タイトル:【NK】敵情視察マスター:香月ショウコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/27 00:03

●オープニング本文


●【Nobody Knows】敵情視察
 UPCブラジル軍は、その日ひとつの決定を下した。北米にて大規模な作戦が行われ、バグアの目がそちらに向いている今のうちに、次の攻勢の準備を進めておくこと。
 現在、南米での戦いは混乱を極めている。密林の中での戦闘がほとんどということがあり、前線が不明瞭。味方の部隊と並行して進軍していたかと思えば敵軍の中に孤立していたり、人類側のエリアだと思って安心しているとキメラの群れが飛び出してきたり。正しく戦況を把握することが難しい。
 南米大陸は、その北部諸国をバグアに占領され、そこを拠点としたバグア勢から侵攻を受けている。効率よくこれらを攻撃する、またはこれらを迎撃するためには、攻撃の際には迅速に遊撃を、迎撃の際には迅速に情報伝達を行うことが必要だ。現在軍が保有している基地よりもさらに前線に近い位置に新たに基地を置き、部隊を駐留させることで、それは可能になる。日本の逸話に言う『墨俣一夜城伝説』に近いものがある計画だ。
 しかし、さすがにアマゾン川に資材を流してジャングルの中に基地を建設しようとしても、満足なものが出来るはずがない。かといって充分な機能を持った基地を建設するために、工事車両や多くの兵員と共に密林の中へ大移動などやらかしては、ワームやキメラの格好の的である。
 ならば、どうするか。短時間に、充分な機能を持った基地を、密林の中に確保するには。
 すでに存在しているものを、分捕ってしまえばいい。

 アマゾン川の河口から上流へ1600キロほど上ったジャングルの中に、ブラジル北部アマゾナス州の州都、マナウスがある。現在この都市はバグアによって占領され、彼らの前線基地として使用されている。都市内部の様子、約150万の住民の安否などは一切不明だが、外観を要塞都市のように変貌させていること、ヘルメットワームをはじめ数十のバグア兵器が存在していることだけは分かっている。
 この基地を、来る南米大陸解放戦までに奪取し、人類側の基地として改修する。それが、UPCブラジル軍の計画。
 その侵攻の前段階として、マナウスやその周辺の情報収集が必要となる。マナウスのバグア勢が保有する戦力はどれほどか。要塞都市に突くべき弱点はあるのか。マナウスよりも手前に前線基地のようなものが存在するのか。キメラの種類や数、特徴。指揮系統。その他。少数にて敵地に潜入し、それらを調査する。マナウス争奪戦において、おそらく最初にして最も危険な仕事となるであろうこの任務が、ULTを通じて能力者達へとまわってきた。

●誰も知らぬ密林の奥へ
 能力者達へ求められる仕事は、マナウスとその周辺の情報収集。情報の質はそれほど必要とされず、とにかく情報の量が求められている。能力者達には撮影した画像を100枚まで保存出来るデジタルカメラが2つ、動画を1時間保存出来るメモリーカードが2つ付いたデジタルビデオカメラが1つ貸与される。自分達の目と耳で入手した情報を口頭で伝えるだけでなく、必要と判断した情報はそれらの記録用機器にて保存して持ち帰ってほしい。
 偵察において、バグア勢に自分達の存在を隠す必要は特に無い。マナウスを攻める下準備だと感付かれなければ失敗とはならない。時にはわざと目立つ行動をして、情報を引き出すことも大事だろう。
 1週間を期間として行われる今回の偵察活動では、KVを使用することも認められている。能力者達が選択し得るプランは以下の4つ。基本日数とは、有益な情報を得られると思われる地点まで到達するまでにかかる日数の目安である。

【1】戦闘機型KVにて偵察(基本日数:1日〜)
 高速で飛行出来るため、時間をかけずにマナウスへ接近することが出来る。しかし非常に発見されやすく、また上空からでは地上の情報の詳細を知ることが出来ない。
 ある程度の地点まで飛行して移動し、途中で減速・変形して降り立っても構わない。その場合のデメリットはプラン1・2の両方。

