タイトル:【崩月】崑崙の守護者マスター:近藤豊

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/29 21:32

●オープニング本文


「‥‥たくっ。この程度の工事で俺様の安眠を妨害しやがって」
 月面基地『崑崙』の廊下を、大平真弘(gz0494)は不機嫌そうに歩いている。
 次の作業までに空いた時間を利用して仮眠を取っていたのだが、作業内容の確認を理由に無理矢理起こされたという訳だ。
「くそっ! もうちょっとでパツキンの姉ちゃんが大きな胸で俺様の‥‥。
 くぅ〜、もう一回仮眠したら続きが見られねぇかなぁ」
 夢を見るのは自由であるが、鼻の下が伸びた真弘は端から見ても犯罪的。
 現場監督の威厳は、皆無である。
「よしっ! 仮眠に再チャレンジだ!
 今度こそ、あの姉ちゃんからスペシャルサービスを‥‥」
 そう言い掛けた瞬間、廊下中になり響くサイレン。
 続いて警戒を知らせる放送が流れ始める。
「居住エリアへ敵が侵入しました。居住エリアの一部を隔離します」
「‥‥ちっ。仮眠はお預けかよ」
 真弘は、舌打ちをした。
 望まれぬ侵入者の存在に、真弘は現場監督とは異なる顔つきに変わる。

 先日来訪した敵部隊は、崑崙の一部を破壊していった。
 壊れた箇所はブロックを取り替えれば、元には戻る。しかし、傷付いた仲間をブロック同様に取り替える事はできない。中には今もベッドの上で療養している仲間も存在しているのだ。 

 そう、真弘が仲間達と築いてきたこの基地を、これ以上バグアに破壊させてはならない。
 多くの者がこれから『第二の故郷』とするかもしれない崑崙を、そして仲間を絶対に守らなければならない。
「崑崙は‥‥絶対に傷つけさせねぇ! この大平真弘様がいる限りな!」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
古河 甚五郎(ga6412
27歳・♂・BM
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL
アリシア・ルーデル(gc8592
20歳・♀・SF
雛山 沙紀(gc8847
14歳・♀・GP

●リプレイ本文

 現在、月面は緊迫した状況にある。

 バグア軍強硬派首魁であるズゥ・ゲバウの登場は、UPC軍へ新たなる動きを促した。 ユニヴァースナイトによる月裏攻撃部隊を編成、月面敵施設「Jan(1月)」への強襲作戦が発動。
 月面を舞台に、バグアと人類が死力を尽くした戦いが開始されている。

 そしてここ――月面基地『崑崙』も警戒態勢は続いている。
 拡張を続ける基地に時折訪れる複数のキメラ。
 彼らはこれから訪れるバグアの尖兵なのか。
 それとも‥‥。

