランドの外に移送されていたとはね」
 ウィルカは横目でフィディエルを盗み見つつ答えた。
「だからおまえたちを呼んだ。特にウィルカ、よく考えろ」
「僕?」
「連れてかれたのはノアじゃなく、そこに居るフィーだと思え。ニンゲンはどうやったら、フィーをここへ連れてくる?」
「‥‥」
 不遜で強引な「相談」に困惑しつつも、想い人が攫われた想像をしてみるお人よしの少年。
「フィディエルが、人間に捕まったら‥‥?」
 バスの中にしばし、不穏な沈黙が流れる。
 破ったのは
「カンタンじゃない♪」
 満面の笑みを浮かべたフィディエルだった。細く白い喉から、鈴を転がすような声が零れる。
「まず人間の子どもを10人ぐらい捕まえて、ノアを返してくれなきゃみんな切り刻むぞって脅すの。1人ぐらい切り刻んで返すのもいいかもね」
 残酷極まりない妖精の物言いに、ウィルカは首を縦に振った。
「ん、人質交換ってのは、良い手段だと思う。事前に傷つけるのはどうかと思うけど。人間はそれなりに、仲間意識を持っているから」
「てか、交換しなくても、ノアだけ取り返して、あとぜーんぶ、切り刻んだっていいんじゃない? 二度とハーモニウムに手出そうなんて思わないように♪」
 楽しげに笑うフィディエルの瞳には、嗜虐の色が宿り始めている。
「人質は出来れば、殺したくない。殺すとウィルカの言うとおり、仕返ししようとする奴が出てくる」
「上等。だったらそいつらも──」
「俺、ノアを取り戻せれば、それでいい」
 Agがそれを、遮った。
「──あ、そ。全く、調子狂うわ。Qはどう思う?」
 頬を膨らませたフィディエルはAgから目を逸らし、Qに向き直る。
 真っ赤な改造制服に身を包んだ金髪の少年は、携帯型コンピュータの画面を覗き込んでいた。
「んー、とりあえずゥ、ここからそう遠くない村に、小学校があるみたいだねェ。人間のベィビィちゃんたちは、毎日バスに乗って登下校をしているみたいだよォ‥‥そう、今日もね☆」
「‥‥バス1台分の人質か、ノアの対価としては悪くない」
「喜ぶのは早いよAg。偉い人は意外に冷酷だから、ノアを返してくれるとは限らない。ま、その時は僕の妖精(フェアリィ)ちゃんのエサにしちゃうさ☆ フィディエルも血を見たくて、ウズウズしているようだしね☆」


**
 所変わってカンパネラ学園。
 研究棟の特別監視域で保護されているノアは、笠原 陸人(gz0290)と対峙していた。
 グリーンランドからの移送時、道中をともにしたドラグーンの表情は今までになく硬い。
「リクト、どーした? 怖い顔」
「ノア、落ち着いて聞いて。君の友達が子どもの乗ったバスを襲った。君を返さないと子どもを殺すと言っている」
「にゃ!」
「ハーモニウムが、Agが人類に仇なすなら、今度こそ殺さなきゃいけな‥‥」 
 辛そうに紡がれる言葉を、ノアの小さな悲鳴が遮った。
「やだ! ノア、Agといっしょがいい!」
「勿論僕もそれは避けたい。だから君にこの話をした。協力してほしい」
「キョウリョク?」
「傭兵さんとグリーンランドへ行ってほしい。君の言うことなら、ハーモニウムも聞く耳を持つかもしれない。だけど」
「だけど?」
「だけどごめん。君を仲間の元に返すことはできない。それは最初に言っておくよ」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
9A(gb9900
30歳・♀・FC
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

 グリーンランド北部、フィヨルドを縫うように走る見通しの良い1本道。
 1台のスクールバスが、停車していた。
 エンジンが運転席より前に出た古めかしいボンネットタイプで、カラフルな塗装が施されている。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 特筆すべきは、その周囲に体長2mはある甲虫型キメラが3匹蠢いている点だ。
 そしてもう一つ。
 バスの天井に猫耳猫尻尾付の人影があり、彼の周りに無数のハネムシが飛び回っている点である。
 双眼鏡でバスの進行方向を覗く人影。腰にぶらさげた重力波通信機が、着信音を響かせた。
 バグア版ケータイ電話ともいえるそれを手にした影は、首を傾けて猫耳を機械に近づける。
『ハ〜イAgたん☆』
 妙にテンションの高い通話相手は、Q。
 バスの中で待機している『ハーモニウム』である。

