●リプレイ本文
●バグスライフ
「うぅ〜嫌だぁ…カマキリ何て怖いよぅ…」
「大丈夫よ、ナレイン」
ナレイン・フェルド(
ga0506)は友人のケイ・リヒャルト(
ga0598)に慰められていた。虫が超絶的に大っきらいなナレイン、涙目になりながらも何故この依頼に参加したのか、謎である。
そう、今回はナレインが大っきらいな昆虫型のキメラ討伐依頼なのだ。
昆虫。
この一言で言ってしまえば、誰も驚異になど思わないだろう。日頃から普通に生活していれば、昆虫に驚異にさらされた人はそうはいないだろう。足を下ろせば、手のひらを振り下ろせば、昆虫は人間により簡単にその命を落としてしまう。だがそのサイズは人間大ならばどうなるか。昆虫は自らの7倍以上の体重の獲物をノンストップで運べてしまうスタミナ、大自然を生き抜く類まれなる特殊技能、そして生き抜くことに関して決して諦めることのないしぶとさを兼ね揃えている。事実、能力者が5人も屠られてしまっている。先発の5人の仇も討つ為に、なんとしてでも討伐しなくてはならない。誰もがそう思っていた。
「間接や内羽根を狙っていけばいいだろう」
ベーオウルフ(
ga3640)は淡々と述べた。が、油断はできないと警戒は怠っていない。
今回の策は次の様になっていた。
まず驚異となるであろう鎌を引き付ける担当。これはベーオウルフと山崎・恵太郎(
gb1902)が受け持つ。その山崎は現在何をしているかというと、図書館から借り受けてきた昆虫図鑑類の蟷螂の欄を熟読していた。そこから何か活路が見出せるといいが‥‥。
次に後ろから攻撃し、脚や羽、腹部を攻撃し、動きを鈍らせる班。これは天原大地(
gb5927)と霧島 黎人(
ga7796)が担当。双方共に、自らの一撃で屠る気満々だ。
「まーたカマキリか、バグアはファーブル博士にでも憧れてんのか?」
天原は剣を大きく振りかぶり、意気込んでいた。
そして遊撃の美環 響(
gb2863)とクロスエリア(
gb0356)。討伐戦では欠かせないフォロー役だ。
そして攻撃の要である挟撃班は、歴戦の傭兵である二人、ケイとナレインが行う事になっていた。
以前にもカマキリ型キメラと応戦した事のあるメンバーもおり、能力者が屠られていることから以前よりもかなり強く、手強い相手であることは誰もが認識していた。それ故の、まず相手の動きを封じて攻撃するという常套手段を選んだ。
作戦も決まり、準備を整えた一同は現場へと向かった‥‥。
(「みんな‥‥昆虫を嘗めてはいけないわ」)
蒸塚麻絵琉(25)は能力者達を見送りながら、無事であるように、強く願った。
●その生命、生き抜く為だけに
「‥‥思ったより陰湿な雰囲気なんですね」
響は林を目の前に呟いた。
「能力者がやられてるんだもん‥‥これは油断できないね」
クロスエリアは武器のガンズトンファーを構え、息を呑んだ。
「油断せずに行きましょう‥‥真の狩人とはどういうものか、その身に刻みつけてあげますよ」
七色に輝くバラを林の前に掲げ、響は陰鬱とした林を見据える。その七色の輝きは一体何を映しているのだろうか。しばらく虚空を見つめた響はクスっと小さく笑い、レインボーローズにその吐息を下ろした。吐息を受けたバラは瞬時に、七色から灼熱の色、イグニートへと姿を変え、響の手へ収まる。
クロスエリアは探査の眼を発動させ、パーティの先頭に立ち、警戒しながら林へと足を踏み入れた。
ザッ、ザッ
自分達が歩く足音しか聞こえてこないほどの、静寂。だがそこに香るは微かな血の匂い。
「卵の件もある、みんな、警戒を怠るな」
ベーオウルフの一言で一同はより一層警戒を強めた。もしキメラがメスであるなら。交配し、生殖している可能性がかなり高い。蟷螂は交配の後、メスがオスを食べるという奇異な習性を持つ。もしそれが事実であるなら、一大事だ。卵のことも念頭においておかないと後々大惨事になってしまう。
「‥‥ちっ」
天原は茂みの手前で足を止め、舌打ちを放った。その視線の先にあるは‥‥ひとつの血の塊、先発の能力者の一人であろう。
歩み寄ろうとしたナレインをその腕で制止する天原。
「見ねぇほうがいい‥‥真っ二つだ」
響はその中、構わず遺体へと進み、その傍らへしゃがんだ。顔を一瞬しかめたが、すぐさま無表情になり、その瞳に想いを宿しながら、能力者が身につけていたペンダントを回収した。
「‥‥必ず届けます」
ペンダントに挟まれていた恋人らしき人の写真を想いごと胸にしまい込み、必ず討伐してみせる、と‥‥。
「こっちには違うのがいたぞ」
黎人の呼びかけで一際大きな木の下の茂みに集まる。
「頭齧られた小さいカマキリの死骸、となると雌か‥‥? ‥‥女は怖いね‥‥」
苦笑しながら彼が見つめるのは、頭から茂みに突っ込まれ、力なくその体を能力者達に曝していたカマキリキメラの死骸。
「思ったより大きいねー‥‥」
気持ち悪そうに遠目からカマキリを眺めていたクロスエリアは、鳥肌がたったのか両の腕さすった。
「巨大なカマキリねぇ‥‥、もう一匹はどんな化け物になってることやら‥‥」
死骸に背を向け、肩を竦めた黎人。
ゾクっ!
