タイトル:【AA】難民救助・アイ。マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/24 06:22

●オープニング本文


☆この【AA】は、複数の有志MSにより、【難民救助】という連動をしています。

 ピエトロ・バリウスの戦死とユニヴァースナイト弐番艦の大破の報せは、勝利に酔いかけた欧州軍本部を黒い翼で一打ちした。
 チュニジア沿岸に恒常的な拠点を確保するという大業を果たした将兵の顔も、暗い。
 それは勝利と言う言葉で表すには余りにも苦い味わいだった。
『数百人規模の一般人の収容所があるようだ』
 そう、生き残った兵士が語る。場所は、かつてカサブランカと呼ばれた都市のやや北側。
 バリウスの指揮下の一部隊は、陽動のためにそこへ強襲を仕掛けようと企図していたらしい。
 陽動はもはや、果たす意味が無くなったのだが。
「彼らをもしも解放できるならば‥‥」
 バリウスから指揮を引き継いだブラットは、言葉の後ろを宙に漂わせた。
 この戦場が無駄でなかった証が一つ、増える。それは、暗く沈んだ空気に光を差す事でもあった。
「ブリュンヒルデ、拝命します」
 マウル・ロベルは綺麗な敬礼を返した。
 今の欧州軍は小さくとも価値ある勝利を欲している。いや、必要としている。
『比較的』損傷の軽微なブリュンヒルデで収容所を強襲、民間人を確保の上離脱するという作戦を立案するほどに。


 ブリュンヒルデ艦長、マウル・ロベルがハインリッヒ・ブラットより、難民救助任務を拝命してから数日の後。
 もう少し詳しく述べれば、第一陣部隊により、一部の難民をブリュンヒルデに収容して数日の後。
「マウル中尉! 僕はもう飛べます!」 
 彼女は艦長室で、細面の青年と押し問答するハメに陥っていた。
「お願いします! 次回救助任務の出撃と、KV隊の指揮権を返して下さい!」
 執務机から身を乗り出さんばかりの勢いで喚いているのはアナートリィ・ボリーソビッチ・ザイツェフ。
 ブリュンヒルデに配置されたKV部隊の隊長である。……今はドーム要塞制圧の際に負った傷を理由に、免職されているのだが。
 もう何度目かも忘れるほどの嘆願に、マウルは小さくため息をついた。
 毎回毎回毎回毎回。何度言えば分かるのかしらこのピロシキ頭は。そう言わんばかりに。
「却下。この間も言った筈よ。怪我人の出る幕はな・い・の! 体温計咥えて寝てなさいな」
「‥‥僕にだってやれます! 収容所ではまだ大勢の人が救助を待っていると聞きました! 留守番なんてしていられません!」
 両者、譲らず。机を挟んで正面切って睨みあった。
「‥‥分かりました」
 数秒の後、折れたのは意外にも
「そうまで言うなら、復帰を認めましょう」
 マウル・ロベル。
「有難うございます! アナートリィ中尉、残存収容所の解放に全力を尽‥‥」
「早合点しないで。収容所解放には連れていけないわ。中尉には別働隊を率いてもらいます。‥‥詳細はそうね、白瀬に聞いて頂戴」
「白瀬少尉‥‥ですか」
 ロシアの青年は輝かせたばかりの顔をみるみる曇らせた。
 有事の際に情報管制を担当する白瀬留美少尉は、普段は庶務部的な事柄をも掌握している。
 情報管制はともかく庶務はどう考えても、KV小隊とは関係のないセクションだ。
 アナートリィの困惑を見抜いたのか、マウルは笑んだ。
「頼りにしているわ、トーリャ」


「あ、トーリャさんなの。今回はよろしくねなの」
「アナートリィ中尉です‥‥というか‥‥これは‥‥」
 かくしてアナートリィは、白瀬留美とともに『ブリュンヒルデ』居住区画を訪れていた。
 個室のパーテーションをすべて取り外され、備品類もほとんど片付けられたカーペット敷きの広間。
 そこにいたのは、大げさではなく数え切れないほどの子どもたち、だった。
 十数人、ではない。数十人。下はよちよち歩きから、上は留美とさして変わらない背格好の少年まで。
 男女の比率は、ほぼ同数。
「あーー! るみるみだー!」
「パパとママはまだこないのー?」
「ねーねーこのお兄ちゃんだれー?」
「KVごっこならまぜてやってもいいぜー? おまえはおれ達のショータイにやっつけられるばぐあの役な!」
 思い思いに遊びに興じていた彼らは留美とアナートリィを見つけると、わらわらと寄ってきて口々に黄色い声で喚きはじめた。
「白瀬少尉、彼らは‥‥」
 意思とは無関係にバグア役を割り当てられたストライクフェアリーは、困惑した表情を留美に向ける。
「第一陣が救出した難民なの。女性と子どもから優先的に助けるのはお約束なの。特にここに居る子どもたちは、保護者の安否が確認できないか、もっと悪いことに‥‥」
 −−死亡が確認された子たちなの。天才児の唇が、音を立てず動いた。
「そうですか‥‥」
「子どもは食べ物と毛布だけでは、しあわせになれないの。アイと遊びがないと、いびつになっちゃうの。‥‥トーリャさんなら、わかるんじゃないかと思うの?」
 小首を可愛らしく傾げて、留美はアナートリィを見上げる。
「それはつまり、僕に保育園の真似事をしろと‥‥? 事情はわかりますが、彼らの親代わりは荷が重過ぎます。KV隊長という自分の職ですら、真っ当に果たせていないというのに」
「ちがうの中尉。誰も『親の代わり』になんてなれないの。トーリャさんはトーリャさんのままで、アイと遊びをあげてくれれば、それでいいの。ブリュンヒルデの中は安全だから、KV隊長でなくても平気なの」
「‥‥アナートリィ中尉です」
「もちろんこの人数を、中尉ひとりに押し付けたりはしないの。ラストホープの傭兵さんがお手伝いしてくれるの!」