【2】人型KVにて偵察(基本日数:2日〜)
 戦闘力が高く、徒歩よりも速い。多少の障害やキメラ程度ならものともせず強行的な偵察が可能。しかし発見されやすく、ヘルメットワーム等から撤退する場合に大きな危険を伴う。
 途中から飛行形態に移行しても構わない。しかしその場合、全力ジャンプから変形、加速となるため、周囲に強力な敵がいる場合致命的な隙を見せることになる。

【3】KVを使用せず偵察(基本日数:3日〜)
 最も敵に発見されにくく、また細かい情報も見逃さずに済む。カメラ類を使用する際に機体を降りる手間が無い。しかし移動速度が遅く奥地までの偵察が不可能で、また窮地の際の撤退が困難。
 調査の途中からKVを使用することは出来ない。

【4】1〜3を組み合わせて偵察
 組み合わせ方は自由。必ず各プランの日数の合計を7日以内とすること。

 ・ ・ ・

 また今回の偵察には、ジャングル内の情報などをよく知る能力者が1名同行する。不明な点は出発前に確認しておくこと。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
ツィレル・トネリカリフ(ga0217
28歳・♂・ST
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

「偵察隊13名、無事帰還しました。これが記録データです。私達はこれから、口頭での結果報告の準備に入ります」
「うむ、ご苦労だった。‥‥待ちたまえ。この『人間』は」
「人間なら、敵の指揮を執っていた奴のものです」
「‥‥こいつは、この男は」
 マティウス・シルバ。UPCブラジル軍きっての凄腕狙撃兵だった男。3年前の大規模な戦いの折に行方不明となったその男が、当時の姿のまま、その画像には写っていた。

●出撃準備
 初日から、一部を除き酷く慌しかった。基地に到着したKVは全機すぐさま燃料補給と簡易整備にまわされ、赤村 咲(ga1042)、エミール・ゲイジ(ga0181)、ツィレル・トネリカリフ(ga0217)、シャロン・エイヴァリー(ga1843)、遠石 一千風(ga3970)の5人は、後に控えている航空偵察のためルートと陣形、方針を再確認する。
「あ、これは整備とかいいから。動かしてないし。新品だし」
 鯨井昼寝(ga0488)がそう言って整備兵を追っ払う、その後ろには青い山。ブルーシートをかけられたKV。『KF−14』は最近ようやく能力者の手に渡り始めた水陸両用の新型である。今回はこの機でアマゾン川の流域を調査する。
 ブルーシートをかけているのにも、ちゃんとした理由がある。前回の密林探索時、敵は能力者達の動きを読んでいた。そのことから基地内に内通者がいる可能性を考え、水陸両用機を持ち込んだことで偵察ルートを特定されることを防ぐためである。


「新型KV、ちゃんと動かせるといいですね。水中での操縦は初めてですけど、大丈夫でしょうかね?」
 月神陽子(ga5549)の言葉に、アグレアーブル(ga0095)は小さく笑って。
「AIがちゃんとやってくれますよ」
 と。しかし陽子はそれに笑い返しながら、続ける。
「新機能実装時には、決まってバグがあるじゃないですか」
 本当の話題はそっちの方。
「軽口叩く余裕があれば、いざマニュアル操縦になっても大丈夫よ」
 昼寝もやって来て話に加わり。女3人寄れば何とやら。


 で。今のところ特にすることが無いのが男4人。UNKNOWN(ga4276)は足慣らしにその辺を歩いてきて、帰ってきたところで一服。そろそろ北の空の真ん中に差し掛かろうとする太陽を背に、雲を見ていた。
 すると。
「禁煙だそうだ」
 煉条トヲイ(ga0236)がやって来て、そう注意する。楽しみも何もない戦地で煙草すら吸えないとはとアンノウンは嘆くが、しかしちゃんと理由はあって。
「運悪く煙草の灰から乾いた草に引火したら、不運どころじゃなくなるそうだ。だから、基地の中なら喫煙可能だ」
「なるほど」
 とアンノウンは地面がコンクリートに覆われた基地の入り口へ移動する。今は雨季の真っ只中で地面が多くの水分を含んでいるから引火は無いだろうが、一応決まりには従っておく。
「なァ、オイ! 基地ン中2時間歩き回って1人も女が見当たらねェってどーいうことだよ!?」
 基地の中から、アンノウンを見つけたOZ(ga4015)が出てくる。その顔には「つまらん飽きた」としっかり書かれている。
「若い女どころかオバチャンもいねーし。この基地の男どもはどーやって生きてンだ?」
 誰かが不埒な想像をしたとかしてないとか。秘密。
「真代はミーティング2にいたが」
「あの娘は男いるじゃん! そういや、1人‥‥ファルロス(ga3559)見ねーな。アイツは何やってンの?」
 トヲイの情報提供を一蹴して、OZが尋ねる。そっちにはアンノウンが白い煙を吐きながら、答える。
「彼は、食堂に行く渡り廊下から外に出た所で、女の子に囲まれていた。戦場の女の子は、危険な匂いのする男より見た目癒し系を求めるみたいだな。後で紹介してもらうといい」

