●リプレイ本文
●消えた恋人
「敵の只中で孤立か‥‥明日は我が身、ね」
皇 千糸(
ga0843)が呟くその言葉は、今回の依頼の内容が確かに他人事ではないことを実感させる。
右肩に大きな怪我を負っていたアルアを見舞い、現地の様子を尋ねること1時間弱。集落内の大体の家屋の配置だとか、ソーマと別れた場所について情報を聞きだし、励ましの言葉を置いて彼女の部屋を後にした。やはり彼女は依頼への同行を申し出たが、あなたはここで彼の無事を祈り、待っていてとクレア・フィルネロス(
ga1769)が押し留め、何とか断念させた。依頼を受けているのは新人ばかり、しかもか弱く見える少女や鏑木 硯(
ga0280)のようにか弱い少女にも見える人物まで混じっていれば心配されても仕方ないのかもしれないが、今回は敵の大体の数も分かっており、頭数も揃っているため、何とかなりはするだろう。
「食料の確保、無事終了しましたよ。ちょっと多めなんで、皆さんで分担して持って行きましょうね」
と言って一人ひとりにどうぞどうぞとレーションや飲料水を配っていく御坂 美緒(
ga0466)。各々に自分の分の食料などは携帯して現地には向かうが、加えて今回はソーマの分も用意してある。現地で食べてもらう用、帰ってくる途中で食べてもらう用、ラスト・ホープに戻ってから食べてもらう用。それはもちろん、ソーマと必ず帰ってくるという暗黙の意思表示でもあって。でも少し多過ぎねえ?
「やるからには恋人の死を告げる死神ではなく、二人の間を取り持つキューピットとして帰ってきましょう」
「ええ。そのためにもしっかりと情報を頭に叩き込んで、間違いの無い作戦遂行を行えるようにしなければいけませんね」
高速移動艇の中で、真壁健二(
ga1786)はかき集めた現地の地形や天候についての情報を皆に配る。その『知識』に対して、サイエンティストのシャルロット・フェリス(
ga0289)はじっくりみっちり没頭し、もう一人のサイエンティスト、美緒はのんびりと眺め健二の解説を待つスタンス。十人十色。
「集落の奪還が作戦内容に含まれてないのは、すごい悲しいけど‥‥仕方ないのかな」
篠森 あすか(
ga0126)が肩を落とすのを見て、硯は軽くその肩を叩いてやる。そして。
「たぶん、集落は奪い返しても無人ですよ。136小隊の報告に、最前線にあるその集落を仮拠点にする前に、住民救助ってありましたから」
「‥‥あれ?」
まあ、誤解を招きそうな記述ではある。
●密林の行軍
「誰か、ナイフの一本でも持ってきてないんですか?」
そういう美緒本人も持っていないが、それは置いておく。
鬱蒼と茂る草木を、自分達の歩きやすいように、そして視界を確保するために、出来るだけ処理して進もう。その美緒の提案を、実際に実行しているのはクレアだけだった。皆が銃や弓や拳を構えて行軍する先頭を、ロングスピアをぶんぶん振り回して歩く。それだけでも充分やって来た道は分かるようになったが、念のために美緒が通った道の目立つ所にリボンを結んでいく。
車を降りてからどれほど歩いたか。方角くらいは分かるものの、時間や距離の感覚が消えうせたジャングルの中で、キメラやソーマとの遭遇に備え意識を張り巡らせつつ、一同は歩を進める。
「この辺には、キメラのものと思われる痕跡は少ないですね。巨大ワニが這ったら、跡くらい付いていそうなものですけど」
「とすると、ソーマさんはまだ無事である可能性が大きくなりましたね。キメラはまだこっちの方までやって来てはいない。逃げた他の獲物を追いかけていないということは、まだソーマさんをしとめられずに狙っているということですからね」
シャルロットの解説に、千糸は改めて軽く周囲を見渡してみる。確かに、この辺には戦闘のあった形跡は見られない。