『傍受した無線によると、そろそろ傭兵(ベイビィ)ちゃん達が来るっぽいよォ』
『了解。引き続き、監視を続ける』

 スクールバスの運転席に陣取ったQは、あっけなく切れた重力波通信に肩をすくめた。
 本来座るべき運転手は、ウィルカに銃を突きつけられ床に座っている。乗客である児童達も同様だ。
「面倒になってきました‥‥煩いし‥‥皆殺しにしてしまいませんこと‥‥?」
 後部の長いシートを独り占めした美少女は、苛立ちをぐずる子どもを軽く蹴り飛ばすことで晴らした。
「もう少し待とうよ」
 火がついたように泣く子どもをあやしつつウィルカは、その足で運転席まで走った。
「フィディエルが焦れてきてる」
 無線を盗み聞きするQに耳打ち。重力波通信機を取り出し、屋根の上の仲間に繋ぐ。
『Ag、まだ?』
『今、見えてきた。ニンゲンどものお出ましだ』


**
「見えたぞ! あの車両だ!」
 バグアの強化人間組織『ハーモニウム』が起こしたバスジャック事件。
 解決のため赴いた傭兵を乗せた車は、スクールバスから約100m離れて停まった。
 ジーザリオから、素早く降りる影は5つ。
「ノア‥‥俺はお前を信じる」 脚甲と脚爪で武装した須佐 武流(ga1461)、
「絶対に、全員助け出します‥‥」 Lichtと名を刻んだエネルギーガンを携えるシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)、
「子供達をなんとかしないと!」 義眼を嵌めこんだ男装の麗人、9A(gb9900)、
「アレックス(gb3735)さんと獅月 きら(gc1055) さんの力になりたい‥‥」 ともに戦う仲間のために在ろうとする御鑑 藍(gc1485)、そして
「うに、なんとしても人質の子たちを無事に助けないとにゃっ」 今回、交渉役を担う西村・千佳(ga4714)だ。
 各々車両の周囲に散り、前方のバスや周囲に目を凝らす。
 そこにトラックと併走していたAU−KVが、寄り添うように停車した。
 ドラグーンの名は、アレックス、プリセラ・ヴァステル(gb3835)。
「うにゅにゅ。こんな悪い事をしたら駄目なのよー」
 哀しげな呟きとともに純白のバハムートを装備するプリセラに対し、アレックスは愛機を纏おうとはしない。
「随分と『人間臭い』ことをしてくれるな、ハーモニウム‥‥!」
 先に下りていた千佳とともに交渉に挑む彼には、何か思うところがあるようだ。

 傭兵達が到着する様を見ていたのだろう。
『来たなニンゲンども! ノアを返せ!』
 二人を牽制するように、重力波通信機で増幅されたAgの声が飛んだ。
『今日はお話に来たにゃ!』
 千佳も無線機のマイクを使って、バスの上に立つバグアに答えを返す。
『話? こちらには話すことなどない。ノアを返せ。それだけだ。ノアはどこにいる?』
 畳み掛けるようなAgに、武流が不快そうに眉をしかめた。
「甘っちょろいガキが‥‥」
 金色のオーラがゆらりと揺らめき、殺気とともに昇り立つ。だが、激昂は理性で抑えた。
『ノアくんを連れて来る前に人質が全員無事な事を確認させてにゃ。それとAgくん、もう少し近くでお話がしたいにゃ』
 千佳が再びマイク越しに語りかけ、アレックスとともにゆっくりと前進する。
 一触即発の空気の中、スクールバスと軍用車の中間地点まで歩き、立ち止まった。
『君も、ここまで来てほしいにゃ! ノアくんはこっちに向ってる最中にゃ。僕たちの無線でならお話をさせてあげられるにゃ』
 大きく手を上げ、無線機を見せる千佳。
『‥‥』
 バスの上に立ったまま、首を傾げて暫し考え込むAg。
と、そこへ。
『そんなこと言ってェ。人質だけ連れて逃げる気なんじゃないのぉ? ノアは誑(たぶら)かせても僕は騙せないよ?』
 別の声が、バスの中から響いた。Qだ。
『Agくんが傍にいるのはいいにゃ! それに誑かしてなんかないにゃ!』
『ハッ! いくらAgでも傭兵ちゃん7人相手に、羊ちゃん11人のお守りは分が悪いさ。最低でももう1人出さないとね♪ 僕が羊ちゃんたちについていこうかナァ?』
 哂いを多分に含んだ声に、緊張する能力者たち。
 あいつを人質に近づけてはいけない。共通認識で、目配せする。
 動いた。シンが。
『いえ、あなた以外のいずれか1人で』
 無線で短く鋭く答えた。