 もはやアナートリィに、拒否権はなかった。
 いやマウた‥‥もとい! マウル艦長の命令だから、端からないのだが。

●参加者一覧

/ 綿貫 衛司(ga0056) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 新条 拓那(ga1294) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 百地・悠季(ga8270) / 白虎(ga9191) / リヴァル・クロウ(gb2337) / ドッグ・ラブラード(gb2486) / 鯨井レム(gb2666) / セシル シルメリア(gb4275) / 雪待月(gb5235) / ブロント・アルフォード(gb5351) / 諌山美雲(gb5758) / 佐賀重吾郎(gb7331) / 八尾師 命(gb9785) / ムーグ・リード(gc0402) / ソウマ(gc0505) / 兄・トリニティ(gc0520) / 獅月 きら(gc1055) / シクル・ハーツ(gc1986) / ユウ・ターナー(gc2715) / 春夏秋冬 立花(gc3009) / ハーモニー(gc3384

●リプレイ本文


●いつもと少しだけ違う一日のはじまり
 モロッコ最大の都市、カサブランカからさほど離れぬ山岳部。
 砂漠の茶色と僅かに茂った樹の緑の間で「ブリュンヒルデ」は翼を休めていた。
 強い日差しが、多くの難民を抱いた戦乙女にさんさんと降り注ぐ。
 窓に嵌った強化ガラスに反射るそれは、零れる宝石のようだ。
 もっとも、艇の内側に在るのは綺麗でも何でもない、現実的なやりとりだったりするわけで‥‥。



●午前9時
「なー、知ってる?」
 窓から差し込む陽射しを受けながら、難民の少年は向かいに座る仲間に声をかけた。
 あらかたが朝食を終えた食堂は閑散としていて、残っているのは少年達5人だけだ。
「今日、傭兵が来るんだって」
「へぇ。何しに?」
 サラダをつついていた別の少年が、疑問符を返す。
「俺達の慰問だと」
「余計なお世話だっつーの。ガキじゃあるまいし」
 気色ばんだ口調の少年の背格好は、13、4歳。どう見ても子どもだが、そうとは自覚しない年頃のようだ。
「俺見たぞ、広間に何人かいた。赤い髪の奴と、色の黒い奴」
 牛乳を飲み干した別の少年が、得意げに喚いた。
「え、本当に?」
「見に行ってみるか?」
 余計なお世話といいつつ、興味はあるらしい。
 5人は慌しく立ち上がり、足早に食堂の出口へと向う。テーブルには食器を乗せたトレイが5つ残されたままだ。
「ちょっと男子! トレイ下げなさいよっ!」
 傍のテーブルを拭いていた女子の怒声が、彼らの逃げ足をちょっぴり早くした。


 アルヴァイム(ga5051)は難民たちにあてがわれた広間の片隅で、黙々と作業に勤しんでいた。
 周囲には艦の修繕に用いた残りの鉄板、薄汚れた木箱などのほか、工具や道具を放射状に広げている。
「‥‥なに、してんだ」
 食堂から走ってきた少年達ちに気づき、金の眼で掬い上げた。
「廃物利用という奴ですよ。串焼きに使う串と、小さな子ども達へ楽器をね」
 穏やかに答えつつも、大きな鉄板をアーミーナイフでざくざく切り出す手は休めない。
「廃材」が見る見る「部品」に整えられてゆく様を見て、少年達は目を丸くした。
「すっげえ、なあなあ、それ見せて!」
 アーミーナイフに興味を示したのか、一人が不用意に手を伸ばす。
 すかさず制するアルヴァイム。
「刃先に手を出すのは賢くありません。興味があるなら、座って」
 顔を見合わせつつ座った3人に、再び柔らかい眼差しを向ける。
 手渡したのは、切り出した部品とやすり。
「切り口を加工していない鉄片は凶器になります。小さな子でも使えるようにしてやって下さい」
 慣れない手つきで廃材を磨く少年達を見つめる傭兵の眼は、穏やかな色で満たされていた。

 アルヴァイムの作業に加わらなかった2人は、窓際のムーグ・リード(gc0402)をやや離れた位置から見つめていた。
 彼が親しみやすい容姿をしていたのが大きな理由だ。自分達と似た褐色の肌、緩くウェーブした黒い髪、鳶色の瞳。さらに
「‥‥夜露死苦‥‥アフリカ、ノ、子供、達‥‥」
 片言の共通語の中に息づく、慣れ親しんだイントネーション。
『こんにちは。言ってる事、分かる?』
 同郷を悟ったのか、少年の1人が母国語で挨拶した。
 途端、ムーグの眼に驚きと喜びの色が溢れる。
『勿論! 同郷の少年達、会えて嬉しい。そしてこの言葉で話せることも』
 2人の少年は、長躯の傭兵と手を握り合った。しばし笑顔が交わる。
 しかしそれは長くは続かなかった。
 同郷故の親しみと甘えが、子供たちの心を素直に、悪く言えば遠慮をなしにしたのだ。
『兄ちゃん、能力者なんだろ? 何でもっと早く来なかったんだよ!』
『今更来てくれたって、もうどうにもならない。終わっちゃったんだ』
 切実な叫びに、哀しげに頭を垂れるムーグ。
『‥‥力が及ばず申し訳ない』
 ややあって、面を上げる。
『でも、終わりじゃない。アフリカは、絶対に奪還します。私はそのために、礎になるために生きている』
『そんなの無理だよ。だって皆連れてかれちゃったんだぞ! キレイゴトですむんなら、戦争なんてとっくに終わってる!』
 少年、激しく反駁。
 夢を描けないその姿に、かつての己を重ねたムーグは、ゆっくり言葉を選び、続ける。
『すぐは無理でも‥‥アフリカの未来まで、バグアは奪い去っていない』
『なぜなら君達が居る。終わっていない。生きていて欲しい。どうか』
 それは半ば、己に言い聞かせる種類のものでもあった。
 能力者として、自分と同じ境遇の子どもの幸せのために、戦い続けよう。
 故国の大地で新たにする、誓いのようなものであった。


