タイトル:ペンドラゴン阻止マスター:虎弥太

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/17 21:18

●オープニング本文


「いけません!! すぐ病院へ戻ってください!!」
 ULT本部にてオペレーターの声がロビーへ響き渡る。どうやら依頼者の男と揉めているようだった。
 よく見れば、男は全身包帯まみれ、所々血も滲んでいる。傍目からみても動き回れる状態ではないのは一目瞭然、オペレーターが病院へ促すのも当然だ。
「気にしないでください、私は能力者だ、こんな傷すぐ治る‥‥ぐっ」
 威勢よく言ったものの、がくっと膝を突いてしまう。
 男の名前は山田 太郎。余りにも平凡な名前だということで自分が護衛を勤めていた蒸塚 麻絵琉博士からはポンなどと言う愛称が付けられていた。が、いつも一緒にいる筈の博士は、今ポンの隣にはいない。

 事はほんの数日前の出来事だった。
 いつもどおりの博士のわがまま。
 いつもどおり振り回されるポン。
 だが、外での研究活動は危険に溢れている。これでも麻絵琉は専門の昆虫研究だけでなく、機械工学でもかなりの功績を残している。言うなれば、テロリストやバグアの格好の獲物なのだ。
 だがそう言って行動を自重してくれる人ならポンもそれほど苦労はしていない。渋々外出を許可し、雪山へ二人は出かけたのだった。
 が、途中で追跡者がいることに気付く。
 ポンはすぐさまULT本部へと援軍を要請、程なくして能力者達が現地入りした。傭兵達の作戦によって敵は捕捉され、予定通りに対処できるはずだった。だが、予定外のことが起きた。
 強化人間。
 追跡していたのは強化人間。
 誰一人として予期していなかった事態に、傭兵達は善戦虚しくも撤退を余儀なくされた。そして追いつかれたポン一人では当然敵う相手でもなく、死力を尽くしたが博士を守り通すことができず、結果攫われてしまった。

 自分が許せない。
 自分の不甲斐なさが、許せない‥‥!
 護衛してる側にとって、護衛対象を守りきれないことほど屈辱はない。だが、彼を突き動かす動機は果たしてそれだけなのか。
 長年、ずっと連れ添ってきた女性を、男として守り通すことができない悔しさもあったのかもしれない。
 強化人間の男は去り際に、ポンに一言残していた。

「哀れだね‥‥只の兵士は、所詮ペンドラゴンには敵わないのさ」

「ペンドラゴン‥‥!! 王様気取りですか‥‥!!」
 憤怒を戦う力に変えて。
 ポンは傷付いた身体に鞭を打って立ち上がる。
「ちょ、どこへ行くんですか‥‥!?」
「私はなにがなんでもいきますっ‥‥やっと居場所が特定できたんですっ‥‥ぐっ‥!!」
 これは止めても無駄な勢いだ。何がなんでも自分も出撃すると。だが、この状態のままでは‥‥。

「‥‥ったく、見てられねぇな」
 前方に倒れそうになったポンを左腕でがっしり受け止め、舌打ちを放ったのは一人の女性能力者だった。
「こいつの専属の護衛、あたしが引き受けてやるよ。それなら依頼、出せるだろ?」
 酒瓶を腰に引っさげた女性を見上げるポン。
「‥すまない、恩に着る‥‥。名前は‥‥?」


「紅の獣の雨在 利奈だ、あたしへの報酬、別途考えとけよ、オーケー?」
 意地の悪い笑みを浮かべて、利奈は酒瓶をそのまま一口かっくらった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文


「ペンドラゴン‥‥自作のキメラ従えて王様気取りとか、寂しい王だ」
 最後の作戦確認をオープン回線で終え、シュテルンに乗った赤崎羽矢子(gb2140)が鼻で笑う。
 その横の蒼い雷電のホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は、
 手に入れた空港の情報や僚機のそれを入力し終えたところだ。
 ポンに位置特定端末の存在を問うたが、あいにく持ち合わせていないようだった。

