タイトル:黒焦げた鋼の棺桶マスター:香月ショウコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/31 16:46

●オープニング本文


「逃亡した囚人の確保依頼だ。囚人の生死は問わず。とにかく、1人残らずとっ捕まえてムショなり共同墓地に叩き込むというものだね」
 ULT職員上司 課長(かみつかさ おおなが)が、依頼の概要を端的に話す。
「先日、南米はUPCブラジル基地からKVでぶっ飛んで2分くらいの所にある小規模な刑務所が、突如飛来した小型ヘルメットワームに1発ぶちかまされたことは君達も知っていることだと思う。そのヘルメットワームはすんげえカスタムされたミカガミに一瞬で撃破されたわけだけど」
 説明が一旦区切られ、1枚の写真が机上を滑って能力者の手元へと届く。それは空中から撮影された、襲撃を受けた刑務所の写真。襲撃後それほど経たずに撮影されたのか、まだ瓦礫の撤去や建物の修復はおろか、黒煙噴出す一角の消火活動すら行なわれていなかった。
「ヘルメットワームの撃退後1時間半経ってもこの有様だからね。中にいた看守達のしっちゃかめっちゃか具合は想像に難くないと思うよ。こんな状況を利用して、収監されていた奴らが集団で逃げ出した」
 次に渡されたのは、文字や数字がびっしりと書かれた何かのリスト。よく見ると、車両の管理簿のようだ。
「今のご時勢逃げ出したって幸せなんか待ってない、待ってるのは銃口か手錠だってのに、こいつらは刑務所の護送用小型バスをパクって逃げた。あ、ちなみに人数は6人だ。脱走者の。ちょうどこの襲撃の時間に護送車が到着して、建物爆発の衝撃でひっくり返ったんだ。それを、中にいた囚人の1人が元に戻して、便乗したい5人を乗せて出発」
 車両管理簿を裏返す上司。そこには6人分の顔写真と名前。両面プリントで資源を大切に。
「ひっくり返したバスを戻した奴がコレ。ここに収監されてた唯一の能力者、オールテス。スナイパーだ。コレへの対処用に看守が持ってたSES搭載のライフルが持っていかれてるし、ひどく頭の切れる奴だから要注意。あとの5人はどんな武器持ってるにしてもザコだから、適当に対応して」
 そこまで上司が言ったところで、不意に鳴り響く電子音。上司は左腕につけている腕時計のアラームを止めると、立ち上がった。
「講義の時間はこれにて終了。依頼がホカホカなうちに、出発して片付けてきて。あんまりここでお話の時間を取っちゃうと、逃げたバスがさらに遠くに行っちゃうからね。追加の質問は、必要なら現場付近にちょうど別任務で行ってる能力者に聞いてみて。土地のことは土地の者に、だね」

●参加者一覧

水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
ウォンサマー淳平(ga4736
23歳・♂・BM
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
イリス(gb1877
14歳・♀・DG
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

「ラッキーだったな」
「ああ、そうだな」
「使えるものは使っとくにかぎる」
「あとは精々頑張ってもらおう」
「それじゃあ、おサラバだ」
 そうして、彼らは歩き出した。
 自由という暝い道を。

●黒焦げた鋼の棺桶
 やがて、荒野に立ち昇る黒煙が見えてきた。火の無い所に煙は立たない。まだ何も見えない地平の先にあるのは、火事か、事故か、或いは、今6人が追っている囚人達が、そこで何かをやらかしているのか。
「急ぎましょうか。煙の様子を見るに、まだ火が出て時間も経っていないようです」
 出発してから2人目のドライバー、レールズ(ga5293)がアクセルを踏み込む。速度を上げる車に、その前後を挟むようにして走っていたリンドヴルムの騎手、イリス(gb1877)とミスティ・K・ブランド(gb2310)も合わせて風を切るスピードを上げる。

 ・ ・ ・

 煙の元はすぐに判明した。
「今回ツイてなかったのはヤツラか。それとも俺ら?」
 横転して黒く車体を焦がした囚人護送用のバス。それを眺めて、ウォンサマー淳平(ga4736)は呟いた。いくら追撃対象に能力者が混じっているとはいえ、6対1。依頼の内容としては比較的難易度の高くないもののはずだったのだが。
「キメラかバグアに襲われたのかな‥‥こんな広いところを1台で走ってたら目立つし‥‥」
 水理 和奏(ga1500)はそう推測する。バスの中を遠巻きに覗きこんだミスティも頷いて。可能性は充分、と呟く。
「ちょっと、勝手に死んでたりしないでしょうね‥‥」
 ミスティに並んでバスの中を見るイリス。だが現状に対する推理に緋室 神音(ga3576)が一石を投じると、視線をすぐに彼女に戻した。
「襲撃の可能性が無いとは言えないけど、低いわ。横転による破損以外に、バスに大きな傷が見当たらない。それに、ガソリンが加島から聞いていたとおりの量残っていたのなら、この程度の炎じゃ済んでいないわ」
 指摘のとおり、確かにバスには外からのダメージが殆ど無い。おまけにガソリンの量にも不整合が認められるというのなら。
「罠‥‥を警戒した方が良さそうですね」
 レールズの言葉に皆表情を引き締め、頷いた。

