タイトル:【共鳴】択べ。マスター:クダモノネコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/24 08:17

●オープニング本文


 5月。概ね春と認識される月になっても、グリーンランドには未だ氷が残っていた。
 とはいえ、この地に春が訪れないという訳ではない。人類とバグアが激突した2月と比べれば差は歴然だ。
 鉛色だった空は青く晴れ、雪を降らすことはない。太陽も長い時間、天にとどまる。
 そして変わったのは、気候だけではなかった。
 ここ最近、世界の視線はアフリカのきな臭さに注がれている。
 白の地平での激戦は、もはや過去の戦歴のひとつにすぎないのだ。



【不要論】
 
 グリーンランド南部、ゴットホープ基地地下4階は特別監視域。
 そこをとある准尉が、監査に訪れていた。所属は総務部経理課。所謂「事務方」だ。
 彼の戦うべき相手はバグアではなく、組織内の無駄遣いである。電力も水も空気も、無限にあるわけではない。
 例えば。
「『あれ』にはもはや、戦略的価値がないとの報告書が、あがってきているが」
 独房を稼動させ、ヒト型のキメラを飼いつづけるなど、言語道断である。
 それが例え、先の大規模戦で捕獲したスノーストームのパイロットだとしてもだ。
 「ハーモニウム」だとか名乗っていた気がするが、知ったことか。
「准尉。誤解です、ほらご覧ください」
 特別監視域の担当が、露骨に慌てた。
「何が誤解だ。コストを考えたことがあるか」
 舌打ちし、再び独房をモニタする画面を覗く。
 液晶の向こう側で、10代半ばと思われる子どもが画用紙に絵を描いている様が見えた。
 頭の上に乗っかった大きな耳と房衣の裾から伸びた尻尾が、時折楽しげに動いている。
「面白い素体ですよノアは。感情を持つキメラというのは大変レアです。監視域の担当‥‥今はカンパネラの生徒が交代で世話をしているんですけど‥‥彼らに対して敵意は見せなくなってきたし、対バグアとの関係性を引き続き研究する上で貴重な‥‥」
 嬉々として説明する担当を、准尉は今度こそ一喝した。
「ここは裕福な大学でも、ましてキメラ保護所でもない。ジリ貧の軍施設だ。殺処分しろ」
「殺処分? それは、でも‥‥」
「でも?」
「ノアはあのとおり、姿も情緒もヒトに近い‥‥世話してる学生たちがなんというか‥‥」
 困ったように俯く担当に、准尉の苛々が募る。
「ならば『逃走』させればよい。逃走したキメラをやむなく処分するなら、学生も何も言わんさ」
「‥‥そ、そんな」
 担当は困惑したように口を噤んだ。階級が下の彼が、異を唱えることは許されない。
 准尉は畳み掛ける。
「『今日に限って』鍵がかからなかった。それでも逃げない善良な生き物なら、生かしておく価値はあるだろうよ」



【人為的な隙】

 ゴットホープ基地地下4階、特別監視域。
 笠原 陸人(gz0290)はワゴンを押しつつ、静まり返った廊下を歩いていた。
 独房に拘置されているバグアへの配膳やバイタルチェックを、実習として行うようになって2ヶ月弱。最初こそ緊張したが、随分慣れた。
 今日も扉の前でワゴンを止め、ポケットからカードキーを取り出し、操作する。
「ノアー、ごはんだよ」
 ほどなく周囲に、鍵の外れる軽い音が響いた。薄暗い房内には、小さな人影がひとつ。
「きょうのごはん、なに?」
「えっとパンと南瓜のスープと牛乳‥‥」
 白い房衣をひっかけたノアに、銀のトレイを押し付ける。変わり映えしない献立に、黒い尻尾がぱたりと揺れた。
 と。
「にゅーにゅーは?」
「あ、ほんとだ‥‥あれ?」
 トレイの上に牛乳がないことを指摘された陸人は、ワゴンを振り返った。
 いつもなら一番上の保冷箱の中に入っているのに、何故「今日に限って」ないんだろう。
「おかしいな‥‥ちょっとまってね、取ってくるから」
 慌ててワゴンを廊下に出し、房の扉をいったん閉め、キーを操作した。
 ばたばたと牛乳を取りに、元来た道を走る。
 彼に落ち度は見当たらない。電子錠を疑えというのは酷な話だ。

