タイトル:緑の豊穣マスター:コトノハ凛

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/23 23:51

●オープニング本文


●不運の収穫期

――ざわ‥‥ざわわ‥‥

 真夏の頃よりも落ち着いた緑の波打つ音が、辺りいっぱいに響いている。
 年老いたその男は、情勢の不安定な中国の農村地にあって幸運にも今まで身の危険を感じる事無く、作物を作り生きてきた。
 その緑は、確かな収穫を約束する色‥‥の、はずだった。
 この収穫を最後に、重慶に暮らしてる息子夫婦の元へ行く‥‥はずだった。
 だからなのかもしれない。
 
「なんだ‥‥?」
 農具を持ったまま、『ソレ』に気が付いた。一見『ソレ』は、彼の愛する畑の緑がほんの少し盛り上がってるようにも見えた。
 だが、長年農業に従事してきた彼は気が付いた。昨日の作業を終えた時には、こんなものは無かったはずだ。
 不信に思い農具を片手に、『ソレ』に近寄る。あまりにも不用意に。

 ヒュルンッ!

「‥‥っ、うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
 気が付けば彼の世界は逆転していた。
 否、彼が世界の中で逆転していたのだ、その緑の『ソレ』から伸びる蔦のようなものに足を巻きつけられて。
 彼は幸運にも手放さなかった農具を力一杯『ソレ』に向かって投げた。

 ガツッ‥‥

 だが、農具は硬質な音を響かせただけで地面に落ちていく。

――ざわ‥‥ざわわ‥‥

 彼は最期に気が付く、全く風が吹いて居ない事に。
 これは‥‥羽音。そうか、これは愛する緑に付いた害虫‥‥‥。
 そして、彼の意識は自身を噛み砕く音にかき消された。

●要請
「と、言うわけでお仕事です」
 生真面目なオペレーターが、改めて内容を説明する。
「既に犠牲者が出ていますが、どういう訳か農地から出る事は無く作物を食べ続けているだけのようです」
 もっとも、それが何時まで保証されるか解りませんがと続ける。
 犠牲者の奥さんが見た時はまだ亡骸を抱えたままだったらしいのだが、翌日には何処に居るのか判別出来なくなったという。
 ただ、ざわざわという羽音は鳴り止まないそうなので農地にまだ居るのだけは、確からしい。
 広い農地がちょっと、厄介かもしれない。
「擬態‥‥の能力があると思われますが、油断をしなければ問題は無いと思います」
 キメラを放って置く訳にはいかない。だが、それ以上に。
「唯でさえ供給不足になりがちなんですよ、野菜。宜しくお願いしますね?」

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
文月(gb2039
16歳・♀・DG
立浪 光佑(gb2422
14歳・♂・DF
雨宮 志保(gb2784
17歳・♀・FT
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST

●リプレイ本文

●老人の愛した緑の畑
――ざわ‥‥ざわわ‥‥

 かくして、傭兵は老人の愛した緑の畑を前にした。
 報告の通り、葉鳴りの様な音が聞えてくる。言われなければ、これをキメラの翅音とは思うまい。

「全く、人間様の食い物に手ェ出すとは不届き千万でありますな」
 稲葉・徹二(ga0163)が憤然とした様子で眼前に広がる緑を睨みつけると、レティ・クリムゾン(ga8679)も頷く。
 せめてこれ以降の被害が出ないよう、確実に倒そう。
 そう言った彼女の言葉はクールなものだったが、誰より熱心にここに来る前に現場の情報を集めていたのも彼女だ。
 仕事故なのか、熱い心を秘めての行動力なのかは、彼女自身にしか解らないのだが。

「ですけど、これは‥‥」
 同じく畑を目にした文月(gb2039)が困った様に、その可愛い柳眉を寄せる。
「けひゃひゃ、コレはなかなか‥‥厄介かもしれないね〜」
 対照的に状況を愉しむ様に目を細めたのは、白衣も眩しい、ドクター・ウェスト(ga0241)だ。
 二人が指したのは、畑の緑。
「私より高い位だな」
 雨宮・志保(gb2784)も長く白い癖の無い髪を払いながら、半ば呆れたようにその高さを確認した。
 レティの事前調査で被害者の奥さんからも聞けたのだが、畑に広がる野菜の背丈が丁度志保が背伸びをした程の高さもあるのだ。
 一番外見の幼い、立浪・光佑(gb2422)に到ってはすっかり姿が隠れてしまう。
「上からも見てみたけど、変な所はみつからなかったよ」
 畑全体を見ようと、被害者の家の屋根に失礼しては見たのだが成果は得られなかった。日差しを照りかえすメタリックボディも、何処か残念そうに光った。

