タイトル:釘バット娘、修行。マスター:香月ショウコ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/26 11:02

●オープニング本文


「なあ、あのドラゴンがまた出たらしいぜ」
「お前情報遅いな。とっくに討伐依頼出てたよ」
「え? マジで? いつ?」
「けっこう前。また命からがら逃げ出してきたってさ」
「またかよ‥‥何でKVの使用許可下りないんだっけ、アレの討伐」
「アレの討伐に問題があるってよりは、ドラゴンのいる場所が問題なんだよ。ちょうど戦線が膠着してる所でな、UPCはバグアが時間を進呈して下さってる間に戦力を整えたいんだよ。そんな所にKVが何機も飛んでいってドンパチやったらどうなるよ?」
「なるほど。ドラゴンは怖いけど、それ以上に後ろのバグアが怖いのね」

 ・ ・ ・

 そんな能力者達の会話を盗み聞きしているのはクララ・アディントン。能力者としてSES搭載釘バットをぶん回し、バグアやキメラを殴り倒す予定のファイターだ。先に話題に出ていたドラゴン‥‥『ドラゴン・オブ・ストレイタブルー』は父親の仇ということもあって何とか自分の手で倒したいのだが、いかんせん相手のランクが上過ぎる。ULT本部にて討伐依頼に参加したいと名乗りをあげても「え? 無理じゃね?」とスルーされる始末。まあこのスルーについては単なる経験不足の他にも命令無視とか自業自得な理由もあって、おまけにKV使用許可すらないのだからと取り合ってもらえないだけなのだが。
 話を聞いている感じだと、どうやらかのドラゴンは北米UPCの当該地域の準備が整えば大規模で強力な討伐隊が派遣されてしまいそうだし、下手をするとそれよりも前に腕利きの能力者に倒されてしまうかもしれない。これまでクララはKV使用の許可を得るための実績のために簡単なキメラ退治などを完璧にこなすことを目指し、そのための準備として装備を整えるためバイトに勤しんでいた。しかし、このペースでは間に合わない。せっせと防具を鉄くずに変えている場合ではないのだ。
 こうなれば、単身乗り込んででも挑むしかないだろうか。‥‥いや、一応これでも、クララは自分の能力を把握しつつある。まだ無理だ。せめて、その辺の駆け出し能力者の1人と互角以上には渡り合えるようにならなければ。

●釘バット娘、修行。
「ということで、合同訓練のお誘いだ。ちなみに報酬は‥‥メイクセット他」
「‥‥何でメイクセット? 他って何?」
「バイト先で余ったものを貰ってきたはいいが、使い道が無いそうだ。他ってのは、他だろ」
「あ、そ」
「特に訓練の内容に指定も無いようだから、自由に気楽にやってくればいい。ああ、あとこれ、廃墟都市の金貸しの男からクララに渡してくれって送られてきたんだ。ついでに届けてくれ」
「‥‥重いな。何だコレ?」
「訓練補助用品、通称『コンダラ』だそうだ」
「‥‥あ、そ」

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
クレア・フィルネロス(ga1769
20歳・♀・FT
真壁健二(ga1786
32歳・♂・GP
フォーカス・レミントン(ga2414
42歳・♂・SN
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
七瀬 蜜子(ga3911
16歳・♀・SN
楓華(ga4514
23歳・♀・SN

