●リプレイ本文
中型ヘルメットワームの中で、ダークミストは眼下に広がる光景を目に焼き付けてきた。
同胞から疎まれ、蔑まされ、愛機を失っても、ダークミストはこの場を訪れたかった。
強者を求め、強者と出会い、命を賭けるに相応しい舞台を手に入れたのだ。
あとは――。
「早く来い。この俺に最高の一時を与えろ。
無駄に生を貪る連中には味わえない、最高の時間を‥‥」
ダークミストは、体を震わせる。
最高の、そして、最後の舞台を前に。
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「シンプルで素敵な戦場ですわね。立ち塞がる敵をすべて殲滅──ふふっ、まさに最高の舞台ですわ」
ミリハナク(
gc4008)のぎゃおちゃんは、雲を突き抜け舞い上がる。
スカイブルーが果てしなく続く大空を、上を目指して駆け上がっていく。
「轟竜號の打ち上げ‥‥ですか。
あの巨体が空を舞う様は、さぞや勇壮でしょうな。
しかも、その大気圏離脱の露払い任務とは、傭兵冥利につきますな」
飯島 修司(
ga7951)は、握っているディアブロの操縦桿に思わず力が入る。
バグアとの大規模な戦闘を見越して、轟竜號は宇宙へと打ち上げられる事となった。
今回、傭兵達の任務は大気圏を離脱するまで轟竜號の進路確保、及び護衛である。もし、ここで轟竜號が大きなダメージを受けるような事があれば、後の決戦に影響が出る事は間違いないだろう。
「皆さん、気合いが入っていらっしゃるようですね」
ナイトフォーゲルR-01で出撃したズウィーク・デラード(gz0011)は、頼もしい傭兵達の存在に笑顔を浮かべる。
「レーダーエコー、ボギー、ミディアム1、スモール30、キメラ多数、12時報告」
舞い上がるスレイヤーの中で伊藤 毅(
ga2610)は、各機へ通信を入れる。
敵はヘルメットワームとキメラを中心にした部隊。敵単体ならば苦戦する事はないだろうが、数が厄介だ。
「きたぞ、お出迎えだ!」
堺・清四郎(
gb3564)の狐ヶ崎が、予定通りキメラの群れへ突撃する。
今回の依頼では敢えて補給を行わず、短時間でキメラを叩けるだけ叩く事となっている。つまり、時間との戦いだ。一分でも無駄にする事はできない。
「堺さん、援護します‥‥」
BEATRICE(
gc6758)は、ミサイルキャリアの複合式ミサイル誘導システムIIを発動。射程距離を伸ばした上で、K-02小型ホーミングミサイルを発射した。
「あら。なら、私もやっちゃおうかしら?」
BEATRICEに呼応するかのように、ミリハナクもぎゃおちゃんからK-02小型ホーミングミサイルを打ち出した。
轟竜號を巡る戦いの幕開けを知らせる形となった爆発は、キメラの群れ中央部で巻き起こる。数体のキメラは爆発に巻き込まれ、周囲のキメラは一時パニック状態に陥る。
「ヘルメットワームとキメラだけとは、な。せめてタロスを持ってこい!」
BEATRICEの支援を受けた堺は、混乱が起こるキメラの群れへと突入。
試作型「スラスターライフル」で手近なキメラを撃ち落していく。
轟竜號の歩みは決して止めさせない。
轟竜號は、人類の夢と希望を抱えて、宇宙へ飛び立たなければならないのだ。
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いつだって、馬鹿みたいにデカい。
立ちはだかる敵も、守るべき物も、負けられない理由も。
だが――いつも通りだ。
いつものように全力で食い破ろう。
「いくよ、デアボリカ!」
時枝・悠(
ga8810)は、眼前に迫る空戦機械化キメラへレーザーガン「フィロソフィー」を叩き込む。