「扉‥‥あいてる?」
 「今日に限って」鍵が作動しないなんて、本来あり得ないのだから。



【感傷論】

 ゴッドホープ基地地下1F、職員詰め所。
 小テストの採点をしていた宮本 遥(gz0305)の通信端末に、教え子の切羽詰った声が着信した。
「先生どうしよう! ノアがいなくなっちゃった!」
「は? 逃がしたってこと? 何やってんの!」
 端末の向こう側の声も震えていたが、遥の心臓も尋常じゃないほど高鳴る。
 このまま逃走を許してしまえばよくて謹慎、悪ければ停学や退学だって十分にあり得る大失敗だ。
 しかし教え子が震えているのは、己の保身のためではなく
「お説教はあとで聞きます。先生っ、僕、駐留してる正規軍より先に、ノアを助けて逃がしたいっ。このままじゃ殺されちゃうっ」
 子どもっぽい感傷故に、他ならなかった。
「笠原、わかってるの。あれはキメラよ?」
「わかってるけど! だってノア、言葉わかるし、泣いたり笑ったりするしっ。死ななきゃダメなほど、悪いことしてないよ!」
 いやはや、呆れる。
「‥‥」
 泣く子と地頭には勝てない。そんな諺があったっけ。
 遙はしばし瞑目し、問い返した。
「笠原、金はあるの? 傭兵はタダじゃ動かないわよ?」
「僕の貯金全部出します! シラヌイ欲しかったけど、また貯めるから‥‥」
 不意に、教え子の声が遠くなる。
「笠原?」
「カンパネラの先生ですか、丁度よかった。たった今、監視域でキメラが逃走しました」
 割りこんできたのは、経理課所属の准尉と名乗る男の声。
「至急傭兵の手配をお願いしたく。いや、たいした戦闘能力はないですが、念のため」
「おっさん何言うんだよ! 僕のケータイ返せ!」
 そこに再び教え子の声が重なり
「では、頼みましたよ」
 通信は切れた。

「あーもう、どうすりゃいいの」
 頭を抱える遥の机上で、PCがメールの着信を告げる。
「‥‥UPCから正式な依頼届いちゃったし。見つけ次第確保、生死不問‥‥シビアねえ」



【感情論】

 所変わって、グリーンランド北部。
「Agたん、ビッグニュース♪」
 バグアの隠れ家的な基地の片隅で、通信機器を弄っていたQは身をくねらせ、椅子ごと振り返った。
 Agと呼ばれた長躯の少年が、不機嫌な様子で目の玉を動かす。
「くだらない冗談吐いたら殺すぞ」
 だがQは、全く意に介さない。
「ああ〜ん、そんなこと言っていいのぉ? UPCの兵隊さんたちの与太話を天才的なタイミングで傍受したんだけどぉ、何て言ってたと思う? 聞きたい? ねェ聞きたい?」
「‥‥喋れ」
「『ゴットホープ基地の監視区域から、ハーモニウム部隊の捕虜が脱走した』だって♪ やるねぇノア♪」
「‥‥!」
 Agが脱兎の如く駆けた。いや、猫だが。
 ばたんと扉が閉まる音に続き、バイクの排気音がけたたましく響く。
 カーテン越しに遠ざかる友人の姿を見送ったQは、感極まったように両腕で自らの体を抱きしめ
「ん〜ッ、麗しい友情! これぞハーモニウム♪」 
 しばしクネクネした。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
L45・ヴィネ(ga7285
17歳・♀・ER
小野塚・美鈴(ga9125
12歳・♀・DG
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
プリセラ・ヴァステル(gb3835
12歳・♀・HD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

★黒猫・発端
 扉の閉まる音がした。ごはんの乗ったトレイをおしつけていった足音が、廊下の向こうに小さくなってく。
 いつものこと。毎日のこと。だけど今日はちょっぴり変な感じ。どうしてかな。
「‥‥?」
 ああ、わかった。
 耳を刺す声でカギが鳴いたあと、いつもは鳴かない声を出したからだ。
 えっとね、ピーッって鳴いたあと扉は壁になって、押しても引いても開かなくなる。
 今日はそのあとに、ごはんが来て壁が扉になるときの音がしたんだ。
 そう、ピピッって、2回鳴いたの。
 待てよ。ってことは?
「‥‥!」
 何かがノアを呼んだ気がした。
 コウウンノメガミとか、そういうの?
 触れた扉は、壁になってなくて。力を込めると、ホンモノの壁との間に隙間が出来た。
 ぎゅっとカラダをねじ込むと、隙間は広くなって、外に出られた。
「わぁお!」
 お腹の底から笑い出したいキモチが沸いたよ。
 帰れるんだ! 逃げられるんだ! そんでもって、皆に会えるんだ! ってね。
 誰も居ない廊下。
 匂いも気配も音もない廊下。
 ぺたぺた。
 ノアの足音だけ、鳴る。
 そんなにたくさん歩かないうちに出てきたよ。行く手をさえぎるような、丈夫な鉄格子。
 だけど終わりって気が、しなかった。
 思い切って触って、押した。
「あいた!」
 コウウンノメガミサマは、ノアと一緒にいてくれたみたい。背中がぞくりとした。
 これはひょっとして、ノアに「逃げろ」って、誰かが言ってくれてる? ねえ。
 誰かな。
 にゅーにゅー持って来てくれたリクトがメガミサマなのかな。
 でもリクトは前に帰りたいって言ったときには、ごめんね、しか言ってくれなかったのに。
「まあいいや!」
 細かいことを気にしてるヒマなんかない。
 だって小さな部屋の横をやり過ごした先の鉄格子も、ノアのために道をあけてくれたんだから。
 行かなきゃ。行かなきゃ。どんどん行くよ。
 広々した廊下。空気が、違う。
 何となくわかった。「閉じ込められていない」ことが。
 尻尾がビリビリした。目の前に水の膜が張った。
 悲しいんじゃないぞ。嬉しいんだ。帰れるんだ。また皆に会えるんだ。
 よし。グーで涙を拭った。
 廊下の先はどこかで、外とつながっているはず。
 ん、でも、廊下を歩くよりは‥‥
 「あれだっ」
 壁に、風を入れ替えするための縦穴が見えた。
 ん、ダクトっていうの? とにかくそれ。
 入り口にくっついてるプラスチックのフタは蹴っ飛ばして壊して。
 頭つっこんで、尻尾もちゃんとたくしあげて。
 中は薄暗いけど、大丈夫さ。ノアの目は暗いところ、よく見える目だもの。
 はるか上のほうで、気配が動いている。外への出口も、きっとある。
「‥‥行こう!」
 ぐーってお腹が鳴った。
 ちぇ、スープ食べとけばよかったかな。
 いやそんな場合じゃにゃいっ。