「おっしゃっ! さっさと片付けようぜっ!」
 大平真弘(gz0494)の声が、崑崙の居住区に木霊する。
 現在、崑崙の居住区には小型の宇宙ムカデキメラが侵入している。
 この事態を受けた真弘は、傭兵達と共にキメラを早急に撃退するつもりだった。
 何故なら、歓迎されない侵入者を撃退しない限り、崑崙の拡張工事はストップせざるを得ないからだ。
「ムカデさんは‥‥西側に一匹‥‥東側に二匹存在しているみたいですの」
 バイブレーションセンサーを使ってエルレーン(gc8086)は、現在地からキメラが存在するであろう方向を割り出した。
 情報によれば空中を移動するキメラのようだが、居住区の廊下はそれ程広い訳ではない。長い体が壁に当たる衝撃を察知する事で居場所を特定したようだ。
 未だ慣れていない宇宙戦闘。
 依頼達成のため、エルレーンは必死になって仲間のために働こうとしていた。
「なるほど。だったら、戦力を分けた方がいいな。
 ‥‥しかし、残念だな」
「何がですの?」
 首を傾げるエルレーン。
 残念という事は、何かしらのミスでもしてしまったのだろうか。
 今までの行動を思い返してみるエルレーンだったが、真弘が考えていた事はもっとゲスな事であった。
「そっちに居る沙紀も含めて‥‥いや‥‥胸の方が‥‥」
 真弘の視線はエルレーンと雛山 沙紀(gc8847)の胸に向けられていた。
 女性の胸に熱視線を送る男性はあまり居ないものだが、厨二病の真弘にとってはお構いなしだ。
「大平さん! ボクの胸はあまりないから、大平さんは興味ないですよね!」
 沙紀は、語気を強めながら大平へ詰め寄った。
 キメラに外壁が破壊される可能性を考慮して、エルレーンと沙紀は【宇宙服】UPCパイロットスーツを着用していた。体にピッタリとフィットするスーツを着用している訳だが、大きな胸だけでどんぶり飯三杯は食べられる真弘にとって、エルレーンと沙紀の胸は残念な結果のようだ。
「うぅ‥‥い、いいんだもん‥‥。おっきかったら、戦闘の邪魔になるんだもん‥‥」
 真弘のセクハラ発言で、精神的ダメージを受けるエルレーン。
 その傍らでは、居住区のマップを見つめる古河 甚五郎(ga6412)の姿があった。
「敵の強さより、潜り込まれる事が厄介ですねぇ。
 特に、美人職員さんの私物ロッカー‥‥もとい、怪我人の隙間に潜られたら困りますから‥‥ハァハァ」
 何故か息を荒げる古河。
 どうやら、古河の方も真弘と似た病を抱えている可能性があるようだ。
「ほぅ、分かっているじゃねぇか。美人のお姉さんのベット下に潜り込まないようしっかりチェックさせてもらわねぇとなぁ」
 古河の言葉で脳内妄想を広げる真弘。
 鼻の下は完全に伸びっぱなしだ。
 崑崙でもそれなりに責任ある地位にあるとは思えない姿だが――そこへ更なるご褒美‥‥否、傭兵が現れる。
「久しぶりの依頼じゃな」
 アリシア・ルーデル(gc8592)は、宇宙服「ライトスペーススーツ」を身に纏いながら現れた。
 エルレーンや沙紀と大きく異なり、胸が大きく強調されており、窮屈そうにしている。
 さらに髪はブロンドで真弘の好み――もっとも、ヘルメットの中で折り畳まれているのだが、その事が真弘の妄想をさらに掻き立てる。
「うひょーっ! いいねぇ、実にいい!」
「ん? 何が良いのじゃ?」
「アリシアさん、この大平真弘現場監督様があなたをお守り致します。
 さぁ、こちらへどうぞ。姫」
 既にアリシアのナイト気取りで傅く真弘。
 エルレーンと沙紀に対してかなり失礼な気もするが、二人の胸がこれから数年で急成長。一部上場も夢でない程のバストになる可能性もあるのだ。諦めてはならない。
「じゃあ、大平さんとアリシアさんは東側へ移動、と」
 古河はマーキング代わりのガムテープを壁に貼りながら、再度マップに視線を落とす。
 その背後をドクター・ウェスト(ga0241)が通過する。
 向かうは真弘と正反対となる西側だ。
「我輩はコチラを行こう〜。マヒロ君とは反対へ行かせてもらうね〜。
 ドチラがキメラを多く倒せるかね〜」
 そう言いながら、ウェストは足早に西側通路へと向かって行く。
「待って‥‥一人では‥‥危険‥‥」
 ミルヒ(gc7084)も、慌てて西側通路へ向かう。
 キメラの数が少ないとはいえ、たった一人で慣れない崑崙を調査するのは危険過ぎる。
 そう考えたミルヒは、ウェストを後方支援するつもりだった。

 ――だが。

「我輩にかまうな! 一人でやれる!」
 ウェストはミルヒを一喝。
 ミルヒは思わず足を止めた。
「‥‥あ‥‥あの‥‥」
 何かを言い掛けるミルヒだが、ウェストはミルヒを一瞥した後一人で西側通路へ姿を消した。
 怒られる理由がさっぱり分からない。
 だが、ウェストの心情に何らかの問題があった事は、その場にいた傭兵にも理解できた。
「危ういな、あいつ」
 真弘は、ウェストが居た場所を見つめていた。


 我輩自身『らしくない』事は、理解している。
 だが、それ以上に心の中に渦巻くのはバグアへの憎悪。
 そして――バグアへ協力しようとする能力者への不信感。
 
 自分の思うように行かない現実への苛立ち?
 否。そのような陳腐な物ではない。
 この心情を言語化するのは困難だが、少なくとも一時的な気の迷い等ではない。

 制御しきれない自らの精神を、バグアへの憎悪で繋ぎ止める。
 それが正しいのか、誤っているのかは、分からない。
 だが、この憎悪を糧にして、目の前を浮遊するムカデキメラへ攻撃を仕掛ける事だけは――誰にも否定させない。