デアボリカの機体へまっすぐ突き進むキメラは、目標を見定めれば撃ち落とす事は難しくない。事実、フィロソフィーで顔面にガザ穴を空けたキメラは地面に向かって落下していく。
そう、倒す事は簡単な事だ。
しかし、厄介な事がある。
「‥‥ちっ、お次は2時方向!」
時枝はデアボリカを回転させ、別方向から突進するキメラに相対する。
キメラの攻撃方法は、正面に対する突撃以外にない。だが、複数のキメラが別方向から同時に突進された場合、面倒な相手となる。
もっとも、今回作戦に参加した傭兵達は数々の修羅場をくぐり抜けてきた者ばかり。この程度で根を上げる様子はまったくない。
「落ちろっ!」
キメラの攻撃を、デアボリカは機体を側転させて回避。
同時に、回避行動へ入る直前にフィロソフィーを叩き込む。
胴体を撃ち抜かれたキメラは、そのまま空中で四散。青空に大輪の花が咲いた。
「あんたらとは、背負っている物が違うんだよ」
吐き捨てるように叫んだ時枝は、次の目標に向けて照準を合わせていた。
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(この顔ぶれは‥‥恐ろしい人達が集まったものですね‥‥)
BEATRICEは、戦いの最中、依頼へ参加した傭兵達を思い返していた。
その中で、自分は何ができるのだろうか。
――否。何ができるのか、ではない。
何をすべきか、と言うべきだろう。
(私はせいぜい‥‥出来る限りのフォローを行いましょう‥‥)
BEATRICEは、移動する小型ヘルメットワームを後方から追撃。
ミサイルキャリアの照準で、目標をロック。高音のアラームがBEATRICEに発射タイミングを知らせてくれる。
「今です‥‥」
BEATRICEは、二十四式螺旋弾頭ミサイルを発射した。
発射されたミサイルは、小型ヘルメットワームの機体を穿った。
そして――爆発。
「ふぅ。倒せました。次は‥‥」
「エネミータリホー、ドラゴン1、マスターアーム点火、エンゲイジ」
新たなる目標を探していたBEATRICEの傍らを、伊藤のスレイヤーが猛スピードへ通過する。どうやら、現地点よりも更に上空へ向かっているようだ。
「私も、負けていられません‥‥」
ブースターを付けた轟竜號がこの地点を通過する時間は、刻一刻と迫っている。
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同時刻。
傭兵達の最終防衛ラインとして最後方に陣取っている飯島は、轟竜號を迎撃するために高度を下げるキメラを次々と撃ち落としていた。
「花火代わりに爆ぜてもらっていますが、花火大会としては少々火薬の量が多すぎますね」
ディアブロのスナイパーライフルD-02が、キメラの体を貫く。
他の傭兵も敵を確実に排除しているようだが、最終防衛ライン近くまでキメラがやってくる事がある。やはり、キメラの数が原因だろうか。
「小型ヘルメットワーム、撃墜しました」
最終防衛ライン近くで、デラードが小型ヘルメットワームを撃ち落とした。
どうやら、デラードはキメラよりも小型ヘルメットワームに狙いを絞って攻撃しているようだ。
「飯島さん、最終防衛ラインは維持できているようですね」
「ええ。このメンバーなら、敵に遅れを取る事はないでしょう。
問題は、時間です」
轟竜號の損害を最小限に抑える為には、周辺地域に存在する敵を可能な限り排除する必要がある。敵に負けるような事はないだろうが、轟竜號到着までにすべての敵を排除する事は難しいかもしれない。
「轟竜號にはスカイフォックス隊も護衛しています。
俺も轟竜號がこの宙域へ到着すれば、轟竜號の護衛に専念させていただきます」
「それは頼もしい‥‥」
飯島がそう言い掛けた時、地上から各機へ通信が入る。
「轟竜號は予定通り浮上。数分後にそちらへ到着するぞ!」