●リプレイ本文

「北米の安全地域って‥‥ここ?」
 楓華(ga4514)が間の抜けた声を出すのは、きっと視界の限り広がる無人の荒野とかを想像していたからだろう。しかし皆が到着した訓練場所はサンフランシスコ都市部から少しだけ離れた所のドッグラン。七瀬 蜜子(ga3911)がサンドイッチなどを用意して持ってきたこともあって、パッと見はピクニック。ジャージ姿のハルカ(ga0640)も場面に馴染んでいる。
「ま、安全には違いないですね。さ、早速始めますか? ヤケに笑顔なのは得意分野の白兵戦が出来るからであって、あなたをしごくのが楽しみだからじゃないですよ?」
 ぶんぶかドリルスピアを振りながら言う鋼 蒼志(ga0165)が、瞬時にピクニックムードを粉砕。ピクニックにドリルは無いってのもあるが、その点に関してはエネルギーガンとプロテクトシールドの真壁健二(ga1786)だって負けてない。ここで言っているのはそれらとは違うもの。場の空気の変容。SoushiのSは何のS?
 ちなみに安心してほしいのは、一人年齢の突出しているおっさん(フォーカス・レミントン(ga2414))はそんなに浮いてないということ。わざわざ述べておくほどのことでもないが、何となく付記しておく。
「それよりも。その前にクララさんに講義をしなければなりません。大失敗の確率が少しでもある場合は、装備の強化をしないほうが賢明です。あの研究所には悪魔が棲んでいます」
「でも知り合いは5〜7回目くらいまでは何もしなくてもスムーズに行くって」
「あんたその知り合いに頼んで代わりにやってもらいなさいな」
 クレア・フィルネロス(ga1769)に反論する全身Lv0のクララ。大抵は3回目のチャレンジで鉄くずと化すのだという。ゴールドラッシュ(ga3170)の言うとおり、研究所ニュータイプみたいな人に頼めばいいのかもしれない。
 さて訓練だが、現在のクララがどの程度の強さなのかを見極めるため、クレアがまず彼女と手合わせすることとなった。が。
(「弱い」)
 しかもかなり。事前の依頼内容で駆け出しと互角云々とかあったが、こりゃ互角への道もまだ遠い。しかし以前のクララを知っている者達には、彼女の変化は見て取れた。手合わせをしているクレアも気付いている。
 無駄打ちが減った。体力の続く限り釘バットを振り回していた以前と違い、多少は見られる状態だ。なるほど問題点は。
「大体分かりましたよ。クララさん、これを使ってみてください」
 大きく手を叩いて仕合を止め、クララにプロテクトシールドを差し出す健二。
「咄嗟の事態に体がうまく反応出来てないんですね。その時々でアドリブで対応している。別に悪いことでは無いですが、しっかりした方法論やスタイルが見についていないから、動作のスタートが遅い。とりあえず攻撃されたら盾に隠れる一択にして、アドリブを減らすところからやってみてください」
 シールドを構えて、バットを振ってみるクララ。パッとしない表情。
「バットを両手で振れない」
「それもまた、スタイルとしてはアリだと思います」
 今度は楓華が言う。
「攻撃力は落ちるかもしれませんけど、盾で敵を流しつつ長期戦に持ち込むことも出来ます。敵が弱ったら盾を捨てるのも手段です。そして今のクララさんが盾を持ってみる一番の意味は、攻撃のタイミングを考えざるを得なくなることだと思います。戦いに勝つための必須条件は負けないこと。負けないためには隙を見せないこと。自分から隙だらけの攻撃をしていては、すぐに負けてしまいます」
 これまで両手で振っていたものを片手で扱うとなると、それは結構な負担になる。相手に当てられる速度の攻撃を繰り出そうとすれば、自然モーションは大振りになる。その大振りの攻撃を当てられるチャンスを見極める、待つことを覚えれば、両手で戦うスタイルに戻ってもそれを活かすことが出来る。盾はそういう意図で訓練に使える。
 ということで、試しに盾を持って頑張ってみるクララ。だが不器用な彼女は何か動きがぎこちなく。
「まあ、如何に能力者といえど、たかが何回かの訓練で劇的に強くなったりはしないんだよな」
「そうですね。だから今回は、今後の方針や課題を見つけるほうが大事かもしれませんね。さて、次は俺の番かな」
 蒼志がおっさんとそんな話をして立ち上がると、聞いていた蜜子が何かの準備を始める。ゴールドラッシュは身支度を始めどこかへお出かけの模様。
「長いスパンで考えた時に、クララさんにとって大事になってくるものです、よ」
「短時間で高い効果を得る、そのための師匠を連れてくるのよ」
 全く真逆の視点に立って、二人は準備を急ぐ。
「さあ、やるぞ! 本気でかかって来い!」
 と蒼志が言うまでもなく突撃クララ。攻撃の機会を窺うようになった彼女に対して蒼志は武器のリーチを活かしてさらに攻撃機会を潰し、的確な攻め方を学ばせる。

