タイトル:【Nobody Knows】遭難者マスター:香月ショウコ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2008/01/10 01:45

●オープニング本文


 『そこ』はまさに、地獄だった。南アメリカ、ブラジルの北西部。アマゾン川に近いその密林の中で。
「撤退だ、数が違い過ぎる! 弾が足りねぇ!!」
「隊長、アルバートが、一人でっ!」
「駄目だ一太! もう遅い‥‥っ!」
 ファイター、アルバート・レイサム死亡。


 南北アメリカ地域で、そこは比較的安全な最前線であるはずだった。バグア・キメラの動きが非常に緩慢で、別の防衛線の突破にだけ集中しているのが明らかだったためだ。そこにはブラジル軍の歩兵が数十人、毎日銃を持って待機していただけ。
「‥‥くっ、生きている者は名前を告げろ! 何人助かった?!」
 グラップラー、舞洲 祐二死亡。
 サイエンティスト、ロイド・アーデンバーグ死亡。
「隊長、高橋が左足を骨折しています。俺が担いで運びますから、一度退きましょう」
「そうだな、加島。総員、撤た」
 スナイパー、アラディン・ブラック死亡。
「やべぇな‥‥阿我、加島! 残ってる奴ら引っ張って下がれ! キメラの大群がお出ましだ!」
「シド、アンタは!?」
「ずっとカッコつけてきて、ここで尻尾巻いて逃げたら男じゃねぇよ。最期まで、カッコつけさせろ」
 グラップラー、シド・マデリアノス死亡。


 この敵味方共に少ない戦力しか配置されていないポイントから、精鋭である能力者部隊を多数送り込むことで、現在別のポイントを集中的に攻撃しているバグア勢を撃滅する。それが、当初の作戦。そのために派遣された能力者の数、24名。
 しかし。
「飛行型キメラからの爆撃だ! 狙い撃たれるな! 隠れながら走れ!」
 空を覆うキメラの群れ。その全てが巨大な瞳をぎょろりと回し、人間を見つけ次第に攻撃を始める。口から吐き出す、巨大な火球。
「第1波は凌ぎきったな‥‥皆、敵の次弾の準備が整う前に逃げよう!」
「今がチャンスだろ! これまでやられた分‥‥隊長達の痛み‥‥倍にして返してやる!」
「止めろ、クラウディオ!!」
 ライフルを構えたクラウディオに、降り注ぐ数発の火球。敵キメラによる波状攻撃。
「ぁが、が‥‥あ‥‥」
「クラウディオ、無事か!?」
「い、き、ぁ」
 全身を黒く焦がし、倒れるクラウディオ。息はまだあるようだったが、しかしもう長くはない。あと数秒の内に、火球の空爆が引き起こした酸素不足が彼の意識を奪うだろう。救助に行くことも出来ない。このまま放っておけば、生き永らえるのはせいぜい3分。
 スナイパー、クラウディオ・ブラーガ死亡。


 薄い防衛線は、バグアによるトラップだった。敵の背後を突こうとした能力者の部隊は、すぐさま引き返して来たバグアの攻撃部隊と本体に完全包囲され、孤立した。敵の主力は小型のキメラとはいえ、物資も食料も少なく、また戦力の数も明らかに不利な能力者達は、1人、また1人と脱落していった。
 そして、この日。生き残っている18人の能力者が身を隠していた既に住民のいない廃村に、バグアのヘルメットワーム2機による掃討行動が行われた。無残に焼き尽くされた廃村と周辺の森林。そこに今度は、続けて多くの地上型キメラが投入される。
「やだ‥‥もう、やだ‥‥」
 スナイパーの深沢 真代は、もう周囲を警戒することも忘れて泣いていた。喚き散らして狂ってしまわずに済んでいるのは、彼女の手を引く存在‥‥恋人の加島 翔平の前でそんな無様な姿を見せたくはないという、ちっぽけなプライド。最後の砦。
「加島、奴らの動きはどうだ?」
「大丈夫です。追って来てはいるみたいですが、俺達を見つけてはいません。これからジャングルの中を虱潰しに探しながら、ゆっくり来るつもりでしょう。‥‥高橋は無事ですか、阿我さん」
「無事だよ。もう、後は俺達4人が合流すれば全部だ。‥‥全部で、15人」
 阿我 一太がショットガンを持っていない方の手でそこにあった木を殴りつける。ヘルメットワームの攻撃で、3人、やられた。
「とにかく、早く向こうと合流するぞ。ちんたらしてたら気付かれる」
 ファイターのアンネリーゼ・エッフェンベルクが、そう3人を急かしたその時。
 突然、密林の影からワニのようなキメラが飛び出した。キメラはアンネリーゼの右足に噛み付いて千切り取ると、次は頭を砕こうと倒れこむアンネリーゼに圧し掛かる。
「ってめぇ!!」
「真代、先に走れ! こいつは俺と阿我さんで潰してから行く!」
 ズガン! と一太のショットガンがワニの後ろ足に密着して放たれる。最も有効なのは頭部を狙うことだろうが、それではアンネリーゼを巻き込んでしまう危険がある。一太は同じ部分にもう一発ぶっ放し、翔平はアンネリーゼに噛み付こうとするワニの口の中にハンドガン2丁分の弾丸を叩き込んでいく。
「あ‥‥あぁ‥‥っ」
 先に走れ。その翔平の言葉に従って、真代は走り出す。走れば、仲間と合流出来る。助けを呼べるかもしれない。翔平がそう言ったのだ。そうに違いない。間違いない。私達は皆助かる。

