●リプレイ本文
米軍病院にて最初に今日のゲストを発見したのは黒川丈一朗(
ga0776)だった。左腕を首から白い布で吊り、ナースに付き添われて歩いてくる壮年の男。彼がおそらくジョエル・バーネット空軍中佐。見たところ腕を吊っている以外は元気そうで、10年意識を無くし寝ていた男とは思えない風体。
「麗しの眠り姫と聞いて来たのに、こんなおっさんだったなんてがっかりだ」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)はあえて中佐に聞こえるよう大き目の声で呟く。いきなり依頼人の機嫌を損ねるようなその言動に周囲は驚くが。
「戦争が終わって時間が出来たらモロッコに行く予定だ。君のお相手はそれからでいいかな?」
開口一番、中佐は笑顔でそう言ってのける。ジュエルは「それでも結局おばさんかよ」と苦笑し、他の皆はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、中佐はその後表情を少し引き締めて、話す。
「姫にまで訓練が必要になったら、その国は終わりだよ。そんな事態にならないように戦うのが、私達軍人の役目だ」
「しかし現状、戦いには軍人のほか一般人も動員されていますけれどね」
中佐の言うことは正しく思えたが、しかしフィリア・マグダレーナ(
ga4053)が告げるそのことも正しく現実だ。
「ああ、現状については聞いている。申し訳ない世の中になった。我ら軍人が不甲斐無いばかりに、すまない」
「相手が相手ですし、エミタの適合者も少ないですから仕方ないですよ。‥‥しかし中佐、戦うことに拘りますね。一度死を目の前にすれば、二の足を踏むものではないですか?」
頭を下げる中佐に棗 当真(
ga3463)がフォローの言葉を口にし、その後深読みし過ぎかと思いつつも疑問を続ける。その問いに中佐が答える前に、フィリアがもう一つ付け加える。
「愛国心でしょうか? 片手で数えられるだけを護れればそれで良いと思う私には、愛国心や、それを誇りとするということは、よく解りませんが」
「愛国心とは、少し違うかな。私は人間を愛しているのだ。素晴らしき感情を持ち、個々それぞれ全く違う志で道を歩む。この愛しい『人間』を侵そうとするものは何者であれ全力で排除し、人間を守る。それが人間の中で軍人という役割を負った者の使命だと思っているし、私はそれが出来ることを誇りに思っている」
「皆様、バスが参りましたわ。乗り遅れることの無きようお気をつけ下さいませ」
訓練場へと向かうバスが来たと、椎橋瑠璃(
ga0675)が皆を呼ぶ。その声に応じながら、月影・透夜(
ga1806)はふとした疑問を呟く。
「中佐なのに路線バスなのか?」
「戦時中余計なことに人員や金を使えんよ。今回は私用でもあるしな」
聞こえていたんですか、と透夜は少しマズそうな顔をしながらも、裏では少しの驚き。この中佐はただのお偉いさんや単なる下からの叩き上げとは違う。細かい所まで意識が行き届き、その上戦争を全体で一つとしても捉えている。
(「これが歴戦のパイロットで、名誉昇進までするような人物なのか‥‥」)
同じようなことを考えていたクラウス・シンクレイ(
ga1161)も、内心で舌を巻く。自分のような者がいくら訓練を積んでも、この『英雄』には届かないのではないかと思えてしまう。
しかし、それは違う。英雄とは周囲に讃えられることでなれるもの。中佐とてただの軍人Aだったのだ。誰でも一般人でいられるし、誰でも英雄になれる。悲しいかな、とりわけこのご時勢では。
「今回はよろしくねっ。ジョエルおじちゃん」
ヌイグルミ『はっちー』を抱いた愛紗・ブランネル(