 さて、少年達が逃げた食堂では、少女達が出しっぱなしの食器を片付けていた。
「男子ったら! ほんと嫌になっちゃう」
 ぷりぷりしながら厨房に運び込み、テーブルをひとつずつ拭きはじめる。
 そこに合流した夏秋冬 立花(gc3009)は、掃除などを手伝って見ることにした。
 大きな業務用掃除機は小柄な彼女の手に余ったが、能力者の気合で取り回す。
 ほどなく少女の1人が声をかけてきた。
「あら、新しく入った人? どこの収容所にいたの?」
「ん、お手伝いってとこかなぁ〜。この艦のコトとか教えて? かっこいい男の子いる?」
 適当に立場を濁す傭兵に、少女は親しみを持ったようだ。作業の手は休めず笑みを浮かべる。
 「男子は駄目ね、ろくながいないぁ。ガキばっかで嫌んなっちゃう」
「そうなんだ」
「あっでもね、海兵隊のジョーダン中佐は優しくて頼りがいがあってステキかな♪」
「はぁ」
 ‥‥10代女子が憧れる対象としてはやや渋くないか。ツッコミたい気持ちを抑えつつ、床に掃除機をかける立花。
 モーターの駆動音が、人気のない食堂に思いのほか大きく響いた。

 隣接する食堂から聞こえる掃除機の音をBGMに、ソウマ(gc0505)は食器洗いに勤しんでいた。
 厨房には彼のほか、内気そうな少女がひとり。
「ソウマさんは能力者なのかぁ。世界中でお仕事するんでしょ?」
「そうですねえ、動物と遊んだりお花見したり学園生活っぽいことしたり‥‥って、これじゃ遊んでばっかりみたいですね。KVに乗ってキメラ退治したりもしますよ」
 真面目に答える若き傭兵に、難民の少女がくすりと笑う。
「いいなぁ。お友達とか、いっぱいなんでしょ? ‥‥あたし知ってるの。この艦に乗っている子は、ほとんど孤児なんだって。あたし、ひとりぼっちなの」
「そんなことないですよ!」
 ソウマ、洗っていたコップをシンクに沈め、少女に向き直る。
「少なくともひとりぼっちじゃありませんよ! この艦には大勢の人がいるし、それに僕とあなたはもう友達‥‥ほら!」
 演劇部仕込みの芝居がかった動作で、窓を指差した。広がるのは広大な空。
「寂しくなんかないさ! この青い空の下で僕達は繋がっているよ!」
 キョウ運か強運か。タイミングよく雲間から陽射しがぱあっと差し込んだ。
「あ、ありがとう」
 少女は頬を赤らめ、拭いた皿を抱えて食器棚へと向う。
 その背中を眺めてつぶやくエキスパート。
「んー、ちょっとアプローチが大胆すぎたかな?」



●午前10時
 難民居住区の廊下を歩く白瀬留美は、いつもと違う雰囲気に首を傾げていた。
「ん、今日は大きなお友達がおとなしいの」
 後ろに続くリゼット・ランドルフ(ga5171)、百地・悠季(ga8270)、諌山美雲(gb5758)は顔を見合わせる。
「いつもは違うんですか?」
 問いを口にしたのはリゼット。
「モラトリアムだか何だかで、騒がしくて困ってるの。ある意味赤ちゃんより大変なの」
「赤ちゃん‥‥♪」
 答えを聞いた美雲は、半ば無意識にお腹を撫でる。
「まぁ、大変なのは承知だけど、こういうのを引き受けてこそよね」
 微笑を浮かべ、悠季も頷いた。
「助かるの」
 留美は表情を変えず、3人を先導する。
 階段を上り、奥まった小部屋まで歩くと、ゆっくり扉をあけた。
 途端
「うわぁぁぁん! あたちのあかちゃんとったー!」
「ちがうもんこれはぼくのけーぶいだもん!」
 複数の喚き声泣き声、そして
「そこぬいぐるみは仲良く使って下さいっ! 喧嘩しない話し合いで解決! あああ噛まないっ叩かないっ!」
 おろおろとする若い男の声が流れ出してくる。声の主は、10人ほどの幼児と、翻弄されげっそりしたアナートリィだ。
「トーリャさん、子ども相手に話し合いとか無理なの」
「あ、白瀬小尉‥‥それに皆さん、お待ちしてました!」
「小さな子たちは、午前中ここで過ごしているの。よろしくお願いしますなの」
 とりあえず、KV隊長は留美と一緒に退出。
「さあ、腕まくりで張り切っていくかしらね」

 子ども達は新たな「来客」に、戸惑った表情を隠さなかった。
 年長の子どもの背中によちよち歩きの子どもが隠れ、その場で固まってしまっている。
「よし、こういう時は‥‥」
 一歩前に進み、持ち込んだトナカイのぬいぐるみを胸の前に差し出すリゼット。
「『こんにちは、ボクはらすと・ほーぷからきたトナカイだよ、いっしょにあそぼう?』」
 声色を作り、ややオーバーアクション気味に手足を動かし話しかけ
「‥‥となかいさん?」
 興味を持って近づいてきた子どもに、素の声で囁く。
「ね、トナカイさんとおねえちゃんと、一緒に遊んでくれる?」
 優しい眼差しに、子どもたちは安堵を感じたらしい。
「‥‥うん!」
「あそぼー!」
 口々に頷くと、リゼットの手を取って広間の真ん中へと走った。