 ・ ・ ・

 どれだけ走っただろう。もう膝が震えて、歩くのも億劫だ。真代はその辺の大きな石に座り込むと、暗くなり始めた空を見上げる。
 走れば、仲間に合えるはずだった。でも、こんなに走っても誰もいない。翔平も追いついて来てくれない。どうしてだろう? 間違い無く、言われたとおりに走ったはずなのに。
 そういえば、どこに皆が待っているんだっけ。どこに行けって言われたんだっけ。
 ここはどこだろう。皆どこだろう。私は今1人だよ‥‥‥‥?
「ひ、とり‥‥?」
 ダメだ。一人はダメだ。戦えない。戦えない。死んでしまう。もうダメだ。怖い。ほら今そこで何かが歩く音が聞こえて、どんどん近づいてきて、私はもう殺されるんだ‥‥
「あれ? あなた、こんなところで一体‥‥?」
 久しぶりに聞いたような気がする、人間の声。その声にも、怯えきった真代はビクリと肩を震わせて。

●打ち捨てられた部隊
 ULTによって能力者、深沢 真代の身体に何の異常も無いことが確かめられると、次は彼女のいた部隊についての質問が矢継ぎ早になされた。真代達以外の人間は皆、彼女達は敵の包囲の中で全滅したと思い込んでいたのだ。それが、真代の帰還によって生存と知らされた。
 人数は、真代が皆とはぐれた時点で14人。もしかするとアンネリーゼが力尽き13人になっているかもしれないが。どちらにしろ、貴重な能力者、それも敵の奇襲を受け、かつ1ヶ月半もの間補給も無しに包囲攻撃を受け続けて損耗率が50%以下とは驚異的な数字だ。それだけ優れた部隊を、このまま打ち捨てるのは惜しい。
 真代の帰還から捜索隊結成の決定までに、長い時間はかからなかった。

●参加者一覧

ジーラ(ga0077
16歳・♀・JG
アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
エミール・ゲイジ(ga0181
20歳・♂・SN
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
花柳 龍太(ga3540
21歳・♂・FT
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM

●リプレイ本文

 出発を前にして、能力者達の準備は慌しさを増した。本部にて状況の解説と依頼内容を聞き、その後に作戦相談、現場へ向かうというのが普通の流れだが、その流れのうち『現場へ向かう』段になって、彼らは真代に質問にやって来た。作戦を立ててから関係者に話を聞きに行ったのでは、立てた作戦が無駄になってしまう可能性もある。
 まあ、そのあたりについては今回は問題無かった。エミール・ゲイジ(ga0181)が主に質問を担当したのが良かったのだろう。色々と疲れきっている真代に矢継ぎ早に質問ばかり投げかけたのでは得られる情報も得られなくなってしまう危険もあったが、エミールは可能な限り真代に優しく接し、無理はさせなかった。
「大丈夫、君の彼氏と仲間はキッチリ見つけてくるさ。だから安心して養生してくれよ」
 そんな最後の言葉も、真代には頼もしかっただろう。エミールとしては、そんな不確実なことを言って希望だけ持たせるのは不本意ではあったが、しかし現状で希望すら持てずに待つというのは、真代の性格を考えれば拷問だろう。
 これが「ぶっちゃけて言うと横取りしたいと思うんだけどねえ」とか言ってる緑川安則(ga4773)だったら、ほぼ間違い無く嫌われていただろう。状況によって言って良い冗談悪い冗談、取って良い態度悪い態度がある。
 さておいて。エミールが聞きたかった情報は、ひと通り聞きだすことが出来た。仲間とはぐれた場所については真代が保護された場所からどの方角にどのくらい、という形で手に入り、仲間が隠れていそうな場所は少し古い衛星写真から大体の場所を聞けた。合流予定の地点だけは、確かに場所を聞くことが出来たが、そこは単なる合流のためだけの地点で、そこで合流後には、もしくはある程度の時間の経過後には速やかに離脱する予定だったという。真代が来ているかもと戻ってくる可能性があるにはあるが、望みは薄い。