●マリオネット・スナイパー
 ミスティがバスへ弾丸を数発撃ち込んでこれ以上の爆発が無いことを確認した上で、バスに近付いて覗き込んだ結果。死体などはまったく見つからず、バスの横転は罠である可能性が高まった。オールテスの死亡が確認されていないということは、狙撃を受ける危険性は依然変わらないということ。探索中の襲撃による自分達の車両の奪取を警戒して神音とイリスが車両の付近に残り、他の4人が2組に分かれて調査を始める。

 とうにAU−KVを装着し完全武装のミスティは、レールズを伴い、見渡すだけでは見えない陰を覗き込みに向かう。見ようによっては爆撃を受けた後のようにぽっかりと空いた、クレーターのような大地の凹み。2mほどの高低差のあるそこは、人が隠れるには持って来いの、しかし見つけるにもあまりに容易な場所。
「ここに隠れてる、なんてバカなことは無いと思いますけどね。子供じゃないですし」
「ここに隠れるくらいなら、走って逃げる方がマシだしな」
 2人共に愛用の銃器を構えながら、近付く。徐々に露わになっていく穴の底。時折小石や砂が崩れ落ちるのは、バス爆発の衝撃の余韻が残っているからか、それとも。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 2人、視線で意志を伝える。頷き、歩を進め、カウントを進める。
 陰の全貌が明らかになる瞬間。2人は銃口を向けた。狙うはそこにある、疑惑という黒い敵。
 その敵が姿を現すのと全く同時に、背後で赤い気配が膨れ上がった。
 そして。

 車に戻った神音は、先に自分で言ったガソリンの残量について、車の走行距離を示すメーターを見ていた。ガソリンの量が整合しないのは確かだ。では一体、どれだけの量が不足していることになるのか。
「‥‥‥‥」
 ガソリンは、バスのタンクに4分の3は残っていたはずだと聞いた。ここまでの走行距離と、囚人が追っ手から逃げているというシチュエーション下での燃費の悪さから考え合わせても、バスの天井が吹き飛んでタイヤが四方に飛んでいてもいいくらいのガソリンが残っていたはずだ。
 にも関わらず、目の前のバスは『黒焦げ』で済んでいる。
「‥‥出発の時点でタンクに穴が開いていた。もしくは抜き取った」
「でも抜き取る必要性って分かんないわよね。自分達で自分達のスタミナ搾り取ってどうするのって話よ」
 思考の海に沈んでいた神音を、イリスの声が浮上させる。
「オールテスとかいう能力者って、頭良いんでしょ? だったら、転んだバスがまともに走れるかどうかくらい、逃げる前に確認しそうなものなのよね」
「何か目的があって抜き取ったのだとして‥‥何に使うか。このバスが罠だとするなら、追っ手を排除するために使う。どう使う? 限られたツールを、出来るだけ効率よく使うには‥‥」
 神音が車のフロントガラス越しに辺りを見渡す。それに釣られて、イリスも。
 2人の目に映った、それ。2人は同時にある可能性に気付いた。
 そして。

 盾を構えて進む和奏と、そのやや後方で警戒する淳平。2人が向かうのは、そろそろ小屋とも呼べなくなってきている小屋。この周辺で隠れることが出来そうな場所は、せいぜいレールズ達の向かった小さな崖とここくらいのものだ。
「じゃあ、行くよ」
 和奏が淳平に援護を頼み、立てかけられていた、扉と思われる木の板を外す。蹴り飛ばしてもよかったが、このボロ小屋はそれだけでも倒壊しそうだった。
 入り口からざっと眺めて、内部に何者かの姿は無し。動きも無し。そろそろと、静かにゆっくり内部へと。
 小屋の中へ入った瞬間、足を止める和奏。違和感。突然の停止に淳平は瞬間銃を握る手に力が入ったが、しかし襲撃などはなく、ふ、と息を吐く。
 1歩、さらに前へ進む和奏。次いで1歩、淳平。
 違和感。

