●リプレイ本文
男は、時間きっちりにやって来た。大型のバンを能力者達の近くへ停めると、簡単に名乗り、近くのゴミの山へ歩いていく。依頼人の男がゴミの山から出ている布の切れ端を思い切り引っ張ると、中から現れるもう一台のバンと大型バイク。どうやら、依頼の開始前に乗ってきて、ここに隠しておいたもののようだ。
ということで、ゲオルグ・シュナイダー(
ga3306)のラブリーバイク借用大作戦は未遂に終わる。隠されていた大型バイクは普段依頼人が荷物の運搬に使っているものだということで、多分壊した場合に一番怒られるのはこれだ。
「なあなあ、荷物ってどんなものなんだ? 現物見ておきたいんだけどーー!」
フィル=ノヴィス(
ga0319)の求めに応じ、依頼人がバンの後部座席にドンと置かれたデカい鉄の塊を見せる。依頼を受けた時に知らされていたのと変わらず、多少の振動と何かの音。
歯噛みするソフィア・シュナイダー(
ga4313)。ここへの出発前、ULTの職員に、送られてきた画像データを見せてほしいと情報開示を求めてきたのだが、結局そこで見られたものもこの鉄の箱を外側から撮った画像だけだった。つまり、依頼を斡旋したULTもこれの中身を知らないということ。
「これがその荷物ですか‥‥」
(「まさか捕まえた宇宙人なんて事はないよね‥‥でもこんな世の中だし、注意するに越したことはないかな」)
呟きつつ、流 星之丞(
ga1928)がそんなことを思う。確かに、このご時勢中身が何であっても不思議ではない。バグアだとか、キメラだとか、はたまた軍が秘密裏に行っている研究の被検体だとか‥‥
「それにしても五月蝿い荷物ですね? そういえばバグアって寄生生物で人間にも憑くそうなんで。疲れていたりすると、寄生されやすくなったりするんでしょうかぁ?」
ちょうど皆が心の中で思っていながら、それでも口に出さなかったことを、スケアクロウ(
ga1218)がぼそりと言ってのける。その場の全員が『ギクッ』とか『なにぃ?!』とかいう空気を発し始めると、スケアクロウは肩をすくめて「あ、まぁ独り言です」と何の解決にもならない一言。
相変わらず奇妙な荷物を開けてみたい欲求に必死で逆らうフィルをよそに、運び屋と能力者達は車への人員の配置と移動ルートについて確認を始める。事前にフィルが何となく思っていた予感の通り、輸送車の運転手は運び屋の男である。それもそうだ、大事な荷物を積んだ車の運転を他人に任せて、その運転手が盗人だったら笑えない。今回の護衛メンバーは能力者。運転を任せていきなり暴走など始められては、止めようも無いのだし。
そんなわけで、輸送車の運転を考えていた篠崎 美影(
ga2512)に、今回そのお仕事は無し。ただ輸送中に運び屋が運転出来ない状態になることも考えられるため、夫の篠崎 公司(
ga2413)と共に打ち合わせに参加する。出発時の護衛車両の運転を受け持つことになった銀野 すばる(
ga0472)は、以前にも依頼で同行した星之丞を運転の相棒として長距離ドライブに。星之丞としてはうら若き女性であるところのすばると密室長距離ドライブなど内心ドキドキもんだが(不純な理由にあらず、と念のため付記)、護衛車両にはフィルも乗るので。悪しからず。
出発の予定時刻よりも多少余裕を持った集合と打ち合わせを終え、ゲオルグが自身の手できっちりとバイクのメンテナンスとタンデム用のパーツを取り付けるのを待ってから、一行は出発した。
これから3日間、緊張の中でのドライブが始まる。
●退屈な時間
三台は予定通りの速度と時間で走り続け、ほんの1時間程で森林地帯へ入った。これからはずっと、整備された道路、平地、森林を代わる代わる走行することになる。