 目的地の近くまで向かう高速移動艇。その乗り場付近にて、能力者達は最後の打ち合わせを行った。そこでは、今回の依頼で現地までは同行しないものの、情報などの面でサポートすべくやって来た3人の能力者が、貴重な情報をかき集めてきてくれた。
 王零とコハルが持ってきた現地の植生や天候、地形のデータはプリントアウトされて高速移動艇の中でも参照出来るように配られた。さらにコハルは煉条トヲイ(ga0236)の額に激励のキスをし、無事成功を祈る祝福。
 ランドルフは情報収集の他、当該地域への軍の主力部隊出動を働きかけてはいたが、そう簡単にはいかなかった。南米は、いや、今や世界中どこの戦場を見ても軍隊の仕事量は飽和状態だ。無理にどこかから部隊を動かせば、その部隊が不在になった地域から侵攻され拠点を落とされる危険性もある。だからこそ少数精鋭最強の遊撃手である能力者を派遣しているのだ。
「それじゃあ、そろそろ出発の時間ですから行きましょうか。物資が多少心許ないのは、現地での活動でカバーするしかなさそうですね」
 アグレアーブル(ga0095)がそう告げて、皆を促す。トヲイやエミールはULTに必要物資の用意を頼んでいたが、それら物資はここに無い。野営具は現地到着後に付近の基地からレンタル。暗視スコープも同様だが、その基地にある余りの旧式スコープが1つだけだ。この辺の理由も、ランドルフの進言が退けられたのとほぼ変わらない。
 高速移動低に乗り込む、能力者達の部隊3隊。これから機内では、ジーラ(ga0077)とトヲイが中心となって他の部隊との連絡時間・連絡ポイントについての折衝を行う。

●昼なお薄暗き迷宮へ
 高速移動艇が着陸した基地で物資を借り受け、そこから軍用ジープで現場へ向かう。悪路を数十分走ると見えてくるのがベースキャンプ。捜索隊3隊と数人の医師、そしてそのポイントを元々守っていたブラジル軍の兵士が数十人。一帯を防衛するにはあまりに少ない戦力と設備、そして密林で遭難者捜索を行うにはあまりに貧弱なキャンプだった。
 そこから先は徒歩で行軍する。車両で突っ込むのは川や倒木が多過ぎて不可能で、船では目的地から遠ざかるルートしか取れない。捜索隊はそれぞれの目指す方角へ向かい、逆V字型の陣形で密林へ消えていく。
「へへへ、見るべき情報が初っ端から多過ぎだろ‥‥弾痕だらけ、足跡だらけ」
 そのOZ(ga4015)の言葉の通り、ジャングルの中は様々なものが情報として能力者達の視界に飛び込んできた。樹木につけられた多数の弾痕や、生物が何度も通過したことで踏み固められた地面、残っている足跡、所々伐採された跡のある植物。まだ出発して間もないことから、これらは全てキメラとの戦闘のためにブラジル軍がつけたものであることは間違いないが、ジャングルの中では何十時間もの行程の全てにおいて、これらをいちいち確認しなければならないのだ。
「その上、キメラの襲撃や人の気配にも注意して、挟撃や待ち伏せ対策のために自分達の痕跡もなるだけ残さないようにしなければなりません」
 そう付け足す霞澄 セラフィエル(ga0495)が「好んで踏み込みたくはない地域」と言うのも頷ける。そもそも土地勘の無い者がジャングルに踏み込むだけでも大仕事なのに、付随している作業がまた難しい。
「相当危険な任務だが捜索対象も含め、必ず全員で帰還するぞ‥‥!」
 そのトヲイの言葉は、皆も口にせずとも思っていることだった。
 能力者達はポイントマンのアグレアーブルを先頭に、エミール、安則とジーラ、OZ、セラとトヲイという隊列で徐々に奥深くへと進行する。戦闘時には隊列を適宜崩し、前方の4人は2人1組、後方の3人は3人で1組になって、互いをサポートしつつ戦うことになる。
 捜索隊はとりあえず、真代が保護された場所に向かうこととなっていた。そこがベースキャンプから一番近いポイントであるためだ。アグレアーブルが、自分達が踏み込む地面よりも先の空間を見渡しながら進む方向を決め、それに着いていく皆が分担して全方位を警戒する。ベースキャンプが目視出来なくなるところまで踏み込めば、もうそこからは競合地域。いつどこでどのような形で襲撃されても不思議は無い。
 真代が保護された地点に到達、調査後は、そこで得られる情報にもよるが、真代が仲間達とはぐれた地点へ向かう。そこからは真代から得た情報と現地の痕跡から得られる情報を統合して、捜索対象達の合流予定ポイントを目指しながら調査を行う予定だ。