「畑で擬態してるから、厄介だとは思っていたけど‥‥」
 キメラの体長が15メートルもあるのだと言う、確かにそれなら背丈の小さな作物では、幾らキメラの幻覚能力があったとしても、誤魔化しきれるものでは無いのかもしれない。
「ともかく、これじゃあお互いを確認しあうのも大変ね。出来るだけ無線連絡は密に」
 アズメリア・カンス(ga8233)がいち早く気持ちを切り替え、作戦を改めて確認し一同は頷く。

 そして、仲間達が対策を確認している間、物陰でせっせと『準備』をしている人物が居た。
 一緒に行動する予定の文月が遠慮がちに声をかける。
「えっと‥‥美環さん、準備できましたか?」
「えっ! あ、えぇ、大丈夫です」
 と、笑顔で振り返えったのは、セーラー服姿のオンナノコ‥‥ではなく、れっきとした男の子の美環・響(gb2863)だ。
 手には使用したばかりのメイクセットを持っている。
 囮役として、キメラを誘き寄せるべく、確かに目立つ格好をしようという話だったけれど‥‥。確かに女の子の方が敵も油断しやすい気もするけれど‥‥。
 誰もそこまでやれとは言っていない。
「何だか、乗り気になってません?」
「これは作戦の成功率を上げるために‥‥」
 いえ、良いんですけどね?趣味は人それぞれですし。
 些か不名誉な感想を一部に持たれてしまったとかなんとか。

●巨体を捜して
 二人一組、4つの班に分かれて畑の捜索にあたった。
 背の高い、ドクターと響を除く殆どのメンバーが作物の陰に隠れてしまうので、時おり手を上げる等して位置を確認しながら捜索する。
「よろしくお願します、ドクター」
 同じ班となった志保の丁寧な挨拶にドクターは、けひゃひゃと応える。
「あまり我々の戦闘に巻き込まれないといいのだがね〜‥‥」
 作物を一瞥し、一時的に『覚醒』した知覚と電波増幅とを合わせた、鋭い感覚で周囲を探る。
 それを倣い、同じく志保も周囲を探る。
「あまり暴れないでくれると、後々助かるのだがね〜。まあ、それはキメラ次第かね〜」
「野菜は、料理には欠かせないですからね」
 ドクターは、『ナニが』と言った訳ではなかったのだが。まぁ、別に含まれていない訳でもないのだから良いのかもしれない。

――ざわ‥‥ざわわ‥‥

 その頃、徹二と光佑も畑の只中で周囲を警戒していた。
 外見で言えば、同年位なのだが、あまりそうは見えないのはきっと一方がしっかりして見えるからなのだろう。
「流石に、簡単には見つからないでありますな。立浪さん、そちらは‥‥って、何してやがるでありますかっ!」
 振り返った先で、光佑が細長い緑の物を食べていた。
 この辺で栽培されていたのはきゅうりだったでありますか‥‥ではなくって。
「これ無農薬かな? 水洗いした方が‥‥ま、いいか」
「いやいやいや、そういう問題じゃ無いでしょうよ」
 稲葉さんも食べますか? と、食べかけのきゅうりを無邪気な笑顔で差し出され、脱力しかける。何とか今は敵キメラの眼前に居るかもしれないのだと言う事実で持ちこたえた。
 っていうか、キメラの前に俺らが荒らすってどうなんだ?
「駄目でありますよ、任務中な上に人様のものに‥!」
 心の叫びを、多少オブラートで包み言いさした時、覚醒し鋭くなった聴覚を鋭い高音が貫く。
 確認するよりも早く、二人の体が音の響いた方へと駆け出す。
 今の方向は‥‥――!
『C班よ。 囮班が奇襲を受けたわ、これより救出に向かう。援護を宜しく』