★黒幕は誰
 ゴットホープ基地・地下1階、総務部詰め所。事務机を挟んで、人影が2つ座っていた。
「なぁ笠原 陸人(gz0290)君、いい加減にサインしなさい。‥‥君が鍵をかけ忘れたことは、状況から明らかだ」
 ひとつは軍服に身を包んだ下士官。
「できません! 僕は絶対に鍵をかけました!」
 ひとつはカンパネラ学園の制服姿の、小柄な少年である。
「事の重大さを理解しなさい。君が逃がしたキメラは、外見こそ人間の子どもに近いが、凶悪なるスノーストームのパイロットだ。一刻も早く 駆除しなければならない。ここで君と遊んでいる余裕はないのだよ」
「僕は逃がしてない! それにノアは確かにバグアでキメラだけど、SSにも乗っていたけど! でもあいつ自身は凶悪なんかじゃない!」
 下士官は息をつき、陸人を睨みつけた。
 少年特有の青臭さで譲らない小僧を、いい加減弁えさせなければならない。そんな思いで。
「キメラの処遇は君が知るところではない。虚言を繰り返し、人類の敵を庇うと言うなら、UPC軍は君をカンパネラの学生ではなく、バグアとみなすぞ」
「‥‥!」
 バグア呼ばわりされたのが堪えたのか、陸人は絶句した。
 下士官は即座に理解者の笑みを湛え、ペンを差し出す。
「言い過ぎたかな。勿論君が優秀な能力者であると私は信じている。‥‥『正直に』『過失』だとサインすれば丸く収まるんだ。ご家族は君の除籍など、望んでいないと思うがね」
「‥‥」
 カゾク。わずか3文字に操られたように、手がペンを取った。署名欄に触れる、ペン先。
 その時。
 入り口で騒ぎ声と複数の足音が響き
「なんだ君たちは!」
 傭兵が3人、室内に押し入ってきた。
「子ども相手に偽証の強要か?」
 先頭は緋沼 京夜(ga6138)。続くはL45・ヴィネ(ga7285)、獅月 きら(gc1055)。
「陸人!」
「笠原くんっ」
 女子2人に名を呼ばれ、ぱっと顔を輝かせる陸人。
 一方、下士官は狼狽し
「偽証など‥‥私はただ総務部の職務として調書を‥‥」
 顔を赤くして、陸人と京夜の顔を見比べた。
「そ、そうだな笠原君。君は不注意で独房の鍵をかけ忘れて‥‥」
「ぼ、僕は」
 黙っていろ。そう言わんばかりの目配せを、ヴィネときらが見逃す筈もない。
「本当か、陸人。おまえはそこまで抜けていたのか?」
「おじさん、見て解かりません? 彼、そんな大胆な事できる顔してないでしょ?」
 ‥‥ひどい言われようだが、少女達の言葉が陸人の背中を押したのもまた確かで。
「忘れてない! そりゃ僕はどんくさいけど、鍵は絶対にかけた! ましてわざと逃がしたりしない!」
 丸椅子から立ち上がり、叫ぶように宣言するドラグーン。
 その姿を見て、京夜が口の端をあげた。
「ノアとやらを逃がす気は無いが踊らされるのは嫌いでね‥‥事務方の思惑に乗るのは癪だな」
「お、思惑など何も‥‥」
「ならば我々に陸人と話をさせて欲しい。勿論同席していただいて構わん」
 有無を言わさぬ口調で畳み掛けるのはヴィネ。
 きらは鞄から小型録音機を取り出し、下士官に突きつけた。
「公正を保つため、以降の会話は記録します、然るべき箇所への提出も厭いません」
 細い指が、赤いRECボタンを押す。
「‥‥糞、傭兵どもが」
 かちり。
 幸か不幸か、直前に落ちた下士官の舌打ちは、拾われることなく藻屑と消えた。