大型バイクを駆るゲオルグは、ぴったりと二台の車両にくっついてバイクを操縦しながら、ものすごく不満顔。というのも、折角誰にも咎められずに大型バイクを乗り回す機会だというのに、護衛という名目上二台の車からは離れられず、結果として森林地帯では50キロと法廷速度違反の原付程度しか速度を出せずにいるからだ。森林地帯を抜ければ90キロまでは出せるが、それでもバイクの最高速には届かない。まったくもって期待外れである。
「ダートコースの長時間運転の練習、とでも考えて頑張ることにいたしましょう」
とは、1度目の休憩を終えてバイクの運転を兄と交替することになったソフィアの弁。聞き分けのいい言葉にも聞こえるが、やっぱり不満そうな表情は隠せない。あれだ、もうYou達NWに入っちゃいなよ! ‥‥向こうから声がかからなければ無理なのだけれど。
その一方で、そこそこ満足げなのは護衛車両の運転メンバー。特に「最高速出せないなんてっ!!」とか思う人が乗っていないのと、襲撃者がやって来る様子が全く無いということで、『中身気になるけど、荷物はきっちり届けるぜ』がスローガンの2人は問題を感じていないのだった。
「一応車の中だけど、埃とか目の中に入ったらいけないし‥‥あたしが使ってる物で悪いけど」
「ありがとう、大事に使わせてもらいます‥‥」
運転中にすばるがかけていたゴーグルを借り受け、ふと香った女性の香りにドキリとする星之丞。念のためここでも触れておくが、決して不純な理由ではない。‥‥しつこいと、寧ろ怪しく聞こえるだろうか? ちなみにフィルはといえば、移動中は双眼鏡で周囲を警戒していたが、全く来ない襲撃によって緊張感よりも荷物への好奇心が勝って今は荷物の見学に行っている。触りたそうだが、触っちゃダメ。
そんな休憩の時間中、輸送車の運転手である運び屋の男は車を降りずに缶飲料を飲んでおり、同乗しているスケアクロウは車の周囲をふらり歩きながら辺りを眺めている。公司美影の夫妻も車からは降りないものの、周囲を警戒し、何かあれば即座に飛び出せるよう体勢は常時整えている。
しかし、結局何も起こることはなく。
「さぁ、行こう! 目的地までの道のりはまだ遠い、気を引き締めていくんだ」
休憩を終えて走り出す三台。このまま、2日間何も起きずに走り続けることになる。
・ ・ ・
変化は、輸送の最終日、3日目になって起きた。
「公司さん、これで確認してみてください」
「ええ、すみませんが借りますよ」
ふと、公司が視界の端に動くものを捉えた。御影から双眼鏡を借りてさっき見えたそれを探すと、森の中を走る自分達の車とやや距離をとって、併走する車が一台見えた。襲撃者かと思いもしたが、想定していたキメラとは違う。バグア? 人間? とにかく、注意をする必要がある。車を運転する運び屋の男と同乗する2人に伝え、そして護衛車両とバイクにも不審車両の発見を合図で伝える。
それから程無くして。もう10分も走れば森を抜け、それ以降は正規の舗装された国道を走るといった地点で、突然横合いから一台の車が突っ込んできた。その車は車列の前で急停止すると、窓を開けて銃撃を加えてくる。同時に二台の車が左右から現れ、三方を塞がれた状態で包囲射撃を受ける輸送車両。防弾加工をされている車体が激しく叩かれて揺れる。すばるの運転する護衛車両が加速して輸送車両の隣につけると、銃撃の止んだ側の窓からフィルが銃口を出して、前方に停まる車へスコーピオンを撃つ。車の反対側からは機を見て覚醒した星之丞が飛び出し、輸送車両からはスケアクロウもアサルトライフルでの銃撃を始める。しかし、防弾加工のみならず車体を鉄板などで強固に固めた襲撃者の装甲車には、SES搭載武器とはいえ絶対的な有効打にはならない。
「やらせない、この荷物、絶対に届けると誓ったんだから!」
