●リプレイ本文
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「本で読むのはいいけど、実際に対峙するとなると少し怖いな‥‥」
目的の難民キャンプへの移動の最中、キムム君(
gb0512)はファンタジーの文庫本を片手に呟いた。どうやらライカンスロープを題材に扱っている類のライトノベrげふんげふん、小説らしい。キムム君の呟きに応じるかのように、トリストラム(
gb0815)も続く。
「ライカンスロープのキメラ、とは。 自称『魔術師』としては、関わらない訳にはいかないですね」
愛用のマジシャンズロッドを荷物に忍ばせながら、魔術師は着々と準備を進めていた。
向かう地は小規模な難民キャンプ。目的は3体のライカンスロープ型のキメラから難民を守ること。だが馬鹿正直に傭兵として赴いて、
「自分ら能力者でこの中に潜んでいるキメラ倒しに来ました!」
等とほざいて混乱を巻き起こすほど彼らも浅はかではない。故に、今回は使節団、所謂ボランティアとして潜入する手はずとなっていた。トリストラムはじめ、霞倉 彩(
ga8231)もレイヴァー(
gb0805)も荷物へ隠すなり、哨戒班へ己の武器を預けるなりしているのはそういう理由からだった。
そう、今回は全員では行かず、二班に分かれる作戦概要となっている。
ボランティアとして内部へ潜入、敵を特定し、対処する潜入班。
そしてウラキ(
gb4922)を始めとして、キャンプ周辺を哨戒し、キャンプを出入りする人達をチェックし、逃走を図るキメラを処理する、哨戒班。
相談も綿密に行い、万事オーケー。あとは実行に移すのみ。だが、敵が元人間だということもあり、葛藤と戦う者も、当然いた。
(「‥‥彼らは、生きたかっただけだ」)
躊躇しているわけではない。だが、ウラキの心に、その想いは漠然とある。甘いと言われてもいい。だがその心が、彼らにとって、自分が人間であるという最後の証なのかも、しれない。元人間が綴ったノートをパタリと閉じ、決意を固める。
それぞれの思惑の中、彼等はもうすぐ、難民キャンプへと着く。
●我等は使節団
「炊き出しですよー」
夕暮れ時、同じくして茜色に染まる夕飯時の空にレイヴァーの声が木霊する。
次々と集まる難民に炊き出しをよそい、トリストラムも手伝っていた。
「アル、振舞うのは結構ですが、その生ハムはやめときなさい」
「‥‥了解、トリス」
義弟の好物投入をさりげなく阻止するトリス、息ぴったりである。
始めは少人数過ぎてのボランティア宣言に、キャンプの人達は疑っていたが、4人の節度ある、誠心誠意篭った行動で、すぐに打ち解けることができていた。
普段から切り詰めた生活を強いられている難民。見渡せばかなりの数が怪我をしている。怪我だけではなく、精神的に衰弱しているのも多く見受けられる。そんな彼等にとって、たまにくるボランティアとの交流はとてもストレス解消になるのだ。
炊き出しもその楽しみの一つでもある。
そして少し離れたところではキムム君による社会、歴史の授業が行われていた。
難民には情報を入手する手段が少ない。勉強もそうだが、日常生活程正しい情報が入ってこないのだ。長い戦争であればあるほど、それは顕著である。そんな子供、大人達に外からの情報、情勢、勉学を教えるのもまた、ボランティア活動の一環と言えよう。
「能力者はUPCの下部組織、といってもほぼ独立組織のULTに登録され、傭兵としてキメラ討伐に日々赴いています」
持参した多くの本を開きながら、キムム君の授業は続く。
「これが巫女服。 最近では腋巫女服という新たな流派が流行しています」
集まる子供達と一緒になり、授業の補足をしていた彩の肩がズルっと落ちる。だが、キムム君の表情は至って真面目。
じぃーっと無言で巫女服の写真を見つめる厚ぼったい服の少女に対してキムム君、
「‥‥着てみr」
最後まで言うことはなく、それは彩の鋭い手刀で遮られる。どっと笑いが起きるが、少女は無表情のまま。戦火が子供にもたらす影響は馬鹿にできない、と一同は思う。
のほほんとボランティア活動を行っているが、彼等の第一目的は既に達成されていた。
そしらぬ顔をして、能力者の噂を流す。