『アッハァー! 嫌われたもんダネェ‥‥』
 けたけたと笑い、後ろを振り返るQ。床に座る人質には目もくれず
「フィディ、ウィルカ。どうしヨォ?」
 肉声で、後部座席の仲間に問いかけた。
 問われたウィルカの視線は、足を伸ばして寛ぎつつ、所在なさげに窓の外を眺める美少女に注がれる。
「あら、ウィルカさん」
 まなざしに気がついたのか。ウィルカをふり仰ぎ、微笑むフィディエル。
「何見てんだよ。お前がガキども連れてけっての」
 一転、辛辣な物言い。だが少年は怯まない。
「わ、わかった。ほら行くよっ」
 ミュールの爪先から名残惜しそうに目を逸らし、人質を連れてバスの外へ出た。

「ひとり、ふたり‥‥全員いますね」
 すかさず軍用車付近で、シンと藍が双眼鏡を覗き込み、人質の無事を確かめた。
「見たところ健康状態にも問題はなさそうです」
 武流はバスの運転席がよく見える位置に陣取り、戦闘準備。
「‥‥赤の他人に命賭けさせてんじゃねぇよ‥‥」
 苛烈な怒りはやはり、収まることはないようだ。
 エネルギーキャノンを構えたプリセラは周囲を警戒しながらも、交渉に立つ千佳の背中に無事と成功を祈る。
「バグアにも‥‥ノア、あんな奴がいるんだな」
 9Aは愛用の香水「レッドローズ」を手に周囲を歩いていたが、左目を甲虫キメラから離すことはしなかった。

 ボンネットの前に人質を横一列に並べ、唯一の「大人」である運転手にハンドガンの銃口を向けるウィルカ。
『これで満足か?』
 様子を眺めていたAgが口を開いた。
『ノアと話をさせて貰おうか』
 ハネムシを伴ってバスの屋根から飛び降りる。
 大声を張り上げればマイク無しで交渉役の2人と言葉を交わせる距離──具体的には5m前後──まで詰めた。
「久しぶりだな、Ag」
 アレックスの言葉に、答えはしない。ただ
「ノアだ。もう、繋いである」
 投げ渡された無線機をしっかり掴むと
『ノア、俺だ』
 もっとも近しい、同胞の名を呼んだ。


**
 傭兵と『ハーモニウム』の対峙から遡ること約1時間。
 今回の事件の第一報を受けたUPC辺境基地を、小野塚・美鈴(ga9125)、嘉雅土(gb2174)、獅月 きら(gc1055)、笠原 陸人(gz0290)の4人が訪れていた。
 彼らは間もなく出発するらしく、大型の軍用トラックが1台暖機運転に入っている。救出した人質の輸送用に、嘉雅土と藍が手配したものだ。
「カガトさーん、AU−KVどうします?」
 陸人が荷台にリンドヴルムを押し上げながら、その嘉雅土に声をかけた。
「ん、俺も荷台に載せる。ノアと喋りながら行きたいし。と、獅月の姿が見えないが」
 パイドロスを取りにハンガーに向かう嘉雅土の背中に、美鈴が答えをふわりと投げる。
「きらちゃんなら無線室なのだ。宮本お母さんとお話があるって言ってたのだ」
「僕、呼んできますね」

 夏の陽射しが差し込む通信管制室。
「カンパネラの宮本 遥(gz0305)先生に、通信を繋いで頂けますか」
 きらは機械の傍に立ち、オペレータがコンソールを操作する様を見つめていた。
 通信機が暫しノイズをまき散らし、ほどなくして止まる。
 ほらよ。手渡されたインカムを着けた耳に、馴染みのある声が飛び込んできた。
『はい、宮本です。‥‥あら久しぶりね獅月。たまには聴講生講座にいらっしゃいな。って、世間話って雰囲気じゃないわね?』
「先生‥‥、カンパネラ学園に、ノア以外のハーモニウムを、受け入れる余地はありますか」
 きらは絞り出すように訊ねる。
 インカムの向こうで教師が黙り込むのを感じながらも、縋るように言葉を繋ぐ。
「『ハーモニウム』は私たちと同じように『仲間』を必要とします。戦わないことを択んだノアの答え、その答えを択んだ想いを、私は 大事にしてあげたい」
『獅月、分かってるの? 彼らはバグアよ』
『分かってるるつもりです。でも』
『でも?』
『ノアが戦いたくないと言うのなら、戦わなくていい場所を用意して、手を広げて迎えたい。ノアのいちばん大切な『仲間』に『ようこそ』を心から言える環境を用意して待っていたい』
 いつも、我儘をいってごめんなさい。
 呟く語尾には僅かに涙が混ざっていた。
『獅月、しっかりなさい。いいこと、あんたはそこで最善を尽くしなさい』
 遥の声が、少女の耳朶を打つ。
「私は今いるここで最善を尽くすわ。元能力者のコネクションを舐めるんじゃないわよ?』
 凜とした響き。それは前線で戦う教え子をサポートしたいと願う、教師の心意気に他ならない。
「先生、ありがとうございます」
 その場にいない相手に深く礼をし、きらは通信を切った。
 自分を呼びにきた陸人に笑んで、決意を新たにする。
「笠原君、がんばろうね!」