●航空偵察
 ベースキャンプへの到着からほとんど間をおかず、5機のKVがマナウス方面へと飛び立った。マナウス攻略のための情報を集めていると敵に悟られてはならないため、エミールらの航空偵察は現地軍が情報を把握しているエリア・していないエリアの境界線付近を中心に行う、というのがひとまずの方針である。
「バグアの要塞は勿論、まさか地球の恵みアマゾンの熱帯雨林を攻略しないといけないなんてね‥‥」
 出来るだけ情報を見逃さないよう速度を落として飛ぶKVの中で、シャロンが1人呟いた。
 眼下に広がるのは一面の緑。遠くではそれが一部途切れ、幾分濁った川が覗いている。今はKVで飛んでいるから気にならないが、実際地上から攻めるとなるとそれは地形の問題で非常に困難だ。マナウスは、バグア出現前の平和な時代でも陸路で向かうのは敬遠され、海路か空路で向かうのが主だった都市。今後の戦いで必要な拠点とはいえ、厄介に過ぎる。
『皆さん、やっと彼らがお出ましになられましたよ』
 咲の通信が皆に届くのとほぼ同時に、バグアは現れた。ヘルメットワームが4機。単純に数だけで見ればこちらが勝っているが、実際の戦力比では逆転される。
『ここで落ちるほどつまらんことは無い。軽く牽制しながら戦う振りをして、徐々に撤退しよう』
 ツィレルの提案に反論は出なかった。まだ撮影など全く行っていないが、一度逃げ切って別の所でなら再挑戦も可能だ。
 お互いに真正面から接敵する。相手を射程内に捉え。
 トリガー。
 実弾やレーザー、光線が交差し、両陣営共に編隊を一時崩して回避する。能力者達のKVはそこからスピードを上げて旋回に要する半径を広げ、大きくその場から離れながら方向を変える。こうすれば、この周辺を多少余分に見て帰ることが出来る。
 その成果はすぐに出た。
『森の中に、明らかに自然物でないものを発見。撮影のため援護を願います』
 一千風が発見した、何か。今ここで撮影せず去れば、バグアが警戒を強化することは想像できる。そうなっては次の撮影チャンスは無い。折角の偵察、大きな負担でないのなら土産を持ち帰りたい。各機はそれぞれに、一千風の撮影時の隙をカバーするために攻撃行動を開始する。
 ツィレルとシャロンの機体がガトリング砲を連射して弾幕を張り、それを掻い潜って一千風に接近しようとする1機のヘルメットワームにはエミールがレーザーを、弾幕組を攻撃してくる残りの3機には咲がレーザーを放って牽制し、接近を許さない。この空戦は敵を落とす必要が無い。味方に損害を出さず、時間を稼げればそれだけで勝利となる。
 仲間達が戦っているその間に一千風は機体を出来るだけ低く飛ばし、速度を落として目標地点へ迫る。撮影のタイミングまで、ほんの数秒。
 そこで、飛行型キメラが森の中から数体現れた。吐く火球を避けるために若干高度と速度を上げながらも何とか謎の人工物を撮った一千風は皆に伝え、そして一斉に撤退を始める。
 ヘルメットワームは、ほとんど追って来ることはなかった。その代わり、人工物の上空で待機を続けている。