 ・ ・ ・

 クララの弱点や今後の課題探しのために登場するのが訓練補助用品『コンダラ』。まずはクララの体力・筋力等の調査のため、超重量級着ぐるみ『コンダラ1号A』またの名を『きゅーとならいおんさん』を投入。
 笑い堪えてるクレアとか、クララが着るならタテガミ要らないんじゃとか考えてるおっさんは置いといて、全身がひたすら重いそれを身に着けさせた状態で、楓華がクララの相手をする。
 楓華は主武器の弓でなくナイフで戦っているものの、最初のクレア戦のようには動けず、また健二の盾も身動きの邪魔になり、クララは思うように攻撃出来ない。わざと致命的なコースを避けて繰り出される楓華の攻撃を防ぐので手一杯だ。
「じゃあ蜜子さんも入ってみますか。コンダラ1号Aにはペアのがありますし丁度いいですよ」
「ええ?」
 楓華の誘いにハルカが引っ張り出してくるコンダラ1号Bに、顔を背けるクレア。もう限界だ。『すてきなぞうさん』を着た蜜子の姿など。耳に引っ掛けることで長い鼻を再現するマスクのオプションも付いた、完璧な重量級着ぐるみだ。
 そして、始められる楓華VSサーカス。身体的ハンディは変わっていないが、二人いることで攻撃を繰り出せる機会は大幅に増えた。楓華もおいそれとは深く踏み込めなくなる。
「どうですか? 一人の場合と二人の場合。二人で戦う方が戦い易いでしょう?」
「それより、これを脱ぎたい」
 クララの正直な感想。重量的な意味でも外見的な意味でも。
「でもクララさん。傭兵には戦技より何より、長期間の作戦をこなすための体力と、仲間と連携するための頭が重要だと思うんですよ。俺が普段している訓練は、体力維持のための走り込みと判断力を磨くための妄想だけですし。その着ぐるみを着ての訓練はその体力を養う他に、仲間と一緒に戦ってる時、決定的な一瞬を見つける助けにもなると思います。どんな強い相手でも、持ちこたえて、作戦で罠に嵌めて必殺の集中攻撃を加えられれば勝てると思いますよ」
 そんな、『強い相手=ドラゴン』を持ち出したかのような健二の説得に納得したかどうか分からないが、渋々クララは訓練に戻る。蜜子が重たい思いをしていることにはノータッチで。

 ・ ・ ・

「さあそれじゃ、楽しいスイングの時間だよ」
 やっと着ぐるみから解放されて軽く飛び跳ねてるクララに、ハルカが巨大装置を用意して声をかける。ピッチングマシン『コンダラ2号』またの名を『爆球くん』。なんと時速200km超を投げることが出来るスーパーマシンだ!
「始めは肩の力を抜いてリラックスしていてね。そのままバットを振り出して、バットとボールが当たる直前に全てのパワーを込めてボールを押し込むの。そして同時に腰の回転を使って威力を倍増させるのだ。見ててねー」
 ハルカがまず手本として打席に立ち、バットを構える。そして覚醒。最高速のボールを‥‥
 どん!
 コンダラ2号の準備を手伝った後ベンチに座って見ていたおっさんが、急ぎベンチから転げ落ちる。次の瞬間、超速ゴロがベンチを破砕して通過していく。
「ごめんなさーい、打ち損なっちゃいました!」
「訓練で死者発生とかやめてくれよ‥‥」
 仕切りなおしで第2打席。今度こそはどん! と空へ消える大ホームラン。ボールがどこに着弾するかとか、細かいことを考えてはいけない。
 クララは軽くスイングフォームについて指導を受けてから打席に立つ。
 が。
 ボールが発射され、バットを振るクララ。速度がハルカの時のままだったのが悪かったのか、思い切り振り遅れてワンストライク。
「最初のうちは、速度は少し落とそっか」
 タイミングは合ったがツーストライク。
「もっとボールの軌道をよく見て」
 多少惜しくはなるがスリーストライク、バッターアウト。
「構えをコンパクトにして。威力は腰とか下半身をうまく使えば充分出るから。こう、キュッと構えて、スッといって、パーンって感じで」
 どこの終身名誉監督だ、ハルカ。
「さ、時間は有限、どんどん打っていこう‥‥ってあれ?」
「体力も有限。お昼」
 ハリセンぶんぶんハルカが言うが既にクララはバッターボックスにおらず。その姿は蜜子の広げたピクニックシートの上。