能力者の勘が彼に告げた。
これはまずい、と。
背中を向けたのはまずかった、と。
振り返るも、前へ駆け出すも、そのなにもかもの前に。
死骸であった筈のカマキリは瞬時に身を起しその鎌を振り下ろしていた。
●人間の‥‥
凶刃は空振りに終わった。
起き上がる態勢からの薙ぎ払い、僅かに角度が上がっていた。もしこれが正常な態勢だったなら。自らの首筋に手を当て、冷汗をかきながら黎人は飛び退いていた。
「こいつ‥‥オスじゃなかったのかよ!」
カマキリのサイズを目測でしか知らなかった事、目印の頭の齧られ痕が茂みに突っ込まれて見えなかった事。それらがキメラの先制を許してしまった。が、結果奇襲は失敗。やることは決まっている!
能力者達は事前に決まっていた陣形を素早く取る。
「‥‥計算外だ」
ベーオウルフは無意識に呟いていた。
奇襲をされた。
死骸に擬態され、奇襲をされた。
これはどういう意味か。
「みんな、気をつけて‥‥どうやら敵は私達並に知能があるみたいだわ!」
ケイはナレインと対角線に距離を保ちつつ、キメラを囲もうと移動しながら仲間たちへ叫んだ。
カマキリキメラは先ほど振り下ろした自らの鎌を見つめて首を傾げていた。まるで、おかしいなぁ、倒せたはずなのになぁ、と呟くように。
皆が陣形をとっている間に山崎は盾を構え遊撃の響とクロスエリアを後ろに引き連れキメラの前方へと躍り出た。
それを見過ごす馬鹿はいるわけもなく。ギョロっと視線を背後に回しながら容赦なく鎌による素早い攻撃を山崎に繰り出した。
「ぐっ!! ‥‥まじかよ」
そしてまたしても予想外。
早すぎる、そして一撃が重すぎる。
山崎とのキメラの攻防を後ろから援護する響は、間近でみたカマキリに思わずその言葉を呟かずにはいられなかった。
「‥‥無傷、ですか‥‥」
止めを刺すつもりでここへ来た響。だが目の前のカマキリは、先に能力者5人を相手にしていながら、ほぼ無傷で目前に立ちはだかっているのだ。
「っ! そう簡単にはやらないよ!」
必死で攻撃を耐える山崎を援護する形でクロスエリアは攻防の合間を狙い、ガンズトンファーの一撃を放った。
そして直撃。
だが、キメラの顔には少し傷ができた程度で、効果はあまりなかった。
「野郎ォ…! 5人分のツケはでけえぞ!!」
「よぉ…5人殺ったんならテメェが殺られる覚悟もあんだろ?」
天原と黎人は背後からキメラの羽と脚、腹目がけて攻撃を開始。
だがキメラは避けようとはしない。一撃一撃をことごとく腹の裏側、つまり、羽を広げずに外羽根で器用に受け止め、やり過ごしていた。
「な‥‥!?」
前情報通り、とてつもなく固い。
ならば、と!
「一意‥‥専心ッッ!!」
「脚一本貰っておくぞ」
二人は飛び退き、左右からそれぞれ脚と腹に一撃を振り下ろす!全方位の視界があろうとも同時に対応はできまい!
甘かった。
カマキリキメラはぐっと身を下ろし、二人がぎりぎりまで接近したのを見計らって、一気に羽根を開いた!
「がっ!」
昆虫の飛翔に行われる羽の羽ばたきの速さ、回数は人間の想像以上。その速さが等身大となれば、威力も生半可なものではない。その一撃をまともに複数回喰らった二人は数メートル吹っ飛ばされ、それぞれ木に体を打ちつけ沈黙した。
「黎人ちゃん! 大地ちゃん! はぅ‥‥触りたくないよ〜でも、みんな頑張ってるのに、私だけ戦わないなんて出来ないし‥‥!」
羽開閉、羽ばたきが終わる瞬間を見逃さずにナレインは内羽根へ鋭い銃撃を放った。そして見事それは羽根を貫いた。
「‥‥!!」
ぐらっと揺らぐカマキリキメラの体制、僅かだが、攻撃が緩んだ!
その隙を突いてケイは一気にカマキリの下へと潜り込み、銃撃による影撃ち二連射を腹目がけて放った!
「‥‥!!!」
予想通り、効果は抜群!