−REC−
「笠原くん、鍵はかけたんだよね。何かいつもと違うって感じたことは?」
「ひとつあったよ。牛乳がなかったから、取りに戻ったんだ。いつも入れてある保冷箱に入ってなかった」
「監視域の中の台所へか? どのぐらいで戻った?」
「5分ぐらいですね‥‥キッチンに誰も居なかったから手間取ちゃって」
「ほう。それで戻ってみると、ノアが居なくなっていたと」
「は、はいっ。そしたら鍵が開いてて。だから宮本先生に連絡したんです。そしたら」
「そしたら?」
「知らないおっさんが僕の携帯取り上げて、先生と喋りだして」
「その携帯は?」
「あそこにいる人が、返してくれないんだよね。ロックしてるから弄れないはずだけど」
−−REC−−

 傭兵達の視線が、決まり悪そうに佇む下士官に刺さった。
「笠原の携帯電話を見せて貰いたい」
 有無を言わせぬ威圧感で返却を促したのは京夜。
 しぶしぶ差し出されたそれを受け取り、フラップを開く。
「笠原くん、暗証番号は‥‥、了解、通話履歴はっと‥‥あ、これかな。宮本先生」
「独房の配膳時間は何時に設定されているのだ?」
 端末を操作するきらの傍ら、ヴィネが下士官を問い質す。もっとも
「独房のオペレーションは警備課の管か」
「7時、11時、17時ですっ。僕が持っていったのは17時!」
 答えたの陸人だったが。
「通話履歴の時間は17時6分ですね。整合性はあります。警備課への確認は後ほど」
「で、笠原の言う『おっさん』に心当たりはないか?」
 再び威圧する京夜の問いにも、下士官は口を割らない。ただ黙って、目線を横に逸らした。
「止むを得ん」
 きらの指が、ボタンを探った。設定を「モニタ」に変更したのか
『はい、宮本です』
 端末の向こうに居る女教師の声が、部屋中に響いた。
『え? 独房から笠原の端末で依頼を出してきた人物? ‥‥ああ、経理課所属の准尉よ、そう‥‥健闘を祈るわ。笠原のこともよろしくね』

 短いやりとりを終えた室内は、気まずい沈黙に包まれていた。
「さて俺は、准尉殿に会いにいくか。何処に居る?」
 京夜の三度目の質問に、もはや下士官は抗おうとはせず、力なく答える。
「おそらくは営倉地下1Fかと」
「そうか」
 京夜は頷き、廊下へと通じる扉を開けた。
 去り際振り返り、視線を送る。先は、ヴィネ。
「嬢ちゃんはノアを生かしておきたい立場だったな。BVで量産SSと戦った中には、俺の古馴染み達が大勢いた。再び戦場に出れば、今度は俺の守るべき者と戦う可能性もある。戦いに戻るというのなら、見逃すわけにはいかんよ。‥‥そういう事だ」
「戦いには戻さん。処分など勿体無い、もっと入念な研究の出来る場へ移してみせる」
 京夜の言葉に、14歳の才媛は怯まなかった。知的好奇心に情を隠し、眼鏡の奥で不敵に笑み、そして
「笠原くんっ、私たちは調査の続きに行くね! 絶対悪いようにしないから、もう少しここで待ってて! 行きましょう、L45さんっ」
 きらとともに、次なる目的地へ足を向けるのだった。



★黒い微温湯
 ゴッドホープ基地・地下4階、特別監視域。「ノア」が拘置されていた独房を含むエリアである。
 いわば今回の事件の現場。さぞかし緊張感に包まれているのかと思えば‥‥。
「ストレート! 俺の勝ちだな」
「甘い、見よ! フルハウス!」
「この勝負頂いた! ストレートフラッシュ!!」
 独房看視室から響くのは、歓声とプラスチックのトランプが撒かれる音だった。
 中を覗いてみよう。「警備課」の徽章をつけた3人の兵士がテーブルを囲み、トランプに興じているではないか。
 テーブルにはチップ代りとおぼしきコイン、そスナック菓子の袋にコーヒーカップが乱雑にひしめいている。
「しかしヒマだな、逃げたハーモニウム、まだ捕まらねーの?」
 フルハウスを揃えた兵士が、コーヒーを啜りながら誰にともなく問うた。
「ああ、能力者が駆除するらしいぜ。経費削減とか言っといて、傭兵に払う金はあるらしいな」
 ストレートの兵士が、ポップコーンを齧りながら興味なさげに答える。
「ま、面倒ばっかり増えるからなあの猫いると。ヘタに人間っぽい姿だから厄介なんだ、カンパネラのガキどもがひっきりなしに出入りして、 警備の手間がかかってかかって仕方がね‥‥お?」
 ストレートフラッシュの兵士はテーブルの小銭をポケットに入れながら、扉を振り返った。‥‥ノック、されてる。
「どちらさん?」
 果たして踏み込んできたのは。
「な、なんだよあんたら!」
「今お話されていた傭兵です。お聞きしたいことがあって伺いました」
 物腰こそ柔らかいが眼光鋭いファイター、綿貫 衛司(ga0056)以下、小野塚・美鈴(ga9125)、プリセラ・ヴァステル(gb3835)、ナンナ・オンスロート(gb5838)。
「何の用だよ。ここにお前らの探してるキメラが居るわけねーだろ」
 フルハウスが忌々しそうに毒づく。怠惰っぷりを目の当たりにしたプリセラは、呆れたように呟いた。
「うにゅ。ヒマそうな兵隊さんしかいないの〜」
 天真爛漫な少女らしい物言いに、決まり悪そうに顔を見合わせる3人。
 「た、待機中なんだ‥‥」
 だが誰も言い返さなかった。さすがにAU−KVフル装備の能力者と喧嘩するほど馬鹿ではないようだ。
「私達は調査にきました。我々傭兵が命がけで捕まえたサンプルを失うような危険性が、なかったか否かの」
 代わってナンナがやや強い口調を、3人の兵隊に向ける。楚々とした女性から静かに発せられる怒りのオーラにも、言い返す者は居ない。
「調査って何を‥‥」
「ん、今回の依頼に関しておかしな点がいっぱいあるのだ〜。私は前にもここに来たことがあるんだけど、この前は厳重に監視されていたのにな〜って。カメラで見張ってたんだよね〜? ノア君がどう逃げたか分からないかな〜?」
 美鈴も柔らかい口調ながら、的確なツッコミを入れた。
「‥‥面白くねえな、俺達を疑ってるのか」
「今のご自身のあり方が、兵士として相応しいものと、胸を張って言えますか?」
 敵意をむき出しにする兵隊に、やんわり微笑むのは衛司。無論目は、笑っていない。
 テーブルに置き去りにされたコーヒーカップを手に取り、匂いを嗅いで一言。
「高級な豆を使ってらっしゃいますね。‥‥経費削減は事務費を自腹切る所から始める物ですよ?」