 ・ ・ ・

「準備したのは普通の物だけじゃないんです、よ。これがコンダラ最後の刺客、鱈の昆布巻きです」
 かなり大きなサイズの重箱をクララの前に差し出す蜜子。開けると、そこにはとても美味しそうな昆鱈(こんだら)!
「重いだけあって、効果は期待出来ます。カルシウムとミネラルが豊富です。これで体力の増強を図ってください。たくさん食べるとお腹にたまって苦しくなるかもしれませんが、それも試練です」
 いや、その試練には効果は無いだろ。
「え、ち、違うんです‥‥か?」
 栄養素とかその辺は分かるんだけどね。量はほどほどにして、食事の度に他の食べ物とのバランスを取る形で食べればいいよ。
「指摘が遅い」
 これは失敬。いつの間にやら昆鱈を食べまくっていたクララが、お腹をさすりながら文句を言う。健二や蒼志もつまんでいるが、なかなか減らない。そんなわけで皆一気に満腹になり、訓練とかどーでもいーやとばかりに食後の休憩。
 そんな中で、ふとこぼれた疑問。
「メイクセットって人気なの?」
 クララによる問い。どうやら報酬のメイクセット目当てに人が集まったと思っているようだが。
「別に、俺には使い道が無いですからどうでも。ただ協力したくなったんですよ。俺も戦闘スタイルが固まるまでは苦労しましたから」
 そう答える健二。確かにメイクなどしそうにない彼の参加理由に、クレアが続ける。
「一度見知った顔に死んでほしくないんですよ。特にクララさんの場合は、復讐以外の道を見つけるまでは」
「強くなることで、大切な人を守ることが出来るかもしれない。そう考えたんです。一生懸命に強くなろうとするクララさんの姿を見て、私も強くなりたいと、思い始めたのです」
 蜜子の話す『強くなる理由』は、クララのそれとは全く逆のものだ。クララは自らの攻撃的な感情を満たすために強くなることを望み、蜜子は攻撃的な感情から誰かを守るために強くあることを望む。
「師匠は?」
 クララがこの場にいないゴールドラッシュのことを尋ねる。ちなみに師匠というのはバイトの師匠だ。
「ゴールディさんは出かけてから帰ってこないね。どうしたんだろ‥‥って噂をすれば金、じゃなくて影」
 ハルカの視線の先には、小走りで帰ってくるゴールドラッシュの姿。その後ろには誰かが。
「さあ訓練再開よクララ。この人はネイティブアメリカンの呪術師。今から運が良くなる術をかけてもらうから、とりあえず立ちなさい」
 ゴールドラッシュが何か後ろの変な格好の人(以下、省略し『変人』)に言い、変人が頷く。クララが何が起きるのかの把握もせぬままに立ち上がると、変人は杖と草を振り回しながらクララの周りを踊る。
「研究所で装備を強化するなら、常識を凌駕した豪運が必要。その運は戦場においても高い効果を発揮するはずよ。さあクララ、これであんたは最強のファイターよ!」

 昼下がり。のどかな時間は過ぎていく。

「気の持ちようだ。もっと気持ちに余裕を持たなきゃ、うまくいくものもいかなくなる」
 クララの「この変人どうにかならんのか」的な視線に、おっさんが答える。
「こういう暇な時間に、目標をしっかり見つめなおしてみると良い。どうすれば目標を達成出来るか、目標を細分化してその道筋を考えるんだ」
「まずは実績。そしてKVを使う」
「そうだな。依頼を受けて実績をあげるためには、仲間との信頼関係の下で行動出来るようになることだ。サーカスをやってた時に、一人より二人の方がずっといいってのは分かっただろ?」
「分かった、おっさん。じゃあドラゴンは蜜子と倒しに行く」
「まあ、おっさんは構わんが‥‥誰とでもそういう関係を築けるように努力しようって話だ。仮に蜜子も一緒に行くとしても、二人じゃ強敵と戦うのは辛いだろう」
「じゃあ蜜子とおっさんと師匠と監督とクレアとふーかと店長と肉の盾」
「消去法でいくと肉の盾は俺ですか?」
 健二の発言に頷くクララ。
「俺は?」
「パス」
 蒼志の発言に一言クララ。やっぱS発言が響いているのか。
 ついでに皆指摘するのを忘れているが、店長を戦場に連れてっちゃダメだ。

 ・ ・ ・

 ブンと大きく振られた釘バットを、健二が避ける。この戦いは訓練のまとめ。以前勝てなかった相手とどこまでやれるか。せめて一撃当てられるか。基礎、連携と来て、最後の個人戦。
 戦いは当然ながら健二が優勢だ。回避・防御しているだけだが、明らかに体力の消費はクララの方が多い。
 一方的で変化の無い状況に、一度止めてアドバイスでも。そう考えた健二がエネルギーガンに手を伸ばし、クララが繰り出した隙の大きい一撃をすれすれでかわし、銃口をクララの眼前に突き付ける。
 と。瞬時に釘バットから離れたクララの左手が、銃の先端を掴んで銃口を逸らした。そして右手だけで握られた、返す刀ならぬ釘バットが健二の左肩を狙う。
「おおっと!」
 瞬時に銃を捨てて後退する健二。その肩を釘が掠めてうっすらと血を滲ませる。致命的な一撃ではないが、一撃は一撃。
「ひとまず、合格で良いんじゃないでしょうか。この先の希望が見えたということで」
 と、クレアがまだ殴り足りなそうなクララを止める(覚醒中話は聞かないが状況の変化は分かる)。健二が傷跡を軽く指でなぞって血を拭うと、もう殆ど出血は止まっていた。
 ‥‥まあ、訓練の成果はあったということだろう。
「じゃあ次は補習といきますか。真壁さんを皆で効率よく集中攻撃するための連携訓練です。多数対多数ではなく、多数対一人」
「それはまた、難しいお題ですね」
「対ドラゴンの時の連携の取り方や実際の戦い方を学ぶのはこれがよいかと」
 健二の小さな反論に、蒼志はさらっと言ってのけた。