●リプレイ本文
出会って早々アグレアーブル(
ga0095)がNK部隊に振った、バグアとの関係に関する噂。
噂というものはえてして情報や知識を持たない者にこそ広がりやすいのかもしれない。今やNKに関する噂はアマゾンでバグアに捕まって洗脳されて帰ってきたというスタンダードなものから、実は最初からバグアの手先で、NK失踪の原因となったUPCブラジル軍とNKの合同作戦も、NKが裏で手を引いて失敗させたのだと言うものもある。
「おいおい、何だよそれ。噂に羽根までついてんじゃん」
翔平が話した自身達への噂について、エミール・ゲイジ(
ga0181)は憤慨した。
「報告書も決定書も要らないもんな、噂広めるのって。それこそ井戸端会議でもメールでも、何ででも無責任に。広まり方もバラバラだし。俺なんか、『NK=超精鋭=英雄』みたいなノリの話しか聞いたことなかったよ」
もちろん嘘だが、それを悟らせぬよう蓮沼千影(
ga4090)が言う。NKの監視調査。その目的を果たすには、相手と近い距離にいなければ。近くに行くには、こちらを信じさせねば。
逆に、信じないスタンスを取る者もいる。ベーオウルフ(
ga3640)とみづほ(
ga6115)。メンバーの中で『信じてくれる相手』と『そうでない相手』がいれば、当然前者へ心を開きやすい。何か情報を入手出来るかもしれない。また、『そうでない相手』という警戒者が段々と心を開いていく様子を見せれば、見られているからと出さなかった手を今がチャンスと出しやすくなる。
何重にも仕掛けた細工。これで決めてやるという者もいれば心苦しく思うものもいるが、果たして。
「軍からのリクエストでね。万が一が起きないように分かれろってさ」
ツィレル・トネリカリフ(
ga0217)の言葉は、一太らにすんなり受け入れられた。スチムソン博士が乗る車の他に2台の車が来ると聞いた時点で、等分にバランスよく分けるべきと考えていたようだ。そのためにメンバーの前後分散は分け方まであっさりと決まり、前の車には一太とエリック、アレクセイ、エミールにベーオウルフ、千影。後ろの車には残りの翔平、アミイ、パティ、ツィレル、みづほ、アグレアーブルとなった。
「‥‥やっぱり、怪しいとは思えないんだよなぁ」
博士の乗るジェット待ちの夜、エミールが呟いた。
「信じきるのは、この依頼の目的もありますし出来ませんが、怪しいところが見当たらないのは事実ですね」
アグレアーブルも賛同する。疑える点が全く無いことこそ怪しいという見方もあるが、それまで含めて『白』のような気がしてならない。
「なぁ、俺のジッポー見なかった?」
突然、千影が割り込んで来る。2人ともジッポーなど知らない。この脚の長い草むらに紛れたらもう見つからないのではなかろうか。
「いや、ただ話を逸らしたかっただけなんだ。俺らさ、まだ判断材料持ってないのに考え始めたって仕方ないんじゃないかな。全ては、これからじゃん?」
「‥‥そう、ですね。そのとおりです」
「うん、そだな。じゃしっかり疑って見守ってやって、皆が白だって証明してやるか」
遠く轟音が聞こえる。ジェットが来た。
●監視する者、される者
到着したジェットから出てくる人影は、すぐに装甲車の中へ。博士への挨拶のため、ベーオウルフとみづほが向かう。深夜に大勢でというのも無粋だと理由をつけて代表2人。この人選は前後の車両から1人ずつという他にも意図があるのだが。
「お疲れ様です。私達が今回の護衛役です」
車のドアをゆっくりと開け、みづほが声をかける。すると、そこには博士が‥‥?