『成果、だな』
 帰り道。咲のKVが、かつてアンネリーゼのR−01が爆発したらしい地点にて『撤退』の色の信号弾を発射するのを待ちながら、エミールが一千風に声をかける。一千風としてはちゃんと撮れているか少し不安だが、建造物の存在確認とその位置判明は大きな土産だ。
『ヘルメットワームが追って来ずにあそこに残ったってことは、敵を撃ち落とすよりそこの防衛が大事ってこった。一体それが何だったのか、見てみるのが楽しみだな』
 周囲の警戒を行いながらも、ツィレルが嬉しそうに言う。
 昼間でも明るい光が音と共に緑の上に舞い、咲とシャロンがその周りを何度か旋回‥‥反応無し。
『戻りましょうかね‥‥』
『これを見て、何かを思ってもらえればそれで充分ですよ』
 帰還する5機。得られた情報は、建造物のこと、未踏地域にはすぐ敵が配置されていること、飛行した区域内では対空砲火が無かったこと、など。


 1日目の調査を終え、報告や分析が行われた。一千風の画像は多少ブレがあったもののある程度は見て取れ、それが木材で作られた四角い枠(天井無し)であることが分かった。用途までは不明である。
 そして、これらの結果を踏まえ微調整された偵察の本番が、翌日から始まる。

●巨人の進軍
 堅固な鎧を纏った巨大な人間が5人、アマゾンの密林を踏み開きながら進んでいく。その上空を、戦闘機が1機。俺を見ろ! とばかりに進んで行く6機のKVを取り囲むようにして、多くのキメラがぎゃあぎゃあと騒ぐ。
 真代を含めたこの6機は、偵察のサポート役となる。他に2隊が同時期に出発しているが、彼ら彼女らが敵に発見されづらいよう暴れまくるのが仕事だ。暴れまくって敵の目を引き付け、寄ってくるキメラやワームの能力を測るほか、名目として遭難者捜索を掲げているので、敵を片端から排除することで、遭難者達の負担を減らす目的もまあある。
「きっと見つかりますよね、皆」
「多分大丈夫よ。コッチを玩具だと思ってるようなヤツらの思いどおりになんか事が運ぶものですか」
 真代の言葉に一千風がそう答えるが、しかし本心では別のことを考えている。遭難者達が、既に憑かれている可能性。もしくは、彼らを救助することによって行軍速度の遅くなる自分達を狙う、という罠を敷かれている可能性。以前何とか助けるといったエミールとしては、素直に救助を前面に押し出した行動を取れないのが心苦しく、シャロンと一千風は偶然にでも遭遇した場合はうまく徒歩のまま誘導出来ればと実現の難しいことに望みを繋いでいる。ツィレルやファルロスなどは、そもそも発見しても無視するつもりでいる。
 エミールが空から見る行軍の様子には、今のところ大きな変化は無い。KVとキメラにサイズの違いがありすぎるため、狙いをつけるのが難しく、また足元に来るまで発見しづらい。数も多くて弾の無駄遣いも出来ないので、地を這うワニ型キメラは踏み潰し、大き目の猿型キメラはファルロス機がライトディフェンダーで叩き、空を飛んで火球を吐くキメラはシャロン機がシールドで殴って弾き飛ばす。
「目立って増援が投入されることは無いようだが、狭い範囲でこれだけ戦い続けてキメラの数が尽きないってのは、裏で遊んでる奴がいるってことだな」
 ツィレルが、身近のキメラよりも遠くを窺いつつ言う。キメラの攻撃はほんの一部を除いてKVには怖くない。現実に脅威となるのは、もっと別のものだ。
「この緊張感が続くのは、正直キツいな‥‥」
「ここまで立て続けに来られると、集中し続けることが一番負担になってくるからなぁ」
 空からレーザーでキメラを撃ち落としながら、エミールが一千風に答える。密林という空間での終わりの見えない戦闘は、弾薬より体力より何より、精神力を削られてしまう。
「キメラは大したことないが、微妙にダメージのデカい攻撃をしてくるのが少し混じってるから油断出来ないな。これから毎日こんな感じで微妙な緊張を張り続けさせられるんだろう。あまり気を張り過ぎないように気をつけておけよ」
 ツィレルの忠告に、ファルロスは少し肩の力を抜く。こちらは必要となればベースキャンプへ戻って補給も受けられる。キメラ全てに過剰に反応して戦ってやる必要はない。
「私達は適当に戦い続ければ、それだけで他の隊がうまくやってくれる‥‥楽に楽に‥‥」
 シャロンの心掛けは、しかし長く効果を持続させてはもらえない。