 年長の子ども達とリゼットが遊ぶ傍ら、悠季と美雲が受け持ったのは、1、2歳の「赤ん坊」だ。
 朝食が終わって間もない故機嫌はよいが、ロンパースのお尻がことごとく丸く膨らんでいる。
「ん、順番に交換していこうか♪」
 手近な1人のおむつの中を確かめた美雲は、嫌な顔もそぶりもみせなかった。
「はぁい、気持ちいいねぇ」
 クッションの上にころんと子どもをひっくり返し、手際よく新しい衣類と交換する。
 18歳とは思えぬ程子どもとの触れ合いが板についているのは、最近結婚したばかりのせいか、別の何か故か。
「ふふ」
 一方で悠季は、甘えてきた子どもを2人一緒に膝に乗せていた。
 ぬくもりを独占しようとする幼子それぞれの頭を優しくなで、簡単な手遊びを交え、仲良く遊ぶことの楽しさを諭す。
 子どもの心を落ち着かせる「仕事」のはずが、彼女もまた甘いミルクの匂いに癒されていた。
 ぽろり。心のうちが零れる。
「可愛い子達。いずれあたし達にもね‥‥」
 ね、アル。


 子守から解放されたアナートリィは日課の診察を終え、医務室を後にしていた。
 隣接するリネン室や娯楽室にも人の気配はなく、閑散としている。
 と、思いきや。
「ふむ、見た目よりも重量があるな‥‥」
「いち、にぃ、さん‥‥人数分あるといいんだけど‥‥」
 娯楽室の扉が勢いよく開き、大きな荷物を抱えた少女が2人飛び出してきた。
 シクル・ハーツ(gc1986)とユウ・ターナー(gc2715)だ。
 シクルの腕の中には小さなタンバリンや鈴がたくさん入った段ボール箱、ユウの肩には折りたたみ式の電子キーボードが担がれている。
「シクルおねーちゃん、練習してきた『マライカ』、皆で大合唱になると楽しいね♪」
「そうだな」
 顔を見合わせ、足早に子ども達のいる居住区へ歩を進める2人。アナートリィには全く気がついていない。
 さらにリネン室から慌しく別の人影。タオルと布おむつの替えを抱えた白瀬留美。
「トーリャさん、どいてなの」
 慌てて道を譲るKV隊長には目もくれず、彼女もまた居住区へと急ぐ。
「な、なにかお手伝‥‥」
「お気持ちだけで十分なの、むしろのーさんきゅーなの」
 天才少女にバッサリ斬られ、廊下で立ち尽くす休職中のKV隊長。
「‥‥僕は‥‥無力だ」
 その肩を、クラーク・エアハルト(ga4961)がぽんと叩いた。
「少し、休憩したほうが良いな。コーヒー、どうだい?」
「あ‥‥はい」

 停泊したブリュンヒルデのデッキに降り注ぐ陽は、随分と高い位置まで昇っていた。
 温度は高いが湿度は低く、涼気を孕んだ風が吹き抜けてゆく。
「煮詰まってないですか、中尉」
 クラークは幼さの残る士官にコーヒーを手渡した。
「焦らないわけがないでしょう‥‥。僕はブリュンヒルデを護るために配属された。なのに今何をしている? 子どもの守りすら満足に出来ない体たらくだ。結果を残せない兵隊なんて、軍には要らないのに」
 缶を手にしたまま呻く横顔を盗み見つつ、自分も隣で一口含むスナイパー。
「んー、能力者も機械じゃないですから。戦うだけじゃなく、こういうケアも大切なんですよ。もちろん子ども達にも」
 視線が、デッキの下に逸れた。
 土の上で子ども達が能力者とサッカー遊びに興じている様を、茶色の目に映す。
「子どもはあの通り、めいっぱい遊んで他者とコミュニケーションして、はじめて真っ当なオトナになれる。間違っても即エミタ検査、即スパルタ教育なんてしちゃいけない。中尉殿だって同じですよ。今こうしている時間は、あなたを損なわない為に必要な時間なんです」
「そう‥‥ですか」
 やれやれ、どっちが上官かわからないな。元USA陸軍下士官は喉の奥でくすりと笑んだ。
「そうです。楽しんだモン勝ちですよ? 子どもたちは楽しんでる。次は中尉殿だ。‥‥そして気が熟したら」
「?」
「同じシラヌイS型のパイロット同士、一緒に戦ってみたいもんです。ま、頭部形状は少し違いますがね」
 アナートリィがはじめて笑んだのを、クラークは見逃さなかった。
「それは共同戦線ですか、演習ですか? 演習なら僕は、負けませんよ?」
「そうこなくっちゃ」
 再び風が吹く。子ども達の声とサッカーボールを乗せて
「すみませーん、ボールとってくださーい!」
 デッキに、届いた。



●午前11時
 デッキから投げ返されたサッカーボールを受け取った子どもが、地面に線を引いただけの即席フィールドに走って戻る。
「よーし、コーナーキック!」
 小学生男子混成チームに立ちはだかるのは新条 拓那(ga1294)、ドッグ・ラブラード(gb2486)、ブロント・アルフォード(gb5351)の3人。
 下は18歳上は25歳、しかも能力者だが表情はなにげに真剣である。
「能力者の異常な身体能力を活かした(珍)プレイをお見せしましょう!」
 自分の腰ほどしかない背丈の子ども達に混じり、ボールにダッシュしたのはドッグ。
 長い手足を生かしボールの近くに一番にたどり着くが
「なっ?」
 視界の外に居たちびっ子が華麗に足元に滑り込み、ボールを確保する。
 奪取に走ったブロントの股下をかいくぐり、ころころとかわいらしいパスが走った。
「くー、上手いなぁー。俺能力者なのに形無し‥‥!」
 これまたボールをとり損ねた拓那が悔しそうに呟く。ちなみに彼が最年長。
「いや、そうか‥‥能力者なりの手も。よーし!」
 まて、そのりくつは、おかしい。
 突っ込む間もなく覚醒。すかさず舜天足を発動。ボールを運ぶちびっ子のもとに、文字通り一瞬で駆ける。
「え?」
「どーだっ♪」
 得意げに、小さな足元から制球権を奪った。途端
「ずるーい!」
「いえろーかーどー!」
 口々に沸き起こるブーイング。
「え、あ、ごめ‥‥」
 一瞬たじろぐグラップラー。
「スキありぃっ」
 すかさずボールを取り戻した少年がフィールドを駆け上った。
 ゴールに向けて、シュート!
「やったー!」
「セイギは勝つのだー!」
 無邪気な歓声に3人の能力者は顔を見合わせ屈託なく笑う。
「よーし、次は負けませんよー」
 一旦フィールドの外に出たドッグが、ブロントめがけてボールを蹴り上げた。
 黒白の球は眩しい陽射しに溶け込み一瞬消え、
「よーし、とったぞーー!!」
 歓声とともに、地面に転がる。
 熱い戦いは、もうしばらく続くようだ。