●囮と奇襲
 日の中にあっても、月光を湛えるかの様な輝きが一閃する。
「すいません、助かりましたアズメリアさん」
 体に残った、緑の粘着糸を取り払い響が立ち上がる。
「レティさん、文月さんは?」
 キメラの巨体の向こう側で、大丈夫だと声がする。
 応援を呼んだ後直ぐに、アズメリアとレティは響と文月の救出をするべく、ソレと対峙した。

――ざわ‥‥ざわわ‥‥

「油断しました、これが‥‥キメラというモノなんですね」
 あの顎に咥えられる前に救出されて良かった、噛まれたら痛いじゃ済まないかも知れない。
 見つけたまでは良かったのに、囮らしく目立つ姿は相手に先制を許し、更に自分を庇って文月が蔦のように見えた粘着糸に絡め取られ、動けなくなった。辛うじて呼笛を吹けたのは僥倖と云えるかも知れない。

 レティはパリィングダガーを構える。背には実体の無い黒き片翼が広がっている。
「蔦ではなく、糸か」
「それも、口じゃなくって脚から出してきますっ。気色が悪いにも程が‥‥」
 青く塗り変えられた『リンドンヴルム』を装着した文月が呻く。
 脚、そういえば被害者も逆さ吊りにされていた!

 そこへ、他の班が追いついてくる。漸く、舞台の役者が揃ったのだ。

●決戦
――ざわ‥‥ざわ‥ぎち‥ざわざわ‥ぎちぎち‥‥

 もはや、隠れる気は無いと云う事なのだろうか。
 ずるりと巨体を反り立ちあがらせ、その全貌を傭兵達の前に顕にさせる。その蛾の酷似した顔には触覚が付き、頑丈そうな顎や間接がぎちぎちと擦れ、音を立てている。
 報告通り、長いその銅の背には無数の緑色の翅がひしめいていて葉鳴りが聞える。
 
「うわ‥‥可愛くない‥‥っていうか気持ち悪いし!」
「ずいぶん巨大な昆虫だね〜‥‥」
 回り込んだ位置で合流した志保が顔をしかめつつ、蠍の愛称の名を継いだ小銃を構え巨体に撃つ。
 ドクターはむしろ呆れた顔で応えた。他の班へのフォローが出来る位置取りを確認してその場で超機械を取り出すと響の負傷を回復させる。更に、無駄の無い動作で使い込まれたエネルギーガンを構え援護する。

 一番離れた所から駆けつけた徹二と光佑もキメラの側面に回りこみ、それぞれ銃撃を撃ち込む。
「脚から、糸を出しやがるのか! 非常識極まりないでありますなっ!」
 徹二の言葉が言い終る前に、ビチビチと動く側面の脚から緑色の糸が飛んでくる。
 それは、あまりに絶妙な間、絶妙なスピードで飛んできた為に回避が間に合わず二人は粘着糸に絡め取られる。
 ハハッ! やるなぁイモ虫! と光佑は不敵に笑うが、このままでは身動きが取れない。それどころか、顎に噛み砕かれるかもしれない。あのお爺さんの様に。
 とはいえ、彼等は一人でもなければ、無力でもない。

「これ以上は‥‥させませんっ!」
 先程己を救ったものと同じ輝きを宿した直刀を携えた文月が拘束された二人に自由を与える。
 回復を受けた響が拳銃で牽制し、その間に文月が二人を連れてキメラから距離を取る。
「悪いが、元々こちらが本業だ」
「大きい分、当てるのに苦労しないけど油断は禁物ね」
 距離を取り、攻撃するのに適した位置を確保したレティ、アズメリアの銃撃も加われば後は倒れるのを待つだけ。そう思えても、そうならないのが生まれながらの人類の敵なのである。

●運が無いのは
 何度目かになる、緑の粘着糸を避けながら、最初に疑問を口にしたのは、志保だった。
「おかしい、もう相当弱ってきていてもおかしくないのに」
 志保よりも数段、戦い慣れている面々は無駄な動きが少ない。その分、多くの事が出来、多くの攻撃をキメラに叩き込んでいる。
 にも拘らず、まだ、倒れない。

