タイトル:ペンドラゴンマスター:虎弥太

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/01 18:57

●オープニング本文


 貪欲さ。
 全ての生物に、何かしらの形で存在する、欲求への更なる欲。
 それは時として幸せを生み。
 それは時として不幸せを生む。

 そして時として、幸せを生み、そこから更に不幸せを生む事も、あるのだ。


 果て無き、欲。



「博士‥‥?」
 コンコン
 おかしいな、居ないのかな‥‥いや、あの人の事だから気付いていないだけの可能性が高い。
 ガチャ
 ほら、居た。
「博士、いるなら返事してくださいよ」
 屈強な体格をした色黒大男の部屋への侵入で、さすがに彼女もその存在に気付く。耳を塞いでいたイヤホンを取り、大げさに応える。
「おわっ、ポン、いきなり入ってこないでよっ!」
 鼻歌まじりで上機嫌に荷造りをしていたいい歳をした女性。蒸塚 麻絵琉(25)。元々昆虫学者だった彼女は、とある事件をきっかけにキメラの研究にも身を費やした。だがこの部門での彼女の活躍は特筆するものではない。
 特筆すべきは、彼女の発明。いや、発明の基礎理論というべきか。彼女は昆虫をモデルとした子供向けのロボット等の商品を数多く開発していた。だが、その技術はことごとくが必ずと言っていいほど軍事転用されてしまうという、類稀なる功績を残していた。だが、それが彼女の望んだ功績かどうかは別問題。
「さきほど雪山へ昆虫を捕まえにいくからと言ってたのを思い出しまして」
 困ったように応える、ポンと呼ばれた男。
 山田 太郎、麻絵琉専属のボディーガード兼助手だ。あまりにも平凡な名前だということで、初仕事の時に勝手に麻絵琉がポンと名づけ、以来そう呼ばれ続けている。
「今朝のニュース見た!? 新種よ新種!! 気候の変化も、昆虫学者権威のサムソン・シュペルマー博士もそう言ってるし!!」
 誰それ!?
 意気揚々と準備を進める彼女を止めることは不可能。長年彼女に仕える彼としては、その現実を変えることはできないと分かっているが故に諦めるしかなかった。
「はぁ‥‥」
「ほらポンっ! 3分で準備して!」
「はぁ‥‥」
 大男の溜息が、静かに漏れる。
 この人は自分の立場を分かっているんだろうか‥‥。





 雪山中腹―――
 

「ふぅ‥‥」
「どうしたんです、博士?‥‥眠れませんか」
 目的のポイントまでまだ半分。今夜はここで夜を明かす。
「人間って面白い生き物よね‥‥」
 煙草をふかしながら、淡々と語る麻絵琉。
「子供用に開発した『フライハイ! コンチュー君!』がミサイルシステムに化けた時私は心底そう思ったよ」 
 別に私の研究を応用して殺戮兵器作ろうが何しようがどうでもいいのよ、と彼女は付け加える。
「言うなれば欲よね。 私はそれが歯車だと思う」
 歯車。
 それが本人の意思が是であろうが非であろうが。
 一度巻き込まれれば、いくらその間に自分の意思という楔を打とうと、歯車はそれを噛み砕きながら廻ることを止めない。止まることのない、連鎖。
「‥‥博士、どうぞ、暖かいコーンスープです。 これを飲めば眠れますよ」
「うん、ありがとうポン」
 そう、歯車は止まらない。
 生物の貪欲さは、底無しなのだ。
 人類だろうと、バグアだろうと。
 高性能通信端末を取り出し、ポンは確認しながら思案する。
(「まだ遠い、が特定されて追いつかれるのも時間の問題、か」)
 麻絵琉の技術を欲しがるテロリストやバグアは当然、大勢いる。彼女はそれを自覚してかしていないのか、いつも縦横無尽に行動する。それに常に悩まされるポンの苦悩は計り知れない。
(「今のうちに要請しておきますか」)
 ポンの通信端末からULT本部に通信が入ったのは、まだ夜明け前のことだった。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
風(ga4739
23歳・♀・BM
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
望月・純平(gb8843
32歳・♂・ST
イトゥーニ・郁奈(gb9009
18歳・♀・EP