 男の子より女の子の方が大人びている、というのはよく聞く話。
 それは「ブリュンヒルデ」でも例外ではないようだ。
 そう、小学生男子とええ年した能力者男子がサッカーに興じている頃
「あ、男子がサッカーやってるー」
「ん、皆も行って来る?」
「行かなーい」
「あんなヨーチなこと、つまんないもーん」
 低学年の少女達は、ケイ・リヒャルト(ga0598)の手でオトナっぽく変身していたのだから。
「ふふ、じゃあ綺麗になって、皆をびっくりさせちゃいましょ♪」
ラメの入ったリップグロス、キャンディみたいなネイルカラー、ほんのり甘い香りのパウダーなどのコスメティックは、少女達の心を掴むに必要十分なパワーを持っていた。
「ちょっとじっとしていて‥‥」
 鏡の前で神妙な顔をする小さなレディ達に、ケイが色を乗せてゆく。
 頬にブラシでピンク色を入れ、唇には丁寧に艶を。
 個性に合わせて、アレンジを加えることも忘れない。
「さぁ、どうかしら?」
「わぁっ!」
 手鏡で「変身」っぷりを目の当たりにした少女達は、口々に可愛らしい声をあげた。
 髪に飾ったリボンを触ったり、彩られた爪を見て微笑んだり、それぞれご満悦の模様。
「みんな元が良いから、メイクしても可愛いわね」
 それを眺めるケイも、ご満悦の模様、だ。

 メイクアップを施した後は、アクセサリーがなくっちゃ。
 第二部はセシル シルメリア(gb4275)と雪待月(gb5235)による銀細工教室だ。
 道具を広げる2人のまわりに、少女達とケイが一緒に座る。
「みんな〜、セシルのぱーふぇくと銀細工教室はじまるよ〜♪ 頑張っていこうです♪」
 明るく笑顔を振りまきながら、シルバークレイを配るセシル。
「?」
 見慣れない素材に戸惑うのをフォローするのは、雪待月の役目だ。
「その粘土で世界でひとつだけの指輪を作りましょう。分からないところは私に聞いて頂戴。残念ながら、手先が全然器用では無い‥寧ろ、不器用とも言えるのですけれど」
 イマイチ頼りなげなお姉さんだが、それが却って親しみを覚えさせたらしい。たちまち少女達に取り囲まれることとなった。
「よし、じゃあはじめるよ。簡単なリングを作ってみよう♪ まずはこうやって‥‥」
 講師役のセシル、おもむろに頷いた後、「講義」を開始。
「ここはー、こんな感じにすればおっけーです♪」
「そう‥‥その調子でいいと思うわ」
 お喋りするのも忘れ、真剣に取り組む少女達。
 壁掛けの時計が、秒を刻む音だけが室内に響いていた。時刻は11時40分。


 昼食まで間もない頃合になった厨房。
 2、3人ずつを受け持って何やら調理に勤しんでいるのは 鯨井レム(gb2666)と獅月 きら(gc1055)の二人だ。
「食べる事は、生きる事‥‥大好きな人の事を想い浮かべて一生懸命つくったら、おいしくなるんですよ」
 銀のボウルで粉とバターをかき混ぜながら、きらは微笑んでいた。彼女が手ほどきするのは故郷のお菓子、スコーン。
「パパやママが帰ってきたら、一緒に食べさせてあげるのー!」
 ひときわ年少の女の子が大きく頷き、手づかみでボウルにチョコチップを混ぜ込む。彼女は自らの境遇を未だ理解していないようだ。
「‥‥うん、そうね。きっと喜んでくれるよ」
 その姿にかつての己を重ねた能力者の少女の目に宿るのは、慈しむような色。
「ねえねえ、お姉ちゃんは好きな人いるのー? この子はねえ‥‥」
「ちょ、ちょっと言わないって約束だったでしょ!」
 一方、年長の女の子2人組は既に恋するお年頃のようだ。
 それぞれかぼちゃと紅茶を混ぜこんだ生地を真剣な顔つきで練りながらませた口を利く。
「好きな人‥‥? そうだなぁ」
 亡くなった実の親、育ててくれた今の両親、ラスト・ホープで出会った友人たちが、きらの脳裏に順番に浮かぶ。
 と、そこに。
「す、すみませーん! カンパネラ学園から食材預かってきましたー」
 両手に粉の入った麻袋や缶詰などを大量に抱えたドラグーンがよたよたと入ってきた。
 リンドヴルムのヘルメットの下から、笠原 陸人(gz0290)が、ひょこっと顔を出す。
「あ、笠原くん? どうしてここに?」
「きらちゃん! ‥‥レ‥鯨井先輩も! あ、えっとね、総帥‥‥白虎(ga9191)さんに大事な任務があるからって連絡受けて来たんだ。食材は学食のおばちゃんから差し入れ」
 思わぬ闖入者に、高学年の少女達に野菜の切り方を教えていたレムも顔を上げる。
「丁度良い所に来た。そこの鍋を見ていてくれ‥‥さて皆それじゃあ、今度は洗濯物の干し方を教えよう。もう脱水まで終わっている頃だ」
 敏腕管理部長は有無を言わさず後輩に鍋を託し、少女たちを連れて廊下へ通じる扉に向かった。