残った一同は、これからの行軍ルート上でキメラが出現しそうな地点や要注意ポイントを再確認。NKが示すポイントに何か恣意性は隠されていないか、妙な様子の者はいないか。ツィレルやエミールは、話しながらもNK一人ひとりを注意深く、静かに窺っていた。
・ ・ ・
出発した月下の3台には、特に災難は降りかからなかった。時折周囲を警戒するエミールや翔平が発砲する音が聞こえるが、それも長くは続かない。比較的平穏と言える夜。
ベーオウルフはこの機会にと自分と同じショットガンを用いて戦う一太に話しかけ、戦闘時の戦法について尋ねた。一太いわく、元々は接近戦は不得意だったが、長い距離を射線が通らないアマゾンへ向かうことになったためにショットガンへ持ち替えたところ、連戦に継ぐ連戦で否応無しに鍛えられてしまったとかなんとか。
「散弾のメリットは、他の武器と違って点でも線でもなく、面で撃てるところですね。存在意義を『銃』としてだけ見るのは、多分勿体無いと思いますよ」
一方、後ろの車では。
「へぇ、そいつは災難だったな。俺もアマゾンで苦労はしたが、比にならんな」
「そーなんですよ! 私なんて皆ほど戦えるわけじゃないですから、いつも加島先輩に守ってもらっちゃって‥‥」
ツィレルがアミイの話を延々と聞いていた。彼女が一番話が合いそうと見たが、しかし。
「今先輩が上で撃った銃、前に一度こっそり強化したことがあって、そのおかげで窮地を脱したことがあって、先輩に褒められちゃってもー」
そんな状況に合った会話も合わない会話も、見張りの順がまわって来るまで途切れることのない時間が過ぎて。
翔平が見張りから戻ってきて、やっとツィレルも解放された。
●疑惑の襲撃、襲撃の疑惑
無事に朝を迎えた。車内へ戻るベーオウルフと入れ替わりに千影が車上に立ち、まだ若干薄暗い道を走っていく。
途端。
前の護衛車が何かに進路を遮られ急停止した。アグレアーブルが慌てることなくその何かの前へ走っていく。
NKが予想した地点と全く同一の地点での襲撃。千影はキメラの出現を車内に伝えると博士の車のほうへ走り、ベーオウルフも続く。エミールは一太達NKの3人とそこに残ると、迎撃を開始。
(「襲撃されやすいポイントなんて数は知れてる‥‥偶然の一致ってことも考えられるはずだ」)
予断を排除して、銃を構える。
後方ではツィレルとみづほが博士の車の近くへ向かい、残りの面々はその場で周囲を警戒する。
キメラは、先頭の車両を半円状に囲むように十数匹が展開している。その様子からは、博士を狙ったもののようには感じられない。
一歩踏み込んできたキメラへエミールが発砲したのを合図に、戦闘が始まった。一太は車両側方のキメラの群れへ散弾を撒き、千影は博士の車を背に近寄ってくるキメラを迎え撃つ。決してこちらからは突っ込まず、防衛優先の構え。キメラ『には』隙は見せない。前線が磐石の態勢になったのと同時に博士の車両を挟んで千影の反対側についたアグレアーブルも、手の小太刀をもってキメラを牽制する。
いよいよ数も減ってきたキメラに、ツィレルや翔平が追撃を喰らわしていると。
すっかり意識の向けられなくなった空から、みづほ目掛け蝙蝠のようなキメラが急降下した。殺気に反応したみづほは直撃こそ避けたが、キメラの爪が腕を浅く裂き、少なくない出血。キメラ自体は大きく跳躍したパティが叩き落したが。
周囲からの視線に、アミイが困った顔をする。みづほとしては会話へのきっかけに、怪我をしたらNKのサイエンティストに治してもらいたいと考えていた。だからツィレルは知らん振りをしているのだが、一向にアミイは練成治癒を行なわず。
「えっと‥‥私、治療は出来なくて‥‥」
という体たらく。仕方なくアミイは静かになった前線からアレクセイを呼び、治療を頼む。そう、アミイは治療が出来ないから、一太はツィレルのいない方の車両にアレクセイを配していたのだった。
「とりあえずは処置した。だが、もし痛みがぶり返すようなら、すぐに言うんだ」
「大丈夫です、元々大した傷でもなかったですし」
「ダメだ。万が一があってもらっては困る」
そんなアレクセイとみづほの会話に、NK以外の皆は疑いの心に後ろめたさを感じながら。
互いに目配せ。再出発。
●真実と現実
突然、後方を走る護衛車が減速、停止した。やや遅れて、前の2台も停止する。
「どうしたんです?」
と出て来て尋ねる一太に、翔平は故障みたいですと答え。
「人手とか物資の問題で整備が行き届かないのは分かるけど、こんな所で止まってほしくはなかったよな」
「少し見てみましょうか? 直せるかもしれないです」
アミイが言う。が、それはツィレルが首を横に振った。
「見てみたら博士のスケジュール狂わせる重病だったって可能性もある。もしそうだったら時間の無駄だ。逆に簡単に直せるものだったら、直してから追いかけてもいい。今は何より、博士の予定を優先するべきだろう」
意見にはアグレアーブルやベーオウルフも頷き、班を2つに分けて博士を先行させようということとなった。先行者には密林戦闘に慣れたNKと、いざとなったら逃げればいいだけの故障車両に6人も要らないということでベーオウルフとみづほも加えて乗車することとなった。故障車の修理はツィレルが承る。
ほどなく、再編成は終了し2台は出発した。遠ざかっていくその姿を見ながら、千影。
「気まずいよなぁ‥‥」
