●リプレイ本文
●教官様がみてる
「はい」
教官の声だけが響いていた部屋に、稲葉 徹二(
ga0163)の声が混じる。その挙手を見て「何かな」と尋ねる教官の挙動に、エミール・ゲイジ(
ga0181)がびくりと起き上がって手元にあった物を隠し、如月・彰人(
ga2200)はガタコンと音を立てて顔を上げる。
「KVは市街戦闘を前提にした機体であります。火力の向上は本来のコンセプトと衝突するのでは?」
「良い質問だ。確かにKVは市街戦を前提とした機体だ。バグアのワームが慣性制御の機構を用いてビル群の中に垂直着陸すれば、従来の戦闘機では全く役に立たない。ミサイルを撃つには障害物が多く、空爆をすれば街への被害に比べて得られる戦果があまりに小さい。かと言って、戦車を差し向けるにしてもまた空に逃げられては意味が無いし、そもそもバグアは鈍重な戦車を待っていてはくれん。そのために、現場へ急行し、必要とあらば市街地に降り立って戦うことの出来るKVが開発された。街や人への被害が気になるのだろうが、火力の向上はワームの撃破に不可欠の要素だ。撃破に手間取ればその分周囲への被害も甚大なものになる。また空爆と違って、KVはパイロットの腕を持って、ピンポイントへの攻撃も可能である。メリットとデメリットを比較すれば、市街地で戦うということは火力向上のための障害とはならない」
ううむと徹二は心の中で唸る。確かに損得勘定で考えればその通りかもしれない。だが、ある意味本末転倒である気もする。
(「そうならずに済むように、自分達が腕を磨かなければならんわけでありますか‥‥」)
「つまり、街中でビーム撃つ時は的を目掛けて百発百中! そして窓ガラスの一枚も割らねぇようにマッハで飛ぶ! それが出来るように、俺達がなりゃいいってことだろ?!」
徹二が思っていたことを、かなり無理な形で叫ぶジェームス・ブレスト。若くしてUPC空軍希代のエースとなった男。
「そ、その通りだ! やってやろうじゃねぇか! ジェームス、俺の名は如月彰人。今回は宜しく頼むぜ!」
「おう!」
追従して言う彰人。ついさっきまで寝ていた彼は話の流れが半分ほど把握出来ていなかったが、勢いで立ち上がってしまった。
「うむ、その意気だ。だが如月・彰人。せめて基礎くらいは寝ずに聞いてもらえるかな?」
「げ」
ガックリと座り込む彰人を見てから、他に質問は無いかと尋ねる教官。その間に一度、長い時間教官と目が合っていたような気がするエミールは、腕の中のものをさらにくしゃりと小さくして隠す。そこにはバイパーのスペックや武装のデータについて小さく列記した小さめの紙。試験時に見つかると0点にされるもの。
「じゃ、俺から質問。全ての面で現行機を上回るってことだけど、稼動限界時間はどうなんだ?」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)が尋ねる。
「まず、間違いを指摘しておこう。現行機を全ての面で上回るわけではない。重武装ゆえに多少機動性が削がれている。最大速度だけならばR−01よりは幾分速いが、小回りやその他の要素も加味すれば、機動性は大きく劣るといっていいだろう。だがその分装甲は分厚いし、この重武装を搭載しながらこれだけの機動性を確保したKVは、ドローム以外では開発不可能だろう。奉天北方工業公司のH−114と言ったか。あれよりは確実に速い。‥‥そう、稼動限界時間だが、それに関しては従来機と大きく変わることは無い」
なるほどとメモするジュエル。大体の能力はこれで把握出来たが、情報を提示しているのはバイパー開発元ドローム社のスタッフだということを注意しなければならない。自社製の機体は優秀だと宣伝したいだろうし、データ比較においては電子戦闘機のコンペディションにおいて奉天北方工業公司に負けたという屈辱を晴らしたいがための誇張が混じっている可能性もある。話半分とまでは言わないが、信憑性は8〜9割と考えるのが利口だろう。
「うぅ‥‥バイパーは岩龍より速くて、R−01よりは遅くて‥‥ってそもそもR−01ってどのくらい速いんだっけ‥‥? あれ? R−01が遅い? 重い、だっけ?」
ぶつぶつ呟きながら頭が小さく前後左右に揺れているのは水理 和奏(
ga1500)。座学の内容をメモしてもメモしても頭に入ってこない。都合がつかずに来られなかったという知人のためにも頑張りたいが。
「では、質問はこのくらいにして、試験を行う。メモの類は全て仕舞え」
学校の試験を思わせる言葉に皆はノートなどをカバンなどに仕舞い、エミールは袖口に仕舞う。彰人は挙手して、メモ用に配られていたボールペンの代わりに六角柱の鉛筆を要求する。