 それから10分後。
「うわ、寒い!」
 能力者達に周囲を囲まれたノアは、軍用車に向かう道すがらくしゃみを2回した。
 頭にはキャスケット、体にはぶかぶかのUPC軍外套。
 事情を知らない者が見れば、まずキメラだとはわからない。
「風邪か? バカは風邪ひかないって言うんだが」
「う、うるさいっ! てかカガト、グリーンランドってこんなに寒かった?」
 真夏とはいえ極北の大地。気温は摂氏10度前後にすぎない。
 何を今更。そう言わんばかりに嘉雅土が後部座席に飛び乗り、ノアを引っ張り上げる。
 続いて美鈴、きらが乗車。運転席に座っていた陸人が振り返った。
「全員乗りましたー? 出発しますっ」
 軍用車のマフラーから噴き出る黒煙。
「交渉の場」目指して能力者達は出発したのだった。

 軍用車の荷台は、3つに区切られていた。
 運転席を含む6人乗りの座席の後ろは荷室。大型のキメラ用ゲージと2台のAU−KVが鎮座している。一方最後部は完全に分離されたユニットで、人質用の簡易シートがたくさん並んでいた。
 座席の最奥。窓際に座るノアは、ぼんやりとグリーンランドの風景を眺めていたが
「ノアくん」
 美鈴の声で、我に返った。
「にゃ‥?」
「ノア君‥‥もし戦うことになった時は、『ハーモニウム』の人と退いてもらえる程度には戦わせてね‥‥」
いつも日だまりのような笑顔を浮かべる少女が、今日は真剣な面持ちだ。
「それは‥‥Qやフィやウィルカを‥‥Agを殺さないってこと?」
 縋り付くような黒い目に、美鈴は黙って頷いた。
「Ag君は‥‥出来る限り怪我させないで連れてくるから」
 絶対、とか必ず、と言わない傭兵。そこにノアは、寧ろ誠実さを嗅ぎ取り
「うん」
 こくんと頷いた。
「小野塚の言うとおり、俺達は今回人質が殺されない限り、戦闘が発生してもハーモニウム3人は殺さない程度に。Agは可能な限り軽症で済む様対処したいって考えてる」
 嘉雅土が、美鈴の言葉を継いだ。
「だが、人質が殺された時と、お前が奪還された時は、この約束は守れない。Agも撃たざるを得ない」
「‥‥!」
 ウタザルヲエナイ。その音に、ノアの畳んだ尻尾が落ち着きなく揺れる。
「やだ!」
「やだ、か。子供もAgも最後に守れるのはノア、お前だ」
 お前はその時どうする
 その言葉は呑み込んでドラグーンは目を逸らした。
 聞くまでもない。聞くまでも、ないじゃないか。
 気まずい沈黙。
 その時。
「アレックスさんから通信です!」
 運転していた陸人が一言叫んだ。
 コードのついた無線機を受け取ったきらは、そっと耳に当ててひとことふたこと、所属小隊の長と言葉を交わす。
 そして
「‥‥あなたの、お友達です」
 ノアに、代わった。
『ノア、俺だ』
 機械から聞こえる同胞の声。
『‥‥えーじー‥‥』
 ノアの黒い目から、涙が零れる。それはぼろぼろ頬を伝って、走る軍用車の床に落ちて
『Ag‥‥!』
 沢山たくさん、染みを作った。