●人魚姫達の侵攻
(「思っていたよりも、敵の侵攻は早い‥‥?」)
 シングー川を都市アルタミラからベースキャンプへ向かう方向へ移動する3機のKF−14。その1機の中で、陽子は先ほど様子を見てきたアルタミラのことを思い出す。都市は遠くから見る分には閑散としており、少し崩れた街並みはキメラか何かが暴れたことを、そして崩れた物がそのままになっている様子は既に人が住んでいない、又は道路が何十本通れなくなっても困らない程度の人数しか残っていないことを示している。
(「アルタミラであの様子なら、これから向かう先の小さな集落などはことごとく敵の手に落ちている可能性が高い‥‥警戒に警戒を重ねて進まないと」)
 と、機体に備えられた煙幕を発射する装置を陽子が確認する、その一方。
(「アルタミラには人間が生活している様子は無し‥‥でもバグアの基地やらメカやらがある様子も無し。キメラが人を追っ払ったはいいものの、バグアがそうと気付かず空っぽなのかもね。使えるかしら、攻める時に」)
 陽子の左後方の機体を操る昼寝は、そんなことを思っていた。建物がある程度そのままに、人間とバグアどちらの勢力下にもない拠点というのは、入手出来れば便利だ。これがもう少しマナウス寄りなら、マナウスを攻略する必要性は薄くなるのだが。それに遭難者達が住処にしていてもおかしくなかった。
(「こんな状況なら、どちらを取るべきか‥‥変形して踏み込んで調べるまでは出来なかったのが残念ですね」)
 そして、昼寝の右隣のアグレアーブルは、陽子と昼寝の感想の中間で揺れていた。アマゾンの密林の中は、敵味方の境界が酷く曖昧だ。陽子の考えどおりアルタミラ‐マナウスは完全に敵の支配下かもしれないし、そうだとしても30mもズレれば競合区域かもしれない。昼寝の思うとおりアルタミラは空白かもしれないし、そうだとしても陸路で到達しようとすればキメラの大きい群れに何度もぶつかるかもしれない。はっきり言って『アルタミラは廃墟っぽい』ということ以外は分からないのだ。今回の偵察は情報の質より量が求められている関係上、仕方ないことなのだが。これ以上のことは、撮影された画像の分析に期待しよう。


 翌日。イリリ川を進む3機のうち、先頭の陽子が突然前進を止め、後続にも止まるよう合図を出した。何事かと停止した2機にも、すぐに事態は把握出来た。
 進行ルート上の川縁に、敵の反応。おそらくは水中での行動が可能なタイプのワーム、1機。
 この後3機は少し進んでから上陸、マナウスの方面へ足を延ばす予定だったが、しかしこの状況では難しい。ワームと水中で喧嘩出来るほどの装備を準備している自信は無いし、そもそも戦って仲間を呼ばれては偵察が続けられなくなる。現在の地点から上陸、などは見つけてくださいと叫ぶようなものだし、かといって充分なくらい後退すればその分は陸上を進むことになり、隠密も何もあったもんじゃない。
 ‥‥結局は、一度後退することにした。懸念されていた陸上行動中の事件は、起きなかった。