 天井から独房の入り口を映した監視用カメラの映像が、傭兵4人と兵士3人の前で再生される。
 ノイズちらつくモノクロームの中、独房の扉がゆっくり開いた。見えたのは銀色のワゴンの端っこだ。
「うにゅ、笠原君なの」
 続いてフレームインしてきたのは、学園制服姿の男子生徒。
 扉に向きなおり鍵をかける仕草をしたあと、ノブごと扉を数回ひっぱった。
「施錠を確かめてるっぽいのだ」
 今一度振り返り、少年は画面の外へと歩いてゆく。
「時間は‥‥17時2分」
 しばし、無人になる画面内。
「‥‥ってあれ?」
 と、独房の扉が再び開き、白い房衣姿の影が姿を現したではないか。
 頭の上の大きな耳、裾から伸びた尻尾もはっきり確認できる。ノアだ。
「うにゅにゅ。ノア君、出ちゃだめなの〜。ものすご〜〜くまずいのぉ!」
「学生の挙動は演技には見えません。施錠が正常でなかったと考えるのが妥当‥‥か」
 衛司は眼鏡の奥の目を細め、考え込む素振りを見せた。
 ノアが走り去って間もなく、ワゴンを押してフレームインしてくる陸人。
「何だか怪しいの。変な所が色々とあるの〜」
「笠原さんは何で一回出ていったんだろう?」 
 画面の中の陸人が、扉の異常とノアの不在に気がついた。
 哀れわたわたと狼狽した後、携帯端末を取り出し、誰かに回線を繋ぎはじめる。
 が、通話が成立したと思しきあたりで。
「?」
 唐突に、映像は終わった。
「この先は?」
「しらねーよ」
 ナンナの問いに、兵士は顔を背ける。
 と、そこへ。
「答えは此処にある」
 息を弾ませながらヴィネときらが入ってきた。すぐさま経理課でのやりとりを録った機械を取り出し、再生。
『独房から笠原の端末で依頼を出してきた人物? ‥‥ああ、経理課所属の准尉よ‥‥』
「うにゅ、ヴィネちゃん、それは?」
「陸人が最初に会話した相手‥‥カンパネラ学園講師、宮本遥だ」
 あからさまに狼狽する兵士たちを、ナンナの双眸が射抜いた。
「電子ロックのログを見せていただけますか? 先ほども申しましたが、私達が命がけで捕らえたサンプルが、現場の恣意で不適切に扱われるのは許せません」
 衛司もため息をつき、言葉を継ぐ。
「逃走捕虜の捕獲は経理の分を超えた越権行為。同時に指揮権移譲と即動を行わなかった警備の怠慢。依頼を受けたときから違和感は覚えていたのですが‥‥まさか馴れ合いがここまで進んでいたとは。ああ協力は勿論任意ですよ、ただ」
「ただ?」
「ただ我々にも、会話記録を然るべき場所へ提出する用意があることは、ご承知いただきたい」