「近隣でキメラ被害が出たらしい」
「LHの能力者が討伐の為に紛れ込んでいるらしい」
口火を切れば、噂がキャンプを埋め尽くすのはそう難しいことではない。挙句今ここにいる部外者と言える部外者はボランティアの4人しかいない。自然と彼等が能力者だという噂が流れるのにそう時間は掛らなかった。これで敵を炙り出そうという魂胆だ。
そして効果は現れる。
「こちらウラキ‥‥怪しい人影を発見した‥‥様子を見る」
隠密潜行を発動しながら少し距離を詰めて監視に入る。双眼鏡が見つめる先は頭を包帯で異様に包んだ男の姿。人の輪にいながらも、すこし距離を置いているのが、観察していると判る。
キャンプを囲んで四角形の陣形で哨戒をしていた4人は、ウラキが抜けたので、三角形へと陣形を移行させる。
「欲求に負けてキメラになるなんてね‥‥」
決して戻ることはない元のカタチ。赤崎 羽矢子(
gb2140)はそれに安らかな終わりを与えると覚悟を決めていた。
その反対側にあたるエリアでは鍋島 瑞葉(
gb1881)も観察を続けながら、自身のミカエルを駆り、物思いに耽る。
もしかしたら、自分もああなってもおかしくなかったのかもしれない。
狂うかもしれない。
それでも、
「人に害なす獣に成り果てたのなら‥‥斬るほかありません」
近隣の街へ通ずる道を静かに見張りながら、強く、覚悟を瞳に宿す。
潜入班から来る情報のやりとりで、皇 流叶(
gb6275)も目標に目星をつけていた。
「右腕に包帯ぐるぐる巻き、全体はフードとローブで見えないほど‥‥見つけてくれって言ってるようなものだな」
だがどうしてももう一体が見つからない。
日も沈み、辺りはより一層暗くなりだした。どうやら勝負はこれからのようだ。
一人潜行しながら、ウラキは潜入班に人が少ないキャンプの端のポイントを伝える。ここにテントを張れということだ。
夜も更け、皆が寝静まった頃、奴等は動くはず。
俺達はここだよ、と餌は巻いた。あとは食いつくのを待つだけだ。
●解放
男は本能のままに従った。
だが理性まで失ったわけではなかった。より狡猾になった。
だからこそ日が暮れ、獲物が寝静まるまで待ったのだ。より狩り易くする為に。
だからこそ何もせず、動かずに、大人しくしていたのだ。より狩り易くする為に。
ナノニナンデ今『俺』ハカレラトタタカッテイルノダ‥‥
「こちらトリストラムとレイヴァー、ライカンの男とエンゲージ」
「こちら彩とキムム君、同じくライカンとエンゲージ‥‥予想外なのは、こちらは女性だけど」
キャンプの隅でテントを張り、向こうからやってくるのを待っていた作戦は見事成功。だが以前として最後の一体が見当たらない。しかし、戦闘は開始せられた。四の五の言っている暇はもちろんない。
男のライカンが身につけていた包帯を剥ぎ取る。そしてその下から茶色の耳が露になる。徐々に獣化するその身体は、完全に獣化せずともそれが熊であることは明らかだった。
その横、少し離れたところで彩とキムムと対峙する女性ライカンもその姿を虎へと変貌させていた。
軽装備なのは確認しているのか、威嚇しながらも二体はそれぞれ対峙する獲物へと強気に前へ出る。いかに能力者でもまともな武器を手にせずに戦闘は困難である。
まぁ予測していなく、本当に丸腰であれば。
ブルルルルルルン!!
刹那だった。
二体のキメラの間を割って駆ける瑞葉、其の身に纏うはミカエル。その姿に、一瞬、対峙していた能力者の姿を視界から失う。
そして瑞葉が過ぎ去った次の瞬間、その瞳に写ったのはそれぞれ獲物を手にする敵の姿だった。
「さて、『魔術』を御覧にいれましょう」
大げさにお辞儀をしながらマジシャンズロッドを構えるトリストラム。
「今度は躊躇しませんよ‥‥!」
以前人が題材のキメラと対峙したときの甘さを、今度はチカラに変えてキムム君は前へ踊り出る。
ライカン達にとって完全に不意を打たれる形で戦闘ははじまった。
そして終わる。
「始まりの名は伊達ではありませんよ‥‥!」
ロッドが放つ一撃で動きが鈍る熊ライカン。その一瞬がまさに命とりとなった。
そのタイミングで瑞葉はミカエルを熊ライカンの背後へと回し、獲物を力一杯捻り刺す!