「けっひゃっひゃっ。バグア、諸君らの存在価値を否定してやるね〜」


「さぁて、お客様の接待を始めるとするか!」
 東側の通路を進んできた真弘は指の関節を鳴らしながら、空中を漂う二匹のムカデを睨み付けた。
 望まれぬ侵入者――は、長い身体を上下に揺らしながら移動している。体表は鎧のような殻に覆われており、見るからに堅そうだ。
 幸い、ムカデはこちらに気付いておらず、暢気に空中散歩をたのしんでいる。奇襲するチャンスだ。
 真弘に重心を下げて力を溜める。
 一気に飛び出してムカデに攻撃を叩き込む為に。
「それじゃ、行く‥‥」
「敵じゃ!」
 混乱したのだろうか、飛び出そうとする真弘をアリシアは一気に抱き寄せる。
 虚を突かれた形となった真弘は一回転。顔面はアリシアの豊満な胸にスッポリとフィット。
「な、なんだ‥‥これ!?」
 ライトスペーススーツ越しに真弘の頬へ伝わる感触。
 マシュマロとも、蒸しパンとも違う感覚。
 頬から伝わる優しい温かみ。
 そして、ほんのり鼻孔をくすぐる汗の香り。

 エルレーンや沙紀の胸には存在しない圧迫感――これは、まさか‥‥。
 真弘が、世の中の男達が――叶うはずもないと半ば諦めかけていた夢の瞬間が訪れる。
「おおおぉぉぉぉっ!!!」
 事態を把握した真弘は、叫んだ。
 心の底から、涌き出る咆哮。魂の雄叫びが、真弘の口から発せられる。
 そうだ――顔の傍にある二つの膨らみは、全男子の夢と浪漫が詰まっている。
 今こそ、夢と浪漫を追い求めて大冒険。不思議な旅が始まるぜ。
 そう決意した真弘の指が、ゆっくりとアリシアの胸へと伸びていく。
「い、息がくすぐったいのじゃ‥‥」
 正気に戻ったアリシアは、顔を赤らめながら、真弘を体から引き剥がす。
 哀れ、夢の時間は終わりを告げる。
 だが、趣味が妄想の真弘にとって、この出来事は衝撃的過ぎた。
 大量の鼻血を垂らしながら、夢見心地。顔に残った感触をいつまでも噛みしめているようだ。
「すいませんねぇ‥‥遅れてしまいました」
 貴重な水回りの破損を回避する為、シャワー室や化粧室を重点的に調べていた古河がやってきた。
 確かに言うことはもっともだが、女性用の施設だけやけに念入りに調べていた事を咎めてはいけない。古河がやらなければ真弘がやっていたに違いない行動なのだから。
 真弘といい、古河といい――今回依頼に参加した男子は元気いっぱいのようだ。
「‥‥馬鹿な男‥‥ばっかり‥‥」
「ややっ! 大平さんは負傷ですかい? 宇宙服が破れたなら、このガムテープで応急処置をしたんですがねぇ」
 大真面目に答える古河。
 破れた宇宙服をガムテープで補修しようとしてもできませんので、悪しからず。
「大平さん、お先っ!」
 真弘の脇をすり抜けた沙紀は、疾風脚を使ってムカデ目掛けて走り出した。
 奇声と共に沙紀を威嚇するムカデ。
 唾液らしき液体を滴らせ、顎は大きく開かれる。
「それっ!」
 沙紀はムカデの下をスライディングで滑り、ムカデの後方へ回り込む。
 そして、旋根「輝嵐」の一撃が、下から突き上げるように顎へヒットする。
 下からの衝撃は、ムカデの自由を一瞬奪い去る。
 その瞬間を待っていたかのように、勇気を振り絞ったエルレーンが詰め寄っていた。
「ムカデさん、あっちへ行っちゃえっ!」
 表情から嫌悪感を滲み出させるエルレーンは、跳ね上がったムカデの頭に向かって魔剣「デビルズT」を振り下ろす。
 棘を纏った刀身が、ムカデの頭を引き裂く。
 逃げる事も叶わず、生命活動を終えたムカデは、足を痙攣させながら廊下に叩き付けられた。