地上でオペレーター役を担っているブラウ・バーフィールド(gz0376)軍曹から通信が入る。
轟竜號は予定通り、ブースターを装着してインド洋から浮上。軌道を上げて大気圏離脱を目指す。軍曹の連絡通り、数分後にこの宙域を通過する事になる。
つまり、この依頼における正念場は、まさにこのタイミングである。
「俺は轟竜號の護衛に入ります。
飯島さん、ここはお願いします」
「はい」
飯島の返答を確かめた上で、デラードは轟竜號防衛の為に降下していく。
その動きに反応したのか、キメラ達が後を追いかけようとする。
「ここは死守してみせます。約束しましょう」
飯島は、殺到するキメラに対して47mm対空機関砲「ツングースカ」で迎撃。
弾丸の雨が、キメラに向かって降り注ぐ。
轟竜號が通過するまで――あと数分。
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「あと数分!」
時枝は、残された時間を確認しながら、己の力を奮い立たせる。
最大の目的は轟竜號を無事に大気圏外へ離脱させる事。
如何に敵が多くとも、人類の明日を守る為に、轟竜號は無事に送り出してみせる。
「邪魔だっ!」
轟竜號へ向かおうとするキメラをフィロソフィーで叩き落とす。
これで何体倒したのか――既に数える事も忘れて倒し続けてきた。
だが、あと数分耐えきれば‥‥。
「あとは、あれを何とかしないといけませんわね」
ミリハナクの視界には、他のヘルメットワームよりも大きいヘルメットワームが、一機。
指揮官機と思しき存在。
轟竜號を守る為には、あの中型ヘルメットワームを排除しておく必要がある。
「そんな機体で私を止められると思っているの? ‥‥笑えない冗談ね」
ミリハナクは、目標を中型ヘルメットワームに設定。
ぎゃおちゃんを更に上空へと舞い上がらせる。
だが、それを阻もうと付近のキメラがぎゃおちゃん目掛けて突進攻撃を敢行する。
「あんた達じゃ、燃えないの。さっさと消えてくれない?」
ぎゃおちゃんは体を捻りながらキメラの突進攻撃を回避。
同時にエナジーウィングでキメラの腹を引き裂き、撃ち倒していく。
あの獲物は、誰にも渡したくない。
それが、ミリハナクの率直な想いだ。
「‥‥来たか」
待ち人の登場に、ダークミストは軽い笑みを浮かべた。
「その声、この間のティターンに乗っていた奴じゃない? 随分と機体が変わったようだけど」
ミリハナクは、ダークミストを挑発した。
先日までは漆黒のティターンで宇宙を駆け巡っていたはずだが、眼前に居るダークミストは中型ヘルメットワームに搭乗している。
「ふん。最高の一時を楽しむ為には、必ずしも強い機体が必要とは限らない。違うか?」
「‥‥そうね。あなたの断末魔を聞く瞬間が、最高の一時。そのためには、あなたがどんな機体に乗っていようとも関係ないものね」
「抜かせ」
先に仕掛けたのはダークミストだ。
プロトン砲を連射しながら、ミリハナクへと接近する。
プロトン砲を回避しながら、反撃の体制に入るミリハナク。
だが、ダークミストへ攻撃を仕掛けたのはミリハナクではなかった。
「一番槍はもらったぁ!!」
堺の狐ヶ崎が、上昇しながら中型ヘルメットワームの底部を狙って試作型「スラスターライフル」で攻撃を仕掛ける。
「むっ!」
ミリハナクへ集中していたダークミストは、慌てて回避行動に移った。
しかし、回避行動は間に合わず、スラスターライフルの数発がヒット。直撃を避ける事はできたが、機体の端には明らかに傷が出来上がっている。
「‥‥ちっ。楽しむ為に強い機体は不要と思っていたが、やはりスピードの差は明確か」
「宇宙ではティターンやタロス、本星ヘルメットワームは当たり前だった。今更この程度で我々は止められん。自殺に部下達を巻き込むな!」