●リプレイ本文



 好きなモノは好き。
 嫌いなモノは嫌い。

 人間って、好き嫌いがハッキリしてる癖に、矛盾な行動を取りたがる。
 好きなモノを得るために、嫌いなコトをする。
 嫌いなコトを遠ざけるために、好きなモノを手放す。
 普段周りに、こうだから!と、説いてる人ほど自身はその真逆の行いをしてるものなのよ。ちゃんと自覚しながらもね。

 好きな人なのに、嫌いと説き、そっけない態度をとったり。
 嫌いな人にほど、外面良く接したり。

 私の研究だって、詰まる所そういうことなのかも。
 悪い方に転用されるって解ってても、私は研究を辞めることができない。
 人を傷付けると判っていても、傷付けることを止められない。
 この昆虫だってそうよ。
 大好きなのに、殺しちゃうんだもの。

 研究者なんて、矛盾の塊。
 
 身体に悪いって判ってても、煙草は吸わずにはいられないのと同じ。

「ねぇ‥‥あなたはそんな私を軽蔑する‥‥?―――――」








 差し伸べた私の手は、虚しく空を掴んだ。
 









「びえっきしぃっ!!」
 鼻を啜りながら望月・純平(gb8843)は一張羅のアロハ〜なシャツを整える。もちろん、暖かいウェアに包まれて。極寒の中でアロハ一枚とか、ダメ、絶対。死んじゃう。
 だが、この男侮るなかれ。周りは氷点下の極寒だが。あれ、おかしいな‥‥?背景に南国風景が見える‥‥!?失礼、どうやら報告官の幻視のようだ。
 それは置いておいても、純平が放つ異彩な空気は文字通り異色を放っていた。普段なら何かしら突っ込まれそうなものだが、この閑散とした空気の中では仲間の緊張を和ませるのに一役買っているようだった。

 護衛対象を追跡者より離脱させるべく、傭兵ら一同はまさに今、追跡者と博士達を追って登山中。
 追跡者の狙いは十中八九、蒸塚 麻絵琉博士だ。バグアかテロリストか、正体は未だ判らないが、判ることはただ一つ。
「‥‥断固阻止する」
 敵に渡せば味方の害となる。
 昆虫知識だけでなく、彼女の研究を悪用される訳にはいかない。
 自分のエゴ、欲だということは判っていても、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)はその信念の元、今そこにいた。
 そしてもう一つ。ホアキンは前方を歩く風(ga4739)の後姿を静かに見つめる。
 久しぶりに目にする、恋人の姿。
 久しぶりに聞く、その声。
 ここが戦場であるからこそ、ホアキンを感慨深くさせるものが、何かあるのかもしれない。それが具体的にどういうものなのか、それは本人のみぞ知るものである。
 そんな視線を背中に受けながら、新条 拓那(ga1294)の隣を歩く風も同じような心境なのかもしれない。勿論、その心の内も彼女のみぞ知ることだ。
「ううっ‥‥久し振りの仕事が雪山なんて」
 身震いしながら両肩を抱く風。
 でも、頑張る。
 寒いの苦手だけど、頑張る。
 うん、ケナも居るし、頑張る。
 恋人の愛称を心の中で呟き、自身を励ましながら新雪に足跡を刻んで前へ進んでいく。

(「むぅーん、同じ小隊の望月さんに呼ばれて来たけど大丈夫かなぁ‥‥」) イトゥーニ・郁奈(gb9009)は心の中で小さく溜息を漏らす。礼儀正しくいつも元気ハツラツでハキハキな彼女でもこの寒さは若干堪えているようだ。
 とはいえ、自身の母親の故郷でも腐るほど体験していることだ。
 足を引っ張らないように頑張る!ただそれだけ、と言っては寂しいが、それでも十分な意気込みだ。 