試験は大きな滞りなく進められた。シンと静まった室内に時間一杯鉛筆が転がる音がしていたのと、時間終了ギリギリに「2ダースのスイマーがクロールで迫って来るッス!!」と意味不明なことをのたまったエスター(
ga0149)が約1名出現した以外は。
結果。12名中10名が無事に合格し、実際に乗り込んでの機体操作確認へ向かう。残った2名‥‥和奏とジェームスは補習のお時間。
●一組目、下手な鉄砲も
「それじゃお先にっ」
皆にサムズアップして見せてから、ジュエルがバイパーのコックピット内に消える。一番手という大役の生贄として皆は補習明けで死にそうなジェームスを推したが、ジュエルは立候補にてこの役を射止めた。
M−2発射用のトリガーを確認しながら、通常行動訓練時にした質問の答えを思い出す。粒子砲は命中すればバリアを突き破り大爆発を起こす派手な武装。対ワームの切り札的武装だが、チャージに時間がかかること、そして当て辛いというのが問題だ。
長い滑走路から機を飛び立たせ、流れ去っていく地上の風景を横目にバイパー1番機は白い雲の中に突っ込む。雲を抜け、視界が良好になったところで加速。目標の速度に到達。
『5秒前』
短く入る通信。機を緩くカーブさせながらスタートの地点へ向かい、ブーストオン。速度は最高点に。
『スタート』
「うぐおぁぁっ!!」
急激に身体をシートに押し付けるG。マッハ6でターゲットの風船に突っ込み、まずは狙いも適当に一発。というか、狙いをつける余裕があまり無かった。
トリガーを引いてから一瞬のラグ。そして発射される模擬弾。しかし模擬弾は機体が風船群を抜けてから発射され、虚空に消える。
「くっそ、目視まで2秒、通過に1秒‥‥ラグが少し‥‥舌噛みそ」
高速旋回を繰り返し何とか時間内に3発の射撃を行ったジュエルだったが、命中数はゼロ。
「元気が‥‥ありすぎだな」
続いてはジェームスが2番機に乗り、飛翔する。バイパーは始めジュエルのと同じような軌道で開始地点まで移動し、開始の合図と共にブーストオン。一発目を風船の群れに突撃しながら放ち、弾丸を命中させる。直後、機体を傾け左上方へと回避する。バグアのワームとの戦闘で、至近距離でM−2を発射して急速離脱、という状況を想定した動きだったのだろう。
2発目は離れた位置から放ち、これは外した。地上で挙動をチェックしていたスタッフ達は、発射前に何度か機銃が放たれた(空砲)ことを確認し、敵を牽制して動きを封じた上での射撃を想定したと分析した。
3発目は1発目と同じように射撃し、これを命中させる。
ゴヴァン! と豪快な音を立てて、ブースト全開のバイパー3番機が飛ぶ。3番機を駆る徹二は、機体の高速飛行によって大きく頭を揺さぶられながらも3発の発射を達成した。とはいえ、最後の一発は時間ギリギリにとりあえず放ったものだが。この最後の一発だけが目標に命中したというのは、皮肉な話である。
座学での監督官の話では、R−01はバイパーよりも速度が出るという話。搭載重量によって振り回され方も違うだろうが、早く乗る機会を見つけて慣れておかなければ、実戦は厳しいのかもしれない。
4番機のエスターは、始めから特定の風船を狙わなかった。1発目はマニュアルと現実の共通点と相違点を探し、どこまで知識を信じて良いのか、どこから体に求めるかを決めた。トリガーを引くのと発射までのラグを計り、発射時の衝撃を体感する。狙いは大体で、風船の多めなところを適当に撃った。2発目も同様に、しかし多少狙いを澄まして撃つ。
(「意外と当たらないもんッスね‥‥思ってたより照準が合わないッス‥‥」)
3発目を、今度は大き目の風船を狙って射撃。今度は狙えるギリギリまでしっかりと狙いをつけ、発射。
(「いけ、行け、逝けぇぇぇっッスよっ!!」)
果たして、高速で飛ぶ弾丸は狙った風船の中心を捉え、ぶち抜く。何とか1発の命中を得て、エスターは地上へと帰還する。
『開始地点に到達したら合図を出す。同時にブーストを入れて開始だ。いいな?』
「ええ。俺は大丈夫ですよ。この機体も、試験の内容をこなせるだけの性能はあるんでしょう?」
『当たり前だ。そもそもバイパーはドローム社の最新鋭機で』
「なら問題ありません。始めましょう」
さて、楽しみですね。会話も通信も切ってから、キーラン・ジェラルディ(
ga0477)は一人呟く。エンジン音が徐々に高くなり、点火。機体は高速で青い空へと吸い込まれてゆく。
(「今日の空は風がほとんど無い‥‥射撃前の飛行で煽らなければ、風船はまっすぐ浮かんでくるだけ‥‥」)
『スタート』
「ぅくっ‥‥!!」
予想通りとは言え強烈なGに、一瞬意識が遠のきそうになる。それを繋ぎ止め、間も無くやって来るターゲットとの接触に備え。パッと見で大き目の風船を狙い、射撃!