「‥すまない。無理を承知で頼んでおきながら‥」
 普通の会話でさえ、多少呼吸に乱れが生じているのが伺える。
 それでもなお、彼をコクピットに座らせるのは、消えかけた灯火が見せる意地と執念。
 その熱意や、無謀でもあり、勇猛でもあろう。

「妹の心の傷を広げるわけにはいかないからね!」
 そんな彼の想いに打たれて、アンジェリカに乗っているのはキョーコ・クルック(ga4770)だ。
 前回、博士を奪われてしまった依頼に参加していた妹に代わり、彼女を思って力を振るいに来たようだ。

「ふん、その無理を通す為にあたしが護衛かってんだ。負ける気で行くならキャンセル料だけもらって帰るからな」
 行儀悪くも、ディアブロの操縦桿に足を乗せて言い放つ利奈の言葉は本気か、はたまたハッパをかけたのか。
 ポンの表情は、険しくなった。

 雨足は依然として、その歩幅も速度も変わってなかった。
 うっとおしかったガラスに弾ける雨粒にも馴れて来た頃、機内のデジタル時計が作戦開示時刻を示せば、
 無言で手際良く発進手順を進めてゆく。巡航運転を戦闘に切り替えて、操縦桿を握り、
 もはや、雨の音は聞こえなかった。

「同じ轍は2度は踏まない。苦虫を噛み潰すのは一度で十分さ。今度はあいつらに吠え面かかせてやる!」
 新条 拓那(ga1294)が啖呵を切り最後のブレーキを解除すると、
 彼と羽矢子、二体のシュテルンが一同の先頭に立ち、エンジンを激しく唸らせながら、
 雨霧の中へ飛び込んでいった。


 民間の空港を利用した一時的な基地。
 雨の中、滑走路にはライトが灯り、輸送機に平行するように、中型HW、滑走路を挟むように大蜘蛛キメラが鎮座していた。
 カスタムゴーレムとタロスも、侵入者に対して輸送機へのラインを作らないよう、隙無く警戒している。

 だが、そんな警戒網を突き破る者達がいた。
 生い茂った森の木々の上を、二機のシュテルンが飛行形態で接近し、滑走路へとその頭を向けていた。
 対の流星から放たれた16発のロケット弾頭は、それらではなく、輸送機の滑走路へと放たれた。
 地面が抉れ、ライトの破片が散り、輸送機も爆風であおられる。

「これでしばらく輸送機は飛べないね」
 してやったり、と口角を上げた羽矢子は、ピッチをあげて180度ループし、機体をロールさせて転回する。
 彼女が向かった先には、残りの仲間達が陸戦形態で飛び出してきた。
 ヒューイ・焔(ga8434)のハヤブサが閃光のように鋭く駆け、進路上に居た大蜘蛛の腹へチタンファングをうずめる。
 過ぎ去る彼の後ろ姿へ、蜘蛛が苦し紛れに口を開けば、そこにはホアキンの機槍が突きたてられ、そのまま動かなくなった。
 
 追いついた拓那も空中変形を始めると、
 横から殴りつけたような激しい衝撃が、拓那を襲った。
 思わず操縦桿の手元も狂い、左翼から地面に突っ込んでゆく。
 歯を食いしばり、衝撃に備えた彼の予想よりも、第二波は優しく終わった。
 目視すれば、石動 小夜子(ga0121)のサイファーがブーストを使用し、華奢な体躯でなんとかシュテルンの羽を支えていたのだった。

 助かった、とにやけて彼女の顔を見れば、小夜子も、お役に立てて幸い、とばかりに微笑み返す。
「今の狙撃‥‥3時方向です!」
 無茶が出来ない分、索敵に身を費やしていたポンから、無線が入る。
 発砲音がした場所のデータが送られるや否や、
 キョーコが小型帯電粒子加速砲を構えるよりも早く、横を通った利奈のレーザー砲が、ゴーレムの体を鋭く焼き貫いていた。