ga1001)が、バスへ乗り込み後ろの中佐に手を差し伸べながら、笑顔で言う。中佐はその手を掴んで引っ張り上げてもらう(ような形で)バスに乗り込むと、ものすごく微妙な表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「いや‥‥10年経ったなら私も立派なおじちゃんなのだなと、しみじみ思ってね」
確かにと思った皆は、小さく声を出して笑う。
訓練場へ向かうバスに同乗する客は無く、皆はこれからの訓練を前に思い思いの会話をし。
中佐は一人、愛紗に見せた微妙な表情に戻って何事か考え事をしていた。
●基礎訓練
訓練として丈一朗が提示したものの一つ、爪先立ちでの3分3ラウンドでのジョギング。それを終えた中佐とクラウス、ジュエル、透夜、愛紗はそこそこに疲弊していた。当真やフィリアはそれを横目で観察しつつ、各々の訓練を行っていた。
「まだまだだぞ、これはウォームアップだからな」
座り込んで休もうとする皆を追い立てると、丈一朗は適当に皆を2人1組に分ける。そして、自由にスパーリングをやれと指示。時間を計るのを当真に任せ、自身は中佐を相手に左腕を後ろに回すと。
「来い。合わせて左腕だけで相手してやる」
あえて隙だらけで動き回る丈一朗に中佐は拳を振るい、全てをかわされる。逆に丈一朗の放つパンチはわざと直撃コースを外しているが、中佐は回避し切れていない。体力は戻ってきていても、訓練を受けた時代とは身体の状態が大きく違っている。素早く動き回るスパーリングにおいて中佐が一度の転倒もしていないこと、それだけでも賞賛に値した。しかし。
「まだだ! そんなものか! 動かない片腕を補えるのは精神力しかない!」
丈一朗が中佐を徹底的に走らせ、踊らせて体力を削り2ラウンドが終わり、最後の3ラウンド目に入る。すると、中佐の放った一発目が初めて丈一朗へのヒットコースに乗った。先までのラウンドで丈一朗の回避の癖を読んだのだろう、完全に拳に先回りされた形だ。
だが、それを捌くのは容易い。丈一朗は初めて右腕を防御のために動かして受け流しにかかる。
(「!?」)
一瞬の驚きはしかし表情には表さない。受け流そうとした中佐の拳は重く、力と相応の技術が要った。軍隊式の身の捌きは健在らしく、体重の乗った一撃だ。
段々と戦いの勘を取り戻してきている。丈一朗はそう実感した。
だが、左腕が動かないというハンディは覆せていない。中佐は攻撃を放った後に一瞬バランスを崩し、それを立て直すのに多少の時間が要る。その隙を突けば簡単に。
「バグアとの戦いなら、ここで頭が吹き飛んだな」
中佐の鼻先に拳を突きつけて、丈一朗がゲームセットを告げる。
「‥‥もう一本、頼めないか?」
全く鈍ったものだと一人首を振ってから、中佐は言う。
「別に構わんが、疲れただろう。少し休憩してからにしておこう。だが、いいガッツだ」
「病院で、私は眠り姫がどうのと言っただろう。だが、今はあんな幼い子まで戦場に立たされている。もう一刻の猶予も無い。可能な限り早く戦列に復帰し、宇宙人を地球から叩き出す。そうしてあの子らに普通の未来を取り戻さなければ」
愛紗を見る中佐に丈一朗は頷くと、組を変えてのスパーリングをもう1本だけ行うことにした。
休憩時間中、愛紗が「問題だよー」と中佐に話しかける。10年寝ていた中佐の頭をすっきりさせようという趣旨のものらしいが。
「今から、妖精さんの世界での数え方を見せるね」
言って、指を3本立てる愛紗。「これが1」次に、5本立てて「これが2」最後に2本立てて「これは?」。何の法則性も感じられず、首を傾げる中佐。愛紗は続けてまた1と2を見せて、これは? と問うが、今度は1と2の指の本数も変わっていた。