 真代が保護された地点には、程無くして到達した。そもそもブラジル軍の兵士が踏み込めるラインなのだからそれほど奥ではないにしろ、途中に大きな起伏や川が無く、キメラなどとの遭遇も無かったのが短時間でのこのポイントへの到達理由だった。
 能力者達は一度隊列を崩すと戦闘時の組み分けになって、周辺の痕跡を探す。襲撃があってもすぐ対応出来るよう出来るだけ互いに離れることはせず、足跡や草木の痕跡を調べて回るが、しかし周辺に役立ちそうなものは無く。せいぜい、真代が保護された時に座っていた石が見つかったくらい。
 その後に同時に行動している別の捜索隊のうち1隊と合流し情報交換を行ったが、まだ捜索1日目ということもあってどちらも目ぼしい情報は無し。どこそこのエリアには痕跡は無かったという、地図に斜線を引くためだけの情報だけが交換された。


 もう少しで真代が仲間とはぐれた地点に到着しようかという頃、先頭を歩くアグレアーブルが無言で片手を挙げ、後続を制する。意図を察した一行はその場で一度停止し、ポイントマンからの状況報告を待つ。
 と、アグレアーブルはすぐに、ゆっくりと隊の元へ戻ってくる。
「キメラがいます。1mに満たないほどの、ワニのようなものが6体。他は確認出来ず」
「敵さんか‥‥どうすンよ?」
「こっちには数の優位も奇襲の利もあるんだよな。このまま片付けないか?」
 OZの問いにエミールはそう提案するが、ジーラは反対。
「避けられる戦いなら、避けた方が得だと思うんだ。ボクらの体力も弾薬も有限なんだし」
「アグレアーブル、向こうに救助対象はいなかったんだな? 痕跡は残っていそうか?」
「救助対象はいません。キメラ達は地面に付着している大量の血痕に興味を持って群がっているように見えました。そこから私達の次の目的地の方角に、幾つか血痕が続いています」
 トヲイの確認に応じたアグレアーブルの答えに、安則が頷く。
「ここを通らなければ血痕を辿れないならともかく、回り道が容易で安全ならば、そちらを通るのが妥当だろうね。私たちはまだ地獄に向かっている最中であって、不必要に消耗するのは避けたい」
「概ね、私も緑川さんの意見に賛成です。このキメラを回避することで挟み撃ちに遭う可能性もありますが、戦闘を行っては銃声や悲鳴でほかのキメラを集めてしまうかもしれませんし」
 霞澄の同意を受けて、OZも自分の意見を述べる。
「ンじゃァ、放置決定だな。つまんねーけど、ザコだと思ったヤツがボス級でしたとか笑えねー話は嫌だしな。いいんじゃねぇ?」
 全体の意見がそうまとまったところで、隊列を直して数十メートル後退。そこから進路を変えて、血の痕跡と次の目的地を目指す。

 ・ ・ ・

 太陽が沈みきり、密林の中に闇が降りた。こうなってしまっては行軍は一時中断である。昼間ならば簡単に発見できる痕跡も見落としてしまうだろうし、夜目が利かないことで警戒や戦闘にも大きく影響が出る。
 能力者達は交替で見張りを行いつつテントで夜を過ごす。動物達の気配や葉ずれの音の絶えない、満足に休めぬ夜だった。