1発目の弾丸は遠くどこかへ飛んでいき、2発目はギリギリまで引き付けて撃つことによって命中した。しかし風船の片隅を掠ったことで弾けただけで、もし標的がワームやキメラだった場合、致命傷にならない可能性もあった。3発目も同様の射撃を行おうとして機を逸し、発射はしたものの残念ながら命中はさせられなかった。
・ ・ ・
一つ目のテストの順番がそのまま適用されちょっと焦るジュエルだが、立候補したからには後には退けない。二つ目のテストのために、再び大空へと飛翔する。
二つ目のテストは、先とは違い危険性もある。特に着地時に注意して、二組目が搭乗するバイパーの数を減らさないようにしなければならない。
角度を徐々に浅くし、着陸体勢に入る一歩手前で変形。人型になったバイパーが着地するのと同時に、右斜め前方に突如出現するターゲットマーク。
「っそこか‥‥ファイア!」
着地に神経を使った分、その後の射撃は迅速かつ大胆だった。機体を捻り、ターゲットを正面に。イオン砲をぶっ放す!
カチリ。トリガーを引くと、対象消滅のサインがモニターに。直後、軽い跳躍ののち変形、その場を離脱する。
二番手のジェームスは、ジュエルとは大違いの高速で地上へと突っ込んできた。地面に突き刺さろうかという程の勢いで飛んできたバイパーは、陸を目の前に変形、大きくなった空気抵抗と全身各部のバックブースト噴射で急減速し、殺ぎ切れなかった速度を持って地面をローラーで滑走する。
直後、右後方に的が出現したのに併せて機体は上半身を大きく捻り、滑走体勢のままイオン砲を構え、射撃。マークが消えるのも待たず上体を戻して小さい跳躍、変形、そしてブーストオン。
着陸から離陸まで3秒強。ジュエルの半分以下という驚異的な時間で、バイパーは空に消えた。
(「装輪走行状態での着地は可能‥‥あれに足が着いて来られるなら、こいつも」)
ジェームスと似た着地法(真似ではなく、事前に計画していた)をとって、徹二の駆るバイパーは地面を走る。先のエースと違うのは、降りる直前の戦闘機形態で、幾分かの減速を行っていること。それをせずに全く同じことをやっては、KV操縦に慣れていない自分ではレッドアウトを起こすかもしれないと徹二は考えたのだった。
膝を曲げて重心を下げ機体を安定させ、すぐに現れるターゲットを探して超信地旋回。ぎゅるりと視界が流れ、的を正面に捉えると同時にトリガーを引く。
対象の消滅を確認してから、徹二のバイパーは一度ひねりを入れてから空中へと離脱する。徹二の予想通り、重量のある武装を多数積むバイパーは初速に劣る。離陸時を狙い撃たれないためには、ジェームスのように隙を見せずに飛び去るか、真正面に正直に飛ばない必要がある。
一組目のこのテストでは、徹二の記録がジェームスに次いで短かった。
「ここで一発噴いて‥‥ギュリッと着地ッスよ」
超低空水平飛行から一度ブーストを吹かし、プラスされた勢いで出来た時間で機体を変形させる。エスターのバイパー4番機は足裏の車輪で短いドリフトを行うと、すぐさま射撃体勢に入り、目の前に出現したターゲットを狙い打つ。
エスターは射撃のために一度静止した機体を再加速させて前方へ跳躍させると、変形、機首を高く上げてブーストをオン。超高速で離脱した。
浅く、ひたすら浅く。戦闘機形態のまま、キーランの駆るバイパー5番機は、エスターのやった超低空水平飛行に入ろうかという角度で地面へと接近する。そして地面に対して水平になる直前で変形、車輪で地を滑る。あたかも旅客機の着陸のような着地を達成し、ターゲットを発生と同時に撃ち抜く。
(「冒険をしなければ、この流れをこなすのに問題はない‥‥」)
安定した動きを見せる5番機は、セオリー通りに斜めに跳躍し、変形離脱する。出たタイムは着陸から離陸まで8秒フラット。
(「この時間のロスを削るために、無茶な操縦が必要というわけですか」)
・ ・ ・
「スタッフさん、トリガー引いてから発射までのタイムラグってもうちょっと短くならないかい?」
テストを終え、機体をチェックに回してから、ジュエルはドロームの社員を見つけて尋ねてみる。