 山のような洗濯物を抱えて甲板に出たレムは、洗濯ロープを少女達の手の届く高さに張った。
 ついで手ごろな大きさのタオル類をかごにより分け、少女達の足元に配置。
「いい天気だ。これなら夕方までに十分乾く」
 自分は大きなシーツや乳児達のおむつなどを手際よくロープにひっかけてゆく。
「ねぇお姉さん、どうして女の子だけが家事、やらなきゃいけないの? 男子はああやって遊んでるのに」
 少女の1人がタオルを引っ掛けながら、頬を膨らませて足下を指差した。
 なるほどそこには、サッカー遊びに興じる小学生男子と3人の能力者の姿が見える。
「君達は大人と同じことが出来ると僕は判断した。彼らには任せられない。それだけさ」
 何の気負いもなく受け流すレム。
「この艦には乳幼児がたくさん乗っている。男子はあの通り、まだまだ子どもだ。僕はいつまでも一緒にはいられないから、せめて今後に役立つことを、伝えていきたいと思っている。それともままごとのほうがよかったかい?」
「そんなことないよ! あたしたちが頑張らなきゃだめだって、分かってる!」
 顔を見合わせ、俄然やる気を見せる少女たちに、レムは一つしかない眼で微笑み返す。
「その意気だ。大丈夫、出来るさ」
「うん!」
 ほどなく洗濯かごは空になり、青空の下、白いシーツや衣類が甲板で満艦飾のようにはためいた。
 すり抜ける風は爽やかだが、真上から照りつける日差しは熱い。
 それぞれが思い思いにすごした午前のひとときは、終わりを告げようとしている。



●12時30分
「せっかく停泊してるしいい天気なんだから、外で食べればいいんじゃない?」
 艦長がそう言ったかは定かではないが、子ども達の昼食は、木陰のテーブルに用意されることと相成った。
「さ〜て、御飯ができてますよ〜」
 小学生女子チームが作ったカレーを八尾師 命(gb9785)とソウマらが厨房から運び出してくる。
 不ぞろいな野菜が見え隠れするルゥをご飯にかけるのは、レムと一緒に調理を担当した少女たち。
「おら、ガキ共おまちかねの飯だ食え♪ 食わないと強くなれないぞ〜♪」
 軽口を叩きながら配膳をするのは世史元 兄(gc0520)だ。
「ほーら、ごはんがきたですよー」
 ユウはじめ、テーブルの端に陣取った幼児担当者は、それぞれ子どもを膝に乗せ、配られた昼食を食べやすいように加工する作業をはじめた。
「ふふ、もう少し待つんだ」
 屈託ない笑顔を見せながら子どもの首にエプロンを巻くシクル。
「まだ歯が揃ってないから、小さくしてあげなきゃね」
 白飯にスプーンで潰した肉と野菜を混ぜる悠季の目は何気に真剣。
「はーい、じゃあいただきまーす」
「あーんは? うん、美味ちぃ? そっか」
 幸せそうに食事を頬張る子どもを見て柔らかい笑みを浮かべるのはリゼットと美雲。
 木漏れ日の下流れるのは、ゆったりとした穏やかな時間だ。
 と、思いきや。
「おかわりー!」
「あっ僕もー!」
「ふっふーん、俺なんかもう2回目だもんねー♪」
 幼児と反対側の端に座った小学生男子チームの周囲は、どこか殺伐とした空気すら漂っていた。
 サッカーで汗を流した食べ盛りの子どもに混じって、ちゃっかり拓那とドッグまで空の皿を掲げて叫んでいる。(ブロントは唯一、余裕を持って皆を眺めていたことを彼の名誉のために付け加えておこう)
「おいしー。これお姉ちゃんたちがつくってくれたの?」
「デザートのスコーンも早く食べたいなぁ」
 ケイのプロデュースでお洒落した小学校低学年の女子が、高学年の女子に憧れの眼差しを向ける。
 面映そうに誇らしそうにする小さな「お姉さん」たちときらは、顔を見合わせて微笑みあうのだった。
 あらかた食べ終わったところで、おもむろに口を開いたのは白虎。
「さて夕食のバーベキュータイムに、ボクがとっておきのKV人形劇を上演するにゃー。中尉と笠原君、それに劇を見たい奴は手伝うにゃー」
 メインのテーブルとは別の小さなテーブルについていたアナートリィと陸人は、目を白黒させてしっと団の総帥に視線を送った。
「ぼ、僕もですか‥‥」
「っていうかまさか総帥、僕をココに呼んだ大事な任務ってそれじゃ‥‥」
「そのまさかにゃー。しっと団初のアフリカ公演を大成功させるにゃー」
 2人の様子には全く頓着せず、見た目愛らしいショタっ子は胸をふふんと反らす。
「あの‥‥しっと団って何ですか?」
「なんというかヒトコトでは言い表しにくいんですが‥‥」
 耳打ちするKV隊長に陸人は曖昧に笑い返した。
 中尉は闘士になるのか粛清対象なのか。ぼんやり考えながら。


 夥しい数の食器を厨房に運び込み終えたアナートリィは、木陰に腰を下ろしため息をついていた。
「ふう‥‥」
 羽を休めるブリュンヒルデの甲板に、KVの影が見える。
 おそらくは傭兵の誰かが、子どもに見せるためにハンガーから引っ張り出したのだろう。
「やあ、中尉殿」
 不意に、顔の前に声と影が落ちてきた。
 見上げると眼鏡をかけた黒髪の傭兵、リヴァル・クロウ(gb2337)と目が合う。
「あなたは‥‥」
「しがない傭兵だ。座っても構わないか」
 アナートリィが頷く前に、リヴァルは腰を下ろした。
 しばし沈黙。ややあって
「あなたは、もし戦う力がなくなったらどうします?」
 口を開いたのはアナートリィ。
「僕は今、何も出来ない。戦うことも護ることもできない。なのにのうのうとここに居て、あなたとこうやって話している」
 どう思います? 自嘲を多分に含んだ問いに、リヴァルは一瞬考える。
「ここに居る子ども達の存在が、君を含む我々の得た結果であり、我々が命を賭した結果が彼らの今だと認識している。それだけだ」
「僕を含めて、ですか」
「君の上官がこの場を君に託したのは、その事を実感させるためなのかもしれない。君にとって翼を失った事は一大事だろうが、君の本質が損なわれることはない。些細なことだ」
「些細ですか。傷つくなぁ」
 言葉とは裏腹に、アナートリィはほっとした表情を浮かべた。
リヴァルも口の端を上げて応じる。
「君が、何の為に戦っているのかは知らない。だが、KV小隊長として戦う前に人として、戦う意味を、そして目的を確認する場があっても良いのではないだろうか」
「それが、今だと仰るのですか。朝に話をした傭兵さんも、似たことを言っていました」
「そうか。君は今、色々な事を見るべき時期にいるのだろう。そして」
 黒髪の傭兵は、そこで一旦言葉を切った。
「いずれ、全てを賭して何かの為に戦わなければ成らない時が来る。その時、今日見た人々や君の仲間のために戦える人物になってほしい」