10分後。
 一同は提出された電子ロックの稼動データから「異常」を読み取っていた。
「うにゅ、笠原君はきちんと施錠してるの。だけどその1分後に、開錠されているの」
「おかしいのだ。その時間は誰も鍵を触っていないのだ。カメラを見れば明らかなのだ」
「しかも開錠ステータスは他のそれと異なっている。カードを用いたものではなく、内部的にプログラム処理されたのものだ。分かりやすく言えば、無人で任意の時間に開錠するように細工されている、ということだな」
プリセラ、美鈴、ヴィネの洞察に、3人はぐうの音も出ない。
「し、知らな」
「なぜ鍵を『電子化』したか、ご存じですか? 開閉した人物、時間、カードNo、全てデータで管理する為なんですよ。元々は組織が人を信用しないから生まれたシステム‥‥皮肉、ですね」
 きらの言葉が、追い討ちをかける。
「何故‥‥このようなことを? 私達傭兵の血を涙を、何だと思っているのですか?」
 冷静を装っているが、ナンナの声からは怒気が滲み出ていた。衛司ときらがそれを制し、3人に向き直る。
「この一連の行動の意図は?」
「こんな自作自演で傭兵を謀り、罪もない生徒を巻き込んで‥‥『ただ』で済むとお思いですか?」
 気まずい、沈黙。ややあって
「‥‥頼まれたんだよ! 総務の准尉サマにな!」
「役立たずのキメラを1日養うために、一般兵30人を削らなきゃなんねーと。冗談じゃねえ」
「俺達にだって生活があるんだ、家族がいるんだ。たんまり報酬貰える能力者サマや、カンパネラのガキにゃわかんねーだろうがな」
「‥‥あなたたちの生活を、家族を守っているのは、誰なのですか! 命のコストが安いと、そう仰りたいの!?」 
 激昂を露にしたのはナンナだけだったが、傭兵達は皆怒りを禁じえなかった。
 複雑な思いが去来する。
 ‥‥何だこれ。敵はバグア「だけ」ではなかったのか?

「事情は概ね理解しました。告発するか否かは、ノアを捕獲するまで保留しましょう」



★黒猫・逃避
 ノアがダクトの中に忍び込んですぐ、廊下は急に騒がしくなっちゃった。
 ほら、UPCの制服を来たヤツらがおっかない武器を持って、たくさんうろついている。
 ‥‥ひょっとしなくても、ノアを探している‥‥んだよね。
 隙間から見える外の景色に、胸がバクバクした。
 あちゃー、また兵隊たちが、北の方から走ってきたよ。それに南の方からも‥‥!
「あれ、は」
 顔を見たとたん、尻尾が膨らむのがわかった。
「あれっくす‥‥! ちか、カガトも!」
 どうしよう。「あいつら」がきちゃった。ノアのことをトモダチだって言ってくれたあいつらが。
 も、もちろん違う。トモダチなんかじゃない!
 でも、ノア、あいつらのことは‥‥。
「急いで、逃げなきゃ」
 兵隊がたくさん来たってことは、その方向に「出口」があるはず。
 あれっくす達には会っちゃダメだ。喋っちゃダメだ。
 つらく、なるだけだもの。



★想い、覚悟
 ゴッドホープ基地・地下4階。
 最奥に位置する「特別監視域」の脱走騒ぎに、大勢のUPC職員が駆り出されていた。
 とはいえ対バグアの最前線で戦う傭兵からすると、それは物見遊山を超えないレベルでしかない。
「まいったな‥‥野次馬ばっか多くてよ‥‥野良猫ってのはビビリって相場が決まってんのに」
 宮本から借りてきた施設見取り図を眺めつつ、パイドロスを装着した嘉雅土(gb2174)はうんざりを隠さない。
「誰であろうと、ノアくんに手は出させないにゃ!」
 ノアとは縁が深い故か。西村・千佳(ga4714)に笑みはなかった。
 いつも場を和ませる「マジカル★チカ」の名乗りもなければ、愛用のマジシャンズロッドも携えてはいない。
 濃紺に炎のカラーリングを施したミカエルに身を包んだアレックス(gb3735)の表情も同様だ。
 腰にぶら下げたトランシーバが、女性の声で喋り出した。
『隊長、ナンナです。調査班の状況は一段落しました。綿貫さんが営倉に、緋沼さんが地上1Fに、プリセラさんと美鈴さんは屋上の警戒に向かっています。私たちは『ノア』の処遇に関する交渉に移ります』
「了解。互いに全力を尽くそう」
 短く答え、通信を切る若き小隊長。
 彼は覚悟を背負って赴いていた。
「ノア、とどまれ。おまえの意思で」
 逃げたキメラが外を目指すというなら、手にした槍で葬らねばならないと。
「さて、とりあえず今ざっと、このフロアのダクトの埃の状況を調べたんだが」
 見取り図を全員に見せ、嘉雅土が口を開く。
「監視域すぐ傍の通気穴、上へ通じる階段付近の穴の埃が剥がれてた。つまりあいつは、既に上に行った可能性が高い」
「にゃ!? 急ぐにゃ!」
「いや、職員連中にバレたら厄介だ、そっと移動しよう」
 3人、頷きあい、散会。
 行きかう職員の間を抜けて、さりげなく北の階段へと向かう。
 人気がやや少なくなった頃を見計らって、嘉雅土はトランシーバに囁いた。
「緋沼さん、猫はもう最下層にはいない。バリケード作るついでに階段に油撒いてトラップ作って貰えるか?」
 ややあって帰ってきたのは
『いいだろう』
 抑揚のない返答。
「ありがと。ま、そっちまでは行かさないよーにする」
 短く礼を述べ、ドラグーンは通信を切る。
 通話相手がバグアを心底憎む傭兵であることを彼は知っていた。知っていたけれど、でも。
「『アレ』は危険物では無いって、俺は思うんだ」
 バグアの倫理では異端とされる「ハーモニウム」。
 彼らが持つ可能性を残したいとの想いを、捨てることはしなかった。