――ざわ‥‥ざわ‥ぎち‥ざわざわ‥ぎちぎち‥‥

「フォースフィールドに加えて、ダメージを軽減する特殊な装甲と、‥‥自己回復能力だね〜」
 興味深いと分析をしたドクターの言葉を裏付けるかのように、キメラに穿った傷跡が消えていく。
 厄介な能力だ。

「だが、ネタが割れれば対処は幾らでも立てられるってぇもんです」
 淡く仄かに光る獲物をチャキリと鳴らして、持ち直すと徹二は我知らず不敵に笑う。
 彼のバディも同じ笑いを浮かべ、炎の如き真紅の刀身を抜き放つ。
「仕事が終わったら、ともかくいっぱい食べなきゃね」
 右腕を中心に熱の無い黒炎が舞い広がり、その先に細月を持ち冷静な彼女は告げる。
 厄介な能力だ。でもそれだけだ。
 回復するというのなら、それを上回ればいいだけの話なのだから、と。

 後はもう、恐るべき生命力を持つとはいえ、動きの鈍い巨体など唯の大きな的にすぎない。
 糸による攻撃が、尽く回避されると、キメラは癇癪を起こすように身を捩って暴れる。
 だが、既に必勝の布陣は揺るがない。
「あの世で爺さんに詫び入れて来やがれっ」
 徹二の渾身の一撃がキメラの側面から入れば、
「一気にけりをつけたまえ〜!」
 と、ドクターの精神を最大まで研ぎ澄ました、レーザーガンの連射が的確にキメラの肢体を貫く。
「キメラとか抜きにしてもお前は気持ち悪いからっ!」
 ドクターの脇をすり抜け踏込む志保の瞳が金色を放ち、手にした黒刀で斬撃を刻む。残酷なまでに容赦なく。
 それにあわせ、アズメリア、光佑、響が一瞬にしてダメージを重ねていく。
 キメラは苦痛にのたうつように、身を悶えさせが、文月がリンドヴルムを竜の如く操り、暴れるのを押さえ込む。
 側面、前面、後方、波状攻撃は止まらない。
「お前の存在価値など認めない。倒れろ!」
 レティのエネルギーガンが貫いた時、巨体はその身を大地へと沈めたのだった。

●豊穣の色
「ありがとうございます、これで主人も‥‥安心して眠れると思います」
 全てが終わった後、犠牲者となった老人の奥さんは涙を流して言った。
「主人は、野菜が好きで、それを食べて幸せを感じてくれるのが何より嬉しいと言っていたのです。だから、皆さんも食べていってください」
 そういって目の前の沢山の野菜料理を差し出した。

 事後処理を行っている間に、こっそり勝手に野菜を拝借(本日2回目)しようとした光佑を、徹二が気がつき騒いでいると、奥さんは良かったら御馳走しますよと申し出たのだ。
 勿論、光佑が断る理由も無く、むしろ自分も作りたいといい見事な腕前でイタリアン料理を披露した。
 文月や志保といった人付き合いの良いメンバーも手伝ったお陰で、立派な食事が振舞われる事となったのだ。

「結局、少し暴れられちゃったねぇ〜」
 あの、ざわざわという羽音はそれだけで幻覚作用をもたらすモノだったらしい。ひょっとすると、何処まで幻覚で誤魔化せるかという実験的な意味合いもある生体だったのかもしれない。
 ドクターがそれを口にすると、丁度料理の皿を運んでいたアズメリアも同意する。

 少し、皆と離れた場所で、女装とメイクを落とした響が、やや気落ちした顔で今回の作戦を思い返していた。
「もっと、臨機応変に動けるように‥‥ならないと駄目ですね」
「最初から、何でも出来る奴などいないさ」
 老人の愛した野菜を食べて、弔いと感謝をするのも仕事のアフターサービスだ。そう、言ってレティが響を励まし去ったのを見送って、響は置かれた料理を口にした。

 その豊穣の色を宿した野菜は、作り手の想いに相応しくとても優しい味がしたという。


 そのまま収穫の手伝い等をして、一泊する事となった傭兵の面々は、翌日沢山の野菜を土産に帰路についた。