**
 無線機を手にしたまま立ち尽くすAgに、千佳が声をかけた。
「さあ、これでノアくんの無事がわかったにゃ? ノアくんがここに来るまでにハネムシさんを片付けて、できれば小さな子だけでも解放してほしいにゃ‥‥」
「ふざけんな!」
 武器は抜かず、平和的解決をアピールする千佳に対し、Agが返したのは激昂。
「泣いてんじゃねーか! おまえらノアに何をしたんだ!」
 赤いフォースフィールドが全身から噴出するに合わせ、侍っていたハネムシも大きく広がった。
 同胞の怒りを受け、人質を監視していたウィルカも、威嚇するように銃を構えなおす。
 『ハーモニウム』の態度の硬化に、車の陰で待機していた武流が静かに怒りを露にする。
「てめえらの交渉ごとだろう‥‥! 人に命賭けさせてんじゃねぇよ!」
「うにゅ、お仕置きは必要だけど、今は兎に角助ける事最優先なの!」
 傍で周囲を警戒するプリセラがとりなすも、場の雰囲気は一触即発。
 今にも戦いの火蓋が、切って落とされそうだ。
 そんな雰囲気を果敢にも破ったのは
『‥‥というわけで、『ハーモニウム』は俺達がノアを泣かせたと思っている。悪いがノアに状況を説明させてもらえないか?』
 無線機を手にした、アレックスだった。モニタボタンをオンにしたのだろう。
『わかりました‥‥』
 向こう側に居るきらの声がノイズを孕みながらも、周囲にしっかりと聞こえる
 そしてさほど間をおかず。
『Ag、大丈夫。ノア、ケガも病気もしてない。あれっくすとちかは、ノアのトモダチ。お願い、きいてあげて』
『ハーモニウム』が待ち焦がれる、同胞の声が響いた。僅かに鼻を啜ってはいるが、しっかりとした口調だ。
『トモダチ? ‥‥そうか、そう言えって脅されてるのか!』
『そうじゃないよ。Ag、ノアね、今そっちに向ってる。もうすぐAgと会える』
『わかった。すぐ助けてやるからな。もう少し辛抱してろ』
 ごく短い会話。だがAgはそれで何かしら納得したようだ。
 アレックスに無線機を投げて返し
「いいだろう、要求を一部受け入れよう」
 侍らせていたハネムシを、散開させた。さらにバスの方を振り返り
「ウィルカ。端に座ってるちっこいの2匹、返してやってくれ」
 同胞に、切り札を一部手放すように促す。
「えっ、ああ」
 戸惑いながらも、年少の子ども2人の背中を軽く押すウィルカ。
「行きな」
 瞬間、子どもが駆けた。
 距離にして100m弱、幼い足でもわずか数十秒。しかしそれは確かに「死地」からの生還だ。
「さあ、もう大丈夫ですよ」
 シンと藍は両手を広げて2人を受け入れ、そのまま軍用車の簡易シートに座らせた。
「お友達も必ず助けて見せます。しばらくここで待っていてください」

 所変わって、スクールバスの車内。
 フロントガラスごしに一部始終を眺めていたQは、不服そうにひとりごちた。
「ん〜、何か面白くないねェ」
 手元の無線でノアの声は、はっきり聞こえた。いや、聞こえたからこそ、釈然としていなかった。
「気があいますわね、Qさん」
 後部座席から移動してきたフィディエルも頷く。
 重力波通信機を取り出し
『ウィルカさん‥‥』
 車外で見張りをする少年を呼び出した。
『てめぇ、人質に目を光らせておけよ?』
 がらりと口調を変え、いつもの如く命令。
『仕方ないよ、Agはノアのことで頭がいっぱいなんだ。これ以上向こうの言い分を呑むなら、考えなきゃいけないけど』
 慣れているのかウィルカの返事は、平然としたものだ。
 解釈も、真っ当といえば、真っ当。しかしQは、首を横に振る。
「ン、そうじゃないんだウィルカ。気に食わないのはノアの物言いかなァ。ねェ、ノアはどうして」
 ‥‥「帰ってくる」って言わなイんだと思う?