★黒猫・焦る 
 ノアね、ダクトを出て、階段を駆け上ったんだ。
 このまんま上まで行けば、きっと出られる! そう思ったのに!
「うにゃ‥‥!」
 次の階へあがる階段は、積み上げられた机とか椅子とか本棚で、通れなくなってたの!
「もう誰だよバカッ!」
 で、でも、ここが通れないってことは、まだどこかに上に行く道があるってことだよね。
 やっぱダクトから探したほうがいいかな。
 えっと排気穴は‥‥あった! ほらそこの壁、ノアの頭より少し上。
「あれ?」
 潜り込もうとして、気がついたんだ。真下の床がツルツルしてることに。あと「滑るよ」って張り紙。
「『シ‥‥るよ』? 暗号かな‥‥?」
 とにかく、こんなにツルツルしてちゃ、ジャンプして登るのは無理だ。
 もしうまくいったとしても、足跡で「ダクトに入りました」ってのがすぐにバレちゃう。
 うーん、廊下を隠れながら、行くしかないな。
 この服動きにくいなぁ。お腹もすいたなぁ。何とかならないかな‥‥。



★確保、そして
 ゴッドホープ基地・地下2階。
 警備課と経理課の癒着を暴いた衛司は仲間と別れ、単身ノアの捜索に赴いていた。
 廊下は経理課の職員が無駄に多く配置されているので、各室を順に潰して行く。
 厨房、洗濯室、乾燥室、リネン室、ボイラー庫。主に水周り関係が集められたフロアの中
「動物は食べ物に弱いと相場が決まっている‥‥」
 向かったのは、厨房だった。
 脱走騒ぎで使用停止になっているのか、人気も火の気もない「食品工場」に、注意深く歩を進める。
 おそらくは、ここだ。
 元陸自隊員には、勝算があった。
 根拠は廊下に走るダクトの埃が剥がれた痕。付近はボイラー庫と、今居る厨房しかない。
 「‥‥うにゃうにゃうにゃうにゃ‥‥」
 読みは、当たった。
 食品庫の片隅から、食物を咀嚼する音が聞こえてくるではないか。
「腹が減っては戦はできない、か」
 衛司は内心苦笑しながら、そっと間合いを詰めた。獲物は既にクルメタルP−38の射程距離だ。そう
「にゃ!」
 ノアが今更気づいても、物陰に身を潜ませても、もう遅い。
「‥‥出てきなさい。手荒なことはお互いの理にならない」
 つとめて穏やかに、だが隙なく元自衛官は銃を構えた。
 しばし待機。
 空砲。
 そして。
 小麦粉の袋に向けて、威嚇射撃。
 さらに間をおいて。
「‥‥こちら綿貫。目標を確保しました」
 彼はトランシーバのマイクを、口元に近づけていた。
 利き手でクルメタルP−38の銃口を小さな頭に押し付けてはいたが、安全装置は外さないままで。

 時を同じくして地下1階、急ごしらえの「作戦本部」。
「ええいまだ見つからんのかッ!」
 文字通り「猫の子一匹」見つけ出せない部下に苛立つ准尉を眺めながら、京夜は切れ間なく煙草をふかしていた。
「おまえの部下は、揃いも揃ってでくの棒だな。いや、烏合の衆か」
 安物の合皮ソファに脚を投げ出し、灰皿に吸殻を山盛りにして。
「だ、黙れ傭兵! おまえも捜索に行かんか! ここで油を売っているのなら報酬は‥」
「俺はGK役だ。必要になれば戦ってやる。それとも何か」
 無論、事務方の制服相手になど、怯む素振りすら見せない。
「金目的で傭兵やってるように見えるか?」
「ヒッ‥‥」
 物言いが気に障ったのか、全身から夕焼け色の焔を噴出する京夜に、准尉は心底怯えて首を横に振った。
 眼帯からも赤い光が溢れ、禍禍しい事この上ない。
「だったらおまえこそ、黙っていることだ」
 京夜は意思でエミタを制御し、新しい煙草に指を伸ばした。咥えて火をつけかけた時、トランシーバが音を立てる。
「‥‥何だ、綿貫‥‥そうか。わかった。合流する」
 声を潜めて言葉を交わし、ソファから身を起こす長躯のファイター。
 そして。
「どこへ行くッ!?」
「さっき捜索へ行けとぬかしたのはどの口だ? 精々一生懸命探させるがいいさ」
 ノア確保の情報を渡すことなく、悠然と「作戦本部」を後にした。

 再びゴッドホープ基地・地下2階厨房奥。
 衛司に確保されたノアは、駆けつけたアレックス、千佳、嘉雅土と対峙していた。
 廊下と厨房の扉前に立つのは衛司と京夜。説得は顔見知りだけの方が良いとの判断故だ。