ダークミストの脇をすり抜けながら、上昇を続ける堺。
バグアも数だけは揃えてきたようだが、既に傭兵達の奮闘で大多数は撃破。
残る敵も、BEATRICEと時枝が駆逐している最中だ。
だが、ダークミストは予想外の反応を見せる。
「部下など最初からいない。こちらは無人機とキメラだけだ」
「あら? 舐められていたのかしら。無人機とキメラだけで轟竜號を止められると思っていたの?」
苦笑を浮かべるミリハナク。
轟竜號はUPC軍内でも最大級の規模を誇る。来る作戦に参戦できない程のダメージを与えるつもりなら、無人機とキメラだけでは役者不足だ。
「轟竜號? そんなものはどうでもいい。
俺は、この青い星で見つけた最高の舞台で戦いを楽しむ。それだけでいい」
ダークミストは、はっきりとした口調でそう答えた。
与えられた戦力を最大限に使えば一矢報いる事もできたかもしれないが、ダークミストは戦いの中で出会った強者と命のやり取りをしたい。
愛機の性能や身体能力以外に裏打ちされた、確かな強さを持つ者達――傭兵達と戦う事を最優先に考えていたのだ。
「強さに魅入られた‥‥違うな。
最早、周囲の者を傷つけるだけの刃となったか」
「何とでも言え。
たとえ、バグアとして戦士のプライドを失おうとも‥‥俺は貴様らと戦い続ける。
最期の、その時まで‥‥」
ダークミストは再びミリハナクに向かってプロトン砲の照準を定める。
だが、歴戦の戦士であった傭兵達は、そう何度も攻撃のチャンスを与えてはくれない。
「スプラッシュ1、敵ミディアムサイズ補足、排除行動開始」
伊藤のスレイヤーが、下方からダークミストに向かってUK−10AAMを発射。
「来たか、伊藤。では‥‥参るっ!」
この動きに呼応して堺の狐ヶ崎は上空からダークミストに対して急降下。
重力と加速を使い、ダークミストへ肉薄する。
そして、至近距離からK-02小型ホーミングミサイルを発射。
上と下から同時に放たれたミサイルを、ダークミストは回避する事ができない。
「ぬおぉぉぉ!」
スレイヤーと狐ヶ崎が中型ヘルメットワームを起点に交差。
次の瞬間、中型ヘルメットワームの上部と下部で激しい爆発が巻き起こる。
既に黒煙交じりの炎を吐き出したヘルメットワームは、ふらふらと揺れる事しかできない。
「貴方は楽しめましたかしら? その力と名は心に刻みますわ。もうお眠りなさい」
ダークミストの眼前には、ミリハナクが迫っていた。
オフェンス・アクセラレータを発動して、最後の一撃を放とうとしている。
「‥‥まだだ! まだ、終われぬ‥‥あと、もう少し‥‥否、数秒でも‥‥」
そう呟いたダークミストを、荷電粒子砲「九頭竜」が貫いた。
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ダークミストが撃破されたと同時に、残りの敵も撤退を開始。
この宙域で轟竜號を攻撃する者は、存在しない。
轟竜號は、予定通り傭兵達の前を通過していく。
「轟竜號‥‥」
時枝は、通過する轟竜號を傍らで見届けていた。
自分が背負う責任の大きさを、改めて感じさせる轟竜號。
今回の任務は無事達成する事ができたが、明日には新たなる任務が待っているだろう。
「本当の戦いは、これからです‥‥」
BEATRICEも、大きなダメージを負うことなく宙域を通過する轟竜號に安堵していた。
轟竜號は、バグアと決着を付けるべく大きな戦いへ赴く。
そう――まずは、希望を明日へ繋ぐことができた。
そして、これから起こる本当の戦いへ臨むことができる。
希望を馳せる二人の後方で、伊藤はスレイヤーを反転させていた。
「目標通過を確認、ミッションオーバーRTB、セイアゲイン、リターントゥベース」