「専属護衛、じゃなかったのかい?」
「この方がめんどくさくねぇだろ?」
 キョーコが苦笑しつつ問えば、利奈が涼しい顔でポンの横に戻ってくる。
 チャージを持て余した粒子砲は、そのまま管制塔のアンテナとそのてっぺんへと向けられた。

「こっちを見渡せる位置から指揮をとられるとやっかいだからね」
 管制官が崩れる天井に混乱し、室内の機材が損傷すれば、輸送機の離陸はもはやほぼ不可能となった。

 そして、彼らはほぼ予定通り、一点突破の電撃作戦で、輸送機への肉薄に成功した。

「穴開けるよ。下がってて!」
 スコープシステムが電子音を絶えず鳴らして照準を調節しながら、
 羽矢子のシュテルンがハイ・ディフェンダーで貨物室の壁を穿つ。

 ―――だが。

 後回しにした敵がすぐそこまで近づいてきている。
 一点突破したは良いが、作戦上、その突破した『中』に居る時間が長くなるのは否めない。
 網の修繕も、時間の問題だった。段々と、破られた包囲網はその幅を狭め、能力者たちを追い詰めてゆく‥
 ヒューイはどうにか輸送機の後尾へハヤブサでしがみつき、
 いち早くコクピットから飛び出すと、羽矢子の開けた穴へ飛び込んだ。
 彼のハヤブサを陰にして、利奈に肩を貸してもらいながらポンもどうにか降り立ったが、

 羽矢子は、流れ込んでくる銃撃に、飛び出すタイミングを逸してしまった。
 HWが静かに、じりじりと、駐機された仲間の機体へ砲身を向けている。

 気付いた拓那がHWへ3.2cm高分子レーザーを撃てる限り撃ちこみ、HWの注意を逸らす。
 その背後からは、地を滑らせるようにハルバードを構えたタロスが接近していた。
 切り上げるように振りかぶると、小夜子が割って入り、フィールドコーティングを発動させ、ハイ・ディフェンダーで受け止めた。
「――っ!」
 マッハ8の速度から繰り出された重い斧撃に、小夜子の体が激しく揺らされる。
 どうにか受け止めたが、拓那へ合図を送り、二人は左右に散った。

「囚われのお姫様はまだ見つかんないの? いい加減こっちも熱烈な歓迎にちょーっと嫌気が差してきたよ‥‥!」 
 拓那が焦れるように輸送機を見やるが、飛び込んできたカスタムゴーレムの『おもてなし』を、機体を逸らして丁重にお断りする。
 ヒューイ達が突入してから、既に20分は経過していた。




「もう少し手榴弾を持ってくるべきだったか‥」
 軍事活動で使用される輸送機と言うのは、戦車やヘリも運ぶため細かく、広い。
 博士どころか、まだ敵にすら遭遇していなかった。

「行き違いになってるなら、ありがたいもんだね」
 利奈が鼻で笑いながら、スイッチを押して自動ドアを開ければ、
 小さなゴーレムぐらいなら収納出来るであろう格納庫へ出た。
 
 と、広い空間に目を行き渡らせた隙に、ドアの両サイドから、鋭い刃が降りかかってきた。
 間一髪、ヒューイはカミツレでいなし、利奈もポンを乱暴に伏せつつ正面から受け止める。
 ホーリーベルを鋭く刀を振り下ろした人型の喉へ突き立てると、ようやく目を凝らして見る暇を得られた。

 そこには、両サイドの壁に、連綿と戦闘員が立ち並んでいた。
 その佇まいや風格、目に籠った力具合は、ただの整備士やロードマスターでは無さそうに感じられた。

「飛んで火にいる夏の虫、って言うんだろ? こういうの」
 ヒューイ達から見た奥のドアから出てきた男――董 世我こと、ペンドラゴンが、
 少しも傭兵達には目をくれず、外に視線を向けながら言った。
 僅かな窓から様子を伺えば、
 ほぼ乱戦状態の仲間達が伺えた。
 状況は、四に限りなく近い五分と言ったところか。
 装甲が捲れたり、動かない関節を引きずったり、不穏な煙を上げていない機体と言うのが、ほぼ居なかった。