**
 傭兵に伴われたノア──正確にはそれらを乗せた軍用車──が現地に着いたのは、無線でのやりとりから30分ほど経過した頃だった。
 先から在るトラックの横に停まり、4人の傭兵がまず降りる。続いてもう一つ、小さな影。
「‥‥?」
 キャスケットをかぶったノアは所在なさげにあたりを見回した。
 美鈴の肩越し、前方50m程先に、会いたいと願いつづけた仲間を見つける。
「Ag!」
 衝動が、キメラに名を叫ばせ身を乗り出させた。
「ノア君、待ってなのだ。焦ってはダメなのだ」
 美鈴の声に駆け出すことこそしなかったものの、衝動にかられたのはAgも同じ。
「‥‥!」
 無言で地面を蹴った。
 すかさず、千佳が瞬天速を発動。
「ノア君は人質全員と交換でないと、返せないにゃ!」
 両手を広げてAgの前に立ちふさがる。
 両者、暫し睨みあい。折れたのは
「ウィルカ、人質を」
 余裕をなくしている人型のキメラだった。だがウィルカは、首を横に振る。
「Ag、落ち着け。‥‥人間諸君に告ぐ。ノアと人質全員が同じ価値というなら、全員は解放できない。とりあえず追加3名でどうだろうか」
 交渉役の2人を含め、それぞれの場所から動かず顔を見合わせる10人。
 飛び交うアイコンタクトと、数秒の沈黙の後。アレックスが口を開いた。
「それで構わない。‥‥と、Ag」
 シンと藍が子ども達を保護したのを確かめた後、行動に出る。
 すなわち命を預けるランス「エクスプロード」を地面に置き、Agとの間合いをさらに詰めたのだ。
 4m、3m、2m、‥‥1m。
 普通に話が、出来る近さまで。
「何のつもりだ」
 戸惑いを隠さない交渉相手に構わず、アレックスは口を開いた。
「なぁ、Ag。お前、ノアと一緒に居られたら、それで良いんだろう? だったら、『こっち』に来ねェか」
 目の前のキメラにしか聞こえない声量で、爆弾を落とし
「何を‥‥正気か?」
「至ってな。‥‥おまえは、何で、以前脱走しかけたノアが『処分』されなかったと思う?」
 気色ばんだようなAgに、問い返して続ける。
「ニンゲンの思惑など、俺は知らない!」
「そうか。じゃあ聞いてくれ。言っちゃなんだが、軍の偉いさんはノアに価値なんか見出しちゃいなかった。‥‥アイツに、死んでほしくないって思った傭兵が多かったからだ」
「‥‥」
 アレックスには答えず、Agはノアに視線を送った。
 軍用車から10mほど前に出た位置に、パイドロスを纏ったドラグーンと、薄紅梅の髪を結えたスナイパーに寄り添われているのを見つける。2人の表情に、搾取するものの狡猾さはない。
「Ag、ノアを泣かせちまった俺は、トモダチなんて名乗れないかも知れない。‥‥それでも、ノアは俺達と戦いたくない、って言ったんだ」
「ノアが‥‥択んだ、のか」
「俺達ももうノアと戦いたくなんてねェんだ。それに、トモダチとの約束、『ハーモニウムとは戦わない』ってヤツは、守りたい。だからお前とは戦えない」
「‥‥約束」
 呆と呟く、長躯のキメラ。
 赤髪のドラグーンは、その目を正面から見据えた。
「同じ理由でノアは返せない。だから、もしお前に覚悟があるなら。‥‥ノアと一緒に『こっち』に来てくれ。悪いようには絶対しねぇ。俺の命を懸けても良い。だから‥‥」
 頼む。
 唇だけ動かし、頭を下げるアレックス。
 Agはただ、暫し立ち尽くした。
「‥‥ノア‥‥俺は」
 どうしたらいい?
 
 張り詰めた空気を破ったのは、ガラスの割れる音だった。
『Agたん、いつまでそうやってんのォ?』
 見ると、スクールバスのフロントガラスを蹴り壊したQとフィディエルが、ボンネットに身を乗り出している。
「ち」
 甲虫に注意をはらっていた9Aがいち早く見咎め、視線を一時2人に向けた。
「‥‥もう終わる。ウィルカ、残りの人質を解放しよう。取引は成立だ」
 Agの言葉に、千佳とQがほぼ同時に異を叫んだ。
「駄目にゃ! お行儀の悪い2人がバスから出てきたにゃ! Agくんがここまで連れてきてにゃ。 ウィルカお兄ちゃんも、バスの前まで下がるにゃ!」
『駄目なのはこっちも同じさ。Agたん、甘いよォ。君の目の前にノアはいる? 敵は何人? 交渉はフィフティ・フィフティじゃなきゃ裏切られて終わりサ☆』
「みゅ‥‥!」
 言い分は、真っ向から対立。
 まず折れて見せたのは、アレックス。
「西村、下がろう」
 地に置いたランスを背に担ぎなおし、一言。
「わかったにゃ。だけど人数が人数だから、解放は子どもたちを先にしてにゃ」
 傭兵の譲歩と提案に、Qも頷いた。
「OK」
 双方、思惑は異なれど合意。
 アレックスと千佳は交渉ラインからやや後方──嘉雅土ときら、ノアのいる位置──まで後退。
 代わってAgとウィルカが児童らを伴い、交渉ラインに立った。
「行きましょう」
 ノアを伴ったのは、きらと嘉雅土。ラインの30mほど手前で止まり、ノアの手首に嵌るリングを外しにかかる。
 バスのボンネットからその様子を眺めていたフィディエルが、意外そうに呟いた。
「本当に返してくれるようですね。人間はもっと狡いと思っていました」
「アッハァ〜。流石に民間人の子どもを犠牲にするわけにはいかないようだね」
 笑いながらもQは、油断なく『交渉』に目を向けている。
 そう、ノアのリングを外し終えたきらがウィルカに頷く様も
『解放準備完了』を受け取ったウィルカが銃口を下に向け、人質から手を離す意思を示すまでをも。
 と、そこで。
「‥‥ん?」
 Qの目の端に、盾の影で不審な動きをする嘉雅土が引っ掛かった。
 何かのピンを抜いて、数を数えている。
 何をしているかはわからない。だが、あれは。
「Ag!」
 Qは叫んだ。確証はない。だが見逃せない。
「罠だ!」
 ワナダ。全てをぶち壊すわずか3つの音。
 Agが顔色を変え、アレックスをぎっと睨んだ。
「約束? トモダチ? 聞いて呆れる」
 ウィルカも憮然として、下ろした銃口を再び子供に向け、ノアに向けて叫ぶ。
「さあノア、おいで。僕の手元にガキどもがいる間に」
「‥‥」
 ノアはウィルカとAg、周囲の傭兵を順番に見つめ、しばし俯いた。
「わかった」
 決意とともに顔を上げ
「ノア!」
 振り向かず、地面を蹴る。
「Ag、ノア、信じてるーーーっ!」
 キメラは大声で叫びながら走った。信じる? 何を?
「あいつら、トモダチーっ!」
「あのバカ!」
 ノアの真意を悟った嘉雅土が、手の中の閃光手榴弾を投げあげる。
 その間にAgに駆け寄ったノアは、長躯に思いっきり抱きついて、『押し倒した』。
「ノア! よか──」