 ホアキンと共に無線で連絡を取っている一人の女性。
 雪待月(gb5235)だ。麻絵琉の護衛の山田 太郎(通称ポン)より手に入れている彼らの現在位置と敵位置を、ホアキンの横で随時整理及び把握に努めていた。あらかじめ申請された地図にマーキングを施し、確実に歩を進めていく。
(「一つ叶えば、またその一つ先を望んでしまう事は、仕方の無いコトなのかもしれませんね‥‥けれど‥‥」)
 カンジキから聞こえる一定な足音が、彼女の心の言葉を邪魔するかのように静かに鳴り響いた。
 ――けれど。
 紡いだ言葉のその先は、幾度探せど見つからず。虚しく心の闇の中へと消えていった。博士とポンの分のスキーも背負い、雪待月は歩を進める。
 その隣でインカムと方位磁石と地図と格闘していたエレナ・クルック(ga4247)も気持ちは一緒だ。

 『人が傷つくのが嫌だから』

 エレナらしいシンプルな動機だが、これ以上無い力強い動機でもある。
 元々、大切な家族を守るために傭兵となった彼女だからこそ、誰かが傷つくのは耐えられないのだ。できることなら、守りたい。助けたい。ただ、それだけなのだ。

「敵の正体もさることながら、雪山登山って時点でまずヤバいね。急いでも慎重に行かないと」
 拓那の言葉に終夜・無月(ga3084)もその後ろで静かに頷く。
「そうですね‥‥皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
 慎重に、だが移動速度はなるべく落とさず、無月は『月読』の望遠機能を駆使しながら敵の捕捉を試みる。
 郁奈の探査の眼のおかげか、今のところ先行している敵による罠の設置や待ち伏せは見当たらない。ポンからの情報でも、ゆっくりと、だが確実に敵は彼らへ迫っているとのことだった。だが傭兵達と敵の距離も徐々に縮まっている事も事実。点在する林や丘にうまく姿を隠しながら一同は雪山を確実に進んでいった。

「‥‥敵、捕捉」
 無月の無線により、一同に緊張が走る。
 前方に人影が2つ、その少し後方に小さい影が6つ。どれもフードを身に纏い、ここからでは姿はよくわからない。
「ま、やることは一つさ」
 緊張を和らげるかのように、軽口を叩きながらメンバーに練成強化を施していく純平。追跡されているなら、足止めすればいい。その間に博士達には先行して離脱してもらう、それが彼らの作戦だった。
 純平の強化が終わると同時、それが状況開始の合図となった。




 雪山の冷たい風。
 それがより一層冷たく感じるほど、二人は疾風と化していた。
 冷たい山の息吹が鋭く肌に突き刺さる。だが、拓那と風は止まることなく真っ直ぐに突き進んでいた。
 目指すは、先行の二つの人影の前方へと立ちはだかること。
 だが、その僅かな動きに気付かない敵ではなかった。
 しかし、気付かれないことを予期していないほど、傭兵達も楽観していたわけではない。
「悪いが、させはしない」
「‥‥貫け‥」
 拓那と風の動きに合わせ、二人は魔創の弓を構え、放つ。
 なんとしてでも二人を前方へ送り出す、その為には全力で援護する。
 ホアキンのその想いを背に受け取り、風は敵の反撃の動き等目もくれず、ひたすらに前へと進む。
「‥‥!」
「‥‥っ」
 無月とホアキンの放った一撃は、見事に援護の役割を果たし、二人を前へと送り出す。一方は片方の頭部へと深々と刺さり、もう一方は僅かの所でそれを回避。倒れ伏した一体は力無く身体を雪へと埋め、周りの雪は鮮やかな桜を咲かした。