「やるじゃねぇか! なら、俺様の力も見せてやるぜ!」
 ようやく鼻血が止まって意識を取り戻した真弘は、残ったムカデに向かって動き出した。
 両手に装備された激熱に、真弘の力が伝わっていく。
「‥‥牽制‥‥します‥‥」
 ミルヒは、エネルギーガンを連射する。
 ムカデの顔面を狙って叩き込まれるエネルギーの塊。ミルヒもこれだけでムカデが倒せるとは思っていない。
 だが、真弘が接近するだけの時間を稼ぐには十分だった。
「吹き飛べっ!」
 至近距離から繰り出される激熱の二連撃。
 ムカデの目には捉える事のできない強烈な攻撃が、ムカデの右側頭部へ炸裂する。
 衝撃ともに、ムカデの長い体は吹き飛ばされる。
「おいっ、そっちへ行ったぞ!」
 真弘は後方に居た古河へ呼びかける。
 古河は、思い切り大きなため息をついた。
「自分は、裏方なんですけどねぇ」
 明らかに面倒な様子の古河は、ムカデに向かって真音獣斬を放った。
 真音獣斬で吹き飛ばされた形となったムカデは、そのまま廊下の床に横たわる。
「終わったみたいですの」
 エルレーンは、二匹のムカデが動かない事を確認した。
 残るは、ウェストの向かった西側へ潜んだムカデだけなのだが‥‥。
「けっひゃっひゃっ、どうやら終わったみたいだねぇ」
 ウェストは、傭兵達に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
 多少の傷を受けたらしく、手足に軽傷を負っているようだ。
 真弘は、ウェストの傷を指摘する。
「お前、それ‥‥」
「ああ、諸君が気にする必要はないね〜」
 それだけ言い残すと、ウェストは振り向いて来た道を戻っていく。
 真弘は、ウェストの後ろ姿を黙って見つめていた。


 戦闘後、ウェストは傷を癒していた。
 居住区のラウンジで――誰も居ない事を知った上で、この場所を選んだ。

 治療しながら、まるで世界でたった一人になったような錯覚を覚える。

 これが自分の望んだ世界なのか。
 バグアも能力者も消えた世界――憎悪の果てに追い求めた世界。

 独白の時間。
 だが、その時間を打ち壊す者が現れる。
「‥‥治療中か」
 真弘は壁に寄りかかりながら、ウェストへ話しかけた。
 ウェストは真弘へ視線を向ける事なく治療を続ける。
「何か用かね〜?」
「なるほど、さっさと俺に消えて欲しいって訳だ」
 ウェストを危惧して現れたのだろうか。
 しかし、ウェストは沈黙を守る。これ以上、他の能力者と話す言葉が浮かんで来ないからだ。
「‥‥話す気はなし、か。まあいい。こっちから一方的に話すだけだ。
 お前に何があったかなんてどうでもいい事だ。
 俺が言っておきたかったのは、俺にはお前自身が『信じられなくなっている』ように見えるって事だ」
 自分自身。
 その言葉を聞いて、ウェストは治療する手を止めた。
 真弘は言葉を続ける。
「お前が出会った連中を一度でも信じた事があるはずだ。
 もし、連中までも信じられないってぇんなら、そりゃ信じた自分自身も信じられなくなっているってぇ事じゃねぇのか? 誰も信じられない人生なんてぇ、惨めなもんだぜ」
 確かに、能力者のすべてが自分と異なる意見を持っている訳ではない。
 自分を綺麗に取り繕う事に必死な者ばかりであれば、この戦争は敗北で終わっていたはずだ。
 何が正しく、何が間違っているのか。
 もう一度、周囲の状況を調査して再考しても良いのではないだろうか。
「ま、崑崙に居るうちは大事なお客様だ。
 またキメラが襲ってくるような事があれば、この大平真弘様がお前を守ってやるからよ」
 いつにも増して強気な真弘。
 それに対してウェストは、無意識に近い状態で言葉を返した。
「けっひゃっひゃっ、我輩はドクター・ウェストだ〜。
 君に守られる程、落ちぶれてはおらぬよ〜」
「‥‥その調子だ」
 ウェストの答えを聞いた真弘は、軽い笑みを浮かべて踵を返した。