 瞬間。
 小さな太陽が、彼らの頭上で炸裂する。。
 迸る爆音と閃光に紛れ、傭兵達は迅速に行動開始した!


**
 まず嘉雅土が、竜の翼と竜の咆哮を発動した。
 閃光で朦朧とするウィルカのがらあきの側頭部に、軽く拳を叩き込む。
「‥‥!」
 吹き飛ぶ強化人間を見届けることはせず、すぐさまノアの方へ走った。
「よくやった。あとで菓子やるぜ」 
 黒猫の襟首をつまみ上げ、千佳へ放るように託す。残るはウィルカ同様、目を回しているAg。
「ちと荒っぽいコトするが」
 悪く思うなよ? 口の中で呟き、腹に拳を叩き込む。
 撤収が完了するまで無力化させる為の措置だ。
「‥‥ぐ‥‥あ」
 短い呻きとともに動かなくなったキメラを肩に担ぎ、ドラグーンは軍用車へと走った。

 一方で藍は、陸人と協力して人質たちを順番に軍用車に運んでいた。
 最初のうちこそ自力での移動を促してみたのだが、避難する前に閃光手榴弾が爆発したものだから、殆どが動けないことを理解したのだ。だから諦めて、担いで運んだ。
「‥‥子ども達は命に換えても‥‥護ります!」。
 強化人間と戦っているだろう仲間の身を案じつつ、2人は黙々と子ども達を抱き上げる。
 地味ではあるが、これもまたなくてはならない任務だった。


 周囲を塗りつぶす白が薄れてゆく中。
「撤収準備が整うまで、ボク達で食い止めるよッ!」
 9Aは、甲虫キメラ相手に拳を揮っていた。Qの指示が早かった故、軍用車までの距離は50mもない。
 後がない。抜かれてしまえば大惨事になる。その思いが、彼女の拳に力を与えていた。
 狙うは硬殻に覆われた胴ではなく、触覚をはじめとする感覚器。
 愛用の香水で惑わせる作戦は効かなかったが、凹んでいる余裕などない。
「程よく、シビれなァッ!」
 装着式超機械の放つ電磁波が、拳の威力をブーストする!
 子供を喰らわんとする合成獣が、不快な鳴き声をあげて爆ぜた。

「うにゅ〜〜っ! 君達にも手出しはさせないのよ〜!!」
 竜の翼で駆けつけた白兎、プリセラの決意は同様だ。
 華奢な体全体を使ってエネルギーキャノンを構え、慎重にだが躊躇いなく、トリガーを引く。
 ある時は9Aの援護射撃、ある時は目の前の甲虫の足に狙いを定めて。
「邪魔は絶対にゆるさないの〜!」
 バハムートの腕と頭部をスパークさせながら、弱点である腹に大きな穴を穿つ。