「残念だが、あれ以上は少し難しいな。今回のテストは単なる弾丸だから縮めようはあるが、本物のM−2ならあのくらいのラグが出る。武器の特性上現段階ではどうしようもない」
同様に機体を戻したキーランは、その話を耳にして、自身も感じたラグについては諦めるという結論を出した。そのラグを踏まえた操縦をしなければならない。自分の後に5番機を使うリディス(
ga0022)を探すと、搭乗して感じたことに加えて、トリガーのラグについても詳細に連絡する。
「グナイゼナウ! 結構G強いから気を付けろ。怪我すんなよ‥‥で、あります」
徹二が後付で口調を訂正するのを、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)は「りょーかいだよー」と小さく笑いながら応じる。
「ところで、シートのビニールの件なんだけどねェー。‥‥待ちたまえ、何ゆえに無言で立ち去るのかなー? それは何か後ろめたいことがある奴がする態度なんだよねェー!」
「ビニールはぁ、一組目の皆で破っちゃったッスよ〜。‥‥っとと、まだ少しフラフラするッスね‥‥」
「大丈夫か、エスター? テストはどうだった?」
エスターの後に4番機に搭乗する白鐘剣一郎(
ga0184)は、壁に寄りかかって立っている彼女に声をかけた。エスターの症状は軽いグレイアウトと思われるが、すぐに回復するだろう。
「なかなか面白かったッスよ、処女飛行。機体はしっかりネットリ暖機しといたッスから、安心して乗るといいッスよ」
「ネットリ‥‥ネットリね」
●二組目、雉も鳴かずばもしくは蛇足
「的に当ててこそのスナイパー。きっちり当てに行くぜ」
二組目のトップバッターはエミール。既に機体は空にあり、最初の旋回からスタートの合図と共にブーストをオン。
(「やっぱすげえG‥‥だがしっかり狙う!」)
狙い澄ました一発目の射撃は、見事に大きい風船に命中。それを横目に、風船の群れの中をパスするバイパー1番機。
(「次は‥‥ここっ!」)
バイパーを大きく減速させて、旋回に入るエミール。速度を落とせばその分鋭角的にターン出来、実際の戦闘でも有効なのだが。
速度を落とした分を挽回しようと再加速する1番機は、再び的である風船を確認する。そして、トリガー。
「あれ?」
発射されない弾丸。計器を見てみると、まだ充電が完了していないという表示。旋回が小さく済んだ分、ターゲットの元へ戻ってくるまでの時間が大きく短縮されていたのだ。再加速をしなければちょうどよかったのだが、それではテストの目的から外れてしまう。仕方がないからそのままスルーして、今度はタイミングを見計らって再射撃。弾丸は通過した風圧で風船を煽るも、命中はせず。
そしてそのまま、タイムアウト。
(「ジェームスがやってたみたいな感じだな‥‥目一杯引き付けてから、撃つ!」)
ジェームスに続いて2番機に乗るのは彰人。これまでの皆のテストはしっかり見て自分なりに成功への道を考えたつもりだが、果たして。
(「‥‥当たれっ!!」)
旋回からブーストオン、そして風船の群れに突っ込む。弾丸の発射までのラグも考えて、トリガーを引く。が、ほんの少しタイミングが遅れたことで狙った風船は後方に流れ、マッハコーンに突入して弾け飛ぶ。弾丸は海の彼方。
しかし、やり方は間違っていない。
2度目はタイミングが早過ぎて外れ、3度目は絶妙と思える射撃だったがわずかにずれ、風船に命中はしたが直撃とはいかなかった。
「レッツー、ゴー!」
和奏の乗ったバイパー6番機が空中へ飛び立つ。エースなのに補習仲間になったジェームスが驚きの操縦を見せたことで、「機体の操縦は勉強じゃないんだっ!!」と少し間違った勇気を与えられた和奏は、やる気まんまんで操縦桿を握っていた。
射撃経験はエアガンだけという和奏だが、実銃の反動を知らずともKVの武装のトリガーは引ける。機体の操作はAIが補助してくれるため、手一杯で射撃なんか出来ないということもない。
「やった!」
思わず声が出る和奏。弾丸は風船に直撃し、見事に撃ち抜いた。和奏には技術も経験も無いが、全くの初心者、そして絶対当ててやろうという気負いが無かった分、まっすぐに狙い撃てたのだろうか。