★黒猫・択ぶ。 
 どうしよう。ノア、捕まっちゃった。
 これからどうなるんだろう。
 ここでショブンされちゃうのかな。死ぬってどういうカンジ? 痛いのかな。
 わかってるのは。
 ハーモニウムの皆には、会えなくなるってことだ。
 考えると、目の前にまた、水の膜が張った。
「‥‥帰りたいか、仲間の所に」
 頭の上で聞こえるのはあれっくすの声。
 ぼやけていても赤い髪が分かる。金色の瞳がノアを見ているのも。
「帰りたいよ! ノア、Agに会いたい! あれっくすだってなんなや仲間と、二度と会えなくなるなんてイヤだろ!?」
「そして、SSに乗って俺達と殺し合うか? お前は、それを望んでいるのか?」
 あれっくすはノアの問いには答えず、逆に「?」をノアにぶつけてきた。
 違う、そうじゃないよあれっくす。
「ノアくん、このまま逃げたら僕、ノアくんと戦わなきゃいけなくなるにゃ‥‥」
 隣に立つちかも、泣きそうな顔をしている。こないだうた、歌ってくれたのとは、全然違う顔。
 ちかはノアと戦うの、嫌なのかな。
 ノアもできれば、戦いたくないよ。ただ−−。
「ノア、帰りたいだけ」
 願いを口にして、気がついた。
 無理だった。
 そんなことができるんなら、あれっくすやちかやカガトはとっくの昔にトモダチになれてたんだ。
「ノア、よく聞け」
 カガトがチョコケーキを手の上に乗せてくれた。とても今、食べられないけど、キモチは嬉しい。
「おまえたちハーモニウムは『危険な存在』と軍に認識されている。ここでおまえが逃走すれば、今度誰かが捕まった時、そいつは情報を搾り取られたあと、軍に即時処分されるだろう」
 ショブン。嫌なコトバ。大嫌いなコトバ。ぐるぐる回る。頭の中で。
「やだ」
 目の奥でAgが血まみれになって、うずくまって動かなくなった。
「やだ!」
「一度有る事は二度有るって言うんだよ。‥‥いいかノア、此処に残って無害にもなれる事を示し、仲間を守る可能性を残すか、それとも」
「それとも?」
「永遠に消すかはお前次第だ」
 守るか、消すか。どちらかを、えらばなきゃいけない。
 今、ここで。
「ノア、これが俺の自己満足だ、って事は理解している。それでも、あえて言うぞ。戦いを捨てて、俺達の所へ来い。‥‥そしたら少なくとも、お前は、もう戦わなくて良くなる。 嘉雅土のいう通り、この地に残るおまえの仲間達をも守ることにも繋がる」
 戦わなくていい。
 Agたちを守れるかもしれない。
 そのかわり。もう会えない。どちらかを、をえらばなきゃいけない。
 だとしたら。
 答えは、ひとつしかない。悲しいけど辛いけど、ひとつしかない。
「あれっくす、カガト、ちか。ノア、きめた。えらんだ」
 黙って、左手を差し出した。リクトが教えてくれた、アクシュってやつのつもり。
「ノアくん、大丈夫にゃ。僕らを信じるにゃ」
 握られたら、もうハーモニウムの皆には会えない。
 だけど。皆がナガイキしてくれるほうが、ノアには、大事だ。
「うん」
 最初に触れたのは、ちかのてのひらだった。
 あったかくて柔らかくて、少し安心した。



★顛末
 ラスト・ホープ行きの高速護送艇が、グリーンランドの空をかけ昇ってゆく。
 かつての「ハーモニウム」を乗せたそれを見送った宮本 遥(gz0305)は、横に佇むプリセラと美鈴を改めてねぎらった。
 「全く、一時はどうなるかと思ったけど。あなた達のおかげで笠原は無罪放免、ノア猫はカンパネラへ移送、総務と警備の馴れ合いにもメスが入った、と。たいした腕前ね、御見それしたわ」
「えへへ、ノア君の処遇は、きらちゃんが総務と警備のおじさん達を脅‥‥説得して、口添えさせてくれたのだー。綿貫さんがノア君は『セラピー』として役に立てるって言ってくれたのと、ヴィネちゃんがサイエンティスト的に興味深いって言ってくれたのがプラスになったのだ。千佳ちゃんとアレックスさんが、真剣に交渉してくれたのも大きかったかな? ね、プリセラちゃん」
 美鈴が照れくさそうに笑い、プリセラに視線を向ける。
「うにゅ、だけどAgくんのことが気になるの〜。まだ予断は許さないの」
 ドラグーンの瞳に浮かぶのは、安堵ではなく憂いだった。
 彼女は、屋上で見ていたのだ。オートバイに跨り、同胞が屋上に姿を現すのを、今か今かと待ち続けていた、長躯のキメラの姿を。
「みんな笑える日が来れば、いいのになと思うの。ね」
 ぽつりと呟くプリセラに、遥は曖昧に笑ってみせた。
 そうねとは言えない。来るわよともいえない。だが。
 来るわけないじゃない。あれはバグアよ。
 正論で少女の甘さを斬って捨てるほどには、彼女も冷淡ではいられなかったのだ。