 「プリセラちゃん、すごいのだ!」
 会心の一撃に笑顔を向けたのは、アウゲイアスを奮い、関節部を集中攻撃していた美鈴。
「こっちももう終わるの!」
 すぐに真剣な表情に戻り、紅蓮衝撃を発動した。赤いオーラを身に纏い、軽く跳躍。
「みんなには攻撃させないのよ!」
 全ての力を込めて狙うは、胴と頭部の継ぎ目。
 金属を叩き壊すような鈍い音が響き、二つに分かれた甲虫が、ごろりと地面に転がった。

「やった!3匹撃破なのだ!」
「ボクたちの敵じゃなかったってことか」
「うにゅ、でもまだ終わってないの! 全員で脱出するまでが依頼なの!」



「君達はひどいなァ〜。騙すなんて、ネェ!?」
 哂いに怒りを隠したQの鋭い一撃を、紙一重で避けるのは武流。
「交渉や闘いってのは、自分の命を賭けてする物だ!」
 スコルとオセで固めた脚で連続回し蹴りを繰り出しながら、苛烈な怒りをも反撃に乗せる。
一見、一進一退の攻防。だがQは焦っていた。
(このままじゃノアが‥‥)
 いつしか頬から笑みが消え、手数も増えている。だが
「フゥン? ちょっとばかりキミを見くびっていた、カナ!?」
「全くだ」
 迷いのある攻撃など、武流にとっては脅威でも何でもない。
 悉く捌かれ、Qは舌打ちした。
 傭兵の目的が時間稼ぎなのは明白だが、突破するには些か相手が悪い。
 刹那。
「Q!」
 武流の視界の端に、ウィルカがイン。ハンドガンの銃口を武流に向けて、トリガーに指をかけた。
「須佐さん! 避けて!」
 ウィルカにこそ抜かれたが、フィディエルを引き続き牽制しているシンが悲痛な叫びを上げる。
「無論っ」
 不意打ちに近い一撃を、危なげなく避けるグラップラー。
「なっ?!」
 予想外の動きに体勢を崩すウィルカに、武流の蹴りが炸裂した!
「ウィルカ!」
 吹き飛ぶウィルカを、地面に激突する寸前で受止めるQ。とはいえ体勢は崩れ、劣勢は明らかだ。
「ここまでだ、ハーモニウムの諸君」
 止めをさす好機に、武流が踏み込む。
 と、その時。
「お待たせしました!」
 子ども達を大型軍用車に収容した藍の声が、無線機から響いた。
「撤退です!」
 先行部隊が乗ってきたジーザリオから身を乗り出し、きらが嘉雅土のペイント弾を射出。場を霍乱する。
「‥‥27、28」
 バイク形態のパイドロスに跨った嘉雅土は、既に2個目の閃光手榴弾のピンを抜いていた。
 時が満ちたのか伸び上がり、全力で放り投げる。
 炸裂した。再び。小さな太陽が。
 白く塗りつぶされた世界に、二台の車の急発進音が響いた。
「皆さん、早く!」
 ジーザリオのハンドルを握る陸人の声に、未だ乗車していなかった傭兵達が次々と飛び乗る。
「‥‥ちッ」
(もう少しで片がついたものを)
 割り切れなさを抱いた武流も、例外ではなかった。


**
 3人のハーモニウムが視界を取り戻した頃、傭兵達の気配はもはや周囲から消えうせていた。
 残ったのは無人のスクールバスと、甲虫キメラ3匹の死骸、そして
「ひどい‥‥茶番でした‥‥」
「そうだねェ。まさに三文芝居☆」
 完敗としか言いようのない状況と、それに対する苛立ちだけだ。
「まさかAgまで連れていかれるとはな」
 がらりと口調を変え、フィディエルが考え込む。可憐な横顔を眺めながら、Qはぽつりと呟いた。
「ノアは本当に‥‥自分の『意思』で、帰らないことを択んだのかもしれないねェ‥‥なーんて」
「冗談だろ? そんな馬鹿げたことがある筈がない。人類と戦うことが存在意義のキメラが、命乞いなどするものか。‥‥そうですよね、ウィルカさん」
 フィディエルの問いに、ウィルカは返事ができないでいた。
(フィディエルが傭兵の手にかかって死ぬリスクを回避できる代わりに、僕はハーモニウムに帰れない。例えばそんな条件だったら、僕はどうするんだろう‥‥?)
 答えのない問い。
 ノアは答えを見つけたのかもしれない。そんなことを考えながら。


 かくして、ハーモニウムによるバスジャック事件は、無事に解決した。
 人質の子ども達は一旦UPCの辺境基地に収容され、バイタルチェックの後自宅へ送り届けられたという。