1発目に味を占めてしまったか、2発目は狙いが甘く大きく外してしまった和奏。3発目は狙いを定めるのに時間をかけすぎて風船群を通過してしまう。やはり、無心に行うこと、そしてそれが可能になるだけの経験は必要なようだ。
ばふばふ。
今は亡きシートのビニール。あったはずのその存在を確かめるかのように、獄門はバイパー3番機のシートを叩く。
ばふばふばふ。
‥‥バイパーが量産されて自分で乗れるようになったら、その時改めてビニールを破ってくれたまえ。スタッフを物欲しそうな目で見ても、シートのビニールはやってこない。
「見える、獄門にも的が見えるよー!」
ばふばふから時は流れて、風船目掛けて飛ぶ獄門。通常行動訓練において初めてのKVをじっくり堪能してふらふらになった彼女は、懲りずに最大戦速で風船に突っ込む。
「一番デカい風船が狙い目なんだねェー。粒子砲発射ぁー!!」
カチリ、ドーンと放たれる弾丸が、狙った風船の上を通過して消えていく。直後、バイパー通過による衝撃波で目標消滅。
「‥‥撃破ー」
もちろん違うので2発目はもう少し的に接近して撃つことを決め、チャージ完了を待つ。的に当てるのは1度で自分としては合格だ。だから残りの2度に賭ける。
だがしかし。目標はそう簡単に達成出来ず。風船と風船の間ばかりすり抜けて、当たりそうなのに当たらない。AIが操縦の補助をしてくれているとはいえ、やはり回数をこなすことは必要なようだ。
AIといえば。
「AIを介して機体をより感覚的に操ることは可能なのか?」
剣一郎が、テストに臨むに当たって考えていたのはそれだった。能力者だからといって誰もがエースパイロットになれるわけではなく、機体を操る上で素人の自分に何が出来るのか。それを掴みたかった。
そして、通常行動訓練を終えての剣一郎の感想は、「興味深い」というのと「少し気味が悪い」というもの。両者共に、多かれ少なかれ誰もが感じているだろう。
『5秒前』
「天都神影流、白鐘剣一郎。推して参る!」
カウントから開始の合図。同時にブーストオンで的を目指す。
的を確認。射撃準備。トリガー。発射。
剣一郎が思い、次の手順はこうだと考えたことを、AIが反射的に身体を動かしてKVを操縦する。まるで自転車に乗っている時無意識にバランスを取っているような感覚。だから先進の機械に興味は尽きないし、また自分の身体を制する鍛錬を積んできた剣士として、自分の与り知らぬ動きを身体が勝手に行うのを見て、気味が悪いとも思う。
反射的に動く体を見て、操縦法を何となく把握することは出来る。だが、自ら動かしてみないことには上達は難しい。AIに頼らずとも操縦出来るほどの高い技量を手に入れるには、相当の経験が必要になりそうだ。
(「安全に操縦することを前提にするなら問題は起きないということでしたが‥‥初乗りで勝手が掴めていない今は安全運転が妥当かもしれませんが、思い切り振り回して良いというのなら派手にやってみましょうか」)
目標高度までバイパーを飛翔させながら、リディスは見学していたジェームスの操縦を思い起こす。射撃どころかKV操縦に慣れていない者では、遠くから撃っても命中率は低いようだ。よって、ぎりぎりまで肉薄し、撃つことを選択する。
しかし。標的はほぼ制止しているようなものだとはいえ、自身が超高速で動いている。機体も揺れるし、射撃時の機体への反動も、話を聞いているだけでは掴み切れない。初弾は外れ、リディスは旋回地点まで機を飛ばすと、通常の旋回ではなくインメルマンターンでの旋回を行う。通常行動訓練で実行が可能だと分かったマニューバは、適宜導入してみる。
その後もリディスはスプリットSなどの機体操縦を行い、機体を振り回すというテスト目的の一つは達成したものの、ターゲットに弾丸を命中させるには至らずテスト時間を終了した。
・ ・ ・
「なかなか難しいよな、思ってたより。撃つ時の微調整がうまくいかなくてさ」
「そうだな。風船目掛けて撃つだけなら、AIの補助でどうにでもなるが‥‥細かい狙いは自分でイメージ出来るようになるまで難儀しそうだ」