「博士は‥博士はどこに‥!」
 今にも噛みつかんとする勢いで、必死に声を絞り出すポン。
 何とか歩み寄ろうとするが、すぐに膝を付き、利奈も言わんこっちゃない、という顔で護衛対象へ寄る。

「あぁ‥‥焦んないでよ。どうせ、ここ通るんだから」
 世我がそう言うや否や、彼の背中から二つの人影が現れた。
 後ろ手にされた腕を、ねじり上げるように掴まれながら、囚われの姫こと、蒸塚 麻絵琉博士は、
 希望など忘れていたかのような顔で、連行されていた。

「博士!」
「‥‥ポン‥」
 必死の、たった一言の呼びかけに、一瞬だけ、表情に光が差し込むと、泣きそうな、悔しそうな、そんな感情の苦痛に歪むような顔を見せた。

「滑走路が破壊された以上、慣性制御のHWに乗せてくしかないよなぁ。でも幸い、HWは傷つけてくれてないみたい。ほんと、人間って笑わせるよねぇ」
 前回のような激昂混じりではなく、完璧な皮肉を混ぜて、やっと世我がまっすぐ向いて見せた顔は、嘲笑だった。
 ヒューイが堪え切れずに飛びかかると、傍にいた壁際の男が一歩飛び出し、ヒューイの勢いを利用して蹴りを打ちこむ。
 鳩尾に鋭い一撃を喰らうと、かはっと口から少々の血を吐き出しながら、ポンの傍へと吹き飛び、倒れた。
 利奈が武器に手を伸ばすと、その他の男達が一斉にナイフやスタンロッドを構え出す。抜く隙は、無かった。
 呼吸がたどたどしく、地面を掴むようにもがくヒューイの手を握り、ポンが介抱にかかる。

「ブザマだよね、結局、最後のチャンスもモノに出来ず、地を這って、ペンドラゴンの前で奥歯を噛み締める事しか出来ないんだから」
 今度は、ハッキリと聞こえるよう、声に出して笑う世我。
 そして、動けない三人の横を抜け、格納スペースのドアまで後数歩というところで、

「これでも、笑ってられるか‥‥!!」
 ヒューイの手から緑の閃光が迸り、博士と世我を通り抜け、ドアの直前で制止した。

「そこかぁ!!」
 厚い壁をも貫いてくる、スピーカーの羽矢子の声が聞こえると、
 緑の光があった周囲の壁や地面は、一瞬にして粉塵と化してしまった。
 ヒューイの投げた閃光は、発煙筒だった。
 ポンが機体に常備していたものを持ち出し、ヒューイが倒れた際に、彼にこっそり渡したのだった。
 
 チャンスは、今しかない。
 圧倒的な力を持ち振りかざすペンドラゴンへの怒り、そんな敵から、博士を守れなかった不甲斐なさ、
 そして何より、博士に悲しい顔をさせてしまった悔しさ。
 そんな全ての思い、執念が、重い足を動かしてくれる。
 節々の鈍痛、開く傷など知ったものか。今はただ、目の前の博士しか頭になかった。
 利奈が壁際の敵を引き、世我へ投げつけると、その一瞬の隙で、博士の腰へ飛び付くようにポンがタラップを蹴る。
 驚いた表情を蒸塚が浮かべると、二人は破壊された輸送機の跡、つまり、宙へと体を投げ出していた。

 キョーコのアンジェリカが滑り込んで、KVの手で二人をキャッチする。
 流れてくる攻撃から守るように包み、
 二人がポンの雷電へ搭乗したのを安堵の視線で確認すると、
 先ほどアンジェリカを掠ったカスタムゴーレムを、打って変わった鋭い視線で睨みつけ、
 練機刀を一閃、武器ごと腕を斬り払った。