 そして、何枚かの画像を撮影した3人は再び期待値を引き返す。往路では反応のあった水中用ワームは復路には現れず、無事に帰還出来るかと思われた時。
 背後に、猛追してくる反応が出現した。
『何、あれ?』
 最小限に抑えていた通信を開き、昼寝が尋ねる。尋ねるが、答えは大体分かっていた。回答を3人で確認し、対応を考えるための問い。
『水中用のワーム、と考えるのが妥当でしょう。来た時に反応があったやつでしょうか』
 機体の速度を上げながら、陽子が言う。基本的に戦闘は避ける方針だが、一戦交える覚悟も必要かもしれない。
『私達を追ってくるのが空を飛ぶヘルメットワームなら、煙幕で誤魔化しながら逃げることも出来ましたが、相手も水の中では‥‥』
 アグレアーブルが周囲の様子を見ながら話す。戦闘回避用に持ってきた煙幕も、水中では効果を期待出来ない。何とか、敵の目か足を潰して逃げ切れないか。
 KF−14よりも速度の出る水中用ワームが、徐々に接近して来る。そして、放たれるプロトン砲。初撃はアグレアーブル機に命中するが、しかし直撃ではなく損害は軽微だ。2発目はアグレアーブル機と陽子機の間を通り過ぎていき、3発目は昼寝機を掠めて川底に当たり、土煙を舞わせる。
『‥‥そうです!』
 陽子が大きな声を出して、後ろの2人が何事かと驚く。構わず、陽子は思いついたことを話し出す。
 そして。
 昼寝がホーミングミサイルを左前方へ、アグレアーブルがガトリングを右前方や川底に連射する。同時に、陽子は狙える範囲にある川辺の木々にスナイパーライフルで弾丸を叩き込む。川の中は泥や小石で茶色に染まり、倒れた木が追っ手の進めるコースを狭める。巻き起こる波と水泡は、3機のKVが行く方向をうまく隠してくれる。
 視界の確保のためにワームが頭を水上に出すと、そこは煙幕の煙で塞がれていた。陽子とアグレアーブルが水上に発射した煙幕が、辺りを灰色に染める。ワームはレーダーのみを頼りにKVを追うことも出来るが、奇襲を警戒したかそこで動きを止め、しばらく後に川を戻っていった。


『さすがにもう、あの辺に再アタックは出来ないわね』
 ベースキャンプへの最短ルートを移動中、昼寝が言う。もう通信封鎖が必要なエリアは脱していた。味方の中に内通者がいて盗聴されていることも考えて、『偵察』に直接触れることはしないが。
『そうですね。幾つか得られた手がかりもありましたが、まだ本命というところまでは‥‥もっと奥まで捜索をして来たかったですね』
『また次回に期待でしょうか。今回のことを踏まえれば、きっとうまくいきます』
 陽子が、アグレアーブルが答えたところで、ベースキャンプが見えてきた。今回の主な収穫は、水質(やや濁り。水量はこれからさらに増加)、比較的安全に移動出来るルート、アルタミラをはじめとしたマナウスとベースの間にある街の大体の様子、そして水中用ワームが場所によっては配備されていること。

●密林の対談
「マジでさ。我慢してンの俺だけじゃねーよな絶対」
 何度目か知れない愚痴を聞き流されつつ、OZは続ける。
「KF−14とかありゃ女達とご一緒出来たのによー。野郎4人歌もカードもウィットに富んだトークも無しとか超面白くねー‥‥」
「暇潰しならすぐに用意できるが、どうするかね?」
 振り返ったアンノウンが、スコーピオンを空に向けて見せる。それを見て咲は苦笑し、OZはおいヤメロヤメロとわざとらしく止める。徒歩での調査4日目。帰りの時間を多めに見積もって3日弱として、そろそろ折り返しのタイミングが見えてくる頃。緊張の糸を張り詰めすぎて切ってしまわないように、周囲に危険の気配が無い時はこんな無駄話をして一行は気持ちを休めていた。話題は様々。OZの女性のタイプに始まりアンノウンが煙草を選ぶ基準は何かとか、トヲイの過去の二つ名フードファイターって何だそりゃとか。
 結局、話す内容は本当に何でもいい。
 彼ら4人、徒歩での偵察隊は他の2隊と全く違うルートをとっている。中でも囮とも言える陸上KV部隊が相当目立ってキメラを誘き寄せているおかげで、徒歩の彼らが遭遇する敵は少ない。以前も似たような行軍をしているトヲイとOZには、以前と今回の違いがよく分かる。
 自分達が発する以外の音が少ないというのは、キメラが近くで動いていることよりも見えない疲れを運んで来る。注意力が広い範囲に拡散してしまう分、気付かないところで疲れる。体力には余裕があっても、でこぼこ、所々ぬかるんでもいる悪い足場はストレスを発生させる。時には突然酷い雨も降る。色々と厄介な条件が揃った環境で、適度な会話は集中するべき音を発生させ疲労を弱め、また話す側は話すことでストレスを解消できる。
 しかし、それも出来るだけ短くまとめて切り上げる。密林の中の状況は刻々と変化する。
 先頭を歩く1人、トヲイが立ち止まり、右手を上げて後続を制した。もう1人の先頭、アンノウンも銃を構え、前方左側奥に注意を集中する。
 人の気配がした。咲とOZもそれぞれに弓と銃を構えて、また咲は順番に交代で解除して休んでいた覚醒を再び。
 各々に視線で会話する。気配は明らかにキメラではない。バグアか、バグア派の者である可能性が高い。遭難者かもしれないが、しかし気配は1つ。確率は低い。
 情報収集のため、進むか。安全のため、逃げるか。
 武器の特性やそれぞれのスキルも加味し、アンノウンとOZが隠密潜行で進む。咲とトヲイは万一のためやや離れて、その背を追う。功を焦るとかいうわけではないが、徒歩班はこれまでに大きい発見が無い。3箇所ほど、森の中にヘルメットワームの離着陸用ではないかと思われる大小円形のスペースを見つけた程度だ。今後のマナウス攻略に資するために、敵の重要人物の顔を入手出来るのならば入手しておきたい。