だが予想外だったのはそのしぶとさだった。
体制を崩しながらも左右のケイとナレインへ素早い反撃を繰り出した。回避に特化したナレインでさえもその全てを回避することはできず、ケイも深く手負いになりながらの後退となった。
「厄介な相手だな、まったく‥‥!」
目前のキメラを驚異と認め、全力で挑みにかかるベーオウルフ。鎌の間合いを計りつつ、関節が曲がらない方向を意識しながら、鎌を斬り落とそうと器用に動き回る。そのおかげか、確実に鎌にダメージを与えることに成功していた。
だが確実にダメージを与えられているのはベーオウルフも同じ。ナレインに回避できない素早い攻撃を彼に回避できるわけはなく、山崎の盾でも防ぎきれない重い一撃を捌けるわけもなく。そのおかげでケイ達は後退できたが、同様にベーオウルフも痛手を代償とした。
「こなくそぉ!」
だが諦めるメンバーはここにはいるわけもなく。
山崎は盾を構えたままショルダータックルで一気に距離を詰めた。そしてナイフを取り出し、全身にスパークを放ちながら全力の一撃をお見舞いした。
「竜の咆哮!」
カマキリはまともにその一撃を喰らい後ろへと吹っ飛ばされた!
「お二人とも、今です! 首を狙ってください!」
先ほどから攻防で、皆は基本的には間接部を狙っていた。だが、悪い予感が当たったのか、それはまったく効果がなかった。以前よりかなり強化されていたのだ。だが弱点がないわけではない。
まさかとはおもったが、これに賭けるしかない。山崎は図鑑から得た知識に頼った。
その言葉を耳に収め影撃ち急所突きを首めがけて放った!
「!!!!」
効果絶大!あまりのダメージに動きが大きく鈍るキメラ。だが攻撃の手を緩めるケイではなかった。
「なぁに? どうかした?」
ふふ、と加虐的な笑みを零しながら追撃。余裕の表情ではあるが、かなり消耗しているのはケイとて一緒、これが本当に最後の攻撃だった。その動きに応えるように、ナレインも攻撃を合わせる。
「いいかげん、もう倒れてよぉぉおお!!」
手持ちのスキルをふんだんに使い一撃、そしてまた一撃を喉元にピンポイント!
「ごめんなさいぃい!!」
そしてナレイン渾身の蹴りがクリーンヒットォ!!
「これで最後だ!!」
華麗な二人の舞の終焉を飾るは山崎の一撃。
貫通弾を装填、竜の爪を発動された一撃はキメラの喉を貫通した。がくり、と態勢を落とすカマキリキメラ。
響とクロスエリアは手負いのケイとナレインに肩を貸し、天原達の元へと後退。
頼むから、倒れて!
誰もがそう願った。
傷だらけの一同、予想以上に強かった敵を目の前に。
だが、倒れない。
フラフラになりながら、鎌を支えにしながら、カマキリは倒れようとはしなかった。その瞳はまだ、戦う気だ。
「くっ、一時撤退だ、このままだとこちらも死人がでる」
山崎は叫ぶや否や、黎人を抱え撤退に入った。
ベーオウルフも負傷の身体を押し、天原を抱え上げた。
カマキリは追ってくる気配はない。
態勢を立て直す為に、一時撤退を余儀なくされた。
●その生命、生きる為だけに
ズル‥‥ズル‥‥
(「シネナイ」)
ズル‥‥ズル‥‥
(「シネナイ」)
ズル‥‥ズル‥‥
満身創痍の体を無理矢理林の中を引きずりながら、キメラは卵を目指した。
その瞳には先ほどまでの殺気じみた色はなく、輝きはもはや消えうせる直前。
先に来た5人を問題なく屠れたことからきた油断が招いた結果なのかもしれない。
自分が産んだ卵の前へとたどり着いたカマキリキメラは、そのまま仁王立ちをする形で
動かなくなった‥‥
●後日報告談
〇月×日
カマキリキメラ発見。
能力者5人が派遣されるも、全滅。
改めて手練の能力者8人に討伐、殲滅を依頼。
キメラが生殖した可能性を考慮し、目的を卵とキメラの殲滅に変更。
キメラと対峙。
善戦し、キメラに深い傷を負わせるも、能力者も多大な被害を被った。
これ以上の戦闘は危険と判断し、一時撤退、態勢を整えることに。
態勢を立て直し、再び林へ捜索へ。
キメラを発見するも、先の戦闘で負わせた傷により、死亡していた。
その死骸は所々啄ばまれていて、傍にあった卵と思わしきものは空だった。
恐らく孵化し、子供の餌となったのだろうと推測する。
キメラの討伐は結果成功。
だが、卵があったという事実、そして孵化し、子供キメラの姿がなかったことから
再度捜索の必要あり。殲滅は失敗。
子供キメラによる被害は、今のところ報告無。
カタカタとパソコンを打つ手を休め、麻絵琉はため息を吐いた。
もし自分がもっとキメラに詳しく、的確に情報を能力者達に与えられたなら、こうはならなかったのかもしれない。
「何が研究者よ‥‥」
そう自分に呟きながら。
「キメラ方面へ転向しようかしら‥‥」
能力者同様、力になれなかった自分に怒りを覚えながらも、彼女は諦めていなかった。
次こそは、必ず。
そして絶対に観察するのだと、研究者魂を胸に秘め。