「あーぁー‥‥割と優秀な助手だったのに‥‥」
 回避以上の反撃は行う素振りは見せず、残った一人から青年の声が漏れる。
 だが、彼の動きからは一切の隙が見出せない。傭兵達のうち二人は思惑通り前へ立ちはだかることができた。が、残るメンバーでそれを試みる者もいたがそれは叶わず、後方の6体の後ろへと6人は到達する。図らずも、挟み撃ちの形となった。
 だがそんな状況であるのに、青年の声に怯えや焦りは見えない。
「クソ寒い中ご苦労さんだけど、ここから上は通行止め、悪いけど退いてもらうよ」
 拓那の警告、だが青年はお構いなしに勝手に喋りだした。
「邪魔が入るとは思ってたけど‥‥まさか同じルートから来るなんてねぇ‥‥」
「あんた等、何者だ?」
「ちょっと急いでた自分が馬鹿みたいだ、はは、はははは」
 青年の狂気染みた語りに、エレナと雪待月も戦慄を覚える。が、警戒を解かずに、目の前のフードを被った小さな6体に意識を集中させる。
「あれ‥‥また、見覚えのある顔がいるね」
 青年はそう言うと、フードを外し、ホアキンへと向き直る。
「‥‥? 俺は貴様等知らないが‥?」
「ま、そりゃそうだね。じゃぁこれでなんとなく判るかな?」
 パチッと指を鳴らしたと同時に、沈黙を守っていた6体がフードを一斉に外した。そしてその下から姿を見せたのは―――
「‥‥なるほど」
 ホアキンには見覚えのある、小さな人型のカマキリキメラ。
「あの時はありがとうね、いいデータが取れたよ、ほんと」
 姿を見せたのはキメラ。ということは、この青年はバグア側ということになる。
「あんた等が何をしたいか知ったこっちゃないが――」
「思い通りにはさせないよって言いたい?」
 その声は、拓那の背後から発せられた。
「!?」
 そして行動を起こす前に、拓那は血反吐を吐き散らしながら、雪へと倒れこんだ。
 俺は今、何をされた?
 こみ上げて来る激痛に身を預けながらも、拓那は自身に起こったことを理解できずにいた。
「この董 世我を止めれる気でいた!? 人間如きが僕を足止め!? 笑わせるねぇ!!」
 ヒャハハ、と狂気に満ちた笑い声を上げるセイガ。
 それが戦闘開始の合図だったのか、一同は瞬時に動き出す。


(「まずいな‥‥」)
 ホアキンはキメラの姿を確認してから、焦りを感じていた。このキメラの能力は身に染みて理解している。すなわち。
「的確に息の根を止めるんだ! 自爆するぞ!」
 この状態で自爆させること、そこから導き出される答えはあまりにもぞっとするものだ。
 雪崩。
 雪山で強い衝撃を起こすことは自殺行為。それだけは避けなければならない。だが。

 強化人間。
 この四文字は、伊達ではない。
 一体だけで、恐ろしいほどの脅威なのだ。
 それを一切予期せず相対して、簡単に対処できれば、人類にとってそれは脅威と呼ばれることはなかっただろう。

「ぁ‥‥ぅ‥‥」
 その強化人間の殺気を、風は一身に受けていた。
「さて、どうしよっか?」
 かくり、と首を傾げ風へと問いかけるセイガ。このままではまずい。
「させるかよっ!!」
 なんとか援護しようと積極的に目前のキメラたちへ攻撃を試みるが。以前より強化されているであろうキメラだ。そうでなくとももともと素早さと攻撃力は経験が長い傭兵でも苦戦したほど。
「ぐぁっ!!」
 善戦空しくも、そのスピードに翻弄され、純平は自らの血にその身体を濡らす。
「‥‥早く‥!」
 その傍ら、雪待月の援護の元、無月とホアキンがどんどん敵を屠っていく。
 スピードと威力は脅威かもしれない、だがそれに翻弄されているようじゃ隊長は務まらない。
 一撃を受け止め。
 カウンターで深々と明鏡止水をキメラへと突き刺し、抜く。
 噴出す体液に目もくれず、次へ。
 ホアキンも無月も焦る気持ちを抑え、冷静に対処する。が静かにそれを待ってくれるほどセイガはお人好しじゃない。