しかし、装甲が厚く銃弾が貫通せずとも、着弾の衝撃はそのまま伝わる。こちらからの銃撃で頭を引っ込めた前方の敵車両に向け星之丞がツーハンドソードを全力で叩き込むと、車両はその重量で踏み止まることが出来ずにゆっくりと横転する。こうして出来た隙を突いて、発進する輸送車両。すかさず美影の補助を得ながらも身軽に車の上に上がった公司が愛用の弓を持ち、横転した車の左側を通過する輸送車を追ってくる一台のタイヤを射抜く。さすがに場所が場所であるために、足回りの装甲は薄かった。3度の射撃で完全に装甲能力を奪い切る。横転した車から出てこようとした敵は、スケアクロウが乱射する銃弾が阻み、攻撃を許さない。
先行する輸送車両の後を追って、星之丞を回収した護衛車両が走る。襲撃者がこの三台だけとは限らない。もしかしたらここで得物と護衛を切り離し、この先で改めて襲撃を仕掛けてくる可能性もある。輸送車両を単独にしてはいけない。
すぐさま、残った敵の最後の一台が追撃に入る。護衛車両のすぐ後ろに敵はつけてくるが、しかし。敵は完全な見落としをしていた。彼らが相手にしているのは、車だけではない。
「刀というのは、時に弾丸をも切り裂く力を持っておりますのよ!」
「どれだけ外側を固めようとも、これだけのスピードに乗せての突撃を喰らってはタダでは済むまい!」
敵の車両の後方から急激に接近するバイク。ゲオルグはここぞとばかりに速度を限界まで上昇させ、後ろに乗るソフィアが敵を追い抜きざまに刀を水平に薙ぐ。バッサリと大きく側面に裂傷を負った敵車両は、この状態では単独での襲撃成功は見込めないと考えたか追撃を止め、景色の向こうへと消えていく。
襲撃は、無事に凌ぎ切った。懸念されていた他の刺客の出現も無く、三台は森を抜けた。
●依頼の『成功』
輸送物の目的地無事到着を果たし、一行はひとまずの安堵。到着後の安心した時が危ないとスケアクロウは思いつつも、目的地であったここは比較的大きな街。襲撃者もおいそれとは襲って来れないはずではあった。
が。その目に映った見覚えのある装甲車三台。横転した時に付着した泥や、ソフィアのつけた裂傷もそのままにやって来た三台を、皆は武器を構えて戦闘体勢に。
「待った。戦う必要は無い」
しかし、運び屋の男はそう言うと、武器を持つ皆の前に立って近づいて来る装甲車の方へ歩いていく。装甲車はスピードを落として道路脇に停車すると、中から数人ずつ10人程の人間が降りてくる。
「‥‥どーいうことだ? これ」
全く事情が飲み込めないのはフィルだけではなく。目の前では襲撃者と被襲撃者が笑顔で握手などしている。まさか。
「すまないな。実は今回のこの依頼、君達能力者がどれだけ信頼に足るのか、それを確かめるためのテストだったのだ」
運び屋の男が告げる真実に、一同脱力。装甲車に乗っていた人物達は皆依頼人の同僚だったということで、完全なる『ヤラセ』だったのだ。
「テストというのは、僕達が突然の襲撃にちゃんと対応出来るのか、襲撃を跳ね返せるかということについてですか?」
「いいや。あからさまな程に怪しい荷物を前に、君達がどう対応するのか。それを試していた」
星之丞の問いに、依頼人はそう答える。確かに、荷物はあからさまに怪しかった。中身が見たくて仕方なかったが、皆しっかり我慢した。
「じゃあ‥‥もし良かったら、荷物の中身見せてもらったりとかダメですか? 無理には聞きませんけど」
皆が思っていることを代弁するすばる。そのお願いを依頼人は到着後だしとOKし、鉄の棺桶を開けて見せる。中には‥‥
「なっ‥‥」
ゲオルグが絶句する。
「こんなもの守るために頑張ったのかよーー!!」
フィルも絶叫する。
巨大な鉄の箱の中に入っていたのは、不定期に蓋を叩くように作られたちっぽけなギミックと、女性の声を録音してエンドレスループで流すラジカセ。
「もし開けていたり、執拗に中身を知ろうとしたりした場合は不合格だったんだが‥‥これなら、仕事を依頼することも出来そうだ。能力者は信頼出来ると、NWに連絡しておくよ」
・ ・ ・
そして、その頃のULT本部。
「そろそろ到着ですかね? まさか、開けちゃってたりしませんよね?」
「まさか‥‥中身はダミーだから開封で事故に繋がることはないけど、もし開けたりなんかしたら信用問題よ」