「世も末ってもんですね。ただの凡人が、ちょっとしたことで、毎日の食い扶持を稼ぐために命懸けで戦場に行く。ソーマさんだって能力者になる以前からドンパチやってたわけじゃないでしょう。祖父祖母の世代と比べりゃ今の俺達は楽なもんなんでしょうけど、だからって好きで命懸けてるわけじゃない。好きなことに命懸けられない、つまらない時代ですよ、まったく」
「ほんと、恋人と素敵な時間を好きなように過ごせないこんな時代、さっさと終わらせなきゃ!」
健二のちょっとしたボヤキに、あすかが意気込んで賛成するが。
「いやまあ、恋人を守って戦場に散る、なんてヒロイックな人生を送るのが彼の目的だったというなら、尊重しないでもないですけれどね」
そんな追加のセリフに、何か納得出来ないとふくれる。
ふと、先頭のクレアが手を休めて立ち止まる。皆も何事かと一緒に停止し。
「ここまで来て、まだ銃声も何も聞こえない‥‥ソーマさんの武器はショットガンだと聞きましたが、ここまで静かなものですか?」
「まだ交戦中なら、1発くらいは音が聞こえても良さそうですが。弾切れですかね?」
硯の予想に、皆の脳裏に嫌な光景が浮かぶ。何とか生き延び反撃しながら逃げ回るが、追い詰められ、弾切れで抵抗も出来ない男の姿‥‥
「ねえ! あれが目的地の集落だよね? 私、ちょっと先行して様子を見てくるから、皆は少し遅れて着いて来て!」
あすかが一人駆けていき、隠密潜行のスキルであっという間にどこかへ消えると、単独行動は危険だと追いかけようとした者達はあすかを追うのは止め、集落への道を急ぐ。
と。
「出たわよ、コウモリ猿!」
千糸が叫び、皆の視線をスコーピオンの銃口で誘導する。数は2体。全員が視認した時には既に急降下の体勢をとっており、滑空し爪を伸ばして襲い掛かってくるコウモリ猿を健二は回避すると、再び空中へ戻っていくそれに銃弾を立て続けに撃つが、なかなか当たらない。もう1体には千糸とシャルロットがそれぞれに銃弾と矢を放ち攻撃するが、こちらは千糸の撃った弾丸が滑空用の膜の部分を貫通し、地に落とした。
「真壁さん、コウモリ型は素早いですが、滑空中は直線にしか動けませんから、その軌跡を読めば当てられます」
「心得ました」
シャルロットの助言のもと、2人でまだ元気なもう1体を狙い撃つ。一方で千糸は先ほど撃ち落としたキメラに止めを刺すために落下地点へ向かい。
ここはすぐに片がつきそうだった。残りの3人は、あすかと、集落内にいると思われるソーマのもとへ急ぐ。
・ ・ ・
後方から銃声が聞こえた。あすかは一度振り返ると、進むべきか戻るべきか迷った。だが、その迷いもすぐに不要になって。後ろからは、仲間達がやって来ていた。後方の戦闘は、形勢不利ではない。
「ソーマさん、どこですか!?」
「助けに来ました! 無事でしたら返事をしてください!!」
駆け足で5分かからず端から端へ移動出来てしまうほど規模の小さい集落。あまり散開して探す必要も無さそうで、集落の中心から皆で呼びかける。すると。
「僕はここです。上です」
降ってきた若い男の声。皆が驚いて上を見ると、自分達が背にしていた大きな木の上でソーマが手を振っていた。
「大丈夫ですか? ラスト・ホープに戻りましょう。アルアさんが、あなたを心配しています。‥‥あれ? ショットガンは?」
木から降りてきたソーマの怪我の様子などを窺いながら、硯が気になったことを尋ねた。今ソーマが持っているのは簡素な木の弓だった。
「ああ、弾切れになったんで投げつけました。あそこに落ちてます。これは、その辺の家にあったものを拝借して。適当な木の枝を加工して矢にしても、コウモリを飛べなくするくらいは出来たので助かりました」
「まあとにかく、無事で良かったです。早く車に戻りましょう。食べ物とお茶を用意してありますよ」