「全部おんなじ決まりで数えてるんだよ。どう?」
「‥‥分からない」
「問題の答えは全部3だよ。指の本数が何本でも、1、2を教えたでしょ? だから次は3。目で見たことばかり頼るから、指の数だけを考えちゃうんだよ。音とか、リズムとか、もっと認識する情報の範囲を広げるべし」
外見らしからぬ指摘をびしっと言い放って満足げな愛紗。中佐は納得し、残念ながら近くで見ていた何名かはまだ首を傾げている。
「さて、それじゃ待望のSES搭載武器だな。うっかり普通のと同じ感覚で使うとひっくり返るぜ?」
ジュエルがぶんぶん腕を振り回して、中佐の手配で運び込まれた廃車のうち1台にパンチ。すると、巨大な破壊音と共に車のドアが内側へ開き(?)、止まらぬ勢いが車をひっくり返す。それを今度は瑠璃が刀で軽く両断し、余っていたもう一台にはクラウスの剣が歪なプレス機のように天井にめり込み、地面から逆ハの字形に生えるオブジェとなった。
「映像では見ていたが、やはりすさまじい破壊力だ‥‥発動すると空気の流れが変わる」
米軍から中佐の訓練用として回されてきた剣や銃を用いて、早速発動させてみる。当然ながら中佐のエミタ埋め込みは無事に完了していて、通常通りに発動する。しかし。
「覚醒したら左腕を動かしてみたら。覚醒の影響で少しでも動くならリハビリできる」
透夜が提案するが、やはり中佐の腕は動かず。
扱い方を教えられるものは教え、中佐の得物選びを手伝う面々。一方で、中佐の試し撃ちなどを見ていた当真とフィリアは予想通りの同じ結論に達する。妥当なのはスナイパー。他は片腕の動かない中佐には荷が重い。射撃とてリロードなどに梃子摺るだろうが、長い射程を活かし、前衛としっかり連携をとれば。
だが、中佐がこの時選んだのは銃ではなかった。この後に予定している模擬戦に向けてというのもあるだろうが、中佐は刀を選んだ。
「武芸の道は心・技・体。このバランスが重要となりますわ。中佐殿は片手は失われ、体では劣るかもしれませぬが、心と技で其れを補うことも可能ですわ」
瑠璃が中佐に刀の基礎を教授する。ほんの短時間で全てを飲み込めるはずも無いが、何も無いよりはずっと良い。これから先も刀を使い続けるのであれば、その訓練の筋道をつけてやることにもなる。
●模擬戦
「不肖椎橋がお相手いたしますわ。お手柔らかにお願いいたしますの」
4人と5人に分かれての模擬戦が始まった。A班に入った中佐の前にはB班の瑠璃。互いに得物は刀、幾度か白刃が閃き、打ち合う。
しかしやはり、圧倒的優位なのは瑠璃である。体のハンディに加え、中佐に刀の基礎を仕込んだのは彼女だ。
(「では‥‥早々に申し訳ありませんが」)
わざと大振りな一撃を外し、中佐に隙を見せる瑠璃。それに気付いて、中佐は刀を振るいにやって来る。瑠璃は、予想通りのその一撃を回避し、カウンターで右腕を打ち据えるつもりだった。一度のミスが死に繋がることを教えるため。
だが、中佐の一撃は踏み込みが異様に浅かった。その攻撃は瑠璃に届かず、さらに大きな隙を見せる中佐に向け、瑠璃は刀を奔らせ‥‥
「ここまでだ」
丈一朗の拳が額に突きつけられる。中佐の隙は、丈一朗が横から接近するためにわざと作った隙だった。純粋な戦闘力に劣る中佐を交えたA班は、戦況を見る能力の高い中佐を中心に置いて活用しようと作戦を立てていた。
少し離れた位置では、クラウスの周囲を走り回って隙を窺う愛紗が、背後からの攻撃を察知して横に跳んだ。愛紗と同じく素早い攻撃を得意とする当真の剣は空を切るが、追撃が続く。クラウスはこの機に相手の数を減らそうと当真の加勢に向かおうとし、ジュエルに阻まれる。