●誰も知り得ぬ
 早朝に予定されていた別の隊との情報交換の場には、相手の隊は現れなかった。何らかの理由で到着が遅れているのか、最悪の事態が起きたのか、理由は不明であるが、彼らを待ってその場に長く留まっていることは出来ない。とりあえず待てるだけ待ってから、自分達がこの場に現れたことを示す印をつけて、出発する。


 事前に決めてあった最後の目的地である合流予定地点には、1時間と少し歩いて到着した。途中キメラと鉢合わせしての戦闘や地形の問題による迂回があり時間がかかったが、まだ許容範囲内だ。
 そこは久しぶりに見た開けた場所で、大きな空が見えた。地面にはそれほど起伏は無く、1mほどの段差がある場所が1つある程度。川と言うにはあまりに細い水の流れが一筋あり、足元の草は平均すると足首が隠されるくらいの丈。
 真代が保護された地点での調査と同じく、3組に分かれて痕跡の調査を始める。すると、開始から10分も経たずして、最初の痕跡が見つかった。
「これ、集団が歩いた跡だよね」
 ジーラが指し示すのは、他とは明らかに異なり倒れている地面の草。おおよそ1m程の幅で幾つかの短い道のようなものと、その半分ほどの幅の密林の奥へ続くもの。
「こっちの木には爪痕と弾痕がある」
 トヲイが見つけたのは、草の道が向かう密林とは逆の方角の樹木の傷。単純に考えれば、この方角から来たキメラに銃弾を見舞って、反対方向へ逃げたと推理出来る。爪痕は弾丸を受けたキメラが苦しみもがいて付けたとも。
「とりあえずは、次に向かう方向だけは決まったな」
 エミールが言う。この周辺でもっと有力な痕跡が見つからない限りは、草の道を辿って密林の奥へ向かうのが妥当だ。あとは、捜索対象の状態や周囲を闊歩しているキメラの情報を掴める手がかりが見つかればありがたいが。
「おわっ! なんだこりゃァ?」
 調査と警戒に集中していた皆が、一斉にOZの方を見る。そのOZは足元を探ると、首を傾げる。
「何か今、この辺で草か何かに引っ掛かって‥‥」
 次の瞬間。OZのいる位置から10mほど離れた茂みの中から上空へ向けて照明弾が放たれた。茂みの奥にUPC支給品にもある照明銃が見える。
 突然の事態に、皆は一度集合して周囲を見渡す。しかし何も変化は現れない。
 いや。
「‥‥っ!!?」
 銃声が聞こえた。直後、安則の左腕を弾丸が掠める。無意識に音が聞こえた瞬間全員が首を竦めたが、その微妙な動きが安則の腕を救った。
 しかし、安心してはいられない。立て続けに銃声が響き、弾丸が飛来する。能力者達は地面が大きく凹んでいるところへ飛び込み、狙撃をやり過ごす。
「これはどういうこと? 敵はキメラじゃないの?」
 アグレアーブルが問う。しかし、誰も答えられない。銃弾が飛んでくるということは、少なくとも狙撃手はキメラではない。照明銃を使ったトラップもあったことから一番可能性があるのは捜索対象の能力者達だが、それも考えにくい。自分達が狙われる理由が思い当たらない。少なくとも狙撃手には、狙撃スコープを通してこちらの姿が見えているはずなのだ。
「杞憂であれば良いと思っていましたが」
 霞澄が話し出す。それは、セラが聞いたことがある『とある情報』。
「バグアは死んだ人に憑くとの情報があります。もし捜索対象のうち誰かが、もしくは全員がそのような状況になっていて、元々彼らが持っていた武器を使用しているのだとしたら‥‥考えたくはありませんが」
 確かに考えたくはない。しかし、それが一番説得力のある話でもあった。
「どうする?」
 トヲイが皆に問う。これから、狙撃手の意図を探りに行くのか、草の道を辿り密林の奥へ飛び込むのか、撤退するか。
「退くべきだろうね。さっきの照明弾でキメラも集まってきたようだ。‥‥戦いっていうのは生き残って帰るまでが戦いだからな。ここで負けてはどうにもならない」
 安則の言葉に、皆も頷いた。誰も異論は無い。
「では、来た道を引き返します。私がまず先行しますから、皆さんは後から走ってきてください」
 言って、アグレアーブルが駆け出す。少しの間をおいて、残りの者も後を追う。
 3分も走ると、銃声は聞こえなくなった。