休憩時間を利用して、情報の交換をしあう皆。彰人は当てようと思った時に確実に当てることを目標としていたが、やはりそれは難しい。
「バイパーには、戦闘機動性はあまり期待出来ませんね。監督官も言っていましたが、R−01の方が近接戦にはずっと向いていそうです」
空中で機体をぶん回したリディスの感想に、ジェームスが頷く。
「あいつは、いわゆる射撃専門の機体なんだな。俺達サイズで考えれば、スナイパーっぽいイメージだ。S−01がグラップラー、R−01がファイターって感じかなって俺は思ってるよ。岩龍には乗ったことねーけど、多分サイエンティストな感じなんじゃねーかな」
その推察は機体に積む武装や操縦者の特性によって当たりも外れもするが。
次のテストの時間が迫る。簡単なチェックを受け終えた機体の元へ、能力者達は移動する。
・ ・ ・
陸地に接近し、特に大きくは減速せず変形して着地。その速度のまま、エミールの1番機はターゲットを探す。
「左後方っ!?」
車輪を大きく唸らせて、ドリフトターンでターゲットの方に機体を向けるエミール。心配だった脚部は問題なくドリフトターンに耐えたが、しかし。
「くっそ、目が回る‥‥」
中に入っているエミールが少し目を回した。それでもしっかりとイオン砲をターゲットに向け、撃つ。
酷く速度の落ちたバイパーを全身のブースターをフル稼働させて再び持ち上げ、空へ跳ぶ。充分な高度まで達した所で変形、最高速を持って離脱する。エミールのバイパーは離脱開始直後から一瞬だけふらついたが、すぐに持ち直し無事に帰還した。
着地後どれだけ速く射撃行動を取り、いかに速くその場から離れるか。この2つ目のテストにおいては、その性格上着地時点からの行動が重要。それが彰人の考えだった。
「とはいえ‥‥他人のを見てるだけだと変形機構やらかかる時間やらは分かっても、所詮は外から見た情報に過ぎないんだよな‥‥慣らしの時は変形はしたけど、変形前にぎりぎりどこまで陸地に近づけるのかは試せなかったし」
試せなかったというのは、試そうかと思った矢先に、大事なテストの前に機体を壊されたくなかったスタッフから通信で釘を刺されたからだ。止めたいその気持ちは分かるが、しかしテストに通じる機動の練習くらいはパイロットの安全のために許可してほしかった。
‥‥否。もしかしたら、起こり得る突発的な事故に巻き込まれた際、バイパーはどれだけもつのか、搭乗者への負担はいかほどか。そのあたりもテストの項目として入っているのかもしれない。
(「例えそうだとしても、簡単に思惑に乗ってはやらないけどな」)
多少速度を落としつつ、地面に対して水平になるように角度を調整。出来るだけ地面にすれすれまで近づいて、変形着地。変形の完了後一瞬の間が開いてから着地の衝撃がやってきたことから、完全に思っていた通りのぎりぎり着地は出来なかったようだが、ひとまずは及第点だ。
標的は着地と同時に出現する。進行方向90度右側に現れたそれが視界に移った瞬間、彰人は機体のボディをひねり、イオン砲を向けてトリガーを引く。そして、体勢を戻しつつ跳躍し、変形離脱。
100点満点の出来とはいかなかったが、初めてということを加味すれば80点は貰ってもいいだろう。
高速で地面に突っ込んできたバイパーが、途中で急に大きく減速する。着地のための減速というよりは、何かの事情での急ブレーキにも見える。和奏の操るバイパー6番機は、落ちた速度で変形着地し、残っている速度を車輪に乗せて滑走する。
左前方に出現したターゲットマークを滑走体勢のままイオン砲で貫き、跳躍、変形、ブーストオンでの離脱。その操縦法は、以前ジェームスがやったものと同じ手順。明らかに全体の速度が遅いが。
そして、戻ってきたバイパーから降りた和奏が小走りしながら叫ぶ。
「ビッ、ビニール‥‥!」
「ビニールはねェー、1組目が皆破っちまいやがったんだってさー」
「そうじゃなくて、袋の方だよっ‥‥!」
ジェームスの真似での地面への突撃が無謀に思えての急減速+着地の際の振動+ブーストでの脳内血流の変移。答えは?