「このっ‥‥このっ‥‥!!」
 両手に愛刀の氷雨を構え、ビーストマンらしい軽快な動きでチャンスを作ろうとセイガへ肉薄するが。
「はは、ほら頑張って?」
 明らかに本気を出していない。むしろ馬鹿にするかのように風の攻撃を回避しながらちまちまと彼女をいたぶってゆく。
「このぉっ!!」
「なに? ‥‥そんなに死にたいの?」
 ぞくっ。
 一言、殺気の篭った言葉を発し、セイガを踵を返し、歩を進めようとした。
 博士達が危ない!!!
「行かせませんですっ!」
「行かせませんっ!!」
 そうはさせまいと、郁奈とエレナは持てる力を全部だしてセイガへと攻撃を放つ。キメラとの戦闘で傷付いたその身体を酷使して。それを見逃さず、雪待月はそれを援護する。が――。
「じ ゃ ま」
 二人の間に瞬時に割って入ったかとおもうと、静かに掌を二人の胸元へとあてがう。そして次の瞬間。

 ボカンッ!!

 小さな爆発と共に、血飛沫を上げながら少女達は後方へと大きく吹っ飛ぶ。
「あら、死に損ないのモノにしては、前回に引き続き結構役立つねコレ」
 自らの掌を眺めながらケタケタと笑うセイガ。そしてすぐさま山頂の方向へと駆け出す。
「「待てっ!」」
 ホアキンと無月はなんとかキメラを掃討し、セイガへと走り出す。
「悪いけど、今回は君達を殺すことが僕の仕事ってわけじゃなくてね。目的優先さ」
 傷付いた風の元へとたどり着き、弱ったその身を抱いて静かにキッと睨みをセイガへときかせる。
「‥‥逃げるのですか‥?」
 逃がすまいと、無月は一か八かの挑発を送る。
「フンっ‥‥逃げるのは、貴様達でしょう」
 そういうと、その両の掌を地面へとそっとあてがう。
 まさか!!!
「急げ!! 傷付いた者を抱えてスキーを!!」
「は、はい!!」
 何が起こるか、それは火を見るより明らかだった。雪待月達は近くの仲間の元へと駆け寄る。
「またね?」
 セイガの言葉が発せられ、爆発が起きるのと。
 傭兵達がスキーをつけ終え、仲間を抱え滑り出すのと。
 そして雪崩が発生したのは、ほぼ同時だった。

 無線では、あらかじめ先行して脱出することは伝えてある。
 伝えてあるが、果たしてどうなるか。
 博士に振り回され続けていたポンだけで、果たして麻絵琉をおとなしく脱出するよう説得できたのか。
 その答えは、自ずと、見えてたのかもしれない。



 雪崩をなんとかやり過ごし、急いで山頂へと向かった傭兵達。
 無線にいくら問いかけても、返ってくる返事がないことから、認めたくないが結果は見えていた。だが、その目で確かめるまでは認めたくない。
 一同ははやる気持ちを抑えて、その場所を目指していた。

 そして彼らの目に飛び込んだのは、昆虫が飛び交う中、血溜りに倒れ伏すポンの姿だった。辺りに蒸塚 麻絵琉姿は確認できない。
 仲間の応急処置を行うと同時に、ポンの治療も施す。
 幸い、命は絶たれていなかったが、素人目からみてもひどく重傷なのは明らかだった。きっと博士を守ろうと、死力を尽くしたのだろう。

「‥‥申し訳ない‥」
 目的はハッキリとわかっていた。
 博士達の生還。
 彼女の性格も把握していたはずだ。
 なのに自分達は、敵を倒すこと、足止め、戦闘ばかりに気を取られていた。
 無月もホアキンも。
 風も雪待月も。
 そして今は意識がない仲間達も。
 一同に、なんとも言えない重い空気がのしかかる。

 蒸塚麻絵琉博士は、敵の手に堕ちた。
 それは、紛れもない、事実だった。

 それが人類側にとって今後どのような影響を与えるかは、この時点ではまだわからない。

 できれば、考えたくもなかった。