「女の子への手出しは俺が許さないぜ?」
一方、中々動きの無いのはフィリアと対峙する透夜。フィリアは機動力をもって透夜に一撃を加えようとするが、透夜は槍のリーチを活かし接近を許さない。時間と集中力だけが削られていく中、フィリアの後方から中佐が飛び掛った。フィリアはそれに瞬時に反応すると、最小限の動きで刀をかわし、中佐の腰に峰打ちを叩き込む。
次の瞬間、フィリアに向けて透夜の槍が向かってくる。倒れこむ中佐が邪魔で回避は間に合わず、結果、フィリアは透夜の攻撃を捌き切れずに3番目の脱落者となった。
仇になったのはリーチの短さだった。ジュエルを武器の重さを乗せた一撃でぶっ飛ばしたクラウスが、当真と戦う愛紗の首根っこを掴んで持ち上げる。そうなってしまっては、いかに鉄拳気合ぱーんち☆が強力でも敵には届かない。愛紗にとってこれからの課題は、いかにして自分の間合いで戦い続けるかのようだ。ここで愛紗は脱落。
残ったのは両班2人。当真に丈一朗が襲い掛かり、クラウスの前には透夜が立ちはだかった。当真が振るう剣を丈一朗は器用に弾き、拳の射程内へと素早く踏み込む。肉薄してしまえば剣を持つ当真は戦えないが、しかし当真は即座に剣を手放すと丈一朗と同じ殴り合いの体勢に入る。共にグラップラーの打ち合いはしばし続き、最終的に残ったのは丈一朗だった。一方クラウスは巨大な得物を振るい透夜を追い込むが、武器が巨大な分隙も大きく、透夜が素早く武器の持ち手を狙った一撃を加えると、剣はクラウスの手から離れ、決着となる。
●エースの心得
「おじちゃん、クラスは決まった?」
「いや、今日のを参考にして、体の動き具合を見つつ決めるよ」
瑠璃が配るお茶を飲みながら皆で座談会。愛紗の問いに、やっぱりおじちゃんかと苦笑しつつ中佐は答える。
座談会では、主に中佐の過去の戦歴について話題となった。ジュエルが今後自分達がKVに搭乗する時に向けての助言としてそれを求めると、中佐は少し考えて、話す。
「私の任務は、多くはキメラの撃破だった。キメラはバリアのようなものが大したことのないのが多かったが、あの円盤は随分堅い。散発的に撃っても効果が無い。一点に集中してミサイルを何発も叩き込まなければ落ちなかった。撃墜数で少佐まで上がってきたが、円盤の撃破数は一桁だ。戦果の99%はキメラだよ。だからジェームスといったか、彼の能力は凄まじい。もし私の時代に彼がいたら、私の昇進は無かっただろうな」
「実戦での心構えとか、大事だと思っていることは?」
透夜の問いには、即座に答えが返ってきた。
「命を失わないことだ。逃げ回れば良いわけじゃない。自分の命は大事だが、同等以上に味方の命も大事だ。実戦で重要なのは如何に命を奪われずに帰ってくるか。そのためには、やはり常の訓練と仲間との意思疎通が何より必要だ」
「なるほどね。ところで中佐の所属ってどうなるんだ?」
中佐はジュエルの質問に、バカンスの計画でも立てるような明るい表情で宙を見つめる。
「分からないな。戦闘機にはもう乗れんし、KVも詳しく見なければ分からないがおそらく無理だろう。どこかの歩兵になれるか、デスクワークか‥‥上の判断次第だな。だが暫らくは、自由に色々やれるだろう。何か頼みごとがあったら、また依頼させてもらうよ」
「うん! 今後ともよろしくね、ジョエルおじちゃん」
これから同じ能力者仲間になる中佐に、愛紗が手を差し出す。その手を取って握り返しつつ、中佐は「短い付き合いに終われれば嬉しいが」と言う。それは戦場での相棒に少女を駆り出したくない、戦争に早期終結してほしいという望み。
「でも、戦い以外の付き合いだってあるよ。エミタは戦うためだけの力じゃないから」
「そうか‥‥そうだな」