 そこにいたのは、男だった。ヘルメットワームの傍に立ち、その内側を時々覗いて何かをしている。デジカメを最大望遠にして、アンノウンは男の顔を撮影出来るタイミングを待ち、そして。
 男が体ごとこちらに向き直り、その素顔が明らかになる。壮年から中年くらいの顔。服装はブラジル軍のものだった。瞬間シャッターを押し、撮影完了。後は、気付かれないよう下がるのみ。
「いいのか? 俺目を瞑っちまったぜ?」
 アンノウンとOZはすぐに立ち上がり、銃を構えつつ早足で後退する。発見されたならもはや隠れている場合では無い。必要に応じて牽制の銃撃を加えつつ、逃げる。
「おいおい、折角会えたんだ、少しくらい話でもしていかないか」
 ヘルメットワームに何かの捜査をした後、男は話しながら猛スピードで追って来る。OZの後方から咲の放った援護の矢を素手で掴み、OZの眼前に出現、アサルトライフルの銃身を握る。アンノウンがスコーピオンを男に向け、男がOZのアサルトライフルの銃口をアンノウンに向けるのは同時だった。
「‥‥彼が引き金を引かなければ、そこから弾は出ないぞ?」
「知ってるさ。ちょっと遊んでるだけだ」
 男はOZの銃から手を離し、両手を挙げる仕草をしながら。
「少し話をしないか?」


「向こうの集団ばかり見ていたよ。あれだけ派手に暴れられると、俺が遊んでる連中もさすがに気付くだろう? そろそろ同じ相手ばかりで面白くなくなってきていたから、回収させてもいいかと思ったんだが、まあ最後の楽しみに救助隊の方を困らせてやろうかなとね。そこに君らが現れた」
「そうですか」
 べらべらと喋る男に、咲が一言だけ相槌を打つ。あれこれと詮索されるかとも思ったがそうでもなく、放っておけば色々勝手に教えてくれそうだ。
「人間は見ていて面白い。普段は力を隠していて、ここぞという時に爆発させる。俺はそれに興味を持って、あの人間達で研究している」
「隠してる力、ねェ。俺にはそんな大それたモンは無ェけどなぁ」
「無いのか? 死に際のアレだぞ」
 そんな男とOZのやり取りを聞いて、トヲイは咲に「火事場のバカ力、か?」と耳打ち。「多分それでしょう」と返答。
「で、だ。君らがこんな所までわざわざ歩いて来たのは、あの人間達の回収のためでいいんだな?」
「そうだ」
 男の問いにすぐさまトヲイが答える。偵察ですなどとバカ正直に答えはしない。
「ご苦労なことだね。人間、別に増えるのが難しいわけでもなかろうにさ」
「数の問題ではないんですよ。人間全てに、何らかの繋がりや想いがあるんです。死んでも消えるものではないですが、風化しやすくはなる。それはとても悲しいことなんです」
「なるほど。その繋がりのために、人間ってのは死にそうになると力を開放するわけか。興味深い」
 咲の言葉を、多少ピントのズレた受け止め方をする男。そして、突然。
「あいつら、今生きてる分は無事だから、君らに返そう。最後にキメラで少し追っかけまわすが、その後で君らの基地の方に誘導しよう」
「それは本気で言っているのか?」
 即座にアンノウンが尋ねるが、男は薄い笑みのまま頷くだけ。
「無事帰ってきたって歓迎会の最中に、実は洗脳されてましたとか言って暴れ出すとかは勘弁だぜ?」
 OZの問いにも、表情は崩れない。
「さっきも言ったように、生きてる分は無事だ。信じる信じないは自由だがね」
 4人は顔を見合わせる。男が遭難者達を研究材料にしていたのなら、洗脳も憑依も何もされていないだろう。しかし話す内容の始めから全て嘘であった可能性もある。
「ところで」
 不意にかけられる言葉。
「あの人間達の代わりに、君らが残る気はないか?」
 一瞬で凍りつくその場の空気。それは受け取りようによっては生死の選択。残るなら生かしたまま密林を彷徨わされ、残らないならここで息の根を止められる。人間を幾らでも代わりのあるもののように扱っている節のあるこの男ならば、そんな選択も笑顔で迫りかねない。
「断る」
 しかし、答えはやはりその一択だ。敵の力量は不明、少なくとも4人の能力者を凌駕して余りあるだろうことだけは分かっている。それでも、誰か1人だけでも逃げ切れれば。
「そうか、残念だ。じゃあ近いうちに誰か面白い奴を送ってくれ。頼んだよ。‥‥じゃあ、またいつか」
「は?」