「お疲れさん!後は一目散に逃げるだけだね。行け行けぇ!」
 拓那が博士の乗った雷電を中心に陣を組む。
 最初よりは敵の数も減っている。一点突破はどうなるか。
 
 と、煙幕弾を構えた小夜子のサイファーの手が、白い縄のようなものに捕まってしまう。
 見れば、残っていた大蜘蛛が、口から吐き出した糸だった。振り払おうと試みるが、力も練力も、足りなかった。
「小夜子‥‥!」
 拓那が、急ぎ踵を返して小夜子へ駆けつけようとする。
 間に合うか。囚われた小夜子へ、HWの砲身がピタリと止まり、橙の光が漏れ、チャージの経過を告げる。
 ブーストをかけようとした拓那の前に、ホアキンが割って入り、アイギスを構える。
 雷電の足が地に数センチ埋もれ、拓那を待ち構えていたタロスのハルバードを受け止めた。
「そのまま撃て!」
 ホアキンへの返事は、PRMの起動で返す。
 複数の鋼の羽が、熱の流れを変え、体を支えるバイポッド、補助的なアイアンサイトと様々な命中特化の機能へ変化する。
 AIの補助を受けながら、6発の高収束レーザー、オメガレイをHWへ叩き込む。
「ぐ‥っ?!」
 HWに搭乗していた世我が、思わず傍の備品を掴む程に体を揺らす。
 半壊、とまでも行かなかったが、チャージ途中の砲身を壊されたHWは、行き場をなくしたエネルギーの暴発を許容しきれなかったのだ。

「同じ轍は、踏まないんだろう?」
 ヒューイが急ぎ駆けつけ、小夜子と蜘蛛を繋ぐ糸を断つ。
 その隙に、拓那が小夜子の糸を解いた。

「小夜子、煙幕頼んだ!おらぁ!道を開けやがれぇ!」
 気を取り直し、傭兵達は用意した煙幕をありったけ打ち込む。
 殿のホアキンが、タロスに突き立てた槍を引き抜き――HWを一瞥してから、仲間達の後ろを、追いかけていった。




 雷電の補助席で、蒸塚がやっと一息つき、何となし呟いた。
「ありがとね、ポン。多分、助かったんだと、思う」
 どういたしまして、と言おうとして、途中で言葉を止める。
「多分‥? 蒸塚博士、あんた、まさか自分から‥?」
 下ったのか。と、羽矢子が微かに予想していた考えを吐露して話しかけた。
「あ‥ゴメン。助けてくれた人に、こういうのは失礼だよね‥でも、やっぱり、研究者って、どこまで行っても、そういう生き物なの」
 煙草を吸いたい気持ちから懐を探るが、そもそも無いのと、場所を考え、肩を竦める博士。
「悪い方に転用されるって解ってても、私は研究を辞めることができない。 悪い事だとわかってても、好きな研究なら、貪りたくなる。それならいっそ、最初から、悪い方に居た方が‥なんて、考えなくも無いの。矛盾の塊、子供みたいな理屈と好奇心、それが、私達のサガ、なのかも、ってね」
 オープン回線で、ぽつり、ぽつりと思いの丈を吐き出してゆく蒸塚。
 一緒に乗っているポンですら、表情は伺えないが、恐らく、また複雑な顔をしているに違いない。

「事情は、聞かせてもらった。けど、血を吐いてでもあんたを連れ戻したいって奴が居るんだ。‥そんなヤツがいる限り、あんたをバグアに渡す訳にはいかないんだよ」
 羽矢子の言葉に、ハッと息を飲み込む蒸塚。
 目の前の、平凡な名前の、非凡で優秀なボディーガードの背をしばし見つめ‥‥氷の溶けたような、微笑みを見せる。

「ありがとね、ポン」
「は、博士っ? 危ないですよ?!」
 身を乗り出し、男の頭をぐしゃぐしゃとなでる蒸塚。
「あ! この上空って‥‥前から探してた昆虫の山の上じゃない! ほら、ポン、降りて!今すぐ!速やかに!」
「だから博士!操縦桿はダメですって!」
「はっ、私の護衛が、博士の方じゃなくてよかったかも知れないねぇ‥」
 騒がしい回線を切って、利奈が溜息をつく。
 明るむ空。雨は、いつの間にか止んでいた。

(代筆 : 墨上 古流人)