「貫けッ!」
鈍い音と共に、それは深々と腹を突き破り反対側へと顔を出す。だが生命力が桁違いに高い。血を咆哮と一緒に吐きながら熊は体を捻り瑞葉へとその両の腕を振り下ろす。
が、それは掠るだけで瑞葉に到達することはなかった。
「‥‥おしまいっと」
自分が投げた短刀がターゲットの脳天深くに突き刺さるのを確認しながら、レイヴァーはパンパンと手を払う。
絶命した熊ライカンは倒れることなく、そのまま仁王立ちの形で息を引き取る。そして体をの端々から始まる『消滅』。一瞬にして、それは霧となり、空中に霧散した。
「‥‥ふむ、当然の処理ですか」
トリストラムは武器を構えたまま、横の虎の戦闘へと目を向ける。
「夢幻踏、見切れまい」
キムムは華麗にステップを踏みながら剣技『夢見幻想』で虎ライカンを翻弄していた。
上下左右にフェイントを入れながら、着実に一閃、一閃を与えていく。
「そこだ! 霊夢斬!!」
痛恨のフェイントの一撃。
そして続け様に遠くから響く残響。ウラキのタイミングを狙った狙撃は虎の胸部に見事命中する。不意打ちの一撃を喰らい大きく仰け反る虎ライカン。そして仰け反った先に待っていたのは大口径の銃口。
「‥‥終らせるよ」
彩は煙草を吹かしながら静かに虎の瞳を見つめる。見つめ返されたその瞳に、彩は一体なにを見たのか。
虎の咆哮と彩の砲口が重なり、弾丸は猛獣のアギトを食い破り、その肢体を霧散させながら幕を下ろす。
事はほんの数分。
その騒ぎを聞きつけ、徐々に難民達も寝床から這い出てなんだなんだと騒ぎ出す。とりあえずキャンプに被害はない、上々だ。
だが未だに最後の一体は姿を現さない。となると残る可能性は、逃げたということだ。
「こちらレイヴァー、二体とも倒した、おそらく最後の一体はそちらにいった、頼む」
「了解よ」「もちろんだ」
羽矢子と流叶は報告を受け、既に待ち構えている。逃げてくるのであれば、恐らくこの方角。背後に森を置き、二人は茂みの中に身を潜める。ウラキも遠方からいつでも援護できる準備はできている。
そして予測通り、近づいてくる影。
だが、予想外のターゲットに、二人は息を飲む。
これがキメラであるとしたら、なんということだろうか。
間違いであってほしい。
そう強く願いながら流叶は手持ちの銀貨を覚醒せずに力一杯影へ投げつけた。
そして二人の願いは、FFの赤い光によって裏切られる。弾かれたコインは、トスッと鈍い音を立て、『少女』の足元へ落ちる。
「‥‥許せない」
まだ見えない誰かに激しい怒りを露にしながらも、羽矢子は決意を固め草むらから身を出す。その姿を確認したのか、少女はすぐさま獣化しみるみる内に鷹の姿になり、空高く羽ばたく。
が、羽矢子はそれすらも予測していた。ほぼ同じタイミングで跳び鷹ライカンの羽を斬りつける。それに合わせるようにウラキはもう片方の羽を撃ち貫く。
甲高い叫びを上げながら急降下する鷹が目指すは地上の流叶。だが彼女の決意もここで鈍るようなものではなかった。
急所を外しながら一閃。
地に落ちた鷹はまた少女の姿へ戻る。その瞳に浮かべるは恐怖、そして悲しみ。
とどめを刺そうとする流叶を羽矢子は止める。このままいかせて後を追おう、そう言い彼女は少女を森の先へと促した。
その時の瞳は優しさに満ちていたのか、少女は泣きながら森へと体を引きずる。
その後ろで今にも爆発しそうな怒りを胸に羽矢子と流叶は後を追う。
「マ‥マ‥‥パ‥‥ぱ‥‥!」
「あら、帰ってきちゃった」
白衣の青年は何事もないように、目の前に現れた少女と能力者へ話しかけた。
「むぅ、今回も思ったより役立たずだったねー‥‥」
「黙れ、殺すぞ」
「いや、でもいいデータ取れたよ、ありが」
「貴様‥‥!」
羽矢子と流叶は臨戦態勢だ。だが、怒りに任せて飛び掛る真似はしない。なぜなら恐らく二人だけでは瞬殺されるのは目に見えていたからだ。
十中八九、こいつは強化人間だ。
「とりあずこの子、もう用済みだし?」
懐に手を伸ばしスイッチを取り出したが、それは使われることはなかった。
苦しまず、痛みも感じず。
そんな急所を選び、安らかな死を少女に届ける二人の能力者。
「‥‥面白いものをみせてもらったよ」
クスっと笑い、一歩引く青年。
「ここで戦うのは互いに本意じゃないでしょ? まぁ僕を見つけたのは、褒めてあげる。 またね」
青年はそういい残し、虚空に姿を消した。
羽矢子はその腕に少女を抱き、優しく髪を撫でる。
霧散していく少女を見送り、猛禽の翼は、空に吼えた。
●翌日
キメラを討伐した能力者一行は翌日も留まり、ボランティア活動を続けた。
討伐もそうだが、アフターケアも大事な役割の一つであるからだ。
今度は瑞葉も流叶も加わった。
「現在、アメリカの五大湖周辺でULTや傭兵達による大規模な作戦が行われています」
キムム君の授業も今日は絶好調。
「こちらがメイド服です。 過去にメイド喫茶が流行し、今も嗜好者は多いです」
ひらりと舞うメイド服、こっちも絶好調。
昨日と同じ笑いが巻き起こる。今度は彩も一緒に笑顔を零す。
だが昨日いた笑顔のない少女は、そこにはもうない。
キャンプの外の森。
羽矢子とウラキは三つの墓標を立てた。
寄せ合って、すり合うように、家族の墓標を。
「僕達と人型キメラ‥‥一体何が違うというんだ‥‥」
隠し切れぬ本音が思わず零れる。が、その零れた先から答えは返ってくる事はなかった。
それぞれの想いを胸に。
それでも明日はやってくる。
其の先にあるものが幸か不幸か、分からない。
それでも彼ら能力者は、歩みを止めることは、決して、無い。