 臭い。

 ガソリン。

「やっば‥‥!」
 淳平の呟きは赤い音の津波に掻き消され。

 ・ ・ ・

 燃え盛るボロ小屋。壁として使われていた木材の破片が空飛ぶ火の玉となってその辺に散る。
「‥‥っは」
「危なかった‥‥間一髪ですね」
 小屋の外に転がり出た淳平と和奏が、ついさっきまで自分達のいた炎の方を振り返った、その時。
「無駄な抵抗は止めて、大人しく投降するんだ!」
 レールズの声。彼が声を放つその方向は、小屋が炎上する直前、彼とミスティがかすかに見たSES搭載武器が放つ光のあった方向。
 それほど経たずして、1人の男が姿を現した。オールテス。小さな小さな茂みに、うつぶせになって息を潜めていたようだった。そんな所に誰も隠れているはずがない、という先入観が招く見落とし。どこまでも似たような風景の続くそこだからこそ、簡易なカモフラージュのみで隠れられる。
 オールテスは姿を現した、がしかし、こちらへ銃を向けるわけでもなく、また銃を捨てるわけでもなく。
「他の仲間はどうしたんだ?」
 淳平が問う。が、オールテスはそこに佇んだまま答えない。
 ミスティが、1歩近づく。すると、オールテスは1歩下がり。
「お前達は、いったい何の目的で俺たちを追ってきた?」
「脱走犯を追ってきたのですから、捕らえに来たに決まっています」
 問いに、当然とレールズが答える。
「抵抗するな、と言っていたな」
「ああ、投降すれば命までは取らん。‥‥加減出来るほど繊細に出来ていないのでな、抵抗するならば命の保証は出来んが」
「そうか」
 ミスティの勧告にオールテスは短く反応し。ゆっくりと、持っていた銃を地面に置いた。脱走犯のそのあっけなさに、一同は揃って拍子抜けし。
「‥‥いったい、どういうつもりかね」
「分かりません。でも、まずは捕まえましょう」
 言って和奏が1歩踏み出すと、オールテスは体の向きを変えず、そのまま1歩後ずさり。
 1歩、1歩。また1歩、また1歩。
 いつまでも距離の縮まない状況。走る和奏。すると、オールテスは今度こそ背を向けて、脱兎のごとく駆け出す。
「追うんだっ!」
 レールズの声がなくとも、車両護衛の2人を除き走り出していた。もっとも、皆が走るまでもなく瞬天速で和奏が追いつき、オールテスの前に立ちふさがったが。接近戦において他のクラスに劣るスナイパーが、武器まで無くして格闘など出来ようはずもなく。
「‥‥いったい、どういうつもりだ」
 捕らえられたオールテスに淳平が問う。しかし、答えはない。何を企んでいるのか、見通せない。オールテス以外の脱走犯の車両への襲撃も警戒しイリスと神音が離れたところに残っているが、そちらに何か動きがあるわけでもない。

「まさか」
 車両の外、運転席側に立つ神音が呟いた。そして、すぐに反対側へ立っているイリスに。イリスは表情を変え、急ぎリンドヴルムに跨る。
「皆、そいつは囮だ。おそらく、他の奴らはもう近くにいない」
 神音のその言葉と、黒焦げになる前のバスが向かっていた方角へフルスロットルでリンドヴルムを走らせるイリスの姿を受けて、ミスティもそれとは別方向へ捜索へ向かい、レールズは警察へとオールテスの回収依頼の連絡を入れた。

●脱走犯確保
「何でこういう形になったかっていうと、ね。情報収集が足らなかったかもね。逃げた奴らはどんな考え方してる奴なのか、とか。何で逃げたんだろう、とか。ただシャバに出たくて逃げたのか、出なければならない理由があったのか、とか」
 翔平のアドバイスでイリスが購入したブラジルのお菓子をつまみながら課長が言う。往復の道中で食べるために大量に買ったものの、ごたごたで結局食べ切れなかったものがお土産としてここにある。
「オールテスさんは、他の囚人さん達に自分を重ねてしまった‥‥って言ってましたけど」
 和奏が現地で本人から聞いた話に、課長は頷く。
「自分を重ねた、か。その話、私は聞いていなかったな」
 その話をしていた当時、脱走犯の追撃に向かっていたミスティが尋ねた。イリスもまた、興味を持ち。
「逃げた5人の囚人さん達は、皆事情があって犯罪に手を染めたんだそうです。お金がないけど家族を守るために武器が必要になって盗んじゃった、とか。オールテスさんは能力者の適性があるからって、半ば強制的に連れて行かれたそうなんです。その召集の3日後に家族をキメラに殺されて、あの時自分がそこにいたら、能力者じゃない自分じゃ全員を助けることは出来なかったかもしれないけど、1人くらいは救えたんじゃないかって」
「大切な人を守りたい、なんて思う人をどうにか手伝いたかった、ってところなんでしょうかね。自分を犠牲にしてでも。自分には失うものなんて無いからと」
 レールズの言葉が途切れると、少しの静寂が部屋を支配した。時折、上司がお菓子食ってるもちゃもちゃという音。
「ところでね」
 不意に、課長が言う。
「逃げた5人なんだけど、4人は見つかったよ。回収済みだ。オールテスを回収したあの場所から一番近い村でね。全部、死体だった。1人は行方不明。村のトラックが1台盗まれていたそうだ。おそらく、目的地がそれぞれ違ったゆえに仲間割れでもしたんじゃないかな。まあおかげで、脱走犯回収率は84%くらいだ」
 和奏が軽く唇を引き結ぶ。ちゃんと自分達で捕らえていれば、4人の死者が出なかったかもしれないのに。
「あともう1つ。オールテスが他の囚人から聞いたっていう身の上話だけどね。そんな事実は無いよ。全部、情状酌量の余地無しの強盗やら殺人やら。頭は切れても、人を見る目は無かったってことかねぇ」
 お菓子を食べ終え、食べかすを集めてゴミ箱へ落とし。
「まったく、つまらない結果になっちまったなぁ‥‥」
 淳平が呟いた。