●偵察完了
『またワームが来たわ! 正面、数1』
 シャロンの報告に、他の4機はキメラの相手を一時中断し前方を見る。そこには、木を何本か折り飛ばしながら接近して来る地上用のワーム。
 調査の1日目からずっと、1日に1〜2機ずつ現れては能力者達の緊張が弛緩するのを阻んできた。KVの相手にならないキメラとの戦いに油断が生まれる頃を見計らって奇襲をかけてきたり、接近しても戦闘には入らず能力者達の気を散らしたり。そんな気疲れの酷い状況、7日目。
 ファルロス機とツィレル機がガトリング砲をワームに向け、連射する。弾丸の撃ち惜しみはしない。調査最終日も終わりが近く、この日の弾薬消費量も機体の損害も少ない。最後の大暴れだ。ワームへの対応が疎かになるこの時は、エミール機が飛行型キメラを中心にレーザーで攻撃し、真代機が地上のワニ型キメラを踏み潰してまわる。
 全身に弾丸の雨を受けながらも近付いて来るワーム。その進行方向にシャロン機は立ち塞がり、ブレイク・ホークを構える。素早く振り下ろされたそれはワームの左側部に突き刺さって大きな裂傷を生じさせ、また同時にワームの動きを阻害する。そして、そこに最大速で突っ込んできたアンノウン機(一千風搭乗)がグングニルを突き刺し、ワームを爆砕させる。
 偵察というにはあまりに目立つ行軍だったが、得られた情報はそれなりにあった。それは、主に交戦したキメラの癖について。ワニ型のキメラは、顎のサイズが大きいものも小さいものも物陰に潜み、付近を獲物が通りかかると出てくる習性がある。逆に言えば、このワニ型キメラが隠れられるサイズの物陰が無ければ、そこにはこのキメラは存在しない。大きい猿のようなキメラはこれといって特筆すべき癖はなく、どこからでもまっすぐに向かってくる。ムササビのように滑空する猿のようなキメラは必ず他のキメラが獲物と戦いを始めなければ出てくることはなく、火球を吐く飛行キメラは必ず同種のキメラと集団で現れる。
 遥か後方で、信号弾が打ち上げられた。偵察の期間が終了し、水中班と徒歩班が帰還した合図だ。もうこれでキメラなどへの陽動の必要も無い。一団は最後まで油断せず、徐々に後退。何故か、キメラの追撃は殆ど無かった。

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 全員が無事に帰還し、互いに情報を交換。今回の偵察で遭難者達を発見出来なかった真代は落ち込んでいたが、しかし取り乱してはいなかった。
 今回の偵察作戦の指示を出した軍上層への報告のために、基地へと戻る能力者達。そして。
「偵察隊13名、無事帰還しました。これが記録データです。私達はこれから、口頭での結果報告の準備に入ります」

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 偵察が終わって、1週間後。基地には遭難中だった6人の能力者が帰り着いた。武器弾薬も食料品も殆ど底をついた満身創痍の状態で帰ってきた彼らは、そのままでのラスト・ホープへの帰還は許されなかった。彼らは、これから長期間の事情聴取を受けることとなる。