「シュトゥーカー!」
獄門のバイパーが一つ前の6番機同様に高速で突っ込んでくる。それでも地面が近づくと多少の減速をし、そして変形‥‥変形!?
「この機体なら別に完全に変形せずともイオン砲は発射出来るんだねェー! 奇妙と言わば言うが良いさー! 獄門はKV戦闘に新境地をもたらすぅぅぅぅぅぅっっっ!!??」
変形機構を途中で無理やり止め、戦闘機形態から足だけを出して着地から射撃をこなそうとした3番機は、着地と同時に大きくバランスを崩し転倒する。それだけでは止まらず、為り損ないバイパーはボディでアスファルトの地面を削りながら滑走し、灰色の煙を撒き散らす。
地面で薄煙を立ち上らせるバイパーに皆と消化班が一斉に近寄ると、ハッチを開けて獄門が自力で降りてくる。
「やっぱサーカスの真似事は難しいかねェー」
「当たり前だ。君はスキージャンプでの着地をジャンプ台滑走中の姿勢のままやれるのか?」
「人間と機械は違うもんでしょー。そもそもスキージャンプなんて万人がやる競技でもないしねェー」
とりあえず、獄門にもバイパーにも大事ないということで、一安心。
急速に降下した機体は、地上ギリギリで一瞬機首を上げてから変形。斜め上方への速度のベクトルも持ったバイパーは、重力のままに落下はせず一瞬の間を持って静かに(当テスト比)着地する。
着地後は即座に装輪走行に移行し、先までの自機の勢いも乗せた高速滑走でターゲットマーク出現までの一瞬を待つ。
そして。
「刹那を見切り、敵を抜き討つ‥‥天都神影流、鍔鳴閃!」
剣一郎のバイパーは、現れた的へイオン砲を向けると、狙いが定まっているかの躊躇も無く射撃。即座に跳躍から変形、離脱する。
操縦の殆どをAIに頼るとはいえ、どのタイミングで撃つかなどは搭乗者が判断しなければ、AIも動いてはくれない。
(「ううむ、現時点ではこんなものか」)
判断、AIの挙動、能力者の操縦、機体の反応。まだまだ、的確で素早い操縦には程遠いようだ。
リディスのバイパーは、前の搭乗者キーランがやった操縦とはあえて違うものを試した。着地までに地上となるだけ平行になろうという動きは見せず、ある程度まで接近したところで変形し、低空飛行の輸送機から飛び降りるかのような姿勢。突入する戦場がビルの無秩序に乱立する都市だったり密林の奥地だったりする場合は、こういった姿勢をとる必要があるだろう。
巨大な衝撃と共に、バイパーが着地する。最初から滑走は考えておらず、着地場所が射撃場所。真後ろに出現した的をイオン砲で撃ち抜き、前方に跳躍してから変形し飛行、離脱する。
・ ・ ・
「やはり、立ち上がりが遅いですね。どの行動を取るにも、随分と挙動が重いように感じます」
リディスがスタッフに話す、バイパーの感想。まあ、従来機と比べ戦闘機動性に劣るのは装備と機体の運用目的上仕方ない。もっと殴り屋向けの機体を作れないものだろうかという要望には、スタッフは持ち帰って検討はするとは言ってくれた。
「お互い、また強くなって会えるといいね‥‥バイパー」
和奏が、テストを共に潜り抜けた巨大な鉄の巨人に語りかける。そう、きっと次の邂逅時にはバイパーも成長しているだろう。座席にビニール袋を装備して。