 リヴァルとアナートリィが話しているのと時を同じくして。
 綿貫 衛司(ga0056)はKVハンガーから愛機を外へ出していた。
 銀河重工が誇る局地戦空挺には小銃、月桂樹、桜星を意匠化したエンブレムが燦然と輝いている。
「すっげえ‥‥」
 間近でKVを見るのは初めてなのだろう、少年達は一様に目を丸くし、息を呑んだ。
 『戦い』に憧れを抱くのは、世界中の男子に相通じる事柄のようだ。
「自分の相棒、雷電です。こいつの上から見る風景も乙なものですよ。‥‥さあ、つかまって」
 衛司は翼の上に立ち、子ども達を順番に引っ張りあげた。両手を年少の子ども達とつなぎ、ゆっくり上を歩く。
「うわぁ、高い‥‥!」
「同じ風景でも少し違って見えるでしょう?」
 複雑に入り組んだ胴体部分によじ登り、そこでしばし休憩。遮るもののないパノラマの視界に、歓声をあげる少年たち。
「ほら下を見て。皆が遊んでいるのが見えます」
 衛司が指差す方には、3機のKV。
 世史元のペインブラッドと、ブロントのディアブロ、それにエアハルトのシラヌイだ。
 人型形態を取った機体は、戦闘機形態で待機する雷電とは違った印象で少年達の目に映った。
「さあ次は、あれを見に行きましょうか」
 
「よーしっ! KVに乗ってみたいヤツ手ぇあげろっ!」
 世史元のアクションに、子どもたちは我先にと手を上げる。
 衛司と雷電を眺めてきた少年のほか、いつの間にか中学生以上の男子や、可愛らしい女子まで混ざっているが、誰も細かいことは気にしない。
「良し、最初に手をあげたお前! 俺のペインブラッドでいいかい?」
 有無を言わさず小さな男の子をコクピットに招き入れるファイター。何気に「兄」のほうが嬉々としているようにも見える。
「ようこそシラヌイの操縦席へ、小さなお嬢さん」
 エアハルトが膝に乗せたのは唇をほんのりピンクに染めた少女。
「うわぁ、かっこいい!」
ディアブロに搭乗した11歳男子は、感嘆の声を上げた。背中で見守るブロントを振り返り、目を輝かせて叫ぶ。
「すごい! 僕も能力者になってKVでバグアを退治したいっ!」
「そうか‥‥」
 小さな頭を優しく撫でながらも、彼の胸中は穏やかではなかった。
 君が戦うという事は、それだけ俺達の戦いが長引いているという事‥‥素直には喜べないな。
 しかし思いは呑みこんで。
「それは頼もしいな、元気で大きくなれよ」
祈りを込めて、憧れを受止めた。



●おねむねむねむ
 昼下がり。
 乳幼児達は静まり返った部屋でゆったりと時間をすごしていた。
 3歳未満の子ども達には、健やかな成長のため午睡が欠かせない。
 いかに普段は落ち着いて生活していても、入眠時はぐずりがちなのもこの年齢特有のものだ。
「おねえちゃん達が傍にいてあげるからね」
 カーテンを下ろして薄暗くした室内で、リゼット、悠季、美雲の3人はそれぞれ1人ずつ子どもの傍らに座り、それぞれの方法で子ども達に寄り添っていた。
 手を握ったり、背中をとんとんしたり、添い寝して頭を撫でたり。
「そう、いい子いい子‥‥おやすみー‥‥」
 いつも長い時間廊下に響く泣き声が、今日はほとんど聞こえなかったことは言うまでもない。


 午睡するほどではないけれど、KVは危ない年齢の子どもたちを受け持ったのは、佐賀重吾郎(gb7331)。
 昼寝の邪魔にならないように部屋を移動し、繰り広げるは子ども達の大好きな「ごっこ遊び」だ。
「拙者、佐賀重吾郎と申す。よろしくな」
 顔は怖いが礼儀は正しい。きちんと頭を下げる重吾郎に、男の子たちは顔を見合わせて言葉を交わした。
 大人の耳には聞き取れない舌っ足らずさでも、子供同士では通じあうらしい。
「この様な顔つきをしているが、怖がる事は無‥‥ッ!?」
「ばぐあをやっつけろーー!」
 何の前フリもなく、いきなり重吾郎に飛び掛ってきた。
「ぐ、ぐふっ、ちきゅうじんめー」
 顔は怖いが臨機応変。即興で悪役になり切って床に転がるファイターに、
「きゃはははー!」
 容赦なく馬乗りになる3人の子ども。
「だがまだたたかいはおわらぬー!」
 やられて見せつつくすぐりなどで反撃しながら、重吾郎は心の内呟いた。
 ‥‥今日は拙者が、思い存分相手にするよってにな、大いに楽しもうではないか。そなた達が満足いくように拙者も頑張るよってにな。