「だな。特におかしい様子もなかったし」
「少なくとも、アミイさんが車を直したがっていたのは間違いないな」
エミールとツィレルも続く。
「しかし、一部だけが黒という可能性もあります」
アグレアーブルの言葉に、同じことを考えていたツィレルも頷く。出来るなら、全員統一で白であってほしいが。その結論は、この策で出るはずだ。
重病と見せかけた仮病の車。これによって、NK以外の護衛は激減、博士襲撃には持ってこいの状況となる。襲撃があれば黒、なければ白。判定は単純だ。
「さて、それじゃ後を追うか。くれぐれも見つからないように、ゆっくり頼むぜ」
千影が運転席の窓をコツンと叩いて運転手を激励し、やがて能力者4人を乗せた車は走り出す。
・ ・ ・
木々の間から薄く朝日の光が差してくる。車仮病事件から今まで何事もなく2台の車は走り、目的地まではもう2時間強ほど。1時間半も走ればUPCブラジル基地の勢力圏内で、ツィレルが事前に手配していたUPCの部隊も伏せている。NKとやりあうには力不足も甚だしいが、偽博士や運転手らを保護し基地まで連れて帰るには充分だ。
そんな、安心出来るエリアを前にした護衛車内のベーオウルフは、しかしもうNKを信じても大丈夫なのではと思い始めていた。アミイと翔平はレンタカーの如く車に備えられていた車両管理簿を眺めながら、同型車が故障するならどの辺が有力かを話し合っていて(部品の名前などについていけず翔平は飽きてきているようだが)、アレクセイは昨日怪我をしたみづほの腕を心配して声をかけたりしている。パティは助手席で前方を警戒し、一太とエリックは車の上に陣取って周囲を見ている。みづほもまた、ショットガンをその辺に置き去りにしてみるなど隙をわざと作ってみていたが、アレクセイにつき返され、挙句ショットガンには練成強化までかけられていた。
油断するなと自分に言い聞かせても、つい気を緩めてしまいそうになる時間の中で。やはり、敵は来た。
連続した銃声に、前の車が戦闘状態に入ったことが分かった。尾行していた車はそこで停止し、合図を待つ。が、それは一向に打ち上がらない。NKが襲撃してきた場合に放たれる合図の照明弾が放たれないということは、前方の戦闘が単なるキメラとの戦いなのか、対NK開始直後に照明銃を破壊されてしまったか。銃声はまだ聞こえるから、2人とも瞬殺されてしまったということは考えられないのが唯一の救いだ。
前方で何が起きているのか、手助けは要るのか、後ろからは分からない。ただ、やきもきしながら4人は合図を待つ。
キメラの数は、最初の想定よりずっと多かった。前日のように一斉に出て来て一斉に全滅するような襲撃ではなく、あちこちから少しずつ、勿体つけて出現する。戦いの音に釣られて次々にキメラが集まっているのか、何者かの意図によるものなのか。そんなことを考えるのは暇な時にまわして、みづほは近付いてきたキメラの上半身を散弾でズタズタに吹き飛ばす。
ベーオウルフとみづほ、2人でNKの動向も見なければならない都合上、2人は博士の車の左右について戦っている、故に、キメラに集中してしまうと、抜け落ちた監視の目を補ってくれる仲間がいない。だからベーオウルフが2体目のキメラに止めを刺した時、すでに翔平は博士の車の上に飛び乗りライフルを構えていた。
2人に一瞬緊張が走った。がしかし、翔平は車上で膝をつくと、その場から飛行型キメラへの狙撃を開始。警戒していたような行動は無かった。一太や他のNKも博士の車両へ武器を向けることはあったが、全て車の周辺・車の向こう側のキメラを攻撃するため。
戦闘が粗方片付くと、車両を微速前進させながら、NKは周囲の警戒・策的行動に移った。絶好のチャンスをスルーした彼らへの、ベーオウルフとみづほの評価は。
●監視終了
「問題なし、としか言いようがないな」
基地到着の数分前に「今追いついた!」とばかりに爆走してきたエミール達の車と合流し、目的地。ベーオウルフは正直な意見を皆に述べた。
「あのタイミングで襲撃が無いなら、NKは白か、こちらの真意が全て知られていて私達にはもう判定のしようがないかどちらかですね」
みづほもそう補足して。今は『但し』の条件付きで白であると判断するしかない、と意見は一致した。
ということで、NKには種明かしをすることになったのだが。
ツィレルが一太へ博士の車のドアを開けるよう促す。一太は、その意図についてハッと気付いた表情を浮かべる。一太がドアに近付くと。
「ワタシハケンキュウニイソガシイ、アトニシテクレ」
ものすごく違和感のある音声。開けるとチキン屋のじいさん人形レベルの精巧さのスチムソン博士人形。
「へぇ、センサーで感知して喋る仕掛けですねー。状況ごとのオンオフのスイッチはどこにあるんだろ‥‥?」
1名除き、呆然とするNK。さっきまでの戦闘の緊迫感をどうしてくれるのか。
「傭兵の処遇なんてこんなもんだが、これで少しは軍も黙るだろ」
エミールやアグレアーブルが謝る中、ツィレルの言葉にNK皆うんうん。かけられて仕方ない疑いだと容認しているからか、さっぱりしたものだ。
しかし、だからと言って気持ちのいいものでもない。今回のことで一応は『白』と判定したからには、千影はとことん、彼らは白であると証明したいと思った。
報告を受けた依頼人達は、どういった判断を下すのか。それは、今この場では知ることの出来ないこと。