美緒がそう言って、ソーマがありがたいですと礼を言った時。クレアが突然駆けていって豪破斬撃。茂みの中から顔を出したワニ型キメラの眉間に深々と穴を開け、絶命させる。
だが、次々に茂みの中からワニが出てくる。4体のワニが、ちょうど5人を取り囲むように現れた。
「早く戻りたかったですけど‥‥そううまくはいかないですか。でも、こんなこともあろうかと硯君のナックルは強化しておきましたよ」
いつの間に、というのはお約束なのでそのツッコミはわざわざ言わせない。
美緒とあすかが銃で周囲のワニに攻撃している間に、クレアが1体のワニの前で槍を構える。穂先を向けておけば、リーチで有利な槍にワニは突っ込んで来られない。そうしている間に、硯はそのワニの横へ回りこんで。
「ここまで低いと、狙い辛いな‥‥」
背中はびっしりと固そうな鱗に覆われていても、腹部はそうでもない。ひっくり返す余裕は無いから横腹へ打ち下ろしの右を。何とも低い位置への攻撃で力の全てを叩き込める体勢ではなかったが、相当に痛かったのは確かなようで、クレアを威嚇していたワニは慌てて硯の方へ顔を向ける。そして。
「そこだ」
完全に無防備になった首筋に、クレアが槍を突き刺す。苦しみ暴れるワニの横腹を硯は今度は思い切り蹴り上げ、ひっくり返った腹に今度こそ渾身の一撃。
一方で残り3体を牽制するあすかと美緒は、うち1体に、ソーマが拾い上げたショットガンをワニに投げつけ、それを噛み砕こうと口を開けた瞬間を狙って一斉射を加える。口内から血が溢れ出し、上顎を貫通した銃弾によって眼球の片方も潰されたワニはその場で悶え、戦意を失った。
さらに別の方向から接近していたワニの1匹には、後方から脳天目掛けて弾丸が数発見舞われる。
「ちょっと油断が過ぎるわね。いただき。所詮は爬虫類ね」
コウモリ猿を片付けて駆けつけた千糸が、動かなくなったワニに念のためともう一発叩き込む。少し遅れて追いついた健二は、コウモリ猿と比べて遥かに動きの遅い4体目のワニに銃撃を加えつつ、皆と合流する。能力者達が再集合を果たすと、遠くの茂みからはまた餌が舞い込んだと多くのワニが現れ始め。
「ソーマさん、走れますね? 目的は達せられました、撤退しましょう」
シャルロットがソーマに確認してから、皆でゆっくりともと来た道を戻り始める。ワニ達は動きが遅いとはいえ、そう簡単に背を見せるわけにはいかない。時々牽制に銃を撃ちつつ、周囲への警戒を一層強めながら、目印のリボンのとおりに帰路を進む。
「ところで、ソーマさん。水飲む?」
「あ、いや、走りながらは吹きそうで」
「じゃ私が飲むわ」
「え? あー」
「やっぱり要る?」
一口呷った後で千糸が差し出すペットボトル。間接キッスという言葉が頭に浮かぶソーマは、受け取るかどうするか悩みながら最後の50mを駆け抜けた。
・ ・ ・
●帰ってきた恋人
帰りの車の運転は交代しつつ順番に、高速移動艇の中では遠慮なく盛大に、食う寝る遊ぶと初めての戦場経験でのストレスを解消してきた一行は、依頼の完遂についての報告に、ソーマを連れてアルアの病室を訪れた。がちゃり、とドアを開けて中に入ると。
「このバカタレェェッ! 何勝手にカッコつけて行方不明になってんのさっ!!」
待ち構えていたアルアによる得意のミドルキック。ソーマ、ここ数日で一番の大ダメージ。
「ご、ごめんアルア、でもあの時はっ」
「問答無用だ、その腐った性根を叩き直してやるぅっ!!」
ボコボコにされるソーマ。恋人同士の感動の再会、ラブラブシーンを期待していた美緒は何が起きたのか理解するのに時間がかかり、依頼成功時にはアルアの笑顔が最高の報酬だとカッコよく言った硯はどうしていいか対処法をなうろーでぃんぐ。他の皆もそれぞれに苦笑していたり、おろおろしていたり。
まあとにかく、結論。
夫婦喧嘩は犬も食わない。
‥‥違う?