 そして昼寝をするほどでもない、戦いごっこにも興味のない女の子達はというと。
「こんにちは。あなたとお喋りがしたいと思っていたの」
「のんびりゆっくりするですよ〜
 ハーモニー(gc3384)と命が対応していた。
UPCの傭兵、と前もって聞いていなければ信じられないほど穏やかな2人に、人見知り気味の子ども達もリラックスした雰囲気だ。
 年長の女の子達も何人か加わっていたが、皆おとなしく、騒がしくなることはなかった。
「ほら、朝のうちに小学生のおねえちゃんたちが焼いたお菓子をもらってきたわ」
「みんなで仲良く分けるですよ〜」
 チョコチップスコーンを仲良く分け合い、ティータイムを楽しむ一同。
「おねえちゃん、おいしいねー」
 口の周りを盛大に汚しながら、小さな女の子が顔を輝かせる。
「皆良い笑顔ですね〜。よかったですよ〜」
「笑えば良いんです。笑えばたのしい人生になるから」
 二人の能力者も、釣られて微笑んだ。
 窓から差し込む午後の陽射しは、幾分か傾き気味。
 幸せな時間は、もうしばらく続きそうだ。 



●世界にはばたく? しっと団
 それぞれ遊びを堪能した子ども達は、居住区の広間に戻ってきていた。
 会議用テーブルでしつらえた即席のステージの上には、既に舞台セットが組み上げられている。
 舞台の袖から客の入り具合を確かめた白虎は、満員御礼っぷりにほくそえんだ。
「さあ、しっと団名物(?)人形劇『アフリカ公演』のはじまりにゃー!」

 幕開けは爆発の効果音と赤いライトの明滅。
「『戦艦ブリュンヒルデを乗っ取った、悪の組織しっと団! このままでは世界が嫉妬の炎に包まれてしまうッ!』」
 最前列に座っていた乳幼児がおびえて泣きかけるが、そこは悠季とリゼットが抱きしめて落ち着かせた。

「『世界の危機を憂いたドローム皇国の皇女ミユは、2人の勇者に命運を託す!』」
 ユウの奏でるメロディに乗せて、エアハルトが2体のぬいぐるみを操作。
「『シュテルンとロングボウだッ!』」
 ブロント、絶妙なタイミングでスポットライトを点灯。
「『かくして2人は、世界を救う旅に出たのだったー!』」
 牧歌的なBGMがしばし流れたあと、突然、転調。
 敵との遭遇をイメージさせる曲が大音響で響く。
 クラークが舞台上方から「あぬびすのぬいぐるみ」を投下した。
「『2人の行く手に立ちはだかる謎のソードマスター!』」
 スポットライトを浴びるしゅてるんとあぬびす。
「『俺達がしっと団だと!? 違うそれは誤解だ!』」
「『問答無用! 参る!!』」
 ちなみにソウマのダブルキャストだ。
 シクルがBGMが戦闘曲に切り替え、ブロントの操るライトが明滅した。
「『ハァ、ハァ‥‥やるじゃねえか‥‥!』」
「『拙者、貴殿らを誤解していた‥‥ともにしっと団を倒すために戦おう』」
 友情、成立。
 ここで小学生男子が、やたらと盛り上がった。

「『ブリュンヒルデにたどり着いた我らがKV騎士!』
「『迎え撃つはしっ闘士に身をやつした型落ちKV衆‥‥!』」
 息つく間もなく、迫力の戦闘が繰り広げられる舞台。ワイヤーとライトが6体のKVを華麗に操る。
「『ぐぬぬ、こうなっては‥‥! いでよ! しっとドラグーン!』」
 白虎監督、自らの手で舞台にこねこのぬいぐるみを下ろし、ラスボスを召還。
(ほら行くにゃ!)
 呼ばれて飛び出たAU−KV、リンドヴルム。沸き立つ客前で、ラストバトルの火蓋が斬って落とされた!
「『ぐはははー! リア充はいねーがー!!』」
 半ばヤケのしっとドラグーン、陸人。しかし子どもの声援は、まっすぐぬいぐるみ達に向けられる。
「がんばれー! KV騎士ー!」
「まけるなー!!」
 次第に舞台端に追い詰められるねこのぬいぐるみ(しっと団総帥)と、しっとドラグーン。
 そして爆発の効果音とともに、黒幕の中に引っ込んだ。

「『やったぞ! ブリュンヒルデに平和が戻った!』」

 万雷の拍手に子ども達の歓声が重なる。
「しっと団」はじめて? の海外公演は、成功裏に終わったようだ。



●いつもと少しだけ違う一日の終わり  
 夜空に星が瞬くころ、ブリュンヒルデの周囲に香ばしい匂いが漂っていた。
 一日の締めくくりは美味しいもの。バーベキュー開始である。
 午前中にアルヴァイムと少年達が作った串に食材を刺してゆくのはレム、きらと小学校高学年の女子たち。
 火起こしやセッティングを受け持ったのは、ソウマ、ブロント、世史元といった男性能力者。
「どんどん焼いてくぞ〜♪ 沢山食えよ〜」
 子どもたちに危険がないように目を配るのは、立花と命だ。
「ほら、こっちにおいで。こうやって焼くんだよ」
 肉や野菜がどんどんお腹に片付けられていく中、リゼットはマシュマロを串に刺して、立花は小さなカップケーキを隅で焼いていた。
 ちょっと目先の変わった甘いものも、なかなかに好評だ。

 あちこちで、会話の花が咲く。
「ま、色んなことがあったさ。‥‥大変なことの方が多かった。でも、何とかなると思えば、結構なんとかなるよ、大丈夫♪」
 サッカーを通して少年達と友情を築いた拓那も。
「いいからどんどん食べろ。俺が多く食べたって、意味ないんだ」
 自分はコーヒーを啜りながら、子ども達の笑顔を眺めるブロントも。
「能力者になりたい、ですか‥‥? 君たちにはもっと大事な戦いがあります。それはね、誰も傷つけずに平和な世界を作ること」
 シナモンシュガーをまぶしたパンの耳を齧りながら、強さに憧れる子どもを優しく諭すドッグも。

「生きて。どうか、しあわせに」
 皆思いは、ひとつだった。


 故郷を失くした子ども達の特別な夜は、間もなく終わりを告げようとしていた。
 だが思い出は、残り続けるだろう。
 アフリカの空で優しい光を放つ、下弦の月のように。